映画『コンクリート』について
『コンクリート』は1988〜89年に発生した有名な少年犯罪事件「女子高生コンクリート詰め殺人事件」
を元に、ベンテンエンタテインメントによって作られた低予算の映画です。
この作品は2004年5月29日から、『銀座シネパトス』という小さな映画館で単館上映が予定されていました。
しかし、巨大掲示板「2ちゃんねる」の一部で非難の声が湧きあがり、
彼らは専用のホームページを作成して映画を糾弾、抗議FAXのテンプレートなどを発表しました。
それらの攻撃は、製作会社よりも映画館シネパトスへと向けられました。
電話には無言電話や「スクリーンをナイフで切り裂いてやる」とか「劇場に火をつけるぞ」といった犯罪予告もあり、
応対した映画館の係員が執拗にターゲットにされノイローゼになったということまであったそうです。
またレイプ被害経験のある女性と名乗ったFAXもありましたが、実在しない住所が書かれていたといいます。これらの攻撃によって、映画館シネパトスは上映を取りやめました。
ですが、実在殺人事件の映画化なんてよくあることですし、
この女子高生コンクリート詰め殺人事件自体もビデオ安売り王から『女子高生コンクリート詰め殺人事件』という題での
ビデオ化と、コミック夢雅・漫画アクションの2誌で漫画化がなされています。『コンクリート少女』などという題の本当のAVもあります。
しかも当時は誰も『コンクリート』の正確な内容など知りませんでした。
マスコミ向けの試写がその後おこなわれましたが、評論家たちの声を聞く限り、特別に危険な映画だとか、
一時期根拠もなく言われた「被害女性を貶め、彼女に落ち度があったかのように改竄している」という事実もないようです。
それどころか、それらの意見には、
>この映画の中で唯一よく描けている部分−−主人公を中心にした不良グループの安い人間性−−たぶん四人合わせて
>IQ100ぐらいしかない−−こそ、反対運動の連中が訴えていた点だということである。不良たちはなんの反省もない馬鹿どもで、
>被害者は不幸な巡り合わせによって残酷な虐待を受けた犠牲者だということがちゃんと描かれているのだ
というものさえありました。(http://www.ltokyo.com/yanasita/diary/04051.htmlより抜粋)
では、なぜこんなことが起きたのでしょう?
それを知るためには「2ちゃんねる」という掲示板の特徴を知らなければなりません。
以下、2ちゃんねる一般参加者の目から事情を考察して見ましょう。
【キーワード1:祭り】
「2ちゃんねる」には莫大な量の人が参加しています。
その参加者、いわゆる「2ちゃんねらー」の一部は会話の流れ次第で、
どうでもよいことに対して大量のメールやフォーム投稿を送りつけるといったことを時折おこなうのです。
例をあげますと、TIME誌が行ったネット投票"Person of the Year"に当時逮捕されて話題になっていた
田代まさし氏の名前を大量投票したことがあります。
こういう行動を我々2ちゃんねらーの隠語では「祭り」と称します。
【キーワード2:コンクリマニア】
「2ちゃんねる」には一部に「女子高生コンクリート詰め殺人事件マニア」とでも言うべき人々がいます。
事件のことを掲示板上で語り続け、加害者への非難を書き続けるのは構わないのですが、
被害者や(彼らによって)加害関係者と疑われた人の実名をやりとりしたりもしているようです。
こうした未確認情報を元に加害者とされ、時には断定的な書き込みをされているひとりが、
タレントのスマイリーキクチ氏だったりします。
監督が元暴走族であることをやたらと強調するのも、彼らが「少年犯罪への義憤」の強さを自己を保つ
アイデンティティとして偏愛しているからだと考えられます。
映画のHPがコンクリマニア達を刺激し、それが「祭り」へと発展していったのが今回の抗議事件、ということなのです。
しかし祭りがピークを過ぎると、最初は放置していた冷静な2ちゃんねる参加者からも疑問の声が上がってきました。
「『コンクリート』はそんなにも悪質な映画なのか?」
前述したように、実在殺人事件の映画など少しも珍しくありません。
『サイコ』、『エド・ゲイン』、『ヘンリー』、『ディレンジド』、『悪魔のいけにえ』、『羊たちの沈黙』、『ロベルト・スッコ』、
『黒い太陽七三一』、『復讐するは我にあり』、『丑三つの村』、『八つ墓村』、『A』、……みな実在の殺人事件を元にしています。
極端なことを言うなら『パッション』だってキリスト処刑=実在の殺人を描いた映画ですし、『忠臣蔵』など集団リンチ殺人を「忠節」と美化し、
被害者である吉良上野介に落ち度があるように悪質な脚色を加えた加害者擁護映画と言えるのではないでしょうか。
ではなぜ「コンクリートに抗議」なのか?
彼らが抗議を起こした理由として、彼ら自身のまとめサイトに挙げたものがこれです。
まず筆頭。
>1、フィクションとされているにも関わらず、宣伝として1989年に起こった
>「女子高生コンクリート殺害事件」の名を入れているということ。
筆頭に上げられているのに、明らかにおかしな理由です。言いがかりといっても良いでしょう。
実在事件を元にすることと、フィクションであることは全く矛盾しません。
元が実話であってもストーリーに改変があれば、当然フィクションになるからです。
極端な例をあげましょう。6500万年前、恐竜は絶滅しました。これは実在の事件ですね。
では、彼らの論理を用いれば、恐竜絶滅という実在事件を扱った映画はすべて、
『ドラえもん のび太と竜の騎士』さえもフィクションではないことになってしまいます。
>2、謳い文句に女子高生コンクリート殺害事件と入れているにも関わらず、
>その内容は史実にあった事件と まるで異なり、事件名を使った売名行為と考えられる。
最初のと見比べてみましょう。
要するに製作者がこの映画を「フィクション」と言ったのは完全な真実だったというだけのことです。
偽装でもなんでもなく、映画を正直に紹介しただけであったことを彼ら自身が告白してしまっています。
>3、しかし遺族等に対して了承を得ておらず、あくまでフィクションとして
>押しとおすつもりの姿勢(遺族に確認をとらない)
遺族に了承を得るというのは法的にまったく必要ありません。
道義的にも疑問です。その理由は後述します。
>4、遺族は未だに病院に通っていると言う情報もある。もはや反論する気力も無いかも知れない
>遺族に対して以下の問題を持つ映画を上映するのは極めて不適的である。
遺族に許可を取るVS取らない、と安易に二分して考えれば「取る方が良い」、道徳的だ、と思えるかもしれません。
しかし、ここでちょっと想像力を働かせてみましょう。
そのような状態(しかしご遺族のプライバシーをよくご存知です、抗議の人々は)の遺族に対して、
わざわざ「娘さんが殺されたあの事件、映画にしたいんです」と持ちかけて事件を思い出させ、
もし断られたら長時間粘って、言葉を尽くして説得するという場面を。
――遺族にとって、そのほうがよほど苦痛なのではないでしょうか?
正直、エクスキューズのためにそんなことをするくらいなら「勝手に作ったほうがよっぽどマシ」だと私は思います。
まあ、個人的な意見ですけどね。
長々と語りましたが、遺族の了承を得ていないこと自体が実は未確認情報です。
2ちゃんねるの抗議派で、そのことを確認した人はひとりもいません。
TBSに通報?電話をかけて「なんで許可を取ってないと分かるんですか?」と聞き返され言葉に詰まった、
と告白した正直な抗議派さんもいました(笑
>4、福島章氏著作より、犯人には小さい脳障害(脳孔症?)があるとのこと(2chより)。
>或いはの話、障害から生まれた事件の美化の仕方とは違う。
意味のつかみにくい悪文ですが、要するに「主犯は障害者だったらしいが『コンクリート』の事件の扱い方は、
障害者ものによく見られるパターンの美化ではない」と言っているようです。
そもそもなぜ『コンクリート』が障害者モノの物語パターンを踏襲しなければならないのでしょう。
脳孔症の美化パターンって何なんでしょう?
まったく論理性がありません。
(注:脳孔症=要するに脳に穴が空いていること。主犯の脳には「大人の親指大」の穴があったという。
福島氏は、殺人者が脳に異常を持っている確率は一般人に比べ100倍に達するとしている)
次のようなものもあります。
>3、画像から痛みを感じさせない暴力シーンがあるとされる。これは少年にとって悪影響が強い。
>被害者が拉致されるシーンにおいて、被害者に落ち度があるように脚色されている。
>事実では被害者はバイクで襲われた。これを落ち度というには到底無理。
痛みを感じさせない暴力シーンってどういったシーンなのか?
被害者に落ち度があるような脚色とは一体どんな脚色なのか?
そんな主観的で微妙な話を、映画を見てもいないうちに彼らはどこからどうやって知ったのか?
2ちゃんねるでも当然、抗議派に対して質問がされましたが、答えはありませんでした。
その後、試写を見た映画評論家などの感想をいくら調べても、
いまだに被害者を特に卑下したり、落ち度があるなどと表現したという趣旨の情報を読み取ることはできません。
>2、主演女優がAV女優。これを知った人はAV女優と、被害者女性を重ねると思われる。
もはや言いがかり以外の何ものでもありませんね。
レイプを含む殺人事件の低予算映画にAV女優が起用されたら、
人々は「被害にあった人は『AV女優のような女』だったんだな」と思うのでしょうか?
いいえ。「ああ、脱げる女優が必要だからか」「低予算だからかな」などと思うだけです。
それが常識的な理性と感性というものでしょう。
こういった曖昧というよりデタラメな理由を掲げ、多くの人が映画館や流通会社に電話やメールを送りつけ、
監督や出演者のホームページの掲示板を荒らし、一本の映画を封殺したのです。
しかしその後、渋谷の「アップリンク・ファクトリー」で、7/3から一週間の上映が決行されることになりました。