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ただし鹿児島の鹿屋特攻基地から毎日のように飛び立って行く特攻兵の記事を毎日のように聞いていた覚えがある。結局828名が出撃したのである。
その頃は日本は既に末期状態にあり、大本営の沖縄に関する放送は聞いた覚えがない五人の通信兵を部下にしていたが、私は毎日のようにハワイ放送を聞いていた。
そこでは、本物の戦闘状態の放送が行われていたのだ。それでも尚正直に日本の置かれた立場を何らかの偏見を持ちつつ聞いていたのだ。
結論は敗戦になったのだが、むしろ、その時の軍隊での最後のほうが私には印象が強かった覚えがある。
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