脳脊髄液減少症という病
第3章 4. ブラッドパッチ後
うつぶせの後、麻子は仰向きになってベッドごと病室へ移動し、
病室での安静時間が取られた。
やがて、麻子の腰の局所麻酔が切れ始めた。
(痛いぞ、痛いぞ)
極楽の時間は終わっていった。
麻子は、ブラッドパッチ後は猛烈に痛いと予想していた。
今回の腰の痛みは麻子の予想以下であった。
しかし、かなりの痛さである。
鎮痛剤として、ロキソプロフェンナトリウムが麻子に処方された。
楽になったのは数時間で、それ以後薬効が切れ始める。
この鎮痛剤はポピュラーな経口薬である。
何処の病院でも鎮痛剤としてでも結構処方される。
今までにかなりの量を処方されてきたため、麻子にはあまり効かなくなっていた。
飲み続けると、鎮痛剤は効かなくなって、胃腸を荒らす。
鎮痛剤に頼っていては身体を壊しそうになると感じ、
ほとんどの薬の使用を麻子は止めた。
しかし、それでは体が痛みのあまり硬直し辛いので、整体やリハビリに通った。
身体のこわばりを取り除いてもらうだけでも、麻子には有り難かった。
それでも、うなって寝ている生活だった。
しかし、そのおかげで麻子は鎮痛剤の使用量を減らすことができた。
漏れているのに身体を揉んでいたというのは、
後から考えるとあまり良くなかったかもしれない。
しかし、必要以上の鎮痛剤から解放されていた。
あのまま飲んでいたら身体がどうなっていただろう。
身体を弛緩してもらい、循環を良くしてもらっていたことは、
結果的には良かった気がする。
ストレートネックにもなっていたが、それも改善してもらった。
麻子は後になって様々な他の病名を知り、
そのリハビリが他の疾患を併発しなくて済んだ要因のような気がした。
この病気に関する本の中に、脳の下垂がストレートネックを引き起こすと書いてあった。
きっとストレートネックの患者も数多くいるのだろう。
鎮痛剤が切れ始めるのを麻子は感じた。
ロキソプロフェンナトリウムはしばらく飲んでいなかった鎮痛剤であるが、
麻子にとってやはり効く時間は通常より短いままだった。
すぐに効果は切れ始めた。
長い夜の間、麻子は痛みを感じていた。
痛みを感じながら、疲労から麻子は時々浅い眠りについた。
翌朝トイレのために起きあがる。
頭痛があり、そして腰が痛い。
トイレまで少し歩く。
地面がしっかり固定され、揺れていないではない。
(大地が揺れていない・・・)
船の上の船員状態からはどうやら解放されたらしい。
頭の芯がぼーとしている。
背中は痛いが、どこか身体は楽になった感じがした。
(もしかして身体が軽い?やっぱりそうだ!)
おんぶお化けのような重たさが、どこかに去っていた。
鉄板が乗って離れない、鉄の塊のリュックをずっと背負っているような、
そんな重たさが麻子の肩や背中からなくなっていた。
しかし、麻子の身体中がぎしぎし痛んだ。
鉄板をおろした麻子の身体は、あちこち痛みを残していた。
頭痛は行ったり来たりするような痛み方である。
麻子がぼんやりしていると、朝ご飯が運ばれてきた。
何もしなくても、ご飯が目の前に出てくる。
痛くて動けない体にはありがたいな、と麻子は思った。
麻子はまだ温かいみそ汁をすすった。
(頭痛が少しましになる気がする?)
気のせいかと麻子は思ったが、みそ汁を続けてすすっていると気のせいではないようだ。
昨日も朝食にみそ汁を飲んだはずだが、昨日までは飲んでも麻子は変化を感じなかった。
ブラッドパッチ後の朝のみそ汁はなんだか美味い。
(朝ご飯の選択は、明日もみそ汁付きにしよう)
麻子はみそ汁を飲み干した。
頭の芯はまだぼうっとしているが、少しずつ意識がはっきりしてくる。
(みそ汁効果は、なぜなのだろう?)
前のベッドの黒田も朝食を取っていた。
「食べられそうですか?」
黒田は麻子を気遣って声をかけた。
「何とか・・・」
麻子はそう答えながら、黒田の腕に包帯らしき物が巻かれていた事に気がついた。
「包帯、どうしたんですか?」
麻子が尋ねると、
「これ、点滴用の針が刺されているの」
と黒田が言った。
麻子の箸を持つ手が止まった。
どうやら、黒田は夜中に点滴を打たれて、今朝も点滴があるらしく、
連続して点滴ができるように処置をされているらしい。
麻子は斜め前を眺めた。
長山のベッドはカーテンが引かれたままだった。
配膳係の人がカーテンの中から食器を持って出てきていた。
あまり食事が取れてない様子だった。
看護師が病室に入ってきた。
点滴を持って、斜め前のカーテンの中に入っていった。
それを見ていた麻子は、ブラッドパッチ後自分は点滴をされていないことに、気がついた。
ブラッドパッチの後の痛みや経過は患者によって違うと言われている。
今回自分のブラッドパッチ後の痛みはまだましだったのだろうか、
とふと麻子は思った。
夕方、岡林医師から治療後の説明を受けた。
しばらく安静。
だんだん日常に無理のない程度から戻していく。
半年は無理をしない。
水分は取った方がいい。
1年から1年半は回復期間。
血液の吸収過程で成分が残ってふさがっていくかどうかは、今後の経過次第。
その後症状固定を書くこともある。
そして一回のパッチで回復する人の%について説明される。
一回で済む人はすくないということか?
麻子は広範囲に多く漏れているため、もう一度治療が予定されていた。
麻子はほとんどベッドに横になりながら、安静を保った。
頭痛は、安静にしていると楽だった。
体のだるさはかなりある。
その夜、麻子は背中が痛いなと思いつつ、うつらうつら眠りに入った。
初めてのブラッドパッチは、こうやって過ぎていった。
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