春爛漫の季節(ハル・ランマン・キセツ)

 現在はまさにこの季節になる。マンションの片隅の老木が見事な八重桜を咲かせ始めている。おのれの身分に成り替わり、老木よ頑張れと言いたいところだ。この老木は何歳になるのだろうか?このマンションに引っ越してから20年になるが、その前からあったのだから相当の年配になっているはずだ。

 季節の訪れは、必ず身を尽くし咲き誇る桜花は日本人の心を表現する代名詞である。
若かりし頃、軍隊の営庭は桜で賑わっていたのだ。しかし当時は初年兵でもあったので、
花の美しさは目にもとまらなかった。なぜか?

 朝から晩まで訓練に訓練の日々を過ごしていたからだ。花の美しさを愛でる気分どころではなかった。
花が散り始めたころには、やっと幹部候補生の試験が終わり、どうやら人間らしい生活に戻った。
それ以来幹部候補生は騎兵学校へ進んだがこれがまた別の意味で激しい訓練が待っていた。同級生の多くはこの世を去ってしまったが、桜を愛でると言う感性は当時からなく、ひたすら戦争のため、人生のスタートは今から考えると味気ないものだった。さて日本は平和な時代を何となく過ごしているが、世界はどうやら平和を謳歌する環境ではない。

 人類の現在の宿命だが、いつの日か世界の平和を迎える時代が来ると言う宿命を信じているが、単なる夢では終わらせたくない。それでは余ありにも希望がないではないか。
軍隊時代の営庭にこだわるが、現在は女子学習院が利用していると聞いている。
軍隊では外出の時は守衛の前を通るのだが、極楽坂と言われ、外出から帰るときは地獄坂と言われていた。それほどの坂道だったのだ。

 やがて将校になり、引き続きその場所に残ったが、特別の感想はなかった。勝手なものだ私は現在湯河原町に住んでいるが、桜を愛でる余裕は幸いにも持ち合わせている。
写真でも撮影すればと思うが、特別の実感は湧いてこない。年齢を重ねると、そのような
情感は湧いてこない。さりとて無感想な人間になり果てたわけではない。

 甚だ矛盾した人間になっているが、要するに、それだけ老人化していると自覚している。
もともと私は理論的にものごとを判断するという知性は持っていない。単純な人間だ。
人生をそれで経過してきたのだから、それで良いではないかという主義なのだ。
ひたすら健康を願い、しずかな生活を送ることばかりを願う人生だ。

      平成23年4月21日             石井 立夫