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透析生残記
戦後の食糧事情の最悪から現代を比較すると、その贅沢な実態は、おそらく日本は世界一
だろう。テレビのニュースによると、最近はペット(犬猫)の生存率まで、具体的な数字は
別として、伸びているそうだ。
しかし良い面があれば、必ず半面にマイナスが当然のごとく現れてくる。それが人間様の場
合、特に男性に糖尿病の弊害が出てくるのだ。女性にもあるかも知れないが、あまり例を聞
かない。糖尿病の恐ろしいところは他の病気の併発が起こりやすい点だろう。
日本人の社会での欠点は接待と言う悪癖があり、お客または役所との交渉は接待という手
段が大体100%あり、商売はそこから始まると言っても極端な話ではない。
勿論接待ばかりではなく、本人の暴飲暴食が原因である例もあるだろう。
食糧事情が良くなり始めた1955年ころから、人間の弱い面、例えば食通と称する職業が
生まれ、それに伴って酒、栄養過剰な料理本の類が普及し始め、特に日本人社会には世界中
の料理が普及し、殆どの日本人が貪欲と言われかねないほどのレベルになっている。
最近二人の友人が糖尿病で透析を受けている。
一人は戦後事業で成功し財産を残したが、八十を越して、心臓にペースメーカーを入れた
当時は単にそれだけで障害者1級の手当てを受けている。
財産家だから手当てまで請求することは無いが、政府はそのようなシステムになっているら
しい。直接関係が有るのかどうか知らないが、腎臓が悪くなり、ついに透析を受けることに
なった。この透析の困難なことは、週に三回病院に通うことになっている。
旅行の場合はどうするのか知らないが、恐らく便宜なシステムがあるのだろうが、例えば同
期会があり、彼のために透析をする日を避けて、彼も出席を予定していた。ところが先方の
都合が変更して、その翌日にして欲しいとの要求があった。本人は透析の日に当たるが、時
間的に間に合うと言うが、本人も自信がなく、無理をするなと遠慮してもらった。
透析の終わった日は電話の声は断然調子がよく、病人とは言えない元気さだ。
私の聞いている話だが、十六年も継続し、親の面倒を見るため、長男は婚期を逸した例も
ある。もう一人の例は、同じ年齢の男性だが、おそらく飲み過ぎのため、体調を崩し、腎臓
を患い透析を受ける事になった。
週に三回も透析を受けることは大変な苦痛であることは聞いていたが、とにかく全身の血
液を入れ替える治療で、毎回注射針の場所を変えて打つのだから、それだけでも大変な苦し
みだろうと思う。彼は六年間継続し透析を受けていたが、精神的に参ったのだろう。医者に
透析の打ち止めを申しいえたらしい。医者としては、責任があるので、極端な話として、そ
の患者の家にまで行ってでも注射を続ける義務があるそうである。現実の問題としては不可
能なことなので、継続を熱心に説得したが、その男性は心身ともに疲れ果てたらしい。つい
に自発的に透析に行かなくなり、その結果一週間後に尿毒症で死んでしまった。
娘さんから知らせを受けたが、詳しい経緯を聞くに堪えないので、死亡した事実だけを受け
お悔やみを言ったに過ぎない哀れな話である。
その男性とは終戦後長い間連絡のないまま、つい最近消息を聞いたのだが、そのときは既
に本人が耐えられなくなり、気が狂ったような状態だったらしい。
人生最後まで全うするには、やはり健康で過ごせるのが一番だと感じるこのごろである。
他にも二、三の気の毒な例があるが、先日もある会合で話あったことは、多少の老人として
の欠陥が出てくることは承知の上で、ともかく健康を大切にしてゆくことを誓ったのである。
昭和時代の戦争に参加して生きながらえた幸福な運命を得たのだから、出来る限り歴史の証
人としてでも生き残りたいとの結論で別れた。
石 井 立 夫
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