都会の風景

経済小説家の逝去

 城山三郎氏は多数の政財界人から惜しまれて平成19年3月22日、享年79歳で逝去された氏は、とにかく歩き、緻密な取材をし、実在の人物をモデルにした経済小説家として、独自の存在感をしめした。本人は経済小説家と称されることは、かなりの抵抗があったようだ

 3月29日付けの週間文春・・・・政財界人が語る「わが心の城山三郎」の10冊を奥田碩(元経団連会長、中曽根康弘氏、丹羽宇一郎(伊藤忠商事会長)、桜井よしこ氏,キッコマン茂木友三郎氏、ホンダ自動車の最高顧問、が書いていた。各人の共通する意見として、経営者には「ノブレス・オブリージュ」が大事と書いてあった。

 経済小説という新しいジャンルを切り開き、「総会屋錦城」で直木賞を受賞以来、歴史の波に抗う政治家、社会や組織の中で信念を貫く経営者たちの姿を描き続けた。元特攻隊志願の青年が日本に残した「無死」の心は多くの読者に焼き付けたものだと思う。
彼は熱血漢の人、中学三年生のときに、七つボタンの制服の予科練に志願し、三ケ月後に、広島に落下した原爆を境に日本の敗戦を迎え復員した。

  たった三ケ月の間に、激しい訓練を受け、与えられた銃の菊のご紋章に傷をつけまいと思い、自分の前歯を一本折るような怪我までして、激しい訓練に耐えた「大義の末」と言う本を出版している。その短い訓練を小説に書き、自分なりの大義を持ち続けた人であった。

 「租にして野だが卑ではない」三井物産から元国鉄総裁に移った石田礼介氏を題材とした小説を書いている。私はこの「租にして野だが卑ではない」という言葉が好きで、久しく尊敬していた人物だった。不確かだが、国会に参考人として呼ばれ、当時の議員から特定の人物について聞かれ、武士の情けとして、その人について説明を拒否した硬骨漢のイメージが頭の片隅に残っている。城山氏の小説は当然のことながら、この点を取材として書いていると思うが、残念ながらこの本は読んでいない。叙勲・褒章を拒んだ“無私”の人でもあった

 NHK番組で「戦争を知らない若い人達」という録画を見た。人物の名は中津留海軍航空大尉の戦死した模様を、緻密な取材のため、足をはこび、取材を続ける城山三郎の姿を追い続ける姿を映したものであった。大分県津久見出身、海軍兵学校を卒業、航空将校として、予科練出身の航空兵の急降下の練習を繰り返し教え、激しい訓練を繰り返し、将来の特攻飛行機の指導を続けていた。

 23歳で結婚した写真では、一人娘を産み、戦後残された娘さんにも、面会して,亡き父上の話しを聞いている姿も写していた。中津留大尉は「常に死に急ぐな」を航空兵に教え、急降下の技術を徹底的に教えこんだ。不思議な運命だが、八月十五日正午に重大放送があると告げられていた。

 中津留大尉はこの放送を聴かずに、突然800キログラムの爆弾を装丁し、沖縄の伊平屋島へ飛び立ったのである。理由は不明だが、城山三郎氏はなぜ重大放送を聞かずに、飛び立ったのか、現場まで行って、その事実を確かめに足を運んだのだ。結局当時の軍人達の運命的な心理は、何かを暗示している様に思えたが、結局本人は亡くなったので、真相は掴めなかった。

 しかも終戦後の死亡だから、戦死という扱いを受けられなかったのである。伊平屋島は既にアメリカ軍の占領地帯になっており、島民と共に占領祝勝パーテイーまで行っていたのである。中津留大尉の飛行機は、その島の端っこに墜落したような形で落ちていたので、島民を傷つけることもなく、島民は平和をアメリカ兵と共に祝っていたという不可思議な現象を起こしていたのである。

 残された娘さんにも、その事情は分からず、丁寧にお墓参りをした風景がテレビで放送されていた。小説家の高杉良氏は、城山三郎氏の後をついで、経済小説家となり、活躍されているが、文芸春秋85周年号に城山三郎氏に関する記事を書いている。「男子の本懐・追悼城山三郎」で、「筆舌に尽くし難い闘い」とうテーマで、城山氏の作品の中で、「小説日本銀行」と「毎日が日曜日」の二冊を傑出した作品と思っていると書いていた。

 城山作品は豊富で綿密な取材に裏打ちされた卓抜のリアリテイーだと書いている。経済小説の生命線はリアリテイーに尽きる。リアリテイーあってこそ、エンターテイメント性も高くなる。作家に深い深い取材力が求められるのは、このジャンルの宿命であるとまで書いて称賛している。城山さんに「足軽作家」と呼ばれたことをどう思うかと尋ねたことがある。「僕も嬉しかったな。誇りにしていますよ」仕事の時間配分は、取材に七〜八割、執筆に二〜三割で、連載開始時には、作業の三分の二は終わっていると言われた。

 結局経済作家たらんとするならば、取材が如何に大切な仕事であるかと、常々言われたと高杉良さんは述べておられた。城山三郎氏は無私、男子の本懐、ノブレス・オブリジ、様々な惜しむ言葉を与えられた経済小説家として、数多の人々から惜しまれ、尊敬された人だと思う。

                        石 井 立 夫