霞ヶ浦のオニバス


オニバス群落があった
          高浜入り



■霞ヶ浦河川事務所
 このページの写真が当時の
  オニバス群落です

  霞ヶ浦のオニバスについての文献は
■ 「霞ヶ浦の生物」(昭和55年年 1980年 建設省霞ヶ浦工事事務所)
■ 「霞ヶ浦の水草」(平成15年 2003年 レイモン・アザディ 筑波書林) 
■ 「霞ヶ浦の水生植物」(平成16年 2004年 桜井善雄・国土交通省霞ヶ浦河川事務所   信山社サイテック)
等がある。
それらをもとに考察すると,霞ヶ浦でオニバスが見られたのは1978年(昭和53年)頃が最後らしい。
1972年には「高浜入り」で東西方向180m,南北方向800mに達する大群落が形成された。この10数haに及ぶ群落は,我が国におけるオニバスの群落としては最大規模のものであろうと上記の文献では指摘されている。(その時の写真が左の霞ヶ浦河川事務所のHPに掲載されている。)その年以降,年々群落は縮小し,1978年頃までにはほとんど見られなくなってしまったという。
同時に霞ヶ浦の富栄養化が進み,CODは10mg/lを超え,アオコの大発生へと至った。霞ヶ浦は,オニバスはおろかわずかな抽水植物を残し,ほとんど無植生の湖と化していくのである。
また,この時期には土浦市の宍塚大池でもオニバスが見られたわけであるが,やはり同様にその後消滅してしまう。霞ヶ浦における経緯と現象的には同じであるが,宍塚大池には流入河川がなく,霞ヶ浦のような極度の富栄養化やアオコの発生があったとは考えにくく,時期的には同じであったとしてもオニバス絶滅の原因は別のものであるように思う。

もどる