相撲の国際化

  相撲界へ入門と言う言葉が使われている。封建制時代の慣例が強く残っているが、心・技・体
が入門への鉄則となっている。これに耐え、しごかれ、一人前の相撲とりに育つのである。

  相撲の平成17年度の一月場所が中日を迎え、予想と期待に反して2人の相撲とりが。神経過
敏となり、折角のチャンスを逃してしまった。

  相撲は肉体的なハンデイーつまり体力の勝負だから当然として、肉体が充足している人が強く
なることは、ある点では仕方がないだろう。

  今場所を改めて三段目くらいから放送しているのを観戦していたが、外国人の相撲とりが多い
のに驚いた。
 まるで世界中から選手を集めているのではないかと思いたくなる。
  従来はモンゴル地方出身の選手が多いという印象を持っていたが、本日数えてみて、
更に想像もしない国々から、この業界に進出していることを知った。

  かってはハワイ、アメリカ人の選手が最高位を極めた時代もあったが、最近はロシヤ系、ブル
ガリア、グルジア、トンガ、韓国、中国と実に沢山の選手が参加していることを知った。

  大体日本の相撲は朝早くから厳しい稽古が始まり、剣道の竹刀で叩かれながら、しごかれたも
のである。稽古のことを「無理編に拳骨」とも言われ、しかも先輩には、付け人という制度があ
り、まるで女房の役目を行い、洗濯、食事の買出しから、料理の炊き出しから、この厳しいしつ
けを受け、しかも朝早くから、稽古でしごかれ、素人から見ると今時考えられない世界と見てい
た。
そのような、かなり封建制が色濃く残っている制度と誤解されかねない世界に、多くの外国
人が参加してくるのだから、稽古の方法、従来の付け人制の点、礼儀にはじまり礼儀に終わる日
本式の仕来りはどうなっているのか、維持されているのか、どうか心配だ。

  しかし、この厳しい練習、躾、礼儀作法など、当然の如く守られている面があるようだ。
それと、外国人は丸裸に、ふんどし姿に抵抗感はないのか?
  今頃の日本人の若者でさえ、丸裸に抵抗があり、ふんどし姿の下にパンツをはいたりしている
姿さえ見ることがあった。

外国人のほうが、むしろ其れを承知でこの厳しい途を選んでいるのは、今や何の不思議な現象で
はないらしい。
むしろ、体力がついて、徐々に階級が上がるに付け、それなりの収入が得られる
システムの桁が外国の其れと比較して相当の開きがあり、この点での稼ぎになる点も考えられる

  よく言われることだが、なによりハングリー精神があるからだ、と言われる点がある。
  特にモンゴルの場合、決して国としては裕福とはいえない国柄である。マンホールに住み着い
ている多くの子供の姿の映像を見た覚えがある。

  一方では蒙古相撲という独特のスタイルの相撲がある。そこで鍛えられた選手が日本に留学し
先ず日本語を学びながら、相撲界に入り、見る見るうちに強くなるケースが多い。

  その他の国の選手には、柔道、レスリング、韓国相撲などなど自国で何らかの素質を持った人
々が参加しているようだ。

  しかも今場所の幕内の選手を見る限り、なんと11人も外国籍の相撲とりがおり、それぞれ力
を発揮し、立派に自己の役目を発揮している。

  最高の資格を持つ横綱はモンゴル人の朝蒼龍という人だけが、昨年は六場所で五回も優勝杯を
取得しているという、相撲界では誠に情けない状態だ。

  この勢いで外国人の相撲とりが増えることは業界では心配はしているだろうが、上位クラスは
外人選手ばかりに占領されてしまうのではないかと心配だ。

  一月場所で大関から陥落して関脇の座に落ちた栃東関が見事10勝すれば再び大関の座に復活
でき、二度も経験して14日目の最終戦に近い相撲で、見事10勝を勝ち取り、成功した。

  彼は技術的には可能性を秘めた関取だが、二度の挑戦で復活を果たしたのは、歴史上初めての
記録らしい。いかにも日本人好みの復活戦に成功して、大きな拍手で功績を讃えられていた。こ
の試合ぐらいが正月場所で目立った試合だった。

  勿論日本人の相撲取りの中でも頑張っている人も目立つが、親方連中は順送りで親方株のやり
取りだけではなく、真摯に日本人の相撲取りの養成に力を入れて欲しい。

  伝統の日本の独自のスポーツ例えば柔道でも現在はどうやら世界大会、オリンピックでは、各
段階で地位を保っているが、観戦していて安心して見ていることが出来るが、オランダのヘイシ
ング選手のような大型の選手が出てくれば、負けてしまう時代が来る様な心配もある。

  これはハングリー精神だけではなく、世界的な柔道になりつつあるが、幸い現在の選手たちは
激しい練習で体力のハンデイーをカバーしながら頑張っているので、賞賛したい面もある。

  柔道は加納治五郎氏が創設されたという独特のものがあったが、日本の柔道には最初は、体力
体重の差別はなく、小よく大を制す、というものだった。有名な人で三船十段は典型的な小よく
大を「空気投げ」という独特の腕前を持っていた人で有名な人だった

  国際的に階級別に改正され、いささか興味を失った感があるが、これも国際化の制度普及のた
め、日本独特の身体を鍛える方法が国際化の名のもとに変化するのは已むを得ない点があるだろ
うが、相撲界だけは将来国際化がないとも限らないと思うが、親方制度に甘んじていると外国勢
に伝統ある相撲道も危うい目に遭うことを憂うる状態にならないよう今場所を見ながら感じたの
である。
背丈が2メートルもある、ブルガリアの琴欧州と言う名の選手が、日本人の相撲取りさ
えも滅多に使わない手を使い本人も初めて使ったと言う見事な勝ち方だった。

  これらを見ていると、将来大丈夫かなと思わず考えてしまった。
  スポーツは英国から始まったという伝統がある。例えば、ラグビー,ホッケー、クリケット、今
や世界的に普及しているサッカーなども英国が本流であった。
しかも試合途中でけが人が出た場合、原則として、選手の交代を認めないものだった。最近は選
手交代は当然のようになっているが、本来は欠員が出ても補充をしないで激しく戦ったものだ。

  相撲が将来世界的に普及し、現在のサッカーのように世界のスポーツになる日があるかも知れ
ないが、現状を見る限り外国人の選手が増え、しかもトップを占めるようになると,その心配は必
ずしも夢では済まされなくなるだろう。

  その点において、日本人の若者の育成により力を注いでおいて欲しい。日本人はもともと畳に
座る姿勢の生活があるので腰の力が安定していると言われているが、最近の生活スタイルは、殆
どと言ってもよいくらい様式の生活に変化しているので、その点でも心配が多い。

  日本の伝統的なスポーツには相撲と柔道があるが、原則として「小よく大を制す」である。
  アメリカのスポーツは、全て体重別で階級を決める。それも一理はあるだろうが、防具を備え
て戦う姿は日本人には向かない感じがするのは、私の偏見であろうか? 

  伝統的な相撲道をこのままでよいのかどうか、大相撲審議会の会長の読売新聞の渡辺恒蔵氏は
つまりは相撲会もグローバル化したということだと記者の質問に答えていた。案じているだろう
が、素人のフアンの声も当然心配しているだろう。この伝統ある相撲がより普及するためにも。
         

                           石 井 立 夫