第5章 6.ブラッドパッチの痛み
ブラッドパッチは痛いか?と問われたら、
「痛みは人それぞれであり、その時々」としか言えないだろうと麻子は思った。
回数をくり返すと痛みは増加する傾向にある、そう読んだ事がある。
数多くブラッドパッチをした人の話を読んだこともある。
その人達は炎症反応がどうだったのだろう?
麻子にとっては、最初のブラッドパッチの炎症が一番楽だった。
麻子は、炎症反応のすごさを初めて実感した。
麻子は、点滴に繋がれていた。
さすがに今回は辛い。
麻子は痛みで泣いていた。
フィブリンが形成されるときに炎症反応があるならば、
手間と費用がかかるかもしれないけれど、
自己血でフィブリン膜を作って入れたら痛みもましじゃないだろうか、
と麻子は思った。
ブラッドパッチはされるときよりも、その後がやっぱり辛い。
痛みが過ぎる期間は決まっていない。
(この痛みはかなりしばらく続きそうだ)と麻子は思った。
鎮痛剤が切れると痛みに襲われる。
麻子がうんうんうなっているところへ、看護師がやってきた。
医師からブロック注射の話が出ていると麻子に話した。
麻子は一瞬体がこわばった。
看護師は、麻子は様子を見て慌てて言った。
「分かってますから。もう誰も身体に何も触れてくれるなぁ・・ですよね」
(針を刺すぅ?!うわーん!やめてくれ)
今針を刺されただけでも、パニック死しそうだ。
というよりも、刺された瞬間に訳分からずにぶち切れて、
暴れるか殴ってしまいそうだ。
絶対我をなくす。
誰も刺すなぁぁあああ。
誰もさわるなぁ。
そっとしておいてぇ。
鎮痛剤として一時からよく処方されるのはロキソプロフェンナトリウム。
子供にはアセトアミノフェン、
小児へのアスピリン投与はライ症候群の危険性があるからだ。
何処の病院へ行っても痛いと言えばロキソプロフェンナトリウムばかり出た。
そのため、麻子にはロキソプロフェンナトリウムはあまり効かなかった。
ロキソプロフェンナトリウムは継続する疼痛には半減期が短すぎる。
麻子は、痛みで何もできない。
まったく動けない。考えることも出来ない。
眠ることもできなかった。食事ものどを通らなかった。
「これが効けばいいんだけれど」
主治医が薬を処方した。
麻子には飲んだことのない、知らない薬だった。
麻子はすがる思いで、とにかく飲んだ。
スリンダクは劇的に効いた。鎮痛作用は強い。
整形外科系のぎしぎしした痛みに効くとネットでは載っていた。
麻子の場合は、痛み自体が和らぐというより、痛みが小さくなるという感じだった。
中心線から広がる痛みが縮小され、中心部だけが多少痛みが残る。
そんな感じである。
もしかしたら、中心部は痛みの度合いが大きくて、
鎮痛しても痛みが残るほどだったのかもしれない。
劇的に鎮痛された様子を見て、主治医が鎮痛剤の説明をした。
麻子はどのように効いたのか答えた。
これをおみやげ(持ち帰る薬)に帰宅できるのかな、
と麻子は思ったが、様子を見ることになった。
麻子は疲れてそのまま寝てしまった。
薬が切れて目が覚めた。
鎮痛しなければ寝ていることも出来ない。
鎮痛のためには、薬を続けて使用しなければいけない。
けれど、この薬では一日はとても保たない。
この薬だと1日2回使用しないと、連続鎮痛は無理だろう。
とりあえず指定された時間に薬を飲む。
胃がもたれる様な気がする。
数日や1週間なら使えるかもしれないが、痛みはしばらく続きそうだ。
麻子は胃の具合から、自分にはスリンダクの連続服用はきついかもしれない、
と思った。
胃腸障害を起こせば他の薬も使いにくくなる。
このまま入院しているわけにもいかないけれど、
スリンダクを持って退院するのは難しいかもしれない。
麻子は持ち帰りの薬を相談しなければならなかった。
今回は前回の頭痛用の鎮痛剤では効かない。
次回の回診で相談してみようと、麻子は考えていた。
どこからか患者の話し声がした。
「会議でお医者さんが集められて、なんか決まったとか、転院させるとか・・」
(え?!)
麻子はその話に耳を傾けた。
医師の会議があって、何かが決まったということだろうか。
(なんだかよく分からない・・・)
麻子はそう思いながら、ベッドでぐったりしていた。
救急の患者が麻子と同じ病室へ運ばれてきた。
どうやら、この病室には混合の科の患者が入っている。
同室でもまったく違う科の違う病の患者が入っており、
急に運ばれてきた患者も他の科の患者であった。
泣きながら苦しそうに運ばれて来た。
麻子はその様子を見ていてかなり痛そうだなと思っていたら、
その患者の担当の医師がやってきた。
どうやら激しい症状からすぐにはオペができないらしい。
医師は患者にそのまま話を続けていた。
症状がそのままで手術ができなくても10日経ったら転院してもらいますから、
という言葉が麻子の耳に入ってきた。
思わす、麻子はその医師や患者の方を向いた。
(・・・ってどういうこと??)
今救急で運ばれてきたばっかりで、苦しんでいる患者に向かって、
いきなり転院の説明?
(転院話をするにしても、しばらく経ってからするならば分かるけれど、
入ってきた日にどうして?
症状が悪いままでも初めから10日しか入院できませんよ、
と言っているように聞こえる・・・)
誤解して話を聞いたのだろうか、と麻子は思った。
病室を出て行った医師を麻子は見た。
見た感じでは、普通に熱心に頑張って仕事しているお医者さんだ。
さっき聞こえてきたことと、医師の雰囲気が合わない。
(聞き違いだろうか)
この病院で今までそんな対応を聞いたことがなかった。
前回の入院では、高齢者にも医師達は丁寧に病気や治療について説明していた。
麻子には今回入院してきて、前回よりも何か違和感があった。
以前以上に病院が慌ただしい。
前の入院時の時の方が、病院内の時間がゆっくり流れている感じがした。
今は前以上に医師が慌ただしく、走り回っていた。
しかし、今回の入院時でも周りの患者にいきなり退院話など出ていなかった、
と麻子は振り返りながら考えた。
(あっ!さっきの廊下での話し!)
麻子は午前中に聞こえてきた話を思い出した。
病院側が、医師に一定期間で患者を転院させるように指示を出したのかもしれない。
おそらく、期間は10日から2週間くらい。
事故後体調が悪かったから、世の中のことなど見てこなかったけれど、
たぶん何か動きがあったんだ。
考えられることは、診療報酬の改定。俗に改悪ともいわれたりする。
昔は長期入院ができた。
しかし、日本は入院日数が長いだの、医療費がふくらむだのという話があって、
年々入院日数の縮小が言われている。
(たぶん採算の分岐点が、2週間くらいになったんだ。きっとそうだ。)
診療報酬は医療制度をコントロールできる。
何でも一律にして良いというものではないだろう。
隣の人など、緊急性の高い症状に見える。
体調が回復すれば、まだまだ働いて社会還元できるのに、
回復するための期間すら与えられないのだろうか。
採算が割れたら、病院も赤字になる。
民間ならつぶれてしまう。
公立でも赤字を出したら、外部からたたかれてしまう。
麻子はこの病院に今回に入院して、
前回よりも雰囲気が変わっていることに気がついていた。
スタッフが疲弊していて、病院内に余裕がない気もした。
それは、単なる気のせいではないのかもしれない。
患者も大変だけれど、医療スタッフも大変なんじゃないだろうか・・・。
麻子は、ふと我に戻った。
麻子は医師側の日程によりブラッドパッチの日程がずれて、
週末待機になってしまったのだ。
入院して、RIして、待機して・・・。待機日数が結構ある。
(・・・・これは、自分も転院を今度言われるかもしれない。)
麻子もブラッドパッチ後退院の予定だった。
ただ薬が決まらなくて退院が伸びていた。
(とにかく、薬の相談を早くしなければいけない。)
その日、主治医がやってきた。
時間がない様子で、岡林医師は急いで回診に回っていた。
転院の話がやはり出た。すぐに転院して欲しいと医師は言った。
病室が空いていないから、と麻子は説明された。
岡林医師はかなり不機嫌に話していた。
いくつかの病院名を医師は挙げた。
「薬はどうしたらいいんですか?」
麻子が尋ねると、
「・・・転院先の病院で相談してください。」
と医師が答えた。
(何?それ?)
麻子は一瞬むっとした。
「低髄も知らない病院ばかりなのに、きちんと薬を処方もらえるんですか?」と麻子が問いかけたが、医師は無言だった。
「退院するので、ここですぐに薬出してください」
麻子は言い続けた。
医師は黙ったままである。
薬をどうするのかという話の途中で、医師が救急に呼ばれた。
次回話をするということで、その日の回診は終わった。
次の日、回診がなかった。
この日は救急がやってくる音が頻繁にしていた。
どの病室にそれぞれに担当医もあまりやってこない。
病棟内はがらんとしていた。
医師達は救急か、手術に呼ばれているかもしれないなと麻子は考えた。
(この病院、前よりずっと忙しくなっているような気がする。
・・・ってなことを言っている場合ではない)
麻子はベッドから起き上がった。
しかし、このままでは薬がないまま今日明日にでも転院になるかもしれない、
と麻子は不安になった。
(薬を決めて欲しいけれど、医師と相談する時間もない。どうしよう)
脳脊髄液減少症を知っている病院も医師も少ないのに、
どこへ転院させられるのだろう。
病を知らない病院で誰が薬を処方する?いや、処方できるだろうか。
どうしたらいいの。
麻子は、背中が寒々としてきた。
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