昭和の御世に生きる

 御世(ミヨ)とは・・・・天皇の治世、また、その在位の期間を尊んでいう語
昭和元年・・・・・・上海東部小学校へ入学・場所は上海にあり、昭和六年に卒業
昭和七年・・・・・・上海日本商業学校へ進学・昭和十二年・・・・東京農業大学へ入学

昭和十七年・・・・・近衛騎兵連隊へ入営
昭和二十年・・・・・終戦の為 除隊 故郷大分県臼杵町へ帰郷
昭和二十年・・・・・上京就職
昭和二四年・・・・・結婚 現在に至る 

 だいたい以上の経過で昭和を過ごしたがその間病気やら、事業の失敗やら結構色々な経験を経ている。人生多事多難を経て今日がある。自分の人生を振り返れば、多事多難を自ら招いていることが分かるのだ。自らの不徳を招いている。
今後はいかがなものか、予測は出来ないが残りの人生は何となく平和でありたいと願うばかりである。さて今日の世の中の情勢は全く判断できない情勢であることは理解できる。しかしこの様な情勢下で如何に過ごすことが出来るか、老人であればこそ余計注目されなければならない。昭和時代は極端に言えば戦争の時代と言えるのではないか?学生時代は短縮されるは、兵役に服するは、終戦の大混乱の時代に巡り合わすは、日本中が何かに巡り合う災難にすべて巡りあったのだ。

 幸いにも全てをクリアーして、どうやら生き延びてきたのだから、自分の運命は大事にしなければと尚更思うのだ。その間日本の変化は大変なものだ。いちいちピックアップする事は出来ないが、よくこそ立ち直ったものだと思わざるを得ない。残念なのは運命を共にした友人を失ったことだ。

 特に残念なのは、親友の建川の死だった。彼とは下宿も共にした間柄で親しくしていた友だった。酒が好きでよく飲んでいた。これが禍で死んでしまったが、この点では私は全然飲めないなので、相反していたが、その他の点では意気投合した友だった。

 現在は特別の友はいないので寂しい思いをしている。例えいたとしても外出もままならずその代りにパソコンという物言わぬ相手がいるので、これが現在の唯一の相手になっているこれを友として何歳まで生きられるか。パソコンと言う友は色々な問題に答えて呉れので、有難い友として生涯を共にしたい。

      平成23年5月12日             石井 立夫