人間模様について

デイケアセンターに出るようになって、かなりの回数になり、お互い顔なじみになってきたが、自分を除いて、他の人々がいかなる生活をしているのか、どうやら氣になり始めた。世話をやく人は役所に勤めている人か、何を担当している人か、どうでもよいことだが、老人の悪い癖か、氣になることが最近多いことがある。

現在の社会では、このような無償に近いサービスを担当することは、珍しいのではないだろうか。無償で世話をする人はいないだろうが、それが老人の悪い癖で、どうゆう理由で勤めているのか、聞いてみたくなるのだ。現在の若者では大変真面目で、優しくて、世話役としては、現在では考えられないのだ。例えば、先日も優秀な教授を呼んで、話を聞くプログラムがあった。
それが、時間が過ぎても来ないので、いぶかりながら、氣にしていたが、最後まで来臨せずに終わったのだ。
その間、世話役の青年が、代役として話を始めて時間をやりくりしているものだと最後まで思っていた。

 ところが、その青年の話し方が、大変うまく、その青年の話で終わってしまったのである内容も充実しており、従来その青年は立派な人だと思っていたが、想像していた通りで感心したものだった。

 このため、特別の教育を受けたのかもしれないが、それにしても立派な内容で、全員が聞きいってしまう内容だった。原稿を見ながらの話し方だったが・・・・・・。
最近の青年の生活ぶりとか、仕事ぶりとか、全然知識がないのだが、いろいろ批判されてはいるが、一部の人々は立派なもので、家内とともに聞いての話だが、やはり立場についている人は、立派なものだと感心したものだった。

 

 若者の生態を知らないで、このような批判は出来ないが、最近の自分の世間に対する事情が、いかにうろんなものか、改めて知ったのである。

        平成24年10月25日          石井 立夫