映画「スパイ ゾルゲ」を鑑賞して

 私は久しぶりに映画鑑賞をした。 最近はめったに映画をみることはないが、この映画に限
って、私の長い83歳の人生の中で、ゾルゲと重なる歴史があるからである。
 私は上海市で1920年に生まれ、1927年、第一次上海事件の真っ最中に、私が通っていた
小学校の講堂で卒業式を挙げた。学校全体が傷病兵の病院として使われ、子供の頃だから、
何人の傷病兵がいたのか記憶がない。当時の上海は英国、フランス、両国が租借地として、
全市ではないが、その地区は事実上の全ての警察権を把握し、日本人の殆どは一流国並に居
住し、じょじょながら、日本の紡績工場、銀行、商社、小売店、などの進出があった。
 子供時代は、その生活圏は安全であり、当然のような振舞をし、中国人(当時は支那人)
も勿論居住していたが、その扱いは全く別扱いだった。
 今にして思えば、自国の一部を租借地として別扱いされ、若い人は屈辱感を持ち、特に日
本人に対しては、大いに反抗心を抱いていた。
 上海市は魔窟の都市と言われ、アヘンの巣窟などがあり、複雑な街の様相は、子供時代の
頃だから、詳しくは知る由もなかったが、何となく噂として知っていた程度だった。
 特に英国の植民地政策は500年の歴史を持ち、悪く言えば悪辣非道の政策を、表面は紳士
ぶりを発揮し、道路、水道、ビル建築、豪華な自宅、本国に劣らぬ立派な公園、香港に本店
を構え、上海に他国を圧倒するような立派な建築の銀行を構え、表面では立派で派手なホテ
ルを建築し、現地人つまり支那人を無視するような独特な社会を構成していたのである。
水道、トイレ、交通機関、ガス、学校、発電所など、今言われている(インフラ)社会生産
基盤は租借地帯は完全に設備投資した。
この投資が英国、フランスお植民地政策の特徴だった。
 この映画の原作、製作、監督、脚本の篠田正浩氏は著名な映画監督として、有名な人だが
鑑賞者としての期待と不安が私にあった。
 それは90年前の上海の時代背景が、どのようにして撮影されているかだ。私の眼前に現れ
たのは、戦時中のシーンを、CG加工する為、すべてデジタル撮影となっていたのである。
つまり、90年前の上海の風景が、恰も現代の上海だったのである。おそらく、当時は白黒映
画だったのが、最新技術によって、現代風にアレンジされていた。私は安心と同時に、大い
なる喜びに浸ったのは言うまでもない。
例えば、人力車(黄包車ワンパオツオ)が走り回っていた。歩いている支那人の服装は昔の
まま、街並び、特に狭い路地に家が並んでいた。この再現が映画が本物であったと昔を知る
者には、懐かしさと信頼性を持たせたのではないか。
 日本人の安全を保障するために、約三千人の日本海軍に編成された陸戦隊がいたが、当時
の服装は、頭は白鉢巻をして、その上に鉄帽をかぶり、脚部は白い脚半に足袋の鞐(コハゼ)
を着用していた。映画では、その実情が描かれていた。(白いので敵の目標になった)三千
人の部隊で、二十万人の中国兵に囲まれ、とにかく日本人の安全を守ったのは、日本兵は強
いという子供ながら嬉しかった思い出がある。その場面も、つまり市街戦が忠実に描かれて
いたのには感心した。その後陸軍が上陸して、子供ながら、安心した思い出はあった。
国際都市として、上海は各国の格好のスパイが活躍する場であり、ストーリーによるとゾル
ゲには格好の土地だったのだろう。
 一方朝日新聞記者の尾崎秀美はインテリーの優秀な記者だったのだ。戦前は優秀な学生ほ
ど、意外にマルキシズムに興味を示す傾向が強かった。尾崎秀美がこの種思想運動には、抵
抗がなく、ゾルゲと親しくなる素地があったのは理解できる。しかも会話は完璧な英語で、
字幕の下にテロップが書かれていた。
 舞台はいよいよ東京に移る。私達が初めて修学旅行が計画されたのが、昭和十一年十月だ
った。私には日本へ初めての旅行だった。
 第一の印象は、なんと日本の海が美しく、青く、透きとった綺麗なものだった。客船が長
崎に入港し、水と燃料の補給のため、艀(ハシケ)が近づいてきた。日本語を話ししている
のが不思議に思えた。あれは皆日本人らしいな・・・この種仕事は支那人だという上海育ち
の我々には先入観念があったからだ。
十七日の長い修学旅行だったが、旧所名跡を尋ねながら、東京へ着いた。そのとき初めて、
何か東京で軍隊による大事件が有ったらしいという話を聞いた。これが所謂2・26事件だ
ったのである。当時の情報では、上海の子供たちには、2・26事件の大情報さえ、届いて
いなかったのである。その歴史的な年に私達の修学旅行が重なっていた。情報が現在と比較
すれば貧弱な時代だった。
当時の日本は貧乏な国で、農村の娘を娼婦に売る為、身売りをするような場面も出て、兵隊
に入れば、三度のめしが食べられるというような時代だった。
 若手の将校が兵隊の哀れな農村から出てきている状態から、2・26事件は、一種の革命
運動でもあったのだ。映画のバックに革命の歌が流れていた。
しかし、厳しい軍隊の上層部はこの種革命には、その意味を理解できず、若手革命に参加し
た将校の全員を銃殺刑にするような場面も忠実に、事実に従って、撮影されていた。
このような当時の差し迫った貧乏な日本の姿を、歴史から学び、忠実に撮影されていた。
私は東京で、青春時代を、特別の思想も持たずに、まったく無為に過ごした。しかし戦争は
自分の意志に反して、益々激しくなっていったのである。そして、遂に戦争は拡大の一方を
辿り、遂に満州地帯の北の関東軍を、対アメリカ戦の為、南方方面に移動する作戦を密かに
国の大方針として、決めたのだ。この情報をゾルゲはソ連邦のスパイとして、尾崎を通じて
詳しく知ることに成功した。
 スターリンは、満州方面の戦力がかなり薄くなったのを知り、安心して、ヨーロッパ戦線
に重点を置くことになり、1945年ついにアメリカと共同戦線で、ドイツ軍への勝利を収め
ることに成功した。
当時の連合軍の終戦協定では、千島列島の一部の占領をソ連邦に譲る協定を許した。
 日露不可侵条約を日本側は守ってくれるはずだったが、ソ連邦は無視して、やがて日本人
の満州への全財産を掠奪、暴行をほしいままにして、日本人の多くの、目に余る悲惨な引き
揚げに繋がった。
 終戦の詔勅を出す、出さぬと政府当局の方針を、一部始終を尾崎秀美が知りえた。
尾崎は近衛首相の側近だけが参加できる朝飯会のメンバーである立場を利用し、国策の全部
を知りうる立場で、それらの貴重な日本の国策をゾルゲに情報を提供した。
しかしぎりぎりのところで、二人のスパイ行為が発覚し、裁判の結果死刑になった。
 死刑の悲惨な場面まで撮影され、史実に基づく忠実な撮影が、まさに恐ろしいような場面
で演出され、当時の事情を知る老人たちには、まさに迫真の場面そのものだった。
私は当時東京の軍隊にいて、絨毯爆撃に悲惨な事実に出会い、最後は広島、長崎の原爆投下
で何もかも失った、日本の最後の姿を見てきた。
監督は最後の場面まで忠実にデーターを収集して、悲惨な最期の日本の姿も演出されていた
これらは全てが事実なのであり、この種の映画の撮影のあり方に、コンピュータで調べてみ
たら、現在の青年の投書が出ていた。
その人の意見では、全くつながりの無い、映画で、映画を見ていた人は老人が圧倒的に多か
った。若い人には、内容の繋がりに興味が理解できるはずも無く、戦後の歴史教育には、日
本が悪い国だという教えを受けた青年には、理解できるはずも無い。結論として、サスペン
ス映画としても失敗作だとの酷評が出ていた。現代の平和に恵まれた若者に理解させようと
しても、とても理解できる筋論ではなく、分らせようと考えて作成したものではないことは
分りきった映画だ。しかし経験者には、良くぞ、これまで、史実に忠実に演出したもので、
さすが、一流の監督ではないかと評価したいのである。
 私は現代の風潮が嘆かわしいという意見が一方ではあり、一方では、このままでは日本の
将来を憂うる人もいる。誠に騒々しい日本の内部の自由な発言だが、最早、老人の出る幕で
は無いと考えている一人である。篠田監督は何を訴えたかったのか考えてみた。
ゾルゲの人間性に興味を持ったのが、先ず初めにあり、ゾルゲはスパイというよりは、日本
が好きで研究をしていた部分が大きいという。ゾルゲと尾崎秀美の二人のジャーナリストを
描くことで、その時代を体験していない現代の人に新しい感情を持って欲しいと願ったので
はないか。
 篠田監督は「全ての人間、国に対して、公平な視線を持って作成したという。アメリカ社
会では受け入れないと思っていたが、「あの時代に、こんな人間がいたなんて素晴らしいこ
とだ」と言われたそうだ。
 二十一世紀になって、皮肉なことは、宗教戦争という新しい現象が生まれた。平和を願う
のは、誰にでもあるのだが、問題は更に難しい時代を迎えた。
歴史は無視することが出来ない事実だ。今後の教育は更に難儀な問題を与えられた。今後に
大いに興味を持つが私には何時まで、その変化を見定める時間があるのか、残念ながら、あ
まりない。
ゾルゲのようなスパイ活動の変化は、コンピュータに変わるだろう。余計に私には、予想も
出来そうにない時代が目の前に来ている。
 時代錯誤は何時の時代にもあるだろうが、この映画を見た後の感想は、人間社会の進歩は
今後どのようなコースを進むのだろうか。
ゾルゲの目を通じて、皮肉なことだが、正確な日本を描いたと思えるものがあった。
しかも、本籍はドイツ人でありながら、ソ連邦のスパイをした。何か今後の世界には、人種
の区別は無くなり、予想も出来ない時代が来るのではないか、その様な示唆を得た。

    石 井 立 夫