靖国神社考

 阿部内閣が崩壊し、福田内閣が誕生した。記者団の質問に、例の靖国神社へ参拝しますかという質問が出た。福田氏は参拝しませんと、と明確に答えた。日本人が質問することさえ不思議なことだと思われるが、現在は日本全般が、このような質問が出ても何となく無感覚になっているようだ。

 第二次世界大戦に心ならず召集され、命冥加にも生きて帰った、としみじみ同期会で語られる機会が多い。幹部候補生という名の即席の将校に仕立て上げられ、兵隊の指揮者として戦場に出て、幾人の犠牲者として、幾人の犠牲者が出たのか、戦後のデーターはっきりしない。仲間にロマンテイストの青年がいて、密かに与謝野昌子の「君死にたもう勿れ」の詩を語ってくれた友人の、その後の消息すら分からない。

 司馬遼太郎著書「この国のかたち」という著書の目次から、「統帥権の無限性」という題名に刮目した。チャーチルの言葉「国際関係には永遠の敵も永遠の味方もない。国益だけが永遠なのである。これがチャーチルの述懐だ。和服を召した美しき大学の教授の発言。その方の予想もしない激しい言葉がでた。「今ごろまで、あのような建物が残っているのが、不思議なくらい・・・」

 私は学んでいる学生を信じたい。戦争中に正義の戦争であると教えた学者、絶対に民主主義を守るべきだと教えた勇気ある学者。多くの学生はそのことが正しいか、そうではないのか、批判精神を学ぶのが学生だ。そして多くの学生が正義の戦いを信じながら死んでいったのである。

  現在の学生も批判精神を学び、やがて大人になって行くだろう。むしろその女性教授は日本の伝統美を飾る和服をお召しになって日本を愛すればこそと思いたい。しかし、四十年後のこの美人を想像する。その美しさを、同年の老人が、その人の真の美醜を判断する時代が必ず来る。それが人生だ。

 私は昭和二十年三月十日、米軍の大型飛行機が超低空で、東京の人口を一晩で、十万人余を焼き尽くした日を忘れない。帝都防衛軍の任務のため、靖国神社の防火活動に出た。

 

廃墟と化した東京

  故意か偶然か、靖国神社は焼け残った。不思議な思い出がある。マッカーサー元帥は靖国神社の爆撃の計画を立てたが、イエスズ会のブルーノ・ビッター神父の反対により実行されなかったことが戦後分かった。「自然の法に基づいて考えると、如何なる国家も、その国家のために死んだ人に対して、敬慕を払う権利と義務があるといえる。

 それは戦勝国か敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば、以上の言葉は自然に理想できるはずである。弁護士稲田朋美さんの記事から借用。その夜の爆撃で聖路加病院は焼け残った。まさに意図的であったことは明白である。

 私の家内は聖路加病院の近くに家があったので、焼け残った。これは偶然と言えるのだろうか。絶対的に計画的であったと思いたい。超低空爆撃だから、その判断は簡単にできる。
総理の靖国神社参拝・・・曽野綾子さんの記事から。A級戦犯を祭ってあるから参拝してはいけないという理屈にはおかしなものがある。

  韓国、中国にもキリスト教徒がいるはずだが、聖書には「裁きは神に任せなさい」と書いてある。人の生涯の真実は、他人にはわからないという深い知恵である。精神と心の問題に関する裁きは神に任せるとうことなのである。毎年同じ答えを強いて総理を「苛めた」気になるマスコミも、一種のサデイストだから、そろそろ読者に飽きられるだろう。

 戦後生まれの首相が出てくる時代だ。中国では近代化を急いでいる現状で、特にオリンピック、上海では万国博覧会の計画が予定されている。日本からの援助の期待と要望は強いはずだ。何時までも靖国神社ばかりで、イチャモンをつけていられないはずだ。むしろ、日本のマスコミが、やたらと騒ぐばかりで、相手側に「どうぞイチャモンを早くつけてください」と騒ぐ方がおかしい。

 台湾の李登輝前総統(84歳)が、七年越しの日本訪問が叶った。「22歳まで日本人だった」李氏にとって、東京一帯は若き日の記憶が一杯詰まった所だった。厚い政治の壁に阻まれ続けたが、やっと実現した来日だった。李氏は深川にある芭蕉記念館から、松尾芭蕉の(奥の細道)をたどる今回の旅の一歩を踏み出した。

 李氏は積年の想いを訪れた深川で披露、俳句に託した。「深川に慕い来 夏の夢」奥床しい総統の姿である。今回は彼の弟さんが、日本軍として戦死している。訪日直後に、今回の彼の目的の一つは靖国神社へお参りする予定を報じていた。立派な態度でお参りをした。宗教色のない、お参りだったが、長年のわだかまりを整理することが出来たのではないか。中国政府は一応は非難したが、本格的なものではなかった。

 戦前は全て悪、戦後は全て民主的な平和な時代を、憲法が保証しているとの教育の見直しが阿部内閣で問われ始めた。GHQが作製し、押し付けられた憲法を見直す努力がなされない日本の姿こそ情けないと思う。平成19年7月に行われた参議員選挙で自由民主党は大敗した。結局阿部さんは、病気で総裁の座を降りた。(平成19年9月12日現在)

 62年を迎えた終戦日に上坂冬子さんが、「靖国神社で会おう」という記事を見て嬉しくなった。今年の靖国神社には、阿部内閣のただ一人の女性大臣がお参りをした。全閣僚はまるで、江戸幕府のキリスト教禁止のための「踏み絵」にでも似ているとでも思っているのだろうか。

 自分より地位を守る人々と曽野綾子さんは、鋭いコラムに書いていたが、その通りだと思った。彼女は敬虔なクリスチャンであるが、実に立派な人であることを再認識した。あらためて彼女の信仰の深さと行動力のある人であることを知ったのである。政治家どもの情けない話ではないか。

                            石 井 立 夫