脳脊髄液減少症という病


4章 5.感染症にかかること

 

麻子は、退院して一ヶ月も経たないうちに感染症にかかってしまった。

入院中に退院後の静養中の注意事項に、感染症にかからないように

と主治医から注意されていた。

治療後の症状が悪化するからと言われた。

感染症とはたいしたものでなくても、単なる風邪でも悪化するらしい。

(風邪にかかるなというのは無理な話かも)と思いながら

しかし、ただの風邪を引いていったいどうなるのだろうかと、麻子は考えた。

 

退院後、麻子はその感染症にかかってしまった。

感染性胃腸炎になったのだが、症状はそんなにひどくはなかった。

近くの病院へ薬をもらいに行った。

胃腸関係の薬が処方される。

夜中、のどの痛みが悪化しているのを感じ始めたとき、

(身体が苦しい!)

と横になっていた麻子はうめきだした。

胃腸炎はそれほどひどくない。

吐くほどでも下痢し続けるわけでもない。

熱もない。感染症がひどいのではない。

脳脊髄液減少症の症状がひどいのだ。

 

 頭が痛い。体が痛い。痛い。痛い。

治療前の痛みと同じような痛みが、自分を襲ってくる。

麻子は、苦しくて肩で息をした。

ブラッドパッチ後一時的にだんだん悪くなる体調どころではない。

もう一度発病し直したのか?!と思う位痛かった。

夜中である。麻子はどうして良いのか分からなかった。

(いや、痛いと思うからますます痛いのだわ。

痛くないと思えば痛みはましになるかも)

痛くない痛くない、気のせい気のせい・・

念仏唱えても、麻子の体の痛みはましにならない。

(痛い痛い痛い・・・)

勝手に自分の身体が肩で息をしている。

療養中に風邪に注意するようにと言われたことは、こういうことだったのか。

これくらいでこんなに痛ければ、ひどい感染症であれば悲惨だろう。

 

 麻子はベッドから這い出てきて、薬箱を探った。

とりあえず持ち帰った鎮痛剤を飲んでみた。

あまり効かない。

麻子はそのまま床に倒れ込んだ。

(感染性胃腸炎でこうなっているのだから、

感染症がましになれば症状もましになるはず)

しかし・・・治るまでの期間が耐えられそうになかった。

痛くてたまらない。

息が苦しくなってきた。

脳脊髄液減少症の独特の痛みが体を襲う。

 

このままではどうにもならない。

(何をすればいいのだろう。何を使えばいいのだろう)

持っている鎮痛剤はどれも役に立たない。

感染症に関しての治療なら、近くの病院へ行っても薬をくれるだろう。

整腸剤や胃薬、抗生剤がでるかもしれない。

しかし、感染症が治まるまでの間、

何を使えばこの脳脊髄液減少症の症状である痛みを抑えられるのだろう。

この病気の治療を知っている病院は何処でもあるわけではない。

救急で病名を話したら断れるかもしれない。

認知されていない疾患をもつ患者はどうすればいいのだろう。

明日は休日、救急以外どこもない。

明後日も休日。

(どこにも行くところがない)

痛みでじっとり汗が出てくる。

麻子にはもう動く気力も残っていなかった。

 

(とにかく、朝になるまで我慢するしかない)

麻子は倒れながら時計を眺めていた。

体がどんどん地面にのめり込んでいく。

夜が明けていく。

朝がやってきた。

(だれかに、あの病院まで運んでもらおう)

主治医が当番医でなくても、この病気の患者が病院に来たことがあるはずだ。

この病気について説明をしなくてもすむし、きっと薬も分かるはずだ。

麻子は携帯に手を伸ばした。

 

 病院で診てもらえることになった。

麻子は、車の後部座席に横たわった。

振動が痛い。

(近くに住んでいれば、楽だろうな)

痛みで冷や汗が出ていた。

当直医が出てきて、担当医がたまたま処置で病院にいると話した。

 

点滴の処方がオーダーされた。

点滴が入り始めた。

どれくらい経っただろう。

痛みが和らいでいく。

体が弛緩していくのを麻子は感じながら、

(激痛は気のせいでなかった、こんなに痛かったのだ)と思った。

何を使ったらいいのか分かれば、今後近くの病院で頼めるかもしれない。

麻子は点滴袋を見たかったが、身体が動かない。

点滴が落ちるのを見ながら思った。

他の病院に行ったら、病自体すら分からないかもしれない。

ここに来れば、確かに他の医師も病名は知っている。

だからどんな病名の患者かという説明は要らない。

けれど、薬のオーダーは専門医でないとわからないのかもしれない。

(ということは、今後これは大変なことになるかも)

と麻子は思った。

この病について治療を受ける環境が難しい、ということが麻子には見えてきた。

この病と影響しない何かの病気にかかったときは、そのままどこかの病院へ行けばいい。

しかし、この病に影響する病気にかかったときは、どうしたらいいのだろう。

この病を診られる医師が限られている。

治療医がいない、という現実。

この病の患者が置かれている状況が、麻子には少しずつ見えてきた。

 

検査やブラッドパッチをする病院が少ないということだけでなく、

予後や体調を診てもらえる病院を探すということが、患者にとって簡単ではない。

漏れを止めたらいきなりぽんと治ります、という病ではないのだから。

ブラッドパッチ後、すぐにどの病院にでも予後を診てもらえるわけではない。

治療医への負担にもつながる。

(この病気を知る医師が少なすぎる)

自分でもある程度知識を持って、この病気への対処を知っておかないといけない。

点滴を見ながら、麻子はそう考えていた。

 

点滴中に岡林医師が再びやって来て、麻子に薬について説明した。

麻子はそれを聞いて、ここへ来たのはやはり正解だと思った。

他の病院ではこの処方はしてくれてなかっただろう、と思った。

痛みにどう対処するか、この病にとって大事な事でもある。

この病の専門医、それがどういう意味を持つのかを、麻子は気がついた。

治療医達がもし転勤したら、いや、この病院がこの病の治療を止めたら、

自分には相談できる医師がいなくなるのだ。

 

麻子は帰宅後、処方された薬を飲みながら感染症が治るのを待った。

だんだん感染症が回復に向かうと、痛みも回復に向かい始める。

感染症より脳脊髄液減少症の症状の方が苦しい。

感染症にかかると悪化、麻子はこの意味をようやく理解した。

感染症にかかったからといって、体調が悪化しない患者もいるのだろう。

けれど自分はどうやら悪化するらしい、と麻子は思った。

しばらくの体調管理は大事だと、自分に言い聞かせた。

 

その後、やはり風邪を引くと、

麻子は脳脊髄液減少症の症状が出るとことが分かった。

しかし、脳脊髄液減少症の症状が良くなるにつれて、

感染症の影響は軽減されていった。

ブラッドパッチ直後の感染症が、一番ひどい症状を引き起こした。

 

 人はその時を過ぎたら忘れていく。

脳脊髄液減少症のひどい症状が和らぐと、

治療前がどんなにひどい症状だったか実感が薄れていく。

人はそういうものだ。

忘却は必要なものである。

しかし、麻子は感染症や脱水などであのひどい症状の戻りを何度か経験した。

再び病の症状が麻子を襲うたびに、この病気がどんなに辛いものか、

どんなにくるしい状態なのかを麻子は改めて感じた。

なってみなければ、わからないような苦しみ。

脳脊髄液減少症という病その中に戻りたくない、と麻子は揺り戻しのたびに思った。


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