明治の街並み
100円の名作

 100円ショップというのはかなり普及しているが、平成18年10月9日の産経抄に、
100円ショップのダイソーが、夏目漱石から、伊藤左千夫まで全30巻の文学シリーズを100円で発売することになったとの記事だった。著作権が切れた作家のテキストを使っているから、出来る話だ。

 作品だけでなく、あらすじ、登場人物の紹介、語句の注釈、ゆかりの写真、そして作品の一節などを手紙やスピーチに生かすための例文までついている。現在、著作権期間は著作者の死後50年とされているが、日本文芸家協会などは、欧米諸国にならって70年に延長するよう文化庁に求めている。

 著作権を創作者の誇りの問題ととらえる立場からすれば、100円ショップに文学全集が並ぶのは、耐え難い光景だろう。現代詩作家の荒川洋治さんのエッセーで紹介されていた。
薬品の宣伝にも最近はテレビなどで、特許権が切れて、効果は同じだが、値段は安く提供出来る広告を観る機会が多いが、大きな病院など実施しているのかどうか、薬九層倍なんていう言葉があるくらいだから、簡単には利用できていないのではないだろうか。

 アメリカの場合は、完全に医薬分業が実行されているようだが・・・・・さて、文学については、値段の問題で内容が変わる訳ではないので、100円の名作の著作権問題は、文芸家協会などは、深刻な問題にしているのではないだろうか。しかし、現実の問題として、読書層が減ったと、嘆く識者が多いなかで、この問題はどのような影響を与えるのか、甚だ興味あるところだ。

 私の場合は、インターネットを通じて、古本探しをする。版権がとっくに切れた本でも、探すことが出来るメリットがあるからだ。100円の名作集にあるのか、どうかは調べていないが、内容が本物である以上、安いことは、読者にとってはあり難いことだ。
今後、文化庁が著作権の延長を認めるかどうか、激しい運動が起こるだろうが、読者には関係のないところでの、争いだから、関係ない話だ。

 一般的に考えられることは、100円で内容が充実した本が出来るというのが、コストの計算が出来るから販売するのだろう。当然のこととして、考えられることは、文庫本スタイルで発行されるのだろう。従来のように、先ず帯はどうなるのか、帯の言葉を女子のフアンの多い中年の男性に変えたら、本の売れ行きが倍になったという話題があった。

芥川龍之介 夏目漱石 与謝野晶子 正岡子規

 もてる男は、確かにオシャレで、ハンサムで、粋な男性だった。ハードカバーの本の作成は無理だろうと思う。余計な心配ばかりしているが、現実に私が読む本は、文庫本スタイルが多いのは事実だ。これもコストの問題があるからだろう。他の企業例えばスーパー関係、電気機器、食料関係、衣服、そのた、全ての企業の競争関係は誠に熾烈を極めている。

 隣の国の中国から安い品物は、入ってくるは、国内でも競争は、益々激しくなるは、100円ショップは繁栄するのは、床屋さんも落語に出てくるような、人の集まる場所ではなくなってきた。何もかも、回転競争の時代だ。人情問題など完全に無視される時代が来ているような気がするが、100円の名作から、本を選ぶのだから、著作権切れの本をせいぜい探しだし、読む楽しみは、ますます増えるに違いない。

 地元に100円ショップが開店したので、早速訪れてみたが、ダイソーのチェンー店ではなく、残念ながら販売していなかった。ハードカバーの書籍を発行している出版社の編集者が、プロフエショナルというNHKの番組で放送されていた。独特のノウハウを持っている人だが、一人の小説家を掘り出し、その人に先ず、接近し、面会してもらうところから、始る苦労話をしていた。

 その後、その小説家を業界のベストセラーに持ってゆく、苦労話だった。それは、又別のノウハウで、如何に売り出すかに、苦労する話題だったが、問題は最近の傾向として、本を読まなくなった中年層が増えたのを嘆いているコラムニストの記事を読んだ。最後は読者がいてこそ、成り立つ話なので、問題は複雑化するばかりだ。

                       石 井 立 夫