嘆 き の 壁
両親の決断

 11月9日の新聞記事から、大変勇気ある決断をした両親の話題があったので、掲載してみたい。この話題はES細胞ではなく、臓器提供(ドナー)の話である。
イスラエルとパレスチナは目下憎しみに満ち満ちた仲が、どうやらイスラエルの譲歩により50年越しの不信関係がやっと和解の糸口が見え始めたと思ったら、パレスチナの独立運動の一環として、皮肉にもハマスという名のイスラエルに最も敵対心の強いグループが主導権を握り、ますます両国の関係は見えにくくなった。

 微妙な関係は清算されていない。しかし臓器提供の話が出来たのは意外と両国から生まれたのだ。イスラエル軍によってわが子を殺されたパレスチナ父母の決断が、大きな反響を生んでいる。息子の死の悲しみと怒りをのり越え、イスラエルの病院に息子の臓器を提供することを決断したのである。

 殺害されたのは、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸ジェニンに住んでいたアフマド・アルハテイブ君(12歳)。イスラエル軍が3日、現地でイスラム過激派を討伐したさなか、プラスチック製のおもちゃの銃を持っていたため、誤認したイスラエルの兵士に頭と腹を撃たれた。イスラエル北部の病院に運ばれたが、2日後に息を引き取った。

 病院側から臓器提供を打診されたアフマド君の両親は、「一人の命を救うのにイスラエルもパレスチナ人も関係ない。世界に平和のメッセージを伝えたい」と臓器提供を決断。アフマド君の臓器の移植手術が6日、イスラエル国内で行われた。肝臓は生後6ケ月の幼児と56歳の女性に、心臓は五年間、移植手術を待ち望んでいた12歳の少女に移植されるなど、計6人のイスラエル人患者の命を救う事になった。暴力の応酬が続くイスラエル、パレスチナの人々の間の対立感情は根深い。

 アフマド君の死は、新たな暴力の引き金ともなったはずだ。しかし、両親はその道を選ばなかった。少年の命はイスラエル人6人の体の中で生き続ける。
なんと美しい人間味のある話ではないか。ES細胞とは異なる話題だが、日本国内では臓器提供者が少なく、15歳以下の子供の内臓は提供の対象にならない制限がある。

パレスチナの戦士 パレスチナの戦士

 両親が寄付金をお願いして、アメリカの病院で治療を受ける話題はよくあるが、ES細胞と同じく、日本では移植手術も、ままならない実情を見るとき、道尚遠い感じがする。臓器移植の技術は、しっかりしたものがありながら、国内でままならぬ現状を見るとき、このような勇気と決断を賛美したいと思った。ドナーつまり臓器提供者は意外と少なく、提供を待っている患者数は増えるばかりだという。医学の道は進み、現在の医学で全てが解決することはないが、ドナーの出現を多くの患者が待ち望んでいるのは事実なのだ。

 日本で発達しない原因の一つに、宗教上の問題がありそうだ。大体の人が宗教的な点で遺体を焼き場で親しい人々に見守られながら、焼却し後日遺骨を埋葬することが普通だ。
積極的にドナーとして、遺体を提供する習慣が無いのが普通だ。特に若い人が事故、その他の理由で亡くなった場合、積極的に提供する理解と習慣をつけてほしいものだ。

 一時韓国でES細胞の実験が成功したというニュースが流れ、世界中の学者が注目したが結局事実無根だったと言う結果になり、残念な話になったが、いずれこの実験も成功するようになるだろう。理屈はよく理解できないが、自分自身のES細胞から、全ての治療が可能になると言う話だ。

 一日も早く完成してほしいものだ。やがて医術が解決できる時代が来ることを願い、現在の段階での見事なエピソードを伝えたい。国会で若手の議員が目下実現すべく条件を緩和する条件をつけるよう運動を始めている様子だ。是非とも実現に向けて活動するよう、まさに祈るような気持ちである。

                           石 井 立 夫