(てきちゅう)100映画  2010年版

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☆5.0

☆4.5

☆4.0

 18

上意討ち* 

5

革命児サパタ*

1

天使の贈り物*

4

 Z*

 7

石中先生行状記*

30

日本のいちばん長・*

6

越前竹人形*

9

お吟さま*

12

理由*

14 

DR.パルナサスの鏡 

35

海の沈黙

8

雨月物語*

17

西鶴一代女*

27

トラフィック*

29

血と砂*

45

浮雲*

23

インビクタス

31

おかあさん*

38

あにいもうと*

40

山の音*

49

わが谷は緑なりき*

 26 

めし*

42

ゴスフォード・パーク*

47

わが命つきるとも*

54

スター・ランナー*

76

マンデラの名も・・*

32

稲妻*

55

叫びとささやき*

59

ジュリア*

60

追憶*

94

洲崎パラダイス*

34

ミニヴァー夫人*

64

パリは霧にぬれて*

69

ブルグ劇場*

72

紳士協定*

108

野いちご*

36

アパートの鍵・・・*

73

ロバと王女*

74

母べえ*

77

秋立ちぬ*

137

瞳の奥の秘密

43

晩菊* 

79

息もできない

82

ミッション*

83

マーニー*

 

 

44

ラウンド・ミッド・・*

84

ミッドナイトラン*

87

オーケストラ

90

ブエノスアイレス

 

 

48

熱いトタン屋根の・・*

91

如何なる星の下に*

97

胸より胸へ*

100

グーグーだって・・*

 

 

50

レベッカ*

101

アウトロー*

106

妹の恋人*

107

春との旅

 

 

 63 

眺めのいい部屋*  

109

薔薇のスタビスキー*

114

ザ・ロード

117

セルピコ*

 

 

70

プレイス・イン・・*

120

雨の訪問者*

 122

アース*

123

ターナー&フーチ*

 

 

80

陽はまた昇る*

125

不毛地帯*

126

キャタピラー

128

醜聞*

 

 

81

川の底からこん・・

130

シシリアン*

133

I am Sam*

134

海は見ていた*

 

 

86

雪之丞変化*

136

お引越し*

138

白痴*

139

ブロークン・トレイル*

 

 

92

煙突の見える場所*

142

野のユリ*

144

トーク・トゥ・ハー*

145

ワイルド・レンジ*

 

 

104

酔いどれ天使*

150

黄金*

154

風花*

155

娘・妻・母*

 

 

113

悲しみは空の・・・・*

157

薔薇の葬列*

160

白いリボン

161

クレアモントホテル

 

 

118

グローリー*

162

新しい人生の・・・・*

164

冬の小鳥

165

この自由な世界で

 

 

121

狼は天使の匂い*

166

母なる証明*

167

フレンジー*

169

秘密*

 

 

127

軽蔑*

 

 

 

 

 

 

 

 

132

荷車の歌*

 

 

 

 

 

 

 

 

135

情婦*

 

 

 

 

 

 

 

 

143

わが町*

 

 

 

 

 

 

 

 

148

うまれる

 

 

 

 

 

 

 

 

153

女が階段を上・・・*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆3.5

☆3.0

 2

 美しい人*

 3

 王妃マルゴ*

10

 クローズZERO*

11

ストーリー・オブ・・・*

66

ヨコハマメリー*

13

 10日間で男を・・*

15

秋日和*

16

寝ずの番*

19

LOVE LETTER*

95

おえんさん*

20

アバター

21

雁の寺*

22

犯人に告ぐ*

24

旭山動物園物語*

152

イカとクジラ*

25

TOMORROW*

28

イタリア的、恋愛・・*

33

コールガール*

37

ゴールデンスラム・・*

 

 

39

ワーキングガール*

41

フローズン・リバー

46

霜花店

51

ハッピーフライト*

 

 

52

崖の上のポニョ*

53

夏の夜は三たび・・*

56

5月の恋*

57

ハート・ロッカー

 

 

58

上海の伯爵夫人*

61

野ばら*

62

戒厳令*

65

恋文*

 

 

67

朝な夕なに*

68

パリ警視J*

71

パーフェクト・スト・・*

75

世代*

 

 

78

引き裂かれたカ・・*

85

育子からの手紙

88

グリーン・ゾーン

89

バード*

 

 

93

トゥルー・クライム*

96

恋は異なもの・・・*

98

たそがれの東京・・*

99

Railways

 

 

102

家族ゲーム*

103

ココ・シャネル*

105

マイ・ブルーベリ・・・*

110

クリムゾン・タイド*

 

 

111

ボローニャの夕暮れ

112

ドリームガールズ*

115

野性の証明*

116

ロビンとマリアン*

 

 

119

必死剣鳥刺し

124

金環蝕*

129

セラフィーヌの庭

131

キャッチ・ミー・・・・*

 

 

140

小さな村の小さな・・*

141

かあちゃん*

146

トイレット

147

M・J This is it *

 

 

149

南極料理人*

151

どろろ*

156

宮沢賢治その愛*

158

ソフィアの夜明け

 

 

159

ふたたび

163

やさしい嘘と贈り物*

168

おっぱいバレー*

 

 

 

 

 

No.169

秘密 1999/119分 dvd ラブ・ロマンス 101230 

滝田 洋二郎 監督  東野 圭吾 原作

広末 涼子、小林 薫、岸本 加世子、金子 賢

監督は「おくりびと」で広末さんを起用しているが、その前の本作でも殆ど出ずっぱりの主役として使っている。

「妻」「娘」の二役だから出ずっぱりになるのだが、体は「娘」でも心は「妻」という演技と、「体」も「心」も娘という演技 の差が少なく多少の違和感があると思う。声を変えればよいのだが、声も体の一部だから変えられないし、極めて難しい役どころではあるのだが。

外見は同じでも、両者の心又は頭又は精神の違いをもっと鮮明に演技しないと、この映画のテーマがぼやけてしまうので、その意味では失敗作ということになる。

この映画はなんと言っても原作の力に支えられている。

映画を観るというより、小説を読む方に近い感じ。

「憑依」という現象に着目したアイデアも凄いし、ミステリーをロマンスものにした展開も見事。

愛を肯定すれば近親相姦になり、否定すれば裏切りになるという、重い十字架。

観客は分っていながらラストの悲劇を認めたくは無いだろう。

 

No.168

おっぱいバレー 2008/102分 dvd スポコン コメディー  101224

羽住 英一郎 監督

綾瀬 はるか、青木 崇高、仲村 トオル

舞台は北九州市。

かつては日本を代表する工業地帯で、それを題材にした映画が多く作られたが、時代が変わりこんな題名の作品の舞台にもなった。

きれいな海も撮影されている。

と言っても最近の話ではなく、ピンクレディー、キャンディーズ、ユーミンの歌が挿入されているから、今から2〜30年前のようで、登場中学生が純情そのものでカワイイ。

綾瀬はるか だからオッパイが清純な理想郷として描けたのだろう、豊満な女優さんだったらこんな爽やかな話にはならなかった。その意味でキャスティングの妙が80%ぐらいの作品。

スポーツを題材にした映画はまず外れない。アカデミーも数輩出している。エンディングが盛り上がり気分が高揚するから。

でも本作は、負けて終わるからイマイチだが青春の過ぎ行く一瞬の儚さが加味され、ユーミンの「卒業写真」的な余韻が捨てがたい(挿入歌)。

先生という職業もやはりすばらしい。すばらしい先生に出会う生徒は幸せだ。

実話らしい。

 

No.167

フレンジー 1972/117分 dvd 英・米 スリラー 101217

 

アルフレッド・ヒッチコック 監督

ジョン・フィンチ、バリー・フォスター、ビリー・ホワイトロー

 

映画は製作側と観客との騙しあい。

主人公の親友は社交的で明るい性格。これに騙される。

映画の大半が所謂、デッド・センターで、主人公が犯人に間違えられる状況証拠をこれもかと言う具合に、重ねる。

だから、見る方はとてもつらく、イライラしもっと楽な映画を観ればよかったと後悔する。

・・・・

次から次にネクタイで殺される女性は皆、美人でスタイルが良い。

殺されても美しい。残虐殺人なのだが、とてもユニークな死体演技に驚かされる。

****

あまり有名な作品ではないが、ユーモアいっぱいで見ごたえがあった。

 

No.166

母なる証明 2009/129分 韓 dvd クライム・サスペンス 101215

ポン・ジュノ 監督

キム・ヘジャ(母)、 ウォン・ビン(息子)

韓国の母と呼ばれている名女優。本作でもLA批評家女優賞を得ている。

ウォンビンは「ブラザーフッド」以来5年ぶりの復帰(兵役)。

韓国映画は直球一本勝負が多いと思うが、本作は変化球満載の変幻自在投球。

殆どが騙される。

まず、タッチが喜劇風だから、肩がこらないサスペンスになっている。

でありながら、無駄なカットがなく、緻密に構成されているから、相当な作品だと思う。

****

最大の問題は正義が無視されたままで良いかという映画感だけである。

だから「母なる証明」と言うのだろうが。う〜ん。

ネタバレしたらつまらないので、ここまで。

 

No.165

この自由な世界で 2007/96分 英 移民問題 101215 Bunkamura ル・シネマ上映中

ケン・ローチ 監督

カーストン・ウェアリング、ジュリエット・エリス、レズワフ・シュリック

ヨーロッパの移民問題を扱った社会派巨匠の作品。

結論を提示せず、さあ考えてよ! で終わるので直後は物足りないが、どうしても自分で考えざるを得ないように仕向けているのはさすが。

「麦の穂をゆらす風」他 この監督は常に弱者の味方で権力者を告発してきた。

でも本作は敵味方がはっきりしない。

****

イラクなど中東、ウクライナ、ポーランド、旧東欧 などからEU諸国に貧しさや弾圧から逃れる移民が絶えない。

労働ビザを持った移民が働くことは適法だが、ビザもパスポートも無い不法移民の労働は禁止されている。

ここは英国。やり手シングルマザーのアンジェーは職業紹介会社に勤務しており、ポーランドなどの出先で現地人を募集し、英国に送り込んでいる。

ところが上司のセクハラで会社を止めてしまった。

そこで子連れだから生活の為に、経験を活かして、ロンドンで無許可の職業紹介所を開業。

先進国に来たはいいが、職にありつけない外国人があまたいるから、低賃金(法律以下)の条件でもOK。商売繁盛である。

でも考えようによっては、企業による搾取のお手伝いをしていることになる。

***

でもここまでは、違法と言えども現実に生活に困っている人を助けるのだから、許されるのではないか。

問題はその先で、単に紹介するより、人材派遣業の方が儲かると気付き、賃金をピンハネするようになる。

しかもビザ無しの不法移民相手(不法移民の方が、身分が不安定なので真面目に働くらしい)だから、さらに貧者からの幅広い収奪。

さらに、昼夜2交代制を利用しトレーラー・ハウスにダブルで押し込め、家賃のピンハネまではじめる始末。

****

当然、仕返しもあり、子供を誘拐されたり、殴られたり、悪の世界のリスクを背負うが、子供の為と割り切る自立した女性。

****

移民からすれば、収奪者で許せない。でも資本主義社会の行動様式としては、似たような行動を企業は取っているから、倫理観から批判は出来ないだろう。

原題はそのまま IT’S A FREE WORLD 資本主義の持つ矛盾を摘発している。

****

彼女は善なのか、悪なのか。

****

又、移民問題ははたして、ヨーロッパだけのものなのか。わが国でも、放置すれば、こんな大問題を招致することは必至であろう。

いや、既に闇の労働市場が成立して、過酷な売買が行われている可能性が高い。

貧国から富国へ人が流れるのは自然な現象。国が阻止しようとしても、不法入国で商売しているプロがいるから、簡単ではない。

又、安い労働力は国内企業にとっては、国際競争力維持に貢献している。持ちつ持たれつの関係ですらある。

****

日本語は難しいので、そう多くの移民は押し寄せないだろうが、人間として最低限の生活は各企業の責任で当面、保障すべきだと思う。

地球市民の一員として。

 

No.164

冬の小鳥 2009/92分 韓国・仏 チャイルド・ストーリー 新宿武蔵野館上映中 101213

ウニー・ルコント 監督  イ・チャンドン製作

キム・セロン(9歳)

親に捨てられた子供の気持ちをこれほど痛切に訴えた映画を他に知らない。

ジニは父親がとても好きだった。

でも突然、カソリック系の孤児院に連れて行き、すぐ戻るからと娘に嘘を言って、去って行った。

ジニは父親を信じ切っていたので、着替えも食事もせずじっと何日も待っているのだった。

・・・・

この一途な子供の気持ちが、次第に揺らいで、自殺未遂を経て、養女として出て行く決心までを、お涙頂戴でなく淡々と描いた作品。

何とこれは監督の自伝とのこと。

フランス人の養子になったのはジニと境遇が同じ。

孤児の映画は多い。例えば「オリバー・ツイスト」などであるが、子供の自立に焦点が当てられているものが多いと思う。

でもこれは、子供の心の傷がどんなに深いものであるかを描く事により、子供を捨てる親に警鐘を鳴らしているようにも見える。

映画としては前半のテンポが遅いように感じられたが、ちょと生意気な感じながら健気でかわいいキム君の表情が、哀れを誘って止まない力作だった。

 

No.163

やさしい嘘と贈り物 2008/92分 米 dvd ホームドラマ  101210

ニコラス・ファクラー 監督

マーティン・ランドー、エレン・バースティン、アダム・スコット

またもや、老人が主人公の映画。

二人ともオスカー俳優らしいが、画面いっぱいに皺だらけの顔が続くと、もういいと言いたくなる。

****

認知症で記憶だけを無くすということがあるのだろうか。

映画はその事をまったく隠して、孤独な爺さんの1人暮らしを描いていく。

ある日、近くに越してきたというおばあさんと知り合い、仲良くなり彼女が無くてはならない存在になる。

彼はスーパーに勤務しており、社長や同僚に彼女とのデートの場所やコツを丁寧に教わるが・・・・・。

実は彼女は彼の奥さんなのだが、記憶喪失しているので、回りがみんなで嘘をついてやっていることが、終盤で暴露される。

このように観客を騙す面白さがこの映画のポイントで、一種の詐欺商法?

それだけの映画なのだが、2回目を分って見直すとこれが又とても面白く、分らなかったシーンの意味が分ってくると言う二度楽しめる映画なのだ。映画って奥深い。

人が良く、温かい息子の演技が好きだ。

 

No.162

新しい人生のはじめかた 2008/93分 米 dvd ラブ・ストーリー 101209

ジョエル・ポプキンス 監督・脚本

ダスティン・ホフマン、エマ・トンプソン、アオリーン・アトキンズ、キャシー・ベイカー

中年男女の再出発の話。大御所二人の競演が見もの。

本作は会話の妙で成り立っている。実にフランクでウイットに富み面白い。

即ち、脚本が優れている。

それを除けば凡作か。

 

No.161

クレアモントホテル 2005/108分 米・英 シニア・ドラマ 岩波ホール上映中 101208

ダン・アイアランド 監督  エリザベス・テイラー(作家)原作 

ジョーン・ブロウライト、ルパート・フレンド、アンナ・マッセイ

今日もまた満席の映画館だった。

老婦人とハンサムな若者の交流と言う事で、シニアにとって憧れのシュチュエーションのせいだろうか。

原作者は1912年生まれだから、老女になって書いたことになる。その分、老女の気持ちが実に良く描かれていると思う。

過去への憧憬、若さへの眩さ、生きてあることへの感謝など。

***

作者が実際はどうだったか分らないが、主人公パルフリー夫人は所謂レディー。奥ゆかしく、身だしなみや言葉使いにも品があり、旅の友はワズワースの詩集という知識人。又、人に優しく、かつ人生に前向きで行動的で若々しい柔軟な頭脳も持っている。

ほぼ完璧な人物設定である。

こんな魅力的な人なら老女と言えども、若者の友達たりえる事必至、不自然ではない。

***

でも実際はこんな女性は存在しない。自分のことばかりが頭にあり、他人に何かしてもらうことに執心な、エゴイストが老人。

そんな観客が我を忘れて会場を満員にするのだから、考えようによっては滑稽にも見えるが。

***

ストーリーは「遠くの親戚より近くの他人」で、又年齢の差に関係なく気持ちが通じ合う様をユーモラスに語っているだけなのだが、この作品が評価されるのは、出演の老人達が芸達者で個性が際立ち、クレアモントという小ホテルに小宇宙を形成しているためだろう。

ロンドンには長期滞在型ホテルがあるという。家の修理などの一時的な滞留もあるようだが、介護施設に入る前の一時的な老人ホームのような存在らしい。

あちらの人は会話にもユーモアがあり、洒落ている。こんなホテルがあること、素敵な仲間が居る事、うらやましい。

 

No.160

白いリボン 2009/144分 モノクロ 独・他 クライム・サスペンス テアトル銀座上映中 101206

ミヒャエル・ハネケ 監督

クリスチャン・フリーデル、レオニー・ベネシュ、ウルリッヒ・トゥクール

久しぶりの満席劇場だった。リピーターはチケットの半券を持参すると1,000円とのこと。

そうする意味が観れば分る。犯人探しが難解で、観た後も気になり暫く頭が占領されて、結局もう一度見なければという気にさせる映画だからだ。ここまで計算しているハネケは意地悪である。

舞台は北ドイツの小さな村、男爵が殆どの土地を所有し、小作人が村民。家父長が強く、子供の躾に事の外厳しいプロテスタントの風土。第一次大戦前夜で、ナチスの足音も聞こえる、緊張した時代。

一応犯人探しにトライ。

@医師が誰かに仕掛けられた針金に馬ごと引っかかり、落馬し大怪我をする。

事件後、牧師の子供が橋の欄干を歩いて渡り、先生に見つけられ何故そんな危ないことをするのかと聞かれ、神は罰してくれないと言う。牧師の子供達は父からの抑圧の反動として、悪い事をした。要するに八つ当たり。モノローグの推察どおり。

A男爵の幼い子供が乱暴され、吊るされる。

これも牧師の子供達、あるいはプラス家令の息子が考えられる。動機は八つ当たりと階級反発。

B夜半の火事

これは子供達は無関係(寝ていたから)。放火犯人は不明。

C助産婦の子供が乱暴され、失明する。

助産婦は捨てられた腹いせに、医師と自分との関係、医師と実娘との関係を誰かに(牧師か?)暴露した。そこで仕返しに医師は子供に乱暴。子供が犯人の名前を言ったので、村におられなくなり逃走(子供をさらって)。助産婦は後を追うが、行方不明。

更なる疑問点:婚約者は湖に行くことを何故避けたのだろう。もしかして、湖畔には悪魔が居て、この一連の仕業の真犯人が住んでいるのかもしれない。そして、子供達はこの真相を知っており、その観察者だったのではないか。仮説として。

****

犯人は現時点で皆目判らない。村は度重なる事件をそのままに、何事も無かったように、日常が繰り返される。

原因と結果を曖昧にして時代が進んだことが、気がつけばナチスの支配を許したのか。村民は色々な推測をして、疑心暗鬼、信じるものが無いところへナチスが入り込んだのか。

****

映像は文句なしに美しい。雪景色が特に素晴らしい。石版画のように硬質感がある。

掲載写真のカットだけが、ホロリとさせられるだけで、後は暗くどぎつく、趣味悪い性格の監督?

カンヌのパムルドール。驚きの一作。

 

No.159

ふたたび swing me again 2010/111分 音楽ドラマ 吉祥寺プラザ他上映中 101203

塩谷 俊 監督

鈴木 亮平、MINJI、財津 一郎、陣内 孝則、古手川 裕子、

ソヴィエト・ブレジネフ時代の芸術家弾圧を下敷きにした「オーケストラ」という感動映画があったが(本ページNo.87参照)、それと恐ろしく筋書きが似ている作品。

前者は思想弾圧の為に長年音楽を捨てざるを得なかったマエストロとその仲間が不死鳥のように蘇る物語。

本作はハンセン病の為に、音楽活動を長年できなかったジャズ・トランペッターがこれまた仲間と共に、蘇る物語である。

どちらも、クライマックスがコンサートで感動が爆発する仕掛けになっており、感涙に咽ぶ。

どちらが出来が良いかというと、残念ながら洋画の方だ。

本作はよくも悪くも日本人の演歌感情で、ベトベトしており、基本的にシャレが無い。真面目過ぎる。

それに、仏教徒なのに安易に格好が良いからと言って教会で死ぬ場面にするなど、安っぽくしてしまった。

題材や配役は申し分ないので、もっと堂々と格調高く作れば素晴らしい作品になったのに極めて惜しい。

****

ハンセン病は特効薬が開発されて、他の感染症並になったにも拘らず、社会的偏見だけが残ったた為に、隔離療養所がその後も廃止されず、健康体にも拘らず長年に亘り、かつての患者が人生を棒にした。

昔はハンセン病患者が出ると、その一家の娘は嫁に行けず、息子に嫁は来なかった。

夫が患者で隔離されると、妻との面会も許されず、妻に子供が生まれると妻は夫からの感染を疑われ、自分の子供を抱く事も許されなかった。

従って子供は両親から愛を受けることなく育つと言う、不幸を背負っていた。

今は帰宅を許されているが、受け皿の事情もあり、まだ十数箇所療養所は現存している。

社会的偏見はしつこい。

***

5人のジャズ・バンド仲間は若かりし頃、夢の舞台への出演が決まり張り切っていたが、直前にメンバーの1人がハンセン病になった為に、出演は回復後ということにし解散した。それから50年後の話である。

療養所から復帰して、仲間との約束を果たす事が出来たという話だが、このめでたい事とは逆にハンセン病患者が家庭に戻ったということで、娘の縁談が破棄されたり、息子は恋人に去られるなどの、マイナス面も生じる。

それでも、孫は祖父と旅を続けるうちに、心が通じ合い、差別に立ち向かう逞しさを身につける。(この部分は「春との旅」そっくり)

それにしても、老トランペッターの財津一郎は実に見事ではないか。

「春との旅」の仲代達也より、ビッコが上手で老人役ではこちらの方が一枚うわて。

ラストシーンの渡辺貞夫をフィーチャーした、藤村俊二、犬塚弘、佐川満夫、財津一郎 によるセッションが聴き応えある。

195席の劇場に5人だけの最終日上映だった。

内容はさておき、こんなに涙できる映画をもっと観てもらいたいな。

 

No.158

ソフィアの夜明け 2009/89分 ブルガリア 青春ドラマ 渋谷イメージフォーラム上映中 101202

カメン・カレフ 監督

フリスト・フリストフ(イツォ)、オヴァネス・デュロシャン(ゲオルギ)、サーディット・ウシュル・アクソイ(ウシュル)

原題:イースタン・プレイ

昨年の東京国際映画祭でサクラグランプリを含むトリプル受賞をした話題作。

年間7〜8本しか作られないブルガリア映画で、しかも新人監督デビュー作というから驚きである。

上記映画祭はメジャー作品でなく内容の濃いものを表彰する独自性があるが、これが功罪半ばして、評価の分かれる作品が登場することとなる。

***

本作品も観ようによっては傑作である。

その@に俳優が演技っぽくなく、超自然。俳優は学校や訓練所を経て一人前になるから、役柄を考え抜いて演技を作るから、どうしても芝居っぽくなる。ところが主役は初出演のど素人、それにしては存在感があるなと思っていたら、なんと役柄どおりの薬中で、撮影後過剰摂取で死んだとの事である(ダークナイトのヒース・レジャーと似ている)。決してカメラを見つめない焦点の定まらない目が強い印象を与える(同映画祭主演賞)。

そのAにドラマとドキュメンタリーの中間を狙ったような、リアル感が独特。まるで、解放後の東欧の混乱し、腐敗した社会のニュース映画みたいだ。その分、主張が良く見えないきらいはあるが。

そのB音楽効果が良い。中近東風なリズムが混ざった旋律やバッハのピアノなど、画面毎に効果的ですばらしい。

***

でもちょっと待て。

貧富の差が大きく、貧しい才能ある若者が将来に夢を持てない社会だからといって、皆不良や薬中になって良いということは無い。

甘ったれるな!と言いたくなる。

家庭崩壊はブルガリアだけではない、旧市街が壊され無機質なコンクリート・アパートが建てられるのも、ブルガリアだけでない。

完全な社会なんて無いのだから、批判だけで一生が終わる。

収容所の中でさえ、その生き方が問われる。自分が如何に生き、どう生を実感するかではないか。

****

ロシアはじめ社会主義が崩壊した後の実態はまだまだ悲惨であること、隣国トルコ人がリンチを受けている事、などなど知らされてない現実にも唖然とした。

 

No.157

薔薇の葬列 1969/105分 モノクロ dvd ラブ・ストーリー 101128

 

松本 俊男 監督

ピーター(初出演)、土屋嘉雄

カミングアウトしたゲイのことを「薔薇」というが、その語源となった作品。

古代ギリシャで同性愛者同士が薔薇の木の下で愛し合ったというエピソードに基づく。

***

ATG作品である。今観ても映像が斬新で鋭いが、殺人や目を突くシーンなど正視できない場面もある。

奇をてらうのが目的みたいな、変わっただけの作品が芸術作品として作られた時期だが、これはそれだけではない。

***

昭和44年といえば、まだソビエト崩壊前で若者や知識人の多くは社会主義に憧れを抱いており、社会に迎合して生きる本流層を嫌っていた。

かといって、革命が不可能と言う事も知っており、結果アウト・サイダーであること、半社会的であることだけが自己表現の手段であった。

フリー・セックス、麻薬、前衛芸術、暴走族、ヒッピー ・・・。

その中の一つとして、新宿2丁目にゲイ達のカミングアウトした集団が登場したように思う(1960年代半ば頃日本一のゲイ街が形成された)。

***

本作品の主人公を演じるピーターは今よりもぽっちゃりして少年ぽいが、社会に背を向けて生きる、いつも淋しい決して幸せになれない当時の若者を代弁しているのだろう。

筋書きはオイデプス王で近親相姦がテーマだが、デモとかアングラ映画制作、麻薬など当時の世相を織り込んで、陳腐さは感じさせない。

ゲイは今でこそ、社会的地位が認められ珍しくないが、三島由紀夫の「薔薇刑」のように、男性の美を扱う事事態がショッキングな事だったから、思い切った作品と言える。

 

No.156

宮沢賢治・・その愛 1996/116分 dvd 伝記 20101125

 

神山 征二郎 監督

三上 博史、酒井 美紀、仲代 達也、八千草 薫、牧瀬 里穂

「やはり温かい家族に守られた人だった?」・・・・私の賢治像に修整を迫った作品。

花巻の記念館にも二度足を運び、足跡あとを歩いて回るほど、惹きつけられている人間だが、雨ニモ負ケズ・・の印象が強すぎるのだろうか、一言でその人物像を言えといわれれば、家庭とは縁遠い「孤高な求道者」という見方をしていた。

ところが本作品では父政次郎と母イチの涙ぐましい息子愛が描かれている。

勝手に上京し体をこわした賢治を政次郎は二度も迎えにいって窮地を救っている。

賢治が嫌いだった家業の質商を金物屋に切り替えたのも、あるいは賢治の為だったかもしれない。

経済的には自立を目指して親を頼りにしなかったらしいが、原稿料も入らず(1回だけあった)、定職につかない時期も多かったので、生活力が皆無に近い人なだけに親は心配でたまらなかったと思う。

いや、親だけでなく貧しい農民でさえほっとけない人と思い、何かと世話をやいたのだろう。

****

妹トシの死が賢治にとって人生最大の悲しみだったが、妹シゲ、クニ、弟清六 たちとの兄弟愛も厚く、賢治はすばらしい家庭環境にあった。

愛されなければ、愛せない、と言うが、賢治のあの胸に突き上げるような愛も、おそらくこの家庭と無縁ではないような気がしてくる。

****

幼少のころから、石の標本集めに熱中して、死の寸前まで鞄にいっぱい詰めて上京している。

「石コ賢さん」は何故石に拘ったのだろうか、謎である。

 

No.155

娘・妻・母 1960/123分 dvd ホームドラマ 101120

成瀬 巳喜男 監督  井出 俊郎 松山 善三 脚本

三益愛子、森雅之、原節子、草笛光子、宝田明、団令子、高峰秀子、加藤大介、淡路恵子、杉村春子、仲代達也、

小泉博、中北千枝子

同年に作られた「女が階段を上る時」はモノクロだったが本作はカラーである。

こちらの方がオールスター・キャストだし、力を入れたのだろう。

でも出来栄えは逆だと思うがどうだろう。

理由の一つに、主人公がはっきりしない

その2に、主張が今ひとつ鮮明ではない。

:普段は仲の良い兄弟でも実家が破産状態になると、急に冷静になって、母親の養育さえ押し付けあう状態になる。

こんな中にあって、原節子だけが温かい感情を維持し続け、嫁の高峰秀子も舅とやり直そうと決心する。

修羅の中にも救いがあるのが家族だと言い、又一方では老人と言えども自立心が必要だとも言っている。

でもこんな事は何処の家庭でも珍しくないし、なにげない日常をただ淡々とリアルにスケッチしたたけの映画ともみれる内容である。

そこを映画に出来る事が巨匠と言えば言えるのだが、感動がないので如何ともしがたい。

参考になったセリフ:嫁の高峰秀子が舅との生活について、舅を夫の親として接してきたから上手くいかなかったのだと思う。考えてみれば舅と嫁は元々他人であるから、独立した個人として付き合えば上手くいきそうな気がする。かつて同じようなセリフを誰かに聞いたことがあった。

 

No.154

風花 2000/116分 dvd 101118

相米 慎二 監督(遺作)  小泉 今日子、浅野 忠信、麻生 久美子

「お引越し」もそうだったが、前半に力が無く、クライマックスだけが急に盛り上がる。

それが無ければ、駄作なのだが、何とかならないものか。気になるが遺作だからこれでお仕舞だ。

文部省のエリート官吏は酒びたり。こんな世に生きている事が悲しいと思って泥酔し現実逃避の毎日。

この挫折感は監督自身のものなのだろう。

酔って失敗し、役所をクビになり、社会からドロップ・アウトする。

風俗女性も家庭問題を抱えており、共に自殺願望を秘めて、北海道を二人で旅をする。

****

世を捨てたいと思って、一度死に損なうと、目覚める事もあるらしい。

逃げずに、我が子に向かう小泉今日子に、観客の賛同を期待して場面は進行する。

落ちるとこまで落ちる事も無駄ではない。

拾い物の「愛」もあるかもしれないし、気持ちが折れなければ、立ち直れる。

甘ったれるな、若者よ!

臆せず前を見ろ!

遺言のようにも取れるロード・ムービー。

 

No.153

女が階段を上る時 1960/111分 モノクロ dvd 銀座ママ物語 101117

成瀬 巳喜男 監督、菊島 隆三 脚本

高峰 秀子、森 雅之、団 令子、仲代 達也

高峰秀子が抜群に美しい。

1924年生まれだからこの年36歳。決して若くは無いが、角が取れたというか、陰が深くなったというか、逆に魅力が増していると思う。

一族の面倒を一手にみたり、継母との関係など、家庭的苦労も尋常ではなかったらしいが、この美しさは変わらなかった。

しかも、大スターだが単なる「お人形さん」ではなく、自分の意見をちゃんと持っており、国会でも臆せず意見を述べ、見識も高く、他人の面倒も良くみた自立した女性であったらしい。本もかなり書き才色兼備の珍しい女優さん。

銀座のママの一つの型。

さすが黒沢映画の脚本を多く手がけた菊島隆三だけあって、つぼを得ている設定。

銀座のママも色々なタイプがあって、階段を上がる時気持ちがからりと変わって営業に徹せられる女性と、性格的に客に媚びることが苦手だが生活のために、偽りながら日々を送っている女性など。

圭子ママは後者。非営業肌だからと言って客が付かないと言うのでもないのだ。客におぼれず、身が固く、素人ぽいのが又魅力足りうるのだろう。

何れにせよ、結局は男に騙される哀れな存在で、商売を続けるしかない。

この女の哀しみを、高峰秀子が地味な和服姿で、演じきって凄い。

昔の銀座、佃島など古い東京も貴重な映像。

銀座の高級クラブといっても、この時代だからミニ・クラブ程度のものがところ狭しと軒を並べている。もうそんな路地は無く綺麗になった。

木造階段にもなんとなく風情を感じる。

佃の渡しや実家の町屋も、今は無い、過去のもの。

客からの未収金を、集金して回るママの姿だけは変わらないかも。

 

No.152

イカとクジラ 2005/81分 dvd 米 ファミリー・ドラマ 101115

ノア・バームバック 監督

ジェフ・ダニエルズ、ローラ・ソニー

脚本を中心に褒める批評家が多い作品だが、私には理解できなかった。

離婚する男女の心が離れていった理由など、第三者には説明できないと思う。

結果として、別れるしかないのなら、それしか最善の方法がない。それだけの事ではないか。

母が浮気ばかりするからいけないのか。

夫はやさしさが無く、自分の価値観を押し付けるから、夫の方に問題があるのか。

相対の問題だから、どちらが悪いと言うものでもない。

複雑で、もつれた紐を解く事など不可能なのに、詮索するのが無駄。

****

離婚は子供を犠牲にすることがある。否定はしない。

ここでは、二人の兄弟は問題児として描かれているが、離婚家庭が問題児を作るような思い込みはやめて欲しい。

***

一見冷徹に現実を曝け出しているような映像だが、こんな大きな問題が、半分コミカルに語られる趣味の悪さが気になる。

それでも暗い、暗い映画で、すっきりしない。

***

余談だが、性格の不一致が離婚の原因として語られる事が多い。人間の性格は変わらないから、それでも我慢できる人がいれば、早く離婚してやり直した方が良い。ぐずぐず、相手にとりついて、性格を変えようなどと思うから間違うのだ。離婚は悪ではない。一緒に居る方が悪ではないか。この映画も離婚を明るく前向きに考えて、撮って欲しかったなあ。

 

 

No.151

どろろ 2007/138分 妖怪漫画 dvd 101114

塩田 明彦 監督  手塚 治虫 原作

妻夫木 聡、柴咲 コウ、瑛太、中井 貴一、原田 美枝子、中村 嘉津雄、原田芳雄

原作を読んだ人には不評の映画。

読んでない私には、原作の良さが感じられる筋立てではあった。

が、CG処理が悪く、チープな出来上がりにがっかり。

もっと美しい色と動きに出来ないものか。夢が無さ過ぎる。

日本のアニメは世界的に評価されているが、それは手書きの絵だけのことかもしれない。

***

柴咲 コウ 汚れ役を懸命にこなし好感(一本調子だが)、妻夫木もまずまず、脇役もよくキャスティングは問題ないと思う。

漫画はスペクタクルも自由だが、映画となるとそれなりの予算がなければ様にならない典型。

惜しい。もう一度映画化して欲しい。

 

No.150

黄金 1948/125分 米 モノクロ dvd 西部劇 101105

ジョン・ヒューストン 監督

ハンフリー・ボガード、ウォルター・ヒューストンティム・ホルト

原題:シエラマドレの宝

メキシコにある山脈の名前。時代は1920年代。金を求めて山師3人が山奥で金鉱を発見。

見つけた後が大変。ボガードの猜疑心に火がつき、悲劇が始まる。

「白鯨」とか「老人と海」を読んでいる人はおおよそ結末が予測できるが、それでも面白い。

監督は監督賞、脚本賞、W・ヒューストンは助演賞をアカデミーでそれぞれ貰った名作。

両ヒューストンは親子。

蛙の子は蛙。

金が人間を変えるという伝統的テーマが60年の時空を越えて、ハイテク成金輩出の現代に警鐘を鳴らしているのでは。

 

No.149

南極料理人 2009/125分 dvd 単身赴任コメディー・ドラマ 101104

沖田 修一 監督  西田 淳 原作

堺 雅人、生瀬 勝久、きたろう

越冬隊員の話だから、見る方が勝手に記録映画のイメージを持ってしまう。

でもこれは所詮作られたコメディーである。だから、作られた事がことのほか目立つと言う宿命を持つ。

1年間の南極単身赴任。家族が恋しい。だからと言って、お守りにしていた大事な娘の抜けた乳歯をなくしたといって、大の大人がへそを曲げ、料理人を放棄してふて寝してしまう事など無いと思う。

それにファースト・シーンにも引っかかる。

堺よりも生瀬の方が存在感があったと思うが、如何?

料理はうまそう〜。

 

No.148

うまれる 2010/104分 出産ドキュメンタリー シネスイッチ銀座他上映中 101112

豪田トモ 監督

出色の映画である

ドキュメンタリーと言うと、事実をだらだらと垂れ流しただけの、パサパサ感が伴う作品が多い。

でもこれは違う。

インタビューを受けた素人が脚本ではないかと思わせるほどセリフに含蓄があり、しかもプロの役者ではないかと思わせるほど表情が豊かなのだ。

カナダで修行した監督らしいが、相当のカットを撮りいいものだけを使ったのだろう。

ドラマ的なドキュメンタリーは「ヨコハマ・メリー」など珍しくないが、何処か対象を冷たく突き放した客観性が根底にあり、心が寒くなりがちだが、この映画の登場人物には観客がつい感情移入してしまい、次の展開をついつい期待して観てしまう監督の抜群の温かさを感じるのだ。

難病18トリソミーで生まれ、やっと1歳の誕生日を迎えた「虎ちゃん」は今も元気だろうか?(生まれてきてくれたことに対して心から感謝の気持ちが表題の写真の両親の表情に溢れているではないか)

****

言っておくがこの作品は出産の神秘などを撮ったのではない。

堕胎する女性。子供に恵まれない夫婦。人工授精。産むことを諦め他人の出産手助けにいきがいを見つける女性。死産。障害児出産。虐待母親育ちの女性が子供を持つことの不安、などなど、出産が親の人生にどうかかわるか、家族問題の克服など、大きな問題に大胆に切り込んでいる。

****

胎内記憶はオカルト的で非科学的とみなされてきたが、最近見直されているらしい。3人に1人の割合で何らかの記憶があるという調査もある。

喋るのは2〜3歳までで、その後口にしないらしいから、あながち作文でもなさそうだ。

「赤ちゃんは自分の両親を選んでこの世に生まれる」産婦人科医の池川明氏と監督の共著の主張である。

子供に「ママのお腹の中に来る前は何処に居たの?」 と聞くと「お空にいてママを探していた」と応える子が多いらしい。

中には、まだ中学生だったパパとママが将来僕の両親になって欲しいと思っていた という例もあるらしい。

****

これは一見作り話のように思えるが、仏教の輪廻思想そのものではないだろうか。

子供という個体は両親の固有の組み合わせの中からしか生まれない。

中学生のパパがその後現在のママではない他の女性と結婚していたら、その子はこの世に存在しないからである。

現実世界には無数の可能性があり、殆どが現実化しない。それが「無縁」で、それが具現化したのが「縁」であろう。

(中学生のパパとママがもし出会わなかったたら、空から見ていた子供は永久に空に留まり、この世に現れることはない)

親子はかけがえの無い絆である。

*

その「縁」は生と死の連鎖の中で、種族保存という原理を有効に導く他者とのつながり(横のつながり)。

「輪廻」とは、人間だけでない生物全体が「命のバトンタッチ」を必死に続けている永久運動(縦のつながり)の意味なのだろう。

「空から両親を選んで生まれてくる」とは「命」の永久運動のことであろう。

生まれた命は縁によって次の世代にバトンタッチされていく。

少なくとも、赤ん坊をもてあましている若いママには大きな励ましになる言葉ではないか。

選ばれた母親という自負が。

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生まれることは死ぬ事である。人生の総てが含まれ試される。

この映画が若い夫婦の自信に繋がる事を信じて、お勧め映画としたい。

 

No.147

マイケル・ジャクソン THIS IS IT  2009/111分 米国 dvd ミュージック・ビデオ

ケニー オルテガ 監督

M・Jの死直前のロンドン公演予定のリハーサル風景をまとめたフィルム。

映画としてどうのこうのではない。

リハだから観客は居ないし、ぶつ切りだから、中途半端。

完成品のDVDの方が舞台の興奮が伝わると思う。

M・Jフアンなら舞台裏をのぞく感じで興奮するのだろうが。

でもここまでヒットすると、フアンでなくてもこの作品は見るから、死後彼のフアンは増えるだろう(現象的に美空ひばりに似ているかな)。

フアンにならなくても、彼のフレンドリーな人間性と才能を再認識させられる作品ではある。

 

No.146

トイレット 2010/109分 日本・カナダ ホーム・ドラマ 新宿武蔵野館他上映中 10.21

荻上 直子 監督

もたい まさこ(ばーちゃん)、アレックス・ハウス(レイ)、デヴィッド・レンドル(モーリー)、タチアナ・マズラニー(リサ)、サチ・パーカー

「ウォシュレット」の世界制覇なるか

TOTOがスポンサーになっている。舞台は北米東部だから、まだ普及してない。ラスト・シーンで新型のウォシュレットが設置されレイが用を足すシーンがあるが、その余りの気持ちよさに足の指を踏ん張ってしまう模様がクローズアップされる。

全米向けコマーシャルみたいにもとれる映画であるが、監督は自動開閉装置付きを良くわかっていないらしく、用が済んで離れても蓋は開きっぱなしで、そこに遺骨を落としてしまう脚本にしてしまった。

自動的に開く蓋は自動的に閉まるのであ〜る。

画竜点睛を欠いてしまった。

「日本映画の国際化を進めた」

日本人監督が外人俳優を使い、外国語で映画を作るのは珍しい。中国やインドやヨーロッパでは珍しくないが国際化が遅れている。

もっと欲を言えば、日本人俳優が英語を使って映画を作って欲しい。俳優も国際化が遅れている。ハリウッドで活躍している中国人俳優は多いのに。

英語を使えば世界をマーケットに出来る。興行収入が増えるから、金のかかる映画でも作れる。リスクも増えるけど。

日本映画全部がそうなる必要はないが、少子高齢化で国内市場が縮小していく中で、打開の一つの道ではあろう。

「ばーちゃんの人物設定が不明」

ばーちゃんは要の役。ところが、その人物像が白紙のままだから、見る方はイメージがつかめない。

脚本を書く時は、登場人物の学歴、職歴、性格、友人、育った家族環境、経験など総てを具体的に設定して、そのイメージをもとにエピソードを作るのが基本。

これを人物設定というが、これが「ばーちゃん」に無いため、観客は「ばーちゃん」に感情移入出来ず、バラバラの家族を何故まとめられるのか不思議で説得力が無い。

「引きこもり役のモーリーが良い」

ピアノ・コンクールの場面は応援してしまう。感動的でさえある。社会に背を向けている弱者に対する監督の温かい目線を感じる。

レイのオタクぶりも今日的社会現象として面白いが、オタクは国際的に共通しているのだろうか、国によって違うような気もするが、3千ドルは単なる語呂合わせだろうか、高すぎる。

いずれにせよ、この異色兄弟がこの作品の見所。発想が良い。

「私はフェイクじゃない・・リサが叫ぶ」

なりすまし人間でないと言うが、はっきり言い切る人間は生きていけないのでは。少し浅いかも。

 

No.145

ワイルド・レンジ 2003/140分 米 dvd 西部劇 10.14

ケヴィン・コスナー 監督

ケヴィン・コスナー、ロバート・デュバル、アネット・ベニング

ケヴィン・コスナーが監督主演。

「ダンス・ウイズ・ウルブス」も秀作だったが、これまた痛快で温かく、ほろりとさせられる秀作。

この人は監督として一流だが、俳優としても駄作はない(駄作には出演しない)。ハリウッドの品位を守っている大した男である。

デュバルも「ブロークン・トレイル」で西部劇の第一人者であることを証明したが、本作の人物設定も似ており、監督は違うが何処か兄弟作品のような趣がする。

なんといっても30分の銃撃シーンが面白いし、無骨で結婚に不向きな男が愛に目覚めるラストもいい。

型どおりと言えばそうなのだが、カウボーイ像が一般市民に近いところが、ちょっとにくい。

楽しくて、上品な西部劇の秀作。お勧め。

 

No.144

トーク・トゥ・ハー(完全版) 2002/113分 dvd スペイン ラブ・ストーリー 10.06 

ペドロ・アルモドバル 監督

ハビエル・カマラ(ベニグノ)、ダリオ・グランディネッティー(マルコ)、レオノール・ワトリング(アリシア)

 「死ぬまでにしたい10のこと」、「トーク・アバウト・マイ・マザー」「望郷ボルベール」の俊英監督である。どれも面白い。

題材が心の奥底の暗い部分をえぐるようなもので、且つスペインの赤い血を感じさせる陰影の濃い映像にも拘らず、深刻めいたところや押し付けがましさが無く、むしろ淡々と冷静にカットを重ねていくので、軽妙でコミカルなタッチさえ感じる独特な作風を持っている監督である。

****

本作はアカデミー外国映画脚本賞を取った。

でも本当はこの賞はシェークスピアにあげるのが妥当ではないか。

ラストでは、アリシアは依然として意識が戻ってないとベニグモは思って同じ世界へ旅立つが、アリシアは意識を戻して普通の人になっていたから、ロミオとジュリエットの悲劇ラストに似ている。

ベニグモの死を知って、後追い自殺すれば、完全に同じだが、実情は知らされないから何気なく彼女の日常は続く男の純愛だけが語られる物語にしているところが違うが。

発想を借りているにしても、アリシアは完全な植物人間の設定、ベニグモは意識ある彼女のように「トーク・トゥー・ハー」(彼女に語りかける)毎日という人物設定が何とも斬新ではないか。

***

この完全版では無声映画が劇中劇として出てくるが、睡眠中の彼女の裸体を小人に変身させられた彼氏が這い回る場面がある。

乳房が彼にとって小山ほどあり、谷間に滑り落ちたり、下腹部の茂みが林のように遠くに見えたり、挙句の果てが股間の割れ目に裸体で入っていって死ぬ。こんな場面は女性は評価しないと思うが、男性には潜在的にこんな子宮回帰願望みたいな意識があるので、ここだけがモノクロ処理と言う事もあって、印象深い場面になっている。

無意識の女性(劇中劇では睡眠中の女性)の体の中に入って同一化するという感覚が、ベニグモが昏睡状態の続くアリシアを犯す複線として語られる、この回りくどい語り口が独特である。謂わば回り道を楽しむ作りなのだ。

***

このシナリオはベニグモとマルコという二人の男の、それぞれの恋愛を平行に走らせ、マルコの恋人である女闘牛士が怪我で病院に運び込まれる処から、一つの病院に二人の恋人が入院することで、合体する。

でも2本の恋愛の二兎を追い続けるわけには行かないので、闘牛士の方を殺す。そして、ベニグモとアリシアの恋愛一本に絞り、マルコが友としてアシストする形を取っている。

本筋はベニグモの無償の愛なのだから、マルコの恋愛は不要と言えば不要なのであるが、これをしつこく平等に描いている為、起承転結理論からすれば外れている。でも木に枝がつき葉が付いてはじめて木になるように、幹だけ描いても実態とは言えまい。

要するに、寄り道を楽しみ、無駄なカットも又、全体像には必要だということだ。

それにしても、本作はやや構成美という点では、多少問題ありの感は否めまい。

5年ぶりに見直すと、新しい発見があるし、完全版だと相当違う印象を受けた。

 

No.143

わが町 1956/98分 モノクロ dvd 車夫一代記 1004

川島 雄三 監督  織田 作之助 原作

辰巳柳太郎、南田洋子、三橋達也、大阪志郎、北林谷栄、殿山泰司、小沢昭一

監督と親交があった織田作之助原作。法善寺横町の正弁丹吾亭がワンカットあり「夫婦善哉」の同じ作者であることを匂わせている。

織田は大阪の下町情緒と離れがたい人で、本作も河童路地(がたろ路地)の貧乏長屋を舞台に、庶民の人情を細やかに、愛情をもって描ききっている。

***

明治の中ごろ、まだ米国の植民地だったフィリピンで日本がベンケット道路の建設を請け負った。これが未開の山間部だった為、数百人の死者をだす空前の難工事だったが、日本人の意地によって初めて完成した。

このときの現場監督が主人公のターヤン(辰巳柳太郎)である。彼は、この難工事を見事完成させたことが彼の人生の「金字塔」となり、この体験から生涯離れられず、帰国後もフィリピンに拘り続けた。

ターヤンは「無法松の一生」の人物設定が似ている。気が短く、おっちょこちょいで、超頑固、体を使い尽くすことが生きがいの人生。

フィリピンへのこだわりから、妻、娘夫婦を死なしてしまい、今又孫娘夫婦を巻き込もうとしている所で、こときれる。

明治から大戦後までの長い伝記ものである。

***

辰巳は撮影時51歳。フィリピンから帰ってきた時はややふけ過ぎの役だったが、老け役の後半に至っては はまり過ぎなほど見事。

更に、特筆すべきは殿山泰司。貧乏長屋の隣人で売れない落語家を演じているのだが、これが又すごい。

北林谷栄も光るが、殿山は辰巳を越えているかもしれない。

下町人情の機微だけでなく、落ちぶれてポン引きする風情など、演技とは思えない、そのまんまではないか。

****

川島の「洲崎エレジー 赤信号」も凄く好きだが、社会の底辺でうごめいている恵まれない人間に注がれる、低い目線からの哀感が本作にも溢れている。

凄い才能だと思う。若死にしたのが残念。

 

No.142

野のユリ 1963/94分 米 モノクロ dvd 宣教ドラマ 10.03

ラルフ・ネルソン 監督

シドニー・ポアティエ、リリア・スカラ、リサ・マン

ここで薀蓄:

(1) 黒人霊歌「エイメン」が繰り返し使われている。古代ユダヤ教では牧師が聖書を読んだ後、民が復唱する習慣があったのだそうだ。それが次第に省略されて「アーメン」(その通りだ)と言うようになり、それがキリスト教に受け継がれたとのことだ。

 

(2)野のユリとはマタイによる福音書6-28にでてくる言葉。その意味するところは同25〜30を読めば解るが、食べる事や着ることでくよくよ心配するな、野のユリを見よ畑を耕さず糸も紡がない、働かないのにそれでも枯れずに綺麗な花を咲かすではないか。万物は神が生かしてくれているのだから、それを信じさえすれば良い。心配するな。

 

***

この作品のテーマは何か。上記(2)どおりの意味だとしたら、アラバマの荒地で極貧の自給自足の生活を送っている東ドイツから逃れた修道女達が「野のユリ」なのだろう。

 

ところが他の章にイエスが語られた後、野のユリだって懸命に根を伸ばし水を吸って上に伸びるように働いているではないかと、質問する男が居て、それに対し「その通りだ、でもユリには虚飾や虚偽が無いところが人と違うところなのだよ」と応じているらしい(原文未確認)。

 

類推するに、人の行為は見返りを求めている薄汚い下心があるが、野のユリは人に見られるために咲いているのではない。誰に見られなくともただ綺麗に咲いている。と言う事になり、本作品のテーマが無報酬、無毀誉の行為となる。

 

そうなると、立派にチャペルを完成させ、明日はお披露目という晴れ舞台を前に、夜半そっと去って行った主人公の黒人バプティストが「野のユリ」になる。

 

どちらの事を指しているのか不明だが、このラスト・シーンが無ければ凡作になったろうがこれで一気に引き締まった。ラストが重要だという見本である。

 

****

アラバマは米国だがここの住民はメキシカンが多く、英語が通じない。ドイツ人達はこの黒人に英語を教えてもらっている。宣教師はアイルランド人。それぞれ意思の疎通は十分ではないが車のバンでの移動教会でなく、チャペルを持ちたいという希望が心を一つにして、奇跡を起す。

 

人種問題が深く意識された映画であり、ニグロ・スピリチュアルの「エイメン」がドイツ・カソリック修道女達をも巻き込んでいく様が意味深い。

 

本作でシドニー・ポアチエは黒人で初のアカデミー主演男優賞に輝いた。公民権運動の高まりを前に、黒人、黒人文化再評価に寄与した歴史的秀作であろう。

 

No.141

かあちゃん 2001/96分 dvd 文芸作品 10.02

市川 昆 監督   山本 周五郎 原作

岸 恵子、原田 龍三、うじき つよし、石倉 三郎

原作に勝ることは不可能だから期待はしない。

原作の新しい解釈とか、何か新鮮味を加味して初めて文芸作品を映画化する意味があろうというもの。

本作は落語ネタと周五郎をくっつけただけの、そのまんま周五郎だから原作を貶めたともいえる。

市川監督らしい映像美もイマイチだし、キャスティングが面白い他は見所に乏しい。経年劣化ではないか。

 

No.140

小さな村の小さなダンサー  2009/117分 オーストラリア 自伝 ル・シネマ上映中

ブルース・ベレスフォード 監督

ツァオ・チー(リー・ツンシン)、ブルース・グリーンウッド、アマンダ・シェル(エリザベス)

お涙頂戴を期待して観にいったが、テーマ違いでハズレ。

原作はリー・ツンシンの自伝、オーストラリアでベストセラーになった。

何故オーストラリアかというと、彼は中国から米国へ、そして現在はオーストラリアに住んでいるからである。

又、主役を演じたツァオ・チーはバーミンガム・ロイヤル・バレエのプリンシパル(最高位)だから、本物のバレエも堪能出来る。

****

リーは11歳で国のバレエ・ダンサー養成学校に強制的に連れて行かれ、特訓を受けた。

山東省の父、母は貧しく息子に会う事も出来なかった。親子ともどもの淋しい体験が全編の複線になっている。

さらに、中国訪問のヒューストン・バレエ団長に認められ、3年の期限付きで米国留学が許され、祖国からも離れることとなった。

****

この映画の本線は文化大革命と芸術の関係とか、共産党国家と自由国家間の移動制限、外国人との結婚、亡命、グリーンカード取得など、国際間に横たわる障害という大きなテーマで、題名から類推できない内容となっている。

貧しい農村の子供が世界的なダンサーになっていくとか、切り裂かれた親子関係はむしろ脇役で、国際間問題を解決していく敏腕弁護士とか、帰国を許されるよう努力した中国人関係者がヒーローとして描かれている。

中国は特殊な国家だからこんな事が物語りになるが、日本人や韓国人なら映画にならない平凡なストーリーである。そのような意味では中国の特殊性を述べた作品と言えるだろう。

エリザベスを演じたシェルが学芸会っぽくてそぐわないが、他役者はなかなか達者である。オーストラリアも役者揃いではないか。

 

No.139

ブロークン・トレイル 2006/184分 米 dvd 西部劇(TVドラマ) 09.30

ウオルター・ヒル 監督(「48時間」)

ロバート・デュバル(プリント)、トーマス・ヘイデンチャーチ(トム)、グレタ・スカッキ(ノラ・ジョーンズ)

西部劇にも新しい視点が求められる昨今である。

ネイティヴ擁護は最早常識となっている。悪役はもっぱら白人のならず者。

本作では中国人女性の人身売買業者、馬泥棒がそれぞれ悪役。

見事成敗するから型どおり。

では、どこが新しい視点かと言うと「カウボーイ」とはどんなものなのかを一歩掘り下げて見せている点だ。

「カウボーイ」は単なる職業ではない。移動しながら一生を送るので、人間が生きる上で起こりうる総ての問題を自分たちだけで解決していく、強い体力と精神力が求められる。

無い無い尽くしの中での炊事、洗濯、縫い物のノウハウは勿論、時には外科手術などの医療技術まで必要になる。

馬車の修理、大工、動物の解体、暴れ馬を飼いならす技術、天気予想能力・・・・。

さらに、絶えず牛泥棒、馬泥棒に狙われている。

追ってくる敵から逃れる為、敢えて馬車や家財道具一切を捨てて、急峻な山越えにチャレンジすることもある。

****

プリントは老いてはいるが、カウボーイとしてのすべての能力を備えている男。彼の精神を支えているのは多分、単純な正義感ではなく、人種を超えた人間愛に近いものではなかったか。

売り飛ばされる中国人女性や ならず者に追われている女性を決して見捨てない。西部では生きにくいだろうが、彼は死ぬまでカウボーイを続けた。

長旅で若い甥のトムに色々なことを教えて、人生を深くしていく二人の交流が温かく心にしみる。

ロバート・デュバルの物静かな演技と、大平原を失踪する裸馬の大群の流れの見事さと共に、心に残る珠玉のドラマであった。

 

No.138

白痴 1951/166分 dvd  文芸作品 0926

黒沢 明 監督   ドストエフスキー 原作

原 節子、森 雅之、三船 敏郎、久我 美子、志村 喬、東山 千栄子、千秋 実、左 ト全

昭和20年代、まだ焼け野原があちこちに残り、駅前が闇市や露天商に占拠されていた時代でも、映画館だけは早くも活況であった。

制作側も資材不足で大変だったろうが、この空前とも言えるブームを背景に、食うや食わずの世相とはかけ離れた水準の高い作品が次々生みだされた。

白痴は昭和26年の黒沢映画である。何と4時間半という長編だったらしいが、公開されたのは2時間半にカットされ筋が分りにくくなった為に、作品としての評価はイマイチだった。彼が尊敬して止まない作家だっただけに、畢生の力作ではあった。

* 舞台を冬の札幌に変えているが、雪景色がとても美しい。(原作はロシアの夏だから遺体が腐ることを心配するセリフが生きる)

* 赤間(ロゴージン)の室内には雪の塊がうず高く積もり、石炭ストーブの炎が風に飛ばされ宙を舞ったり、凝った室内装飾とあいまって不気味な空間作りにトコトン拘っている。

*原節子の演技に凄みがある。舞台演技でオーバーな目の使い方をしているが(映画はアップで撮影しているので、その必要性は低いのに)、本作の白眉である名場面だけに、全体の流れとして意味があると考えられる。

*主人公の亀田(レフ・ニコラーイェヴィッチ・ムイシキン公爵)を演じた森雅之が難しい役どころを極自然に演じ、純粋無垢な精神が際立って好感をよんでいる。

ーーー

「白痴」は四角関係の愛憎物語である。概略は以下のごとくである。

赤間は妙子(金持ちの妾ナスターシャ)を溺愛しているが、妙子は亀田を愛している。亀田は妙子に惹かれながらも綾子(アグラーヤ)も愛している。綾子は生まれも育ちも良いので、妙子は椿姫よろしく二人を結婚させようと身を引く。が、二人の対決によって綾子から彼を奪うはめに。結婚式の日、純粋な心の持ち主を破滅させる恐怖に襲われ、妙子は赤間のもとへ走る。

心ここに無い妙子を永遠に自分のものにするため、赤間は匕首で妙子を殺す。

赤間は白痴(亀田)の心の美しさに惹かれていたので、彼は殺せない。妙子を殺す事で、妙子は永遠に二人のものだと言って、寒い部屋で共に朝を待つ。

映画ではこの後、綾子の母達が見舞いに行き、あの人はやっぱりいい人だったなどと言って終わるから、結末が一部不明のまま。

原作は亀田は死体を見てから完全に気が狂ってしまい、スイスの精神病院に収監される。

赤間も2ヶ月ほど狂っていたが、その後正気を取り戻し、犯行の総てを自白する。15年のシベリヤ行きの刑。

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綾子が妙子に会いに行ったのは、もしかして亀田は妙子の方が好きではないかという恐怖心からだった。彼女の愛は嫉妬、自己愛。赤間の愛は奪う愛。これも自己愛だろう。亀田の心には自分は無い。与える愛だけだが、結果本人も含め誰も幸せにはなれない。愛って何だろう。

悲しすぎる結末である。

 

No.137

瞳の奥の秘密 2009/129分 スペイン、アルゼンチン クライム・ラブ・ストーリー  TOHOシネマズシャンテ 0923

 

ファン・ホセ・カンパネラ 監督

リカルド・ダリン(ベンハミン)、ソレダ・ビジャミル、パブロ・ラゴ

 

temo(恐怖)のスペルにaを挿入してteamo(愛)。

軍事政権下にあった1974年のアルゼンチンと2000年の時点の時間軸がことのほか意味深い作品。

音楽がピアノの強い低音のラルゴで重厚に導き、堅牢な石造りの裁判所の床に靴音が響く、堂々とした作風が出だしからただものではない雰囲気をかもし出す。また、サッカー競技場の撮影など臨場感に溢れ、静と動のコントラストも深い。

テンポ、スリル、演技、気品、エンディング、総て計算された映画でしか表現できない、恐ろしい出来栄えに驚愕。

皆さんに観てもらいたいので、現時点ではネタバレにつながる論評は避けたい。

今年度最高の作品として推薦する。

 

No.136

お引越し 1993/124分 dvd ホーム・コメディー 0922

 

相米 慎二 監督(1948〜2001セーラー服と機関銃)

中井 貴一、桜田 淳子、田畑 智子

 

映画は出だしが大切なのに、これはパッとしない。

いや、出だしだけでなく前半すべて退屈なので、途中で観るのをやめる人もいるかも知れない。

起承転結を無視し、日常がそうである様に、だらだらとカットを積み重ね、盛り上がりを作らないやり方。

でも後半、琵琶湖の水神祭りから、急に幻想的な表現になり、さすが相米作品と思わせる。

シリアスな別居夫婦物語がこの場面で、一編の詩のように見えて終わる。

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田畑智子は子役として、オーディションで選ばれた。17年後の今も活躍中の女優さんだが、この映画では素人とはとても思えない、素晴らしい演技を披露している。もしかして現在よりも上かもしれない。子役は大成しないとも言うが、不思議な現象だ。

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夫婦不和は子供には理解できない。

別居の事は学校でもいじめの対象、何とか仲直りさせようとするが、出来た溝は収まらないのも事実。

諦めを勉強するしかないのだろう。

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「おめでとうございます」漫才師のセリフが自虐的に、湖に響く。

親の勝手が子供に与える心の傷、又それを乗り越えていく成長。

人生って、その繰り返しなのだろう。

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p.s 一旦別居すると、相方の居ないストレスの無い生活を実感するので、再同居というのは難しい。我慢するか分れるかだろう。

 

No.135

情婦 1957/117分モノクロ  米 dvd 裁判ドラマ 0917

ビリー・ワイルダー 監督(アパートの鍵貸します)  アガサ・クリスティー 原作

タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ、チャールス・ロートン、エルザ・ランチェスター

原作、監督、俳優 などこれほど揃った作品も少い。それで面白いから文句のつけようが無い。

53年前の作品だが、なかなか越えられない山の一つだろう。

アメリカ映画だが、舞台はロンドンである。

まず、英国風のウイットが洒落ている。

病み上がりのC・ロートンに付き添う看護婦E・ランチェスターとの会話の妙(実生活では夫婦)。

魔法瓶に入れたチョコレート・ドリンクがブランデーである事を知っていたオチなど最高だし、階段にしつらえた昇降機を使った演出などけっさく。

犯罪映画だが、全体的に喜劇仕立てで気楽に楽しめ、それでハイセンスな愉しみに満たされるから素晴らしい。

その意味では、原作を越えた映画ではないか。

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クリスティーは読者を騙すことのみにご執心な作家だ。

過去何度も騙され続けたから、今回は用心して観た。

それでも、結審してしまうから、やっぱり正攻法だったのかと思った。

が、そこでどんでん返し。

又、半分騙された。

悔しい。

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法廷で被るカツラの頭頂部はひまわりのハナのようになっている。カメラが俯瞰目線なので、これまた滑稽。

コメディーだが格調高く楽しめる。ワイルダーは凄い

 

No.134

海は見ていた 2002/119分 dvd 時代劇 0914

熊井 啓 監督  黒沢 明 脚本  山本 周五郎 原作

清水 美沙(菊乃)、遠野 凪子(お新)、永瀬 正敏(良介)、吉岡 秀隆(房之助)、野川 由美子、石橋 蓮司、

奥田 瑛二

周五郎に同名の小説は無い。

「なんの花か薫る」「つゆのひぬま」という異なった短編を黒澤が脚本で1本にしたのだ。

どのように纏めたたかと言うと、お新は最初、身分違いの侍に恋をしたが、結局侍は格式ある家の娘と結婚することになり、裏切られた。

次に、お新は天涯孤独の貧しい男と出会ったが、この男の誠にうたれ共に暮らす約束をした。

要するに、お新を共通項として身分や金を超えた「男の誠」を比較して、ひとつのまとまった話にしている。

溝口の「雨月物語」も黒沢の「羅生門」もそうだが、こういった脚本の作り方は多い。

セリフは原作に忠実といっていいが、二人の男の解釈のニュアンスが原作とは少し違う気がする。

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黒沢は自分で脚本を書いて何故映画化しなかったかと言えば、この脚本の核心は「大洪水」なのだが、凝り性の黒沢が納得するだけの予算が捻出できなかったからだ。

彼の死後、遺志を継いで熊井が本作品を撮ったが、黒沢が予想したとおり「大洪水」の場面がプールに模型を浮かべたようにチャチな出来でハッキリ言えば見られたものではないものなってしまった。

戦前のアメリカ映画で「ハリケーン」という名画があるが、これもセットの中の洪水・嵐にも拘らず、膨大な予算を費やして、とてつもなく大きいプールを使ったのですばらしい写真になった。要するに、嵐や洪水と言うのは金をかけなければ撮れないものなのだ。

それにしても、2002年といえばCGもかなり使われていたと思うが、洪水のハリウッドなみの技術がわが国には無いということなのだろうか。

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私は昔から、江戸の大火とか大洪水とかにことのほか興味がある。

この夏にも、東陽町の波除神社を訪れて、往時を偲んだ。

時代小説にはよく登場するが、今と違い市中を焼き尽くす大火が2〜3年に一度あり、河川の氾濫は深川や千住界隈では日常茶飯事だった。

そこでは家財一切を失い、命さえも落とし、家族離散という悲劇が繰り返されていた。

この大きな災難が人の運命を変え、人生への諦観を生む。

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良助は菊乃の極悪ヒモ(奥田瑛二)を匕首で殺め,奉行所に自首しようとするが、菊乃があんなクズの為に人生を捨てるなと、押し止める。

町全体が水没して遺体も流され証拠もないので、お新と良介を再起させようと願ったからだ。

ボロ船には二人しか乗れない。菊乃は恵まれなかった若い二人の将来を夢見て、屋根に敢然と一人残る。大風は止み空には天の川が輝いている。

周五郎好きにはたまらない魂の昇華の場面で作品は終わる。

場末の岡場所にも、美しい人情があることを愛情をもって書いた原作者の力が、映画の評価を救ったといっていい作品。

 

 

No.133

アイ アム サム 2001/133分 米 dvd 親子愛情物語 0912

ジェシー・ネルソン 監督

ショーン・ペン、ミシェル・ファイファー、ダコタ・ファニング

父親は7歳児の知能しかない知的障害者だが6歳の娘との間柄はとてもうまく行っている。

お互いに、離れてはひと時も過ごせないほど、結びついている。

でも養育上問題だと、福祉局は強制的に子供を里子に出させるが・・・・・・。

・・・・

障害を持っていても、心は子供と同じピュアーなものに満たされている。

やりての女性弁護士も、面倒をみているつもりでも、逆に彼に癒され助けられている自分に気づく。

こんな人物を百面相役者ショーン・ペンが見事に演じている。ミッシェル・ファイファーもいいが、子供のダコタちゃんがかわいいし、又演技もうまい。

パジャマ姿で道路を横断して、父のアパートに夜侵入するところなど、愛くるしい限りではないか。

養育権を争う裁判映画で1979年の「クレイマー、クレイマー」のヴァリエーション版ともいえるが、里親との交流も温かく描かれ、これにも感動する。

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親子の愛情物語という使い古されたお涙ものだが、やっぱり普遍的な路線の良さは認めざるを得ない。

大事なことを教えてくれる。

たまにはこんな映画を観て涙を流すのもいい。

 

No.132

荷車の歌 1959/145分 dvd 主婦哀史 0909

山本 薩夫 監督

望月 優子、三国 連太郎、利根 はる恵、左 幸子、水戸 光子、西村 晃、奈良原 朋子、左 時枝

山本薩夫監督は大作・力作揃いだが、中でも私はこの作品をNo.1に推す。

今更50年以上前の名作を云々するのも、余り意味が無いと言うなかれ。作品の持つ今日的意味が年々高くなっている点に注目して欲しい。

この作品は明治中ごろから大正、昭和の農村の貧困を描き、太平洋戦争の終戦までの大河ドラマであるが、今日の若い女性がこの作品を見れば、女性の地位の劣悪な事が嘘のように、信じられないこと必定であろう。

夫婦での荷車引き稼業の過酷な労働の他に、姑の徹底した嫁いびり、妾を家で生活させる勝手な夫、赤子も女は余計物、口減らしに養女に出され、男の子は大事に育てられる。

このような男女差別の実態が次々と画面で紹介される。

戦後女性が解放されたが、中世から長く続いた女性哀史との余りにも大きい落差に胸が詰まる。

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この作品は荷車→荷馬車→トラックと輸送手段が変化するに従い、この家族の生活も激変してゆき、男の子供達は都会でサラリーマンに、女の子は生糸工場の女工さんにと、家族はバラバラになる。それでも、それを纏めているのがお母さんである。盆休みには孝行息子、娘がお土産を担いで帰ってくる。

手荒れ止めのクリームを夫に買ってもらったたら贅沢だと姑に怒鳴られ、夫と子供は米の握り飯で嫁は麦だけ、のような楽しみが皆無の日常でも忍耐を続けて、最後は子供たちの星になる。

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この作品が貴重だと思えるのは、荷車時代の村の生活様式や建物などの時代考証が貴重なことで、今では誰も記憶に無いので、映画でを作成出来ないからだ。確かにそれより先の例えば、平安時代の映画も作られるが、それは時代考証といっても想像が殆どで、架空の所作に過ぎない。

近い過去は想像という訳にはいかないので、かなり貴重な映像といっていい。

左幸子の幼少時を実妹の左時枝が演じているのも面白い(彼女は実生活でその後、夫の時枝との不倫発覚でアル中になった)。

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話は変わるが、自然主義文学の代表作に島崎藤村の「破戒」がある。

自然主義の特徴は 1.社会問題を含み  2.それによる人間の心の内面の追及  3.地方的、田園的な特色 ということを高校の教科書で学んだ記憶がある。

その意味では本作品は自然主義映画の特徴を有していると思われる。

結論や主張ははっきりしないが、リアリズムを基本に骨太の作品で印象が強く残る作品である。

薩夫の代表作とみるが。 

 

No.131

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 2002/141分 米 dvd 犯罪ドラマ 0908

スティーヴン・スピルバーグ 監督

レオナルド・デカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン

何と高校生が巨大詐欺で次々成功。FBIもパリ警察も手玉に取られる事件が実際にあった。

偽造小切手製造の天才。

この映画の原作者(F・W・アバグネイル)が犯人というから驚きである。

さらに驚いたのは、逮捕後の刑期20年の服役途中にFBIが彼を詐欺事件捜査アドバイザーとして雇い入れ、その能力を逆手にとったという話である。彼は大活躍し、TVにも出演した。偽造しにくい小切手も考案し、巨万の富も手にしたらしい。

この破天荒な処遇も、世間には偽造事件が山とあり、偽造技術の進歩で班人逮捕が容易でないという背景があるのだろうが。

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この映画には2本の人間関係が並列に述べられる。

一つは犯人とその父親(クリストファー・ウォーケン)の関係。父は事業に失敗し妻に逃げられる。バラバラになった家族の愛を取り戻し、失意の父を助ける為に詐欺を続けるが、父はそれを認めない。母は再婚し幸せに暮らすし、愛していた父は帰らぬ人になった。犯人に戻るべき場所は最早何処にも無い。

もう一つは犯人と刑事の関係である。二人とも孤独な境遇であったことが、どこか二人を結びつけた。刑事でありながら、犯人の人権を守り最後はFBIの職員として採用し、まともな人間に更生させた。

ハンラティー(トム・ハンクス)は有能な刑事ではない。何度も逃げられるが決して諦めない。その執念でついに天才を追い詰める。派手さは無いが堅実な刑事である。ヒーロー刑事でなく平凡な刑事であることがこの物語を真実っぽくしていると思う。

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評価について:本当のところは☆4.0だと思うが、前半がややテンポが遅く退屈な点を大きく減点した。後半はさすがスピルバーグで素晴らしいだけに、惜しい作品である。

題名の意味は「出来るものなら、捕まえてみろ」→「鬼さん こちら」。

 

 

No.130

シシリアン 仏 1969/124分 dvd クライム・サスペンス  0908

アンリ・ヴェルヌイユ 監督(地下室のメロディー)   エンリコ・モリコーネ 音楽   オーギュスト・ブルトン 原作

ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ

「抜群のハラハラどきどき」

映画監督というのは、何と冷徹無比なのだろう。

一発触発の危機を持続させ、見る方はもう心臓がパクパクする場面を、計算ずくで制作しているのだから、人が悪い。

ヒヤヒヤ感情や、ビクビク感情、イライラ感情を積み上げ積み上げ、観客がもう勘弁してくれと逃げ出したくなる処で転換をはかりクライマックスに向かう。

オルリー空港を離陸するまでの、目撃者、警察、犯人たちの息詰まる機転と行動が実に見事。

それに、オープニングの犯人移送車脱出計画もすごいが、ニューヨーク空港に待機している大勢の警察をあざ笑うように、建設中の高速道路に飛行機を着陸させるというアイデアに目を見張る。

観客はギャングの見方をするから、拍手喝采だ。

だが、犯罪者がその後のうのうと暮らす設定は社会通念上許されない。

だからと言って、リノ・ヴァンチュラ演じる鬼刑事に暴かれるのも、反官意識の庶民が許さない。

多分、仲間抗争で内部崩壊の線かなと予想したところで、そのとおりの収束。

だから、ラストがイマイチ意外性に欠ける難点はあるが、超一級のサスペンスであることに変わりない。

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脚本には本物のヤクザが参加したらしい。シシリアンの仲間内を守る血の結束なども本物っぽい。

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三大俳優が見ごたえある。

特にアラン・ドロンがにこりともせずクールな悪役を演じて存在感高い。

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これはフィルム・ノアールとして分類されるが、娯楽性の高いフィルムでもある。

40年以上も前の映画であるが、昨今の3D映画などよりよっぽど迫力ある。

 

 

No.129

セラフィーヌの庭 2008/126分 仏 伝記映画 岩波ホール上映中 100903

マルタン・ブロヴォスト 監督

ヨランド・モロー、ウルリッヒ・トゥクール

セラフィーヌ・ルイという女流画家の伝記映画である。

ルソーやピカソを発掘したドイツ人画商ウーデがフランスの片田舎サンリスに滞在中、彼女がそこの女中であった為偶然その才能と出合った。

余り有名ではないが、世田谷美術館が1枚所有しているらしいから、ある程度認められ存在ではあるのだろう。

画風はルソーと同じ「素朴派」。誰の指導を受ける事もなく、素人が己の感性だけを頼りに描いた絵。

映画で知る限り、花や木など自然の息吹を形にとらわれず、心の内面そのままを写し取ったような、独特な作品。

絵の勉強をしていないという事は、他人の絵を見ていないということで、その事は他人に影響されてないため、オリジナリティーと言う点では高いのだろうか。

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彼女が精神を病んでも、絵だけは懸命に描き続けた点は、ゴッホに似ている。

共に、実生活は得意ではなく、変人扱いされ、時には馬鹿にされ、全くの孤独の中にいても絵の才能だけは飛びぬけている。絵が凄いということは物を見て感じる能力とそれを伝える能力が多分優れているという事だろうから、能力が有限だとしたら他の能力が犠牲になるのだろうか。

二人とも精神病院で亡くなった。ゴッホは短命だったがセルフィーヌは74歳まで生きたそうだ。

映画の中で、彼女の作品を見たある人が葉陰に鳥や虫のざわめきを感じると言っている。彼女自身自分の絵が怖いといっている。

枯れ尾花を幽霊と勘違いするように、感性が豊かな人は一般人が見ることが出来ない霊的なものをその目で見ているのだろう。行き過ぎるとキチガイ扱いされかねないが、違う目を持っているのだ。

彼らが見た対象をキャンバスに描くと、当然写実ではないが、対象が持つ本質みたいなものがあぶり出されることがある。

少なくとも、精神病と芸術との全く無縁ではないような気がしてくる。

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貧困の中で死んだモリジアーニも映画化された。

彼は死後、世界的に認められた大作家になったので、こんな人が何故貧しかったのと、同情を誘い観客を泣かせる。

ところが、セルフィーヌの場合まだ知る人ぞ知る段階なので、いかに貧乏生活を描こうとも、それが涙を誘うまで行ってないと思う。

ホームレスが行き倒れても映画にならない構図に似ている。

だから、映画としてはもっと彼女の絵が素晴らしいということを訴える必要があったのかもしれない。

伝記映画だから、ドラマ仕立てにできなかったのかもしれないが、中途半端なアプローチは否めない。

(伝記かドラマかはっきりしない作品ではある)

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但し作品の格調はかなり高い。第一次大戦から世界大恐慌という歴史の激動期のエピソードを数々取り入れ、フランスの田園風景を美しく切り取ったカメラ、さらに特筆すべきは主演のヨランド・モローの凄まじい演技など、全体的に油絵風のこってりした作品に仕上がっている。

ウーデの同性愛を描きすぎの感はあったが、この画商の彼女への支援にも頭が下がった。

2008年の映画だが今年だったら、主演女優賞間違いないかも、彼女の演技を見るためだけでも劇場に行く価値はある作品。

 

No.128

醜聞スキャンダル 1950/104分 dvd 裁判映画 0825

黒沢 明 監督

三船 敏郎、山口 淑子、桂木 洋子、千石 規子、小沢 栄、志村 喬、北林 谷栄、左 ト全、殿山 泰司

1948年製作の「酔いどれ天使」によく似た(配役、セット、貧困)作風の映画。

撮影地も同じ「ドブ池周りの貧民街」を使っている。

志村は「酔いどれ」では貧しいが意志が強い赤ひげを演じたが、本作では悪の誘惑に簡単に乗ってしまう意志薄弱な弁護士を演じて、対照的。

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チャップリン映画もそうだが、テーマが単純明快で分り易く、ホロリとさせる作品群だ。

大衆演劇例えば、旅回り一座の演じる各種涙物語もホロリとはするが、どこか安っぽく作り物の匂いが取れない。

ところが、チャップリンや黒沢の「酔いどれ天使」「醜聞」などは、ヒューマニズムとか人間の良心を信じると言う意味では同じなのだが、見るものの心に深く食い込んでくる。

違いは色々挙げられるが、一つは貧困とか貧民とかを描く上で冷徹したリアリズムが根底にあるか否かではなかろうか。

結果、為政者批判、富裕層批判、拝金主義批判 などなどが内包された一種の抵抗映画の匂いがしている。

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本作品はマスコミの捏造記事に対する法廷闘争を縦軸に、悪魔に心を売った弁護士が人間の良心を取り戻す過程を、愛情深い表現で描いている。愛情とは、人が過ちを犯すのは意志が弱い為で、誰しも心の奥底には良心があるのだと言う性善説にたち、弁護士(志村喬)を庇っているからである。

私がこの何気ない作品で好きなのは、安キャバレーで飲んだくれる志村喬と左ト全のだらしない庶民の哀感溢れる演技である。ここで歌われる「蛍の光」が胸につまった。

当時の庶民の生活は地獄だった。来年こそ、いい年が来ますように、つらかった年よ「さようなら」。

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昭和25年の映画である。敗戦後5年しか経ってないのに、年の瀬の街はクリスマス一色である。戦時中は英語も禁止されていたのに、日本と言う国のご都合主義、変わり身の速さに驚かされる。

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三船がオートバイに乗っている。当時はハイカラだったのだろう。職業も洋画家。山口淑子はクラシック歌手。三船がオルガンを弾き、淑子がクリスマス・イブに「きよしこの夜」を歌う。

西洋文化への憧れというか、ペダンティックな黒沢の一面も垣間見ることが出来た。

 

No.127

軽蔑 1963/102分 dvd 仏、伊、米 ラブ・ストーリー 0824

ジャン・リュック・ゴダール 監督    音楽 ジョルジュ・ドリュー

ミッシェル・ピッコリ(ポール)、ブリジット・バルドー(カミュー)、ジャック・パランス(プロコシュ)

「映画は人間の欲望を可視化する」で本作は始まる。

意味が良く分らないが、欲望は心の中にあるもので見えないが、映画なら具体的な形に出来るという、言語的類推は出来る。

では、本作がみせた欲望の形はどれを指すのだろう。

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「愛は不毛である」そのとおりだと思う。急に惹かれあい愛し合うが、徐々に又は急に、醒めてしまい、日常や生活が取って代わる。

「愛」は覚せい剤のように人を酔わせるが「永遠ではない」。 深酒の後の酔い覚めほど気分が悪いものは無いのも真理である。

愛が危うい段階に進むと、女は愛を信じている自分を正当化したい「欲望」(多分無意識で)の発露として,男を非難をし、愛を危うくした責任はすべて男だけにあると、一種の責任転嫁をするようになる。

そして、責めても事態がますます悪化することを知る段階で、自分の気持ちを楽にするために「愛する価値の無い男だ」と思うようにする。

これが「軽蔑」ではないだろうか。

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確かに、男の愛は時に一時的で、次の花の蜜を求めがちの一面はある。

女の愛は千差万別だが男に「変わらぬ愛」を求めることに変りが無いだろう。自己愛が強いのかも知れない。

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カミュはポールが自分を送ってくれず、プロコシュに何度も送らせることが、浮気をけしかけていると思ったのか、ポールは仕事とか男の沽券の方が大事でカミュは2番目だと思ったか、理由は決して言わないがポールを「軽蔑」するようになる。

この段階になると、すべての些細なことが「軽蔑」の引き金になる。

溝が深まる二人。

この関係は、ジャンがアンナ・カリーナとの愛で悩んでいたことの写しだと言われている。

よりを取り戻そうとするポールと去ろうとするカミュのボタンの掛け違いが悲しい。

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ゴダールのタッチはトリフォーと違い、カサカサに乾いている。

このカサカサ感が「愛の不毛」に欠かせない表現なのだが、彼自身は「愛の水に浸りたい」と心底思っていたのではなかろうか。

丁度灼熱の砂漠で蜃気楼として湖が現れるように、求めても得られない「愛」の悲しい運命を知ってしまった人間の悲しみを感じる。

***

語られることの重さと裏腹に、明るい夏のイタリヤの風物、カプリの海の青さ、入り江の美しさ、崖上に建つ白い別荘のたたずまい、ブルーorレッドの室内装飾の使い分け、バルドーの裸体、どれもカラリとした詩のような映像にうなされる。

生きるが上の悩み、でも生の隣には死が普通にあるのも現実。

赤いスポーツカーがトレーラー・タンクカーの継ぎ目に突っ込むラストもユニーク。音楽もいい。

映画論が色々登場するが、省略しよう。

 

No.126

キャタピラー 2010/84分 戦争映画 ヒューマントラスト有楽町上映中 0823

若松 孝二 監督

寺島 しのぶ、大西 信満

 

反戦映画なのか、夫婦映画なのか、エロス映画なのか分らないという声がある。

でも私は印象が強く、忘れられない作品と言う意味で評価する。

<反戦について>

戦争の惨たらしさを描いた作品は数多ある。描き方は色々あるが。

 

戦争はいやだと皆思っているが、現実に戦争は起こり、今も尚世界で絶えたことが無い。

 

だから、本当に私が知りたいのは戦争の原因である。

 

これを描いた作品は残念ながら殆ど無い。

 

 

先の大戦は日清、日露に端を発する帝国主義間の利害衝突だろうが、武力行使だけでなく、平和譲歩の道もあったはず。

 

個人レベルでも、喧嘩は先に手を出されると、悔しくて前後の見境なく、仕返しする。

 

 

日本は満蒙での権益を護る為、関東軍を駐留させ、権益外のに南にまで侵攻して(先に手を出した)、中国軍と全面戦争となった。

 

中国を連合国が支持したため、太平洋戦争という悲劇にまで至った。

 

 

***

では大陸南部進攻は誰が起案したのだろう。軍部の暴走と言う事になっているが、最初はある個人が考え、根回しし、会議で決定したと思われる。

 

この最初の人物は、あるいは結構いい加減な軽い発想だったのかもしれない。例えば、軍需産業から袖の下をつかまされたとか、軍部内で功名心で出世のために、勇ましい行動をとったとか、夫婦仲が悪く喧嘩したい個人的気分だとか、要するに発端は意外とくだらないことだったのではないか、ということをこの映画は私に連想させた。

 

そうでなければ、勝ち目の無い戦争に突き進む訳が無い。冷静に国力を判断すれば、いくら勇ましい軍部と言えども、連合国と戦争はしないだろう。

 

発端はくだらなくても、火がついたら突き進むしかない。その結果3百万人以上の犠牲を出す。

 

***

手足が無く、顔も半分焼け爛れて帰国してきた夫は「軍神」として村人の尊敬を集める。

 

でも真相は違う、夫は燃え盛る民家の中で、中国女性を強姦して殺していた最中に火傷して、傷痍軍人になったのだ。

 

枕元には、天皇陛下の写真、勲章、英雄とたたえる新聞が飾られているが、彼のしたことは全く関係の無い「強姦」である。

 

戦争は美名に飾られ易い。

 

でも実態はそれと無縁な、個人的な欲望だったりする。

 

***

戦争をこのように斜めから見ていくと、「エゴ」の発露が戦争ではないかと気づかされる。

 

そうようなエゴ目線で、本作品の反戦思想を統一すれば、極めて面白かったのだが、戦争の惨さをただフィルムで流して東京大空襲や原爆投下で死屍累々のさまを描いている。

 

原爆は米国の核実験という「エゴ」だったと思うがそんなアプローチは無く、従来どおりの「戦争の惨たらしさ」の表現をとったことは、着眼点は良かっただけに惜しい。

 

 

 

「夫婦について」

夫は口が利けない。手が無いから書けない。コミュニケーションが取れない。歩けないから手伝いも出来ない。

 

食べて、排泄して、セックスだけ求める。それだけ。 動物、肉の塊に過ぎない。

 

介護疲れに不満と焦燥の毎日。

 

では妻が夫に求めているのは何なのだろう。

 

これを掘り下げて、夫婦のあり方たとえば「思いやりや尊敬、感謝」なのか、いや別々の生きる目的を持てばよいとか、方向性を示すべきだろう

 

それが無いため、妻が卵を顔に投げつける、心のつらさがイマイチ迫って来ない。

 

彼女はなにをしたいのだろう。戦争が終わった。夫も死んだ。そこで彼女を待っているものは何なのだろう。

 

 

「エロスについて」

イデオロギーとエロスが監督のテーマらしいが、セックス・シーンが妙になまめかしく、何度も登場して執拗。

 

夫婦のセックスというのはこんなものなのか。手足がなく、口も利けない、コミニュケーションゼロの状態のセックス。

 

グロテスクな交尾。

 

獣姦のようである。

 

そこまで貶めることもあるまいと思う。

 

 

産まずめと言って出征前は妻をよく殴っていたいたらしい。時代的背景もあるかもしれないが、帰還した今となってはセックスを拒否出来る状況なのに、今晩もモンペを脱ぐ。

 

何か私には理解できない状況だった。

 

 

「寺島しのぶ」

 

彼女の一人芝居的作品。

 

38才。

 

スッポンポンの体当たり演技。

 

ベルリン映画祭 主演女優賞。

 

国辱的な匂いもするが本作が、代表作になるだろう。すばらしい。(鍬を持つ手つきが怪しいが)

 

 

 

No.125

不毛地帯 1976/181分 dvd 社会派ドラマ 0822

山本 薩夫 監督  山崎 豊子 原作

仲代 達矢、丹波 哲郎、山形 勳、神山 繁、田宮 二郎、大滝 秀治、小沢 栄太郎、八千草 薫

インターミッションが入って3時間に及ぶ大作。

山本薩夫、前年に続く摘発超大作ドラマ。

こちらは、長さを全く感じさせず一気に見られる。面白さと言う点にかけては邦画中屈指だと思う。

陸士、陸大の首席で大本営作戦参謀だった瀬島隆三の伊藤忠時代の二次防戦闘機受注合戦がテーマ。

関東軍、シベリヤ抑留、米国ロケ、F104のテスト・フライト、防衛庁を仕切る旧自治省ワンマン官僚、政財界の癒着構造、友情と別れ等、多くのエピソードが熱く語られるが、本作もまた正義漢がことごとく葬られ、悪人天国日本が堂々と描かれて終わる。

出演者も熱演だが、私は小沢栄太郎を登場俳優のピカ一に推す。

国政を動かす、大会社を動かす、そんな人物は二重人格を演出できる人物だろう。都合の悪い人物をこっそり抹殺しても、一派や遺族にある程度の手当てをして、あたかも味方を失ったような体裁をプログラムできる男。建前だけを演出し、本音を絶対表に出さない人物。虚構に生きれる男。小沢はもともと悪役専門だが、この知的悪役を完璧に演じた。

瀬島を仲代が演じることは多少違和感があるが(黒幕男のイメージが仲代に無いと思うが)、財界進出の駆け出し時代の作品なのでまあ、許されるだろう。

今日、防衛庁は省に格上げされ市民権を得つつあるが、シビリアン・コントロールを失うと戦前の弐の前になる。その核たる国会議員が金をキック・バックさせる事にのみご執心で、国防意識など頭に無いとすれば、制服組から馬鹿にされいつか又取り返しの付かないことになるだろう。

防衛畑の代議士にもっと頑張ってもらいたい。

34年前の作品だが、政財界の癒着、政治家の腐敗など何も変わっていないような気がする。その意味で必見の映画である。

 

No.124

金環蝕 1975/155分dvd 社会派ドラマ 0821

山本 薩夫 監督  石川 達三 原作

仲代 達矢、三国 連太郎、宇野 重吉、高橋 悦史、山本 学、神山 繁、京 マチ子、中村 玉緒

やたら長く感じたのは、テンポに問題あるのか、或いは作品とは関係なく私が昔読んだ原作が面白すぎた為かもしれない。

それにしても、物凄いキャスティングである。上には書かなかったが端役に至るまで一流揃いではないか。

最高に凄いのは宇野重吉。金を使い巧みに情報を集め、政治家や官僚の恥部を握ってゆする、汚い男を本当に汚らしく演じている。これまで宇野重吉は汚れ役は出来ないと思っていたが、とんでもない不明の至りである。折れた出っ歯をだしてにやっと笑うところなんかリアルを超えて気味悪い。

相対するのが仲代達矢。冷徹な策士政治家としてこれも凄い迫力十分の演技。しかし、宇野の方が勝っているのは年嵩のせいで仕方ない。

三国連太郎は想像される演技の範囲で、特に際立っては無いように見える程、それほど二人が光っているのだろう。

****

公共投資を水増し受注させて、政治献金でバックさせる単純な方式が世間に広く知れ渡った今日、題材としては目新しくないのが退屈な今日的意味なのかもしれない。

政治の裏には金が動く、国家予算が今年90兆を超える規模だから、受注の裏には尚、金が動いているのだろう。「金環蝕」現代版を作ってもらいたいものだ。

又、献金だけではなく、天下りや各種法人など税金を吸い取って生きているヒル族が、官、民 共に増殖している。

挙句の果てが、1000兆になんなんとする借金。

末期がんに治療法は無いのかも知れない。

国民はもっと、もっと、監視すべきだった、いやすべきだ。

 

No.123

ターナー&フーチ/すてきな相棒  1988/99分 dvd 米 クライム・コメディー 0819

ロジャー・スポティスウッド 監督

トム・ハンクス、メア・ウイニンガム、クレイグ・T・ネルソン

名画「ハリーとトント」と同じ犬を相棒とした作品。

若いハンクスが見られ、又とないブス犬も見所。

サスペンス仕立ての喜劇だが、潔癖症のターナーと不潔乱暴者の巨犬フーチの対決にもヒヤヒヤされられ、面白い。

俳優も大変だ。犬が苦手な人はこんな映画に出れない。人間より大きな顔に大量のよだれをたらしながら喉首に噛み付かれているターナーを演じるなんて考えられない。

最初はウマの合わない二人?だが、次第に理解し合うようになり犯罪捜査に大活躍するフーチ。

だが楽しい日々も長くは続かなかった・・・・・。

***

ハンクスは2年連続のオスカーに輝いた名優だが、出発はTVのバライエティらしい。そのせいか喜劇が自然に身についている感じで、本作品などは余裕綽々でなかなかの当たり役ではなかろうか。

 

No.122

アース 2007/96分 dvd 独・英 ネイチャー・ドキュメント 0818

「ディープ・ブルー」と同じスタッフによる脅威の撮影。

但し、同じような映像がTVなど多数公開されているので、今更DVDで見ても感激しない。ドキュメンタリー映画の宿命だろうが。

 

No.121

狼は天使の匂い 1972/128分 dvd 仏 フィルム・ノアール 0815

ルネ・クレマン 監督 フランシス・レイ音楽

ロバート・ライアン、ジャン=ルイ・トランティニアン、レア・マッセリ

私は☆4.5をつけたが、多くの人は満点に近い評価をしているレベルの高い作品である。

まず脚本に無駄が無い、何気ないシーンが後半にすべて生きてくる緻密な筋立てである。

音楽でいえばソナタ形式。

提示部、展開部、再提示部。

いや、そのような構成美だけでない、エスプリというか画面展開にハット驚かされるシーンがいくつかある。

例えば、冒頭に傷付いた主人公が殺意を持ったロマの一団に追われて逃げ回るシーンがふっと消えて、女性だけのマーチング・バンドの路上行進が突如明るく軽快にアップされて、行進曲に合わせてオープニング・クレジットが始まるとか、ペッパーが初めて登場するシーンでは人物登場の前にドスンと狩猟の獲物である鴨がテーブルに投げ出され度肝を抜かされた後女性のペッパーの顔をアップで写すとか、洒落た展開が多く登場する。

****

敢えて難を言えば、本作品のクライマックスであるラスト・シーンが「カサブランカ」「ボニー&クライド」に似ているというだ。

ロバート・ライアンはこれが遺作となった。なんとなく精気が無いのが男の友情物語として、未完成度を残したと言う事だろうか。

子供がキーワードなのも深い。

 

No.120

雨の訪問者 1970/120分 dvd 仏 クライム・サスペンス 0803

ルネ・クレマン 監督

チャールス・ブロンソン、マルレーヌ・ジョベール、ジル・アイアランド

クレマンは娯楽映画を作っても、一味違う。

エピソードには遠因があり、行為と人物に厚みが加わっているのはさすが。

単純明快にすいすい進む普通の娯楽映画と一線を画す。

地中海ブルーと死体。10年前の「太陽がいっぱい」と少し似ているが、本作は娯楽路線で内容的に違う。

主役が善人なのか悪人なのか途中までわからない仕組みになっている。ヒロインの行動も理解できない点があり、結末を予想しずらいまま、ぐんぐん引っ張っていく。

ブロンソンはアウト・ローのイメージが強いので、部屋に米軍の軍服が下がっていることが、如何にも荒唐無稽にみえるのがこの映画の欠点と言えば言えるだろう。

B級映画の上位。

 

No.119

必死剣鳥刺し 2010/114分  時代劇 0730 T・ジョイ大泉他全国公開中

平山 秀幸 監督  藤沢 周平 原作

豊川 悦二(三左エ門)、池脇 千鶴(里尾)、吉川 晃司、戸田 菜穂  関 めぐみ(連子)、岸部 一徳、小日向 文世、村上 淳(右京太夫)

原作は雑誌に連載された「隠し剣シリーズ」17話(文庫本では隠し剣孤影抄、隠し剣秋風抄の2冊)。映画は鬼の剣に次ぐ2作目である。

原作は名作と呼ばれているらしいが未読で何とも言えないが、本作の脚本を見る限り、三左ェ門が単に犬死する話でフラストレーションが溜まる。海坂藩を護る為のひたすらな自己犠牲が実を結んでこそ、武士の死が浮かばれようと言うもの。                              さらに言えば、愛妾を殺めた男を自分の警護頭に登用するのが家老の入れ知恵だとしても、余りにもありえない話でしらけてしまう。

 傾城の美女を三左ェ門が成敗したが、もともと無能な藩主だった為、藩の惨状は改善されなかった。まずこの事が無駄な自己犠牲。

極刑を免れ、蟄居が明け、殿の身を護る重責を与えられたことが、実は改革派の別家を斬る家老の策略だと知りつつも任務を果たした後に、己にまで刃を向け罪を被らせようとした家老への怨念を晴らす為、「鳥刺し」を使う。

要するに、個人的怨念を晴らす為の剣で、藩を護るという武士の面目の為でない。家老が死んでも無能藩士がいる限り、藩は変わりえないのだから三左ェ門の死は、これまた無駄な自己犠牲というものであろう。

同じ藤沢周平原作の映画「武士の一分」も寝取られ男の仕返しに過ぎないのに、「武士」としての行為としている。

公的な武士のあり方とは「藩」のために命や面目さえも投げ出す事であろう。本作も次元が低い、疑問を感じる。

***

別家の吉川晃司、右京太夫の村上淳、連子の関めぐみ かなり魅せる。

豊悦も良いが、池脇はもう少ししっとり感が欲しかったか。

***

雁が渡る庄内平野の空、古障子紙の風情などカメラはなかなか凝っている。

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でも総じていえば残る感動が少ないかな。

 

No.118

グローリー 1989/122分 米 dvd 戦争ドラマ  0718

エドワード・ズウイック 監督

マシュー・ブロデリック、デンセル・ワシントン、モーガン・フリーマン、ケイリー・エルウィズ、ジミー・ケネディー

アンデレ・バウアー、

R・G・ショーというボストンの富豪の息子が南北戦争に従軍した時の実話(ハーバードに手紙が多数残っている)。

これが映画になるのは、彼は奴隷制反対論者で、北軍の中に逃亡奴隷だけの部隊を初めてつくり、黒人もその尊厳に応え見事な戦いをしたという美談がある為である。これが先例となりその後黒人の義勇兵が何十万にも集まり、勝利に貢献した。

北軍も当初は黒人など戦いは出来ないと蔑視し、下働きだけで軍服や靴も支給しなかった時代に、白人でありながら平等を唱え戦い、共に散っていった人たちもいたことが新鮮である。

戦闘シーンや野営シーンが多く、エキストラ多数で製作費用もかかっているが、名優揃い(ワシントンは本作でアカデミー助演男優賞を獲得)で内容的にも優れた出来上がりと思う。

難を言えばブロデリックが指揮官にしては自信無さげな表情で違和感を感じたが、どうだろうか。

****

脚本としては「正義が勝つ」みたいな単純な話は結構難しい。

ラストで全滅に近い敗北で登場人物が次々死ぬことで締まってくるが、ややもするとヒューマニズムが仇となって気恥ずかしい展開になり勝ちなのだ。それと分っていても、人間の尊厳を守る事の崇高さに涙必至なのが又良いのだが。

 

No.117

セルピコ 1973/130分 米 dvd 刑事物語 0716

シドニー・ルメット 監督

アル・パチーノ、ジョン・ランドルフ、ジャック・キーホー

名作「12人の怒れる男」の監督である。「評決」「狼たちの午後」も一級品。

80年以降の娯楽作品は評判が悪いが、この人の正義感に共感をおぼえ、私が好きな監督の一人である。

作品としての評価を離れ、この作品で驚かされるのは米国警察の腐敗振りである。

腐敗を描いた映画は掃いて捨てるほどあるが、これほどリアルなのも無かろう。

実話の映画化である。

***

警官が闇賭博を摘発し逮捕の代わりに上納させる。

街のパトロールが集金業務になっている。

別の署では、麻薬取締りがそれに使われている。

集金金額が半端でない10万ドル。摘発ごとに膨大な金が警察に入る。

犯罪が野放しで警察が得をする。

治安が悪くなり、一般民衆が困るだけ。

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署全体がやっており逆らえない。上層部もスキャンダルが漏れるのを恐れ、黙認。

セルピコ(パチーノ)刑事が孤軍奮闘、仲間からの報復を省みず裁判で証言。

案の定、銃で重症を追う。後遺症で退職、スイスで暮らしているらしい。

****

NYでの話だが全米がそうだったらしい。たかだか40年前に。

現在は本当に無くなったのだろうか。

麻薬がはびこる背景に警察が関与していないのだろうか。

賄賂をとる警察、アンタッチャブルは禁酒法時代だけ活躍して、又賄賂が復活していたという話だろう。

***

日本の警察も質が落ちたといわれているが、これに比べるとかなりまとも。

米国社会を過大評価してはいけない。警察を信用できないで、まともな市民生活が出来るのだろうか。

米国で暮らすには自衛手段として銃でも必要かも。

恐ろしい国である。

 

No.116

ロビンとマリアン 1976/107分 英 dvd 英雄譚 0713

リチャード・レスター 監督

ショーン・コネリー、オードリー・ヘップバーン、リチャード・ハリス

ロビン・フッドと言うのは中世イングランドの伝説上の義賊。

架空だが人気者で度々映画化もされている。

それぞれ新鮮味を加えなければ意味を持たないので、本作は老後のロビンとマリアン姫を題材にした。

ショーン・コネリーとヘップバーン、大御所が老け役を演じているのがミソ。

彼女は1929年生まれだからこの時に47歳。まだ皺も目立たずその後の老け役作品とは一線を画すと思う。

獅子王リチャードが出てくるから、12世紀末の設定。ノッティンガムはまだ小村でそこの悪代官を成敗するが、自身も致命傷を受けマリアンに心中を謀られ死ぬ。

自慢の弓が病床から窓を通して天空に放たれ落ちたところに二人の墓をと遺言して死ぬ。このラストもいい。

イングランドは産業革命以後、丘陵地の木が殆ど切り倒され羊の牧場に変わってしまったが、中世は多分深い森があちこちにあり、森に対する恐れがシャーウッドの森伝説を生んだ背景にあるのではないか。

失われた森を取り戻し、ロビンフッドに生き返ってもらいたいものだ。

 

No.115

野性の証明 1978/143分 dvd サスペンス・ドラマ 0708

佐藤 純弥 監督   高田 宏治 脚本  森村 誠一 原作

高倉 健、薬師丸 ひろ子、中野 良子、夏八木 勳、三国 連太郎、舘 ひろし、田村 高広、ハナ 肇、松方 弘樹  丹波 哲郎、原田 大三郎、梅宮 辰夫

「野生」ではなく「野性」である。

「人間の証明」と共に原作は大ベストセラーであった。自衛隊の中にある秘密特殊部隊と村民皆殺し事件、地域を支配する黒幕の悪行など興味をそそるエピソードが次々と展開して、厭きない仕組みになっている。

でも5戸13人いる部落で12人が惨殺される犯人はウイルスに脳を犯された男で黒幕とは何の関係も無いので、付け足に過ぎないのだが映画の作品としてはそれが大半を占めており、如何なものかと思われる。

特殊部隊員が13歳の娘が殺されそうになったところを守ろうとして、殺人犯を殺害しても自衛隊本部はそれをひた隠すことは無いと思う。

演習の途中、道に迷った隊員が偶然殺人現場に居合わせて娘を助けたと言えば、特殊部隊の存在を世間に知らしめる事にはならないからだ。

頭がよく、正義感に溢れている健さんが事件後、犯人と疑われるような逃亡はしないはず。警察に通報して事情を説明すれば明白ではないだろうか。

この不自然さをそのままにして、ランボーみたいに正規軍とヘリコプターや戦車と戦わせ、最後は自爆して終わりでは脚本が杜撰と言わざるを得なかろう。

脚本はさておき、本作は@ 薬師丸 ひろ子(当時13歳)の個性とかわいさ A 高倉 健 のカッコ良さ B 豪華配役 C 自衛隊の本物演習などの魅力を擁しているので一応は楽しめるが。

又、冒頭の出血場面や飢餓場面など作りが安っぽく、趣味悪く見えるのは時代のせいだけだろうか。

 

No.114

ザ・ロード 2009/112分 米 終末期ドラマ TOHOシネマズシャンテ上映中 0705

ジョン・ヒルコート 監督(ノーカントリー脚本)

ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュバル、シャーリーズ・セロン、ガイ・ピアーズ

キリスト教圏ではよく世界終末を題材にした映画が作られる。

「猿の惑星」「ウオーリー」はじめ核戦争後の噺が多いが、本作はどうも核による終末ではないようだ(説明が無い)。

アメリカ大陸を天変地異が襲い、植物や生物がすべて死滅、わずかな人類が残っているが食料が無く次々と死んでいく。

武器を手にした集団は「人狩り」で生きている。

人間ほど危険な動物は居ないというが、こんな危険いっぱいの中を父親と息子は、希望があると信じている「南」へ旅を続ける。

****

ホラー映画的であるが並でない怖さだ。人間を襲うのが怪物ではなく人間で、しかも食用だというのが最高に怖い。

数々の危機を乗り越えて進むのはよくあるケースだが、この作品が非凡でないのは父が息子に決して諦めないという不屈の精神を身を持って教育し、息子は最愛の父の死を乗り越えて尚前に進でいくという、「命の火」のバトンタッチが壮大に描かれている事がであろう。

人を食べる人は悪、食べない人は善。この親子は善の未来を信じて、希望の地を信じて戦い続ける。

あらゆる場所が荒廃し、廃墟である。緑が無く、裸木が燃え盛る。青空が無く、雨と落雷の連続。こんな世界終末風景がモノトーンに近い映像で繰り返される。少しはCG処理もあったろうが、よくもまあこんな場所を探したものだ。

****

人は自分だけでは生きれない、善である仲間を見つけ共に進めとの父の遺言通り、少年は善の家族に救われる。

過去の歴史を見ても人間はおかれた状況次第で鬼にも蛇にもなった。でもならなかった人間もいたことが人間の救いなのだ。

その火を消さずに次世代に伝える役割を親が果たさなければいけない。

その意味ではこの作品は多くの教訓を含んでいる。飽食の時代に飢餓とはどんなものかという事も含め。

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モーテンセンが鬼気迫る演技をみせ、少年も凄い。

人類は生き残ったのだろうか。結末は描かれない。

よくよく考えると、この様な恐ろしい終末は決して想像だけの世界でなく、核戦争の可能性に晒されている人類にとって半ば現実でもあるのだ。

福祉だ貧困だ等と目の前の問題にばかり気をとられるのではなく、核全廃こそ喫緊の課題である事を再認識すべきだろう。

 

No.113

悲しみは空の彼方に 1959/124分 米 dvd ラブ&人種差別ストーリー 0704

ダグラス・サーク 監督

ラナ・ターナー(母)、サンドラ・ディー(娘)、ファニア・ムーア(黒人お手伝い)、スーザン・コーナー(その娘)         ジョン・ギャヴィン(母の恋人)、マヘリア・ジャクソン(ゴスペル歌手)

近年ニコール・キッドマンの「白いカラス」でも取り上げた「黒人から白人が生まれる」物語である。

この人種差別問題だけでなく、舞台俳優である母親のシンデレラ・ストーリーと恋愛、両母親の娘への愛など、多くのエピソードが次々と語られている大作である。

出自を隠して白人社会に生きようとした娘がその自己欺瞞に目覚める時、母は既に空の彼方だった。

教会でマヘリア・ジャクソンがゴスペルを熱唱し、走り去ろうとする霊柩車に取りすがる娘の涙に誰しも、胸を締め付けられる秀逸なラストであった。

ラナ・ターナーは代表作の「郵便配達夫は2度ベルを鳴らす」 でグラマラスな体を披露しているが、本作はスリムで演技もなかなか良い。

不幸な育ちで、スキャンダラスな人生を送った特異な女性だが、これだけの美人はそういない。

彼女が目立つけれど、ゴールデングローブで助演女優賞を得たのはスーザン・コーナーの方だったのは皮肉である。

観て絶対後悔しない作品のひとつ。

 

No.112

ドリームガールズ 2006/130分 米 ミュ−ジカル 0703

 

ビル・コンドン 監督(「シカゴ」脚本) ヘンリー・クリューガー 音楽

ジェーミー・フォックス、エディー・マーフィー、ビヨンセ・ノウルズ、ジェニファー・ハドソン    ダニー・グローヴァー

大ヒットしたブロードウエイ・ミュージカルの映画化。ジェニファー・ハドソンがアカデミー助演女優賞をとった。ビヨンセの美貌が際立つがダニー・グローバーはじめ男優陣がしっかり支え、単純な筋立てに厚みを加えている。

R&Bばかりだが、かなりの熱唱で退屈はしない。ショーも楽しい。ジャクソン・ファミリーがデビューした頃の時代設定で、かなり古いのだが現代でも十分通用する。

同じミュージカルでも「シカゴ」の方が振り付けが上。

 

No.111

ボローニャの夕暮れ  2008/104分 伊 ホームドラマユーロスペース上映中 0702

プピ・アヴァティ 監督

シルヴィオ・オルランド(父)、フランチェスカ・ネリ(娘ジョヴァンナ)、アルバ・ロルヴァケル(母)

第2次大戦をはさんだボローニャのある家族の物語。

画面がセピア系の色使い(FUJI)になっているため邦題にしたと思われるが、内容とは全く関係なく原題は「ジョバンナの父」。

父の娘への尽きぬ無償の愛を語っている。

ほんわかした邦題から劇場に向かうと裏切られる。娘の殺人がテーマだから。

****

脚本の不明な点

・ジョバンナは殺人犯なのか否か:

 

普通の脚本なら恋人の罪を一身に被って守っただけで実は殺してないという事をラストに明らかにするだろうが、本作ではそれが無いので表面的には自供どおり殺人者ということの解釈が可能だ。でも次の点から殺しては無いと思われる。

 

(1)少女が恋敵のセックスをしている現場に踏み込んで、髭剃りかみそりだけで女性を殺害できるだろうか。当然男性の抵抗にあって自身も傷付くだろうし、少なくともその時点で警察に通報され逮捕されるだろう。

 

(2)裁判で証人に呼ばれた男はジョバンナとの同席を拒んでいる。これは事実に相違したことを男が言う為だろう。

 

(3)ジョバンナが退所して、被害者の母を訪ね話を聞いて欲しいという場面があるが、それが適わず失意の中去る。彼女は真相を伝えたかったと思われる。

 

(4)被害者の叔父は政敵から狙われていた。男は政治的理由からその姪を殺害するため転校してきて、無垢なジョバンナをそそのかし殺人教唆したのだろう。男の計画殺人だが、ジョバンナの単独犯を装うべく物的証拠を持ち帰らせ罪を被らせた。

 

 

・母は一度も娘を尋ねなかった。何故だろう。

 

母は父を愛しておらず、隣の警察官が好きだった。娘はこのことを知っており母を許せなかった。だから母はこんな娘を何となく遠ざけていた。だからと言って、事件をきっかけに親子の縁まで切ろうと一切面会しないのは不自然。母・娘の関係はかなり多様なのだろうが、子供を捨てようとした母の気持ちが説明されておらず、理解が難しい。

 

****

 

娘の気持ち

黒い手袋が欲しいのはその象徴である母を失いたくない気持ちの表れ。母は事実娘を捨てようとしていたのだから、この娘の勘は正しい。幼少時からの満たされぬ母からの愛が娘を自閉症気味にしたというのも説得力ある。夫婦仲の悪い家庭の子供は男女関係に臆病だというのもある程度正しいだろう。だから、たまたま現れたワルに全霊をを捧げ、男を守ろうとしたした無垢な少女という設定も良い。

 

でも、戦後7年も経ってからも母を捜し続ける娘もどうかと思う。普通なら自分を捨てた母を許さないのが娘ではないだろうか。

 

父の気持ち

殺人者であろうと娘を愛する気持ちに一点の曇りも無い。徹頭徹尾、娘への偏愛を貫く姿がこの映画のメインである。痛々しくもある。     妻のことは諦めているが、娘が連れ戻すので、又一緒に暮らすことになるのだが、あまりうまく行かないのでは。

 

****

 

この作品の欠点は母が十分描かれていないことだろう。好きだった隣の警官がファシストとして糾弾される際に助けようともしないし、その後は違うパトロンと一緒だったり、一見ロクな女で無いように見えるがしっかり者としても描かれてもいる。もっと分り易い人物像にして欲しかった。

 

そうでないと、「色々あったが3人家族が元の鞘に納まってメデタシめでたし」にならないと思う。

 

****

 

この作品はボローニャが舞台である。

 

アパートも裁判所も警察所も学校も何処もかしこも、古色蒼然とした石作りの歴史建造物が丹念に写される。

 

監督の出身地らしいが、街を愛する目線を感じる事ができ、ある意味この映画の個性になっている。

 

パスタを食べる場面が何度かあるが、パスタとワインだけのシンプルな食卓が、戦時表現として簡潔でいい。

 

No.110

クリムゾン・タイド 1995/115分 dvd 米 ポリティカル・クライシス 0701

トニー・スコット 監督

デンセル・ワシントン、ジーン・ハックマン

作り物の映画と分っていてもハラハラドキドキが楽しめる、エンターテインメント。

映画はこれでなくてはと思っていたが、途中で2回目だと分ってがっくり。

面白いということと記憶に残るという事は何の関係も無いということが分った。わざと2回目を観るという事は良くやるが、意識しないケースはかなりレアー。少しショック。

途中から醒めた目で観ると目新しい映画ではないことが分る。

叩き上げ指揮官とエリート指揮官の対比。感情派と理性派。乗務員分裂。船室浸水ハッチ閉め。自艦はおとり魚雷で回避、敵艦には魚雷命中・・・・・。

新鮮な視点は海軍規定。艦長は副長を罷免出来ない(ワンマン化防止)が軍規違反は艦長であっても副長が罷免出来る。核弾頭発射権限が二人の同意が無ければ出来ない仕組みになっている。

冒頭、世界の三大重要人物として、米国とロシアの大統領と米国原潜艦長というくだりがある。

核弾頭が発射されれば、それへの報復核も発射されるので、地球が滅びる。

この映画は1995年だが、1996年には潜水艦からの核弾頭発射権限も大統領に移管された。まさかこの映画が問題提起したのではないと思うが。

軍人には戦争のための戦争をしたがる傾向があるので当然の措置だが、大統領と副大統領の関係でも又同じ危機が生じる可能性がある。

地球滅亡の危機は現実に存在していることに、ぞくっとさせられる。

***

ジーン・ハックマンの方が上手い。

面白さにかけては抜群。

☆4.0に近いが。

原題の意味は?

 

No.109

薔薇のスタビスキー 1973/118分 仏 ドキュメンタリー・ドラマ 0701

アラン・レネ 監督

ジャン・ポール・ベルモント、シャルル・ボワイエ、アニー・デュプレー

・スタビスキー疑獄事件

1933年フランスで起きた大疑獄事件。スタビスキーはウクライナ/キエフ生まれのユダヤ人の詐欺師。

スペイン国境近くの信用金庫で盗品宝石とニセ宝石を担保に多額の偽造債権を発行した他、色々な詐欺を働いた。又、事件の発覚を防ぐため検察、マスコミ、政治家、役人などに幅広く賄賂を贈っていたので、これが暴かれると、当時の左翼政権打倒が倒れ反動政権が誕生、その後左右陣営の熾烈な争いが続き、多くの死者を出すなど、混乱のきっかけとなった事件。

***

本作の冒頭はトロツキーのフランス亡命で始まり、ラストはこの事件が不良外人一掃の風潮を煽り、トロツキーが国外追放された為にフランスの反ファシズム運動が力を失ったという作りになっている。

要するにトロツキー亡命がサンドイッチのパンのように上下に配置され、中身は全く関係ない詐欺師談話で終始しているので、違和感は否めないが、これもレネの新しい試みなのだろう。

世界的な大恐慌からまだ立ち直れず、労働者階級の悲惨さを背景の社会不安、政治の無力化、腐敗という中でこそ、こんな大掛かりな詐欺事件がまかり通ったのだろうが、平和で裕福な今日の日本でも出資法違反の大型詐欺事件が続発している事を思えば、何時の時代も騙そうという奴がいて又ひっかる馬鹿が居るということだろう。

スタビスキーは女を口説く時花束を大量に贈る。彼自身薔薇を何時も胸に刺している。花は欺く手段として有効らしい。

彼自身ユダヤ人だが、それを隠している。成績も1番とかビリでなく中間で目立たないようにというのが身上。オーディションに来た亡命女性はカミングアウト派(トロツキーのシンパ)。

彼は父親が自殺したことを含め過去を封印して現在に生きている。過去の陰は暗く心のおりとなって溜まっている。その分人間としての陰影が濃くなり、周りには魅力ある人間にうつったらしい。

この映画のスタビスキーも悪人としては描かれていない。死後の証人喚問でも妻や伯爵(ボアイエ)は擁護している。

逃亡中のシャモニーの山荘でピストルで死んだ。自殺か当局による射殺か未だ不明とのこと。

 

No.108

野いちご 1957/90分 スエーデン dvd 0624

イングマール・ベルイマン 監督

ヴィクトル・シェストレム、イングリッド・チューリン、グンナール・ビョンストランド

尊敬する監督を本作を通して分解してみた。

主人公78歳の医師イーサク・ボルグとはどんな人間なのか。

・友人を持たない

・ナルシストだから 他人に良く思われようとしやさしく接する

・それは本音ではないと分かる人から見れば「冷たい」と評価されている

・本心を人前に曝け出すのが怖く、自分を隠している

・人格者と言われている

・他人の話をふりをしているだけで聞いてない

・いやな事に関わりたくなく、逃げている

・生きる事からも逃げたいと思い「死」がいつも頭にある

・親子関係がうまくいかない

・夫婦関係も喧嘩ばかりだった

・女性関係も、婚約者に裏切られ、妻にも裏切られ、不幸

・エゴイスト

・仕事に対する自負心はあるが、何処か自分に疑問を抱いている

・自立心はやたら強い

・結果、孤独である

 

***

こんな人間が他人だったら私はどう思うだろうか

 

・本音が分からないから、交際にある程度の距離を置く

・異性だったら愛せない

・相談も持ち掛けないだろう

 

***

親にいっぱい愛されて育った記憶が少ないのだろうか、老いて子供の頃の夢を見る風景に親が出てこない。

ある夏の日の避暑地、何処を探しても親が居ないと言っている。

従妹が一緒に探してあげると言い、遠く海岸で釣りをしている二人を見つける。

手を上げて応えている。ボルグはほっとする。

 

夢をみている老人の顔がとても幸せそうに写され、この映画は終わる。

 

*

 

ボルグは孤独という罰を背負っている。やはり寂しさの中で死ぬのだろう。

 

可愛そうに見えるが、かといって違う生き方が出来なかった以上、敢然と必然を生き抜くしかなかろう。

 

遺作となった「サラバンド」の孤独はさらに研ぎ澄まされてくるが、ボルグの孤独に同じ悲しさが既に表象されている。

 

****

ベルイマンは1918年生まれだから本作は何と39歳の時の作品である。

この若さでこれだけ深く人生を思い詰めていることに頭が下がる。

人間誰しも持つエゴって何だろう。

ボルグは自分のようにも見える。

生まれや育ち方に起因していると思われるが、人に甘える事が出来ず、甘えられる事も嫌いである。

結局社会性が未発達なのかもしれない。

他人とどう付き合ってよいのか分からないので、表面上迎合もするが、それは演技に過ぎないので疲れてしまう。

 

結果、孤独に逃げ込む。

 

そしてそんなことを繰り返している自分に対し、信頼感をなくし、自信を喪失し、自分を愛せなくなってしまう。

 

潜在的な劣等感も深いので裸になれず、自分が傷つくことを恐れるあまり、他人との壁を高くしてしまう。

 

***

人は一人で生まれ一人で死ぬ。

孤独な思索の中から詩や文学や哲学が生み出される。

それは罰を与えられるべき人達なのだろうか。ベルイマンも含め。

恐ろしい映画ではないか。本当は孤独が嫌いな自分にとって。

 

No.107

春との旅 2009/134分 ホームドラマ Tジョイ大泉他上映中 0623

小林 政広 監督

仲代 達矢、徳永 えり、大滝 秀治、菅井 きん、小林 薫、田中 裕子、淡島 千景、柄本 明、美保 純、      戸田 菜穂、香川 照之

何回も泣かされたし、老いとか介護とか兄弟とかいろいろなことを考えさせられた。

だから優れた作品だと思うが、敢えて欠点を探してみた。

・仲代の演技について

帰路死んでしまうような衰えた人間にしては活気、生気 溢れ過ぎではないか。歩き方とか喧嘩の仕方や喋り方や食べ方。

偏屈で頑固で我侭という設定だから基本的には仕方ないのだが、迫り来る死を予感させるような影の薄い、疲れた老人の表情をもっと増やせば良かったのにと思う。

要するに、仲代の役作りが少し若すぎた気がする。

 

 でも、アップが多いが顔の表情は芝居がかっておらずとても自然。徳永えりの春もそうだが他の役者さんも、濃いメークは無く普通の人っぽく  撮ろうとしている点はさすが。

 

 

・脚本について

兄弟を訪ね歩くことにより、忠男(仲代)の過去が暴かれ性格が明らかになる構成になっているが、私には正直言って理解出来なかった。    

 

増毛のニシンはS.28に突然姿を消したらしい。でも来年こそ来るだろうと一攫千金の夢を追い続け貧乏暮らしを続けた忠男はドンキホーテの 見果てぬ夢のようである。でもドンキホーテは変人ではあるが周囲に嫌われる男ではない。忠男も偏屈だがなかなか人の良い男ではないか。

 

でも兄弟はボロクソに言う。何故だろう、或いは説明不足なのだろうか。少なくとも過去忠男は兄弟に迷惑はかけてないはずである。

 

兄弟と言えども自分のことで精一杯だから、要介護の老人の世話は出来ないことは当たり前だが、長男や弟の口からは積年の恨みでも晴らすような言葉が飛び出す事がよく分からない。

 

要するに忠男がどんな男であるか分かりにくい(私には)ので、感情移入に限界があった。

 

 

***

春の蟹股歩きが秀逸。老いても淡島千景がアップに耐えているのには驚かされる。田中裕子もいい。

 

食べる場面がやたら多い。老人はあんなに豪快に食べないと思うが。

 

 

No.106

 妹の恋人 1993/99分 dvd 米 ラブストーリー

ジェレマイア・チュチック 監督

エイダン・クレイン(Benny)、メアリー・スチュワート・マスターソン(Joon)、ジョニー・デップ(Sam)

親がおらず二人だけの兄妹で、兄が障害を持つ妹を献身的に支えている。

仕事をこなしながら介護するので自分の時間なんて丸で無い。旅行なんて出来ないし、恋愛なんて夢の又夢。

施設に預けろと他人は言うが、兄妹の絆は強く、拒否している。

この設定は、同じデップがデカプリオと演じた「ギルバート・グレイグ」と同じである。兄は自分の青春を犠牲にしているなんて思っていない。甘んじて自分でしか出来ない役割を黙々とこなす。強い兄弟愛に涙が止まらない名作だった。

****

本作も出だしは極めて似ている。同じテーマを描いてどうするのだろうと思っていたら、変人デップが登場した。

妹は自閉症なのだが、彼女の心の曇りを変人が少しづつこじ開けていく。

デップはセリフ無しで、殆どパントマイムで演じる。

奇妙なマジックがおかしい。

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兄は妹を庇うあまり、実は病人として囲い過ぎて世間と遮断していた嫌いがあったことをデップに教えられる。

自立厚生の機会さへ奪っていたかもしれない。

そこでデップとの結婚を許し、自立させ、自分も臆病だった女性(ジュリアン・ムーア)との関係を取り戻し自立していこうと思う。

****

妹の為と思っていた事が、妹の為になっていなかった という事は回復の可能性がある場合ありうるのだろう。

重症の場合は無理かもしれないが、どんなケースでも兄弟愛、親子愛をベースに自己犠牲に似た無償の行為が広く世間には繰り広げられている、その事の重さを実感させる佳作であった。

芸達者なデップが作品の核を作った。

 

No.105

マイ・ブルーベリー・ナイツ 2007/95分 dvd 香港 中国 仏 ラブ・ストーリー 0615

ウオン・カーウァイ 監督

ジュード・ロー、ノラ・ジョーンズ、デヴィッド・ストラザーン(アーニー)、レイチェル・ワイズ(スー・リン)、ナタリー・ポートマン(レスリー)

歌手ノラ・ジョーンズが主演した映画。少し色黒なので調べたら父がインド人。CDジャケットでは相当の美人だが、スクリーン上ではそうでもなかった。勿論陰で唄も歌っている。演技力はイマイチ?

二枚目ジュード・ローも本作では凡庸に見えたが。

その分、アーニーを演じたストラザーンが際立った。

ローとジョーンズの恋物語よりアーニーとリンの悲恋の方が印象が強い。

妻を愛する余り束縛してしまう一途な男の悲劇は、ジム・ベンダースの名画「パリ・テキサス」を思い起こさせ、胸が締め付けられる。

****

かなり凝った脚本で、ヒロインが1年間の米国横断ロード・ムービー形式で移動し、ヒーローはNYのカフェで動かない定点、思い続ける両者を結ぶ糸は遮断されている。

カフェの前の道を横断する勇気を得る為、何千キロもさまよう設定がニクイ。

三っつのエピソードを走らせているが、二つは悲劇。

どれも「せつなさ」を基調にして、人生の悲しさ、孤独さを淡々と描いている。

カーウァイの画面は赤を多く使いややどぎついものだが、内容はどれも詩的で独特の味がある。

香港出身だが外人俳優を使い、英語の映画を撮る、日本人にこんな人は居ない。

 

No.104

酔いどれ天使 1948/98分  dvd ドクター・ドラマ

黒沢 明 監督

志村 喬、三船 敏郎、山本 礼三郎、中北 千枝子、小暮 実千代、久我 美子、飯田 蝶子、千石 規子

三船のデビュー作として有名。

敗戦間もない作品なので制作費は少なかったと思われるが(バラック街は山本嘉次郎監督の使いまわし)、素晴らしい出来栄えである。

黒沢は後年、周五郎の赤ひげ診療譚を映画化したが、同系列の人情味溢れる貧乏医者の話。

この、やくざ者にひるまない正義感溢れる無骨な酒好き先生を志村喬が見事に演じている。

その後の「生きる」の印象が強く、こんな役でもこなせることが意外だったが、酒の飲み方など本当に上手い。

三船もまだ痩せており結核持ちのヤクザがぴったり、又鋭い眼差しと暴力的性格が強力な印象を残している。

要するに、脚本と俳優で傑作を生み出した。

****

喀血した後、松永(三船)が海岸の夢を見る場面がある。

波打ち際に棺おけが流れて来て、松永は斧で叩き壊すが、中には自分の死骸が入っている。

このシーンはイングマール・ベルイマンの「野いちご」に似ている。「野いちご」は1957の作品だから、あるいはベルイマンが黒沢の真似をしたのかもしれない。

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まじめに医師の言いつけを守った女学生は結核を克服し、酒の誘惑と暴力に頼ったヤクザは自虐的に死んだ。

松永を死なす脚本はどうかと思うが、現実的にはこんなものなのだろう。

メタンガスがぶくぶく出て、蚊が一杯のどぶ池も今となっては混乱期の風物詩として、懐かしい気がする。

こんな退廃的な映像を撮る黒沢にリアリズム作家の一面をみる。

 

No.103

ココ・シャネル 2008/138分 米、伊、仏 dvd 伝記 0612

クリチャン・デュゲイ 監督

シャーリー・マクレーン(カムバック後の)、バルボラ・ボブローヴァ(若き日の)、マルコム・マクダウェル

多くの伝記が書かれているだけあって、波乱万丈で数奇な人生をおくった女性。

この映画は多くのエピソードを大胆にカット、単純にまとめている。

ナチス将校の愛人になり売国奴と呼ばれていたこと、労働争議まで発展した従業員酷使、賛否両論あろうがイミテーション・ジュエリーを使ったファッション、などの理解を超える言動はカットされている。

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勿論、彼女のファッションに対する新しい考え方や変革者、経営者としての苦労話などが語れるが、多くは彼女の恋愛物語に時間が割かれた。でもこれも生涯最も愛したと言われる男性だけ描いているが、現実には恋多き女性で、その顛末もことごとく、突然死や破産など運命に呪われた数奇な点は描かれていないので、陰影不足と言わざるを得ない。

生まれた日が日食で不吉だったと冒頭シーンで出てくる。生後まもなく母が死に、父はアメリカへ、幼い子供二人は孤児院へ、妹も死に天涯孤独。上流社会が主なマーケットだったファッション業界から蔑まれ、差別でパーティー会場に入れない目にもあった。苦労人である。

そんな逆境を持ち前の負けん気で跳ね除けた豪腕。

ファッションはそれまで男に見せるためので、コルセットでウエストをくびらせて裾も長く動きにくく、働きにくかった。

ココはファッションは女性のためのものだから、動き易く着易いことと美しいことを両立させた。この合理的な考え方がアメリカ人に圧倒的に受け入れられ、ウーマンリブの考え方にも合致し、世界的なブランド名になった。モンローがシャネルNo.5が寝巻きと答えたように、外国人が売国奴のイメージを払拭していった幸運もあったのだろう。

****

ココは1883年の生まれで、ヒットラーのパリ占領が1940だから、彼女がドイツ軍将校の愛人になったのは何と57歳と言う事になる。それほど若作りだったのだろうか、異常な高年齢恋愛である。

又、亡命先のスイスからパリに戻りショーをやったのが1954年だから70歳。第1回目は大失敗で会社身売りまでいった処を、根性で再建しているので、これも異常な高年齢チャレンジ精神と言わざるを得ない。

年齢に囚われない若々しい精神を維持していた,これだけで伝説的な女性ではなかろうか。

1971年に87歳で亡くなったが、未だに世界最強のブランドであり続けている。

脱帽!

シャーリー・マックレーン:無神経で押しが強いだけの女性像に演じている。カメラもアップに耐えないショットを敢えて使う事も無かろうに。

ココは多分年をとってもチャーミングな女性であり続けたはずだが。

 

No.102

家族ゲーム 1983/106分 dvd ホーム・コメディー 0607

森田 芳光 監督

松田 優作、伊丹 十三、由紀 さおり、宮川 一郎太

松田優作の個性がやたら際立ち、趣味の悪いブラック・ユーモア満載の、変わった作品。

かといって前衛的で難解かというとそうでもなく、うけを狙った商業的なテイストもして、私には正直よく分からなかった。

s.58年当時は一流大学、一流企業志向がまだ強く、わが子をそのコースに乗せようと何処の親も必死で、塾に通わせたり家庭教師をつけた。

父は企業戦士で子供と向き合わず、金だけ稼いで妻に養育を任せる。

親子関係が出来上がっていないから、父の発言が家庭内でも浮いている。

今はそれほどでもないが、基本的にはこの家族模様は変わっていないのでは。

****

子供の個性を無視して、鋳型にはめようとする滑稽さがこの作品のテーマになっているが、かと言って多様な生き方が選択できるほど世の中甘くない。勉強が出来ないけど手先が器用だからといって昔のように職人になろうとしてもその職は無いし、肉屋、魚屋、八百屋になろうとしても、個人営業は斜陽。・・・職業選択の余地が狭まり、大半が結局サラリーマンになるしかない。

***

学歴社会は幾分和らいだが、一流コースの落ちこぼれ恐怖感を抱いている親は未だ多い。

でも良く考えると大事なのは学歴ではなく、人間の総合的な実力なのだが。

一流大学を出ても、人間関係がうまく築けない子供は会社に入っても、淘汰される。

体力が無い子も駄目、精神的に弱い子も駄目、不屈の魂とか努力を継続させる力とかが無い子も駄目、他人依存症的な子供も駄目、ウソつきも 見栄っ張りも 空威張りも駄目。外見やもて方も大事だ・・・・・。

要するに頭だけでなく、人間が社会で生きていく為の多面的総合的な能力の総和がその人の一生を決める。

もっといえば、それに運も必要だ。

****

昔の人は「可愛い子には旅をさせろ」と言った。

旅までいかないまでも、教科書だけでなく小説や音楽や漫画や遊びや運動やいろいろな経験を通して総合力を高めてやるのが教育だと思う。

この言わば人間教育に欠かせないのは父親の力である。

金で家庭教師に全権委任する伊丹十三の父親像に、日本全体の悲劇が隠されているのだろう。その意味ではポイントをついている作品。

でも、この映画は重いテーマを軽々しく、面白おかしく処理しすぎていると思うが。

 

No.101

アウトロー 1976/137分 米 dvd 西部劇 0604

クリント・イーストウッド 監督

クリント・イーストウッド、ジョン・ヴァーノン、ソンドラ・ロック

1776年トマス・ジェファーソン起草の独立宣言。

アメリカ合衆国と国号を決めたのが1777年。                               

独立戦争が終結したのが1783年(ベルサイユ条約)。

ワシントンが初代大統領に着いたのが1789年。

アメリカの建国を何時にするか難しいところだが、宣言した日をもってその日としている。普通なら世界が認めた1783年であろう。違うところが面白い、何事もキメごとだから世界はそれに従っている。

***

本作は建国200年記念作品とのことである。ところがテーマはワシントン将軍などの建国美談ではなく、1861年〜65年の南北戦争である。

南北戦争は南部の11の奴隷州が、リンカーンの大統領当選を不満として、新国家「アメリカ盟邦」を結成して連邦脱退を謀るべく合衆国軍(北軍)に戦争を仕掛けたクーデターである。

リンカーンの奴隷解放宣言は1863年1月だが、3〜7月のゲティスバーグの戦いで北軍が大勝してからは北軍有利で展開した。

1865年4月南軍が降伏するまで、死傷者は約60万人を超えたといわれる大戦争であった。これ以来本土が戦場になったことはないので今日尚多くの小説や映画の題材になり続けている。

奴隷制はなくなっても差別は残り、黒人の人権が確立すのにはさらに100年以上の時間を要した。

***

この映画が優れている点は多々あるが、南軍は悪玉、北軍は正義という図式を崩して、略奪強姦をほしいままにした北軍のならず者一団もいたということをモティーフにしている事がなかなか。

戦争となると何処の国でも、戦争の建前とは関係なく自己の欲望を満たそうとする悪人が急増する。

この憎むべき敵に単身楯突いて成敗しようとする やたら強い男ジョゼイ・ウエルズ をクリント・イーストウッドがクールに演じている。

北軍に楯突くからアウトロー。

同好の士も次々勝馬北軍に寝返るのも世のならい。北軍と賞金稼ぎに追われる二重苦。

でも捨てたものでもない、ネイティヴや北軍のやり方に反感を持つ民間人たちも彼を支援してくれる。

その中に、美女が居た。ソンドラ・ロック。

クリント・イーストウッドは当時40台終わり頃だったが、この後私生活でも彼女と同棲した。その後慰謝料や裁判でさんざん苦労することになるが、どちらが真のアウトローだったのだろうか?

***

西部劇の見せ場のすべてが盛り込まれている大作だが、何といってもラスト・シーンが秀逸。

私は、後の「グラン・トリノ」を思い起こした。

この一点だけで「西部劇の名作のひとつ」に数えられよう。

 

 

No.100

グーグーだって猫である 2008/116分 DVD  エッセー漫画の映画化 0603

犬童 一心 監督  大島 弓子 原作 

小泉 今日子、上野 樹里、加瀬 亮、森三中トリオ

猫がかわいいだけの映画と思っていたが、猫は脇役だった。その意味では裏切られる。

これは原作者の自伝的エッセーではないか、という気がする。(漫画は読んでいない分からないが)

****

他人の中に居てもどこか馴染めず、いつも孤独な自己の世界に埋没しているような人がいる。

心が寂しさで一杯で、失ったものや過去と会話している。

考え方や挙動も変わっていて、心が通じる人の幅が狭く、臆病で目立つ事が嫌い。

それでいて、とても良い人なのだ、この先生は。

キョンキョンは躍進めざましい本格派女優だが、愛猫のサラを亡くした喪失感を、セリフが少ないにも拘らず見事に演じている。

寂寥感でこちらまで胸が締め付けられる思いだ。

****

この映画はドラマというより、一編の詩であろう。幻想的な場面もある。

吉祥寺エレジー。

飾りの無い素朴さ、くどさが無く、あっさりと、そしてホロリ。

犬童監督の真骨頂。

私はこんなテンポが好きだが、何を言いたいのと目くじら立てる人は評価しないかも。

沢山映画を観る人はこんな作品が間に入って新鮮に感じるだろうし、1年に1回しか見ない人は物足りないだろう。

 

No.99

Railway 2010/130分 人生リセットドラマ 新宿ピカデリー他上映中 0530

錦織 良成 監督

中井 貴一、高島 礼子、本仮屋 ユイカ、奈良原 朋子、中本 賢、宮崎 美子

エリート・サラリーマンからバタデン運転手へ転進、その時49歳。

子供の時、鉄ちゃんでバタデンの運転手になることが夢だった。

奥さんとも別居生活だが、好きな仕事は毎日が充実しており楽しい。

****

好きな仕事に就け、今からでも遅くないという励ましと同時に、都会であくせくストレスのたまる生活をしている地方出身の働き蜂に向けて、田舎もいいよと言うメッセージも含んでいる地方活性化プロパガンダ映画。

でも好きな仕事が特に無い人や、あってもその職の採用が無い場合が殆どで、本ケースは誠にレアーなので夢物語ではある。

でも迷っている人が居れば勇気をもらえるかも。慎重さは必要だが。

****

普通の脚本は、望みどおりに進まないいくつかの困難を描きやっぱり無理かと思わせておいて、最後にどんでん返しで夢がかなうという筋書きになるが、本作はそのセオリーを無視、すんなり転職できてやっぱり良かったで終わっているためインパクトは弱い。でもこんな作りも許されるテーマではある。

わたしが好きな点は、転職云々より母親と息子の関係である。親一人子一人でありながら、母は子供にベトベトしないで地域で自立している。息子もまた、親に相談せず帰郷しそれとなく親孝行をする。私は両親の死に目にも合わず親不孝な子供だった。この映画をみてやるべきことを怠った自分を悔いた。

やっぱり、夫婦、子供、親は人生の基本。

本仮屋ユイカ演じる娘は、親より人生を分かっている人格者で出来すぎなのが少し不自然ではある。

監督は島根県出身。

松江から出雲市、出雲大社に行く単線電車がバタデン即ち、一畑電鉄。

 

No.98

たそがれの東京タワー 1959/63分 モノクロ csTV ラブ・ストーリー

阿部 毅 監督  仁木 多鶴子、小林 勝彦、金田一 敦子

シンデレラ・ストーリー そのまんま。

車と言えばアメ車、輸入外車販売業が花形。そこの御曹司と結婚できれば最高にハッピー。

今は斜陽産業。女性の御曹司結婚願望もそう強くないだろう。

銀座の洋装店は、オーダーメードで住み込み従業員が作る。今は無い。

東京タワーは変わらず立っているが。

 

No.97

胸より胸に 1955/108分 モノクロ csTV 浅草ストリップ嬢物語 0529

家城 巳代治 監督  高見 順 原作 にんじんくらぶ第一回作品

有馬 稲子(志津子)、大木 実(吉松)、富田 浩太郎(助教授)、久我 美子、下元 勉

原作が優れているのだろう、かなりのレベルの映画だと思う。

「如何なる星の下に」と同じ高見の浅草ものである。彼自身家族を離れ浅草に一人で住んでいた時期があったので、六区のストリップ劇場にもかなり通ったのだろう、その舞台裏まで克明に描写されている。

この作品から見る限り彼のストリップに対する見方はかなり健全であり、山の手族や学者などのみるゲスで退廃的なもとは一線を画す。

根底には貧しさがあるが、主人公志津子は明るく純真で心やさしい素敵な女性にも拘らず、その夢はストリップの一流スターになることだ。

その為、研修生として下働きをしている。惨めさや暗さは卑屈さは微塵も無い。こんな女性を有馬稲子が熱演している。

残念ながら有馬の真っ裸は観れないが、下手ながら一応の裸踊りは観る事が出来る。

彼女は自己主張が強かった女優さんだったらしく、揉め事が多かったが芸に対する真摯さは晩年膝を壊してまで「おりんさん」を演じ続けたことで立証された。

本作は彼女等の独立プロ第一作になったが、ストリップ世界という特殊な世界に捨て身で臨んだ、意気込みが伝わってくる。

****

芸人の世界はお金で自分が稼げればよい。かつてのスターは若いスターに取って代わられ消えていく。それを食い物にして生きていく男が必ず居る。いずれにせよ、惨めな将来が待っている。

高見は左翼作家だった。自分だけの幸せは無い、他人も幸せでなければ自分も幸せにはなれないというテーゼを持っていたと思う。

ストリッパーと対極に久我美子演じる川崎のメッキ工場の工員を置き、仲間とスクラムを組んでコーラスをして生活を楽しんでいる。

貧しくてもいい、皆と喜びや悲しみを分かち合う事で、幸せになろうとしているのだ。

****

志津子は自分がどんなに美しく生きようとも、上流家庭育ちのボンボンの差別感はとれないことを悟り、縁談を破棄する。

底辺に住む幼馴染の吉松と一緒になるが、結局はヒモでしかない。

そのまんまの志津子を愛してくれる男はおらず、男は皆自分自身が可愛いだけということを悟る。

****

久我美子に触発され、貧しい労働者と共に生きていこうと再出発を決めたが、吉松に階段から突き落とされ命を落とす。

ドラマは死なくしては深みがでない。このドラマティックな結末で志津子の人生が浮き彫りにされる。これまた、救いの無い悲劇に終わらせた。

****

「如何なる星の下に」でも出てきたが、知識人(作家である高見自身)は観察者で手を染めないことを批判している。志津子は東京大空襲の時逃げ惑って大川に飛び込んだ。その時父母を失い孤児になったのだが、助教授の鎌倉の家では大空襲の話を息子と母が東京の空の色がどうたったとか観察者の目ばかりで当事者の立場の目が無い事に愕然とする場面がある。

前作を山本富士子に結局は手を差し伸べないで去っていく彼自身の姿を投影させていく。火中の栗を拾おうとしない知識人のエゴ。

本作もそんな自虐的な要素を含んでいる。

****

カメラマンがおぼれる人を助けないでシャッターを切る行為と似ている。

芸術家の業かもしれない。あるいは映画随想を書く人も同罪だろう。

 

No.96

恋は異なもの味なもの 1958/103分 モノクロ csTV ラブストーリー 0528

瑞穂 春海 監督

森繁 久弥、津島 恵子、雪村 いずみ、藤木 悠、一龍斎貞鳳

映画では「寿亭」となっているが、本当は上野/鈴本演芸場の裏にあった 講談専門の席亭「本牧亭」一家の物語である。

広小路からちょい入った長屋が並ぶ狭い路地にあった。

本牧亭は江戸時代から続いていた たった1軒の定席だったが1990年についに幕を閉じた。現在は近くの「黒門町本牧亭」という料理屋で不定期に講談寄席を開いているらしい。

本作はS.33年だが、観客は木戸で下足番に履物を預け畳の席で聞いている。200人ほどのキャパだったというから かなりの小屋。

小屋主の住居を兼ねている。

既に斜陽だった様子が映画に出てくるが、芸人を守る為、江戸時代からの灯を絶やさない為に跡継ぎを探しているから、すぐ閉鎖するような状態ではなく、そこそこの客がいたと思われる。

何しろTVがまだ少なかったころの話である。

****

現在の繁華街と呼ばれる地区には住民が殆ど居ないが、当時は銀座も日本橋も浅草など下町には大勢の人が住んでいおり、この人たちが落語や講談や浪花節などの席に普段着で通って来たのだろう。

だから、客同士も馴染みが居て、小屋主ともじっ懇になれ、小屋を支えた一面もあったのではないか。

講談や浪花節は義理人情や正義感という日本人精神のバック・ボーンを担っているので、汚れた昨今の世相を立て直す為にはもっと見直されても良いと思うが、一方では芸人が現代人にも通用する工夫も必要と思う。

****

ご町内は家族付き合いで、森繁は甥を本牧亭の娘(雪村いずみ)と結婚させようとお節介をするが、手伝わせている長男の許婚(津島恵子)を横恋慕している為うまく行かず、結局意外にもこのカップルが誕生するので、この題名が付いた。

好きでありながら平気なふりをして彼氏を譲る健気な娘が一人、両大師橋で仙台行きの蒸気機関車を見送り涙する場面が印象的。

雪村いずみは歌手ながら、はきはきしたインテリ娘をきっちり演じて不足無い。

山の手や郊外では既にもう残っていなかったが、上野にはべらんめえ調の江戸言葉、気風、下町人情などが細々でも残っていた事が今となってはうれしい。

****

去って行ったものは何であったか。新しく来たものは比べてどうなのか。考えさせられる。

 

 

No.95

おえんさん 1955/99分 モノクロ csTV 母子ドラマ 0526

本多 猪四郎 監督(ゴジラ)、水谷八重子、司 葉子、小泉 博、中北 千枝子

築地魚市場、場内セリ、場外飲食店 など当時の築地市場の様子が面白いが、基本的には余り変わってないことが分かった。

市場を離れた町の様子は全くの様変わりで、上野、日本橋 などまだ淋しげである。

仲買人の女将を水谷八重子(初代)が演じている。新派の看板女優だが、さらりとアクなく演じ能のようで意外。

女でひとつで育てた息子を手元に置きたいために、縁談を邪魔し、息子の遊び相手としてダンスを習うなど、異常母性愛が主題。

でもテーマとしてはありきたりで、面白くない。

 

No.94

洲崎パラダイス 赤信号 1956/81分 dvd モノクロ ラブストーリー 0521

川島 雄三 監督  今村昌平、浦山 桐郎 助監督  芝木 好子 原作

新珠 三千代(蔦枝)、三橋 達也(義治)、轟 夕起子(お徳)、芦川 いずみ(玉子)

これ又かなりずっしりと心に堪えた名作だった。

芝木好子氏の洲崎シリーズを読んでみたい と思った。 が 区内の図書館にはもう無い、彼女のは絶版が多いとの事。文庫本の「隅田川暮色」をとりあえず読むことにした。

「洲崎」というのは、根津にあった遊郭を東大の敷地にする為に、江東区の今で言う東陽町3丁目、昔で言えば洲崎弁天町の洲崎橋を渡った一画に明治時代移転させた吉原につぐ公的な遊郭で、パラダイスが付いたのはあるいは戦後なのかもしれない。

今は川が埋め立てられ緑地公園になり、勿論S32年の売春禁止法で廃止、洲崎弁天を除いては面影皆無、退廃的なムード一掃の健全だが殺風景な街に変わっている。

旧木場の隣にあたるので木材関係、埋め立て工事関係を中心に活況を呈した時期もあった。

勝鬨橋から都バスに乗っても意外と近く、ファースト・シーンは主人公の蔦枝と善治が勝鬨橋から隅田川上流を眺めた後、バスで洲崎に向かう場面から始まる。

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ラストシーンも同じ勝鬨橋の欄干である。

最初も最後も二人とも職も金も今夜寝るところも無い。スゴロクで振り出しに戻ったと同じである。これから二人は又色々苦労するだろうが、それとて又振り出しに戻るのであろう。所謂安定した生活は生涯送れないことを感じつつも、別れられず流され流され運命に身を委ねて、堕ちていくしか選べない悲しい運命を描いている。

一葉はじめ多くの女性作家が廓ものを書いている。同性からみた女性の哀感とか悲話みたいなのが凝縮しているからだろう。

本作は廓の入り口脇にある「千草」という飲み屋兼貸しボート屋を舞台にした、色町情緒や男女の絡みを描いているが、芝木は蔦枝という昔は中(遊郭)に居た女の義治への愛の形、お徳の出戻り亭主への愛の形を、男の犠牲になっても離れなれない旧い女のさがとして描き、対極として若いカップルの女性が男を急に捨てて居なくなるとか、玉子のように女性ながら自立している新しい姿も少し登場させて、結局は「女の本質」に迫ろうとしているのである。

だから女性の性格描写がくっきりしている反面、男のリアリティーが不足しているようには思われる。

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林芙美子の「浮雲」も全くの駄目男に女性が身を滅ぼす話である。「浮雲」の駄目男と違い義治は浮気こそしないが蔦枝にぴったり寄り添っているだけで、生活力皆無の駄目男。

二人とも女流作家だが、駄目男から離れられない女性のさがに注目していることが興味深い。

駄目男に女性が入れあげるケースは一部の女性に限ることなのか、あるいはすべての女性に多かれ少なかれ備わっているもので、環境次第で発露するものなのか。

母性本能が強すぎると、私が面倒をみなくて誰がする、と自己の存在意義に目覚めることもあろう。

あるいは性欲とか独占欲とか極度の淋しがり屋とか、本能に身を委ねるばかりで理性で抑える事の出来ない特有の性癖も関係あるだろう。

又は精神的な意味で、自殺願望に似た、堕落願望、自己解体願望も潜んでいるかもしれない。

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理由はさておき、現象としてどちらかが「愛」している。

純粋に相思相愛ならば生活のことを考えないから「心中」ものになる。

「浮雲」は女の方が深く愛していた。「洲崎パラダイス」は男の方が深く愛していた。

相手はそれほどでもないが、別れられない腐れ縁的な「愛」は感じている。

この落差が悲劇を生む。

どちらも裏街道を生きるしかない。

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S.31年はラジオ・ブームだった。まもなくトランジスターの登場でラジオは安くなり、電器屋の主力商品ではなくなったが、当時は真空管ラジオがメインだった。落合/河津清三郎 は秋葉原の成金電気屋。蔦枝はその妾になり、義治は嫉妬に狂うが、居場所を突き止められず、一時は堅気の蕎麦屋の出前持ちで再生を図る。余談だが当時の掛蕎麦は25円。

おめかけさんも退屈なのだろう。苦労している時は落合のスクーターの音を聞けば、別世界へ連れ出してくれるように聞こえたが、贅沢なくらしが出来るようになった今、はじめて金だけでは生きていけないものだとも思う。人は勝手なものだ。

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ふらりと洲崎に舞い戻り、堅気の義治も元の木阿弥。

身を売ることしか生活できない女に嫉妬する男という図式に出口は無い。

それが人生か。

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・堅気の生活から「中」に舞い戻った娼婦にお徳が「どうして戻ったの?」と訊くと、男が欲しくなったのよと答える女。女は男に抱かれたいのだ。 訊いたお徳も、女と駆け落ちした亭主が戻りますようにと洲崎神社にお参りを続け、4年後戻った亭主にかいがいしく世話を焼き、それまでしな かったお化粧までするはしゃぎ様だ。・・これも一時の幸せに終わるのだが。

・この作品は細かいところまで目が行き届いていると思う。雨漏りするところに金盥を置き、さらに音を消す為に雑巾を入れたり、戻った父親に買ってもらった刀でチャンバラ遊びする子供のショットが何度かあり、死んだ後のラストではその刀が運河に浮かんで流れていったり、夜の窓ガラスにネオンが運河の波の反射を受けてぼんやり揺れたり、短い作品だが手を抜くところが無い。

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新珠三千代の蔦枝は少し品がありすぎる感は否めないが、魅力満点。三橋の義治は所謂ヒモのイメージではないが、弱い人間の典型を実によく表している。

時代も人生も大川も滔滔と流れ行く。意思が弱く誘惑に負ける人も、溺れないように首だけでも水の上に出そうと今日ももがいているのだろう。

 

No.93

トゥルー・クライム 1999/127 DVD 米 クライム サスペンス 0520

クリント・イーストウッド 監督・製作・主演

イザイヤ・ワシントン、ジェームズ・ウッズ

冤罪を晴らす為にシカゴ・トリビューンの記者が活躍する話である。

サスペンスの為の作品で、死刑執行が1/3実行するまで、観客をハラハラさせる。

やりすぎではないか。

それと記者自身の浮気話やアルコール問題など、本筋と余り関係ないと思うが。

でもさすがイーストウッド、一気に観させる。

 

No.92

煙突の見える場所 1953年/108分 モノクロ DVD ホームドラマ  0519

五所 平之助 監督   椎名 麟三 原作

上原 謙、田中 絹代、芥川 比呂志、高峰 秀子、関 千恵子

この映画は海外でも評価されたらしいが、映画全盛期に作られただけあって、極めて質の高い作品だと思う。

五所監督は戦前、わが国初のトーキー映画を作った映画界の恩人だが、内容的にも優れた作品が多い。

本作はS.28年の東京電力千住火力発電所(これは隅田川に面していた)を荒川越しに望む、荒川左岸梅田土手下のバラック街が舞台。

この発電所は東京オリムピックの時に廃止され、今は東電の運動場になっているが、当時は「おばけ煙突」として知れ渡っていた。

常磐線に乗り北千住駅を過ぎ荒川鉄橋を渡るあたりから、4本あった煙突が3本や2本、1本に変化して見えるのでそう見えたらしい。

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ものは見方によって変わるものだ、というのが本作のテーマ。

分かっているつもりの妻が密かに川崎の競輪場の車券立ち売り人のアルバイトをしていた事を知り、君が分からなくなったという夫。

捨て子を引き取りに来た母親に、君は自堕落だから渡せないと返した後、置き忘れたオムツの入った風呂敷包みを見て、もしかして人には二面性や変わるということがあるのではと、母親鑑定の自信がゆらぎ結局還してしまう、4人。

芥川は高峰のイメージが一定しないので、結婚を言い出せなかったり、金持ちの2号になって幸せそうだった関千恵子が実は旦那自殺で無一文になったり・・・。

織り込まれているエピソードはかなり厳しい内容なのだが、全編が喜劇調(軽度な)にできているので楽しめるところがミソ。

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これは勿論、椎名の脚本が優れているからだが、本作の凄いところは今は完璧な土手で守られ土手下(今は梅田、当時は千住八千代町)と言えども立派に人が住めるが、当時は未完成で少し雨が降ると水浸しの、普通は住む事をためらう劣悪な土地に住まざるを得ない貧民層を愛情を持って、きっちり描き分けている事だろう。

日蓮宗の朝の勤行の太鼓の音、ラジオ修理屋の子沢山、自転車修理販売業、廃品回収業部落、ゴミの浮いた川、ブリキ製ネズミ取り、肉や特売ののぼり、などなど、でも健気な庶民はそれぞれ問題を抱えながら明るく生きようとしている。

上原謙演じる夫は威張ってはいるが問題解決能力ゼロの駄目男。妻が川で入水自殺で入って行っても、どうしていいか分からず、下宿人の芥川が飛び込む始末。捨て子の親探しもせず芥川にさせ、本人はパチンコ三昧。

でもこんな男は何処にもいるし、これを切り捨てもしないでおかしく描いている。カレンダーに荻野式の赤丸をつけ、子作りに励むおかしな善人。

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町屋、千住、浅草という隅田川流域はかつて町工場だけでなく、大企業も多数工場を抱える一大工業地帯であった。電力需要もあり河川を利用した原材料運搬にも適していたのだろう。

しかし、今は殆どの大きな工場はマンション等に姿を変え、かって千住の空をスモッグで覆っていた煙多き殺風景な街も、様変わりした。

かといって、往時の賑わいが戻ったかと言うとそうでもなく、北千住駅前の商店街もシャッター通り化して、どこか淋しい地区になってしまった。

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世の中が豊かになり、庶民や子沢山の貧民が居なくなり、古きよき昭和が消えたと言う事だろう。

冒頭に登場する4本の「お化け煙突」の空撮ではモクモクと煙が上がっている。

空はきれいになったが、失ったものもある。

 

No.91

如何なる星の下に 1962年/117分 csTV(未dvd化) 薄幸女性ドラマ 0512

豊田 四郎 監督  高見 順 原作  平岡 精二 音楽

山本 富士子、池内 淳子、大空 真弓、加東 大介、三益 愛子、池部 良、森繁 久弥、植木 等、淡路 恵子、乙羽 信子

左翼作家が厳しくなる検閲を避けて、庶民の哀歓をつづった名作の映画化。

原作では東京本願寺(浅草)裏の「惣太郎」というお好み屋一家が描かれている。「惣太郎」は実は「染太郎」という今も存在する店で、行った事があるが、入り口で木戸銭みたいな札を渡して精算する古風な店である。

しかし本作の「惣太郎」は築地本願寺の裏の築地川(今は築地川公園)に面したおでん屋という事になっている。

S.37年は39年の東京オリムピックのちょい前でこの辺の川は高速道路に変わりつつあった。築地川も堰きとめられて工事中だったので今築地川公園に変わっているこのあたりの同川は、溜め池化して異臭を放っていたらしい。

映画に登場する備前橋は木橋だがやぐらなどが立っているので、暗渠にすべく工事中の時のロケと思われる。

セリフでは20年前は白魚がとれたということだ。

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ヒロイン美佐子(山本)と 踊りのお師匠さん三登次(乙羽)が 「佃の渡し」に乗って住吉神社にお参りにいく場面があるが、備前橋から渡しまでは聖路加病院を通って少し距離があるので設定に無理があるように思うが、築地明石町だとか江戸風情が残ったこんな街を選んだ理由も分かる。芸人が多く住んでいたいたと言うのも、今では想像すべくも無い。

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過ぎ去った懐かしの東京を偲ぶことだけが本作を観る価値ではない。

まず、俳優が皆うまいのには驚かされる。山本富士子は美しいだけでなく演技も冴え、凛としているし、昔芸人の父を演じた加東大介のだらしなさや酒乱の母を演じた三益愛子も尋常な迫力ではない。詐欺師を演じた森繁久弥のいやらしさときたら、反吐を吐きそうなぐらいだし、お師匠さんもいかにも下町にいるような身のこなしではないか。池部良と植木等に異質な感は残るが、最後の映画黄金期らしい配役人を揃えてある。

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この話には、救いというものが無い。

一家の皺が一手に美佐子にかかり、女としての幸せを求める隙がまるで無い。家庭の犠牲者である。

ひそかに恋した男(池部良)も通り過ぎる第三者に過ぎない。女で火の粉を被る気などない知識人は冷たい。

これでもかこれでもかという不幸にもめげず、美人で聡明でそれでいて他人の面倒を見る、健気な女性を描き、そんな星に生まれたのだから仕方ないとはねつける。何という冷たさ。

実際人生はそうなのだろうが、何か救いが欲しい、そう叫びたくなる作品ではある。

 

No.90

ブエノスアイレス 1997/98分 香港 同性愛ドラマ 渋谷シネマライズ再上映中 0518

ウォン・カーウァイ 監督(カンヌ監督賞)  クリストファー・ドイル 撮影

レスリー・チャン(ミュージシャンでもある)、トニー・レオン、チャン・チェン 

ファーストシーンから男同士のベッド・シーンである。

「ミルク」の時もそうだったが、思わず目を背けてしまう。

トニー・レオンも出演を拒否したらしいが、騙されたみたいにして出演してしまったそうである。

私も、生理的に嫌悪感を覚える。推量だがこんな映画を平気で撮れる人はホモ・セクシャルか、近い人ではないか。批判はしないが。

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しかし、映画としては捨てがたい魅力がある。

まず、哀愁を帯びたブエノスアイレスの場末の風情がたまらない。波止場近くの安酒場で、ピアソラのタンゴを踊る怪しげな男女。何処かで人生を踏み外し、酒や博打や女で、その日その日をやっと生きている、不幸な客たちのうつろな目。

ノミのいる汚いアパート、空き缶の転がる路地、ゴミの浮いた港、石畳に映るボールを蹴りあうコック達の長い影、肉解体処理場に流れる赤い血・・・・

流れ流れて流れ着いた世界の吹き溜まり。

希望や未来なんて何処にも見えない。

こんなブエノスアイレスの場末のイメージが見事に映し出される。

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会うと傷つけ合い、別れとやり直しを繰り返す、二人。

流れ、流れて ブエノスアイレスにたどり着いた。

今度こそ、売春夫のようなチャンと別れようと、吹き溜まり脱出のために働きまくるレオン。

苦しい別離の葛藤が胸を衝く。

惹かれあいながら別れる二人という矛盾したテーマが如何にも悲しい。

チャンが夜タバコを買う事を口実に外出しないようにタバコの買いだめをしたり、パスポートまで取り上げたり、手の怪我が治らなければいいと願ったりするレオンの愛は一途な反面、この泥沼から這い出そうと一人イグアスの滝に向かう。

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イグアスの滝が又圧巻。

C・ドイルの撮影だが、スローモーションで空撮している。水は濁っており、水が崩れ落ちる様があたかも山が崩れ土石流が流れ出すような恐ろしさである。両側から落ち込むので、谷底から雲が湧き登って視界を遮り、すさまじい迫力に満ちている。

一転して、ブエノスアイレスの夜景シーンは高速カメラで高速道路を車のヘッドライトを追ったり、街は天地が逆になったり、撮影にはドイルらしい工夫が見て取れる。

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傷ついたレオンの心は新しいチェンが癒すのではないかという予想で終わるのは良いが、置き去りにされたチャンはどうなったのだろう、気になる。

尚、トニー・レオンは10年後の「レッド・クリフ」のほうがはるかに良かった。

 

No.89

バード 1988/161分 DVD 米 伝記ドラマ  0517

 

クリント・イーストウッド 監督

フォレスト・ウイッテカー、ダイアン・ヴェノーラ、マケル・ゼルニカー

 

イーストウッドの渾身の力作。重厚な場面が何と161分も続く。

各賞も取りレベルの高い作品なのだが、一般受けはしない作品。

内容が地味で、大事件などハラハラさせるような緊迫感が乏しいからだろう。

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チャーリー・パーカー、1955年に35歳で亡くなった天才ジャズ ミュージシャン(ts)。

ビバップ ジャズの創始者として、今日尚その即興スタイルは衰えていない。

麻薬と酒の中毒者で死んだ時は65歳ぐらいに見えたというシーンがあるほど、ボロボロだった。

音楽とこの病との葛藤がテーマで、彼だけではなく多く麻薬におぼれるミュージシャンにイーストウッドが画面から警告を発している。

仲間や家族に迷惑をかけっぱなしの人生だったようだが、ガレスビーが言った言葉「俺は改革者だが、お前は殉教者だ。殉教者の方が末永く評価される」の通りになった。

ガレスビーは薬をやったり、時間を守らない人間は使わなかった。白人に馬鹿にされたくなかったからと説明されている。

でもバード(チャーリーのこと)の面倒を良く見た。

チャーリーの奥さんはじめ、周りのいろいろな人が守ってやったのだろう。

又、周りをそうさせる何かが彼にはあったのかも知れない。

 

No.88

グリーン・ゾーン 2010/114 仏・米・西・英 サスペンス アクション 吉祥寺東亜興業他上映中 0517

 

ポール・グリングラス 監督

マット・デイモン、グレッグ・キニア、ブレンダン・グリーン

非常に面白かったボーン シリーズ のコンビだから期待して観にいったが、これは外れた。

前作はSFフィクションであったが、本作はイラク戦争内幕物語というドキュメンタリー タッチだから、展開に制約があるという事だろう。

それに最大の欠点は、アメリカのイラク進攻は大量破壊兵器があるというニセ情報に踊らされた結果だという事を、皆知っているからだろう。

要するに結末がわかっている推理小説は面白くない。

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それを承知で製作したのは、ニセ情報は実は政府高官による捏造だった という米国内部犯行を暴く意図があったからだ。でもそれは確証が挙がっている訳ではないだろうから、仮説の域をでないので説得力に欠けるのが弱み。ありそうな話ではあるが。

話はこうだ、イラク軍のNo.2の要人が米国政府高官とヨルダンで密会。フセインを米国が倒してくれる見返りに軍事情報を流し、新政権のトップにNo.2を据えるというものだ。

この時の情報では1991年に核はすべて廃棄したと名言したらしいが、高官が核保有情報として捏造した。では何故米国は故意に戦争を仕掛けたのだろう。

考えられるのは、独裁政権を打倒し民衆に自由と民主主義を与えたいという余計なお節介か、9.11の報復、又は戦争をすることによって特をする軍需産業の圧力などだが、結果として泥沼にはまり大失敗に終わったので計り知れない罪深い捏造だった。

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1990/8の湾岸戦争、2003/3のイラク戦争 両方とも戦闘がTVを通じて世界に放映され、GPSを使った追尾ミサイルや暗視ヘリコプターなど近代市街戦などに驚いた。これはTVゲームそっくりだったので「任天堂ウオー」とも呼ばれたが、本作もあたかもマイコン戦争ゲームをやっているような戦闘シーンに終始する。

音響もすさまじく、宣伝文句のように戦場に投げ出されたような臨場感は確かに凄い。

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米軍協力のイラク人がイラク自治を叫ぶなど腑に落ちない点もあるが、反政府の立場、マスコミ批判の立場 は評価しよう。

マット・デイモンは軍服が良く似合う。

グリーン・ゾーンとはバグダッド中心部の米軍管轄地域を指す。

 

No.87

オーケストラ 2009/124分 仏 音楽ドラマ  0514 シネスイッチ銀座上映中

ラデュ・ミヘイレアニュ 監督

アレクセイ・グシュコフ、メラニー・ロラン、フランソア・ベルレアン

「終了後劇場で2〜3人ではあったが拍手があった大感動映画」

全くのフィクションらしいが、ブレジネフ時代の暗黒のソビエト体制を背景にしている部分だけは、ありそうな話にはなっている。

その他は良く考えると「ありえない」エピソードばかり。

でもそれを馬鹿馬鹿しいと思わせる間を持たせず、軽快なテンポと展開力で強引に感動のラストへ引きずり込んでいく力は大したものである。

さらっと見れば◎必至の作品。

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スターリン(〜53)、フルフチョフ(〜64)、ブレジネフ(〜82) のうち小型スターリンがブレジネフで、思想統制やユダヤ人はじめ人権侵害が復活していたらしい。本作ではユダヤ人天才バイオリニストのシベリア収容所送りにからみ、抵抗したボリショイ・フィル全員が解雇となり、以後30年にわたり掃除夫などで食いつないでいるところから話が始まる。

ソビエト崩壊後でも共産党が日当を払ってデモをするなど、国内が今尚混乱している様子が面白おかしく登場するが、監督はユダヤ人で東欧からの亡命者だから、共産党嫌いが徹底している。パリ共産党も実態が無いことが暴かれているし、党員をたびたびコケにしている。

俳優もユダヤ人やロマなど被差別人が主体で、この人たちにとっては未だにロシア政権は敵という立場が鮮明なのは新発見である。

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音楽家は毎日練習しないと指が動かなくなる。かつての名手でも自前の楽器がなく、演奏会当日に現地で調達し、リハ無しで音など出るわけが無い。かなり乱暴な話。

さらにニセビザを空港ロビーで集団で作成するなど「ありえない」もいいとこ。

これらを緻密に処理すれば、なかなか良い脚本になるのだが。おしい。

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コンサートが開かれるか否か、さんざんじらされて、間一髪でエンディングを迎える。

ロシア系ユダヤ人も故郷はロシア。チャイコフスキーをこよなく愛しているのだ。

ジャケの弾くバイオリン・コンチェルトがコンサート・ホールに響き、涙の抱擁で幕が下りる。

 

No.86

雪之丞変化 1963/114分 DVD 時代劇 0513

市川 昆 監督

長谷川 一夫、山本 富士子、若尾 文子、市川 雷蔵、勝 新太郎、中村 雁次郎、柳 永二郎、伊達 三郎

衣笠貞之助が1935年に長谷川一夫(当時は林)を使って作っている(一人3役)。本作でも脚本を担当。衣笠は長谷川を重用した。

時代劇のスタンダードなので、度々映画化されている。ひばり、大川橋蔵、東千代助、最近ではタッキー。

--様式美の極地--

歌舞伎そのものが様式美だから、歌舞伎の映画版であろう。リアリズムと対極にある形式美、芝居がかっているところが身上ともいえる。

とにかく映像が美しいし、アイデア満載のカメラに脅かされる。これだけで図抜けている。

配役も当時のトップスターを揃え、文句のつけようが無い。大映 永田ラッパの真骨頂だ。

女盗賊の山本富士子はやや無理もあり若尾文子も影が薄いが、雁次郎や柳など男優陣は貫禄十分存在感あり。

長谷川一夫は二役。昔の二枚目代表も今となっては、キムタクに負けるかも知れないが、眼力は凄い。

長谷川の魅力で客を取ろうとしているのではなく、カメラで魅せようとしている処が良い。

勉強の為、一度は見ておくべき映画であろう。

 

No.85

育子からの手紙 2010/105分 難病ドラマ  新宿角川シネマ上映中 0511

村橋 明郎 監督

宮崎 香蓮、原 日出子、佐藤 B作、有森 也実、天宮 良

私の好きな泣ける映画だが、泣ければすべてを許しているわけではない。

私も泣いたがどうも内面から泣けるのではなく、浅いところで又は安っぽい処で泣けた気がしたので、敢えて厳しい点数にしたが、大多数の人は大いに評価すると思う。

1.筋が読めて意外性が皆無

2.遊びが全くなく、真っ正直過ぎて、かくあるべしという人格模範にとらわれ過ぎて、人物に感情や血のにおいが薄いので作り事と思える(20年前副島喜美子さんのノンフィクションが原作なのだが)。

 

3.善人しか登場しないのはおかしい

 

4.骨肉腫、結核性股関節炎の専門的アプローチがもっとあってもいいのでは。同病で悩んでいる人も見るわけだから。

 

5.悲しさ、孤独は間接的に表現した方が深くなると思う。健気な13歳の少女が奮闘むなしく死にました、泣いてくださいではどんなものか?

 

 

佐藤B作の締まった表情が良かったとは思うが。

 

 

 

No.84

ミッドナイトラン 1988/126分 dvd 米 コミカルアクション 0508

 

マーティン・ブレスト 監督

ロバート・デ・ニーロ、チャールズ・グローディン、ヤフェット・コットー

 

なかなか洒落た脚本である。アクションとコメディーと人情話を上手にミックスして、ハラハラして楽しくてホロリとする2時間。

賞金稼ぎのデニーロも軽妙な演技だが、何といってもC・グローディンの味が際立ている。

柔軟でおっとりして、他人に優しい。

こんな人間を殺す訳がないと思ってみていると、予想通り最後は逃がす。

でもちょっと不思議だな。

シカゴの麻薬王を有罪にするための証人でFBIも追っていた訳だから、ロスに二人だけで帰るのはおかしいか?

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保釈金融(bail bondsman):米国にある消費者金融業者。保釈金を貸すが中にはトンズラするやつもおり、それを賞金稼ぎどもが捕まえて回収金の一部を貰う。

タランティーノの映画他よく登場する題材にし易い稼業。

 

No.83

マーニー 1964/129分 米 dvd 犯罪サスペンス 0507

アルフレッド・ヒッチコック 監督

ディッピー・ヘドレン、ショーン・コネリー、マーティン・ガベル

ヒッチコックの作品の中でも、ハラハラドキドキが殆ど無い犯罪心理学が主題。

その為か、世間の評価の分かれる作品となっている。

今では幼少時のトラウマを克服する方法として、記憶を呼び覚ます事が常識化しているから作品としての新鮮味に欠けるが、当時は目新かったのではないか。その意味で評価したい。

美人であるが神経質で男を遠ざける女性を見事に演じているD・ヘドレンも素晴らしい。

人気絶頂のS・コネリーが又良い。

 

No.82

ミッション 1986/126分 英 DVD 布教歴史ドラマ 0504

ローランド・ジョフィー 監督

ロバート・デニーロ、ジェレミー・アイアンズ、レイ・マカナリー

1750年代のイエズス会の南米における布教活動の実話を映画化したもの。

まずは同会の学習:

同会は7人の創始者の一人であるフランチェスコ・ザビエルが1549年 鹿児島にやって来てキリスト教を初めてわが国に伝えたことで広く知られている。学校運営、布教、福祉の3本柱で全世界で今日尚活発に活動を続けている 世界最大の男子修道会。

宗教改革の時はローマ法王の手先となり防波堤の役割を果たし、南ドイツ、ポーランドは現在もローマ・カソリックの方が優勢であるなど、貢献度は高い。

同会は見識も高く、神の下に人類は平等という考え方で、国際的な展開をしていた為、その後ヨーロッパ各地で起こったナショナリズムと相容れず、国王と対立し法王もその圧力に屈して、18世紀後半には禁止された(その後又復権して今日がある)。

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この物語は南米において、ネイティブ擁護の立場に立って奴隷制反対を叫んでいた同会と、奴隷商人側のスペイン、ポルトガルとの衝突を描いたもの。同会が活動を禁止される直前の話で、圧倒的な軍事力に宣教師たちが玉砕するという惨めな話なのだが、神の意思を貫き残ったインディオ達の心に生き続けキリスト教は死ななかったという、結びになっている。

舞台はパラグアイ、イグアスの滝である。

本作はアカデミー撮影賞を貰ったが、この滝の撮影の迫力が半端ではない。世界最大の大滝をよじ登っていく宣教師の姿が凄い。上り詰めたところにインディオの部落があり、布教の結果キリスト教の王国ができる。

南米も北米もネイティブは銃を持たないので、簡単に征服されてしまう。

世界の歴史は古代から、軍事力が作ってきた事がここでも証明されている。

パラグアイはスペインとポルトガルの領土争いの要素もあり、普通なら人も近づかないこんな場所にも軍隊を派遣したのだろうが、宣教師たちには領土支配の下心は無かったのだろうから、布教の為の鉄の意志に驚かされる。

南米だけではない、アフリカの奥地にもまず宣教師が身の危険を犯して潜入し布教したのだろう。それが結果的に列強の植民地支配に繋がったとはいえ、宣教師たちの布教の熱意には頭が下がる。

それにも拘らず総本山は金まみれで汚職や腐敗が相次ぎ、神の意思とは無縁の俗世界が繰り広げられたいた、その落差の何と大きい事か。

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この地域は音楽が昔から盛んで楽器製造技術者が多数おり、今日尚バイオリンの生産では世界有数の土地らしい。意外である。

 

No.81

 川の底からこんにちは 2009/112分 人生リセットコメディー ユーロスペース他上映中 0506

石井 裕也 監督

満島 ひかり、遠藤 雅、相原 綺羅、志賀 廣太郎、岩松 了

まず本作の特徴を列挙してみよう。

1.ウンコ吸出し美容、肥え桶撒き、保育園児のお漏らし

2.おばさん、おじさん、若者を屈託の無いセックス関係で単純化

3.編み物男、酔っ払い男、浮気男、など駄目男だけ登場

4.現代若者言葉の面白さ

5.若者と社会(他人)との距離感

6.ぶっちゃけ開き直りの潔さ

7.子供に対する信頼 など

 

本作は落語的、漫画的な作りで笑いを誘っている。

 

だから1、2は所謂シモネタだが、1.はやり過ぎでやや異常の感は残る。

 

3「男は旅人」のフレーズあり、監督自身「社会は女系でもっている」と割り切っているのではないか。要するにエディプス・コンプレックス。

 

4.5.の表現が本作の真骨頂。若い監督ならではの感性が溢れている処。

 

若者は他人との摩擦を恐れるあまり、本音を言わない。

感情を殺して常に冷静に他人・自分をみている。あたかも初めから感情を持たないロボットのように振舞う。

冷静な観察の結果、他人に期待も出来なければ、自分にも失望している。

夢や希望が無いので、我慢や努力の必要がなく、社会に浮遊している。

そうすることが、社会に順応する唯一の方法だと思っている。

 

主人公も「すいません」「仕方無いです」の連発である。

 

上京5年目、5回転職、5回恋愛、毎晩ビールを飲んで足で電気の紐を引っ張るだけ。

 

若者は「生きてない」。罪深い社会であることを痛感する。

 

****

だが精神的に惨めでも生活が続けられるのは、豊かな証拠。何時までという訳にもいかない。

 

こんな浮遊人生も、時として嵐が吹くことがあるのだ。

 

親が死にそうになり、川のある(霞が浦だと思うが)田舎に帰り、父に代わって家業のシジミ販売業をすることになる。

 

何故 カルニチン、しじみなのか?謎だが。

 

この会社が倒産寸前。・・・・・・・。

 

 

****

私は「中の下」の人間という意識。失うものは無いから飾る必要なんて無い。恥をさらけ出して、ボロボロ、やるっきゃない。

 

自尊心の強いうちは、他人は着いて来ない。

 

完全な開き直りが爽快である。

****

 

若者をみて時々心配になるが(将来日本が困窮したり、戦争になったりして、究極の生活を送る時に大丈夫かなという)、人間には苦労の経験が無くても、いざとなれば人間に最初から備わっている「適応力」が発揮されて、難局を意外と切り抜けていくのではないかと思えることがある。

 

この映画もその見事な切り返しが効を奏し、ある意味若者賛歌ともなっている。

 

****

私はこの作品を大いに評価するが、肝心の若者がどう感じるのか是非感想を聞いてみたいものである。

 

異星人的な風貌の「満島ひかり」がぴったりはまった。快演を最後に特筆しておこう。

 

 

No.80

陽はまた昇る 2002/108分 dvd 企業ドラマ 0504

佐々部 清 監督

西田 敏行、緒方 直人、渡辺 謙、真野 響子、渡嘉山 正種

VHSを開発した日本ビクター/横浜工場/ビデオ事業部の奮闘を描いた史実に基づいたドラマである。

ビデオはベータ方式をソニーが1975年に開発、翌年ビクターがVHSを開発し、以後10年にわたり両陣営の激しい争いが続いたが、家電業界に大きな力を持つ松下がVHS陣営についたことが主因で、決着がついた。

当初から2時間録画可能とか、生産コストが安かったとかの、先見の明もあったが弱小メーカーが世界基準に選ばれた稀有な成功例として今日尚神話となっている。

戦後日本の産業復興は自動車と家電が軸だと思うが、それは又激しい企業間競争でもあった。それが新製品開発競争を生み又販売競争が熾烈になリ過ぎた結果国内マーケットで消化しきれないものが世界市場に流れ、あっという間に世界を征していった。

60年代までは特に日の出の勢いであり、それが段々と失速して日本神話も過ぎたかに思えた時期に、このビデオ開発競争で再び日本丸の成長神話が復活したと語られたので、題名となったもの。

****

働く側から見れば、この輝ける時代は企業戦士の時代であって、家庭より職場が優先された。企業間競争に勝つ事が自分の生活を守ることでもあったので、家族の理解もあった。

今日は殆ど工場は海外に行ってしまった。

新製品開発もここまで来ると踊り場で、ヒット商品を生みにくい。

先の見えない閉塞感の中で、企業戦士は眠ったまま。

コストダウンだけが叫ばれる。

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本作品が共感を呼ぶのは、ビデオ事業部が赤字部門で縮小方針という本社方針の逆風の中で、雇用を守りながら新製品開発という武器を使っって難関を切り抜けたという、孤軍奮闘ぶりであろう。

現在尚同じような境遇にあるセクションは多い。こんなにうまくいかないかもしれないが、考えに考えて他社の上を行く努力をすれば、例えうまくいかないにせよ夫々の人生、いや会社の将来にも別の財産を生んでいくような気がする。

企業活動はどの会社も所詮人間がやっていること、他社が磐石でゆるぎないものではない。

そんな希望を感じさせる佳作である。

 

No.79

息もできない  2008/130分 韓国 DVドラマ 吉祥寺バウス・シアター他上映中 05.01

ヤン・イクチュン 監督・脚本

ヤン・イクチュン(サンフン)、キム・コッヒ(ヨニ)、イ・ファン(ヨンジュ)、チョン・マンシク(マンシク)

 

「息もできない」暴力シーンであった。

DVというのは負の連鎖と言われている。

連鎖も二つあるように思う。ひとつは遺伝。もうひとつは幼少時のトラウマ。

後者であれば絶つ希望もあるが、前者ならば不可能なので社会全体で監視するしかない。

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暴力を題材にした作品は多く、それは見る側をひきつけ易いからだと思われるが、暴力を引き起こす原因については殆ど語られる事は無い。

戦争も最終的な暴力だが、暴力の持つ「力」や「それに泣く人間」を描いて戦争の悲惨さから反戦思想へつなげているけど、戦争という暴力がなぜ発揮されたか、戦争の原因についてはあいまいのまま。

****

実社会に現存する暴力もそうで、現象だけが取り上げられるが暴力を振るう者の心理は描かれない。

犯罪が起こると心理学者が登場し、家庭環境とかショックを受けた過去の経験とかゆがんだ社会のせいだとか一応指摘する。

でもそれが犯罪予防に生かされたという例を知らない。無責任な結果論が繰り返される。

因果関係は結局多様で判らないのだろうか。

****

サンフンは狂犬のようなヤクザであり、その原因はDVだと説明される。一般論では正しいだろう。

父親に母と妹を殺されたトラウマ。だから債務者や刑務所から帰ってきた父親に容赦の無い暴力を振るう。

でも父親と同じことをやっている自分に気がつかされ最後は厚生する。

客観的には手のつけられない暴力的人間なのに、映画を観ているひとには惨めな境遇で育ったかわいそうな心根ではやさしい男として映る。

ここが感動映画といわれる所以だが、原因はどうであれ暴力を振るう人間が優しいなんてことはありえない。錯覚に過ぎないのだが。

****

心理学的には問題もある内容かもしれないが、この作品はインパクトが強い。私も暴力について考え続けている。

DVの中で育った人、現在DVを振るっている人がこの作品を見て何を感じるかが問題である。

自分の境遇が最悪だったからといって、他人に暴力を振るって良いわけが無い。

因果関係が無いからである。

****

自分が暴力的になる事によって、トラウマから自由になるという事も無いと思う。

理性を忘れ暴力を振るう自分を制御できないのなら、別居すれば良い。

***

サンフンは、同じように家庭環境に恵まれていない女子高校生ヨニと心が通じ合い、孤独な魂が癒される。

彼はは取り立て業から足を洗い、まともな人間になろうとする瞬間に殺される。

殺したのは何とヨニの兄。

その兄に暴力を教えたのはサンフン。

暴力が暴力を生み引き裂いていく。

ヨニの母は屋台をヤクザに壊され死んだ。その兄がヤクザとして同じことをしているところでエンディング。

****

身近で暴力の連鎖は止まない。因縁。

エンディングでサンフンの可愛がった甥とその母、ヨニとマンシクが父の罪を許して焼肉屋で幸せなひと時を過ごす場面がある。

過酷な現実にあっても、他人を許し健気に生きようとするヨニに一筋の希望の灯をみる。

監督の自作自演。日本人は撮れない映像かも。

 

No.78

引き裂かれたカーテン 1966/128分 米国 dvd スパイ・サスペンス 04.30

アルフレッド・ヒッチコック 監督

ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュース、クラ・ケドロヴァ

カーテンとは鉄のカーテンのこと。

P・ニューマン演じる米国科学者が東ドイツに潜入して、ライプツィッヒ大学の教授から軍需科学機密を盗み出すという、スパイ行動が内容。

ヒッチコックは傑作が多いが、何故か本作は駄作くさい。

地面に書いた暗号を消さないスパイはあるまい。オートバイと死体を犯行現場の傍に埋めるというのもありえない。秘密組織が健在なら農場まで危険なタクシーを使うのもおかしい。路線バス成りすましも極めて漫画チック。要するにリアリティーが無く、荒っぽい作り。

J・アンドリュースはなかなかいいけど、P・ニューマンは少し浮いた演技か。

 

No.77

秋立ちぬ 1960/79分 モノクロ cs 少年ドラマ 04.29

 成瀬 巳喜男 監督、笠原 良三 原作

大沢健三郎、乙羽信子、一木双葉、藤間紫、藤原鎌足、夏木陽介、加藤大介

 昭和35年は39年の東京オリンピック前だから、古きよき昭和がまだ残っていた。

この作品は東京が大改造される前の、銀座界隈下町の貴重な街の記録映画でもある。

成瀬は本能的に消え去るものが判っていたのだろう、先月見た「恋文」も終戦直後の渋谷の町の貴重な記録でもあった。

要するにセットでなくロケ中心だから、土地のにおいまで写し込まれている。懐かしくて胸が苦しくなる時がある。

私のように街歩きが好きな人間にとって、自分が今立っている場所が50年前はどうだったかを想像させるよすがになるのだ。

***

当時新富町にはどぶ川が流れていた。今は高速道路になっている。新富橋は木造、昭和通側に京橋小学校と隣に京橋公園がある。

当時はすでに銀座中央通は日本一の繁華街だったが、この川から東、新富町、八丁堀、茅場町などは下町で庶民が生活していた。

築地から勝どきは勿論、銀座から一歩入ると生活空間、しもた屋が並んでいた。「裏銀座」は人通りが少ない代名詞にもなった。

この作品は「新富町物語」とでもいうべき、下町の八百屋が舞台である。

配達にはオート三輪(ミゼットかな)が使われている。ビニール袋は無く紙袋にトマトを入れる。

タクシーは大きなアメ車が使われている。黒いビニール製のダッコちゃんの目がウインクする、そんなものが流行っていた。

***

成瀬の少年時代は明らかにされてないようだが、彼の自伝的作品とも呼ばれている。小学校6年で親戚に預けられ、母は男と駆け落ちしていなくなった筋書きだが、もしかしたらこんな暗い過去と何処かでつながっているかもしれない。

彼の友達は小4の女の子。旅館を経営する母はおめかけさん。上京した本妻の二人の子供に無視され傷付き、さらに親の都合で、突然街から姿を消す。

この幼い二人の目線から社会を眺めている訳だが、あながち勝手な大人を批判しているのでもない。社会や人間の心の変化、言わば人生の激流のなかで子供も必死に生きている、その逞しさにも目を向けている。

八百屋のお兄ちゃんなど下町には面倒を見てくれる人もいる、他人が皆悪いわけではない。

この時代の少年は家庭にそれぞれ問題を抱えていたけど、それを肥やしにして立派な大人になっていった。

***

晴海ふ頭の豊洲寄りには砂浜があった。春海橋の横には今も使われていない線路と鉄橋が残っているらしい。

一面の原っぱ。

原っぱには夢があった事も事実だが。

****

残像がいつまでも消えない、素晴らしい作品である。

 

No.76

マンデラの名もなき看守  2007/117分 仏・ベルギー・独他 dvd 革命ドラマ 0426

ビレ・ウウグスト 監督

ジョセフ・ファインズ(看守グレゴリー)、デニス・ヘイスバート(マンデラ)、ダイアン・クルーガー(グレゴリー妻)

この作品はマンデラが主人公ではなく、彼の白人看守の物語である。

**

アパルトヘイトは隔離政策だから、白人と黒人の融合社会を目指さしてはいない。

ユダヤ人ゲットーと同じで、暴力で黒人を汚いものとして封じ込める。人権を一切認めず、徹底した弾圧で白人だけの国家を維持していた。

**

マンデラは白人が思っていたような共産主義者でもテロリストでもなく、黒人開放・南アの民主化運動を進める穏健な普通の愛国士であった。

でも、彼は暴力的手段なくしてこの社会の改革は不可能とも判断、武装闘争も容認して黒人全体の反政府運動を指揮していた。

当然収監されたが、死刑にすると神話化され一斉蜂起されるので、極めて狭い独房に押し込められる事になった。その期間は何と27年間。

でもそれに屈せず、黒人の希望の星であり続けた奇跡の人物であった。

**

一方グレゴリーは偏狭な白人主義者であったが、マンデラの生活に接し、又黒人にたいする白人のあまりにひどい仕打ちに、今までの自分の考えが間違っていた事に気がつき始める。

黒人への理解が深まるにつれ、白人社会から嫌われようになり、仕事上の逆境、脅迫、長男の事故死など、どん底の人生が続くが、国際社会からの圧力で黒人差別が緩和される中で、黒人と話せる数少ない白人(特にマンデラの信任を得ている)という特技が効を奏すという幸運もあり次第に認められて行く。

***

この作品の価値は、名もない一般の市民が自分の信ずるところを、仕事を通じて発揮するという行為にスポットライトを当てた事にある。英雄みたいなスーパーマンが問題を解決するのではない、市井の一人一人が小さな正義を続けることしか、社会は変えられないことを教えてくれる。

1997年マンデラは南アの大統領になったことでグレゴリーの正義が立証された。

看守は2003年癌で亡くなったが、今年2010年サッカーのワールド・カップも開かれるほどの国際社会で認められる立派な国家になったことを、天国で喜んでいる事だろう。

**

グレゴリーを演じたジョセフ・ファインズが見事。

色彩が悪いのはdvdのせいだろうか少し気になったが、人間の素晴らしさを静かに語った地味だが意味深い作品という事で少し甘いが☆5.0。

 

No.75

世代 1954/88分 モノクロ ナチス抵抗映画 bs2 04.25

アンジェイ・ワイダ 監督  タデウシュ・ウォムニッキ、ウルスラ・モジンスカ、ズビグニエフ・チブルスキー、ロマン・ポランスキー

ワイダの抵抗3部作の最初の作品(「地下水道、灰とダイヤモンド)

ナチス占領下のワルシャワ郊外の町での、抵抗運動。

この時代の抵抗運動のうちソ連と結びついた共産主義者の活動を映像化している。

製作の1954年はスターリンの死後フルフチョフによって、芸術運動が幾分自由になった年らしく、彼も意欲に満ちてたと思われる。

但し、彼はその後反ソ連(反共産主義)の立場をとり、ソ連の圧制を告発し続けたので、貴重な作風といえよう。

勉強もろくにしない若者が、簡単に危険な作戦に身を挺するなど、年寄りには理解しにくい革命の一面が描かれて異彩。

同時に、武器の調達方法の説明がなく、ドイツ兵を射殺しても追手が来ないなど、少し荒っぽいところが目立つ。

ソ連との関係にも触れられていないのは問題だろう。

 

 

No.74

母べえ 2007/132分 dvd 戦争ドラマ 100422

山田 洋次 監督

吉永 小百合、浅野 忠信、檀 れい、坂東 三津五郎

若人の諸君へ:国が一旦方向を間違えれば、国家権力は簡単に民衆の敵に回る事を、こんな映画を観て学んで欲しい。

特に自衛隊、警察、検察という暴力手段を持っている組織は、今日尚要警戒である。

言葉は悪いが政府の「番犬」であるうちはまだ良いが、時として「鎖を噛み切った獰猛なドーベルマン」となり、主導権を握る。

先の大戦も軍部の暴走が大きいと言われている。

社会主義的思想の弾圧だけではない、平和主義者、自由主義者、人権主義者も全体主義の中では、収監され多くの人材が獄死した。

これらの先見的意見を抹殺した為、無謀な戦争に突入し同胞3百万人の死者と罪無き外国人の命まで奪った。

****

繰り返さない為には、結局国民一人一人が官憲の動きを注視し、奔流になる前に食い止める覚悟を持つしかない。

この映画の主題からずれてしまったが、「特高」を許すまじというのが私の感想である。

 

No.73

ロバと王女 1970/90分 仏 DVD 恋愛御伽噺 0420

ジャック・ドゥミ 監督(シェルブールの雨傘), ミシェル・ルグラン 音楽 

カトリーヌ・ドヌーブ、ジャン・マレー、ジャック・ペラン

童話だから発想が縛られず、服装とか魔法とか筋書きとかが奔放の為 、アイデア、意外性、奇抜性などおもちゃ箱的な自由さがある。

アラビヤンナイトはじめ物語文学はやはり、原初的な面白さを持っていると思う。

フランス人は特に新鮮なアイデアを尊重するのかもしれない。日本人は馬鹿馬鹿しいと思うところを。

ロバが金銀宝石のウンコを出す。

そのロバを殺して生皮を被って、臭い暮らしをする王女。

・・・・

娘と結婚しようと迫る父親の話から始まって、勿論すべてハッピー・エンド。

頼りない音楽も良い。40年前のドヌーブ。

 

No.72

紳士協定 1947/118分 モノクロ 米 dvd ドラマ/ユダヤ差別 0419

 

エリア・カザン 監督

グレゴリー・ペック、ドロシー・マクガイアー、ジョン・ガーフィールド

米国社会に色濃く残るユダヤ人差別を真正面から捉えた作品。

監督自身がトルコ生まれギリシャ難民のユダヤ人だから、子供が学校でいじめられるとか、一流ホテルで宿泊を拒否されるとか、就職の際差別されるとか、職場で差別されるとかの表面的差別の他に、自由平等主義者を名乗っていながら差別撤廃の具体的行動を起こさないで、黙っている知識人に対し、結果的に差別を助長している「エセ平等主義者」と鋭く告発している。

これは63年前の映画だが、ユダヤ人であるのでNYに家が借りれない男が登場するが、白人のキリスト教信者の持つ偏見はかなり深い。

黒人差別、東洋人差別、ヒスパニック差別。日本でも被差別部落出身者とか韓国人とかアイヌ人は差別される。様ような差別がある。

小さなことでもその都度、はっきり行動で反対の意思を表明する事の大切さを説いている。黙っていては認めることに結果的になってしまう。

他山の石としよう。

アカデミー作品賞を獲得した。この頃はカザンは健全である。

 

No.71

パーフェクト・ストレンジャー 2007/110 米 dvd 犯罪サスペンス 0418

ジェームス・フォーリー 監督

ハル・ベリー、ブルース・ウイルス、ジョバンニ・リビシ

観客を欺くことだけ考えて作られた作品。

アガサ・クリスティ「アクロイド殺人事件」を読んだ後の感じと同じである。

もしかして、監督もそれを真似したのかもしれない。

アクロイドも本作も私に言わせれば「禁じ手」である。

悪を暴く正義の主人公が実は真犯人、それは無いだろう。

 

No.70

プレイス・イン・ザ・ハート 1984/112分 米 テーマ/黒人差別 BS 0416

ロバート・ベイトン 監督(「クレイマー クレイマー」)

サリー・フィールド(エドナ)、ダニー・グローバー(黒人流れ者)、ジョン・マルコヴィッチ(盲目の下宿人)、エド・ハリス、リンゼイ・クローズ

幾多の苦難を乗り越えていくエドナと黒人モーゼスの不屈の魂に胸が高ぶる、隠れた傑作だと思う。本作で2度目のアカデミー主演女優賞に輝いたフィールドが気弱でかわいい未亡人をたくみに演じて、素晴らしい。

エド・ハリス演じる義兄の浮気物語が本筋とどう絡んでいるのか、kkkに対する考え方などに不明な点が残り、解釈が難しい。

モーゼスは物乞い姿だがエドナを窮地から救うために現れ、そして消えていったキリストのようにも見える。

kkkはキリストへの迫害を連想させ、エド・ハリスは姦淫の罪を犯したが、神は両方とも罰しては居ない。何故だろう。

ラストでコリント人への手紙13-1〜8が牧師により読み上げられる。愛は寛容で許すもの。白人の罪びとさえ神は許しているのだから、憎しみからは何も生まれない事を、1936年という差別全盛時代に白人に、提案しているのだろうか。

Places in the heart 理想社会が空想の教会の中でしか存在しないとみるか、実現される夢とみるか。

エド・ハリス夫婦が本当によりを戻すのかどうかも含め、問題をすべて未解決のまま終了する冷たさも又凄い。

 

 

No.69

ブルグ劇場 1937/123分 オーストリア モノクロ dvd 悲恋物語 0415

ヴィリ・フォルスト 監督

オルガ・チェ・ホーワ、ホルテンセ・ラキー

70年以上前の作品だが十分鑑賞に堪える。

老舞台俳優の失恋物語と言うテーマが永遠だからだろうか。

舞台映画の嚆矢的作品だと思うが、1952年のライムライトも連想された。

脚本は各人物が性格別にきっちりオーバー目に描かれているので、シェークスピアー劇にも似ているが、まったく無駄の無い運びでよく出来上がっている。

この時代の俳優は多分無声映画時代を引きずっているので、目や体の表情がオーバーではあるが、楽屋で失意の中でドーランのメイク落としをしながら、自嘲するオルガが物凄い迫力を見せている。

ブルグ劇場というのは今日尚、ウイーンでもっとも格式の高い演劇場らしい。

 

No.68

パリ警視J 1984/102分 犯罪アクション 0414

ジャック・ドレー 監督

ジャン・ポール・ベルモント、ヘンリー・シルバー、ピエール・ベルニエ

ハリウッド映画をフランスに置き換えたような痛快アクション・ドラマ。

J・P・ベルモントがやたら強く、安心して見ていられるだけが取り柄の映画。

アクションとして新鮮味が無く、B級だろう。

 

No.67

朝な夕なに 1957/西独 モノクロ bs ラブ・ロマンス 0414

ヴォルフガング・リーベンアイナー 監督、ルート・ロイヴェリーク、ハンス・ゼーンカー、クリスチャン・ヴォルフ

主演女優のロイヴェリークはデボラ・カーに似たなかなかの美人。

映画の内容も1956年彼女主演の「お茶と同情」似て、学生が年上の女性を慕うなど共通点が見られる。

厳格な校長をその美人先生が好きだったのが意外というより、説得力に欠けるのでは。

この時代墓場の埋葬場面で、ジャズを演奏するなど自由な空気が西独にあったことは(映画だけかもしれないが)新発見。

B級に近い映画。

 

No.66

ヨコハマメリー 2005/92分 dvd ドキュメンタリー 0412

中村 高寛 監督

永登 元次郎、五大 路子

80歳を過ぎても、ホームレス街娼を横浜伊勢佐木町でやっていいたご当地有名人のドキュメンタリー。

昭和20〜30初めの横浜の町の様子を探る面白さや、外人墓地に私生児が8百体ぐらい捨てられていたなど、混乱期の歴史を探し当てた苦労は十分評価できるが、肝心のメリーさんの生活と人間がさっぱり謎に包まれたままで、欲求不満になる。

永登さんなど特定の人とは話はしたらしい気位が高く殆ど周囲を無視した人らしい。何せ異様なおばあさんで気持ち悪く、皆逃げ回っていたのにどうして街娼が勤まるのか、又勤まらなかったのか不明。

異様な白塗り化粧と貴族衣装を続け、周囲と無頓着にわが道を歩んだのは、精神を病んでいたのか独特の人生観の持ち主だったのか?

手紙は達筆でそれなりの教養もあるみたいだが、全体像がつかめない。ギブ・アップ。

早く忘れてしまいたいような映画だった。

 

No.65

恋文 1953/98分 モノクロ dvd ラブ・ストーリー 0411

田中 絹代 監督(第1作)、丹羽 文雄 原作、木下 恵介 脚本

森 雅之、宇野 重吉、久我 美子、香川 京子、道三 重三

昭和28年渋谷のロケだから、都電が走っており、渋谷川に山手線のガードが架かっている。ハチ公も北向きで広場に面した建物も、せいぜい3階建てて殆どが木造2階建て。一歩入るとバラックが密集している場末である。

道玄坂下の今101ビルがある奥に「恋文横丁」があった。

この名前の由来が舞台。

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知らない人のために記すが、当時はまだ進駐軍がかなりおり、パンパンやオンリーという外人相手の女性が居た。

彼女らは戦争未亡人だったり、敗戦で家や職を失って生活の基盤も失ったので、良家の子女といえども多く身を売らざるを得ない社会情勢にあった。

進駐軍は次第に本国に帰って行ったが、残されたオンリーは米国から仕送りを受ける為、本国に手紙を出した。この代書屋があったのが「恋文横丁」である。

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米軍が少なくなり、廃業した彼女らに対する世間の風当たりは強く、当時の社会問題にもなっていたらしい。こんな事情を彼女らの立場で丹羽が書いて擁護したのだろう。

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田中の処女作だがカメラがまず美しい。幼馴染の田舎風景など気恥ずかしい不要場面もあるが、堂々ととても処女作とは思えない出来の良い作品だと思う。特に結末をはっきり見せないで終わるところなど余裕たっぷりである。さすが。

****

宇野重吉が森雅之にタクシーの中で言う聖書の言葉が利いている。

「キリストは言った、汝ら罪無き者よ、まず石を投げよ」・・・人間は皆罪を犯して生きているので誰も石を投げられなかった。

(ヨハネによる福音書8-3〜9)

特に終戦直後の大混乱の中ではなお更である。生き抜くために何か悪い事をした。売春行為だけを非難する資格は誰にも無いと世に叫んでいる。

 

No.64

パリは霧にぬれて 1971/98分 仏・伊 dvd 犯罪サスペンス 04.10

ルネ・クレマン 監督、ジルベール・ベコー 音楽

フェイ・ダナウエイ、フランク・ランジェラ、バーバラ・パーキンス

掘り出し物の映画だった。

前半は倦怠夫婦の先の見えない暗い話かと思って、しぶしぶ観ていたが後半になって、初めて犯罪サスペンスだということが明らかになっていく段階で、急に面白くなる。

重厚な感じではなく、短めの作品ではあるが、よく出来ているので調べたら、名匠の作品だった。

二人の子供が主役なみの役割をこなしているのも珍しいだろう。

産業スパイ・シンジケートの恐ろしいヘッド・ハンティングの話なのだが、40年ぐらい前にこのテーマを既に取り入れた脚本も先見性がある。

フェイ・ダナウエイの一人芝居的作品で、神経を病んだ役柄そのまんまの好演が光る。

 

No.63

眺めのいい部屋 1986/114分 英 dvd ラブ・ストーリー 04.10

 

 ジェームス・アイボリー 監督、リチャード・ロビン 音楽

ヘレナ・ボナム=カーター(ルーシー)、マギー・スミス(叔母シャーロット)、ジュヂー・デンチ(小説家エレノア)、ダニエル・デイ・ルイス、デルンホルム・エリオット、ジュリアン・サンズ(ジョージ)

無駄な人物が登場せず、蒔いた種が後半に意味を持つなど、脚本が秀逸。

キャスティングも見事で非の打ち所が無い。特にダニエル・デイ・ルイス、デルンホルム・エリオット。

「私のお父さん」のアリアで始まる音楽、特に数々のアリアが場面にぴったりで、泣けてくるすばらしい効果。

難をあえて言えばルーシーがどうか。

筋が読めてしまうけど、それにしても盛り上げ方が何とうまい監督だろう。

映画を観て至福になれる数少ない作品だろう。

 

No.62

戒厳令 1973/121分 仏、伊 dvd 政治スリラー 0408

コンスタンタン・コスタ=カヴラス 監督

イヴ・モンタン、O・E・ハッセ、レナート・サルヴァトーリ、ジャック・ペラン(製作兼)

本ページNo.4の「Z」と同じチーム。

Zはギリシャ軍事政権だったが、これは1970年ウルガイの傀儡政権。どちらも実話。

この監督は政治告発を続けている。

当時ウルガイは強権弾圧政府でそれを影で支えていたのが、米国の警察といいうこと。米国は警察顧問を送り込み警察の組織や捜査を指導するとともに、警察の影活動(赤色分子の弾圧)も指導したらしい。

南米には米国の暗い影が今日尚残っているが、こんな事実もあったのかとびっくりしてしまう。

この作品の特徴はラスト・シーン。

謎解き無しで終わるから面白い。

葬式は実はトリックだったのだろう。

 

No.61

野ばら 1957/95分 西独 dvd 0405

マックス・ノイフェルト 監督

ミヒャル・アンデ、バウル・ヘルビガー、エリノア・イェンセン

ハンガリー動乱から西独に逃れてきた孤児が親切な老人に拾われて、ウイーン少年合唱団の団員となり活躍するという物語。

若く美しい寮母が母親代わりとなり、二人の心の交流がテーマ。

絵に描いたような単純な感涙物語で、現在では絶対に作られない古めかしい映画。

母物の典型だから分かっていても泣かされるところが良い。

 

No.60

追憶 1956/105分 dvd 米 ラブ・ストーリー 0404

アナトール・リトヴァク 監督

イングリッド・バーグマン、ユル・ブリンナー、ヘレン・ヘイズ

記憶喪失したアナスターシアが過去を取り戻す努力を「追想」という題名にしたのは如何なものか?

原題はずばり「アナスターシア」

ロマノフ王朝最後のニコライ2世の末娘伝説の映画化。

皇帝一家はロシア革命軍により処刑されたことになっているが、末娘は逃げ延びたという噂が実際流布していた。

彼女が生きていればロンドンにある1000万ポンドの遺産を相続できるので、いろいろな山師がニセ皇女を担ぎ出して金をせしめようとした。

だが真実は未だに不明のままである。

この映画では列車事故により記憶喪失になったアンナという女性が、実はアナスターシアだったという設定になっており、山師のユル・ブリンナーがミイラ取りがミイラになった譬えどうり、錬金術をすてて彼女への愛を選んだ筋書き。

最初から予想される筋だから凡庸な脚本。

でもこの作品のレベルが高いのは、バーグマンの演技力、ブリンナーのあふれる個性というキャスティングにある。

バーグマンは既に40才を超えていたが美貌が健在で、記憶喪失の病人風情、汚れ役、優雅な皇女、など難なくこなす様は見事。

本作で2度目のアカデミー主演女優賞も獲得している。

54年前の映画だがタルミも無く、現在でも十分鑑賞に耐える。

もっとも作品より、「主題歌」の方が知られているが。

 

No.59

ジュリア 1977/118分 米 dvd 女性抵抗運動家の生涯 04.01

フレッド・ジンネマン 監督

ジェーン・フォンダ(リリアン)、ヴァネッサ・レッドグレープ(ジュリア)、ジェイソン・ロバーズ(ダシール・ハメット役)

リリアン・ヘルマンという女流作家の回顧録を映画化したもので、レッドグレーブが助演女優賞、ロバーズが助演男優賞に輝いた力作。

リリアンとジュリアは親友。

ハメットはリリアンを影で支える作家仲間。

「マルタの鷹」で知られた世界的推理作家ハメットの知られざる一面も分かり興味深い。

****

回顧録だから事実なのだが、ナチス台頭期のヨーロッパの緊迫した時代に 反ナチ運動に身を捧げ死んでいったジュリアという闘士の勇気ある行動がサスペンス・ドラマのように展開し、息をつかせぬ緊迫感が迫る作品である。

ジュリアという女性の生き方を描いているのだが、彼女は画面に余り登場しない。作者のリリアンが前面に出てその間接法で描かれる。

リリアンはユダヤ人でありながら運動に加わらず、ジュリアンは英国人ながら危険な活動に入っていく。

しかし二人は幼い時からの大の親友で、米国とヨーロッパに分かれていても心は通じ合っている。

この友情が素晴らしく、又リリアンを作家として育てていくハメットとの大きな愛も又すばらしい。

残酷な結末だが、困難な時代でも人間を信じて生きる美しさを謳った人間賛歌でもある。

ドイツ軍による国境越えの列車の検閲のスリリングなシーンなどが印象的。

 

No.58

上海の伯爵夫人 2005/136分 英・米・独・中 dvd ラブ・ストーリー 0326

ジェームス・アイボリー 監督

レイフ・ファインズ、ナターシャ・リチャードソン(ソフィア)、ヴァネッサ・レッドグルーブ(叔母)、真田 広之

ハワーズ・エンド、モーリス、日の残り、眺めの良い部屋 など良作を輩出し続けるJ・アイボリーのラブ・ロマンス映画。

舞台は日本軍が上海侵攻した1937年。

ソフィア役のナターシャは叔母役のヴァネッサの娘だがスキー場での事故で既に他界しているので、貴重な作品になった。

盲目の米国紳士を演じたレイフ・ファインズが 不幸な過去を胸に秘めた影の濃い役回りで際立つ演技を披露もしている。

真田が英語を喋り、重要な役回りをこなしているのも立派。

大戦前の混乱した国際都市上海をバックに、ロシア革命から逃れ放浪する伯爵夫人の数奇な運命が、脱出劇という緊張感をはらみながら小船のようにゆれていくさもを見事に写した終盤の盛り上がりがすばらしい。

 

No.57

ハート・ロッカー 2008/131分 米国 戦争アクション Tジョイ大泉他全国上映中 0324

キャスリン・ビグロー 監督

ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティー

今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など6冠に輝いた話題作だが一言で言えば「使い切ったインク・カートリッジのような作品」

そのココロは:外から見れば中身が詰まっていそうだが中身は空っぽ!

***

死体まで使って爆弾を仕掛ける巧妙なテロと それを見つけて爆発前に処理するブラボー中隊の 死と隣り合わせの危険きわまりない作業を臨場感抜群に、ハラハラ ドキドキ度満点に、映像化した点は稀に見る出来栄えで、文句のつけようが無い。

これは「麦の穂をゆらす風」のバリー・アクロイドというベテラン撮影監督の功績に負うところが大と思う(撮影賞はアバターに持っていかれたが)

***

それと戦争の狂気のニュー・バージョンを開拓した脚本も 技あり一本。

戦争の狂気は映画では「地獄の黙示録」その他、現実にはアウシュビッツ、カチン、ソンミ、ウガンダ etc、人間の残虐性に火がついた異常性が取り上げられることが多かった。

でも本作は、「死ぬかも知れない」という緊張感に魅入られた人間に注目している。

これはスピード・レーサーとかボクサーなどが陥る症状と同じで、危険が多くないとアドレナリンが出ず、生きていると言う実感がわかない。滅亡願望に取りつかれた状態であろう。

米国はベトナムでゲリラとイラクでテロと 見えない敵と戦争をして兵士が精神障害になった。これもその一種かも知れない。実際に無ければアカデミー賞ももらえないだろうから、信じられないが本当なのだろう。

これを世に知らしめた点も評価できる。

***

以上2点は特筆できるが、そこでその2点は何のために描かれたのがぼや〜としている。たとえば緊張依存症の恐ろしさからテロとの戦いの恐ろしさを訴えるというアプローチがまったく無いので、ジェームス軍曹はパソコン・ゲームの中の単なるヒーローのように見えてしまう。

まして米国のイラク戦略を批判するとか逆に、テロやイスラムの残虐性を暴くみたいな政治思想、もしくは反戦思想が欠如している。

はらはらドキドキもアクションそのものが目的になってはいないか。

昔モンタンの「恐怖の報酬」という映画があったが、ドキドキさせるのが目的の同系列作品にみえてしまう。

***

からっとした活劇物を観た感じが強く、心に残るものが少ないと思う。

この監督は活劇に強いだけ、浅い。

***

尚、題名は米軍の隠語で「苦痛の極限地帯」という意味らしい。

 

 

No.56

5月の恋 2004/110分 dvd 台・中 ラブストーリー 03.23

シュー・シャオミン 監督

チェン・ボーリン、リゥ・イーフェイ、メイデイ

アブラ桐は白い花を沢山つけ、散る時期にはあたり一面が雪景色のように変わるそうな。

これをリゥが「5月の雪」と呼ぶことから物語が始まる。(写真左の女性)

リゥの「5月の雪」は台湾のとある山間の寂しい村にあるらしい。

彼女は中国北部ハルピンに住んでいる。ハルピンは冬は雪と氷に覆われ白い。

彼女が何故温かい台湾に「5月の雪」を求めていくのか、この謎解きみたいなストーリーが縦糸で、彼女と台湾のメル友との恋の芽生えを描いている爽やかな青春映画である。

大陸と台湾。歴史の傷跡が孫、子の家族関係に未だに影を落としている。日本人の知らない世界である。

****

リゥは賢く、かわいい女性に描かれているが、チェンは怠惰な何のとり得もない青年なので、どうみてもこのカップルは不釣合いに見える。

台湾の人気ロック・グループ「メイデイ」が実際に出演しているが、彼の兄がそのメンバーで彼は使い走りという惨めな立場。

恋は別にして、せめて彼をミュージシャンとして才能ある姿を演出すべきではなかろうか。

****

若々しい感覚は垣間見えるけど。

 

No.55

叫びとささやき 1972/91分 swe.dvd 家族確執ドラマ 03.22

 

イングマール・ベルイマン 監督

イングリッド・チューリン、ハリエット・アンデルセン、リヴ・ウルマン、カリ・シルヴァン

彼の遺作では親子の確執がテーマだった。本作は三姉妹、即ち兄弟の確執がテーマ。

彼は厳格な牧師一家を捨てて、芸術家として自立の道を歩んだ。

彼にとって親子、兄弟は何だったのだろうか。

作品を見る限り、否定の対象。親にも兄弟にも愛された記憶が無いように見える。

いや、肉親だけでない、世の中の人全部を汚れて罪深い人と思っている。

もっと人生全般も否定しているかのようだ。

こんな人は孤独と向き合って、それでも我を張ってわが道を進むしかない。

***

次女が死に、牧師が枕元でささやく。

君は苦しんで死んだのだから、天国で神は君の言葉に耳を傾けるかもしれない。その時はこういって欲しい、この不安と倦怠と疑惑に満ちた汚れきった世で、もがき苦しんでいる罪人を祝福して下さい、救ってあげて下さい と。

死人の魂の救済を祈るのが常套句なのだが。驚きの言葉ではないか。

***

本作の特徴

@ 舞台は19世紀末の貴族屋敷。泰西名画風な屋敷だが、室内はすべて赤で統一。服装は全員白。何か意味があるかもしれないが、かなり凝った絵作りである。

A 人間が死ぬ時の1日間を冷静に描写している。題名を「臨終のもがき苦しみ」とでもつけたいぐらいである。しかも死んでから死人は安楽にならない。亡霊としても苦しんでいる。死でさえも解決にならないと言っているのだろうか。

B 長女の夫は食事の後すぐセックスを求めて寝室へ、女はコップの破片で股を切り血糊を口の周りに塗って気味悪く笑い、男を拒否する。ここまでする事は無いと思う、又、次女がベッドで苦しむ時も顔をアップにするなど、ややリアル過ぎた描写も特徴。

***

日々世の中と折り合いをつけて、欺瞞の中で暮らすことが苦しく無くなってしまった大衆にとって、監督の苦しみの実態が余り伝わらず、やたら暗くて深刻な印象だけを残す作品だと思う。出だしの時計のカチコチから最後まで、ただならぬ雰囲気はやはり凄いが。

 

No.54

スター・ランナー 2003 香港・韓国 dvd ラブストーリー 0319

ダニエル・リー 監督

ヴァネス・ウー、キム・ヒョンジュ、アンディー・オン

題名は絞め技以外は何でもありという アルティメット格闘技大会のこと。

ボンドというカンフー青年が 傷つきながら恋愛と格闘技に燃え尽きる様を ドラマティックに描いた佳作。

アル中のコーチに鍛えあげられるところは「あしたのジョー」に似ているし、年上の女教師を好きになるところは「キャプテン翼」に似ていたりしてもいるが、この作品は二人の主人公をさらりと影薄く描いて、敢えて感情移入する時間を与えなくする事により、移ろい過ぎ行く人生の悲しみを淡々と表現したことに特徴があると思う。

そこでベッドで意識無く2年間も眠る叔父のエピソードが効いてくる。

果たされず老いてしまった彼女への愛の告白を懺悔するかのように「駅」に通う叔父の姿に、流れるだけで戻る事の無い残酷な人生の時間を感じさせておき、ボンドも又同じ道を歩むかと思いきや、過去と後悔の交差点である「駅」で二人は偶然に再会を果たす。洒落たシナリオだと思う。

「最後まで戦う」という二人のキーワードに拘り続け、テンカウント後のファイトは如何なものかと思うが、ラッシュアップのファイト・シーンはかなり惹きこまれた。他にもボクシング映画の名格闘画面は多いが本作も、あるレベルには達しているシーンだと思う。

マイナーな監督でカンフー映画だからB級映画という相場だが私は楽しめた。

 

No.53

夏の夜は三たび微笑む 1955/109分 BS放送 ラブコメディー 0316

イングマール・ベルイマン 監督、グンナール・ビョルンストランド、ウーラ・ヤコブソン、エヴァ・ダールベック

珍しく喜劇。

深層心理の森に迷い込む心配はないので、気楽に楽しめる。

モーツアルトの「コシ・ファン・トゥッテ」などに似ており、シェークスピアの「真夏の夜の夢」などにも似ている。

伝統的な戯曲立てなのだろう。

スエーデンにこんな貴族社会があったかとびっくりさせられる豪華な屋敷や室内装飾。

何処も変わらぬ嫉妬と浮気、欲望と独占欲・・・。新しいテーマは無い。これもベルイマンにとって異常。

一番の見所は、自殺しそこなって壁にぶっつかって意図せずボタンを押してしまった息子の前に、隣部屋のベッドが自動移動してきて、若い義母との思いが遂げられる下り。二人は駆け落ちする。

息子と義母、父と昔の恋人、お手伝いと馬丁、これで三たび微笑んだ。メデタシ、メデタシ、メデタシ。

 

No.52

崖の上のポニョ 2008/101分 dvd  ファンタジーアニメ 0316

宮崎 駿 監督、久石 譲 音楽

人魚姫を5歳の子供に置き換えたことに無理がある。

恋するには少し早いから。

**

海は魔力に満ちて、想像力が十分に発揮され、尋常ではない空想メルヘンの世界、素晴らしい絵だ。

それに反し、陸は(人は)日常的、現実的で夢が無い。

この両者は大人と子供の違いのようでもあるし、現代人と大昔の自然人の違いのようにも見える。

でもこの境目がちぐはぐで、融合してないので、多分ポニョは不幸の将来が待っていそうで心配だ。

**

すべて手書きコンテとのこと。CG作画のどこか人工的な動きが無く、Softでやさしいのが良い。採算的には大変だろうが、拘りに敬意。

なんとなく終わっってしまうので、もう少しつめて欲しかった。ポニョというネーミングとテーマ音楽が秀逸であるけれど。

 

No.51

ハッピーフライト 2008/103分 dvd 職業ドラマ 0315

矢口 史靖 監督

田辺 誠一、時任 三郎、綾瀬 はるか

CAやパイロット、整備士や管制官、搭乗手続き員など航空サービス業の苦労話を映画にしたもの。

テーマや主張とは無縁だがら、深く考えないで観ると良い。

楽しい映画だからそれで十分。

人気の綾瀬はるかさん、明るくチャーミングだが一本調子でこれから先が長い感じ。

 

No.50

レベッカ 1940/130分 米 モノクロ dvd 犯罪サスペンス 100312

アルフレッド・ヒッチコック 監督、ダフネ・デュ・モーリア 原作

ローレンス・オリヴィエ、ジョーン・フォン・テイン、ジョージ・サンダース

監督 米国第1作、アカデミー作品賞に輝いた。

No.49とか本作などを見る限り、映画と言うのはこの時代に既に完成の域に達し、その後は付け足しではないかと思えても来る、驚きの出来である。

それはさておき余談をひとつ:

ジョ−ン・フォンテインはグレース・ケリーに似た美女だが(こちらの方が古いので、G・ケリーがJ・フォンテインに似ているのだが)、父親は日本人の東大教授だった。姉も名優であの「風と共に去りぬ」のメラニー役をやったオリバー・デ・ハヴィランド。この姉妹は仲が悪く、姉にあの大役を取られ妹は悔しくて自殺まで考えたらしい。

 でも再起し本作の翌年同じヒッチコックの「断崖」で主演女優賞を獲得した。

二人とも日本人の血が混じっているなんて信じられないぐらい「外人」の美人である。

 

マンダレーというものすごい屋敷が登場する。英国コンウオールにあり門から館まで車で森を突っ切って行く、余程の広さの敷地である。海岸もあり、執事や召使が4〜50人働いている。日本には無い舞台である。「ゴスフォード・パーク」にも凄いのが登場したが、大英帝国には桁違いの屋敷が残っているものだ。こんなのを見ないでは「階級社会」という言葉の意味を知った事にはならないという気がする。

ローレンス・オリビエ初め完璧な演技人。脚本も少し意味不明な場面もあるが、計算しつくされて、終わってすべて納得する仕組み。

それにしても、予想を超えた結末。懸命に観たが負けた。面白かった。

 

No.49

わが谷は緑なりき 1941/118分 モノクロ dvd ホームドラマ 100311

ジョン・フォード 監督

ウォルター・ピジョン、モーリン・オハラ、ドナルド・クリスプ

19世紀末のウエールズの炭鉱町に住む一家の物語。家族構成は夫婦と6人の息子と一人の娘。末子だけが子供で親父と息子は全員炭鉱夫。

J・フォードの両親はアイルランド移民。

ウエールズはアイルランドと同じケルト族の地である。フォード得意の舞台だろう。ケルトは文字こそ持たなかったが優れた文化を持っていたことは知られている。特に昨今は音楽分野において、エンヤやU2はじめアイルランド出身の世界的活躍が目立つ。歌う事が好きな人たちなのだろう。

本作も炭鉱従事者があちこちで寄れば合唱している。ついに女王陛下の前でのどを披露するエピソードが織り込まれているが、映画の為の作り事でなく、歌う事が現実に極普通な土地柄だと思われる。

69年前の作品だが、今見ても新鮮な感動を覚える。その源泉につきいろいろ考えもしたが、世界遺産的名画をどうのこうの言ったって語るに落ちるので今回は止めにする。

ただ今回この映画を見直して、凝ったカメラワークに驚かされた。わが谷と言うくらいだから山や丘で平坦ではない地形で撮影されている。この地形を有効に利用しているのだ。例えば、掘削所から石畳の坂道が下っており、右側に石作りの同じデザインの家並みが続く、屋根は段違い水平だが坂道は斜め、これにより坂道がより強調され立体感が増す。白黒のコントラストもきつめで、何処の場面も遠近法的奥行きを感じる。

貧しいが、質実剛健な気質が村の作りにも横溢している。

今回観た後、何故か私はしきりと亡くなった父と母のことが懐かしく思い起こされ悲しくなったが・・・。

 

No.48

熱いトタン屋根の猫 1958/108分 米 dvd ホームドラマ 100310

リチャード・ブルックス 監督、テネシー・ウイリアム 原作

エリザベス・テーラー、ポール・ニューマン、バール・アイビス

リズは1932年生まれだから26歳の時の作品。虹彩の色が極めてまれなバイオレットらしい。未だにこれ以上の人は居ないのではないかと言われている美女だが、アカデミー主演女優賞を2度もとった才色兼備の女性でもある。8回も結婚したが世界中の人から愛され、晩年もエイズ撲滅運動などの社会活動にも熱心で、敢えて老いた姿を曝け出している強い女性でもある。

若きP・ニューマンとの美男美女のカップルが本作のウリ。

T・Wの原作ではポール演じる夫ブリックは同性愛者の設定だが、脚本では夫婦の不仲は妻が親友と不倫したと夫が誤解したことになっている。不倫を確信したら離婚するのが普通で、そうでなかったら美人妻の毎夜の誘いを拒否し続ける夫が超不自然。どうみても原作の方が分かりやすい。

テーマは「虚偽」。家族関係も虚だらけで心が通っていない。父の死期が近づき、ブリックと父は裸になって嘘を激しく暴き合う。父と息子の絆は取り戻せるのか。

ここまでは「嘘」退治。ところが、マギーは義父に懐妊したと「嘘」をつく。この捨て身の演技に本当の愛を感じたブリックはマギーを連れて2階の寝室行き、初めてやさしくキスをする。

「嘘」が真実を生むという、それまでの流れとは反対の見事な切り替えし。

ここにテネシー・ウイリアムの冴えを感じる。

室内劇である。セリフが深く突き刺さる。まったく素晴らしい。リズは右頬にホクロがあるのだな。これが又プラスしているのかも。

 

No.47

わが命つきるとも 1966/120分 dvd 英・米 歴史人物史 100308

フレッド・ジンネマン 監督

ボール・スコフィールド、スザンナ・ヨーク、ロバート・ショー

アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞など獲得した名画。

「ユートピア」の作者で世界中に知れ渡ったトマス・モアのヘンリー8世との確執を描いたもの。トマス・モアは政治家で最高地位まで上り詰めたが王の離婚に反対し仲たがい、最後は断頭台の露と消えた。

王は英国史上最悪の君主として名をはせ、恐怖政治を行ったが、彼だけは王を恐れずカソリック教徒として筋を通した。

現在考えると、ローマ教会から離れ国教会を作った行為そのものは、そう悪くはないのではという考えも通用するが、当時の宗教感覚から言えば極めて罰当りで破廉恥な行為だった。

新教のようにローマ教会の腐敗を糾弾して分離したのならまだしも、王の私的な都合をごり押ししたところがトマス・モアの高貴な精神の許さないところだったのだろう。

「信念を曲げない」・・なかなか出来ない。結果からすれば、彼が反対しようがすまいが歴史は変化しなかったので無意味であったのだが、己の良心に忠実に従うことが、生きる事であるという割り切り方は現在の我々にも、何か暗示するする要素を持っていると思う。

****

権力に妥協しなければ生きていけないし、時には嘘もつきながらでも、生き続けるのが人の性だ。

でもここに宗教が入ってくると妥協や嘘の限界が厳しくなる。

権力の上位に神がいるから、神には仕えるが神の教えに反する権力には仕えるべきでないという論理の方が通る。

でもこれは信仰心が強い人で、大体は神を無視し権力の方に仕える。トマス・モアは神を本当に信じていたという事になる。

人は神を本当に信じられるのか?モアみたいな知識人も本当に信じていたのだろうか。

宗教の教えを借りて王を批判し、賄賂が横行し道徳が低下していた世相に自身の清廉潔白な生き方を国民に示す事で、国を守ろうとしたとも見える。

***

何れにせよ、こんな人物が実在したということに、人間の素晴らしさを再発見できる。

 

No.46

霜花店(サン ファ ジョム) 2008/133分 韓国 歴史ラブストーリー  シネマート新宿他上映中 100309

ユ・ハ 監督

チョ・インソン(隊長ホンムニ)、チェ・ジンモ(高麗王)、ソン・ジヒョ(后)

題名は高麗時代の歌謡の名前と物語の内容から作られた造語との事である。英語題名frozen flower。

歴史のお勉強:百済 高句麗 新羅 の三国時代の後、統一新羅となり(余談だがその時に高句麗王が臣下を引き連れて日本に亡命したのが埼玉県日高郡高麗神社周辺であった・・奈良時代)、その後新羅が内部崩壊し、高句麗系の王が国家再統一を果たしたのが高麗である。

高麗は918〜1392の長きに亘って半島を支配しkoreaの語源にもなっているが、その後朝鮮(李氏朝鮮)が近世まで続いた。

***

あらすじ:「元」の支配下にあった高麗王朝末期の王と后と近衛隊長の三角関係を描いた恋愛ドラマである。

王は元から来た后を愛しているが、同性愛者で隊長と深い関係にある。女性と寝ないので継嗣が出来ない。何時までも継嗣が居ないと元から次期王の養子がくる事になっている。そうすれば高麗王朝は途絶える。何とかしなければいけない。

そこで、王は隊長に后と3日間寝ることを命ずる。ところが政略を越えて、二人は本気で愛し合うようになり、人目をd忍んで密会を重ねることになった。懐妊を知った王は、秘密を知る后周辺や近衛隊員を徹底粛清、嫉妬に狂ったリア王になって后を苦しめる。

以下省略

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・大胆なセックスシーンがかなりある。場所も体位も色々でポルノ映画的効果を狙ったのは確実だろう(きれいな映像とは思うが)。

・同性愛のベッドシーンも音声まで入り、気持ち悪くなるほどリアル(ショーン・ペンの「ミルク」が普通に見える)。

・格闘シーンも血がやたらドバドバ、殺陣、立ち回りそのものは見ごたえあるが。

要するに表現がややどぎついから、ある人は大いに評価するだろうが、私などには浅薄で逆効果だと思う。あくの強さは韓国映画のひとつの潮流ではあるが。

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でもこの映画がわが国でも評価されているのは、男優二人が極めて美形で演技もうまく、お稚児さんたちもかわいいこと。さらに金もかけて絢爛豪華歴史絵巻に仕上げているからだろう。

命を賭けた恋に殉じるホンムニに女性フアンは心ときめくだろうが、最後は王に謀反して生き残る后までは感情移入できないのでは。

時々クラシック名曲が流れるのも韓国映画の特徴だが、何回も言及するが興ざめである。そろそろオリジナルで通して欲しい。

 

No.45

浮雲 1955/124分 モノクロ dvd ラブストーリー 100307

成瀬 巳喜男 監督、林 芙美子 原作、水木 洋子 脚本

高峰 秀子(ゆき子)、森 雅之(富田)、中北 千枝子、岡田 茉莉子、加東 大介

ホームドラマではないので成瀬にしては異色と言われている。

ラブストーリーだが林は、これで女の生き方のひとつの典型を示しているのだろう。

世間には女がほっとかない色男がいる。優柔不断で、浮気性で、嘘つきで、見栄っ張り、少しも真実味が無く、弱気で意思も弱く生活力も無い。男として何のとりえも無いのだが不思議に女が夢中になるそんな男がいるものだ。女が貢ぐケースが多い。

富田はそんな男だ。

ゆき子は運悪くこんな男に恋をしてしまった。女性にもいろいろある、気が付いて去るのが普通だろう。でもゆき子のようにふんでも蹴られても好きである事を止められない不器用な女性もいる。心底一途に愛だけに生きる、報われない愛なのに。

林だけでなく、多くの作家がこんな破滅型の愛を描いてきた。男が一途なケースも含めて。

****

こんな女性の一生を高峰秀子が見事に演じている。気だるそうで投げやりな目線と画面から抜け出るような白く丸い顔が強い印象を残す。  少し鼻にくぐもるような、セリフまわしが気になる人も居るとは思うが、品があって、モダンな感じもして、冷たそうで、悲しそうで、弱そうで、強そうで、それでいて親しみもあって、すごい美人。こんな人はそう居ないと思う。あらためて脱帽である。

ゆき子は浮雲のように、ただ流されていく。                                                            ベトナム、東京、伊香保、鹿児島、屋久島、ゆき子墜落の軌跡でもある。

このラブストーリーは甘い雰囲気は無いのが特徴。お互いの「ののしりあい」や富岡の逃げ口上など、感情のもつれの会話ばかりが続く。   が、繰り返しが多いのはクライマックスへ向けてのラッシュアップの布石と見るべきで、決して欠点ではないだろう。

****

ラストシーンは最高である。月に35日雨が降るという屋久島。この陰鬱で最果ての地ほど結末に相応しいところは無い。

遅きに失したが口紅をさしてやる富田・・・・・。

でも、ゆき子は一瞬だったが幸せだったような気もする。

これが救いである。

 

No.44

ラウンド・ミッドナイト 1981/130分 仏・米 dvd 音楽ドラマ 100306

ベルトラン・タベルニェ 監督

デクスター・ゴードン(デール)、フランソワ・クリュゼ(フランシス)、マーティン・スコセッシ(米国側マネジャー)

アカデミー作曲賞。ゴールデン・グローブ音楽賞。

静かな感動に包まれ、見て良かったとしみじみ思う作品。

題名はジャズのスタンダード・ナンバー。

60年代は米国はジャズ不況だったらしく、ミュージシャンはその多くが活動の場をヨーロッパに求めた。その頃のパリでの物語。

映画ではデール・ターナーというts奏者になっているが、モデルはバド・パウエルというピアニスト。ジャズの界の大御所である。

アル中、薬中、うつ病などで60年代以降はあまり活躍出来なかった。1966年trpで有名なクリフオード・ブラウンとともに自動車事故で亡くなった。享年42歳。

状態の良かった1958年の「cleopatra's dream」などを聞くと恐るべき早弾きだがこれが彼の身上。モダンジャズの演奏はp、b、dsの3人の編成が多いがこのスタイルを確立したのも彼で、モダンジャズの創成期に欠かせない重要人物である。

・・・

何故感動するか?

1.金を持たすと酒を飲み、救急車に収容される毎日なので、パリのブルーノートで毎日演奏しているのだが、店はマネージャーにしか金を渡さない。常に人に監視され、籠の鳥状態で自由がまったく無い。それでも音楽が好きで頭の中は音に満たされて不満を言わない。惨めだがこの音楽に対する純粋な魂に泣かされる。

2.これを演じたデクスター・ゴードンの抑えた静かな演技が実にぴったりしている。隣の人が酒を飲むのをみて出たよだれを手で静かにぬぐう哀れさがたまらない。

3.こんないわば生活破綻者を尊敬し、ジャズ界の王者として扱うフランシス。介護しても、しても又失敗するフランシスが深夜悲しくてこっそり流す涙をデールは見逃さなかった。これをきっかけに禁酒を自ら約束し再起するのだが、こころとこころがやっと通じることに安堵して又ほろっとさせられる。

4.演奏されるジャズも悲しく、すごく良い。

 

No.43

晩菊 1954/102分 モノクロ CATV 文芸作品 100305

成瀬 巳喜男 監督、林 芙美子 原作、田中 澄子 脚本

杉村 春子、沢村 貞子、細川 ちか子、望月 優子、上原 謙、加東 大介、小泉 博、沢村 宗之介、有馬 稲子

 「山の音」と同年に製作されている。原作が川端と林、当たり前だが趣がずいぶん違う。

「山の音」は男が主人公、本作は中年女性4人の物語。はるかにこちらの方が人物像がくっきりして、生きているとおもう。

舞台は鎌倉と東京の下町。成瀬はやはり庶民感覚を大事にした。映画は歌舞伎と違い金持ちが見るものではなく、大衆が見ることで成り立つ商売。大衆が求めるものは何か、流行はどちらに向かっているか、どちらへ誘導すればいいのか、常に冷徹な社会の観察者で無ければいけない。

これは芸術を追求する上では制約ともなる。それを両立させるのが巨匠と言われるものだろう。小津、黒沢、溝口、成瀬、どれも芸術作品でありながらどこか娯楽映画のにおいもする。

「稲妻」「めし」「晩菊」「放浪記」「浮雲」みな原作は林芙美子である。脚本も水木や田中など一流で固定。

作る側も「成瀬組」と言われる達人集団で固定している。だから一定の品質が約束される反面、どの作品も似てしまう。

****

元芸者の4人。結婚しているのは沢村貞子だけ、小料理屋でまず平穏。杉村春子は金貸し、情に流されない鉄の女。望月優子は博打やパチンコでだらしなく生きている女。細川ちか子はラブホテルの掃除人をしながら細々と正直に生きている。望月の長女(有馬稲子)も細川の長男(小泉博)も親元を飛び立ち親は寂しい。

細川と望月は生活で苦労しているが、子供がいることが女の幸せ。杉村は金儲けだけが生きがい。沢村については、あまり語られないので不明だが生活安住型ということだろう。

でも4人の生き方でこれが良いという肩入れは無い。どれもこれも、多くの苦労、恨み、つらみ と少しの喜びがある女の人生。

それをスケッチしているだけ。結論や言いたいものが見えない。

***

決して、芸者の惨めな末路を描いた自然主義的な作品や、まして滅びの美学みたいな耽美主義でもない。

敢えていえば「女の人生はこのように、皆つらい事ばかりなのよ。この映画を見ている貴女、つらいのは一人だけではない、耐えて生きなさい」

という同性(林)としての、庶民応援歌なのだろう。

***

杉村春子中心の映画。昔の恋人(上原謙)が尋ねてきて幻滅し、ナレーションで本音を語る手法も面白い。

 

 

No.42

ゴスフォード・パーク 2001/137分 dvd 犯罪サスペンス 100304

ロバート・アルトマン 監督

マギー・スミス、マイケル・ガンボン

アカデミー脚本賞、ゴールデン・グローブ監督賞。

脚本について:

 

ワイズマンという戯作者が次作の内容を晩餐会参加者たちに訊かれ、ポロっと晩餐会の夜殺人が起こるのさ、とさわりを披露する場面がある。

実際にそのとおり館の主人が殺されるのだが、この筋書きは探偵もので既に何度も使われているので、先が読まれてしまいおそまつ。

でもそれ以外は凝っている。犯人は子供を生まされ捨てられた女とその息子なのだが主人は捨てた女と言うことを知らないで、館の女中として使っており、息子は母は産後死んだと思っている。要するに、動機は同じだが、共犯で無く別々に同一人物が2回殺されるのである。これはさすが。

所謂群集劇だから登場人物夫々のエピソードが同時進行し、人間関係を理解するのが大変だけど、すっ飛ばしても面白いと思う。

難を言えば、ワイズマンのニセ執事の出番が主役なみに多い割にはたいした意味をもたさないのに疑問を感じる。

アルトマンは饒舌すぎて無駄を気にしないのだろう。

撮影について:

1932年の英国のカントリー・ハウスが舞台で、貴族や俳優などが執事や女中連れで、豪華館に集まる。

ゲストの数より彼らを世話する専属運転手と専属世話役の数の方がはるかに多い。家来を引き連れないゲストは馬鹿にされる。

これら縁の下の力持ちの為の諸施設(洗濯部屋、アイロン部屋、調理部屋、宝石預かり金庫部屋、宿泊部屋、食事部屋、靴磨き部屋など)が登場し、各自のプロフェッショナルぶりに驚かされる。

貴族の館のディナー・ルームやパーティー・ルームなどはよく撮影されるが、この裏方設備を撮影の主たる舞台にしたのはユニークだと思う。

とにかく、当時の英国貴族社会の絢爛豪華さをたっぷり楽しめる。金を惜しまず贅沢な重厚な映像に仕上げている。家具・調度品とか装置担当の苦労が偲ばれる。

車について:今で言う垂涎のでるロールスロイスなどのクラシック・カーが多く登場する。

アルトマンは軽妙だが安っぽくないところが特徴。

心にどんと残るインパクトはそんなに強くは無いと思うが、ホロリ感は独特のものだと思う。

dvdを借りて観て、決して後悔しない映画である。保証する。

 

No.41

フローズン・リバー 2008/97分 犯罪ドラマ 渋谷シネマライズ上映中 100303

コートニー・ハント 監督

メリッサ・レオ(レイ)、ミスティー・アッバム(先住民ライラ)、チャーリー・マクダーモット(J・T)

世間評価のかなり高い作品である。主役メリッサ・レオがアカデミー主演女優賞にノミネートされている。

若いころは美人だったと思うが、本作ではノーメーク(多分)でシミだらけの肌も皺もそのまんま。役者もつらいだろうが観る方も少しつらい。

貧困は犯罪の温床。だから登場する貧乏な母親二人は已む無く罪を犯す。

子供の為に・・・。

舞台が大氷原極寒の地と異様なことが、尋常でない作品を予感させるファーストシーンである。

カナダと米国NY州の国境付近を流れ、冬は車が渡れるほど凍結するセン・トローレンス河。こんな僻地に先住民が押し込められている。その部落を利用した不法入国斡旋。レイは失踪した夫の代わりに、フローズン・リバーを往復して不法入国者を運ぶ。一人1,200ドル貰う。

信じられないがこれは実話である。影に白人の犯罪組織があり、結局先住民とアジアからの違法入国希望者を利用し、搾取する。

だから、告発映画でもある

**

ポイントは「赤子」。

・イラクからの不法入国が大きなバッグを抱えていた。爆弾の可能性ありということで、マイナス30度の氷原に投げ捨てる。そのあと、そのバッグの中身が「生きた赤子」であったことが分かり・・・・。 一番の迫力場面。

・ライラは産み落とした子供を親に売られた。子供を取り返すべく犯罪に手を染めるが・・・。「赤子」をとるか監獄に入るか・・・

最優先させるべきなのは何か。悩んだ挙句レイは毅然とした自己犠牲の道を選び、レイの「赤子」を救う。

イラクの母、インディアンの母、米国人の母、人種は異なっても「母」の気持ちに変わりない。荒みきった作品だが、この一点で救われる。

これはやはり「強い母の映画」なのだ。

タランティーノは終わり方をほめたらしいが、何か突然に終わり、あれっ。

一件落着でないところが深いのかも。☆4.0に近い3.5.(暗すぎる)。

 

No.40

山の音 1954/95分 dvd モノクロ 文芸作品 0228

成瀬 巳喜男 監督、川端 康成 原作、水木 洋子 脚本

原 節子、上原 謙、山村 聡、長岡 輝子、杉 葉子

川端康成が原作を書いた1954年(康成55歳)と同年に映画化された。

信吾は62歳の設定になっている。

健忘症ぎみで頭の中がいつもモヤモヤしている。初老によくみられる症状だ。同時に若い女性がやけに美しく見えたりもする。これもよくみられる症状だろう。

55歳の川端はまだ初老ではないのに実によく老人を観察している。さすがだ。

信吾は老いた康成の分身みたいに思っていたが違っていた、創作だったのだ。

信吾は今で言う老人性うつ病ぎみか。過去の記憶と現在,夢と現実が錯綜したりもする。悩ましい年頃ではあるのだ。

妻には幻滅、息子には失望、嫁に行った娘の言動も気にさわる。

嫁の菊子(原節子)だけにまともな人間を感じている。いやもっと突き詰めれば、若さへの憧憬の裏に淡い異性への憧れもみえる複雑な気持ちさえ持っている。

菊子も信吾のそんな気持ちを察しているようだ。

***

原作「山の音」はお茶の間作品ではなく、、死んだ義理の姉への残像に拘ったり菊子との怪しげな心のつながりを描いたりした男女関係を柱にした信吾という人間を描いている。

信吾の心理、自我など心の中を探っている私小説であると思うが、映画にするにはそんな気持ちの機微まで描けないから成瀬がホームドラマ仕立てに変えたと理解する。

ホームドラマは日常表現から離れられない。空想的な劇的な展開が出来ないデメリットの反面、日常が実在するので他人事でないリアリティーを観る者に感じさせることが出来るメリットがある。

そこを拠りどころに、一応退屈しない出来栄えになっていると思う。

ただ、さすが起伏が少ないと思ったのだろう、原作はそこまで発展してないが、菊子が離婚の腹を固めて女性の自立への希望を持たせることでエンドにしてある。

これは大成功だと思う。

***

鎌倉が舞台で丸の内に通う社長と息子。小津作品に似ている。娘が里帰りしてくる場面がある。老妻が言う「荷物が多いから長いのではないですか?」

これは小津の「秋日和」とまったく同じセルフである。

成瀬が小津の真似をした。

違う、本作は54年、「秋日和」は1960年だから、小津が成瀬の真似をしたのだ。

***

やせ気味の山村聡がすごく良い。長岡輝子演じる妻保子の董の立った老妻ぶりも凄い。

 

No.39

ワーキングガール 1988/113分 dvd ラブコメディー 0227

マイク・ニコルズ 監督

メラニー・グリフィス、シガニー・ウイーバー、ハリソン・フォード

メラニー・グリフスが裸体を見せる場面がある。まだ31歳だったのに腰の周りの線が崩れている。

かわいく、セクシーでフアンも多いというのに、配慮不足であろう。

酒と薬におぼれた後カンバックした。その後遺症だろうか老け方が早い。今年53歳。

ゴールデンルローブでは女優賞を貰ったが、アカデミーは主演女優賞にノミネートされたものの逃した。

役員会で追求され、弁解することなく去っていく表情がとてもかわいいく印象に残る。

本作はシガニー・ウイーバーとの二人競演が見もので、ハリソン・フォードもさすが影が薄い。

ビジネスとしての企業買収斡旋の現場とは少し違い、作り物の感は否めないのが残念。

 

No.38

あにいもうと 1953/86分 モノクロ dvd ホームドラマ 0226

成瀬 巳喜男 監督、室生 犀星 原作、水木 洋子 脚本

森 雅之、京 マチ子、久我 美子、船越 英二、浦辺 粂子

1936、1953(成瀬),1976(今井)と過去3回映画化されている犀星の名作。

原作は「短編なので、水木が次女(さん)の恋愛話や母の茶店の話を付け膨らましてある。

「何処の話か?」

映画の舞台は大きな川のそばで、川向こうはもう東京で、土手の背後には梨畑が広がっている。そこで多摩川梨の産地、即ち生田区あたりと一応考えられる。ところが新宿行き電車が停車する「菅間」EKRという駅は、小田急、京王線には無いから、架空の駅名だろう。さらに架空と言っても、「菅間」と言う言葉をどうして使ったかは気になるところではある。

「菅間」という地名は川越市大字菅間に同名があり、荒川の支流入間川に面していてそこかとも思ったが、鉄道は走ってないのでやはり映画の舞台は多摩川で、EKR改めOKR即ち小田急の登戸駅と解釈するのが妥当と思われる。

映画はさておき、原作の舞台は果たして何処なのだろう。

原作には遠くに秩父の山々を望む磧とだけ書いてあるだけ。そうすると多摩川からは秩父山系は望めないので、荒川と言うことになる。姉妹の行動から東京に程近い場所と推量されるから、浦和あたりが候補か。

いやもっと可能性の高いのは、犀星が奥多摩の山を秩父の山と勘違いしたという線。文豪には不遜だが、そうするとイメージした場所はやはり登戸あたりだろう。

犀星は金沢の人で日暮里に住んでいたので、西の方は無案内だったのではなかろうか。

いずれにしても昭和27年はおそろしく田舎だった。

「川師とは」

父(赤座)の仕事は腕の良い川師である。川師とは今はもう無い職業で、洪水を防ぐ為竹で編んだ蛇籠に石を積め、土手に積み上げる石運搬船持ちの人夫頭のことである。殆どの蛇籠は洪水の都度破壊されたが、赤座の蛇籠は流されることの無い腕利きの職人であった。昔の河には何処も多くの人夫がいて河を守っていた。川師は口よりも拳骨が先の荒っぽい屈強な男のイメージである。

今はコンクリートなどで土手を固めてしまったので、その必要はなくなった。

このころは、既に斜陽で父は往年の華を失い、元気が無くなっている状態。

***

「兄妹のつながり」

昔は親が忙しく働いているから、兄が幼い妹の面倒をみていた。本作も妹が自分の体のほくろの場所を知らなくても兄が知っているという表現があるが、一心同体的な間柄でもあった。

そのかわいい妹(もん)が働きにでた東京で学生を好きになり、子供をはらんで捨てられ帰ってきた。かわいさ余って憎さ百倍、罵倒し、殴る蹴るの兄妹げんかが絶えない。

兄はその学生を捉まえて、川原で殴りながら言う「俺がもんを蹴飛ばすのは、そうすりゃ家族は俺を悪者にして、もんの方につく。だから邪険にするのさ」・・・

つらく当たるのはもんを守ってやる為だ、本音はかわいそうでたまらないのだ、とでも言いたい風情。でもこれって嘘くさくないか。

どんなに落ちぶれても妹は妹として兄はかわいいと思い、庇うのが普通と思う。

兄が妹を責める本当の理由は本人も知らないが、同じ血が流れている妹の中に意思薄弱な自分の姿を見出して、たまらなくなっていると解釈できる。

兄も女性のことで問題が絶えず、仕事も身が入らずふらふらと生きている、半端ものだからだ。

****

そうでなくてもこの一家は世間から「人夫ふぜい」と馬鹿にされており、さらにもんの不始末の知れるところとなり、隣の目が厳しかった当時は随分と家族はつらかったであろう。

赤座も崩れ行く職人で、昔が懐かしいだけの偏屈じじい。兄もいい年をしてふらふらしている。もんは男相手の水商売で荒れた生活にはいっている。さんだけが希望だが、これらの複雑な家族を、母が赤座に殴られながらもひとつに纏め上げている。

もんもさんも東京で働いているが、こんな実家でも不思議と帰りたくなって、帰ってくる。

切れそうで切れない家族と言う得体の知れない絆が、多摩丘陵の乾いた梨畑の陽光に写して悲しい。

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自然主義的な暗い原作だが、川師という特殊な職業に目をつけ、家族という得体の知れない魔物に迫って、いわば滅びの美学を描いている。

成瀬と水木は原作の滅びだけで終わらせず、さんを希望の星として生き返らせている。もんは愛におぼれたがさんは恋人を捨てるというエピソードで。

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映画として気になった事は、学生役をやった船越英二が年嵩が行き過ぎて不自然なこと、それに肝心の赤座が任侠あふれる風貌はいいが余りにやせすぎて、屈強で乱暴な男のイメージと程遠いこと。ミスとは言えないがキャスティングに難を感じた。

浦辺粂子は相変わらず素晴らしい。

森雅之と京マチ子の喧嘩の場面が見せ場。

 

No.37

ゴールデンスランムバー 2009/139分 クライムサスペンス 吉祥寺東亜興業他全国公開中 0225

中村 義洋 監督、伊坂 幸太郎 原作

堺 雅人、竹内 結子、柄本 明、香川 照之、吉岡 秀雄、劇団ひとり、浜田 岳

和訳すれば「黄金のまどろみ」。

1969/ビートルズのアビー・ロードというアルバムに入っている曲名。仲良し4人組が学生時代ともに口ぐさんでいた曲で、青春を意味する言葉。

ヒットメーカーの原作だから面白いことは確かだが、荒っぽさが目立つ(特に終盤)。

*爆弾が仕掛けられていたことを知っていたのに、吉岡は何故車から降りなかったのか、自殺だとしたら暗示するカットが必要だろう。

*爆弾が破裂後、すぐに警官が後ろの路地に停車中の車に近づくのも不自然。国家の陰謀は末端の警察官まで指示は出さない(バレる危険が高い)。

*さびだらけの廃棄車はバッテリーを変えただけではまず動かないだろう。

*市内の多くのマンホールに花火を短時間にセットするなんて不可能。

*ニセ犯人を殺さずとも、真犯人を殺せば事足りるはず。(ケネディーの場合と違う)

巧妙な作り方をしている割には、リアリティー欠如しているので、減点必死。惜しい作品ではあるが。

 

No.36

アパートの鍵貸します  1960/125分 モノクロ dvd  ラブ・コメディー 0223

 

 ビリー・ワイルダー 監督

ジャック・レモン、シャーリー・マックレーン、フレッド・マクマレー

私は1962年にこの映画を観た。覚えている場面はバーカウンターにマティーニに入っている串刺しのオリーブを円形に10本ぐらい並べ自棄酒を飲んでいるところや、帰宅後一人で出来合いのアルミパック入りのディナーセットをオーブンで温め、一人でTVを見ながら食事をするところなど、ほんの数箇所で殆ど見事に忘れていた。

今回一番面白かったのは、意外にも当時のNYの会社の雰囲気だった。当時のアメリカは黄金時代、景気が良かったこともあろうが、社内がおおらかそのもの。お偉方は社内不倫のやり放題、社員も会社内でのパーティーではあっちこっちでディープ・キスをしたり、机の上に乗ってラインダンスやストリップ・ショウの真似事まで飛び出す自由奔放さ。管理、管理の現在と何と違っていることか。

日本の金融機関でコンピューターが導入されたのが67,8年頃だと思うが、この時(60年)すでにNYの保険会社では導入されている。これも驚きだ。

又、アパートのセキュリティーも今昔の感がある。当時は誰でも部屋のドアーの前までいけて、鍵さえあれば入れた。「鍵」だけがセキュリティーだった。今は共同の出入り口のチェックを潜り抜け、さらにドアーは2重にロックされているだろう。

エレベーター・ガールも今は居ない。

要するに映画というのは、時代を経て観ると記録的な価値も出てくるという事だ。

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わき道にそれたが、これはコメディーである。全編通して滑稽譚なのだが、一番面白いのは隣の医者夫婦とのやり取りであろう。この人情味あふれる隣人なくしてはこの作品は成立しない。

出世のために何でもありが、恋しい人のためにすべてを捨てるという、どんでん返しは月並みと言えばそうなのだが、人生で大事なものは何であるかを常に弱者の立場で考えられるワイルダーの作品は今後も色あせることは無いだろう。

これは、負け組み賛歌の物語でもあるから。

 

No.35

海の沈黙 1947/86分 フランス モノクロ 戦争ドラマ 岩波ホール上映中 0222

ジャン・ピエール・メルビル 監督、 ヴェルコール 原作(抵抗文学/文庫本あり)

ハワード・ヴァーノン(独将校)、ジャン=マリー・ロバン(老人)、ニコール・ステファーヌ(姪)

題名は直訳しただけなので、意味がよく分からない。実際の海とは何の関係も無いからだ。

私なりに解釈すると、海の意味は「広い」から転じて「フランス一般市民」を指し、沈黙の意味は老人と姪が下宿してきたドイツ将校に対し抵抗の手段として黙殺で応酬する事を指しているから、この題名は「愛国者の無言」とでもしたほうが内容に即している。

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主役二人は完全に喋らない。

喋るのはドイツ軍将校が、返事の無い会話を一方的に続けるだけ。

二人が喋るのは最終の二言だけ。

老人はドアーノックに対し「どうぞ」(それまでノックに対しても黙殺していたのだが)

姪は「アデュー」

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ドイツ将校はフランスびいきで礼儀正しい知識人。フランス文化の擁護を毎晩二人の前で喋るが、二人は完全無視。

将校が善人なだけに無視を続けることが苦しいが二人は頑なさを守る。

姪はひそかに恋心を抱き、本心は話したいのだが、やはり沈黙を守っている。

将校が危険な東部戦線へ去ることになった。別れの朝、老人は玄関脇にアナトール・フランスの言葉を書いた紙切れを置いておく。

その紙切れには「犯罪的な命令に背く兵士は美しい」と書いてあった。

ナチスに疑問を持っていた将校だから、死地に赴く今回の命令を聞くなと暗示しているのだ。

****

会話が無くても、立場が異なっても、人は心が通じ合う不思議さ、戦争の愚かさをこのような形で表現した作品を知らない。

感情抑制が限界点に達した時別れがやって来て、やっと言葉が放たれる時、その言葉の重みがずっしりと堪える。

ただ、原作(1942年)が優れているだけではない。

この映画は各方面から力が加わり、逆境の中自主制作を余儀なくされた。少ない予算の中、1ヶ月弱で撮られたとのこと。それにしては、見事すぎる作品である。J・ルノワールも15年ぐらい観た中で最高の作品と絶賛したらしいが、何と原作も監督も処女作だというから、驚きである。

これは殆ど奇跡であろう。予算があればよい作品になる訳ではないことを示し、後のヌーベルバーグのお手本になったが、主役2人に台詞なしというアイデアのオリジナリティーに脱帽である。

陰影の強いモノクロ映像の画面がいっそう効果的である。

同時に、台詞なしで、目と体で演技した二人に敬意を表したい。

 

No.34

ミニヴァー夫人 1942/134分 bs2 モノクロ トーキー 米・英 戦争ドラマ 0221

ウイリアム・ワイラー 監督

グリア・カーソン、ウルター・ピジョン、テレサ・ライト

あまり観られてないが、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得した傑作。

「カサブランカ」もそうだったらしいが、当時戦意高揚のために作られた一連の作品のひとつ。

名匠の手になるとそれでもすばらしい映画となる。

第一にカメラワークが素晴らしく、モノクロのトーンも実に美しい。どのカットもため息がでそうだ。

ロンドン郊外の小さな美しい村も英国の参戦で事態が急転し始める。英国伝統を象徴するバラ作りコンテストにまつわるエピソードを挟み、優勝の「ミニヴァー夫人」という新種バラを育てた駅長も帰らぬ人となった。

息子の許婚も夫人の運転する車の助手席で機銃を受けて死んだ。

静かで平和だった村も多くの犠牲者を出し、爆撃被害も広がり、一変してしまう。

 

この憎しみを晴らすべく、屋根を爆撃で飛ばされた教会で、市民戦争だから皆で戦おうと牧師が信者を鼓舞して終わる。

作りとしては単純だが、この映画は戦争中の1942年製作だから、連合国が勝つことは予知されていない。

ドイツ軍が圧倒的に優位だった時期に作られた事を考えると、この程度のプロパガンダは大目に見ても良いだろう。

****

戦争悲劇映画だが、ただ暗いだけではない。二人の幼子の無邪気さ、若い二人の恋愛、浪費夫婦の滑稽さなどなど、ホームドラマ的な温かさも散りばめ、うまくカモフラージュされている。

それに無駄なカットが一切無く、後半の布石として生かされてくる構成の妙はさすが。グリア・カーソンは気品、美貌、セクシー度すべて備えた理想形の美人。完全無垢が好きか嫌いかはいろいろあろうが。

 

No.33

コールガール 1971/115分 米 dvd 犯罪サスペンス 0218

アラン・ジェイ・パクラ 監督

ジェーン・フォンダ、ドナルド・サザーランド、ロイ・シャイダー、チャールズ・シオッフィ

 サスペンス・ドラマとしてはまず普通の映画だが、ジェーン・フォンダが出色の演技をしてアカデミー主演女優賞をもらったことで、傑作の中入りをしたと思う。

J・フォンダ脂の乗り切った34歳の時の作品。

H・フォンダとの確執は有名だが、何といっても親子、目がそっくりである。横からのアップのショットでは間違えそうになるほど似ている。

コールガールは汚れ役かというとそうではない。セックス・シーンは控えだし、麻薬漬けで街で袖を引くようなこともない。

一応高級娼婦(50ドル〜相場)だから、紹介や電話で客をとり出かける。スマートな商売に見えるが、中には暴力趣味もいるので事件に巻き込まれる。実は警察高官も・・・・。

売春婦は決してイカないないらしい。そのふりをする。役者志望崩れだから上手で、リピートがある。

でも、探偵クルートに惹かれたらしい、彼とはイッてしまう。

廃業宣言して結婚するというハッピー・エンドは月並みだが、社会的地位の高い人物をこきおろしたところがミソ。

 

No.32

稲妻 1952/93分 モノクロ dvd ホーム・ドラマ 0217

成瀬 巳喜男 監督、林 芙美子 原作、田中 澄江 脚本

高峰 秀子、浦辺 粂子、根上 淳、三浦 光子、小沢 栄、村田 知笑子

同年制作の「おかあさん」は子供の作文だから、悪人とか欠陥人間は出てこないが、本作は林芙美子だからそのまったく逆である。

人間は神が欠陥のまま世に送り出した。そんな人間が作る社会だから問題だらけ、何時まで待っても理想社会なんて来なかった。

こんな人間や社会が芸術の格好の題材となるのだ。

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ここの登場するのは主人公の高峰秀子と根上、香川兄妹以外は問題人間ばかり。姉と妹を同時に手玉にとる男、博打で摩って義母に金をせびるだけの男、運命に流されるだけの無防備な母、などなど。

いわば悪人と欠陥人間や心の弱い人間のオンパレード。

こんなひとが住む東京の下町を捨てて、世田谷で一人自立の道を歩き始める主人公に、明るい未来の曙光を暗示して終わる。

複雑な親戚、家族環境の中で苦しんでいた当時の多くの女性に対し、流されるだけでは駄目、自立自活しなさいと、道を示す応援歌になっている。

でも私はこの作品の価値は、浦辺粂子演じた母にあると思う。

だから本作は女性の自立映画というより、「母」映画であるように思えてならない。

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演技的に主役を凌いでいることの他に、この母の生き方に興味を覚えるからだ。

4回も結婚し腹違いの子供ばかりで摩擦の耐えない家庭ではあるが、けなげな母像とは縁遠く、愚痴は言いたい放題で、時に子供に無心したり自由デタレメ。格好をつけた生き方が出来ない欲望丸出しの天真爛漫さだが、それでいてお人よしで他人にやすやすと利用される。それでも仕方ないさと又愚痴をいいながら、結局世の中、屑の浮く濁流の中、流され流されていく。

いわば、舵の無い船なのだが、それだからこそ子供も親を捨てられないということもあると思う。

こんな受動的な女性の人生も、昔は普通だったと言えばそれまでだが。なにかすごく悲しい思いが残る作品だった。

 

No.31

おかあさん 1952/98分モノクロ dvd ホーム・ドラマ 0216 

成瀬 巳喜男 監督  田中 絹代、香川 京子、三島 雅夫、岡田 英次、加藤 大助

「母子像」も又、時代の変遷と無縁では無いことを感じる。

敗戦7年目の昭和27年の作品である。

この時に既に「ものごころ」がついていた団塊世代生まれ以前の人がこの作品を見ると、自分の母の姿とダブらせ暫し思い出にふけること必至

日本の母のひとつの典型がきっちり描かれている。

いや逆に、この映画が「日本の母」の模範を示し、当時困苦にあった多くの母たちを励ましたこともあったろう。

****

「母」は自分で語らず、子供の目を通して語られる。

この目の役割を果たすのが、長女の作文ナレーションである。

この作品は「森永母をたたえる会」主催の全国作文集から作られたからだ。

でもどうみても、長女(香川京子)は大人であり、「私はお母さんが大好きです」みたいな子供作文にそぐわない表現になっってしまったのは残念ではある。ナレーションをまだ幼い次女にすれば良かったのにと思うが、そうすると大人の複雑な気持ちの表現が出来ないので、こうなったのだとは思うが。

それでも、基本は子供目線だから表現方法にある程度限界があるが、そこは観客の推量で補う範囲なので立派な作品となった。

第一、子供たちや大人がイキイキと動き回り、テンポも速く、痛快な作風なので、貧しさが貧しく見えない。事実、この時分は何処の家庭も貧しかったので、今考えるほど惨めではなかった。

親子、兄弟、親戚、隣近所、などが助け合わなければ生きていけない状況だったので、他人との距離が短く、遠慮もなく、案外心は豊かだったのだろう。

現代の「母」と異なる点:

@ 家督を守る意識がまだ強かったことと、子沢山の時代だったので、子供を養子に出すことがよく行われていた。又、経済的理由から一時、子供を親戚に預けたり、逆に預かり育てることが、珍しくなかった。現代は母と子が密着しておりこんな事は人身売買的に見えるかもしれない。本作の「母」も子供を手放すのは身を切られる思いだったろうが、決して表に出さず決然としているのはすごい。

A 現代の母の多くは、子供の幸せのほかに自分自身の幸せも追求していると思う。でも、昔の母は子供一本である。本作では夫が死にその弟(加東大助)に仕事(クリーニング屋)を仕切ってもらっている状況に、世間は無責任な再婚噂話をつくりあげそれを聞いた長女は、不潔だと母をののしる。そこで母は仕事を新たに覚え、この弟に暇を出して噂話に終止符を打つ。自己犠牲の毅然とした態度である。

B 母の妹は美容師の学校に行っており資格試験間近。でもカットの練習台になってくれる人が居ない。そこで長い髪を自慢にしていた次女に命じ、髪を切らせる。今の「母」ならこんなことは強要しないだろう。ここでも「他人のためになる」ことの重要性を教育するのである。

理想の母像は時代とともに変わるので、どれが正しいと言うものではない。江戸、明治、戦前、戦後、現代と変遷したが、家族が無くなったというのは聞いたことが無い。今後も家族は永遠だろう。家族愛の形が変わり母も変わるが、価値観が多様化し「母」のあり方に密かに悩んでいるひとも多い。

自分でしか見つけられない「理想の母」を模索する上で、是非古びてはいるがこんな映画はどうだろうか。

 

No.30

日本のいちばん長い日 1967/157分モノクロ dvd 戦後史ドラマ 0215

岡本 喜八 監督、大宅 壮一 原作、橋本 忍 脚本

三船 敏郎、山村 聡、笠智 衆、黒沢 年男、高橋 悦二、宮口 精二、戸浦 六宏

古い名作だが、今観てこそ価値がある稀有の作品である。

終戦前日の8月14日の宮中、内閣、陸軍省、近衛師団の議論、手続き、事件などをドキュメント風に描いている。

7月に提示されたポツダム宣言を無視した政府は、8月の2発の原爆でさすがに慌て、宣言受諾か否かの閣議を開いた。

しかし本土決戦を頑迷に主張する陸軍大臣の拒否にあい紛糾、最終的に陛下に御裁断を仰いだ。

陛下は終戦を決断し、陸軍大臣も已む無しとしたが、受諾条件の天皇の地位保全をめぐり又もや紛糾、再度陛下御裁断とした。

陛下は自分は犠牲になっても国民の命を守りたいとのご意思だったので、これで無条件の受諾が決まった。

外務省は外電で連合国に伝えたが、陸軍全体を如何に押さえ込むか、国民に如何に伝えるかが残された問題となった。

*****

阿南陸相は自決したが、陸軍の若手将校は本土決戦を諦めず、終戦派の近衛師団長を殺し、ニセの指令を出し師団を宮中に向かわせ、宮中を占拠した。

クーデターである。

反乱軍は翌正午に使用される玉音放送用のレコードを血眼になって探したが見つけることが出来なかった。反乱は陸軍の総意と知らされて  いた陸軍高官も、その謀を知るところとなり反乱軍はついに鎮圧され、占拠中のNHKも解除され予定通り放送が流された。

****

本土決戦は繰り返し示された国の方針でもあったので、陸軍若手将校の行動は決して当時、跳ね上がりだった訳ではないと思う。

事実、陸軍の他の指導者はまんまと騙されて、片棒を担ぐところだった。

又、前線でも本部に反抗して戦争を続行したところもあった。

埼玉県児玉基地からは、房総沖に迫った連合国機動部隊に向け31機の自爆攻撃がなされ、又神奈川の民兵組織は14日夜、首相官邸、私邸を襲い焼き討ちにしている。

今の平和な日本を当時想像できた人は皆無だったろうから、彼らを狂信者と片付けることは出来ない。

****

ひとつ間違えば、本土決戦になり、第3、第4の原爆や焼夷弾焼き尽くし作戦で、何千万の人が死んだであろう。

又、国もロシアやアメリカなどに分割され、今日の日本は無かったと思われる。

そんな危機を、偶然にも乗り越えて獲得した「平和」の意味を今一度考えてみる機会を与えてくれた作品であった。

 

 

No.29

血と砂 1965/132分 モノクロ dvd アクション・コメディー 0214

 

 岡本 喜八 監督、佐藤 勝 音楽

三船 敏郎、伊藤 雄之助、佐藤 允、団 令子、仲代 達也、名古屋 章

題名とは裏腹に痛快戦争映画である。

音楽映画でもあるので、部分的にミュージカルになる。

戦闘場面は西部劇の真似ぽい。

コメディーだがハチャメチャ一歩手前に止めて、正義感とか人情とかもきっちり描くところが、この人の真骨頂。

一人一人の人物像がきっちり仕分け分類されているからそうなるのだろう。

何れにせよ、当時としてはかなり新しい試みであったろう。敬意を表したい。とにかく面白い。

 

No.28

イタリア的、恋愛マニュアル 2005/118分 dvd ラブ・ドラマ 0213

ジョバンニ・ヴェロネージ 監督

シルヴィオ・ムッチーノ、ジャスミン・トリンカ、マルゲリータ・ブイ

4組のカップルのオムニバス。

愛の典型をいまさら並べて、何が言いたいのかテーマ不明。

 

No.27

トラフィック 200/148分 dvd 麻薬摘発刑事ドラマ 0212

スティーヴン・ソダバーグ 監督

マイケル・ダグラス、キャサリン・ゼダ・ジョーンズ、ドン・チードル、ベニチオ・デル・トロ

デル・トロがアカデミー助演男優賞を受賞した作品で、麻薬映画のなかでは傑作の部類。

3つ物語が群集劇として並列に走り、メキシコとアメリカの麻薬組織と正義警官の戦いが、劇画風でなく等身大で描かれていることが、麻薬との戦いが尋常でないことを暗示し、空恐ろしくなる。

米国の若者が麻薬に汚染されている事実。その世代が次の米国のリーダーになるころは、米国はどうなってしまっているのだろう。

経済、軍事など多くのものを米国頼みのわが国にとっても、この麻薬問題はほとんど国内問題でもあるのに、無関心。

麻薬映画は数多く作られてきた。何とかしたいという監督の意思が実効をあげていない。芸術は無力なのか。

貧しい国が金儲けできるのは麻薬が一番だから、国家がらみの犯罪になる。供給を断つのは至難であり、先進国では若者が夢を持てずに自暴自棄になる。だから、需要も抑えられない。

さてさて、どうしたものだろうか。

分からない。

皆さんもっと本当に真剣に考えようよ。

 

No.26

めし 1951/97分 モノクロdvd 夫婦生活ドラマ 0211

成瀬 巳喜男 監督、林 芙美子 原作

上原 謙、原 節子、島崎 雪子、杉村 春子

TOMORROWの後に観たというのも影響しているかもしれない。

庶民は誰しも必死で生き抜こうと、愚かでも最善を尽くそうとあくせく努力している。

この姿を空から俯瞰し、いとおしいと眺める視線が基本にある。

***

林 芙美子は読んだことがない。芸術座あたりでロングランをやっていた原作者だから、大衆が愛する程度の低い作者と思っていたのだろう。

でも本作を観て考えを新たにさせられた。

冒頭のナレーション:広大な宇宙の広がりの中で小さい地球の空の下、生活に追われチマチマと動き回る人間の営みが、どうしようもなくいとおしい。

ラストのナレーション:夫は生活という大河の中で、おぼれそうになりながらも手足を必死に動かし、流されながら生き抜こうとしている。妻はそんな夫の後を付いて行くしか無い。これが夫婦というものである。

***

「生活」に追われるのはいやなこと。出来ればしたくない。「生活」に縛られないで自由に、芸術活動や個人の充実した人生を送るべきだ。

などなど「生活」は人生の敵みたいな概念が社会通念にあると思う。

でもそうではない。「生活」のためにあくせくすることが人生である。それが美しく、いとおしいと彼女は言っている。

***

生活の為に思想を変え、身を売ることが何故悪い、とまで言ってないと思うが、この開き直りが思考の転換点になるのを主張している。

諦観、妥協と他人は言うかもしれない。でも過酷な世間を生き抜くことは生易しいことではない。「生活」中心の特に庶民生活を見直してみようよ、と言う目線の低さが成瀬巳喜男との名コンビを作ったのだと、確信する。

***

三千代(原 節子)は美人妻だが夫婦は倦怠期に入っている。夫の初之輔は妻に「腹が減った」しか言わない。

三千代は苦しい家計をやりくりし、炊事洗濯料理の毎日。まるで初之輔のところに女中に来たみたいと、不満を持っている。

そこへ若い姪が居候にくる。かわいがる夫に頭にきた妻は実家に帰ってしまう。

****

イプセンは同じ状況で女の自立の道をとった。林は一旦、彼女の自立の道をとりかけるが、結局実母(杉村春子)の誘導が効を奏し、夫の下へ帰ることにする。

女性の自立は当時大変だった。簡単に身売りに成り下がってしまう。奇麗事に済ませず、現実路線に引き戻すところがミソ。

****

世の多くの夫婦は些細なことで言い争い、いやいやながら暮らしている。

でもそれは「生活」するために、避けられなこと。

でもそんな人間は「生活」を滞りなく進めているのだから、褒めるに値するのではないか。自分を含めもっと見直して褒めてあげよう。

そう、作者は言っているように思う。

****

原 節子は貧乏妻も演じられるのだ。これまたびっくり。

 

 

No.25

TOMORROW 明日 1988/105分 dvd 戦争秘話 02.10

黒木 和雄 監督、井上 光貞 原作、黒木他 脚本

桃井 かおり、馬渕 晴子、南 果歩、仙道 敦子、佐野 四郎、長門 裕之、田中 邦衛、なべ おさみ

黒木監督、戦争レクイエム3部作のひとつ。

脚本がユニーク。

起承転結とかを無視し、1945年8月8日、ある長崎市内の家族を中心にした人間関係のそれぞれの一日を点描する。それぞれのエピソードは相互に何の関連性も無い。

困窮の中、まじめで謙虚で必死に生にしがみ付いている愛すべき庶民の生活そのものが、明日への希望もろとも一瞬のうちに消えてしまってエンディングを迎える。

こんなことが許されるのかという反戦映画なのだが、日常生活が一瞬に蒸発してしまう(人間が死ぬことを敢えて語らずに)恐怖感に目をつけたところが新鮮ではある。

 

No.24

旭山動物園物語/ペンギンが空を飛ぶ 2009/112 dvd 地域復活ドラマ 02.07

マキノ雅彦 監督

西田 敏行、中村 靖日、前田 愛、笹野 高史、岸部 一徳

旭山動物園に関しては、2006、2007、2008年と3年連作で「奇跡の動物園、旭山動物園物語」が別に制作されている。

ちょっとしたブームだが、本作は動物と人間との心の交流という本筋ではなく、動物園経営建て直しの経営再建物語で、行政の出番が多いことが特徴。

世界の動物園は斜陽とか聞く、最果ての地の奇跡は長続きするのだろうか、何か本質的な問いかけが不足していることは否めない。

 

No.23

インビクタス/負けざる者たち 2009/134  スポーツ・ドラマ 02.05 Tジョイ大泉他全国公開中

クリント・イーストウッド 監督

モーガン・フリーマン、マット・デイモン

すばらしい作品だが「グラン・トリノ」の方が上ではないか。

スポーツ・ドラマはどれも面白く、かずかずの名作を生んだ。ボクシング、ベースボール、サッカー、マラソン、・・・。

映画またはアニメでしか表現できない要素を持っているのだろう。

シナリオの作りは、まず負け犬状態を徹底的に描き、そしてどん底から這い上がり、最後は勝利するという決まりになっている。

観客のフラストレーションが頂点に達したとき、事態が急に好転しクライマックスに至るので、多くの場合泣かされる。

同時に、その頑張りが何のためかが、絞られ絞られていくので、尚更である。

****

イーストウッドの作品は今まで徹底した「デッド・センター」の組み方をしていた。

でも、本作は赴きが少し違う。

言うなれば、一本調子の成功談形式をとっている。

デッドセンターは間接話法になっているのだ。

即ち、ボカのチームがマンデラが過去27年間押し込められていた独房を見学する場面があるが、主将が部屋の中で手を広げ広さを確認して、唖然とする場面がある。独房はトイレを少し大きくしたような広さしかないからだ。

こんな小空間に人間が27年間居たというつらさを間接的に観客に想像させるだけ。

白人の黒人蔑視もあからさまには描かない。

抑えて抑えている。

だけどその分、クライマックスへの駆け上がり(ダッシュ)が不足する。

****

本作のテーマは「和解と許し」である。

マンデラは自分にこんなつらい思いをさせた白人勢力に仕返しをしない。こんな「敵」でも許してしまう心の広さに敬意を表して、対立の中からは悲劇しか生まれないことを、全世界に訴えている。

紛争地域の人に特に見てもらいたい映画である。

ラグビーという共通語が生んだ奇跡の物語のように見えるが、これは実話である。

1995年のワールド・カップで南アは決勝でオールブラックスを破り世界制覇をした。

 

No.22

犯人に告ぐ 2007/117分 dvd サスペンス ドラマ 0206

瀧本 智行 監督、雫井 脩介 原作

豊川 悦司、小澤 征悦、大橋 凌、笹野 高史

惜しい、とても惜しい、前半のたるみを修正すれば、☆4間違いない。

要するにテンポが問題。

後半を盛り上げるためには敢えて前半のタメが必要なことはわかるが、タメの作り方が凡庸だと、その段階で退屈して観客は外に出てしまう。

この失敗例だと思う。

原作にサスペンスの新しい手法が無いこともあろう(何か受賞したらしいが)、それ以上に配分のミスが目立つ。

出だしから、緊張の筋書きなのだが、それが何のことだか分からないので、引き込まれない。

もう少し、我慢して緊迫場面を設定したほうが自然。

でも後半はまずまず。

 

 

No.21

雁の寺 1962/97分 dvd 文芸作品 0205

川島 雄三 監督、水上 勉 原作

若尾 文子、三島 雅夫、高見 国一

名作「幕末太陽伝」の監督である。

自身本作のカメラを絶賛しているが、それほどには感じなかった。

疑問が多い。

その1:通夜、里子がまだ起きている時に、気づかれずに慈海の死体を祭壇のお棺に運び入れることは無理であろう。原作では里子は寝ていることになっている。

その2:原作では死体置き場は内陣倉庫で祭壇は本堂にある。里子の寝ている庫裏とはかなり離れている模様。ところが映画では、寺建物の位置関係が分からず、祭壇の比較的近いところに里子が寝ているように撮影されている。こんな状況下での死体移送は無理。

要するにサスペンス映画としては駄目。尚、原作では犯行の夜は克明に描写されている。

その3:里子は気持ちの悪い少年だと慈念のことを言っていながら、何故夜這いに行ったのか。里子とはいかなる女だったのかが描かれてないから、訳が分からない。淫乱体質を描いておくべきで、それにしては若尾文子では無理があるか。

その4:慈念は何故和尚を殺さなければいけなかったか。一番大切な殺人の動機が説明不十分。慈念という少年が描かれてないのだ。母に慈しまれたことが無い為の嫉妬心、毎晩和尚達の睦言を聞かされ不潔感に苛まれたなど、そこが一番の押さえどころなのだが、そのため芯が無くなってしまった。

その5:殺人が表向きにならずに、破られた母雁のふすまもそのままで、時が過ぎる原作路線の方がインパクトがあるのではないか。穴が補修され、慈念も捕まり、観光客が押し寄せるのは、現実的だが普通過ぎる。

 

No.20

アバター 2009/162分 sfファンタジー 3D映像 0204 

ジェームス・キャメロン 監督

サム・ワーシントン、シガニー・ウイーヴァー、ゾーイ・サルダナ

スター・ウオーズはじめいろいろな宇宙SF、ジェラシック・パークはじめいろいろな怪獣もの、ハリー・ポッターなどいろいろな魔法もの、一昔前のアフリカ奥地探検もの、宮崎駿などのいろいろなアニメなどなど、かつて何処かで見たような場面が次々と登場する。

でも宮崎作品だって外国の真似が多く、他の作品も真似の仕合みたいなもので、本当のオリジナリティーというのは人間の頭からはそう簡単に出てこないものなのであろう。

だからこれを非難するつもりは無い。

大自然の宝庫だったアメリカ大陸の緑を伐採し牧場や農地に変えていった西洋人。現地人を殺しまくり占領した。

その反省なのか、パンドラ星の現地人擁護、開発禁止路線をとっている。

アメリカインディアンは銃に負けた。

パンドラ人は近代兵器の地球人に弓とやりで勝利する。

馬鹿くさいもいいとこである。

劇場を出て、エレベーターの前に立つ母親と3〜4年生の子供がいた。

「坊や、面白かったかい?」と聞いてみたら、目をきらきらさせて「面白かった〜」、少年の感激した目が忘れられない。

要するに子供向けの環境教育映画なのだろう。

 

作画上の技術論は判らないのでさておき、3Dは人口的立体感の粋を出ていないのでは。

 

No.19

LOVE LETTER 1995/117分 dvd ラブストーリー 02.03

岩井 俊二 監督

中山 美穂、豊川 悦治

監督の初長編映画。韓国で大ヒットした。

愛はうつろうから、永遠の愛はうそ臭い。

だから逆設定すれば永遠になる。即ち、愛の炎が燃え盛っている時恋人が急死する場合。

愛は永遠に昇華するから、新しい恋はしばらく生まれない。だから豊悦の思いは進展しない。

世の中には自分と似た人が2人とか3人必ず居るという。会ってみたい。

小樽と神戸に居るという設定。どちらも港町でメルヘンチック。

小樽の雪はわかるが、神戸にあんな雪は降らないのでは。

都会の服のまま、雪の山小屋にのぼるのも如何なものか。

結末がおかしい。死んだ方の樹が主人公で作品が成り立っているのなら良いが、中学生の時だけで成人してからは画面に登場しない。

主役は明らかに、博子である。

死んだ樹は小樽の女性を愛しており、博子はそれに似ていただけでは、主役にしておく意味が無い。

私には、よくわからない映画だった。

 

No.18

上意討ち/拝領妻始末 1967/128分 モノクロ dvd 時代劇 02.02

小林 正樹 監督、橋本 忍 脚本、村木 与四郎 美術、武満 徹 音楽

三船 敏郎、加藤 剛、司 葉子、仲代 達也、松村 達雄、神山 繁、市原 悦子

仲代は彼の出演作品の中では「切腹」に最高評価を与えている。

黒澤作品ではない小林作品にである。

木下恵介門下の優等生だが海外での評価も高く、戦後を代表する名監督の一人。

本作もただならぬ作品である。

まずカメラ、美術が際立っている。

甍の波や庭の箒目の美しさ、簡素できちっとした武家屋敷のつくり、すべてが無駄なくシンプル、装飾など一切無い見事な装置である。

次に脚本が思い切っている。

主君のわがままや家督堅持の為に強いられる我慢、我慢の人生が沸騰点に達し、人が生きるとはどのようなことかの原点に帰り、「愛」に殉じる息子夫婦の後ろ盾となる剣豪の潔さがすばらしい。

封建社会ではこんな結末は起こりえない話だろうが、多くの家臣が味わったであろう悲哀を察して余りある。

「武士道」の非人間的な一面を暴いた、「切腹」と表裏一体の作品だと思う。

 

No.17

西鶴一代女 1952/137分 dvd クラッシク/文芸ドラマ 02.01

溝口 健二 監督、井原 西鶴 原作

田中 絹代、進藤 英太郎、沢村 貞子、大泉 滉、三船 敏郎、宇野 重吉、山根 寿子

溝口、田中 コンビでまたもやヴェネチアで国際賞をとった作品。

dvdで見たが仕上げが悪く、画面が暗くボケて残念だったが、58年前にしては未だにインパクトの強い作品であることは確か。

それは、大海に浮かぶ小船のように、抗いがたい運命に翻弄され続ける女の悲劇を、リアルにしつこく書き上げた西鶴という人物のすごさに、圧倒される為だと思う。

要するに原作が並外れているのだ。

映像としてはどうか。

まず、田中絹代。絶世の美女という設定だが、あまりその魅力は感じなかった。芯が強すぎた観があるがそれはさて置き。

宮中での雅な姿と、老いて場末で客の袖を引く哀れな姿との対比。

彼女に純粋な愛を捧げたのは、打ち首になった初恋の男と扇屋の亭主だけ。他はすべて金や欲望だけのケダモノ人間、この大きな対比。

大名屋敷、宮中、商家、百姓屋、寺、淫売窟、などなどすべてがこの落差感、違い感で出来上がっているから、実際の撮影は苦労が多かっただろうし、それが、ちぐはぐなく纏まっているので、作品としては文句のつけようが無いのだが、文芸作品であるという欠点を消すまでは至ってないとみたが、如何だろう。

 

No.16

寝ずの番 2006/110分dvd  コメディー 01.31

マキノ 雅彦 監督、中島 らも 原作

中井 貴一、木村 佳乃、木下 ほうか、石田 太郎、長門 裕之、笹野 高史、岸部 一徳、堺 正章、富士 純子

津川雅彦の初監督作品。

下ネタ満載というか、それしかない映画である。

関西落語の松鶴師匠をモデルにしているらしく、破天荒な師匠橋鶴を長門が演じている。

とにかく、すべてシャレ。

起承転結がないので盛り上がりや完結度がないが、昔の芸者遊びの春歌など懐かしく、また笹野高史など演技陣がしっかりしているので、様になった。

女優人は少し恥ずかしかったかも。

 

No.15

秋日和 1960/128分dvd  ホームドラマ/クラシック 01.30

小津安二郎 監督、里見惇 原作、野田高悟、監督 脚本

原 節子、司 葉子、岡田 茉里子、佐田啓二、佐分利 信、中村 伸郎、沢村 貞子、三宅 邦子、笠 智衆

親しい鎌倉文士仲間で文化勲章作家の書き下ろし。

野田の脚本と、「型」にはまった小津作品。

一般的評価も高い。

でも、すでに他作で言及したが、私は小津作品の「気取り」が気になって仕方ない。

本作も友人4人は赤門出で、大会社の個室入りの重役や大学教授。、馴染みのバーや食べ物やは庶民には行けない高級処。飲む酒はジョニ赤(当時は高級)、タバコはピースの缶入りなど使う小物も高級感あるものだけ。自宅も立派な戸建。黒塗り外車で昼食に女性を連れ出しても平気なご身分。

バーやコーヒー店の名前も気取っている。庶民とは少なくとも知的水準は違うぞというようなエリート意識がフンプンとする。

見ようによっては噴飯ものである。

ホームドラマの原型を作ったらしいが、支持した庶民も寂しい。

****

小津は高校もろくに行かなかったので、大学にも進めず、片田舎で貧しい代用教員をしていた。

里見は名家で赤門出だから、こんな書き下ろしは自然である。 が、小津が脚本に選ぶのはおかしい。

他作品もほとんどが同じ調子である。ハイソサエイティーに憧れて、自分を隠して背伸びしている感じがする。

もっと裸になれ、と言いたい。

*****

イマジナリーラインが云々されるが、狭いお茶の間でのたわいの無い会話だけで制作するには、しゃべる人物が右や左に移ることは退屈しないという逆効果も否定しない。

それも含め、小津のカメラワークはやはりすばらしいと思う。時々はっとさせられるのは事実。

*****

この時代のホームドラマは男社会下の家庭だから、妻がかいがいしく夫の世話をやき、家庭で耐える妻、外で遊ぶ夫と言う図式になっている。

今はそんな家庭はほとんど死滅した。だから、今の若人がこんな映画を見ても分からないだろう。

映画を勉強しているひとは別にして、見る価値の減じた作品であることは否めない。

原 節子はこの時は、最早あまりきれいでは無い。昔の日本人女性らしい控えめでやさしい感じが捨てがたい魅力にはなっているが。

 

No.14

Dr.パルナサスの鏡 2009/124分 英・加 ファンタジー    大泉ジョイ・シネマほか全国上映中10.01.29

テリー・ギリアム 監督(「ブラザース・グリム」)

ヒース・レジャー、クリストファー・ブラマー、トム・ウエイツ、ジョニー・デップ、ジュード・ロー、コリン・ファレル

映像ならではの見事な世界に酔う。

監督はアニメーターだったから、これは実写だがアニメといってもいいほどの御伽噺。

私たちが毎夜みる夢に現実世界の理屈は通じない。人間の脳には空想する能力がある。その空想はあながち無意味ではないと思う。

人間の体には無意味なものはないからだ。

夢を抱いて生きることの大切さと繋がってもいるかもしれない。あるいは初めから、人生そのものが夢の中のようにとらえどころものなのかも知れない。

小説を読んでも場面を創造できる。でもアニメにはかなわない。動きや音や色の鮮やかさ。だから、映画でしか出来ないことを彼は狙っている。

年をとって、想像力の衰えた人間が、この見事な鏡の中の世界を見せられると、心の中の曇った鏡が晴れる気がしてくる。

****

天に届くような長い竹馬に乗る場面がある(写真参照)、空に頭が突き出ている。少年のころそんな夢を見たような気がする。

毒蛇に空から襲われそうになる。こんな夢も見たことがあるようでもある。

人間の潜在意識には共通の何かがあるのだろう。

だから、絵本や漫画やアニメが無くならないのだろう。

****

「バットマン・ダークナイト」でアカデミー賞をもらったヒース・レジャーが本作制作中に急死した。

代役が3人登場する。

デップ、ロー、ファレル いずれ劣らぬイケメン俳優。超豪華キャストである。

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悪魔と取引する。ファウストにも出てくる。

引き換えに何を失うか。失わないで得られるものなんて無いらしい。

赤字国債発行の政府要人もご参考に!

 

 

No.13

10日間で男を上手にフル方法 2003/116分 米 dvd ラブ・ストーリー 10.01.15

ドナルド・ペリ 監督

ケイド・ハドソン、マシュー・マコノヒー

アンディーとベンは夫々の仕事上の都合で恋人を見つけなければならなかった。

この仕事が、本当の恋に発展するという、途中で先が読めてしまう映画だけど、面白いのはこれでもか、これでもかと言うほど女が男を苦しめるいびり方が徹底していること。

さらに、ケイド・ハドソンという女優さん。初めて見たがこれが実に明るくチャーミングで、いっぺんにフアンになってしまった。

この作品は彼女の為にあるみたいな、魅力に溢れた人物だ。

両親も著名な芸人らしいが、もう30歳。これからフィーバーは難しいだろうが、演技もうまいので注目していたい。

 

No.12

理由 2004/160分 犯罪ドラマdvd 10.01.14

大林 宣彦 監督、宮部みゆき原作

勝野 洋、菅井 きん、加瀬 亮、岸部 一徳、風吹ジュン、柄本 明、他総勢107名

荒川区のマンションで4人の死体が発見された。

事件解決後、本を書く為に作家が関係者をインタビューする形式で、物語が進行する。

作家は画面に登場しないので、役者は時々独白調になる。形が面白い。

複雑で、長い作品なので一般的には退屈な映画だろうが、カメラワークも斬新で、タイムスリップしたような下町情緒が、セピア感覚で素晴らしく私には楽しめた。

107人という大キャスティングで全員ノーメイクという拘りも尋常ではない。

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隔絶した大マンションの隣人関係や、都会という魔物が産んだ理解不能な殺人鬼、など冷酷な世相に対峙するように、古風な母性本能、親子愛、思いやりなどを散りばめ、層の厚い構成になっている。

勝野 洋 はいい役者だと思う。

 

No.11

ストーリー・オブ・ラブ 1999/96分 米 ファミリー・ドラマdvd 10.01.13

ロブ・ライナー 監督(「スタンバイミー」)

ブルース・ウイルス、ミシェル・ファイファー、リタ・ウイルソン

原題は[ラブ]ではなく[我ら]、 [ラブ]の方が売れるとみた広告マンが誤解を与えた。

内容が結婚15年目の夫婦の危機だから。

夫婦の問題をどう捉えるか、監督自身が離婚経験者(ペニー・マーシャルとの)だから、興味深く鑑賞した。

でも深く切り込んでない。

別居により、寄りを戻す筋書き。

本当にそうなのか。

別居は離婚の一里塚にはならないのか。

子はカスガイで押したほうが良かったと思う。

うそ臭い映画。

 

 

No.10

クローズZERO   2007/130分 青春映画dvd 10.01.12

三池 崇史 監督、高橋 ヒロシ 原作

小栗 旬、山田 孝之、黒木 メイサ

3,200万部売れた大人気コミック「クローズ」の実写化。

ただならぬ部数である。若者が支持する何かがあるのだろう。

但し、本作は原作には無いオリジナル。

クローズとは落ちこぼれ生徒のことらしい。

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内容は鈴蘭高校内の覇権争い。要するに青春を喧嘩にかけた物語。

喧嘩を野球に置き換えても成り立つのだろうが、こちらは非合法だから、社会に反感を持っている人が支持しているのではないか。

広範な支持層がいるということは、現代社会の病巣がそれだけ大きいと言う事だろう。

クローズ達の将来は暗い。まともな就職は難しいだろうから、ヤクザになる者も多い。

鈴蘭高校はヤクザ予備校でもある。

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時代劇は喧嘩に理由がいる。儒教の匂いがする。

ヤクザの喧嘩は金が目的。

高校生の喧嘩は覇権が目的。純粋である。

サル山のボス争いはボス同士の一騎打ち、鈴蘭高校では集団で戦うからリーダーシップが問われる、他人を惹きつける人間性も必要だ。だから物語りが成立する。

このようなヒーローに憧れる構図は仮面ライダーで育った世代と無縁ではあるまい。

でも仮面ライダーは体制派、滝谷源治(小栗 旬)は反体制派。

このすり替えのきっかけを作ったのは大人たちである。もっと真剣に向き合わなくてはいけない。

 

No.9

お吟さま 1962/101分 恋愛時代劇 10.01.11

田中 絹代 監督、今 東光 原作、林 光 音楽

有馬 稲子(お吟)、仲代 達矢(高山右近)、2代目中村雁治朗(利休)、高峰 三枝子、冨士 真奈美

田中絹代が監督業までやった作品。

一途な恋をまっとうして死を選んだ、利休の娘を有馬 稲子が美しく演じた。

岸 恵子が台詞なしで、刑場行きの戸板に乗って登場し、恋に生きるお吟の迷える心の先導となるシンプルなシナリオで、それ以外  伏線らしきものが無い映画だが、無理をしない作りを評価する。。

雁治朗、仲代 などバックアップ陣も良い。

 

 

No.8

雨月物語 1953/97分 モノクロdvd クラシック(怪奇ドラマ) 10.01.10

溝口 健二 監督、上田秋声 原作、宮川 一夫 撮影

森 雅之、田中 絹代、京 マチ子、水戸 光子

敗戦間もない昭和28年、ベネチア映画賞を獲得し、日本映画の存在を世界に知らしめた名作。

雨月物語の「浅茅が宿」と「蛇性の淫」を混ぜて脚本が書かれているので、原作には無い。

時代設定は人間と獣の境目が低くなっていた平安末期の京、近江の地獄のような乱れた社会となっている。

ともに暮らした絶世の美女も、帰宅後迎えてくれた妻も実は「死霊」だった、と言う話はオカルトばやりの昨今では余り珍しいシナリオではないが、当時はかなり斬新だったと思われる。

それに西洋人にとって不可思議な東洋のイメージが怪奇物語と重なり、外人受けしたこともあったと思う。

要するに、今映画を見る意味は、かなり薄まっていると考えられる。

宮川のカメラはさすが凄い。

溝口にイタリアン・リアリズムの影響も感じられる。

お説教じみたクロージングが気に食わないが。

 

No.7

石中先生行状記 1950/96分モノクロ dvd クラシック(喜劇) 10.01.09

成瀬 巳喜男 監督 石坂洋二郎 原作

先生・・宮田重雄(挿絵画家)、渡辺篤、堀 雄三、進藤英太郎、藤原鎌足、杉 葉子、池部 良、三船 敏郎、飯田 蝶子、若山 セツ子

3部作である。一番油の乗った頃の成瀬作品。

名優揃いの豪華キャスティング、レベルの高い演技が見もの。

<今日的意味>

敗戦後間もない昭和25年の作品だが、暗い影は微塵も無い。

底抜けに明るく、底抜けに単純で、底抜けに善良で、隣人を信じっきっている。この屈託の無さは何処から来ているのだろう。

貧しいが、農民のこの天真爛漫さに、本当に唖然とさせられる。

間違いなく、日本人が豊かさと引き換えに「失ったもの」が此処にある。

ドラマであるが、既に無い日本遺産の記録映画ではないか。

 

No.6

越前竹人形 1963/102分モノクロ dvd クラッシック(文芸) 10.01.08

吉村 公三郎 監督、水上 勉 原作、宮川一夫 撮影

若尾 文子、山下 洵一郎、中村 玉緒、西村 晃、中村雁治朗

 

若尾文子の代表作。

庭でたらい行水する場面の、白い肌の輝きが美しく又、真夏の淀の河原を汗を拭きながら歩く和服姿の容姿が柔らかい。

絵になる女優さんである。1933年生まれだから、30歳の時の作品。

原作も涙を誘うが、映画はもっと単純化しラストの悲劇へ向かって、ひたすら突き進むので、負けず劣らず感動を覚える。

純愛を貫く澄み切った男を山下が不足無く演じ、いやらしい男を西村がその通りに演じ、謎の雁治朗など、キャスティングもすばらしい。

名カメラマンが戦前の遊郭の雰囲気を伝えてくれているのも嬉しい。

今もって、色あせない名作。

 

 

No.5

革命児サパタ 1952米モノクロ 114分 クラッシック dvd

エリア・カザン 監督、ジョン・スタインベック脚本

マーロン・ブランド、アンソニー・クイーン、ジーン・ピータース

赤狩りの最中の作品。

彼はまだ民衆の立場に立ってこの映画を撮っている。

その後、友人が共産党員であることを密告、自身は違う事を新聞広告に出した。

不朽の名作を数々生んだ大監督のこの行為は、未だ謎に包まれている。

マーロン・ブランドを発掘した人で、我侭名優ブランドもこの人にだけは素直だったらしい。

文豪の作品を映像化した。本作もスタインベックである。

生き方は別にして、作品は非凡である。やはり凄いの一言。

カメラ・アングルも大胆で、夜、白昼、列車強盗、市街戦に野戦、場面展開も見事である。

それにブランドの演技。朴訥で無口なメキシコの貧農そのもの、彼だと気がつかない人も居るのではないか。

そして、見た後彼の空中を見つめているような目の残像が長く残る。

名画である。

 

No.4

Z 1969/126分 仏 告発ドラマ dvd 10.1.4

コンスタンタン・コスタ・ガヴラス 監督

イヴ・モンタン、ジャン・ルイ・トランティニヤン、ジャック・ペラン

古い映画であるが、これも背景を知ってないと、訳が分からない作品。

1963年ギリシャの軍事政権によるラングスキ暗殺事件を映画化しているのだ。

ギリシャでは上映禁止(映画では固有名詞ではなく、某国の設定だが)。

独裁政権が警察、軍隊、右翼組織を駆使して、民主化運動を弾圧した様をドラマ風に描いているが、実態はドキュメンタリーといっても良いだろう。

民衆敗北のまま作品が終わり、暗いが、わが国でも戦前は同じようなものだった。そのなかで、法に忠実で正義を貫こうとした検事をトランティにアンが好演しているが、この姿こそ鏡とすべき態度だろう。

ゼットとは死なないという意味らしい。弾圧しても決して正義は死なない。事実、今日ギリシャは民主国家である。

 

 

No.3

王妃マルゴ 1994/162分 仏 文芸 dvd 10.1.3

パトリス・シェロー 監督、 アレクサンドロ・デュマ 原作

イザベル・アジャーニ、ダニエル・オートイユ

 

 歴史の予備知識がなければ付いていけないので説明:

16c半ば、フランスではカソリックとプロテスタントとの戦いに明け暮れていた(ユグノー戦争と呼ばれ30年も続いた)。

メディチ家出身のカトリーヌ・メデシスが皇太后として実権を握っており、カソリック擁護派の黒幕。

娘のマルゴを新教のナヴァール王アンリに嫁がせるという懐柔策にでたが、その婚礼の日に集まった新教の信徒が旧教徒によって数千人虐殺された(1572年サン・パルテルミの虐殺)

長男のシャルル9世は誤って実母に毒殺され、後を継いだ次男のアンリ3世も14年後暗殺された。そのあと継いだのがアンリで、これはアンリ4世として名君の誉れ高く、ブルボン王朝の再興を果たした。

・・・・・・

王権をめぐる兄弟の争い、陰謀、近親相姦や不倫、暴力など王朝内部の腐敗を描いているが、唯一つマルゴ王妃と恋人との激しい恋だけが美しく描かれる。

殺戮やセックス描写などどぎつい場面が多く、お茶漬け好きの日本人には苦手な映画かもしれないが、その為にイザベル・アジャーニのマシュマロのような柔らかい美しさが際立っている。

全体として、筋を追うのに精一杯という作品だが、相当の金と時間をかけた大作(162分)で一見の価値はある。

尚、マルゴは夫の死後も長生きして68歳で死んだそうである。多くの苦難を肥やしにしたのだろうか。

 

 

No.2

美しい人 2005(114分)米国 dvd ドラマ 10.1.2

 

 ロドリーゴ・ガルシア 監督

 キャシー・ベーカー

one cut、one scene で撮られた9つのオムニバス。9人の女性は孤独で不幸せ。かなり鋭い映画だが、ショート過ぎて理解できない。じっくり何度でも見れば別だが、作り方とテーマに無理がある。

 

No.1

天使の贈り物 1996(120分)米 dvd ドラマ 2010.1.1

ペニー・マーシャル 監督(兄はゲーリー・マーシャル)

デンセル・ワシントン、ホイットニー・ヒューストン、コートニー・B・ヴァンス

貧民街の教会の牧師の苦労を天使が手助けするという御伽噺だが、殆ど魔法を使わないので馬鹿臭くない。

「清く、正しく、美しく」、「夫婦仲が一番重要」みたいなお説教臭い映画なのだが、感動してしまうところが大御所の魔法。

ラストで牧師が演説する「人生で大事な事は二つ、夢を持つこと、人を愛する事」

希望や夢を忘れて自暴自棄になっってはいけない。

他人を愛することで、憎悪を捨てられる。

「愛」のテーマは漠然としているが、愛は具体的な力になることは本当だろう。他人を愛することが出来る能力を宗教が育てているのだろうか。