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| 言葉に見る隔世の感(第一話) |
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家族の一人が検査と治療を受けるため、知人から箱根にある、病院の紹介を受けた。 |
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初診のため、検査の予約時間に充分の余裕を持たせて、早めに病院に出かけた。大分待たされたので、ひまつぶしに所在ないまま、廊下を歩きまわり、ふと壁に掛けてある、縦横五十aほどの、立派な額縁に収まった、四枚ほどの写真に気がついた。何気なくその一枚目を読んだ。そこにはこの病院の沿革が、次のように書いてあった。 |
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昭和十一年に、「傷兵院」として、この病院が指定され再発足し、太平洋戦争時には、主として脊椎損傷の兵士を収容した病院であった。二枚目の写真を見て驚いたことは、日露戦争当初から使用されていたというのである。その正門の看板に墨痕鮮やかに、病院名が書かれていた。その名前は何と「廃兵院」とあった。 |
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私は思わず目を疑って読み直したが、看板の字は間違いなく、「廃兵院」だった。 |
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その戦いで多くの戦死者と負傷者が続出した。その負傷兵たちが多く収容された病院の一つがここだったのである。祖国の存亡をかけて戦い、名誉の負傷兵たちが運び込まれた病院の名が「廃兵院」とは、なんとも驚きであり、軽蔑と抵抗とを覚える病院名で、あげく憤怒をさえ感じた。しかし当時の兵士たちは、別に違和感もなくここに収容され、疲れきった体を労わるように負傷の身の回復を待って、静かに保養温泉に満足しながら入院生活を送っていたでのであろう。 |
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廃兵という言葉について、当時の人々は、格別なこだわりを持たず、わけても兵士たちは名称などに拘らず素直に受けとめ、むしろ名より実をとり、国立の温泉つきの病院で入院治療できる身を、満足し感謝して受けとめていたのだあろう。当時の人々は、お国のため一日も早く、負傷したこの身を、再び国のためにご奉公しようとすら考えていたことだろう。 |
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行商をしながら、生活費を稼いでいた人に、“あれは日露戦争の廃兵だから、物を買ってやれ”と、同情を示しながら、買ってやったと言う話を、読んだり、聞いたりしたことがある。これらから当時は廃兵という語感には、今の我々が感じる軽侮的な感覚とは違って、もっと軽い受けとめ感覚を表す言葉であったらしく、我々が感じる軽蔑的な差別語感覚とは違っていたらしい。ここに、同一言語も時代の隔たりによる語感上の変遷を、ありありと見る思いを体験した(注)因みに「廃兵院法」という法律の制定は明治三十九年という。 |
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(第二話) |
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私は驚きの余り一瞬声が出なかった。「ほんとうですか?」「三人の患者は、脊椎損傷のため、動けないのです」「戦争が終わって、既に六十年になるではありませんか?」「迎え受け入れるる家族もいないのでしょうか?」私はそれ以上の言葉は出なかった。六十余年もの間、一つの病床に横臥呻吟し、脊椎損傷のためとはいえ、身体おろか、その局部をも動かすことが出来ず、生き続けた心は、何を考え続けていたのだろうか、生半可な同情心や感傷論では言い尽くせない、むしろ、その不動身体に流動する心を閉じこめての六十年間、まさに「壮絶」の一語に圧倒される思いを感じたのである。 |
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死して靖国神社に祀られることもなく、生き延びて活動することもなくひたすら、身体活動を伴わない生き方に徹した強靭な人間の生き方、ただただ、その事実に私は神秘感・不可思議感をおぼえ暗然とした思いに駆られるのみであった。人間の心と身体の不思議な連帯関係に、つくづくと神秘を考えさせられたのである。ある作家の警告書の中に、次のような文言を読んだ。明治生まれの人は、気がついたら日本が大国になっていた。第二次世界大戦は戦争に勝った記憶だけで、苦しんだ記憶がない世代が、社会の中心になったときに起きた。 |
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戦後世代も、気がついたら、経済大国になっていて、何となく、「このままでやっていける」と思っている。国家として、システムを変えていくことで対応すべきだ・・・・とあるそして 司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」をもう一度、その指し示すところを再考し、再認識することが、これからの政治家の要件では・・・」と結ばれていた。 私と同年齢の兵士が、今もなおベッドに臥し続けている事実を知り、改めて自分の現状を見返るとき、この身体の自由健全さと、老いてなお、好きな事に身をまかせ、自由自在な日々を送る身の幸せを、深く味う喜びを謝せずにはいられなかった現在ほど言葉の表現に拘りを持つ時代はないと思う。 |
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優しい言葉に代えることで、癒されるとは思われないが、例えば、ボケ老人、痴呆症に認知症と変更になった。言葉を変える意味合いは、単なる名称変更に過ぎないと思われるのに何故変えるのか、その整合性が理解できない。放送業界のアナウンサーなども気を使いながら、名称変更に気を使っているのだろうが、蔑称なら理解できるが、要するに優しさを強調したいのだろうとしか考えられない。それが、どれほどの効果があるのか、疑問だが、表現の問題ではなく、今後の老齢化問題は、深刻な問題であり、それに対する介護の問題が,ますます増える傾向にあることの方が深刻な問題点になるだろう。考えさせられる問題だ。 |