伝説のアプリオ   TEAM酷道011 ユウジ



7年ほど前、一宮まで通勤するために原付を購入。お店にあった新車で一番安かったのがこのYAMAHAのアプリオでした。
購入して、最初のうちは電車で岩倉まで出て岩倉駅から一宮の南部にある会社までアプリオで通っていました。
そのうち、可児から一宮までアプリオで通うようになり、一日で50キロ以上走っていたと思います。
それから月日は流れ、職場が名古屋駅前にかわり電車で通勤するようになると、休日にちょい乗りするくらいで、あまり原付に乗ることもなくなりました。冬場はまったく動かさないようになっていました。

しばらくして、駅から3キロくらい離れたところへ引っ越しました。また駅までの通勤にアプリオを使うようになりました。
しかし駅まではバスでもでられるため、冬場はまったく乗らなくなっていました。


そして2008年1月、ボクは彼らと出会うことになります。そう「TEAM酷道」の仲間たちに。


2007年10月、TEAM酷道の掲示板では、エロ本小屋の話題でもりあがっている頃、ボクも大体の場所を特定して一人でエロ本小屋を探しに行きました。
結構すんなりと発見することができ、ちょくちょくエロ本小屋へ行くようになっていました。
そして、ついに2008年1月のエロ本小屋大捜査へ参加することにしたのです。
そのときの様子は、TEAM廃墟「エロ山」4年目の真実をごらんください。

スクーターでどんな道でもどこまでも行ってしまう男「アドレスV100」氏、オフロードバイクでエロ山を駆け巡る「とらDjebel」氏、そして後にDT50をレストアしてくれた「蹴りセロー」氏とエロ山大捜査で出会ってしまったのです。

そして3月になり、だんだんと暖かくなってくると原付で、いろいろ走りまわるようになりました。
もともと酷道好きであったんですが、やっぱり車だと行けないなぁと思っていたところでも、スクーターなら行ける事に気づいたのです。

その頃、某動画投稿サイトで見つけたセローで愛知・岐阜県道16号を走破する動画を見つけました。
それを見ながら、蹴りセロー氏と行く予定をたてたのですが、蹴りセロー氏は仕事のため行けなくなってしまったのです。


そこで3月下旬のある日の早朝、下見のつもりで単独で県道16号へやってきました。
入り口のあたりの様子を見に行くだけのつもりだったのですが、結構すごい勢いで下っていってしまったので、もう戻るのが嫌になってしまい、最後まで走りぬけてしまったのです。(レポートはこちらです)



もうこんな所走ってしまったら行けないところはそうそうありません。
念願のエロ山サーキットへも行きました。



しかし、このころからアプリオのパワー不足を感じるようになりました。
身長185cmの巨人の乗り物としてはちょっと小さかったんです。
そこでDT50購入プロジェクトが始まりましたがこのお話はまた別のところで。




そしてついにアプリオ号最後の晴れ舞台となる険道352号線五月橋ツーリングが行われます。
2008年3月ももう終わる頃、朝のドライブインに男達が集合し、352号線深澤ゲートへ向かいます。
(TEAM酷道No.11蹴りセローによるレポートはこちらです)
ここでは、ダイジェストでご覧ください。(撮影協力:TEAM酷道No.07バイキチ)



深澤ゲートに集結した蹴りセロー隊長、とらジェベル、アドレスV100、そしてユウジの4台。


ゲートを突破。





道はどんどん狭く荒れていきます。





スクーターが小さく見えます。(サーカスの熊みたいです。)


ガレてきて走りにくいです。


そして全員無事に五月橋に到着!!


いよいよ五月橋を渡ります。


下が丸見え!!おーこわ。





橋を渡り終えて酷道418号線へむかいます。
急勾配は足をつかわないと登りません。


無事登りきりました。酷道418号線までもう少しです。


無事418号線へ到着。丸山ダム方面へ向かいます。
二股トンネル内で記念撮影。


2ヵ月後、ボクはDT50を手にすることになります。
それまで、APRIOは駅までの通勤の足としてがんばってくれました。
総走行距離は2万キロ弱。今は人の手に渡り酷道を走ることなく、ママ原チャリとしてどこかを走っていることでしょう。


伝説のアプリオ 完




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