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| 知覧基地の母 |
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太平洋戦争末期に“特攻の母”として慕われた鳥濱トメさんの視点から若き特攻攻撃らの生き方を描く映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観た。60年の月日が過ぎているのに、当時軍隊に籍を置いていた自分にとっては、最後の最後まで、一見無謀とも言える、 |
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若き青年の死は誤っているのではないかとの見方は無かったかというと、やや疑問を持っていたが、しかし反面、最後の最後まで、当時の死を賭してまで、国を守る決心の姿を見て、むしろ命令を下す側に苦渋の迷いのような面もあった。 |
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しかし、最後の決断に至り、第一陣に、関海軍大尉が第一陣として、決行にいたる場面があったが、その後、若者が続いて飛び立つ姿は、鬼神も哭く、激しい決意が見えて、私も泣けた場面のいくつかのシーンを書いて見たいと思った。 |
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私の同期生だった木村少尉は、陸軍騎兵学校で募集した航空隊へ中途志望して、航空操縦技術を終了し、連隊へ面会に来た。元気そのもの姿を見て、無理をするなよ・・・と一応は発言した覚えがある。東京の上空でB29に体当たりをした戦闘機を見たが、それが木村かどうか分からないが、当時としては、血気に逸って、それくらいの勇気はあって当然だと言う思いはあった。 |
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映画を観ての感想は、遠い昔の出来事だったな・・・と印象を持ちながら、しかし脚本のなかに描かれていた若い将校たちの振る舞いに心打たれるシーンは、強いものがあった。 |
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彼女の戦後に残した誠意あふれる貴重な言葉は、誠に滋愛あふれるもので、極めて印象ふかいものだった。製作総指揮の石原慎太郎氏のタイトルの言葉「俺は、君のためにこそ死ににいく」彼は文学者であり、芥川賞作家として、若い日に、実在した鳥浜トメさんと面会し、実際の苦労話を聞いている。作家として、この実際の話を聞いて、長年心に帰するものがあったようだ。 |
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タイトルの言葉を選んだ真意の伝え方を私は、次のように解釈した。君のためにこそ・・・・・戦争の最終的な瞬間に、冷静な心境で死を選んで、行く心の中に、後々まで日本の若者達へのメッセージを込めたものとだと解釈した。 |
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さすが、文学者らしい表現だが、戦後の惨めな日本の姿を実際に体験し、今回の総指揮者として、映画の実現に到ったのだと思う。其の一 主演女優役でトメさんの姿を演じた岸恵子さんは、石原慎太郎氏から2年前に映画出演の話があったそうだ。「最初に戴いた脚本では、全体に戦争を美化した感がしたそうだ。 |
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脚本を3〜4回書き直して貰い最終原稿を見て出演を決めましたと言っていた。戦争に憤りや悲しみを持っていたトメさんを真心込めて演じることで、戦争が人を狂わせ、国を荒廃させるということを訴えたかった。あの戦争を体験した者として、心から戦争に反対したという気持ちで参加しました。あの戦争はたかが60年前のことなのですから、若い人には歴史を学んで欲しいですね。 |
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最近は「日本はどこの国と戦ったの?」と真顔で尋ねる人までいるそうです。同時に(この作品を見て)命の大切さを感じて欲しい」彼女の出演のメッセージです。其の二 トメさんは知覧町で軍指定の富屋食堂を経営していた。その食堂へ明日基地を飛び立つ兵士、将校が入れ替わり別れの言葉を言い残し、飛び立って行く場面が展開されていた。田端少尉は出撃したが、帰還を繰りかへし、偶然婚約者が尋ねてきて、悲しい愛のひとときの別れをしたが、周囲の非難を浴びる。 |
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トメさんに「日本は負ける」とつぶやいた。中西少尉は、そんな彼を臆病者と殴り倒すシーンもあった。田畑少尉は、逃げるわけではないと、飛び立ち、自分の基地からやや離れた場所に250キロの爆弾を装置した飛行機を墜落させ壮烈な自爆するシーンもあった。 |
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其の三 朝鮮人でありながら、特攻に志願した金山は、差別や偏見なく自分に接してくれたトメさんに感謝の想いを込め、祖国の歌アリランを唄った。帽子を目深かに被り直し、母国の歌を泣きながら唄うシーンには、私も涙した。 |
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其の四 出撃前に坂東少尉が出撃前検閲を通さず、トメさんに家族宛の手紙を委託して、憲兵隊に連行された。トメさんは憲兵隊本部から釈放されたが、トメさんは明日死ににゆく若者たちに、なぜ門限や検閲が必要なのかと食い下がる。その気迫は坂東少尉や他の隊員たちが、今まで見たこともない、激しい怒りとと悲しみに満ちたものであった。 |
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其の五 わずか十五歳で志願、入隊してきた少年兵たち、まだあどけない幼顔の残る男の子、学徒動員で志願して士官候補生となった“特操”呼ばれる学徒兵、七つボタンの制服に憧れ、予科練兵として激しい訓練を受けて来た者、総勢439人の特攻兵だった。 |
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其の六 軍曹河合惣一は蛍になって再びここに帰ってくるとトメに語りかけ、さらに自分の残り30年の寿命を彼女にあげると言い残す。戦死した全員が,トンネルのように咲き誇った桜の木に、蛍として戦死した全員の亡霊があらわれ、また静かに消えて行くシーンは、実に見事な撮影だった。 |
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蛍と桜はシーズンが異なっているが、幻影の美しさは誠に印象強く残るシーンだった。 |
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結論として、最後まで後に続く者たちへの、メッセージを残し、痛ましい多くのシーンが写されていたが、実に60年前に実際にあった事実は、忘れてはならないことであると言いたい。このことは誰も非難することは出来ない事実だったのである。 |
| 石 井 立 夫 |