脳脊髄液減少症という病

第5章 再治療

 

1. 再検査

 

再検査のために入院した。

久しぶりの病棟だ。

実は、麻子は今回ほとんど荷造りしていない。

一度目の入院前は、入院説明用紙に書いている荷物をすべて詰めた。

今回は前回の荷物をそのまま持参した。

つまり、退院後、入院用品を整理できなかったのだ。。

帰宅後もずっと荷解きもせずそのままになっていた。

もう一度入院するつもりだったわけではない。

次々と変化していく自分の体調に精一杯だった。

お陰でほとんど入院用品一式が初めから鞄に入っていた。

その鞄に若干着替えを詰め込んだだけである。

追加したものは、小さい方のマイ枕である。

前回の入院中、持ってくれば良かったと麻子は思ったが、

再入院で、まさか本当に持っていくことになるとは思わなかった。

荷物になろうとも、もしかして1日の入院になろうとも、

麻子にとってマイ枕は必需品だった。

 

麻子は、今回も複雑な気持ちで入院した。

検査の結果何も異状がない方がいい。

また漏れているより、漏れていない方が良い。

だが、漏れていない場合は加療するものがない。

漏れが見つかれば、不調の原因が漏れだと分かる。

どちらがいいのか。

それでも2度目の入院は、麻子にとって気が楽だった。

何をどうされるのか経験として分かっていたからだ。

患者にとって、分からないことほど不安なことはない。

 

入院当日。

知っている病棟。

月日が経っても変わっていない風景。

(またお世話になります。)

同意書をまた書き、明朝に備える。

病院に来ると、湿度も温度も一定で身体が楽だ。

おまけにほとんど動かないので、体調もましだ。

マイ枕を出して、ベッドに横になる。

(うん、マイ枕持参は正解だった)

 

検査当日。麻子は検査室へ行った。

検査が始まる。

腰に針が刺される。

(痛っ)

やがて無事インジウムが入った。

針が抜かれると、やはりほっとする。

後は、時間経過による撮像と採血である。

前よりも体調が良くなっているので、検査の負担が少ない。

トイレがまんも前回ほど悲惨ではなかった。

 

前回の入院では、麻子は初日からほとんど動けず横になっていた。

今回の入院では、麻子は病室から出て廊下を歩く機会が増えていた。

それだけ前回より体調が回復していたからである。

病棟には談話場所があった。

麻子はそこで椅子に座り、他の患者と話す気を持った。

ある患者が初めてのRI検査が終わりブラッドパッチを済ませたと話した。

麻子は、前回のトイレ我慢の話をした。

トイレが限界になり、RIの撮像中に頭の中で歌を歌っていたという話である。

他の患者が、実は自分も心の中で歌っていたと話した。

そして、RI終了後、看護師と一緒にベッドのままトイレに走ったらしい。

麻子は、自分以外に他の患者もトイレ我慢のため

撮像中心で歌っていた人がいたことを聞いて笑った。

どんな歌を歌ったのか、と違う患者が尋ねた。

童謡だと麻子が答えると、もう一人の患者も童謡だったと話した。

極限状態では、簡単な歌しか人思い浮かばないのだろうか。

他の患者が、提案をした。

「検査前から、歌を用意しておいたら?」

「簡単な歌の方が楽じゃない?」

と別の患者も提案する。

「水戸黄門さんの歌とかは?」

「そういえば、あの歌のタイトルって何?」

「ちょっと待って、調べてみる。」

誰かが携帯で検索する。

検索結果を、患者達で眺める。

「・・・このタイトルは・・今の私たちにはちょっと重いよね・・・・」

患者達は皆具合が悪いのに、こんな事で盛り上がった。

それはこの病気が軽いのでなく、皆必死でこの病院にたどり着いている。

あのトイレ我慢が、患者にとってどれだけ大変か、患者は皆分かっていた。

医師から、この病の患者は我慢強いと言われた。

内側では辛い思いを抱えているのに、表はさらっと話す。

仕事を辞めた。

辞める予定だ。

こういうことで、この病になった。

今こんな状態で暮らしている。

いろんな患者がいた。

口に出して話している裏側で、どれくらい苦しい状態だっただろう。


 前回の入院より、この病の患者は増えていた。

そして、この病院の医師はより多忙そうであった。

病気が知られるようになるほど、治療病院へ患者が殺到していく。

麻子には、このころからいろんな不安が心に浮かぶようになる。



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