荻虫の100映画2013年版

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 緑・・洋画    黒・・邦画

 

☆5.0

☆4.5

☆4.0

25

素晴らしきかな人生*

3

ヒューゴの不思議な発明*

1

シェフ〜三ツ星レストラン・・・

8

J・エドガー*

10

キツツキと雨*

 

 

7

幸せへのキセキ*

14

小川の辺*

21

ステキな金縛り*

22

ヒミズ*

 

 

11

学校*

24

ロレンツオーのオイル*

30

ブンミおじさんの森*

34

喜劇 女は度胸*

 

 

16

とんかつ大将*

35

愛、アムール

37

カリートの道*

38

お日柄もよくご愁傷様*

 

 

27

少年と自転車*

40

狐の呉れた赤ん坊*

45

カルメン故郷に帰る*

46

大病人*

 

 

28

屋根裏部屋のマリアたち*

48

スーパーの女*

51

はじまりの道

53

おんなは二度生まれる*

 

 

32

シャイン*

54

ニューヨークの王様*

55

抱かれた花嫁*

56

レボリューショナリー・ロード*

 

 

36

生まれてはみたけれど*

59

じんじん

64

わたしはロランス

65

奇跡のリンゴ

 

 

43

お嬢さん乾杯*

66

13人の刺客*

67

新撰組始末記*

73

トランス

 

 

49

かあちゃん*

74

のぼうの城*

75

桐島部活やめるってよ*

 

 

 

 

60

風立ちぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

63

青い鳥*

 

 

 

 

 

 

 

 

68

レインメーカー*

 

 

 

 

 

 

 

 

69

女と男の名誉*

 

 

 

 

 

 

 

 

77

明りを灯す人*

 

 

 

 

 

 

 

 

78

最強の二人*

 

 

 

 

 

 

 

☆3.5

☆3.0

2

汽車はふたたび故郷へ*

4

私だけのハッピーエンディング*

6

マーガレット・サッチャー 鉄の女・・*

5

悲しみのミルク*

9

ソウル・サーファー*

12

桜田門外ノ変*

13

ノルウェイの森*

 

 

15

同胞*

17

タバコ・ロード*

18

おかんの嫁入り*

 

 

19

ガール*

20

テルマエ・ロマエ*

23

マダムと女房*

 

 

26

ファウスト*

29

レンタネコ*

31

植村直己物語*

 

 

33

さびしんぼう*

39

12人の優しい日本人*

40

岳*

 

 

42

アイリス*

44

チャイコフィスキー*

47

馬上の二人*

 

 

50

マルタイの女*

52

ローマでアモーレ

58

バファロー大隊*

 

 

61

犬と猫と人間と 2

62

クロワッサンで朝食を

70

ゲーテの恋*

 

 

71

ゴーストバスターズ*

72

機関車先生*

76

きっとうまくいく*

 

 

79

誰かがあなたを愛している*

80

少林サッカー*

81

リダクテッド*

 

 

 

No.81

リダクテッド 2007/90分 米 加  cs 12.25

ブライアン・デ・パルマ 監督

パトリック・キャロル、ロブ・デヴァニー、イジー・ディアス(サラサール)

redacted 編集・改編 と言う意味だが、ここでは都合の悪い情報を消すと言う意味(冒頭に説明がある)。

米軍がイラク進駐中、兵士による15歳の少女強姦と一家惨殺という事件が実際に起こったが、この事件をモチーフにしている。

パルマ監督はドキュメンタリーを得意としていたことから、本作も創作されたドキュメンタリータッチで作られている。

また、ビデオ記録に情熱をかける男や、TV電話、動画サイト、など影像手段を駆使した画面造りがユニーク。

*

イラク戦線ではベトナムと同じ米軍内で目に余る犯罪行為が起こっているが、米国大手メディアはredactedして国民には知らせなかった。

犯罪は何故起きるのだろうか。

戦争という極限状態が理性を失わせるとの月並みの理由は語らない。

敵と戦う為には、敵(アラブ人)をゴキブリと思え(人間と思えば殺せないから、殺される)と教えられることを暗示している。

これは人種差別だとフランスの記者はレポートするが、一度殺せば、ゴキブリ説でなければ自分に対する説明がつかない。

ゴキブリなら、性欲の捌け口として強姦して、口止めに殺すこともOK。

**

イラク以外でも戦時には何処の国でも似た様な強姦殺人が起きていたであろが、一部しか表に出なかっただけだろう。

でも犯罪を全員が犯すわけではない。

この個人の差こそが、救いだ。

***

かなりショッキングで説得力があるが、左右両陣営から賛否両論があった問題作。

大監督も腹が据わっている。

立派な反戦映画だと思う。

 

 

No.80

少林サッカー  2001/112分 cs 香港 12.23

チャウ・シンチー、リー・リクチー 監督

チャウ・シンチー(シン)、ン・マンタ(ファン)、ヴィッキー・チャオ(ムイ)、

弱者が強者にリベンジする爽快さが心地よく、二人の愛の育み方も泣かせる。

漫画そのものありえない展開だがなぜか安っぽくない。

1級の娯楽映画と言っていいだろう。

 

 

No.79

 

誰かがあなたを愛している 1987/98分 香港 cs

メイベル・チャン 監督

チョー・ユンファ、チェリー・チャン

チョー・ユンファが粗野だが、心に嘘が無い、明るい貧乏青年を見事に演じて一人際立っている、

最初から筋書きが予想できる、月並みの脚本だが、それでも監督は泣かせ処で泣かせる技量を発揮してそれなりの作品になっている。

香港映画は肩がこらない。

 

No.78

最強のふたり 2011/113分 仏 12.08 dvd

エリック・トルダノ、オリヴィエ・ナカッシュ 監督

フランソワクリュゼ(フィリップ)、オマール・シー(ドリス)

大金持ちの障害者(フィリップ)の周囲には、障害者を上から目線で哀れみ、隔離してリスクを避けようとさせる人種がべったりついている。

だから彼は人生を意味あらしめる生き方が出来ない。

そこへ、前科者だが障害者を普通の人間として付き合う、型破りな乱暴者(ドリス)が現れ、彼の介護を担当する。

彼には障害者という既成概念が全く無いから、彼を外へ連れ出し、車に乗せ、パトカーとスピード競争したり、パラグライダーに乗せたりする。

病気が悪化するリスクは考えないで、人生を楽しめるシュチエーションを優先、ついに恋愛まで成就させるという成功談が映画化された(実話)。

知性は必ずしも人間を幸せにはしない、非常識が日常を破っていく痛快さが、息苦しい現代社会の清涼剤となったのだろう、この映画はフランスで大ヒットした。

ドリスは知性は低いかもしれないが、二心なく、正直で気持ちと行動が一致しているし、金持ちでも遠慮しないで、ずばずば忠告する。

あるいは、フランスにおける未だ低い黒人の地位という前提で、このような行動や発言が許されるという社会的背景が成功したのかもしれない。

何しろ、フィリップは結婚し、二人の子供にも恵まれ、ドリスは会社を興し社長になり、二人は終世変わらぬ友情で今も結ばれているという、こんな奇跡が実際にあるというから、世間もそう悪いものではない気がしてくる。

 

No.77

明りを灯す人 2010/80分 キルギス他 12.06 bs

カクタン・アリム・クバト 監督

主演:監督、タマライセン・アバゾバ、アスカット・スライマノフ

映画の質というのは国の貧富を問わないものらしい。

グルジア映画とかイラン映画とか、時々びっくりするほど素晴らしい映画に出会う。

表現方法が控えめで、登場人物やセリフも少なく、声高にテーマを示すわけでもない。

言わば、「静謐なシンプルさ」が独特な個性になっている。

それでいて、いやそれだからこそ、心に深く食い込んであとを引く。

本作にも感動させられた。

 

ここで、キルギスと言う国を勉強しておきたい。

中央アジアの小国で、中国天山山脈の北に位置する高原の国である。

気候は良いが、渓谷沿いは別にして、全体的に土地は肥沃ではない。

最近鉱山開発もされているが、一人当たりGDPは1,158ドルで世界153位(日本は12位)、隣のウズベク同様かなり貧しい。

従って、農業、牧畜中心の村を捨て、ロシアやカザフスタンに移住する人が絶えず、村は過疎になりつつある。

 

こんな村が舞台になっている。

最近中国の東南アジアにおける海洋進出が目だっており、日本も尖閣問題で頭が痛いが、内陸でも同様のことが起こっているらしい。

中国進出歓迎派の有力者が傀儡村長をたてて,疲弊した村の不動産を弱みに付け込んで、中国投資家に売ろうという話が語られている。

 

主人公はこれらの動きに反対しているが、仕返しされるなど前途は多難のまま話は終る。

でも、かなり粘り強くしたたかで、村人に献身的な彼は多くの人の心を捉えているから、愛国心に訴えて、あるは希望があるのかもしれない。

 

貧しく電気代も払えない老人家庭に電気工の技術でメーターを細工したり、アンテナを修理してあげたり、村民の為の無償の行為が淡々と撮られ、又彼の愛すべき妻と子供の温かい関係に、貧しくても心の豊かさの尊さの価値を再認識させられた一編でもあった。

余談:キルギス人は日本人と間違うぐらい似ている人達だ。

 

 

No.76

きっと、うまくいく 2009/170分 dvd インド 12.03 

ラージクマール・ヒラー 監督

アミール・カーン(ランチョー)、カリーナ・カブール(ピア)、R・マドハヴァン(ファラン)、シャルマン・ジョン(ラージュー)

インド製の映画をボリウッドという。

ボンベイ周辺に集まっているから、ハリウッドとくっつけてそう呼ばれている。

最近は「スラムドック&ミリオネアー」と本作が世界的に大ヒットした。

ボリウッド・ダンスなる2級(私から見れば)の振り付けが必ず出てくる。

一言で言えば、はちゃめちゃインターテインメント。

ベタ丸出しが特徴。

それでも言いたい事はしっかりしているから、日本での評価も高い。

本作は現代の行き過ぎた競争社会が人間の本質を忘れ不幸の再生産をしていることへの批判。

インド社会も近代国家へ変身しつつあることへの証左だろう。

 

 

No.75

桐島、部活やめるってよ 2012/103分 dvd 12.04

吉田 大八 監督   原作 朝井リョー (デビュー作)

神木隆之介、橋本愛、東出昌大

テーマもはっきりせず、テンポも悪く、見ようによっては最悪の映画である。

高校生の日常を群集映画的に淡々とスケッチして、暗く、楽しくなく、つらく、やるせなく、切なく、気持ち悪く描いている。

青春の輝きなんて微塵もない。

一風変わった映画である。

 

部活をやらない生徒は帰宅部と呼ぶらしい。

今、朝ドラ(ごちそうさん)で主演をはっている東出君は帰宅部だが、露天のバスケット場で放課後、毎日仲間と遊んでいる。

彼のカットが一番多いと思うが、野球部に対する彼の思いは何なのか、恋愛の実態はなどなど、さっぱり分からず、全体像がつかめないのは何故なのだろう。

もしかして原作者がじぶんを投影したせいかもしれない。

映画部への思い入れ(写真は監督)も多分、監督か作者の影だろう。

青春は総括しにくいのか。

 

桐島はバレー部の花形選手だが、画面には登場せず、彼が突然姿を消したことによる、校内のざわめきがモチーフ。

映画も絶えず新しい試みを求める。

金曜日の出来事を一通り流した後、もう一度最初に戻り説明しなかった金曜日を流す。

斬新な試みを評価したい。

 

 

No.74

のぼうの城 2011/145分 dvd 12.04

犬童一心、樋口真嗣 監督

野村萬斎、栄倉奈々、成宮寛貴、佐藤浩市、山口智充

今の埼玉県行田にあった、戦国時代の忍城が舞台。

北条方で最後まで頑張った城とのことで、小田原城が陥落したため、城主成田は石田光成に戦い半ばで城を明け渡した。

豊臣方は2万、成田方は500人、という絶体絶命にあったが良く踏ん張り、水攻めにもあったが奇策で切り抜けた様子が描かれている。

この作品は野村萬斎ばかりが有名だが、佐藤浩一や山口智充など脇役もいい。

萬斎は表面うつけの馬鹿殿だが、実は百姓思いの賢人という、難しい役どころを見事にこなして狂言役者の実力を見せ付けた。

このとぼけた味は彼以外では難しかったと思われ、キャスティングの勝利。

栄倉奈々は外れたが。

 

No.73

トランス 2013/102分 米 11.21 新宿シネマカリテ上映中

ダニー・ボイル 監督(トレインスポッティング、スラムドックミリオネアー)  脚本 ジョー・アハーン、ジョン・ホッジ

ジェームス・マカヴォイ、ヴァンサン・カッセル、ロザリオ・ドーソン

前の人の頭が少し気になるが、音響の良い劇場である。

本作はクライムサスペンスのジャンルなので、音響の果たす役割が大きい。

*

監督と脚本家はお馴染みのコンビ。

モチーフが奇抜で人目を惹く。

名画窃盗団内の話で、それを捕まえる脚本ではない。

**

記憶喪失とそれを蘇えさせる女性催眠師の物語。

だが、そう単純ではない。

彼女は被害者であり、又加害者でもあった。

その謎解きが見せ所。

人生は記憶の連続で、例え忘れても脳細胞の何処かに記録が残っているものらしい。

記憶や意識を操ることで、架空のことを現実に起こったことと誤認識させるトリックも楽しい。

***

私はこの作品でジム・ベンダースの「パリ・テキサス」を思い出した。

これは「愛」の映画であるが、名画中の名画ではないかと思っている。

男が女を愛するあまり、嫉妬し、ひと時も離れず縛り付けてしまう地獄・・・・・。

****

これが自己中心だけで、完全に思いやりを失うと、ストーカーという社会的犯罪になる。

本作でもその意味で社会的常識の範囲の道を選んだと言うべきだろう。

 

 

No.72

機関車先生 1984/105分 cs 11.13

広木隆一 監督   伊集院 静 原作

坂口憲二、倍賞美津子、堺正章、伊武雅刀

月光仮面のTVを見ている子供達が出ているから、時代は昭和30年代前半か。

瀬戸内海に浮かぶ小さな島の小学校が舞台で、其処に赴任してきた声が出ない男の先生と生徒達の交流を描いた物語。

このような舞台設定は既に「24の瞳」の下敷きがあるので、単なるお涙頂戴路線かと疑ってしまうのも仕方あるまい。

原作者の計算が安易と言うむきにはこの映画は向かないだろう。

でも、今と違って純朴そのものの明るくけなげな子供と、網元を中心とした家族的な島民の生活が、高度成長で失ってしまった貴重な遺産の大きさの裏返しで、とても懐かしく映り、ラストの船でのお別れで涙腺も緩むので、それなりの情緒的な作品にはなっていると思う。

*

正直言うと、映画の作りは少し手抜きの感があると思う。

まず、剣道の試合で喉を突かれ、声が出なくなった先生(機関車)が普通小学校で充分教師が務まるという説明が不十分。

生徒が手話をおぼえれば可と思うが、低学年はどうなのか。

父兄参観で島民を安心させる場面も説得力無く、形式的。

*

さらに、機関車先生が子供達と別れ、北海道で再び教職に着かなければいけない理由も説明されていない。

**

この時代、離島からは都会へ人が流れ(集団就職など)、過疎が始まり漁業も下火で、島民の生活も変化しつつあったと思われる。

このような影も教育現場と無縁ではなかったはずだが、その視点はまるで無い。

***

校長先生は絵に描いたような人物だが、軽いか。

 

 

No.71

ゴーストバスターズ 1984/105分 米 bs 11.11

アイヴァン・ライトマン 監督

ビル・マーレイ、ダン・マイクロイド、ハロルド・ライミス

お化け退治会社の学者3人組みが演じるSFコメディー。

30年前だから当然だが、ハイテク機械が今見るとチャチで、安直に中性子を操作したり、科学的姿勢が安易な点が気にはなる。

でも確か記録的ヒットをして、キャラクターや主題歌も大流行した。

時の流れは怖い、当時は面白かったのだろう。

 

No.70

ゲーテの恋 君に捧ぐ「若きウエルテルの悩み」 2010/105 独 cs 11.3

フィリップ・シュテルツ 監督

アレクサンダー・フェーリング(ゲーテ)、ミリアム・シュタイン(シャルロッテ)、モーリッツ・ライブトロイ(アルベルト)

名作誕生秘話を創作している。

ロッテはお金の為にアルベルトと結婚し、ゲーテへの思いを彼から献じられた物語を世に出すことで果たしたというもの。

「悩み」の大ヒットでゲーテは社会的成功を収めたので(それまではあまりまともでは無かった)、もし仮説が本当ならロッテは単なる恋人ではなく相当の手腕家だったという事になる・・・イメージとはかなり違う。

いずれにしても、「悩み」を読んで自殺者が相次いだぐらいだから、「疾風怒涛」の時代の青年は相当熱かったのだろう。

ゲーテ自身も、ロッテの許婚(アルベルト)に世話になっていながら、彼女に夢中なるという道外れた恋をした。

現代では命を懸けた恋物語はやや下火だから、この創作では利害を絡ませて、ロッテを貧乏に仕立てお金の為と理解させようとしたのだろう。

映画に新鮮味をという企画が成功したかどうか、余りにも有名な作品だけに、無理を禁じえないが。

 

 

 

No.69

女と男の名誉 1985/129分 米 bs 10.24

ジョン・ヒューストン 監督     リチャード・コンドン 原作「プリッツイの名誉」

ジャック・ニコルソン、キャスリーン・ターナー、アンジェリカ・ヒューストン

マフィア映画である。

キャスリーン・ターナーは本作で、ゴールデングローブ主演賞、アンジェリカ・ヒューストン(監督の娘)はアカデミー助演賞 を貰った。

名匠ジョン・ヒューストンの名に恥じない佳作である。

何しろ面白く、映画を楽しんだという気になれる。

それは、原作が面白いことが一番だろう。

殺し屋同士がフォールインラブ。

ラストのベッドシーンが秀逸。

ジャック・ニコルソンもいいが、マフィアのボスがいい味。

・・・・・。

 

 

No.68

レインメーカー 1997/135分 米 bs 10.21

フランシス・フォード・コッポラ 監督    ジョン・グリシャム 原作「原告側弁護人」

マット・デイモン、クレア・ディンズ、ジョン・ヴォイト

正義漢 溢れる法廷映画である。

題名は 雨を降らす男 と言う意味から転じて 雨が降るように大金を稼ぐ弁護士 を意味している。

日本でも「訴訟社会が来る」という触れ込みで、弁護士をやたら増やしてみたが、仕事が無いと聞くが、この映画のアメリカ裁判社会の実態を知れば、仕事が無くて正解と言うことが理解されるだろう。

又、現在オバマ大統領が医療保険問題で議会と対立し、予算執行を止められた経緯も含め、この映画から勉強する今日的意味は高く、皆さんに是否見てもらいたい映画のひとつだ。

*

米国には公的医療保険制度が無い(メディケアー、メディケイドという貧困層や障害者向けには一応あるが)。

基本的には自己責任の民間保険制度が根幹となっている。

でも、保険料が払えない人も居るので、全くの無保険者も5千万人ぐらいいる。

**

保険会社は病気になったら大変ですよと言って、低所得者にも月掛けを勧誘し保険料を徴収する。

ところが、この映画の場合、いざ病気になると、すべてのケースも該当しないと言って一旦支払いを拒否する。

(私事、総研にいた時に米国に病院調査に行ったことがあるが、保険会社は請求棄却のノルマ競争があるという話があったので、架空の話ではないだろう)

裁判で争うような場合は已む無く示談するがそんなケースは極めて少ないから、会社は相当の利益を上げている。

***

米国の弁護士は、最初は正義漢でも、そのうちお金の為だけにに仕事をする。

お金をくれるのは保険会社である。

契約違反事件でも有能な顧問弁護士がクロをシロにして、「大金を稼ぐ」。

被害者の方にも、成功報酬の弁護士が現れ、争うが万が一成功しても示談までで、それも多くをピンハネする。

要するに、保険会社の制度悪を追求するに至らない。

だから、違法が返される。

保険会社はロビイストを使って政界工作もしているから、国民皆保険を目指すオバマさんも上手くいかない、仕組みが納得される。

****

この映画は被害者の方が勝つが、何故か倒産してしまい、一銭も貰えない。

医療制度の矛盾を突いた映画というより、訴訟社会は金のある方に有利だという裁判制度の実態を描いた作品にもみえる。

日本も他山の石としたい。

 

 

No.67

新撰組始末記 1963/93分 BS 10.10

三隅 研二 監督    子母沢 寛 原作

市川雷蔵、藤村志保、若山富三郎、天知茂、田崎潤

売れっ子作家だった子母沢寛の処女作の映画化。

隊員の一人山崎蒸(市川雷蔵)とその恋人志摩(藤村志保)のラブストーリーを軸に、芹沢暗殺、池田屋騒動、などの事件が語られる。

芹沢は悪人、土方は腹黒い陰謀家として描かれ、近藤と土方は同じ方向を向いていない。

これから50年、夫々の人物像も様ように変化して行ったことが分かる。

天知茂の冷徹さ、藤村志保の一途さ、がひかり、短く感じられる映画。

 

No.66

 13人の刺客 1963/125分 BS  10.03

工藤 栄一 監督

片岡千恵蔵、里見浩太郎、西村晃、嵐寛十郎、月形龍之介、藤純子

本映画ページ2011年/No385は本作のリメーク(☆3.5)。

本作の方が役者に余裕があり、格調高い。明らかに上(☆4.0)。

明石藩の暴君の名前取り違えはあるが(本作もリメーク版も 暴君は斉詔だが実のところ次代の斉宣らしい)。

 

No.65

奇跡のリンゴ 2013/129分 蒲田宝塚上映中 09.17

中村 義洋 監督

阿部サダヲ、菅野美穂、山崎努、池内博之、笹野高史

 

左の写真は「蒲田宝塚劇場」。、幕袖の 「家具のデパート亀屋百貨店」の広告に懐かしき昭和の雰囲気を感じる古い映画館である(一部リニューアルされ、最早トイレ臭はないが)。

蒲田といえば、松竹蒲田撮影所、蒲田行進曲が連想される映画のメッカだが、劇場はここだけ(隣室の兄弟館テアトル蒲田を含め)。

街全体がビル化され清潔になってしまったが、池上線のガード下付近に場末ムードを残す。

さてこの映画は青森の木村さんというリンゴ農家が、苦心惨憺の挙句11年目に無農薬、無肥料の栽培に成功したという美談で、幻冬舎のベストセラーを映画化したものである。

TVのザ・プロフェッショナルでも紹介され 火が着いたらしい。

アダムとイヴが食べたリンゴは小さなただの酸っぱい実で、それから5千年をかけて人類は改良し続け、似て非なる美味しい果物に変身させたらしい。

日本に渡来したのは平安中期で、今日和リンゴと呼ばれる小さい酸っぱいものだったらしいが、明治初期に大きな西洋リンゴが入ってきて、一気に全国に栽培が拡がった。

しかし、病害虫に極端に弱い為(永年の改良のし過ぎで)、次々栽培を諦めたが、青森は東北人の粘りで残ったとの事だ。

*

自然農法には反対者が多い。

木村さんも今日尚、異端者で叩かれている。

論拠は無農薬といっても、、酢や山葵を使っているではないか、無肥料といっても下に大豆を植えたり堆肥など施している。

化成肥料も岩石など自然物を砕いたりして作っているものも多く、人工的ばかりではない。

はてまた、自然農法は害虫の発生源になる。

などなどである。

**

専門外なので良くは分からないが、農薬にしろ肥料にしろ、人が手にして湿疹がでたりかぶれたりするのは生産者の健康を害し、消費者も知らず知らず残留物を口にして、健康被害をうけるから望ましくない。

そうは言っても、今日自然農法だけで食を供給出来るはずは無いので、必要悪であることは認めざるを得ない。

農家は農薬散布の際、完全防具して身を守るが、空中は汚染され住民が被害を受ける。

農家は自家用の野菜には減農薬で、手で雑草を抜くが、出荷物には化成肥料をたっぷりやり、消毒も怠らず、除草剤を使う。

世論は残留農薬は無いと信じている。

最近、喉元過ぎればの感はないのだろうか。誰かチェックして欲しいなあ。

***

病原虫を殺して、人間には害が無いということは有り得ないのだろう。

この映画のポイントは木村さんが万策尽き果てて、森で首吊り自殺する場面だろう。

ロープを木に掛け損なって、拾いに行く時、偶然自生しているリンゴの木が花を着けているのを発見する。

自然の木は単独で自立していない、下草が地面を耕し、落ち葉が肥料を提供し、害虫を食べる鳥やてんとう虫がいて、環境と共生していることの発見である。

でも自生の果実は実を食べられないように、酸っぱく硬く小さい。これに似た自然農法は収量が少なく生産性が低く、味も落ちる。

栄養面では優れものらしいが、商品は高く、不作の年もある。

****

出口の無い話を続けても仕方ないが、此処まで進歩?した近代農業は既に、限界点に達しているような気がする。

コンピューターで管理された屋内工場生産、遺伝子組み換え食品など、禁断の木の実に手を出す前に、消費者が今一度「原種回帰」でまずい野菜や果物で満足して、自然農法の領域を拡げていくべきではなかろうか。

*****

回りからキチガイと呼ばれた夫を支えた妻と子供の家族愛に泣かされた。

 

No.64

わたしはロランス (Laurence anyway) 2012/168分 カナダ 09.07 新宿シネマカリテ上映中

グザヴィエ・ドラン 監督

メリビル・ブポー(ロランス・アリア)、スザンヌ・クレマン(フレッド)、ナタリー・バイ(ロランスの母親)

公開日第1回目の観賞。

初日につき甘めのラスクのプレゼントがあった。

この劇場は新しく、音響が特に良いので、この映画のように音楽にも喋らせる作品にはうってつけ。

金曜日の夕刊にナタリー・バイのインタビューが出ていたので足を運んだ次第。

*

注目されている新進気鋭の監督の力作である。(3時間弱)

画面は横長ではなく、戦前のフランス映画なみの比率。

若い監督だけに影像美の見せ方もかなり飛んでいるが、色彩的にはあまり綺麗ではないとみた。

**

奇抜なのは画面だけではない、モチーフがカミング・アウト後の恋愛の推移を1989年から10年間追うという特殊なものになっている。

心が女で体が男の場合、男が男を好きになるとばかり思っていたが、ロランスの場合男が女を好きになる。

要するに、カミングアウトの前と後の男女のセックス観は変わらないのだ。

心の世界では同性愛ということになるが、これが解放された愛ということになっている。

***

ゲイというと男の世界でレスビアンというと女の世界と単純化しているむきがあるが、実際にはロランスとフレッドのようなケースが多いのかもしれない。

考えてみれば心と体は別物であっても、多くの場合破綻しない。

女性でも男勝りがおり、男性でもナヨナヨした人がいる。

性格の不一致で離婚沙汰になるケースの何パーセントはそうだろう。

心といっても男性的な心と女性的な心と明確に分けられないのが殆どだろう。

****

セックスの対象としてどちらを選ぶかが決め手(プラトニックはありえないという前提で)だとすると、ロランスは男であろう。

ただ、女に憧れ過ぎて、化粧や服装を真似るのかも知れない。

そうなると、母親の存在や影響が関係するのかもしれない(思いつきだが)。

*****

女装の男性は社会的に迫害され、その恋人も同様で、生活に窮する。

社会の偏見は現在尚、大きい。

絶望的な愛である。

解決の糸口の見えない哀しい愛である。

*****

自分に忠実になろうとすれば、カミングアウトするしかない。

社会との戦いを避けるか、戦うか、何も性別に限った問題だけでもないが・・・せつない。

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重低音の響くサウンド、シャンソン、クラシック、クロスオーバーな音楽が全編を支配し、効果的な盛り上がりを演出する。

天才芸術家としてのロランスは監督の影なのかもしれない。

想像力を必要とするテーマが難しい映画であるが、部分的に感激できる。

 

No.63

青い鳥 2008/105分 bs 8.21

中西 健二 監督    重松 清 原作

阿部 寛(村内先生)、伊藤 歩、本郷奏多(真一少年)

原作が良く、又 阿部寛の演技も素晴らしい。

5年も前の映画だが、もっと話題になり、もっと大勢の人に見てもらっても良かったのではないか。

映画は内容さえ良ければ良いというものでもなく、宣伝も又大切だと言うことだろう。

映画好きの私でさえ見逃していたのだから。

*

(あらすじ)

ある中学校でイジメがあり、いじめられた生徒が自殺未遂事件を起こした。

父は校門の前でコンビニを経営していたが、事件後閉鎖し転居、生徒も転校する。

学校はクラス全員に反省文を書かせ(何回も書き直させ、教育委員会やPTAから文句が出ないように骨抜きになってはいたが)、早く忘れさせようとその事件に触れることはタブーとなっていた。

何も起きなかったような毎日が続いたある日、突如担任が倒れ、臨時教員として村内先生が赴任してきた。

クラスには一度だけ強要されて、いじめたことに対する罪の意識に苦しむ真一少年がいた。

物語はこの二人の交流を軸に展開していく。

**

原作は読んでいないが二つのことが語られていると思う。

@ 村内先生は吃音障害を持つが、真剣に話す。

笑う生徒に言う「真剣に話す者に対しては真剣に聞かなければいけない」 と。

いじめられていた生徒も表面おどけて万引指示をこなしていたが、真剣に聞いてやれば心の叫びが聞き取れたはず。

A罪を忘れるのは卑怯ではないか。何時までも忘れないで生きるのが責任というものだろう。

村内先生は、いじめられた生徒の机を倉庫から引っ張り出し、教室に並べさせ、朝の点呼には居ない机に向かって「お早う」とこえをかける。

***

全国で頻発するイジメは当局側の臭い物にはふたをしろ的な態度があることも否定できない。

実はイジメ現象には多くの人間の根深い問題が潜んでいるので、放置するのは危険である。

ガキ大将が部下にイジメを指示し、従わなければ制裁をくわえられるので悪に加担するのは、気が付いてみれば時代の大きな波(「風立ちぬ」の風)が戦争へ駆り立てた戦前の軍国主義にも似ているではないか。

エコヒイキや恋愛感情とイジメはどう区別すればいいのか・・などなど

****

村内先生は赴任した最初の時間から生徒全員の名前を覚える。

転校した生徒の映った集合写真を何時もポケットに入れてひと時も忘れず、屋上から彼のことを思っている。

吃音で言葉少ないが、真剣である。

でも金八先生タイプではない。むしろ、逆の弱い先生だ。

だから、この無垢な魂が生徒に語りかけるものは大きい。

 

No.62

クロワッサンで朝食を 2012/95分 仏・エストニア・ベルギー 08.17 吉祥寺バウス・シアター 他上映中

イルマル・ラーブ 監督

ライネ・マギ(アンヌ)、ジャンヌ・モロー(フリーダ)、パトリック・ピノー(ステファン)

<あらすじ>

 

わがままで、自己主張が強く、人を傷つけることが趣味みたいな老女フリーダ。

 

当然、友達は皆無で、家政婦も居つかない。

取り得はお金があることだけ。

昔、ツバメに店を持たせた恩義でステファンの世話になっている。

でも要介護状態ではなさそう、炊事、洗濯は出来ないが、外出も出来て、氷入りのウォッカも飲める。

そんな彼女に同郷(エストニア)の家政婦アンヌがやってくる。

又、又、追い出してしまったが、フリーダは彼女無しでは生きれないことを悟る。

 

<脚本に無理があるのでは>

追い出されたアンヌは行くところが無いから、翌朝フリーダの元に帰ったと言うのでは、実も蓋もない話になるので、ここはアンヌもフリーダに惹かれるものがあったので、戻ったと解釈するのが普通だろう。

ところが、この老女の何処がそうなのか描かれてないので、唐突な心の通い合いの実現に見える。

またぞろ、追い出される予感さえ残る。

元々、なってはいけない老人の典型のような欠点だらけのお婆さんが、自分を変えることなど出来ないはずだから、二人が打ち解ける設定にやや無理があるのではないか。

介護される人間は、面倒をみてくれる人に常に感謝すべきなのに、感謝を忘れ不満の垂れ流しで、嫌われ者になるケースが多い。

この映画を見た人は反面教師として勉強にはなるが。

<しゃれた映画ではある>

主役3人ですっきりして、無駄がない進行。

押し付けがましい主張もなく、誇張も無い。

又、シャンゼリゼ近くの綺麗なパリ、ファッションも粋、派手な色使いもなく、画面からパリの匂いがする。

上品な作品と言うべきだろう。

<ジャンヌ・モロー>

85歳らしい。下半身がかなり太くなって、顔の皺は深い。

誰しも年をとれば醜くなるのだから、仕方ない。

(机の上の額に若い頃の写真がチラット置かれているので同一人物と分かるが、予備知識なければ或いは・・?)

画面にそれを晒すべきか否かもどうでもよい話。

だが体を使った表現が限られるので、目で語る演技になる。

彼女の目はまだ曇っていない、目力は強く、わがまま老人そのまんまで、さすが。

<ファッション>

エストニア出身らしいが、アンヌ役のマギの服装センスが極めて良い。

フリーダの方はスタイルもあるが余り感心しない。

あるいは意識してスタイリストが差をつけたかもしれないが、アンヌの圧勝。

<エストニア>

これはパリの映画でもあるが、前半エストニアが舞台。

日本と同じ、部屋では靴を脱ぐ習慣で、パリに移っても履き替えるカットが何度も流れる。

異邦人を演出しているのだろう。

又、ロシアに占領された少数抑圧民族で、海外でも結束が固いらしい。

フリーダは故郷を捨て、パリでの同郷人とも袂を分かち生活しながも、死後は母の隣に眠りたいと思っている。ああ、捨てがたい母国。

異国の空に住む異邦人は、差別もあるだろうし、結局孤独だから、強くなければ生きていけない、だから、フリーダみたいな強い性格の女性でなければ生きていけないのかもしれないが・・・。

<劇場は満員>

しかも、老人特にご婦人が圧倒的。

何故だろう、老醜を晒すことへの興味なのか、わがままな老人への憧憬なのか・・・・。

 

No.61

犬と猫と人間と 2 2013/104分  大震災ドキュメンタリー  吉祥寺バウスシアター 他上映中

宍戸 裕 監督

2013.3.11の東北大震災の被害者は人間だけではなかった。

犬や猫というペット、牛や馬といった家畜、にも目を向けた異色のドキュメント。

生き残った人間は、行政などの支援により生き延びたが、これらのものは生きながらにして見捨てられ多くが死んでいった。

この現実を見るに見かねて、ボランティアが自費や寄付金で餌さをやり、保護するという、努力の様を丹念に追っている。

*

こんな人を単なる「動物好き」で片付けて、見ぬふりをしているのが普通だろう。

だが考えてみれば、人間とペットは寄り添って生きてきた お互いに必要な存在だったはずだ。

だが、大災害となると、ペットという家族が価値のない「モノ」に変化してしまい、遺棄された。

ペットから見れば、人間は都合の良い時だけ可愛がってくれただけ、冷酷な動物だ。 人間のエゴ。

最近は行政の支援も始まっているが、原発関連の福島だけで2万匹程度とのことだから、手が回らない。

ボランティアの過重労働が続く。

**

この問題は個々の人間が「命」をどう捉えるか、という大きな問題をも突きつけている。

人間とペットという区切りを超えて、人間同士でも、自分の都合で相手を「モノ」として殺したり、利用しつくして捨てたりするではないか。

ユダヤ人虐殺、奴隷売買、・・・・。「命」が「モノ」として処理される。

***

放射能汚染区域で移動禁止区域にあった畜産に至ってはさらにひどい。

牛小屋に残された牛は 餌さも水も与えられず、放置された。

小屋の中には、累々と腐乱した死体が連なり、ウジやハエの餌さになっている。

その様は、アウシュビッツの写真を想起させられる。

****

殺処分も始まったらしいが、これについては意見が分かれている。

牛は「経済動物」と言うらしい。

売れない牛は殺される、汚染牛でなくても食肉として殺されるのだし、殺すべきだ、と言う意見。

*****

我々が「命」を食べている現実。

他者の生命を食べなくては生きていけない生物の宿命。

さあどうする。

******

「命」の犠牲は必要悪として最小限に止め、大事にいただこうと学校では教えている。

でも、毎日だから、感謝することを忘れてしまい、麻痺する。

******

♪♪ドナ、ドナ、ドーナ♪♪ と言う歌がある。

屠殺場に連れて行かれる牛は可哀相。

でももし、運よく森に逃げ込める牛がいたとしたら、その牛はラッキーだ。

汚染牛は食用にならないから、せめてもの人間の罪滅ぼしで、生かしてやったらどうなのだろう。

寿命は20年程度らしいから、コストはかかる。

が、映画でも示唆があるが、放射能影響の生体への継続観察など、利用価値もあるはずだ。

:::

支援ボランティアに対するカンパが必要、そんな役割を果たした意味ある映画だと思う。

 

No.60

風立ちぬ 2013/126分 新宿ピカデリー他全国上映中 0730

宮崎 駿 監督・原作・脚本

ロマンティックで、叙情的で、清廉な、悲恋物語だった。

宮崎監督の本質が表面に出たということだろうか。

私は「泣ける映画」が好きだから、泣かされたし、劇場の多くの人も涙していた。

でも、こんな甘い映画が嫌いな人も多いことも知っている。

だから全体としての評価が分かれるのだろう。

*

泣けば心が澄んでくることをご存知だろうか。

恥ずかしい感情から、否定して心のバランスをとろうともするが、我慢できない。

安っぽいお涙頂戴と馬鹿にされてもいい。

頭で考える映画もいいが、たまには自分が素直になれる感傷的な映画もいい。

**

本作は過去の名作に比し新鮮味に欠けるかもしれないが、総集編的で、だから遺作なのだろう。

彼は子供の頃から大空への憧れを抱き続けていたと思われる。

過去の作品にも、飛行機とか、空飛ぶ箒とか、ロボットなど空を駆け回る夢を描いてきた。

さらに、カメラ目線も空からの俯瞰撮影が多い。

その子供の夢がついに、飛行機設計士にまで膨らんだ。

堀越二郎。

美しい飛行機を作りたい、異国の大先輩ジャンニ・カブローニと夢の中で約束した。

でも時代は天才にゼロファイターを作らせた。

人殺し用の戦闘機。

扱いが難しい。

子供の夢とは、大きな落差。

ラストですっ飛ばし、触れなかった。

(余談だが、彼は戦後国産初の民間旅客機YS11の生みの親の一人となっている)

***

堀辰雄、富士見高原サナトリュームの青春。

菜緒子が残り少ない日々を、愛に捧げ、去っていく生き様もけなげ。

二郎の飛行機作りも、戦雲間近で待ったなし。寝る間もなく仕事に没頭する。

絶体絶命の愛そして仕事、どちらも命がけ。

それに必至に立ち向かう二つの命の輝き。

人生に風立ちぬ、死にたくなるが、されど生き抜こう。

****

現代の若者にメッセージが届いただろうか。

****

軽井沢万平ホテル、洋館に住む深窓の令嬢、フランス語やドイツ語の響き、謎の外人とのペダンティックな会話などなど、一昔の少年少女が憧れる漫画設定ではあるが、決して下品ではない。

絵が美しく、久石譲の音楽も良い。

「愛」のテーマはやはり強い。

 

No.59

じんじん 2013/129分 シネマート新宿上映中 07.30

 

山田大樹 監督

大地康雄(兼企画)、佐藤B作、中井貴恵

離婚によって長期間離れていた父親と娘の偶然の再会がもたらす、荒れた娘の再生を描いている。

実父の自己犠牲を知って、義父へのわだかまりを乗り越える過程を丹念に描いている。

考えてみれば、親子愛、隠れた親の愛という、ありふれたお涙頂戴の脚本なのだが、絵本の町/北海道剣淵町を舞台にした、子供の為の童話や絵本が全編の骨格を作って、すっきり無駄なくまとまって実にユニーク。

ファースト・シーンは父親回想シーンで、ばっちゃが囲炉裏で子供達に昔話を聞かせている。

ラストは実父が娘一人の為にだけ作ったクロコダイルとイルカの恋の絵本のアップ。

*

この作品は喜劇調に仕上げてある。

お手本は多分「フーテンの寅さん」。

笑いの取り方や、場面がが驚くほど似ている。

だから、監督も演技している大地も多分意識していたに違いない。

その意味で、渥美清へのオマージュ作品と言っても良いと、思われる。

**

難をいえば、偶然の親子再会設定が唐突で不自然で、かつ娘がそれとすぐ分かり、父親が気付かないと言うのも変だが、でもそれを補って余りある父親の隠れた愛の素晴らしさが美しいし、弱ったクロコダイルが月を見て、愛しているイルカも同じ月を見ていると思うだけで幸せだった、という絵本が父親の気持ちを代弁して、泣かされる。

愛されることより、愛することの大事さを教えてくれる、大人の童話だった。

間違いなく佳作。

 

No.58

バファロー大隊 1960/111分 bs 07.20

ジョン・フォード 監督 

ジェフェリーハンター、コンスタンス・タワーズ、ウディー・ストロード

南北戦争後のインディアンとの争いで活躍した大隊の名。

西部劇の舞台だが内容は裁判劇。無実の黒人曹長を救う友人弁護士の推理が冴えている。

裁判劇は脚本次第だが、J・フォードが黒人差別を批判したのが面白い。ネイティブは擁護しないのかな。

 

No.57

ある侯爵夫人の生涯 2008/110分 英 7.3 bs

ソウル・ディグ 監督

キーラ・ナイトレイ、レイフ・ファインス、シャーロット・ランプリング

18世紀末の英国のデヴォンシャー侯爵夫人のお話。

お話といっても架空ではない。

ほぼ史実らしい。

デヴォンシャー家と言うのは、例のダイアナ妃の祖先で、夫の浮気、妻の不倫が描かれているこの映画は、200年後のダイアナ妃の生涯と重ね合わせ話題となった。

*

皇室に次ぐ高位である侯爵は日本で言えば大名挌。

バッキンガム宮殿並みの豪勢な館に住み、贅の限りをつくした生活をしている。

生活だけではない、政治的権力も持つ英国社会の権力者でもある。

**

同時期フランスでは革命が起き、王制が崩れたので貴族制度も無くなった。

ところが、海を隔てた隣国の英国では、王も貴族も実態は変ってはいるが現在も尚健在である。

この対比は面白い。

一つは英国では、いち早く産業革命が起こり、市民社会が新たな勢力として台頭したので、革命を経ずして貴族社会が形骸化し、実権を失ったということだろうが、もう一つは今でも英国貴族社会に残る「ノブリス・オブリージ」と言う説もある。

要するに、貴族に贅沢をさせている見返りに、戦争になったら先頭に立って戦ってもらうぞ、というギブアンドテイクの原則があるから革命に至らなかったという説である。

事実フランスとの「バラ戦争」では貴族の大半が死んで、貴族院の運営に支障が出たらしいし、先の大戦でも優秀な貴族出身パイロットが大勢死んだ。

戦後のフォークランド戦争でも王子が出兵した。

戦時にリスクの高い仕事をするのが当たり前だから、形だけの戦前の日本とかなり違う。

英国王室や貴族は軍隊に入り訓練を受けるが、今日、日本の皇室がそんなことをしようものなら、国内も国外からも総反発間違いない。

同じ地球上にある国でもこうも違うのは敗戦国だからだろう、戦争は負けるものではない。

***

この映画に限らず、広大な領地と豪勢な館を持つカントリーハウスが時代劇映画に登場する。

これは過去の遺物ではなく、現存し使っている。

昔のように小作人が多く居るとも思えないので他人事ながら維持費も心配だが、それはさておき18世紀末の設定で見る限り、庶民との格差は余りにも大きく、よくこれで革命が起こらなかったものだと、不思議でならない。

****

名家は絶やしてはいけないから跡継ぎを作ることが一番大切。母親も名家の出でなければいけない。

侯爵は手当たり次第にセックスするが、正妻に男の子が欲しい。

妻も地位確保の道具に過ぎない。

同じ屋敷に中でもお気に入りの女性を住まわせ、正妻と3人で終世食事も共にした。

中国や日本ではありそうな話だが、西洋では異常なのだろう。

だから、夫人の不幸物語として成立した。

****

妻の不満は政治に向かい、活動するうちに、嘱望される青年と恋仲になる。

子供の為に諦めるが、その青年は後に英国首相になった(チャールズ・グレー)。

世界史にもその名を残した名宰相にも、苦しい過去があった。

ダイアナといい、グレーといい歴史の歯車は奇妙だ。

 

No.56

レボリューショナリー・ロード 2008/119分 米 bs 0625

サム・メンデス 監督(アメリカン・ビューティー)  リチャード・イェーツ 原作

レオナルド・デカプリオ、ケイト・ウインスレット

3番目の子供を産むかどうかの意見の不一致が思わぬ悲劇を生む。余りにも悲惨な結末に胸が詰まる。

-筋書き-

まだコンピューターが会社に入り込んでない相当昔の話。

夫はビジネスマシンの販売会社に勤めていた。

夫婦の仲はとても良かった。

緑溢れるコネティカットの郊外にマイ・ホームを構え、子供にも恵まれ、一見幸せな典型的なサラリーマン。

でも実は、妻は若き頃女優志願で挫折しておりマイホームの専業主婦に一生甘んじるような女性ではない、夫も現在の仕事はつまらないと思っていた。

要するに、現在のつつましい幸せの為に、二人とも我慢していた。

結婚後7年経って、貯金も出来た頃、妻から仕事をやめパリで生活をやり直そうとの提案がある。

妻はキャリアウーマンとしての仕事の当てがあり、高収入だから夫は好きなことを探せばよい。

夫は髪結いの亭主はいやだと反対だったが、仲の良い夫婦なので結局妻に従うことにした。

その後、妻が妊娠していることが発覚。

妻は夢を実現する方を優先、堕胎したいというが夫は反対。

この意見の不一致を放置しておいたのが悪かった。

妻は自分で器具を使い処理し失敗、病院に担ぎ込まれたが息を引き取る。

夫は、思い出の当地を引き払い、コンピューターを会社に売り込む新しい会社に引き抜かれNYで暮らすようになる。

二人の子供をこよなく愛し、公園で遊ばせているが、ベンチに座った彼の姿は妻を失った寂しさで悄然としている。

*

「タイタニック」の再現コンビ。

題名はマイホームのある街の通りの名前で、平凡なサラリーマンが革命的に転進することのアイロニー。

夫婦の意見の違いは良くある、この悲劇は単なる運命のいたずらというより、何処の家庭でも起こりうる、ボタンの掛け違いだろうか。

夫は妻が自分でそんなことをすると思っていなかったのだが、そんなことも考えておけばよかったと一生悔やむだろう。

精神を病んでいる男が登場するが、彼曰く「生活を虚しいと思うのは良くあることだが、絶望するのは決心が要る」と転進に敬意を払う。

会社や近所を含め誰も喜んでくれないのに、病んでいる男だけが理解してくれる。

と言うことはこの夫婦も病んでいるのではないかと、自嘲する場面がある。

肌に合わない生活は間違っている。それを強要する社会も考えれば異常だ。

でも、飛び出すにはリスクがある。

でもこんな残酷な結末を用意するR・イェーツという原作者も相当なものだ。

愛し合っていた夫婦だけに、深い感傷が残る作品。

 

No.55

抱かれた花嫁 1957/75分 BS 06.22

番匠 義彰 監督   望月優子、大木実、有馬稲子、田浦正巳、高橋貞二、高千穂ひずる、桂小金治

昭和32年、親の承認が得られないと結婚出来ないのが普通だった。

浅草の寿司屋で、看板娘で店がもっている場合は、一族がこれで食っているので、尚更だ。

でも、これはコメディーであるから、深刻に処理しない、予想通りの筋書きで一件落着。

この軽快さが楽しい。

浅草という街の活気(ストリップ小屋、SKDラインダンス)、江戸っ子気質の寿司職人(小金治が好演)、こども馬車が走る不忍池の下町風情、人情に厚い人々(食事付き下宿)など、現在既に過去になったものが、今見ると新鮮に映る。

日光湯元の南間ホテルが出てくるが、当時は他に殆ど建物はなく、相当の田舎だったことが分かるが、ラストの水郷潮来は、これだけは変わらぬことがうれしい。

母親は若き頃、オペレッタ歌手と恋に落ちたが親の反対で諦めた。

その歌手が老いてストリップ小屋で歌っている。

その彼に、子供の気持ちを尊重するように説得され、強情な母も折れる。

有馬稲子がピカピカ。

下町の寿司屋にこんな美人居たら、今でも繁盛間違いなしだろう。

いい映画と言うより、楽しく罪のない映画。

題名は全く関係ない、客寄せではないか?

まぁ いいか!

 

No.54

チャップリンのニューヨークの王様 1957/105分 英 06.21

チャールズ・チャップリン 監督 脚本 主演

ドーン・アダムス、マイケル・チャップリン(息子)

最後の主演映画。

当時のアメリカの行き過ぎた商業主義、赤狩りを痛切に批判した作品。

笑いのネタは過去の使いまわしだから、年を感じるが彼の勇気はあらためて賞賛されて良い。

ラストで純真な少年に密告を迫らせたアメリカ社会の残酷さに胸が詰まる。

 

No.53

おんなは二度生まれる 1961/99分 cs 06.20

川島 雄三 監督  富田常雄 原作  井出俊郎・川島雄三 脚本

若尾文子、山村聡、藤巻潤、フランキー堺、山茶花究

川島雄三監督の作品中、かなりの出来と評価されている。

若尾文子の魅力や、郭ものとしては明るく、清潔な映画だから守備範囲が広いということかもしれない。

*

舞台の九段三業地の場所を調べると、靖国通りに面した靖国神社の反対側付近にあったらしく、この映画にも出てくるが麹町にかけて下りの傾斜地である。明治時代に設けられた場所らしいが、昭和33年の赤線廃止後、勢いを失い現在は面影も無く、どちらかと言うと逆に高級感のある場所に変身してしまった。

ここの不見転芸者を、若尾文子が殆ど出ずっぱりで演じて、一人芝居的作品となっている。

明るく、活動的で、頭も良く、姿形、顔も良く、言うことないがこれが逆に本作品の欠点となっていると思えるのは、私だけだろうか。

場末の売春婦を描いた「赤信号、洲崎パラダイス」の新珠三千代はやはり美人だが、売春婦らしい何処となく崩れたところ乃至自制心の欠如みたいなところがあり、人間の堕ちていく姿に哀れみを感じさせる演技だった。それに対し若尾は品がありすぎて、不見転芸者というより現代の言葉で言えばキャリア・ウーマン的な存在に見える。

それでいて、脚本上は少し淫乱な設定になっているから、これは大方の評判とは反対にミスキャストではないかと思う。

花柳界にはこんな女性も実際には居ただろうが、売春婦は不運な運命に贖うすべもなく、利用され捨てられていく悲しい女性でなくてはならないという先入観が優先しているという個人的な偏見が影響しているかもしれない。

さらに言えば、三業地には場末の哀感が似合うし、絵になる。

三業地にも赤坂など高級なところもあったので、これも偏見かもしれないが。

**

ラストの解釈は観客に委ねられているから、勝手に想像してみる。

小えん(主人公)さんは寿司職人と結婚し、堅実な生活を送ろうと思っていたこともあった。(彼はさっさと違う人と結婚してしまったが)

本当は藤巻演じる学生が好きだったが、適わぬ恋と諦めていた(事実その後仕事の為に外人と寝るように彼から頼まれ、ショックを受けた)ので、打算的な考えとはいえまともな生活を夢見ていたことは確か。

金で動く水商売の男と女の関係に嫌気がさした逃避願望のところへ、たまたま上高地に行く話しとなり、汚れた人間世界とは無縁な崇高な山から啓示を受け人生をやり直す決心を得た。

「前科」ある女性の再生は簡単ではないが、彼女なら乗り越えられそうな希望を感じる。

終わり方は秀逸。

***

山茶花究のいやらしい男ぶりが強烈。

若尾文子は「越前竹人形」の方が影が深く美しい。

 

No.52

ローマでアモーレ 2012/111分 渋谷ル・シネマ上映中 0615

ウッディ・アレン 監督

アレック・ボールドウイン、ペネロペ・クルス、ジェシー・アイゼンバーグ、エレン・ペイシ、ロベルトベニーニ

「ミッドナイト・イン・パリ」というご当地映画で成功したせいか、今度はローマの観光映画を作った。

監督自身出演し、熱演している。

さすがと思わせる点:ごく普通の市民がある日マスコミに追いかけられて、朝から晩までTVに劇場にパーティーに引きずり回され、ヘトヘト。(「甘い生活」のパロディーらしい)

理由があって有名人になるのではない、有名人だから庶民が寄って来るのだ。有名人を作りマスコミがこれで食っている。

でもある日突然、次にターゲットが移りヒーローは元の木阿弥に帰す。

考えれば、わが国の選挙なども似たようなものではないか、その人を知らないで虚像で判断する。

誰かが虚像を作っているのだ。

本当は殺人鬼かもしれないのに。

*

ペネロペ・クルスのナイスバディーが見所。又葬儀屋がシャワー室で歌うトスカが素晴らしい。

余談:エレン演じるモニカの正式なイタリア発音はマニカらしい。

 

No.51

はじまりの道 2013/96分 東劇上映中 0615

原 恵一 監督

加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳、斉木しげる、光石研

木下恵介の一生を描いたのかと思いきや、松竹を辞めて浜松に引っ込んでいた戦中のわずかな期間だけを描いている作品だった。

その後のことは、フィルム・ギャラリー風に短くまとめてある。(「二十四の瞳」では友人渡辺四朗君のアップも使われている)

年輩者は夫々の作品に思い出があるから、若き日が蘇り懐かしさがいっぱいだ。

単純で破綻の無いつくりではある。

でも木下恵介の好きな女性とか(ホモ・セクシュアルであったという説さえあるのに)、お金の使い方とか、友達との付き合い方とか、他人と違った才能とか、面白いクセ・・・など、人となりが描かれてないので、私には木下恵介が如何なる人であったかこの映画を見てもイメージ出来なかった。

描かれていたのは家族愛だけ。

この家族愛が彼の映画の根幹であると原監督は言っている訳だが、そう単純に割り切っていいものだろうか? 

ひねくれ者の私など疑問に思う。

「家族愛」は実はそんなに美しいものではないと、小津は「東京物語」で語っている。

*

盲導犬は幼い頃徹底的に可愛がられる時期を経てでないと資格を得られないと言う。

だからどんな人間に対しても信頼することにかけては疑いが無い。

木下の作品はどの作品も人への信頼に溢れている。

その意味で彼の作品は美しくも有り、感動的だが、盲導犬が乱暴者に殴られても抵抗しないと言う現実に対処出来てない。

世の中は汚いものの方が多いから。

**

青年期の彼は才人である。

「お嬢さん乾杯」など画面が総意工夫に溢れている。

無骨な浪花節と思われがちだが、画面がキラキラ輝いている。

晩年は不遇をかこった。

才人であるがゆえに、多くの悩みを抱えていたのだろう、そんな心の奥も描いて欲しかった。

人間は複雑に出来ているものだから。

***

この映画では田中裕子より、濱田岳の存在感が上。

ユースケ・サンタマリアも殻を破った感じだが、濱田は上手い。

抜群だと思う。

 

No.50

マルタイの女 1997/131分 dvd 613

 

伊丹 十三 監督

宮本信子、西村雅彦、村田雄浩

伊丹監督の最終作品。

この後、屋上から飛び降り自殺した。

いや自殺ではない、浮気がらみで自殺する男では無いから、暴力団あるいは創価学会による、あるいは共同による「突き落とし」だった、と言う人もいる。

*

伊丹監督は「ミンボーの女」を撮った後、暴力団に襲われ重症を負った。山口組の組員が逮捕されたが、その後身辺警護対象で警察の保護下に置かれた。

その体験を映画化したのが本作。

マルタイとは身辺警護対象者のことである。

**

本作には、謎のカルト集団が登場する。

平気で殺人を起こすので、オーム真理教とイメージがダブル。

これを無理やり創価学会と結びつけるのは無理があるのではないか。

***

伊丹監督の作品は基本的に娯楽作品だから、面白く、大勢の人に影響を及ぼす。

正義漢だから不正が嫌いで、暴き叩く、だから、時には怖い相手から命を狙われるが、それほど意味ある仕事をしていると言う証。

へなへなしている映画人と一線を画す。

その為か、人間の内面を描くと言うより、ドキュメンタリーに近い感覚の作品が多い。

余計なことかもしれないが、オリジナリティーと言う点で、やはりハリウッドの匂いがするのが気にはなる。

ホイットニー・ヒューストンの主題歌で大ヒットした「ボディーガード」もマルタイ映画で先行していた。

****

「ボディーガード」は警護という仕事の過酷な仕事を再評価するのが主眼で、それにラブロマンスをかぶせていた。

本作は、脅しに屈しない女優の生き様を主眼に、警護人の活躍ぶりをサイドに置いた。

西村雅彦が一味違う演技で警護人を見事に演じているので、どちらが主眼が分からなくなってしまったか。

意地悪な見方をすれば、宮本信子はやや生活臭がするので女優としての役柄に不適だったということなのかもしれない。

*****

これはコミカルなドラマ仕立てなのに、ラストでマルタイが実際に襲われたことは無いとテロップが流れるのは、少し興ざめだ。

警察の立場を慮ったか?

 

No.49

かあちゃん 2001/96分 5.30 bs

市川 崑 監督   山本 周五郎 原作  和田 夏十 脚色

岸 恵子、原田龍二、うじきつよし、小沢昭一、春風亭柳昇、江戸や猫八、コロッケ、中村 梅之介、

周五郎フアンで、市川監督のカメラが好きだ。

だからこんな映画が嫌いなわけが無い。

周五郎は二つの大きなパターンがあると思う。

自己犠牲と無償の愛。

本作は後者だが、不幸な人に手を差し伸べる人は、そのことで心が満たされるし、それを傍で見ていた人の心までも浄化してしまうという、ハッピーエンドが待っている。

それに対し前者は、悲しさや、愛の大きさや、偽りの無い忠義心などが語られ、その無垢な心で涙を誘うが、悲劇で終わる。

どちらとも涙無しでは語れない。

*

醜いことの多い世の中で、純粋できれいな心であり続けることは難しいから、センチメンタリズムで一笑にふすことも出来ようが、架空な物語を通じて忘れかけた人の心の素晴らしさを思い出させてくれることは、無意味なことではないと思う。

泣けるというのは共感を覚えるということだろうから。

**

この作品は2回目の鑑賞だった。

岸恵子がはまり役で、大家と長屋の4人組も末広亭を抜け出したおかしさで秀逸(実際、落語「花色木綿」が引用されている)。

朝もやの長屋の屋根も美しく、モノクロ調も効果的で申し分ないが、肝心の長男役が適役だったかどうかはあるいは意見が別れるのではないか。

江戸のデーク(大工)はもっとシャキシャキしてら〜 てか?

***

時間も短いし、dvdお勧め度A。

 

No.48

スーパーの女  1996〜7/127分  CS 5.02

 

伊丹 十三 監督・脚本

宮本信子、津川雅彦、六平(むさか)直正、高橋長英、伊東四朗

 

脚本も伊丹監督ということだが、スーパーの裏事情にやけに詳しい。

2000年代になって、スーパーの舞台裏が明らかになって、「食品偽装」問題を中心として、改善の方向に向ったが、その前の映画だからその慧眼に敬意を払ざるを得ない。

多分、スーパーに働くパート社員から本音をうまく聞きだしたのだろう。

例えば、肉の売れ残りは、リパックしてパック日を偽り販売する。

それでも売れ残る場合は、トンカツにしてにして翌日売ったり、さらに売れ残ったトンカツは再度揚げてさらに次の日に販売する。

ひき肉などはどうしようもない古い肉しか使わなかったから、買って次の日は変色する。

新しい肉は簡単には変色しないものらしい。

それが当時のスーパー業界の常識だった。

野菜などの生鮮食品などは売れ残って鮮度が落ちたものは、弁当の材料にして販売していた。

そんな内部事情を知っているから、スーパーの従業員は自分の買い物は自分の店でしなかったらしい。

*

随分消費者を馬鹿にした話なのだが、これが事実だった。

でもこの映画をはじめ、その後告発が相次ぎ、食品偽装問題は食品業界全般に広がり、大きな社会問題となった。

言わば主にマスコミが担うべき社会への警鐘を本作も成したという意味で、映画の枠を超えた作品であった。

**

しかし今日尚、偽装問題などは存在しなのであろうか、喉元過ぎればの喩えもあるから消費者も目を光らせる必要は依然あるに違いない。

その意味で、第二の「スーパーの女」を誰か作ってほしいものだ。

***

役柄で言えば津川の馬鹿専務ぶりが見事で、シリアスな作品の緩衝材としての存在感が際立つ。

仕事には裏話がつきもので、アメリカ映画でも各種の仕事苦労話が映画化され、伊丹氏もこれに習いシリーズものをつくり、本作はその最後から2作目。

もう飽きたと思わせない、話のネタの工夫が本作の見所。

実在の多くのスーパーが作品協力者として、ロールエンドで名を連ねているのも面白い。

****

我が家の周りにも西友、イト−ヨーカドー、オリムピックという大手スーパーがあるが、細かいところまで目配りされているOKとかOZEKIとかの中小地元スーパーのほうが客が断然多い。

経営目線より顧客目線の方が大事ということだろう。

 

No.47

馬上の二人 1961/109分 dvd 05.01

ジョン・フォード 監督

ジェームス・スチュワート、リチャード・ウィドマーク、リンダ・クリスタル

1961年と言うと西部開拓時から、かなりの年月が経っているのに、白人とインデアンの対立が文明人と野蛮人の対立のままになっているのは、やはり大巨匠の欠点と言わざるを得まい。不快である。

 

No.46

大病院 1993/116分 3.29 cs

 

伊丹 十三 監督

三国連太郎、津川雅彦、宮本信子

現在は4.15である。

三国連太郎が昨日亡くなった。

好きな役者だっただけに、残念、寂しい。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

*

伊丹監督は大監督だったと思う。

この作品は20年前の作品である。

今日、癌告知や終末期医療については、ある程度国民的コンセンサスが出来ているが、当時は反対意見が多く混沌としていた。

それに、明確な答えを出している。

さらに言えば、彼の自死に繋がる思想が披瀝されている。

現在多くの人がこの作品をあらためて鑑賞し、自分の問題として「終末」を見つめなおして欲しい。

余命3ヶ月を知った時「今まで自分は死なないと思っていた」と言う言葉の意味は深い。

今を生きることの大切さが痛切に感じられる。

 

No.45

 カルメン故郷に帰る 1951/86分 コメディー bs 3.28

 

木下 恵介 監督

高峰秀子、小林トシ子、坂本武、笠智衆

本邦は初のカラー映画。

富士フィルムは大したものだ。

当時は東京と田舎は遠かった。

浅間山山麓の村と東京から一時里帰りしたストリッパーの落差が面白く描かれて、時代背景を考えると凄い作品。

そして、今見る価値としては「失った素朴な日本社会の温かさ」を確認できること。

貴重な映画だと思う。

 

No.44

 チャイコフスキー 1970/154分 露 bs 3.27

監督 イーゴリ・タランキン    音楽 ディミトリー・ティオムキン

インノケンティー・スモクトゥノフスキー、リリア・ユージナ、マイヤ・プリセツカヤ

 

チャイコフスキーの音楽は分かりやすい。

感傷的で旋律が美しく、オーケストレーションも見事だ。

それ故に、流行歌や映画音楽の匂いもし、具体的過ぎる故に評価が分かれる。

同郷ショスタコビッチは認めていないが、旧ソビエト政府は大いに奨励した。

好みは別にして、解放後の今日尚、国民的英雄であることに変わりはない。

本作品は旧ソビエト時代に作られたから、何か制約を感じる。

例えば、今日チャイコフスキーは男しか愛せなかったから、熱心なキリスト教であった彼は終世、罪の意識に苛まれていたとか、という説(真偽は未だ不明らしい)には触れられていないし、パトロンのフォン・メック夫人との関係もよく説明されてなく分からない。

本作も大作である。当時大作が流行った。

ご苦労さんと言いたい。

ティオムキンの音楽に注目される映画。

 

No.43

お嬢さん乾杯! 1949/90分 モノクロ松竹  3.26 bs

木下 恵介 監督      新藤兼人 脚本

原 節子、佐野周二、青山杉作

昭和24年、焼け野原の東京の風景も貴重。

没落貴族を描いた「安城家の人々」の原節子役と全く同じ、時代の変遷と女の新しい生きかたを描いている。

題名になった空いたコップのビールの泡のカットが洒落ている。

原節子を美しい角度で捉えているカメラも秀逸。

脚本も隙がなく、一級の作品。

 

 

No.42

アイリス 2001/91分 英・米 3.24 dvd

リチャード・エアー 監督

ジュディー・デンチ、ジム・ブロードベント、ケイト・ウインスレット

妻がアルツハイマー病になり、息を引き取るまでの夫の献身的介護を描いた愛の物語。

先日観たハネケ監督の「愛、アムール」と驚くほど似ている。

ジュディー・デンチの演技がリアル過ぎて、目を背けたくなる。ほどほどにして貰いたい。

ケイト(若き日のジュディ役)は裸体も惜しまず披露、役者魂をみせた。

 

No.41

狐の呉れた赤ん坊 1945/85分 モノクロ bs 3.19

丸根 賛太郎 監督

坂東妻三郎、橘公子、羅門光三郎、津川雅彦(子役)

人情喜劇の傑作として、その後何度もリメークされているスタンダード・ナンバー。

同じ坂妻の名作「無法松の一生」と比較され、とやかく言われている作品だが、頑固な暴れん坊親父と拾って育てた赤ん坊との、親子の情に泣かされない者はない。

単純明快なだけに、強い。

かと言ってお涙頂戴の臭い感じもなく、スカット晴れている。

やはり坂妻の個性がなせる業なのだろう。

焼け野原の終戦直後に、良くぞ撮った。

GHQの指導でチャンバラ場面は無い。

 

No.40

 2010/126分 dvd 3.18

片山 修 監督

小栗 旬、長澤まさみ、佐々木蔵之助

落ちたクレバスで、片足切断するのは、ハリウッド映画であった。(腕だったが)

元々氷河が無い日本アルプスでは、クレバスの規模が小さいので如何なものか。

色々ケチがつけられる映画ではあるが、小栗旬は山男を演じて意外に好感。

雪山が美しい。

山好きなら、「山座同定」で忙しく、映画どころではないだろう。

 

No.39

12人の優しい日本人 bs 3.15

 

中原 俊 監督

塩見三省、相島一之、上田耕市、中村まり子、林美智子、豊川悦司

「12人の怒れる男」の日本版リメーク。

ロシアでもリメークされた。

国民性の違いを浮き彫りにするのが、製作者の意図。

論理か感情か無責任か。

日本人は情緒的で、論理推敲が苦手と聞くが、映画の内容も違う。

日本の政治も論理よりポピュリズムが優先する。

裁判員制度がスタートしている。

情緒的になると、真犯人を野放しにする可能性も出てくる。

気をつけたいものだ。

 

No.38

お日柄もよくご愁傷様 1996/105分 bs 3.14

和泉 盛治 監督

橋爪 功、吉行和子、布施博、伊藤かずえ、新山千春、松村達雄 

つつじヶ丘駅から歩いて深大寺の自宅まで、90歳近いおじいちゃんが歩くところから映画が始まる。

家族には内緒、その意図が分かるのが終盤である。

家族は知らなくても、ゲートボール仲間は知っていた。

娘に彼氏が居ることはおじいちゃんは知っていたが、親父と母親は知らなかった。

家族は解かり合っていそうで、そうでもないのだ。

死んでから分かる、親父の母親との出会い。

世代を超えた旭岳登山で、老夫婦の愛が蘇る不思議な話が喜劇の枠を超えて、爽やかに描かれている。

橋爪功の悲哀に満ちたサラリーマンに身をつまされる思い。

 

No.37

カリートの道 1993/145分 cs 03.13

 

ブライアン・デ・パルマ 監督(ミッション・インポッシブル、アンタッチャブル)

アル・パチーノ、ショーン・ペン、ペネロープ・アン・ミラー

カリートは、暗黒街を頭と度胸でのし上がり、麻薬王として君臨していた。

がある人物ににはめられ服役、出所してきた時は、昔と違いヤクザ仁義が忘れられ、平気で仲間を裏切る何でもありの無法世界

昔かたぎのカリートは足を洗うべく、恋人とパラダイス島への逃避を計画し、成功一歩前で親友や相棒の裏切りに合い、敢え無く倒れる。

死の間際に恋人に金を渡し、二人でこの腐った街を出るように、遺言する。

二人とは、恋人とお腹の中の彼の子供だった。

*

昔かたぎのヤクザが仁義無用の現代ヤクザに消される話は邦画にもあるし、筋立てはそう凝ってはない。

が、ラストのエスカレーターを使ったマフィアとの戦いはアイデア賞ものだし、

それに何といってもパチーノとペンの演技が見事。

なかでも、少し狂った麻薬中毒弁護士を演じたペンの薄汚さは特筆されて良いだろう。

パチーノは笑わない役者。

シチリア出身でヤクザが良く似合う。

大作で、見ごたえ十分。

ファースト・シーンのモノクロ調画面から、ひきつけられて一気に持っていく技量はさすが。

一級のヤクザ映画。

 

No.36

大人の見る絵本 生まれてはみたけれど モノクロ bs 1932/91分 03.11

 

小津 安二郎 監督

斉藤達雄、吉川満子

松竹蒲田のサイレント映画。

弁士が居ないので、風間杜夫と倍賞千恵子が時々ナレーションを入れている。

郊外に引っ越してきたサラリーマンには二人の男子が居る。

郊外と言っても田舎、道は舗装されてなく雨が降れば車は泥に車輪を取られ空回りしてしまう。

所々に家があるがまだ殆ど原っぱ状態の未開発地。

撮影地を調べてみたら、走っている一両編成の電車が池上線とのこと。ああ!80年の歳月。

付近にはガキ大将が居て、子分を連れて遊びまわっているが、この兄弟は子分になることを良しとはせず、いじめられる。

この対立関係が先ず秀逸。

大人になると子供の心を忘れてしまうものだが、本作は等身大の子供目線である。

井上靖の「しろばんば」を読んだ時も、大人が良く子供の心を書けるものだとびっくりしたものだが、小津監督にも驚いた。

*

昭和7年と言うと、サラリーマンがまだ少なくその生態がまだ明らかにされてなかったのだろう、「上司にペコペコしないと出世しない」人種として描かれている。

現代では能力中心だろうが、今日尚「サラリーマンの悲哀」として定着しているのも面白い。

父権が強い時代である、兄弟は父は偉い人と思っている。

ところが側に住む会社のオーナー専務(この人にゴマをするため父は引っ越したらしい)の家で、専務の撮った16mmフィルム映写会に親子で行き、会社でペコペコしている父親のフィルムを見て、ガキ大将の兄弟は憤然とする。

父は偉くないのではないか と詰め寄り、給料をもらう為と説明する父に、それでは給料なんて貰わなくて良いじゃないか、と朝食を拒否する子供達・・・・・・・。

**

そうこの映画は親子関係の映画なのである。

親の世界、子供の世界、それぞれルールや掟がある。

平成の今でも、親の会社での仕事の内容・実態を知らない子供は多い。

親の「酒でも飲まなきゃいられないよ」と言う気持ちは当然理解出来ない。

基本的に80年前と親子問題は変わらないのだろう。

***

雀の卵を飲むと神通力が付くと子供社会では信じられており、巣から盛んに卵を盗む。

当時は雀だらけだったのだろう。

今は、カラスだらけである。

****

ラストだけは内緒にしておこう。

 

No.35

愛、アムール 2012/127分 仏、独、オーストリー  吉祥寺バウスシアター 3.9

ミヒャエル・ハネケ 監督

ジャン=ルイ・トランティニャン(ジュルジュ)、エマニュエル・リヴァ(アンヌ)、イザベル・ユベール

「ピアニスト」「白いリボン」(本ホームページ 2010年版 No.160参照) の監督である。

本作で2度目のカンヌ・パルムドールを獲得した。

極めて難解な作り方をする人で、見る人によって解釈が分かれる。

その意味で、観てからもう一度映画を理解しなおす事を強要される恐ろしい人。

観た後すっきりしない、後味の悪い映画ばかり。

*

ところが、本作は前作と打って変わって単純。意外だった。

愛し合っていた老夫婦が、妻の病気で生活が一変、介護疲れの夫が最後は無理心中する話だから、世間では良くある話でドラマ性は乏しいからだ。

**

このひねくれ監督がただそれだけで映画を作ったとも思えない。

深読みを強要させられる。

妻の脳が侵されたあとも、夫は全身全霊で約束どおり、自宅介護を続ける。

この細やかな介護は確かに素晴らしいし、胸を打つ。

***

でも、最後は何故殺したのだろう?

・楽にさせてやりたかったのか。

でも、妻は「痛い、痛い」とは言うがたまらない程のものではなさそうだ。

・意図しない行動(発作的)なのか

介護に疲れると正常な思考回路に狂いが生じて、ちょっとした事が引き金になることはあるだろう。

昔話を聞かせてやっても無反応な妻を見て、衝動的に枕を口に押し付けている。

そうすると、この行動は自分本位で、愛のためではない事になる。

・脳が壊れ、もうこれは愛した妻ではない、あの妻は死んだという「諦め」、なのか。

妻と時間を共有することが自分の人生のすべてで、妻を置いて他に居場所が初めから無い男が、自宅介護を始める時点で既に自己の死も覚悟しているという壮絶な愛も、病気には負けると言いたかったのか。

この場合、人間にはどこか自己滅亡願望があって、すべてを清算して死んでしまいたい欲望に負けることもあるということだろう。

****

真相はよく分からないが、如何なる場合も他者を自分の手で殺すことはいざとなるとかなり難しい。

その瞬間だけ、常なる自分を失い異なった人格になった時だけ。(戦時も含め)

人格を失うきっかけが「愛」ということは無いのではないか。

サロメは恋人の首をはねてキスするが、これは自己愛で他者に対するものではなかろう。

*****

題名の「愛に殉じて死ぬ」というイメージとは異なり、愛の無力を描いたともいえる作品かもしれない。

いや、もっと政治的に正常な意識の無い患者の生命を奪うことの正当性を訴えたかったのかもしれない。

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家の中に鳩が飛び込んでくる場面が2回ある。遺書にも鳩のことを書く。

鳩で何を言いたかったのだろう。

1回目鳩を窓から逃がす。

妻を殺してから飛び込んできた2回目は、今度は捕まえるが結局逃がしてやる。

彼は家に縛り付けられていて外に出ることは出来ない。

鳩は外界(あるいは天国へ)の象徴だったのかもしれない.

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殺害後、花を沢山買ってきて死体に手向けるかと思いきや、台所の流しに水を張り鋏で花だけを切り落とす。

花首を落とすと、長持ちするらしいが、流しというのもイマイチ・・・不明

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夫婦とも音楽家だから、音楽がいい。

映画の始まる前、BGMで場内に流されていた曲がシューベルトの即興曲。

劇中では、1番、3番が使われた。

帰ってきて調べたら、バガテルと言うのはベートーベンの作品126-2とのこと、早速CDを注文した。

J・S・Bachの前奏曲コラールBWV639.も使われた。

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名優二人。

老いても気品あり、立派。

 

No.34

喜劇 女は度胸 1969/91分 bs 3.8

森崎 東 監督  山田洋次 原案

倍賞美津子、河原崎健三、渥美清、清川虹子、花沢徳衛

森崎自身、3作目の監督をしている「男はつらいよ・・・」シリーズの嚆矢的作品らしい。

渥美清と花沢徳衛の親子ケンカが絶品。

スカッとして気持ちいい。

昭和44年は羽田付近は埋め立て工事でトラックが行きかう埃っぽい所だった。

中小工場が林立し、工員が汗水たらし働いている。

登場人物は皆貧しいが妙に明るい。

まず、この映画に登場している昭和44年の街や風俗が懐かしく、見ごたえある。

空港に行く路線には今は無き「スタンダード」なんて電気メーカーの看板も見える。

寅さん映画の人情路線と基本は同じだが、「女は度胸」というのはそれまで寡黙を通していた清川虹子が最後に開き直り、男どもを蹴散らす迫力を指しており、男は駄目だが女が世間を回していると言う、女性賛歌の視点が違う。

その分、喜劇と言うより内容が深く、深刻劇といっても良い。

かなり面白い作品。

 

No.35

さびしんぼう 1985/112分 cs 3.7

大林 宣彦 監督  山中恒 原作

尾身としのり、富田靖子、小林捻侍、藤田弓子

尾道三部作の最終作。

すべて超常現象で青春の愛を描いている。

青春はうつろい易く、儚い。

それが超常現象を使うことにより、よりメルヘン化するという効果を生み、どれも社会現象というほどヒットした。

でも3作も作る必要があったのか?

このところ、続けて見たためか、飽きた感がした。

 

No.32

シャイン 1995/105分 米 3.04 bs

スコット・ヒックス 監督

ジェフェリー・ラッシュ(本作でアカデミー賞)、ノア・ティラー(青年役)、アレックス・ラファロウイッツ(幼少時)、アーミン・ミューラー=スタール(父親)、グーギー・ウイザース(作家)

全く期待してなかったせいもあるだろうが、素晴らしい作品だった。

デヴィド・ヘルフゴットという実在するピアニストの半生記である。

彼はユダヤ系ポーランド人を父に持つオーストラリア人で、貧しい家庭に育ったが幼少から父に音楽の指導を受け、国内ピアノコンクールで準優勝「天才少年」と呼ばれた。

その後、援助により専門家の指導を受けたり、海外留学などしたが、終世父親との深刻な葛藤に苦しんだ人物である。

映画は、この親子の葛藤を通して、親子愛のあり方、愛の持つ束縛の力、など克明に描き悲しい物語に仕上げている。

*

ここまで書けばよくある話で終わってしまうのだが、彼は不安神経症とか統合勘定失調障害という病人だからややこしい。

収容所で家族を皆失ったトラウマの為か、家族を離れて飛躍しようとする息子を家庭に縛りつけようとする父親は「お前を一番愛しているのは父だ」を呪文のように唱え、復唱させる。これも愛の形なのだろう。その異常な父性愛が彼の病状とどの程度関係していたかは分からないが、少なくとも遠因であったように描かれている。

精神病院に10年間入れられていたが、理解ある年上の女性に助けられピアニストとして再起する。

その女性と結婚し、日本にも演奏旅行に来ている。

一芸に秀でている人に、日常生活が上手く出来ない人は結構いる。

パンツをはかないで人前に出たり、浴槽で垂れ流したりする破廉恥な行動をする反面、ピアノの前に座ると別人になる。

この異常な役をラッシュが乗り移ったように演じている。

吃音などは演技とは思え無い迫力である。

**

でも世の中はいろんな人がいるものだ。

こんな赤子のように手のかかる人を、辛抱強く支援し続ける人もいるのが世の中だ。

才能があったからだけではないと思う。

無い人でも、立派な人は確かに居る。

***

男は誰彼といわず、父親に対立感情を持っているものらしい。

フロイドはエディプス・コンプレックスと分析したが、親子の争いは愛し合っているだけに残酷である。

私もこの作品に出会い、親との関係を思い、又息子との関係を考えさせられた。

こんな根源的なテーマだからこそ、この作品は多くの人の共感を得たのだろう。

 

No.31

植村直己物語 1986/146分 3.03 cs

佐藤 純弥 監督  原作 植村直己  脚本 岩間芳樹、佐藤純弥

西田敏行、倍賞千恵子、古尾谷雅人、山本圭

大作である。

自伝だから、作り物でない自然さがある。

でもこれが両刃の剣で弱点にもなっている。

私が脚色するとすれば、危険な状況に身を置いて他に「生きている」という感覚を持てない人間をベースに、そんな人間と家庭との摩擦とか、支援者、仲間との接点から、シャバで生きる苦悩を浮き彫りにし、逃避の帰結として宿命的な「死」が待っているという筋書きにするだろう。

そうすれば彼の死が何かへの犠牲として、観客の涙を誘うかもしれない。

*

本作は自伝がベースだから、「死」が省かれている。

遭難死したマッキンリー冬季単独登頂の最後の苦闘が無い。

勝手な男が勝手に死んだような終わり方で、涙も出ない。

冒険家は世界に数多いるが、彼は希に見る「単独冒険家」である。

「孤高の人」の心の底を描いて欲しかったが・・・。

 

No.30

ブンミおじさんの森 2010/115分 タイ 2.21dvd

アビチャンポン・ヴィーラマタクン 監督

タナバット・サイサヨー、ジェンチラー・ポンパス、サックダー・ケタウグアディー

珍しいタイ映画である。

しかも、パムムドールを獲得した(カンヌ)。

仏教国の輪廻転生思想や、魂が肉体を遊離して行動したり、亡霊と暮らしたり、というある種の現実否定思想が、西洋人には価値あるものとして見えるのだろう。

東洋は死と生の垣根が低く、現実と想像の垣根も又低いと言う傾向がある。

死者は森に帰ってくると言う考えは古来日本にもあり(「もがりの森」として映画にもなった)、意識だけがが肉体を離れて現実とは違う体験をすると言うことも、未体験なのにいつか来たことがある場所の感じがする(デジャブー)ことなど、不思議無く語られる。

そもそも幽霊は西洋と東洋は違う。

死者が残された者の意識に存在し、輪廻とかカルマとかの観念の下に、幻想として立ち上がってくるのが幽霊だと思うが、それは多分、森とか大自然の神秘さと何処か結びついており、それに対する畏れの具現化とも言えるのではと思っている。

要するに、自然には様々な神が宿っているわけだから、自然と共に暮らす仏教国の人は神に囲まれて生きていかなければいけない。

神は現実を超えた存在だから、亡霊も又身近なのだろう。

*

訳の分からない映画とこき下ろす人が多いと思うが、現実が絶対ではないという目線でこの映画を見れば、かなり面白い。

ただ、醜い王女が水神様に身を捧げ、美しくなろうとする場面だけが、全体の話の筋から無関係で理解できなかったが、東洋の不思議さが行き詰まった西洋の再生に役立つ要素を考えると、映画として意味があろう。

 

No.29

レンタネコ 2011/110分 2.19 dvd

荻上直子 監督

市川実日子、草村礼子、光石研、山田真歩、小林克也、田中圭

この人の作品の主人公は、こんなことで食べていけるの?と思わせるものばかり。

苦労せず生きてきた、若い世代の甘さが気になって、仕方が無い。

でもこの「ゆるさ」が現代若者の特徴の一つだから、否定してばかりというわけにも行かず、悔しいことに全作品を見ている。

本作も全く進歩が無い。

今度こそこれを最後にしよう。

 

No.28

屋根裏部屋のマリアたち 2010/106分 2.19 dvd

フィリップ・ル・ゲ 監督

ジャン=ルイ役/ファブリス・ルキーニ(ルコント監督の「親密すぎるうちあけ話」)、マリア役/ナタリア・ベルベケ、サンドリーヌ・キベルラン

1962年頃からの話である。

スペインには独裁者フランコが未だ居た。

国内は乱れていたから、スペインから「出稼ぎ家政婦」がフランスへ多く進出していた。

フランス上流社会にとってのスペイン人種差別が感じられるが、これから解き放ち明るく家族的なスペイン人を見直したことが本作の価値の一つだろう。

*

実はこれは貧しくても文句を言わず懸命に働き続けスペイン・メイドの再評価の映画ではない。

後半になって分かるが、金持ちフランス人雇い主と有能なメイドとのラブストーリーなのである。

**

フランス上流社会からの呪縛を逃れ、人間らしい生き方へ脱出と言い換えてもいい。

ラストで明るい南欧の明るい風土が一層のカタルシスとなっている。

***

屈折の無い、爽快な映画。

こんな作品は久しぶりだった。

****

ジャン=ルイ役のルキーニのとぼけた役柄が救い。

恋の成就を応援したくなるではないか。

推奨ものである。

 

No.27

少年と自転車 2011/87分 ベルギー 2.18 dvd

ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ 兄弟監督

12歳の少年シリル役/トマス・ドレ、サマンサ役/セシル・ドゥ・フランス

親に捨てられ、児童相談所に預けられた少年と里親との物語である。

幼い孤児は境遇を自己処理出来ないから、極端な行動に走ったり、意固地で絶対他人の言うことを聞かず、他人の手を煩わすことが目的化したり、反社会的な行動(嘘、泥棒、暴力、犯罪など)をとることも珍しくない。

もともと悪い子なんて居ないが、心が傷つくと社会(他人)とのバランスを崩してしまうのだろう。

こんな子供の更正にわが国でも里親制度が用いられて、涙ぐましい努力が続けられている。

だが、一旦傷ついた心のケアーは並大抵ではなく、多くの場合失敗していると聞く。

*

本作の里親も凄い。

子供を決して甘やかさず、叱るときは叱る、お礼を言わせるときは言わせる、そして言い分も聞いて尊厳を認めてやり、惜しみない愛情をそそぐ。

言わば全身で子供と対峙している。

捨てた父親の居場所を探してやり、父親の口から「縁切り」の言葉を直接言わせる(子供に)。

そうでもしないと、希望をもたせ再生できないからだ。

子供にとって最も辛い経験をさせる、里親も辛い。

**

嫌われ者の子供が我慢ならない同棲中の男に、俺と子供とどちらを選ぶかと言われたサマンサは、子供の前で敢然と子供と答える。

赤の他人に何故里親はこうも献身できるのか、多くの人は不思議でならない。

私もその一人だが、実はこの話は実話なのである。

しかもネタは日本発らしい。

***

架空の話ではなく、現実に世の中にこういう人が存在しているのである。

このことが救いだと言うことを、この監督は皆に示している。

数少ない成功例かもしれないが、シリルとサマンサが自転車ハイキングが行き、サンドイッチを食べるシーンが少年の更生を約束して涙が溢れる。

****

ラストでシリルはかつて暴力を振るった青年から仕返しを受け、逃げた木の上から落ちて失神する。

気が付きふらふらの体で自転車に乗り、サマンサに頼まれたバーベキュー用の木炭を運ぶ使命を果たそうとする。

ベートーベンのピアノ協奏曲5番皇帝の弟2楽章の静かなピアノ・ソロが流れ、少年の自転車が小さくなる。

音楽の使い方も素晴らしい。

*****

ダルデンヌ兄弟監督はカンヌでグランプリを5回も取っているベルギーの俊英。

どれも小粒だが珠玉である。

 

No.26

ファウスト 2011/140分  露 dvd  2.15

アレクサンドル・ソクーロフ 監督(昭和天皇を描いた「太陽」の監督)

ヨハネス・ツァイラー(ファウスト)、アントン・アダジンスキー(高利貸し/悪魔)、イゾルダ・ディシャウク

ベネチアで金獅子賞を貰った。

が、私には趣味の悪さだけか目に付き、気持ち悪さだけが残った。

ファースト・シーンから人体解剖である。(魂が何処にあるかを探す為)

各シーンが汚い道、薄汚れた部屋、重く暗い空、臭い匂い、などなど不潔で固めてある。

悪魔の入浴シーン(裸体)など吐き気をもようす。

日本人監督では絶対作れない、悪趣味。

唯一、マルガリータとの愛のワンカット・シーンだけが金色に輝き美しい。

魂が何処にあるのか・・・

人は幸せを何故求めるのか・・・

生きる目的は・・・

人類永遠のテーマ続くが・・・

結局初めから何も無かったのだ、人生は空っぽだったと、魂を抜かれたファウストは悟る。

ゲーテの原作に拘っていない、変作との但し書きがある。

 

No.25

素晴らしきかな人生 1946/130分 米  dvd 2.13

フランク・キャプラ 監督

ジェームス・スチュワート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア

「スミス都へ行く」などで有名な、往年の大監督の代表作。

三谷幸喜が「素敵な金縛り」で、オマージュに使った作品である。

この監督の正義漢 、清潔感が好きだ。

恐れ多くて論評できないが、皆に見てもらいたい作品の一つである。

*

キリスト教徒には天使とい言う概念があって、作品に使えるのが羨ましく思った。

 

No.24

ロレンツォのオイル 1992/136分 米 dvd 2.11 

ジョージ・ミラー 監督

ニック・ノルティー、スーザン・サランドン、ライオネル・ユスティノフ

筋萎縮症(ALS)に罹った子供を持つ両親が猛勉強して、効果的な食事療法をあみ出した実話物語である。

ALSは10万人に0.4〜1.9人という難病で、原因や治療法が確立していない。

60歳前後の男性の発病が多いらしいが、この物語では5歳の子供である。

血液中に連鎖した脂肪酸が溜まり(通常人は酵素が分解して体外に排出してくれるが、ALS患者にはこの酵素が無い)、これが神経皮膜を破壊、徐々に麻痺が進行し、激痛とともに大体24ヶ月程度で死に至る恐ろしい病気(映画情報)。

(映画では女児はキャリアーで男児だけが発症するとの説明だったが、実際の発生率は2:1らしい・・・女児も発症する)

*

難病は患者が少ないので、製薬会社は新薬開発意欲が薄い。

医師も専門医は少なく家族は最後は苦しませないようにホスピスを選ぶケースが多いらしい(映画情報)。

この両親は不屈の闘志と、並々ならぬ犠牲を払って、最愛の息子の為に不眠不休の努力をした。

医学会は新しい治療法や見解に消極的なので、はじめは素人の研究を理解しようとせず、度々衝突していたが、論文が注目を浴び、次第に協力するようになり、成功に至った。

そして、名誉医学学士の称号まで貰った涙の物語である。

菜種油から抽出した成分が、この脂肪酸を分解するのに役立つらしい。

抽出が難しく極めて高価なオイルらしいが、このオイルのお陰で現に、ロレンツォーは12歳を過ぎた映画製作時の1992年にまだ生存しているとのことだ。

**

この作品は世間の評価が極めて高い。

医者の言うことを丸呑みするのでなく、自分で納得するまで勉強し、周囲を説得し協力者を発掘し、治療方法を自分で探っていく崇高な親の愛を描いたのだからさも有りなんと思う。

でも私には、立派過ぎる親に自分では出来ない負い目を禁じえず、感激も半ばに終わった。

普通の親は頭も悪いし、金も無く、こうは出来ないからだ。

諦めて、おろおろするだけだろう。

挙句の果てが、親子心中するかも知れない。

***

でもこんなスーパーマンがいるから、他の苦しんでいる患者の福音にもなる事も評価しなければいけない。

でもこれは食事療法だから、ある程度の回復、延命は可能だろうが損傷を受けた神経の抜本的回復は難しい。

まだまだ先の長い研究が求められる状況に変わりは無い。

 

 

No.23

マダムと女房 1931/57分 2.10 bs

五所 平之助 監督

渡辺篤、田中絹代、市村美津子

日本初のトーキー。同時録音。音を聞かせるための映画だから、静かな場面が無い。欧州映画をお手本としたのだろう、バタくさいのが面白い。

渡辺篤:トーキー役者ならではのオーバーな演技(目の動き)が面白く、チャップリンのようである。

映画史の勉強、この試行錯誤が今日の作品につながっている。田中絹代がぽっちゃりして可愛いのにもびっくり。

 

No22

ヒミズ 2011/129分 2.10 dvd

園 子温 監督    古谷 実 原作

染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、光石研、でんでん

人気漫画の映画化。

ヒミズとは もぐらの一種で 小型で尻尾が長い動物のこと。

何故これが題名になったのか、多分世の中には陽の当たる幸福に生きる人間と、一生陽が当たらず地下でのたうち回る人間が居て、主人公の住田が後者で まだ中学生だからヒミズなのだろう。

住田の住むボートハウスを取り巻く人々は、東北大震災の被災者で、河川敷に住むホームレスである。

この人たちは、皆頭がおかしいが、未来のある若い住田に妙にやさしい。

自己の再生を諦め、少年に未来を見ているらしい。

*

主人公の二人の中学生(住田と茶沢)は親達に「死ね!」と言われ続ける。

借金返済の為の保険金欲しさである。

住田の母親は出奔して不在、父親はたまに帰って来て息子に凄まじい暴力を振るうアル中患者で、しかもヤクザから借金をしているため、息子も取立て屋から暴力を受ける。

学校も止めてしまい、目的もなく、夢も持てず、ただひたすら耐えるだけ。

誰からも愛されたことが無く、心を閉ざしたままの孤独な少年は、一途に彼を愛してくれる茶沢の存在すらうっとおしい。

**

こんな状況を抜け出すには親父を殺すしかない・・・・・。

***

原作は読んでないが、少年を犯罪へ追いやるしかない社会構造や通り魔的犯罪の心理構造など、かなり内容のある脚本である。

映画的にも、凄まじい暴力描写はたけし作品を上まると思う。

とにかく、重量感のある映画として、普通の作品と一線を画す。

「愛のむきだし」より漫画的ではなく、整った作品。

 

No.21

ステキな金縛り 2010/142分 2.9 dvd

三谷 幸喜 監督

深津絵里、西田敏行、阿部寛、中井貴一、浅野忠信、竹内結子

三谷作品の中では、ベストワンだろう。

各所に伏線が引いてあり、脚本がしゃれている。

フランク・キャプラへのオマージュも微笑ましい。

キャスティング、特に西田敏行の落ち武者が絶品。

*

敢えて欠点を挙げるとすれば

・脚本では、冒頭に弁護人が殺人シーンの夢を見るのがおかしい。                                                                      殺人事件の弁護を依頼されて後、真相が夢枕に現れるなら分かるが、まだ何も知らない段階で赤の他人の殺人事件の夢なんて有り得ない

・タップダンスは「アーティスト」(2011年仏)を彷彿させ、フレッドアステアの「ザッツ・エンターテインメント」など古き良き名画への憧憬なのかもしれないが、それはそれとして、法廷でいきなり踊りだすのは、いかにも唐突の感否めない。大柄でブキッチョに見える阿部寛が似合わないタップを懸命に踊る姿は、笑えるので、何か他の場所での登場は考えられなかったか?

・生瀬勝久は落ち武者髪が良く似合う、かなり笑えるがそれだけで他との関連性が無い。孤立無援の笑いだから、西田敏行の20代目の子孫とかなんか関連を持たせたらどうなのか

・キャスティングでは草薙剛の父親役が異質に見えたが・・。

**

脱線ぎみのところはあるものの、とにかく面白く、展開も予期を超えているので、最後まで時間を持て余さない。

一皮剥けた感じだった。

 

No.20

テルマエ・ロマエ 2012/108分 2.8dvd

武内 英樹 監督  ヤマザキ・キマリ 原作(コミック)

阿部 寛、上戸彩、北村一輝、宍戸開、市村正親

古代ローマと言えば、スペクタクルという先入観があり、為に本作は安っぽく見える。

平らな顔族(日本人)はへらへら笑っている頼りない者ばかしで、ローマ人は濃い顔系の偉丈夫で、対照的。

日本の風呂場で、ボケ老人を使っって笑いをとるのは安直で、品が無いと思うが。

終始コメディー路線で徹底すれば良かったのに、安物喜劇の所々にハドリアヌスの威厳が挟まり、異物感を感じる。

古代ローマ史が足かせになって自由な展開が出来なかったのかな?

発想は面白いが。

 

No.19

ガール  2011/124分 2.7 dvd

深川 栄洋 監督  奥田 英朗 原作

香里奈、麻生久美、吉瀬美智子、板谷由夏

キャリアウーマンの職場差別やシングルマザーの苦労など、女性からの視点がいい。

長いし、結構力作でもある。

女は何時までも「お姫様」でいたい・・・ピンク、でも年をとると苦労も絶えない・・・ブルー。

「女は半分ピンクで半分ブルー」だそうだ。

ピンクが分かる男が女性にモテルのかも。

前半退屈、後半面白い。

 

No.18

おかんの嫁入り 2010/110分 2.6 dvd

呉 美保 監督

宮崎 あおい、大竹しのぶ、桐谷健太

娘一人母親一人の関係はお互いに束縛しあう。

でも思い切って、母親も一人の女として羽ばたけば、娘の自立への道も開けるかも。

でも皮肉にも、それは命がけの選択だった・・・。

こんな素敵なおかんに憧れる人が多いのではないか。

 

No.17

タバコ・ロード 1941/84分 2.6dvd

ジョン・フォード 監督   アースキン・コールドウエル 原作(1932年)  J・カークランド 戯曲(1933年)

ダナ・アンドリュース、チャールズグレープウイン

 

1930年代のアメリカの農業は壊滅的打撃を受けていた。

中西部のグレート・プレーンズはダスト・ボウルとよばれる砂嵐が続き、耕作不能になり、難民化した農民がカルフォルニアなどに殺到して、社会問題化した。

これを題材にしたのが、オクラホマの農業難民を描いたスタインベッグの「怒りの葡萄」である。

同じ時期に東部でも不作が続いた。

舞台となっているジョージア州東部のタバコ・ロードと呼ばれる地域でも、7年間何も収穫が無かった。(戯曲のセリフ)

題名の意味はタバコの葉を詰めた樽を畑から積み出し港まで転がす作業で出来た路の事である。

*

全米を襲ったこの不作は、天候不順もあったが、人災の要素も指摘されている。

肥料も余り与えず、単一栽培の拡大路線をひた走った結果、土地が痩せて草さえ生えない状態で乾燥が進んだのだ。

現在はプレーリーはじめ米国の穀倉地帯は灌漑と石油肥料と機械化によって、世界一の農業国へ復権したが、30年代は世界不況とも重なり惨憺たる有様だった。

**

人権が無かった黒人の貧困は当たり前だったが、特に問題視されたのは、この時期に多数発生した「プアーホワイト」と呼ばれる、白人の貧困層である。

スタインベッグもコールドウエルもこの層を題材にして大家になった。

特に「タバコ・ロード」は舞台劇として大ヒットし、今日尚色々なネーミングに転用されるほど有名な言葉になった。

私が学生の頃から有名で、対訳本で読んだ記憶があるが、よくは分からなかった。

***

J・フォードは1940年の「怒りの葡萄」に続き、41年に本作を製作した。

同じプアーホワイトを題材にしているが、趣を異にしている。

「タバコ・ロード」はドタバタ喜劇として仕上げ、貧困、無知(一家は文盲)、堕落、欲望丸出しなどを狂想曲風に描いていて、面白くしている(戯曲は読んでいないが多分そうなのだろう)

原作は最後は火事で焼け死んだと思うが、映画では省いて、少し希望を持たせて終わっている。

この映画でも機械化の話が出てくるが(機械の象徴として車が出てくるが、この登場時間がやたら長く影の主人公と言っても良い)、主人公は旧来型の農夫で、時代に取り残される人間の悲哀に触れている。

この視点は、同年に作られた「わが谷は緑なりき」で、一気に花を咲かせることになる。

****

この映画は、喜劇でありながら笑えない深刻な貧困と人間の堕落、宗教の絡みがあるので、楽しくは無い作品である。

でも秋、冷たい風がからからに乾いたプラタナスかなにかの大きな落ち葉を庭先に転がせる影像は、落ち目の人生観を象徴して秀逸だし、何といってもフォードの描く埃っぽいお爺さんの匂いが大陸的で独特の捨てがたい味を出している。

やはり、随所に香りを感ずる作品ではある。

 

No.16

とんかつ大将 1952/95分 2.4 bs

川島 雄三 監督

佐野周二、津島恵子、角梨枝子、三井弘次

昭和27年、浅草の裏路地の話。

貧乏な亀の子横丁の再開発を巡るトラブルと恋の鞘当など小気味よく描かれ、未だに新鮮な作品。

失恋の場面などで、流される歌謡曲はさすが今となっては俗っぽい感じはするが、ひもじかった庶民が投げ無しの金を払って劇場に通った世相を考えると、観客サービスとして許されるのではと考える。

「赤ひげ」に似たスーパーマンを佐野周二が力まず流して演じて、気持ちが良い。

戦地から帰って来たら、婚約者が他の男と結婚していたなんて、よくあったらしい。

敗戦から7年、随処に戦争の匂いを残した価値ある記録。

隠れた名作ではないか。

 

No.15

同胞(はらから) 1975/127分 2.3 dvd

山田 洋次 監督   朝間 義隆・山田洋次 脚本

倍賞千恵子、寺尾聡、岡本茉莉、市毛良枝、下条アトム、井川比佐志

俳優、カメラ、動員数、テンポなどなど破綻が無く映画としてはさすがと言う感じだが、筋書きが考えてみればおかしな話なので感動も半ば。

マイナーな貧乏劇団が農村巡業する話だが、巡業の前に相当前からスタッフを数人送り込んで村の青年団を説得して、主催してもらうという話である。

要するに赤字のリスクを押し付ける話。

村人が参加して演劇を作り上げると言う文化運動ではなく、村民はただ見るだけの興行である。

損がでたら、団長にベコを売って責任を持つなんて言わせるかわいそうな一種の押し売り。

こんな制度を一般化させて演劇を興隆させようとした、演劇界の意図さえ感じる無理な話。

38年前の映画だが、当時でもありえない話だと思う。

それにしても、市毛良枝さんがまだ若々しくて、時の流れを感じた作品。

 

No.14

小川の辺 2011/104分 2.2 dvd

篠原 哲雄 監督   藤沢 周平 原作

東山紀之、菊池凛子、勝地涼、尾野真千子、藤竜也

藤沢周平の小説の舞台として、度々登場する海坂藩(うなさかはん)は架空の藩名とのことだ。

鳥海山が出てくるから、荘内藩をモデルとしていると言われている。

茶坊主に操られ、失政を繰り返す藩主に直言した武士が、藩命により命を狙われる物語である。

刺客は兄、狙われるのは妹の亭主。

これに、妹の幼馴染が妹に寄せる隠れた恋慕の情をからませ、実に面白いすっきりした筋立てになっている。

*

東山紀之の武士は凛として美しい。

父役の藤竜也も古武士の風格で素晴らしい。

典型すぎて、映画のオリジナリティーに欠けると言えば返す言葉がないが、時代劇は型にはめる方が自然では。

武家屋敷の佇まい、自己抑制の効いた生き方、武士道は美しい。

こんな映画が好きなのは何故だろう。

 

No.13

ノルウェーの森 2010/133分 2.1dvd

 

トラン・アン・ユン 監督  村上春樹 原作

松山ケンイチ、菊池凛子、水原希子

性を通して青春を俯瞰した一風変わった原作は、正直言って分かりにくかったが、映画となって一層分からなくなってしまった。

映像化が難しいテーマなのだろう。

 

No.12

桜田門外ノ変 2010/137分 1.31dvd

佐藤 純弥 監督   吉村 昭 原作

大沢たかお、長谷川京子、柄本明、北大路欣也、本田博太郎、温水洋一

原作の力そのもの。

1860.3.3水戸の浪士が井伊直弼を殺害した。

彼らは、井伊直弼の開国路線、独断専行、藩主徳川斉昭への弾圧に対する抗議をしただけだけで、倒幕の意識はなかった。

言わば体制内改革運動だったが、それが結果として幕府の弱体化を招き、その後の倒幕運動の嚆矢となったという認識に立っている。

1868年の王政復古(明治元年)の8年前、少し早すぎたのかもしれない、18名のうち明治まで生き残ったのは3名しかおらず、逃亡の果て切腹したり、逮捕後斬首された。

これは係累にまで及び、おびただしい命が犠牲になった。

この間の事情を吉村昭が事細かに調査し作品にしている訳だが、今日尚、水戸浪士の働きに光が当たってないことを考えると、作者の一隅を照らすという着眼点はさすがである。

暴力で幕政に抗議し、あえなく野の露と消えた憂国の士。

逃亡劇も挟みドラマティックな史実だが、これが大河ドラマにならないのは、どこか忠臣蔵の筋立てに似ているからだろうか。

*

当日は雪が降っていた。

お堀端は真っ白、寒くて刀を持つ指も凍えていただろう。

血で染まる雪、疲労で動けなくなった浪士が、互いに刺し違える悲惨な現場。

**

これはテロ行為だから、本来非難されるものなのだが、歴史はそうは語らない。

大儀あるテロ行為は賞賛されるのだ。

今日、世界中で頻発するテロも全部が間違っているわけではない。

***

歴史を動かす裏には、数知れない悲劇が隠れている。

白虎隊に観光客は集まっても、関鉄之助(実行隊指揮者)の墓には行かない。

・・・・。

 

No.11

学校 1993/128分 1.31dvd

山田 洋次 監督

西田敏行、田中邦衛、中江有里、新屋英子、萩原聖人、神戸浩

大衆的で分かりやすい。

大勢の人が見て泣ける。

心が洗われる。

山田映画の社会的効用は大きい。

夜間中学、実際はこんなのありえないことは想像できるが、それでも否定する気になれない。

少なくとも、この監督の貧しさに寄りそう姿勢は評価したい。

山田映画を嫌いな人の意見も理解するが・・・。

 

No.10

キツツキと雨 2011/129分 1.29dvd

沖田 修一 監督(「南極料理人」)

役所 広司、小栗 旬、高良 健吾

「南極料理人」もそうだったが、コメディーといってもスプラスティックでなく、クスッと笑える程度のコメディー度。

役所広司が細かいことに拘らない野太い役柄を軽快に演じている。

気弱な新人監督を小栗旬が演じているが、リーダーシップ皆無で殆ど病人的な気弱い監督なんて現実には居ないだろうと思うが、こんなとんでもない設定をするところをみると意外と本人の本性がそうなのかも知れない。

キコリはのらくら息子(高良)を許せずきつく当たるので、息子は家出してしまうが、同じような年齢の駄目若者(監督)には何かと目をかけ、立ち直らせていくのも考えてみればおかしな話だが、他人だから出来るということもあるのかもしれない。

大人は若者を理解できないまま諦めがちだが、結局は何かを共にやることによって交流できるようになるというお説教だろう。

勿論キコリ一人の力ではなく、多くの村民が協力してくれることで、気持ちを病んだ監督が自信を取り戻していくのも、大きいが。

**

ラストは難解である。

キコリは山に戻り前と同じ生活が始まり、監督は海辺の新しい撮影現場でメガホンをとっている。

村の撮影狂想曲(非日常)がまるで無かったように、村日は変化が無い(日常)が戻ってくるが、息子と監督という若い芽は再生している。

要するに、非日常性が持つインパクトのようなものを表現したかったのかもしれない。

 

No.9

ソウル・サーファー 2011/106分 米 1.29dvd

ショーン・マクマナラ 監督

アナソフィア・ロブ、ヘレン・ハント、デニス・クエイド

サメに左手を食いちぎられても、サーフィンを諦めず、チャンピオンにまでなった実在するプロ・サーファーの物語。

スポーツものは何時も涙をさそうが、これもなかなかである。

単なる根性ものでなく、インドネシアの大地震の被災地にボランティアに行くとか、片手を無くして意気消沈している世界中の人たちに励ましのメッセージを送るとか、社会的活動も立派。

若くして大困難を乗り越えた、精神力に感服。

それにしても、ロブ嬢の左手は上手く隠している、撮影方法を知りたいものだ。。

 

No.8

J・エドガー 2011/137分 米 1.28dvd

クリント・イースト・ウッド 監督

レオナルド・ディカプリオ、ナオミ・ワッツ、マーミー・ハマー、ジュディーデンチ

フーバーFBI長官の半生記である。

20世紀初頭、米国でも革命指向者がテロを繰り返す混乱期があった。

共産主義は思想でなく病気であるとの自説を曲げず(フーバー晩年に活躍したキング牧師でさえ危険人物としてマークしていた)、左翼運動家をリストアップし、徹底して弾圧した。

一般犯罪にも科学捜査を導入したり、マフィアとの対決など、目覚しい成果を挙げ法務省から独立したFBIを創設した立志伝中の人物を扱っている。

一面から言えば今日のアメリカの保守層の代弁者として歴史を作ったが、個人的には部下の手柄を横取りしたり、オカマ的生活(終世独身で補佐役クライドの伴侶?)をしたり、公私混同や違法盗聴(ルーズベルト大統領夫人の浮気を録音・・)などで相手の弱みを掴み、自己の権力基盤を確立した策士の一面を持っていた、一筋縄ではいかない人物であった。

従って、この映画を見た人で、彼を好きになる人は少ないだろう。

こんな史実を調べ上げた人は大した者だが、多分米国本土では眉をかしげる人も居るだろう。

ニクソンなど殆どヤクザまがいの危険人物として扱っている。

それにしても、クリント・イースト・ウッドという人の作品にはどの作品にも重みがある(ちょこっと作ったという感じがしない)。

 

No.7

幸せへのキセキ 2011/124分 米 1.28dvd

キャメロン・クロー 監督

マット・デイモン、スカーレット・ヨハンセン、トーマス・ヘイデン・チャーチ

映画が製作される前に、TVなどで既に有名になっていた英国のジャーナリスト、ベンジャミン・ミーの実体験を映像化したもの。

最愛の妻を亡くしたベンは、仕事も育児も上手くいかず悩んでいた。

思い切って転居し、すべてをリセットしようとと思い、倒産後の田舎の動物園の経営に乗り出す。

幾多の困難を乗り越え、問題児の息子とのコミュニケーションも回復したところで、動物園の再開を迎えるというキセキの物語だ。

動物、子供、自然、仲間・・・というモチーフからはお涙が連想されるが、さにあらず涙は出ない。からりとした映画だ。

枝を広げないシンプルな脚本が成功しているとみる。

**

「20秒間の勇気」を持て!

恥をかいても20秒。

言えないことを、思い切って口に出せば、違う世界が開けてくる。

愛に臆病な人に珠玉の贈り物ではなかろうか。

***

デイモンの自然な演技が良い。

 

No.6

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 2011/105分 英 1.27dvd

フィリダ・ロイド 監督(「マンマ・ミーヤ」)

メリル・ストリープ、ジム・ブロードベント、オリビア・コールマン

アルツハイマー病になってから、亡夫の亡霊と喋る毎日など哀れな状態が主に描かれている。

偉人伝を期待していた向きにはがっかりだ。

活躍していた頃の影像はフラッシュ・バックで挿入されるが、メインではないので断片的。

政治家を政治抜きとして描く矛盾を内包している。

少女の頃や結婚時の政治家以前は少し触れているので、ここから彼女の性格形成など説明しても良かったと思うが、あまり浮き彫りにしていない。

面白く観賞できるが、サッチャーという人間が如何なる人物だったのかよく分からないまま終わった。

それにしても、ストリープの百面相ぶりと品格には恐れ入った。

三度目のオスカーも当然だろう。

 

No.5

悲しみのミルク 2008/97分 ペルー 1.25dvd

クラウディア・リョサ 監督

マガリ・ソリエリ、スシ・サンチェス

極めて珍しいペルー映画。

木の一本も生えてない砂山の麓にある貧しい村の暮らしぶり、結婚式の風俗、葬儀の風習、貧富の差の大きさなど、びっくりすることばかりである。

知らなかったが、過去テロの時代があり、兵士による強姦が頻繁だったらしい。

女はジャガイモを膣に突っ込んで芽を出させ気持ち悪がらせて、身を守ろうとした。

強姦時の母親の恐怖が子供に伝染するのをペルーでは「恐乳病」とよぶらしい。

今は平和が訪れているが、少女は強度のPTSD(心的障害)が続き、ジャガイモをそのままにし、時々卒倒する。

バルカン戦争でも多くの患者が出た。

人間に対する不信が観客にも伝染するような映画だった。

 

No.4

私だけのハッピー・エンディング  2011/107分 米 1.25dvd

ニコール・カッセル 監督

ケイト・ハドソン、ガエル・ガルシア・ベルナル、キャシー・ベイツ

セックス好きのキャリアウーマンが末期がんの宣告を受け、神様から3つの願い事を叶えられるお告げを受ける。

1つ、100万ドル、これは会社が入っていた医療保険金で成就

2つ、空を飛ぶ夢、これは籤でハングライダー招待があたり成就

3つ、・・・・・・・・。

月並みな結論だが、患者に対して何気なく同情心で言う言葉が如何に傷つけるものであるかが描かれている。

ケイト・ハドソンの明かるい美人顔に死をかぶせる演出が憎い。

 

No.3

ヒューゴの不思議な発明(3D) 2011/126分 米  1.24dvd

マーティン・スコセッシ 監督

ベン・キングスレー、ジュード・ロー、エイサ・バターフィールド、クロエ・グレース・モレッソ

監督はマフィアの支配するNYのイタリア・シチリア系移民地区で育った。

その為、ずーと不正や暴力に目を向けている。

「デパーテッド」で本領を発揮し、作品賞・監督賞を獲得した。

ところが本作は、不正でも暴力でも無い、メルヘンチックな物語となった。

*

1930年代のパリ。古き良きパリの香りがする。蒸気機関車が出入りする大きな駅の屋上には時計塔があり、下のホールにも大時計がある。

この時計を精確に動かす「時計守」が屋根裏機械室に住んでいる。

これが主人公のヒューゴ。

**

監督は幼少時喘息持ちだったらしい。

外で遊べず、窓から外を見ていた体験が、時計守の目線に重なるらしい。

***

アイデアに感服させられる。

・下は人で溢れる駅ホールの雑踏、階上には一人隠れ住む孤独な少年という対比。

・壊れた等身大機械式人形を親子2代に渡り修理して、やっと動けるようになる。その人形が紙に謎の絵を書き始める。・・・・。

****

監督は子供の頃、映画館に通い続けたらしい。

無類の映画好きであった。

映画創成期にも詳しい。

本作では、多重露出、低速度撮影など数々の技術を考案した「幻想特撮の祖」と言われジョルジュ・メリエスを題材にしている。

「映画は夢を現実にする」

人が空を飛び、大きな怪獣を退治する。

創成期の映画人は機械いじりの達人でなければならなかった。

カメラ他道具はすべて手作りだったから、ぜんまい仕掛けのオモチャを修理することなど簡単。

駅構内に店を開く老人、オモチャの修理屋は実はメリエスだった。

*****

第一次世界大戦までは、荒唐無稽な見世物的、手品師的、作品が多かった。

動く絵のインパクトがそれほど強かったということだろう。

しかし、動く絵に大衆が次第に慣れ、大戦という地獄絵を現実にみてしまうと、そんな映画は見向きもされなくなった。

何故人は戦争をするのだろうという「西部戦線異状なし」みたいな、内面的真実を追う様になり、メリエスは消えた。

******

しかし彼が居なかったら、今日の映画技術の発展も無かったかもしれない。

因みに、本作品は最先端技術である3Dである。

メリエスへのオマージュ溢れる一作として高く評価したい。

 

No.2

汽車はふたたび故郷へ 2010/126分  仏・グルジア・ロシア  1.23dvd

オタール・イオセニアーニ 監督

ダト・タリエラシュヴィリ、ピュル・オシェ、ピエール・エテックス

「月曜日に乾杯」「ここに幸あり」の監督。

本作は自伝的作品。

映画気違い少年が長じて監督になり作品をものにするが、母国ソヴィエト連邦グルジア当局の検閲でお蔵入りとなる。

フランスに亡命して作品を作るが、ここでは商業主義に反すると言う理由で、またまたお蔵いり。

自分の映画の居所が分からなくなり、結局故郷に舞い戻り、家族、親戚、知人の中で温かく暮らすところで終わっている。

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監督は誰でもそうかも知れないが、絶えず迷い続けているものなのだろう。

だから、この作品には結論が無い。

個人が社会的存在であると同じように、映画も社会から離れては存在しえない。

映画は絵や音楽と違い、膨大なお金がかかるので、観客がお金を払ってくれて初めて成り立つ総合芸術である。

政府にも、観客にも、気配りしつつ自己の芸術性を表現しなければいけないという難しさが求められる。

社会主義と資本主義を渡り歩いた監督はこのことを誰よりも知っているのだろう。

8.1/2のフェリーにと違う悩みである。

苦悩に敬意を払いたい。

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ソヴィエト体制の監視網も凄い。

亡命先でさえカメラを持った監視員に付回される。

故郷を出る際に鳥かごを小脇に抱えている、鳥を飼う趣味があるのだなと思っていたらそうではなかった。

パリから手紙や電話をグルジアにすると傍受されるので、その為の伝書鳩だったのだ。

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失意の時、パリでもグルジアでも池に人魚が現れる。

エンディングでは人魚と手をつないで泳いでいる。

彼を理解してくれるのはこの地上には居ないといことだろうか?

 

 

No.1

シェフ〜三ツ星レストランの裏舞台へようこそ 2012/84分 仏  コメディー 銀座テアトルシネマ(5月で閉館とのこと、良質な映画ばかりだったが残念)上映中

ダニエル・コーエン 監督

ジャン・レノ(アレクサンドル)、ミカエル・ユーン(ジャッキー)、ラファエル・アゴケ

食は文化という。

先進国は年々グルメ度を高めているのだろう。

その方向は、健康とクロスオーバー(外国料理との融合)ということで、日本食が世界的に再評価されている。

かの本場パリのフランス料理も、和食の素材やレシピがドンドン取り入れられ、伝統的なレシピは影が薄くなっているらしい。

アレクサンドルはフランス料理の名人だが古い職人で、昨今の料理事情を理解せず頑固だから、店の評判が落ち目で三ツ星を維持するのが困難な状況に陥っている。

そこに登場する救世主が、若い天才シェフ。

他人と衝突ばかりで、レストランをすぐ首になり長続きしない問題児だが、・・・・・。

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何処かの漫画本みたいな他愛無い話だけど、この映画の良いところは仕事最上主義という職人気質を捨てて、結局は家族を料理より大切に思う結論に導いているところだろう。

名人でも、奥さんと別れたあとの味は落ちる、というセリフがある。

本当かどうかは別にして、仕事と家庭のバランスを名人級の人も頭に入れておこう。

袴と振袖姿の日本人に仮装した二人が「分子料理」店で試食するくだりは、場内に苦笑の渦が起こった。

文句無く面白い正月映画だった。