脳脊髄液減少症という病
第6章 2. 坐骨神経痛
麻子は少しずつ動けるようになってきた。
自宅で簡単な用事を休みながらする。
無理をすると頭や体が痛くなる。
症状がひどくなるので、出来るだけ休む。
横になると、すぐに体が楽になっていく。
15分もすると症状が緩和される。
早い。
以前では、数時間も横にならないと軽減されなかった。
退院後、それが1時間強で楽になり、
そして、今はもっと短時間で楽になる。
(そういえば横になって数十分で楽になるって・・。
典型的な脳脊髄液減少症のバターンじゃない?)
麻子はふと思った。
ブラッドパッチをした自分がようやく典型的な判断基準の中に入ってくる。
治療前の自分は、横になるとましにはなったが楽にはならなかった。
ひどい症状を持つ患者は、単純な判断基準に入らないのかもしれない。
(数十分でかなり楽になる患者って、もしかしたら軽い部類になるんじゃないかなぁ)
以前は寝ていても深く眠ることができなかった。
今の自分は横になっていると楽で、熟睡できるようになった。
(ちょっと寝ただけで楽になる患者って、下垂状態が小さいのかなぁ)
麻子は天井を眺めながらあれこれ考えた。
風邪を引いた。
(しまった)と麻子は思った。
鼻水がたらたら出る。熱っぽい。
一度目の退院後すぐに感染症にかかったときは、
脳関髄液減少症の症状が再び現れて苦しんだ。
ところが、今回風邪を引いても身体の痛みがひどくならない。
(以前と違う)と麻子は鼻をかみながら感じた。
鼻水がぼたぼた落ちる。洪水のようだ。
(これではまずい)と思い、そして近所の病院に薬をもらいに行った。
しばらくして風邪が治った。
けれど、麻子の身体がとても重くだるくなった。
風邪で落ちた体力がなかなか回復しないようだった。
体調復活には普通の何倍もかかるような感じがした。
麻子は通院のたびに散歩に出て良いか質問した。
主治医からようやく運動の許可が出る。
自律神経の調整や体力回復のために、散歩を始めることにした。
最初は10分も歩けなかった。
体が痛い。頭が痛い。腰が痛い。
麻子は帰宅して寝込んだ。
(散歩など無理かも)
長い間寝たきり同然で過ごしてきて、治療中は寝たきりに近かった。
退院後もぐうぐう眠り続けていた。
麻子は、身体の筋力が落ちているのが分かった。
背筋も落ちている。
(一度寝たきりになると、すぐには復帰できないのかな)
散歩に行く気になっても、なかなか身体が動かない。
家を出るまでに気力が要る、と麻子は思った。
始めは、動けば動くほど痛かった。
動いて痛くなったら、横になる。
しかし、横になっても痛い。
痛みが出るから動かないか、それとも痛みがあっても動くべきか。麻子は悩んだ。
動くと一時よりひどい痛みが出るが、
それでも、だんだんと動くうちに、痛みが軽減されていくのを麻子は感じた。
動けば動くほど、現れてくる痛みの程度が弱まる、
そんな気がした。
痛くても、動くことにした。
散歩した後はのたうち回る。
しかし、散歩を続けていると、散歩後の苦しさがだんだんましになっていくのが分かった。
麻子は自分の体を自分でじっくり観察していた。
痛む程度を考えながら、無理はしない程度に動く。
自分の体と対話しながら、麻子は散歩をした。
やがて、歩き始めるとだんだん身体が軽くなることに麻子は気がつき始めた。
頭痛がむしろましになる。
(ゆっくりリハビリしていこう)
無理をしないで、散歩はゆとりがあるうちに帰宅するようにした。
やがて、だんだんと歩けるようになる。
時間も距離も伸びていく。
無理はしない。
しっかりと歩けるようになる。
麻子は、歩きやすい運動靴を買った。
(もしかして、事故以前より歩いているかもしれない)
時間は伸ばさず、天候条件の良い日や体調の良い日に歩く。
たくさん歩こうと思わないことにした。
水分は、散歩前後にしっかり取った。
歩いてみると季節を感じる。
空の色を感じる。
木々の色を感じる。
雑草に季節を感じる。
いろんな世界が、自分に戻ってきた感じがした。
(いつからこんな風景を見なくなっていたのだろう)
失っていた気力が少し出てくる。
(そういえば座骨神経体操の本があった)
と麻子は本棚を探した。
体操を調べて、試してみる。
(まあまあ良いかも)
とりあえず痛くなったら、体操をする。
痛みの症状が出るときに、体操を行うと少し楽になる。
無理せずに散歩をし、そして体操した。
麻子は、自分が楽になりそうなことは何でも試してみた。
坐骨神経痛のピークはやがて過ぎた。
最初の頃よりもずっと楽になった。
それでも、痛みは時々出てくる。
そういうときは、身体を休めることにした。
自分の体と対話する。
歩く。
軽い運動。
そういったことは、自律神経にも効く気がした。
血の巡りも良くなる。
ただ、患者自身もどの程度動いて良いのか分からない。
せっかく治療したのに、動きすぎても大丈夫だろうか。
運動は、おそるおそるから始めた。
筋力も体力も落ちた身体には負担を感じた。
続ける事で、麻子自身も体が少しずつ回復するのが分かるようになった。
麻子はまだひどい倦怠感や疲労感を感じていたが、それはなかなか軽減されなかった。
そのため激しい運動をやりたくてもできなかった。
テレビを付けると、ダイエット体操を宣伝している。
いろんなタイプがあり、ジム式だの、軍式だの、ヨガ式だの、
あれこれやっている。
筋力も体力も戻っていないのに、雲の上のような話だと麻子は思った。
ゆったりゆっくり体操や体操を日々続けている。
(軽めの散歩が一番いい)
麻子にとって、倦怠感や疲労感が一番長く続き、なかなか取れない症状でもあった。
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