Pちゃんと名の子豚

 この物語は11月12日テレビ番組で見たもので、私の感想は、これこそ教育の原点だという、極めて感動的な物語であった。フィクションではなく、生きたPちゃんという名前をつけた、子豚を小学生が育て上げ、先生と一緒に、育ちあがった自分達の豚くんをどう始末しうしよう?との討論をした、美しい、しかし涙の物語でもあった。 

 純真な子供たちに、先生が問題点を問い、自由な言動で議論し、結論を出したのである。現在の食品類は全部スーパーでパックしたもので購入できる時代である。豚肉も種類別に、胸肉、モモ肉、その他綺麗にパックされていて、生きている豚は、知っているが、その豚と売られている豚肉との関連は、現実問題として知らない。

 ある日先生が、このつながりを実験することを生徒達に提案してみた。子供たちは全員賛成し、校庭の隅に小さな豚小屋を子供たちが作製し、可愛い子豚を購入し、その小屋で世話を始めた。先生はまず、子供たちが、どのようなを喜んで食べるか?どれくらいの量を与えたらよいのか?いろいろ全員で興味と関心を持ち、豚の育成を研究し始めた。

 トマトが大好物と言うことが分かり、皆で我が家から持参したり、全員が研究熱心で、全員が共同で考えるようになった。その子豚に「Pちゃん」という名前を付けた。その内に豚は段々と太ってきて、今までの小屋では入りきれなくなり、全員で学校の許可を受けて、大工道具を持ち寄り、大きな豚小屋を建てなおした。

 これも生きた大工仕事の練習になった。子供たちの面倒見のよさは、先生も見直す程になり、豚君は栄養が行き届いているので、予想以上に立派に育ちあがった。
さて、豚君は体重300キロまでになった。今後この豚君をどうすればよいか?の検討会が全員の討論になった。

 このシーンが一番真剣な討論になったのである。つまり、この豚君の処理をどうするか?が問われたのである。先生はこの話の討論には一切タッチしないで、全員の討論を聞く側になった。しかしなかなか結論がでない。ある女の子はPちゃんと言う名前まで付けたので、殺すのは賛成できないと、涙を流しながら反対していた。

 女性側の意見は、大部分が処理をする案件には反対だった。男性側も全員が賛成に廻ったわけではなかった。結局全員の意見をまとめるためには、投票以外にないとの結論になった投票の結果は16対16になった。つまり、全くの同数になった。後は先生の投票が,どちらになるか?先生も、その選択に迷ったが、先生も涙を流しながら、処理する側に一票をいれた。

 この結果生徒達も、どうやら納得し、トラックで運ばれるPちゃんに、別れの歓声を上げながら、サヨナラ・サヨナラの声に送られて、学校を去っていった。
この教育方法こそ、現在とやかく言われている教育問題に在るべき姿勢を象徴しているのではないか。

 私も思わず涙を流しながら、純真な子供たちの姿を見て、これこそ教育の姿の原点を見た思いがしたのである。豚君は人間の勝手な配慮の食糧の対象になっていることを知った子供達に、生きることの真実の意味、物の流れの実態、食品の原点、色々な点で勉強になっただろう。やがてこのまま優しい大人に育ちあがれば、理想的なのだが、この種教育の本筋を見た覚えがしたのである。

                        石 井 立 夫