脳脊髄液減少症という病


第4章 自宅での日々

 

1. 味覚の変化

 

麻子は病院の玄関を出ると晴れていた。

この病になってから雨が降ると具合が余計悪かったため、晴れはありがたい。

車が動き出したとたん、麻子は心の中で叫んだ。

(い・・痛い、痛い!)

車の振動が背中に襲いかかった。

多少ましかと思い、シートに横になってみた。

やはり振動が麻子の体に響いてくる。

二度のブラッドパッチ(EBP)の予後は痛みとの格闘だった。

岡林医師からは、倒れながら帰る人が多いと聞いたのだが、こういうことだったのか。

(うう、帰り道も大変だ)麻子はうめいた。冷や汗が出てきた。

健康な人にとってはなんともない振動が病人には辛い。

 

麻子はうめきながらある物を一つだけ抱えていた。

それはさっき買った卵のパックだった。

入院中、麻子にはどうしても無性に食べたくなったものがあった。

特に好物という訳ではなかったが、麻子の頭からある欲求が離れなかった。

それはバター付き食パンと醤油を数滴たらした目玉焼きなのだ。

それにみそ汁。

なぜか薄味のみそ汁。

それらが食べたい。

麻子の体が欲している。

麻子は痛さでうなりながら、卵を手に持っていた。

(病院食ばかり食べると、妙な嗜好がうまれてくるのだろうか)

パンは食パンで、麻子が塗りたいものはジャムなどでなくバターなのだ。

ケチャップ付きのスクランブルエッグは病院食に出てきたが、

麻子が食べたいのはそれではなく、醤油付きの目玉焼きだった。

両面焼きではなく片面焼きで半熟がいい。それに醤油をたらすのだ。

醤油を少量かけるのだ。麻子にはその醤油部分が恋しくてならなかった。

それにみそ汁を添える。

無性に食べたい願望が、ブラッドパッチ後、麻子の頭から離れなかった。

 

無事帰還できたら、それを食べよう。

振動が痛くても、帰宅後の食事を目標に我慢しよう。

麻子にとって、そんなつまらない目標が入院中の支えになっていた。

入院前は、麻子にとって食事は苦痛だった。

食べなければと単に義務化していた。

味はしないし、気分が悪い。

何かを食べたいという欲求すら出てこなかった。

(それが、今なぜ、バター付きパンと醤油垂らし卵とみそ汁なのだろう)

麻子には、自分の変化が不思議だった。

しかし、麻子が自宅に帰り着いたときは、

痛みのあまり動けない状態で床についてしまった。

麻子はパンを一口かじり、薬を飲んで、布団に滑り込んで寝た。

(念願のものは明日にしよう)

 

翌朝、麻子は念願のメニューを食べた。

(塩気のある食事だな)と麻子は思った。

この塩気というのが、実は大切なポイントであることに、

まだ麻子は気が付いていなかった。

麻子はその日その時を過ごすのに必死だった。


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