脳脊髄液減少症という病


5章 9.薬選びU

 

翌日、約束通り、薬剤師が巡回にきてくれた。

麻子は、ナプメトンを使いたいと申し出た。

薬剤師は即座に商品名を麻子に教えてくれた。

どうしてこの薬を使いたいのか、麻子は経過を話した。

薬剤師の説明では、ナプメトンは問題がない薬のようである。

相談の結果、ナプメトンが候補薬に決まる。

医師と相談してくれるとのことであった。

主治医が回診に来た時点では薬が決まっており、

その日のうちにナプメトンが麻子に処方がされた。

 

 薬はとてもよく効いてくれた。

胃ももたれない。

しかし、最初処方された量をみた麻子は、基本的使用量が少し多すぎるような気がした。

実際飲んでみると、麻子には効き過ぎた。

ノートに症状と経過を記録する。

やってきた主治医に報告すると、量を減らすために粉末化することになった。

袋は二種類出た。

量がそれぞれ違う。

片方を飲んで効かないときに、もう一つを追加して飲むようにと指示された。

合計でも、前回の処方量より少ない。

最初の袋の量では少なすぎた。

そのデータを記録した。

追加の薬を飲んだ。

効き過ぎる。

合計量は、もう少し減らした方がいいようだ。

この二種類とは違う量の処方が必要だ。

けれど、病院は、処方箋が出たから薬ができるまでとても時間がかかる。

つぎに医師が回診に来るのを待って、処方がでて、薬が届いて、試す。

(医師と相談する時間が充分に取れない。この病院、どうなっちゃったの)

時間がどんどん過ぎてしまう。

待っていられない。

怒られたって構わない。

(だって転院しろって言われるんだもの)

麻子は隣の患者の方を向いた。

カーテンの中、苦しそうな患者が動かない。

入院したばかりの苦しむ患者に転院話、

使える薬を処方しないで転院話、

(私だって退院したいんだもん。

次の人のためにもベッドを空けたいんだから、時間短縮してなにが悪いっていうの)

このときの麻子は頭の線がブチッと切れていたのかもしれない。

 

 麻子はナプメトンの量の調節をしようと考えた。

二種類の粉末化の薬は添加されているので、おそらく濃度が違い混ぜられない。

二種類を混ぜて、それを半分にはできない。

けれど、一種類の一袋を半分にそれぞれすれば、量は半分になる。

問題は、この粉薬をどうやって半分にするかである。

飲んでいる薬を勝手に増薬するのは危険であるし、

薬によったら量を変更することも危険だ。

しかし、自分の場合鎮痛剤を減薬する分には問題はない、と麻子は思った。

今の状況で減薬してトラブルが出るならば、

処方されたままの量で飲んでいる方がもっとトラブルが出ることになるだろう。

  

 次の問題はどうやって分けるかである。

薬用の秤はない。

(何を使って半分に分けようか)

スプーンでは大きすぎて、正確さが出ない。

(うーん、そうだ!)

麻子は、入院グッズセットの一式の中に耳かきがあったことを思い出した。

すぐに耳かきを取り出した。

麻子は耳かきの先をじっと見つめた。

(この大きさは使える)

次に麻子はメモ用紙を正方形に切った。

そのメモ用紙を二枚作り、左右に並べた。

(息をかけないようにしなければ・・・粉が飛んでしまう)

まずは、最初の一種類目の量の薬を取り出す。

盛ってすくうと、分量がもっと変わってしまう。

耳かきすり切りいっぱい・・・片方のメモ用紙に置く。

次のすり切りいっぱいを、もう片方のメモ用紙に置く。

これを交互に返し、一袋を半分に分けた。

このままでは薬が散ってしまう。

薬を盛ったメモ用紙を、薬折りする。

もう一方のメモ用紙も薬折り。

薬の量を折った紙に記入する。

これで同じ量の薬が2個できあがり。

次に、二種類目の量の分。

同じように、薬をメモ用紙2枚に分ける

薬折りして、量をメモ書きする。

これで約等分された薬が2個できあがり。

麻子はできあがった4つの薬を並べた。

(できた。これを組み合わせれば、どんな量でも調節できる)

こんな勝手なことを患者がやってもいいのだろうか。

(おそらく良くない。でも怒られてもいいや。

薬が決まらないまま退院するよりはまし)

麻子は組み合わせをノートに書いて、組み合わす量を考えた。

 

 麻子は自分で量を調節した。

調節した量は麻子にはうまく合った。

薬は22時間ほど効いた。

切れるとゆっくり痛みが現れる。

もちろん胃薬は飲んでいるが、この鎮痛剤を飲んでも胃はまったくもたれてこない。

他の副作用も少ないようだ。

麻子は、薬を探し、ほとんど連続鎮痛を問題なく手に入れた。

麻子はノートに記録した効き方を確認しながら、鎮痛持続時間を確認した。

(よし。これで追い出されても大丈夫。もう退院してもいいぞぉ)

 

 主治医が回診にやってきた。

黙ったままでいるわけにはいかないので、麻子は経過を説明した。

「処方された二種類は合計では多すぎて、片方では少なすぎたので、

自分で分包してつくりました。この量の組み合わせがちょうと合っています」

と麻子は医師に薬折りの袋を見せた。

また、麻子は薬の量と経過のデータをノートに記録しており、

それをまとめたものをメモ書きしていた。

自分にとっての適量はこれでした、と麻子は説明し、メモを医師に手渡した。

「退院します。お手続きください」

と麻子は言った。

麻子は怒られても仕方がないと内心覚悟をしていた。

主治医はメモをじっと見ていた。

表情は怒っているというより、真剣に見ている。

「すぐにこの量を処方するようにするから待って」

と医師は言った。

(確かに正式な分量の方が良いし・・・。でも怒られなくて良かった)

退院するつもりで退院話を出したが、

結局もう一度処方された薬を飲んでからということになった。

 

 その後、薬剤師が病室に様子を見に来た。

二種類の量の薬の分け方は間違っていなかったらしい。

やがて薬が処方されてやってきた。

服用してみたが、持続期間も、効き方の経過も、

自分が分包した薬の場合と同じ効き方であった。

 

 薬の量と持続期間が定まったので、麻子は効き方を記録した。

(実験をやっているみたい)と麻子は記録を書きながらふと思った。

スリンダクとナブメトンは効き方も持続の仕方も違う。

ナプメトンは、立ち上がりが早く、効き始めたら安定して走ってくれる。

他の薬は山形の効き方をする物が多い。

ナプメトンは、山形の効き方というより、いったん立ち上がると高く平坦に効き続けた。

安定した鎮痛作用が現れる。

これで、無事におみやげ(薬)持って退院である。

患者も必死なのだ。

これで、炎症が治まるまで、なんとか生き延びられるだろう。

 

ところがその日麻子は退院できなかった。

退院前に、確認のために明日MRミエロを撮ることになったのだ。

主治医は、MRIが混んでいて今日は退院できない、と麻子に言った。

「私、もう退院する気でいたのに」

と麻子がむすっと話すと

「いいんですよ。MRミエロを撮ってから退院にしましょう」

と主治医は苦笑した。

ふと、麻子は岡林医師の顔を見上げた。

「他の患者さんのMRIもどんどん入れていくように予約取っていますから。

やれる間にやっておかないと」

と医師は麻子に言った。

(え?)

麻子は何かを言おうと思いつつ、そのまま黙った。

もしかしたら、治療体制継続のリミットがやってくるのかもしれない。

麻子の頭にそんな予感がふと浮かんだ。

 

 麻子はベッドに横たわりながら、ため息をついた。

(また、時間ができてしまった)

まだ時間があるならと、麻子はメモを取り出し、薬剤師に手紙を書いた。

それを看護師から渡してもらうことにした。

手紙は、鎮痛補助剤(レスキュー)についての候補を相談したという内容である。

薬剤師にいきなり質問するよりも、

前もって相談内容を伝えておいた方が良いだろうと考えたからだ。

麻子が鎮痛補助剤も相談したいと思ったのは、ナプメトンの効きが悪くなった場合と、

先々ナプメトンの断薬を試す場合を考えたからである。

(こんなにナプメトンが効いていると、痛みがなくなり薬を止めるタイミングが計りづらい)

麻子はそう思った。

薬剤師が病室にやってきた。

薬剤師と相談した結果、鎮痛補助剤にエチゾラムを選んで退院となった。

この鎮痛補助剤は、後に麻子が断薬するときに役に立った。

 

 麻子は病室を出て、友人の成美に電話をかけた。

今度の入院の時も成美は心配してくれていた。

明日の検査が終われば退院できることを成美に話した。

「良かったじゃない。もう入院はないの?」成美が電話の向こうから尋ねる。

「たぶん。今回は辛かったけれど、最後のブラッドパッチだと思う」

麻子は自分の声が涙声になるのが分かった。

成美が気遣って麻子に声をかける。

麻子はそれ以上何を話せばよいのか分からなかった。

自分で出会った治療。

自分が出会った他の患者。

この病院での入院生活。

うまく話せる言葉が、麻子には浮かばなかった。


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