明 眸 皓 歯(めいぼうこうしと読ませる)

 この言葉は若き日の象徴でもある。現在は特に歯に関してはテレビのコマーシャルで宣伝されている。私の若き日の歯に関する思い出は悲惨なものである。生まれつき歯質は弱かったが、昔のことだから歯に関する特別な指導というか、宣伝などは皆無だった。

 軍隊は騎兵だったので、朝6時に起こされ、真っ先に馬小屋に走る。馬の手入を行い、水を飲ませる。飲んだ回数を班長に知らせる。歯を磨いている時間など有るわけがなかった。その後急いで自分の部屋に戻り朝食の準備をして、その後朝食をとる。直ちに訓練のため、営庭に並び、直ちに訓練が始まる。

 この訓練の繰り返しで、第一期の検査が行われ合格・不合格が選ばれる。当時は甲種合格にならなければならないと必死の勉強と訓練と内務の三種を学び、どうやら甲種候補生になれたのだ。

 毎朝班長が部屋の整理具合を調べ、特に私の場合は毎朝手箱はひっくり返されていた。
つまり内務の成績はゼロだったが、不思議と合格できたのである。
ねぼけまなこ、で毎朝訓練に追われていたので、眼はどんより、眸がすっきりするわけはない。

 現在の若者は歯が奇麗で、眸(ひとみ)はすっきり、これが若者の代名詞みたいなものであり、まことに羨ましい限りだ。現代の自分の年齢(90歳)は、すべての健康基準からみれば、標準以下かも知れない。テレビの教育などは無い時代だから、羨ましい限りだ。

  さて、眼光紙背に徹す・という言葉がある。意味はただ字句の解釈にとどまらず、その深意を読みとる。このような四字句の教えを学んだ覚えがある。現在の教育は知らないが・・・・・。現代の青年はある点では不幸ではないかと時々思うことがある。あまりにも周囲が恵まれすぎており、整い過ぎている感じがする。

 例えば就職難がテレビで報告されているが、むしろ自己の充実に専念されているのか?何事も人任せにされている感じだ。はがゆいくらいの感じを持ってしまう。人生長い先には何が起こるか分からないのだ。

 戦争を体験した老人はいつも思ってしまう。どうしても話題はそこに行ってしまうが、題名のとうり、いつまでも若い日の状態を保てないが、その情熱と意思だけは維持できるよう心掛けてほしいものだ。

 テレビで観る若者の容姿を嫌というほど目にするが、老い果てた老人の戯言(たわごと)というなかれ。問題はいつまでも保つ情熱と心掛け次第であると先輩は忠告したいのであ

  平成23年2月24日               石 井 立 夫