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しかし細かいしつけは友人に指摘された経験はあった。例えばお箸の持ち方が可笑しいと言われたり、服装が可笑しいと指摘されたりした経験はあった。現在は英語が世界語になりつつあるが、当時上海には英国系のパプリックスクールがあったが、当時は落第生が潜りこんでいた。彼らは当然の如く英語はマスターしていた。
その後の彼らの活躍は知らないが、生きて行くためには上海では不自由はしなかったはずだ。イメージとしてはあまり良くなかったが、今思えばむしろ何故その学校へ敢えて進まなかったのか残念で仕方がない。厳格な父親はむしろ外国語への習得を薦めたくらいだった。
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