春秋に義戦なし

 これは中国古代史に出てくる孟子の言葉である。紀元前289年頃は、まさに中国は戦国時代だったらしい。孟子は紀元前372年?の生まれだから、お互いが、正義を主張して、内戦を繰り返した過去の中国の戦国時代を振り返り孟子は、これを“春秋に義戦なし”と伝授したのだろう。

 私は中国の歴史に詳しくはないが、山本夏彦氏が好んで使っていたので、私なりに解釈して、どんな戦争でもお互い、自分こそが正義を以って戦っているのだと言うのだ。例えば、日本とアメリカとの戦いで、60年前に敗戦を迎えたが、双方に正義があったのである。
残念ながら、圧倒的、膨大な戦闘力でまるで戦争にならなかった。

 しかし、昭和20年3月10日の東京大空襲に遭遇した私は、かろうじて命冥加に助かった。原爆も二個も落とされた。これについても、アメリカは正義のために落としたのだと、説明している。

 目下日本では戦前は全て悪で、戦後の日本は善で、平和が奇妙な形で続いている。これも平和憲法のお蔭であると、主張する人もあれば、日本を取り巻く環境を見ると、必ずしも、何の保証もない。

 イラクでアメリカは民主主義国にしようと苦労しているが、今やテロ戦で苦労している。宗教戦争の形すら見せている。イスラムとキリストとの戦いの形だ。先行きは全然見当たらないように見えるが、やがて民主主義が勝利を収めるのだと信じてアメリカは戦っているのだろう。

 他の諸国も、(日本も含めて)ひたすら信じてテロとの戦いを続けておる。イラクで国政選挙が行われるのは、およそ50年ぶりだという。多くの新聞、アメリカの「識者」と言われるジャーナリスト、日本の所謂識者の多くは、イラクの選挙は失敗するだろうと述べていたが、民主主義への熱い希望が沸々と煮えていたのだ。

 イスラムであろうと、宗教を越えて民主主義が勝ったのだ。時間はかかるだろうが、60%を越えるイラクの人々は、独裁政権に苦しみ、異なる宗教に苦しみながらも、最後は民主主義政権に、自国の安定を委ねたのである。

 アメリカのニューヨーク・タイムスだけが、自社の見通しが間違っていたのを社説で謝った。日本人の堂々と謝ったという記事は見たことがない。今や日本では平和と唱えているだけで、果たして平和が保てるのか、心配だが、未だに戦前の古い罪状を暴いて問題にしている新聞社と放送界のトラブルが起こっているが、世の中は正義ばかりではないと、一言雑文を書いてみた。

                          石 井 立 夫