甲 子 園 球 場
凛とした少年

 作詞家、作家として有名な阿久悠さんのコラム(Column)を読んだ。題名は「凛とした少年に会うと、人々はこの国の未来を信じてみたくなる」と言う内容のものだった。
語彙の豊富な作詞家、作家である阿久悠さんのフアンである私は、毎回楽しみにしているコラムだった。

 この内容は、今夏甲子園で行われた高校野球で、俄然有名になった優勝校早稲田実業の斉藤投手のことである。しかし斉藤君の名前は書いていないのだ。
阿久悠さんのコラムの言葉を一部適用してみたい。感慨の一部である。
本来なら野球選手としての将来を占うための、値踏み、品定め的評価の言葉が並ぶ筈なのだが、それが全く違った。『値踏み』がないのである。

 品格、清潔感、冷静、闘志、強靭、真面目、謙虚、敬語、礼儀、ひたむきに普通の高校生活を送りたい、・・・・・・最後の長い言葉は本人のものである。
過去に何人も甲子園のアイドルと呼ばれ、ナントカギャルの熱狂的追っかけを受けていた人はいるが、今回は少し違う。

 大仰な言い方をすると、この何十年間で、日本という国や日本に住む人々が、喪失してしまっていたものがすべて、この突然のヒーローの中に見つかったということだ。
幻の蓮(ハス)の種子がまだ花になる力をもっており、それが現実の絢爛(ケンラン)よりはるかに美しいと気づいた驚きだ。

 別の言い方をすれば、彼を見て、初めて自分達が病気だったと気づいたようなもので、実は、感動の動機としては重いものだ。ぼくたちは、彼を未来の設計図として見つめたいのだが、実は失われた設計図の発見である。だが、失いつ放しよりずっといい。以上が阿久悠氏のコラムの一部である。青いハンケチを何気なく、何回も顔を拭く姿を見たとき、老人の私は、ガールフレンドからプレゼントされ、その姿を、何気なく彼女に見せる約束があったのではないかと見ていた。今時の高校生には、ごく普通の姿だと初めは見ていた。

 その後この姿は完全に老人の僻目(ヒガメ)ということが理解できた。彼の礼儀正しい言葉の応答ぶりを見て、その姿が極めて普通であることが分かった。しかも、最後の勝利を目指して、球のスピードは147キロで、必死に投げ込んだ姿は、本物であると思った。しかも延長戦で勝負がつかず、翌日の再試合で投げきった。酸素吸入の機器で、体力、呼吸の補給をしたと言うではないか。

 礼儀正しい姿は何の外連味(けれんみ)もない、全く育ちの良い、普通の家庭育ち、兄と二人の生活、少年野球から野球に集中してきた環境にも、彼には素質があったのだろう。
将来への進み方について、スポーツ新聞、民放の話題は、優勝を争った苫小牧高校の木村投手との二人は、俄然その進路が今年の大々的な話題になった。

 斉藤投手の最終的の決断は大学進学だった。未熟な人間をさらに磨き、投手としての練磨を、大学でさらに磨きたいとの面接の際の言葉であった。木村投手はプロの途を選んだ。
もう一度老人の僻目を訂正せざるを得ない。多くの若い少年の中には、自分の持つ全てを、注ぐ青年の姿を見た、今年の甲子園野球に選ばれた、全国の選手団の全てが、この球場で青春の全てを投げ込んだ少年の姿だった。

                       石 井 立 夫