同化政策について

 戦前現在の韓国を朝鮮国と称し、日本国の支配に近い統治が行われて時代があった。大学の同級生に二人の朝鮮人がいた。許君と金君の二人であった。我々としては特別の差別なく、むしろ成績は両君共に立派で、存在感は立派なものであった。

 学生時代に同級生を五区に分け、それぞれのクラスで自主的に五組に分けて討論会を行ったものである。討論会では許君は積極的にリーダーシップをとり意見を述べた。
内容は日本と朝鮮との関係について大いに議論を交わしたものだ。

 結論は出なかったが、戦前は韓国については不愉快な思い出ばかりだった。
例えば朝鮮人と言うだけで、北海道へ行く機会があったのが、当時の主任教授は許君と金君の同行を許可しなかった。
明らかな差別だったが、二人は勿論憤慨したが、この事実
がまかり通ったのである。何故この事実が通ったか、原因は北海道への通過の際、憲兵の調べがあり許可しないだろと言う理由だった。
事実はそのような例はなく明らかに差別だった。
話にならない話だが、事実はまかり通ったのだ。
戦後許君へなんとか連絡が取れないかと思ったが、現在ではその方法が分からないのだ。韓国は現在不幸にも二カ国に分裂しているので、探しようがないのだ。

 むしろ昔の制度より複雑になっており、余計に難しいようだ。
何時の日か、この制度が解ける時代があるだろうと期待するより仕方がない状態だ。

        平成24年4月5日             石井 立夫