鬼太郎が経験した玉砕

 ゲゲの鬼太郎の作家、水木しげる氏の背筋が寒くなるようなドラマを見た。平成19年8月12日NHKの番組である。今月は敗戦後62年の記念日の所為もあるのか、原爆の災害の悲惨な姿を見たり、戦争に関する記事が割合多かったと言う印象が強い。しかし、何年経由しようが、戦争の悲惨な物語は永久に終わることはないだろう。

 私も戦争に三年間参加した経験はあるが、幸い現在このような記事を書く人生を与えられている。 水木しげる氏は現在有名な漫画を書き、特にゲ・ゲ・の鬼太郎の作者で、現在は85歳の高齢者である。しかし、彼は左腕を戦争のため、負傷して失っていることは知っていた昨晩のテレビのドラマでは、鬼太郎が登場して、第三者の形で、自分の戦争体験を語らせていた。彼の特別の配慮もあった。

 戦争に対するショックを少しでもやわらげようとの思いがあったのだろう。しかし、その内容は信じられないようなものだった。敵を知り己を知らば百戦危うからず、中国の春秋時代の兵法家「孫武」が著述したとされる、極めて常識的な言葉を忘れ、確か『陸軍の作戦要務令』の中でも教わった覚えがある。

 上級士官及び参謀が、それらを一切無視したような作戦を強いて、玉砕戦法に固執したドラマは,信じられないことばかりだ。この事実は、若し私が鬼太郎に代わり、その場にいたら、同じ目にあったであろう。これも運命だ。さて、水木しげるの本が届いた。

 実態を知るために本を購入した。彼は漫画家であるのは、承知していたが、全部漫画で書かれているのだ。普段私は漫画本は読んだことはないが、「鬼太郎が見た玉砕」水木しげるの戦争原作というタイトルだ。

 ニューブリテン島 ココボ、昭和十八年末から、物語が始る。つまり初年兵(軍隊では初めて入隊したものは初年兵という)召集されて、この島へ派遣された時から、この初年兵の生活が始ったようだ。漫画を読んだ後の感想から、彼の独特の漫画を描く技術は、最高の芸術と言う以外にない。まさにリアルに描かれている。
従来の漫画に対する認識を改めて受けた。他の漫画は認識がないので、水木しげる氏に限っての話だ。

 実戦に参加した水木しげる氏の超迫力ある実戦物語は、他では見られないもので、よくぞ生きて帰って来られたものだと、それだけでもドラマはNHKが演出したものと比較にならないものであった。

@軍隊用語が当然出てくるが、戦争参加の経験のない人には、理解できないだろう。
例えば、員数という言葉は適当に数を合わせる場合に使われた。

Aラバウル島から、派遣され、昭和十八年末、ニューブリテン島ココボへ派遣されるが、最前線で陣地構築をするのだが、第一線の陣地でも、信じられない軍律が守られている。つまり軍隊独特の階級制度が厳然と守られ、初年兵は、ビンタを張られ、最低級の扱いを受けている。

B米軍が上陸してきた。その火力は問題にならない。しかし参謀はその実態を少しでも認めようとはしない。むしろ圧倒的な力関係に対し、玉砕戦法で戦う作戦を立てる。玉砕とは全員戦死せよと言うことになる。参謀が命令を出し、やたら犠牲者を出すだけだが、それが日本軍の実態なのだ。陸軍参謀は陸軍大学を出た人でなければ資格が無いといわれた。つまり当時の陸軍の秀才だったのだ。

C軍医が一人いた。無駄な戦法を批判し、参謀に直訴するが、反対に命令に反しているとのことで、軍医は絶望のあまりピストル自殺する。

D玉砕することが上官のただ一つの考えである。夜襲をかけて、何人かの部下を戦死させ、たまたま生き残った二人の将校に対し、お前達は卑怯者だと責めまくり、結局自殺させる場面があった。戦力として残すのではなく、名誉の自殺を命ずる場面があった。軍医が自殺した遺体と三人の名前を書いた碑を立て、戦力を失う場面もあった。

E結局水木しげる氏は、米軍の爆撃で左腕を失うことになった。あとがきで、この「総員玉砕せよ」は90%事実です。軍隊では兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は“猫”位にしか考えられないのです。

F連隊長は「あの場所はなぜ、そうまでして守らねばならなかったのか」彼はその言葉を耳にしたとき、「フハツ」と空しい嘆息みたいな言葉がでるだけでした。死人(戦死者)に口なしと言うが、僕は戦記物を書くと、わけのわからない怒りをこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。

G野戦では軍律厳しくしていても、鉄砲弾は後ろから来る場合もあると言われて、上官はそれを恐れ、ほどほどにしていたと聞いていたが、この場合は特別だったように思われた。
以上空しい感想文になってしまったが、同じ軍隊経験者として、生き残った者の敗北の痛みは、そう長続きしない。62年も過ぎてしまったが、しかし、このような物語を読むと、何
か心の片隅に青春時代の失われたある時間のロスした口惜しい思いだけは残る。残された余命だけは大事にしてゆきたい。

                          石 井 立 夫