脳脊髄液減少症という病
第4章 4. 併発する症状
入院鞄の中から、麻子はファイルケースを取りだした。
入院荷物を麻子は帰宅後も片付けなかった。
体調が悪いせいでもあったが、再入院がないかどうか、分からなかったからでもある。
ファイルケースには資料や本が入っていた。
目の見え方がおかしかったため、自分にとって必要な部分以外、
麻子は今までほとんど目を通していない。
治療後、ようやく目の見え方が安定してきた麻子は、それらを読む事にした。
水くみ場で、患者同士声をかけるようになると、
いろんな患者がいることに麻子は気がついた。
事故で病になった人も多かったし、ものが落ちてきてこの病になった人もいた。
怪我でなった人や高いところから落ちた人もいた。
この病気以外に、ヘルニアがあると話す人もいた。
頭を打った後遺症があると言う人もいた。
耳鳴りがするという人もいた。
腕が痛い、と話す患者もいた。
めまいに悩んでいる患者もいた。
治療後元気そうに歩き回っている人もいた。
治療後体調が悪そうな人もいた。
本などには、他の病気を持っている人は経過が悪い場合があると載っていた。
麻子は他の病気とはどのようなものがあるのだろうと、本と資料を読み進めた。
胸郭出口症候群、線維筋痛症、慢性疲労症候群、胃食道逆流症、
様々な病名が出てくる。
線維筋痛症(FMS:Fibromyalgia Syndrome)は
風が吹いても痛い位の痛みがあることもあるらしい。
身体のあちこちに痛点が現れ、また増えていくこともあるらしい。
他の疾患がないという除外診断が判断条件になる。
それでは検査のために病院を転々と巡ることにつながってしまうではないか、
と麻子は思った。
脳脊髄液減少症によっておこる筋肉の過緊張のため、
胸郭出口症候群(TOS)になる患者も多いらしい。
そういえば麻子自身も筋肉がこわばり、
リハビリでその張り付いた上半身の硬直をはがしてもらっていた。
麻子の場合、ほぐしてもらってから、しばらくは身体が柔らかくなっていた。しかし、結局また硬直し始める。対処療法のくり返しである。
そうやって緊張をはがしてもらっていて良かったのだろうか、と麻子は考えた。
しかし漏れていて揉むのはよくないと、思った。
身体に現れていた症状のひとつひとつとこの病との関係を思い浮かべながら、
麻子は読み続けた。
慢性疲労症候群(CFS:Chronic Fatigue and Immune Dysfunction)
と診断される患者も多いらしい。
原因ははっきりしていないが、ストレスや風邪などの感染症が引き金になるらしい。
脳脊髄液減少症もひどいしんどさが現れたりする場合がある。
麻子も治療前、地面に這いつくばるどころか、
地面にめり込んでいくようなしんどさを持っていた。
身体を起こして起きあがることが、どれだけ決死の覚悟であったことか。
用事がたまる、出かける時間だ、そう思っても起きあがれない。
起きるぞと念仏のように唱えても身体が動かない。
治療後、麻子の背中に乗っていた巨大な重い塊はなくなった。
しかし、治療した今も体がひどくだるく、疲れやすい。
少し動いただけでもひどく疲れやすい、と麻子は感じていた。
症状の似たような病気が、世の中にはたくさんあるものだ、と麻子は思った。
調べても異常が出ないため、心身症や心的要因とされてきた患者もいる。
実際に麻子も、治療前に通っていた病院でそう疑われた事もあった。
鬱も身体が重い、背中が痛むという事があるらしい。
しかし麻子の体中のこの痛みには、どの薬も効かなかった。
(それが水を飲むと楽になる、そんな心身症があるのものか)
と麻子は医者の見解を疑った。
何か絶対原因がある、と自分で探し求めなければ、
麻子はこの病に巡り会うことはできなかった。
似たような病気と診断されて治らない患者もいるのだろう、と麻子は思った。
麻子は事故後、何もできなくなった。
病院に来ていた患者には、休職して治療を受けに来た人もいた。
仕事を辞めて来た人もいた。
入院中に仕事はもう無理だと話す人もいた。
倒れながらも働いている人もいた。
麻子とはまったく違う症状を持つ患者もいた。
脳は体を司る。
脳に関係する病は多様な症状を患者にもたらすのだろう。
(体がだるい。めまいがする)
雨が落ちてくる音が窓の外から聞こえてくる。
治療後、麻子はお天気予報屋ではなくなっていた。
治療前は雨が降る前から天気が崩れることが分かったが、
麻子には天気の先行きが今は分からない。
だが、雨が降り始めると麻子の体調は悪化した。
ファイルケースを床において、麻子はベッドの上で目をつぶった。
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脳脊髄液減少症という病