脳脊髄液減少症という病


3章 9.退院に向けて

 

前のベッドの黒田が先に退院した。

「また、通院で会うかもしれませんね」

と黒田が麻子に声をかけた。

「そうですね。お大事に」

と麻子は言うと、

「病院で枕を作った人って初めてじゃないかしら」

と黒田が少し笑いながら言った。

「あ・・いや・・。枕が硬くって」

麻子は焦って顔が赤くなった。

「私も家から自分の枕を持ってきたら良かったと思いましたよ。硬いし、痛いし」

と黒田は肩を押さえながら言った。

「肩とか痛いんですか。帰り、気をつけてください」

と麻子が言うと、

「体が痛くて、帰りは行きよりも大変かも。頭痛もひどいし」

と黒田が答えた。

黒田は体をかばいながら、病室を去っていった。

 

麻子もEBPが終わり、退院へ向けての準備が始まった。

自宅に持って帰る薬を確定させる必要があった。

脳脊髄液減少症の患者は、それぞれ訴える症状が異なっている。

そして、ブラッドパッチの影響も患者によって異なった。

おまけに、麻子には今まで処方されすぎたため、

効き目が悪くなっている鎮痛剤があった。

 

麻子の背中一帯に痛みがあった。

炎症反応の影響である。

麻子も、他の患者同様、その痛みに耐えながら帰宅することになる。

今の麻子は、数歩を歩くのも辛かった。

(入院時の方がまだ歩けたかもしれない・・・)

今の麻子には、見えている目の前の場所へも動いて行けない。

歩けないつらさ。

今まで近かった距離が、とても遠く感じる。

歩けなくなって、初めて歩くということが大変なことだったと気がつかされる。

 

麻子は、最初強めの鎮痛剤をもらったが、胃に負担を感じ中止になった。

入院中、麻子は仕方なく湿布をあちこちに貼って痛みを紛らわした。

退院が決まって、岡林医師はピラゾロン系解熱鎮痛消炎配合剤顆粒を麻子に処方した。

服用すると、痛みにふわっと効く感じがする。

ただ、余り長くは効かないようだった。

カフェインが多く含まれていて、それが頭痛に効くらしいと説明された。

実は麻子は、事故にあって身体を壊してから、

なぜかやたらコーヒーを飲みたくなって毎日数杯飲んでいた。

麻子は、元は紅茶党であまりコーヒーを飲まなかった。

しかし事故以来、麻子の味覚はコーヒーを欲しがるようになっていた。

身体が欲しがったのかもしれない。

トイレが近くなり、コーヒーを飲むようになり、

事故後の何気ない自分の変化を麻子は不思議に思っていた。。

今いろんな事がつながって分かっていく。麻子はそう感じていた。

 

麻子の病室に薬剤師がやって来た。

麻子は薬剤師と鎮痛剤について話をした。

処方された鎮痛剤だけではなく、様々な鎮痛剤の話題になった。

何が使えるか、無理なく使えるか。

自分に使える鎮痛剤を持つことは大事なことだ、と麻子は経験上思っていた。

薬の使い方は、患者にとって大事な事なのだ。

薬剤師とのこの鎮痛剤のよもやま話は、

後に麻子にとって重要な治療につながっていくことになる。

それを麻子は、この時は予想していなかった。

脳脊髄液減少症に効く薬と、麻子は後に巡り会うことになる。

 

 帰宅後の生活指導と治療後の経過について、主治医から麻子は説明を受けた。

ブラッドパッチ直後にすぐに回復する人は少ない。

ブラッドパッチをしたからといって、

すぐには脊髄液の状態が元の戻るわけではないらしい。

長く漏れたままでいたのだから、直ぐには元にならない。

回復はゆっくりと進んでいく。

ブラッドパッチ後、一時体調が悪化する場合もある。

急に漏れを止めたために起こる自律神経の不安定が起こる場合があり、

処置のための痛みもある。

ブラッドパッチについても一回で良くなる人が少ないが、

何度もすぐにするものではない。

回復を焦らす時間を見ることが必要だ、と医師は麻子に言った。

 

ブラッドパッチをしても効果がない場合があるらしい。

本によると、脳脊髄液現象症以外の要素がある場合、

ストレスや胃腸障害など回復を阻害する要素がある場合、

血液に問題がある場合などである。

他の病気を併発していればその影響はブラッドパッチだけでは解決できない。

 

麻子は入院前、頸部痛や頭痛がひどく、背中の痛みもかなりあった。

(脳脊髄液減少症についての治療だけではなく、もし他の疾患があるならば

それも治さないとこの痛みも治まらないのではないだろうか・・・)

体の痛みのひどさから自分には別の病もあるのだろうかと、

治療前の麻子は時々考えていた。

ところがブラッドパッチをされた直後、麻子の背中に爽快感が駆け抜けていった。

その爽快感と共に、痛みが麻子の身体の下の方からだんだんと引いていく。

その痛みの消失が頭まで来たときに、麻子の体中がふわっと楽になったのである。

頭痛も肩の重さも肩の痛みも、そして身体の痛みも消えた。

そのとき麻子は、自分の体の痛みは脳脊髄液減少症から来ていたのだと実感した。

 

ようやく退院、なんだか嬉しい。

自分の慣れた布団で寝られる。

枕のカバーを外して、巾着袋を取り出した。

手作り枕を忘れずに持って帰らなければ。

自宅に帰れば、低反発枕で寝られる。

つまらない理由が患者には嬉しい。

しかし、このまだまだ痛い身体でどうやって過ごすか。

それも、これからの問題だ。

 

麻子は荷物を片付け、入院費用の計算処理を待っていた。

処方された薬もまだできていない。

ベッドに横になりながら、帰宅後の生活を考えていた。

 

この病気はある意味脱水病のようなものだ。

細胞外液の脊髄液をどうやったら増やせるのだろうか。

脊髄液のメカニズムも詳しくは解明されていないし、

効果的な薬も分かっていないらしい。

出来ることは脱水ぎみにならないこと。水分を十分取ること。

規則正しい生活で回復力をつけて行く。

それしかないようだ。

 

 「退院ですか?」

隣のベッドから声がかけられた。

「あ、はい。お金の支払いと薬を待っていて」

と麻子は答えた。

病室には新しい患者が入ってきていた。

隣のベッドの人は低髄患者で、麻子に藤井と名乗った。

藤井はかなり遠くからこの病院へ治療に来ていた。

この病気のために医師を捜してこの病院へ来たらしい。

病室内で、低髄患者だと分かると顔見知りになる。

おそらく、普通の病院では自分と同じ疾患の患者となかなか出会えないからだろう。

そのため、麻子が脳脊髄液減少症で入院していると分かると、

麻子は声をかけられた。

この患者にとって経過や治療について情報が少ない、と麻子は思った。

病気に関して沢山本が出ているわけでもなく、

近所の病院に行っても病について知っている医師はほどんといないだろう。

治療医は多くの情報を持っているかもしれないが、

患者達は自分の事以外情報を持っていない。

患者はもっといろんな事を知りたいのだ。

 

もう一人は、どうやら他の科が満床でこの科のベッドに入院してきたようで、

違う科の医師が診察にやってきていた。

斜め前の長山は、ベッドごと病棟を移動していて、すでにこの病室にはいなかった。

何か治療が必要になったのか、それとも他の病気があったのか、

麻子には分からなかった。

 

「いいですよね。やっぱり自宅に戻れるのは」

と藤井はうらやましそうに言った。

「でも、家に帰ると、この体で食事も自分で作らないといけないし。

買い物にも行けそうにないし」

と麻子は言った。

「買い物とかは大丈夫?」

と藤井が尋ねるので、麻子は苦笑しながら

「入院前に、万一のことを考えてレトルトとか乾物とか缶詰とか買いだめしたから大丈夫。

だめなら身内や友達に頼もうかなと」

と説明した。

「そうよね。ブラッドパッチ後の安静って大事らしいし」

と藤井が起き上がって言った。

「それより、動けと言われても腰も背中も痛くて歩けないですよ」

と麻子が話すと、

「自分もそうなるのかなぁ」

と藤井は不安そうに言った。

「ブラッドパッチはいつに決まったんですか?」

と麻子は尋ねた。

藤井も検査で漏れていることが分かり、ブラッドパッチ待機組に入っていた。

「まだ。今日岡林医師が大磯先生と日程を決めるって言ってたから」

藤井はそういって再びベッドに横になった。

 大磯医師は、麻子のブラッドパッチの時に岡林医師と一緒に治療を行った医師である。

 

退院手続きが終わり、麻子は藤井に一言かけて病室を出た。

荷物は身内がすでに持って降りてくれている。

後は麻子が降りていくだけだ。

しかし、腰や背中の痛みを堪えても、麻子の歩みはなかなか進まない。

ナースステーションまでがこんなにも遠い。

廊下で同病らしき患者に出会う。

給水器にペットボトルを持って水を汲みに来ている患者とすれ違う。

他疾患の患者に見えない。

軽く会釈をすると、向こうも会釈で答えた。

 

麻子は自分が検査や治療ををしてみて、同じ病の患者の動きが分かるようになった。

自分が受けた検査時間と同じ時間に、患者がベッドごと運ばれ、そして戻ってくる。

廊下をベッドごと運ばれていく患者とすれ違った。

(ああ、たぶん脳槽シンチを受けに行くのだろう)

麻子はようやくエレベーターホールにたどり着いた。

ボタンを押しながら、麻子は実感した。

「もうエレベーターホールの地面は揺れていない」 


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