脳脊髄液減少症という病


5章 11.退院前夜

 

麻子は検査などで病室を離れるときは、一応貴重品は持っていった。

入院時に尋ねたときに、その方が良いとのことだった。

今までは検査室に入る前に貴重品を預け、出るときには返却された。

その夜麻子は気が付いた。

(あ、財布がない)

今日の検査で、検査室で預けた貴重品袋が返却されないままになっていたのだ。

財布がなければ、明日入院費を払えない。

もう真夜中だった。

あのまま検査室へ置いたままにしていて大丈夫なのだろうか。

麻子は一応ナースステーションへ聞いてみることにした。

検査室はもう閉まっていた。

(閉まっているならば大丈夫かな)

と麻子は思い、明日の返却を頼んでみた。

ところが、ナースステーションにいた医師が、

「盗難もあるので今取りに行った方がいいですよ」

と麻子は言った。

(こんな時間に医師が何人もカルテか何かを作っている・・・?)

こんな時間にナースステーションに医師がいることに麻子は少し驚いた。

麻子は自分で取りに行こうとしたが、患者には扉を開けることができない。

おまけに検査室に入室可能な職種が限られていた。

「私が行ってあげますよ」

医師が麻子にそう言った。

「え・・。でも・・明日でもいいです」

麻子は申し訳なく思い、躊躇した。

「いや、盗難とか実際に結構あるし。

本当なら検査の後に返すべきものですからね」

医師はそう言って立ち上がった。

「僕も行きましょう」

別の医師も立ち上がった。

結局残っている医師が付き添って立ちあってくれることになった。

(無人の時間帯になっても、あっちこっち閉まっている検査室なのに。

そんなに危ないの?病院の夜に人気のない部分って・・・)

不安に思いながら麻子は医師達に連れられて歩いた。

薬がかなり効いており、麻子は昼間よりもかなり歩けた。

(この薬は思った以上に良く効くかもしれない)

麻子は昼の検査時と比べて鎮痛度合いの違いに内心驚いていた。

医師達とエレベーターに乗った。

もうエレベーターでふらふらにならない。

以前とは違いエレベーターに乗れる。

医師達は不思議そうにしていた。

麻子のどこか悪いのか分からないのだろう。

(私が前回はエレベーターで倒れ、

今回は数日前までベッドでのたうち回っていた患者だったなんて、

この医師達はきっと思わないだろう)

麻子はそう思った。

ナプメトンがかなり効いている。

「何処の科の患者さん?」と尋ねられた。

「脳外科です」

と麻子は答えた。

病棟を言うと、もっと医師達は不思議そうにした。

(あ、そうか。この病の患者は一見患者に見えないんだわ)

主治医名を言うと、病名が分かったのだろう。

納得したようだ。

「あの処置(ブラッドパッチ)は痛いんですか?」

「どれくらい痛い?」

と、医師達が麻子に尋ねる。

(あのナースステーションはたしか外科系だから、この先生達もおそらく外科系)

麻子はそう思った。

患者それぞれ、状況それぞれと答えたかったのだが、

「死にそうなくらい痛い…ですよ」

と麻子は思わず答えてしまった。

医師達は顔を見合わせて、

「やっぱり痛いんだ」

と怖そうにつぶやいた。

外科系の医師達が痛みを怖がる事が不思議に思え、麻子は内心笑いそうになった。

この処置はやはり未知の話なのだろうか。

今回は本当に気が遠くなるほど痛かった。

けれどこの薬のおかげで、寝返りも辛い位の体がなんとこうやって歩けているではないか。

結局、貴重品探しの1件が、ナプメトンでどれだけ歩けるようになるか試す機会になった。

(この薬があれば、間違いなく退院できる)麻子はそう確信した。

検査室に到着した。昼間と違って薄暗く人気がなかった。

「貴重品入れが確かあったはず。財布あるかな」

と電気を付けながら医師が言った。

「なくなっていたら、どうしよう。未払いで失踪しないといけないかも」と、

財布の中にあるカードを思い出しながら、麻子が呟くと、

「検査室が施錠されているからたぶん大丈夫ですよ」

と医師が少し笑って麻子に話しかけた。

医師が検査室を開けて、麻子の財布を見つけた。

(明日の入院費!)

麻子は財布を手に握りしめて、

「本当にありがとうございます」
と、医師達に深くお礼を言った。

明日、無事に会計が出来そうだ。

これがなければ退院できない。

翌日、麻子は無事に貯金から入院費を払うことができた。

 

麻子はこれで入院も最後かと思った。

自分はこれ以上治療をしない方が良いし、もう要らない。

この病棟にもう来ることはないのだろう。

症状も苦しいが、治療も苦しかった。

自分は何処まで回復できるだろうか。

色んな想いが浮かび、退院が決まって緊張がとれたせいか、麻子の涙腺が緩んだ。

 

患者がやって来る。

私が退院した後も、この病の患者が入るだろう。

治療病院はあまり増えない。

治療医師も限られている。

潜在する患者はきっと多い。

検査できる病院さえ少ない。

他の疾患が付けられ、または原因不明と診断された患者がどれくらいいるだろう。

けれど、体制が整っていない。

この病は確かにここにあるのに、

支援は、いったいどうなっていくのだろう。

麻子は、この時なぜか予感がした。

(なんだかいつかここの治療がなくなるかもしれない)

予後に通院も出来なくなったらどうしよう。

どこかで不安を感じた。

 

 無事に退院できる。

良い薬に出会うことは患者にとって幸せかもしれない。

薬剤師さんにお世話になった。

お礼をメモで伝言した。

ありがとう。

貴方の助けがあって無事に退院できました。


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