脳脊髄液減少症という病


1章 7.病名

 

もう一度診察室に入った。

脳脊髄液減少症の疑いが濃いので、実際に脊髄液が漏れているかどうかを、

専用の検査で調べないといけない、と麻子は岡林医師から説明された。

(そうか脳のMRIだけでなく、やはりそれなりの検査をしなければいけないのか)

麻子は体調が辛くて、治療についてはあまり調べていなかった。

岡林医師は続けて麻子に説明を始めた。

「治療しても良くなる人が1割強、症状が軽減した人が7割、

悪化する人が1割強くらいです。

それと、治療を境に、スイッチが切り替わるように、

すぐに体調が切り替わるというものではないですからね」

医師の言葉を聞いて、麻子は

(治療したら簡単に治ると思ってやってくる患者がよっぽど多いのだろう)

と思った。

そう簡単に短期間で良くなるものでないと自覚させるために、

岡林医師はそういう形で説明し、麻子に話している様子だった。

どんな病でも、治療した翌日には治っているなんてものはない。

多くの病が絶対治るというものでもない。

闘病には長い時間がかかるということを、患者に理解させようとしているのだろう。

(漏れたのを止めたから、ハイ終わり、と思う人が多いんだろうか。

・・というより、長期療養を覚悟するべきなのだろうな・・・)

麻子には先行きが見えていなかった。

 

 この先を進んで検査を受けて、確定診断がでたら治療を受ける。

(そうするべきなのだろうか?)麻子は考えた。

その悪化群に入りたくはない。

しかし、治療を受けるか受けないか、迷っている事はできなかった。

検査をしてもらえる病院も少ない。

その病院がなんとか見つかったこと自体が運なのだ。

様子を見て悩んでいるうちに状況がどうなるか分からない。

来年、この検査の予約が取れるとは限らないのだ。

 

このままでも池の中に沈んでしまう。

それなら、藁にすがって、そのまま藁を握って沈んでも同じことだ。

 

麻子は口を開いた。

「今よりは少しでも軽減する可能性があるなら、それを望みます。

生きてはいます、けれど、苦しくて一日を過ごすのも必死です。

動かなければいけないときは必死に動きますが、

痛み止めを飲んでも、体はぼろぼろです。

外出も、なんとか30分以内が限度なのです」

麻子は話を続けた。

「歩くことも苦しい。生きているのも苦しい。

苦しさを必死にこらえて倒れているだけです。社会性など何もありません。

何か少しでも改善して、少しでも今より楽になれるものならそうなりたい。

すこしでも楽になれるかもしれない可能性があるならば、やりたい」

限界の30分圏内をはるかに越えて、麻子は病院までやって来た。

麻子の答えは、それしかなかった。

医師は何かを思い出すように、

それは今までの患者を思いだしているかのように

「そう、この病気は社会性をなくさせる病気です。

患者は狭い世界で何とか必死に我慢して堪えてやっているだけです」

 

この病気では死なない。

しかし、様々な苦しみが患者を追い詰める。

多くの症状がひどい苦しみを与え、そしてやるべき事もやりたい事もできないまま、

ずっと症状に苦しみながら生きていなければいけないのだ。

いや、働く事もできずお金がなくなったら生きていけない。

病気自体の苦しみだけではない。

そして、社会性の喪失。

医師も私もこの言葉を同じように使った。

 

岡林医師は話を続けた。

「難治療のむち打ちの裏側に、この脳脊髄液減少症という病気が一つ見つかっただけです」

「ということは、これに該当しない人は、

まだ原因の分からないむち打ち症のような病気ということですね」

麻子は問いかけた。

「今まで治らない病気の一つがようやくこうだと分かり始めただけで、

まだまだ分からない病気が裏側にあるのです」

岡林医師は自分に言い聞かせるように話した。

 

 むち打ちは治らない人は治らないよ。

麻子はこの言葉をいろいろな人から、いろいろな医者から聞かされてきた。

なぜという麻子の問いへの答えは誰も知らなかった。

そして、麻子は今、脳脊髄液減少症という病名に巡り会った。。

その病に自分が該当するのだろうか、と麻子は不安に思った。

該当すれば今の時点で治療法がある。

該当しなければ、先々の医療の進歩を待つだけ。

(もし違えば、間に合わないかもしれない先を待つだけなのか)

麻子は検査やその後の治療を受け入れる事を決心した。

 

治療というものは、薬というものであっても処置であっても手術であっても、

100%というものはない。

安全性が高いかどうかというものがあったとしても、

自分が絶対安全とか誰も言えない。医療というものはそうなのだ。

医者が治せるものは限られている、本当は。

患者は医者に治して、と求める。それが患者だ、当たり前だ。

しかし医者が治せるものより、

本当は治せないものの方がずっと多いかもしれない。

そして医者が治療することで、治せるものが、改善するものが、

取り留める命が、増えるかもしれない。

それが医療というものかもしれない。

医者は自分の能力と限界の中で治療している。

そして患者はその上で治療される。

患者は医療と治癒力を共にして、病気と闘っていくしかない。

 

(自分の場合はどうなるのだろう)

麻子は自分がどうなるのか不安だった。

治療しなければ治らない病。

治療しても自分には経過の見通しが分からない。

病にかかって病と闘うことがどういうことか、麻子には分からなかった。

様々な病の患者が、病と闘っている・・・。

病というものは、人にとってなんと残酷なものだろう。

 

(今まで私は何を見てきたのだろう。もしかしたら限られた中で、

ほとんど何も見えていなかったのかもしれない。

そして、今も多くのことに気がつかないままに違いない)

麻子の心の中に多くの想いがわき上がってくる。

健康というものが、当たり前に見えて、実はとてつもない幸運なのかもしれない。

当たり前に見えて、気がつかなかった。

普通に歩いて、普通に食事して、普通に笑える。

(なんてそれは幸運なことなのだろう)

日常の危うさ、初めて麻子はそれを感じた。

 

 診察を受けながら、麻子は思っていた。

(この先生は、どこでこの病気とこの治療に出会ったのだろう)

岡林医師は、今までにそれなりの患者数に対して検査や治療を行ってきたようである。

そして、この病気を自分よりも遙かに知っていると麻子は感じた。

(おそらく怖さも)麻子はそう思った。

患者は自分自身しか知らない。苦しみの中、

自分を一歩下がって見ることが出来ない。


この時、麻子はこの病の本当の恐ろしさをまだ分かっていなかった。

一つの病の入り口に立っているだけであった。

入り口を入ってから、病というものと戦って行きながら生きていくということの意味を、

麻子は一つずつ経験をすることになる。

 

麻子は入院の日を決めた。


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