老という字

 老という字を正月の書初めに書いた。
町当局は関係なく、デイサービスという名の自発的な会合である。
この会合は毎週行われているが、会費を集めて行われているのだ。
最近の若い人たちは、あまり話題はないが、それでも集まりは続けられている。

 最近は少しだが、活気を呈しはじめているのが、将来の楽しみになるだろう。
正月早々の集まりがあって、多少活気が出てきた感はするようになった。
今回は書初めという集まりになったが、それでも若い人たちは自分では書こうとしない。
筆を持つと言う習慣がないのだから仕方がないのかもしれない。

自分の年齢が(92歳)だったので敢えてという字を書いてみたのだ。
自分の年齢にいかに拘っているか、敢えて書いたもので、特別の意味はない。
その時痛感したのは、若い人たちは敢えて筆をとろうとしないのが、目についた。
多分筆を持つことは無いのではないか、その時感じたものである。最近の傾向として若い人たちは筆を持つことは無いだろうしあまり興味もないよう。な姿だった。しかし物珍しそうにじっと書き方を見つめていた。若い人たち・・・と言う言葉はあまり使いたくないが、自分の若い時代と比べて見る習慣はぬぐえないものだと、どうしても思ってしまう習慣はあるものだ。
それでも一人や二人は興味を持つ人もいるのだから、徐々に増えてくるだろうと思うその後で、好きな歌を唄う時間が来たら、途端にみんな元気が出てきた。

 
 
 

 今年初めて私も得意なサントワマミを歌った。歌を聴いてくれていた人も感激していたようだった。ところで、私も二月で93歳になる。今年も出来れば楽しく歌い続けたい。
いつまでも若い人たちに溶け込むようにしたいものだ。

      平成25年1月10日             石井 立夫