Chapter12 竜の怒


 三台の黒い大型RV車が真夜中の道を一列になって走っていた。猛スピードで走りながら車間距離を広げることも狭めることもなく、鎖のようにつながっていく。
三台ともコピーしたように同じ外見だった。タイヤがとほうもなく大きいため、車高がやたらと高い、ピカピカに磨かれたボディはどこか怪物じみて、戦車を思わせた。それが公道の真ん中を、自分の道でもあるかのように進んでいく。
 市街地に入ってもいっこうにスピードをゆるめない。
 深夜で交通量が少なく、白バイの姿も見えないとはいえ、この無頼ぶりは並大抵のことではない。対向車や先行している車は怖れてたちまち道をあけた。
 三台は当然のことのように赤信号も無視し、あやうく衝突をまぬがれてけたたましくクラクションを鳴らす軽自動車など目のすみにとらえることすらなく、ひたすら疾走する。
 夜の街路を我がもの顔に走っていたもうひとつの集団、耳障りな警笛をかき鳴らし、それぞれが二人乗りをして、奇声をあげながら蛇行運転を繰り返していたオートバイの、小規模の暴走族の一団が、いち早く、この、縄張りに侵入してきたライバルをみとめ、ことあれかしと、三台のRV車のまわりに群がってきた。
 RVの列を横や前方、後方から取り囲むように、同じようにスピードをあげて、奇声を発しながら、腕や、持った暴走族の代紋のつもりの旗をさかんに振り回して、止まれと合図をする。
 先頭のRVがスピードを落とすかわりに、サイドのウインドウをすーっと下げ、運転している者の姿が、暴走族の軽率な連中によく見えるようにした。助手席のほうも同じようにウインドウを下げ、中にいる者の姿をあらわにし、しかもその人物がにらみつけているということをわからせる。
 と、暴走族たちはたちまち反転したり、車線を変えたりしながらちりぢりにRV車のまわりから消え去った。それは一匹のサメに脅えたアジの群れが算を乱して逃げていくさまを思わせた。

 大通りを離れ、住宅地にさしかかってくると、三台のRV車はようやくスピードを落とし、それにあわせて爆音のようなエンジン音も低くなっていった。住宅地の奥へ進むにつれ、せまくなっていく道幅にあわせてさらにスピードを落としていく。小さな住宅が建て込んできた.
 ある角を曲がったところで、三台ともいっせいにライトを消し、忍び足のようなのろのろ運転になった。明日を信じて熟睡している羊の群れのような巷の人々の安らぎを妨げまいと気を使ってのことではない。秘密めかした目的があってのことだ。明かりを消した巨大な黒い車の列が、闇にまぎれて静かに進むさまは、どこか獣じみた危険さをおびていた。
 区画のはずれ、家の正面と片側を道路に囲まれた、なんのへんてつもない小さな住宅の前まできたとき、三台の車は、音もなく、かすかなブレーキ音さえなく止まった。
 確認するような一瞬の間があったのち、にぶい、ごく低いドアをあける音とともに、三台の車からあわせて十数の影がばらばらと躍り出、音もなく家の前庭に入っていった。手にはそれぞれ、長さのまちまちな棒のようなものを持っている。
 暗闇に踊る幽鬼のような影の中で、ひときわ大きい、樽を思わせる肥満した人影が、手を上げて合図をすると、四、五人が別集団となって分かれ、家の側面にあつらえられた小さな花壇を踏みつぶしながら、裏口へと向かった。残った正面入り口集団の、合図をした大柄な影のそばにいた付属品のような小さい影が、入り口のドアにかがみこみ、ポケットから針金のようなものを出すと、鍵穴をうかがう。
 大柄の影が左手に持っていたタバコの箱大のものが鳴り、
 「総長、裏口です。ガラスに穴をあけて鍵をあけました。」
 と、押し殺した電波に乗った声が聞こえてきた。大柄な影はさらに押し殺した声で、
 「よし、こっちをあけたら、合図するから同時に踏み込むんだ。どうせ寝込んでいると思うが、二人とも逃がすんじゃないぞ。いいか、殺すなよ、はかせるのが目的だからな」
 と命じた。
 鍵穴にかがんでいた男はやおら立ち上がった。
 「なんだ、どうも変だと思った、総長、鍵はかかっていません、あいてます。」
 「開いているだと、やはりジジイとババアだな、ボケてやがる。よし、お前とお前はここに残って外を見張れ、入るぞ、さっさとしめあげよう」
 総長にうながされ、その付属品のような小男がドアをあけようとノブに手を伸ばしたとき、バッと音がして、あたり一面に白い光が満ち満ちた。
 ネガからポジへの180度の転換に、そこにいた全員の目がくらんだ。
総長のまわりに衛兵のようにいた子分どもは、ミサイルか核弾頭でも炸裂したかと、その場に凍りつく。
 はじめは組長、そしてさきごろ会長から総長へと呼び名を変えたばかりの、ひときわ光をよく受けていた大男は、両手を目の前にかざして、どうにか光をさえぎろうとしながら、
 「なんだ、こいつはいったい何だ!?」
 と、鋭い光のおけげで口をきくのも容易でないといった調子で言った。
 水中からいきなり陸に投げ出された深海魚さながらに、全員がおろおろするだけのぶざまな姿なのは、裏口に待機していた別班の侵入者たちも同じだった。
白い光は、いままさに住宅になだれ込もうとしていた屈強な男たちの姿を、ステージ上の歌手のように鮮やかに浮き上がらせていた。
 正面入り口の中央にいた、一番大柄な、樽のような体型の総長は、黒い上下の戦闘服のようなものを着込んで、太りすぎて動きが散漫になった忍者のようなありさまだった。その配下らしいまわりの男たちは、総長と同じような黒の上下に、何人かの迷彩服と、格好は勇ましいが、迷子のイタチのようにまごまごしている。全員が手に手にバールかレンチのような金属の棒を持っていたが、いまは全員がその武器を顔の前にかざし、背をかがめぎみにして、光を防ごうとしている。
 「そこまでだ、九頭竜太!」
 かん高い声が神の声のように重々しく高圧的にスピーカーから響いてきた。
 「それ以上やると、住居不法侵入の現行犯だぞ。」
 侵入者たち、いや侵入を図っていた者たちは囲まれていた。
 住居の入り口正面の道には誰も、車の一台もいなかったはずだ。いましも彼らのRV車三台以外は姿が見えない。しかし、その道と交差する道には住宅の側面に隠れるように、そして、向かい側の住宅の側面にも、さらに裏口に通じる道にも、警察車両がひしめいていた。パトカー、機動隊の装甲車、そしてカタツムリのように大型ライトをしょった二台のサーチライト車が、油断なく九頭竜太の一味を取り巻いていたのだ。
 「お前は誰だ?!」
 黒いワイン樽のような戦闘服の上に乗った小さな頭〜豚とネズミの遺伝子を操作して作り上げたような顔〜が牙をむき出してうめいた。
 その形相に臆することもなく、スピーカーの声は朗々と語ってきた。
 「呂洲署の警部補、河北だ。おまえが真っ先にここへ来るだろうとは予想していた。ムダ足だったな、ここにはもう夫婦はいない。我々が別なところへ移した。」
 「何だと!何のつもりだ!」
 九頭竜太はかざした右手ごしにライトをにらみつける。
 「言うまでもない、お前たちから守るためさ。」
 「守るだと!なぜ守る必要がある!俺たちはただ話だ聞きたかっただけだ。教えてもらいたかっただけだ。」
 「話を聞くにしちゃ、ご大層じゃないか。夜の夜中に大勢やってきて、しかも手に持っているのは何だ」
 「真吾をやったのはここの奴らに決まってる、だから詳しい話をしてもらおうと思ってな。こいつは穏やかに話をしてもらうための道具だ。たいていの人間はこいつを見ると、逆らわないで、平和的に話してくれる」
 「ここのご夫婦はヤクザとは何の関係もないカタギの人間だ。第一、お前の息子の真吾に大切な息子を殺されて、まだ悲しみの中にいる最中なんだぞ」
 「だからよ!それをうらんで、ヒットマンを雇って、真吾に手を下したにちげえねえ!そのうえ、そのうえだ、あいつの身体を、首を、国じゅうのさらしものにしやがって!許せねえ、絶対許せねえ!何倍にもして返してやる!
殺してくださいと言うまで全身の骨をコナゴナに折ってやる!」
 竜太はたちまちいきり立って本音をあらわにした。
 「勝手な思い込みはやめろ。親なら、息子をなくしたという事実の痛みはわかったろう。今のお前と同じだ。察したらどうなんだ。」
 「うらみもよくわかるぜ、かばいだてしやがるお前らも同罪だ。真吾を殺した奴の仲間だ!」
 竜太は持っていたレンチで河北の声のほうを指すと、
 「くそやろう!」
 とレンチをライトに向かって投げつけた。
 レンチはライトまでは届かず、カランと音をたててアスファルトの上にころがった。
 竜太の挑発にも河北はいよいよ冷静だ。
 「口のきき方に気をつけたほうがいいな。威力業務妨害と警官侮辱罪も加わるぞ。このまま九頭竜一家全員で署まで遠足といくか?」
 ライトごしに人垣が現れ、それが竜太たちにじわじわ迫りはじめた。
機動隊員が戦闘態勢に入ったのだ。
 「このまま引き揚げろ。ここの夫婦は関係ない。」
 河北が最後通牒をつきつけるように宣告した。
 「だったら、どこのどいつが犯人なんだ?!」
 かん高い尊大な河北の声に変わって、すこし落ち着いた声がぼそぼそとスピーカーから流れてきた。
 「舞網署の耕下警部補だ。九頭真吾殺害犯は、前の、幼児殺害犯を殺した犯人と同一とみて、天誅団と名乗る犯人を捜査中だ。我々にまかせて、捜査の進展を見守ってもらいたい。」
 「見守るだと!お前らがそんなに悠長に構えてやがるから、俺たちが出張らなきゃならないんだろうが!」
 九頭竜太の白熱した興奮は冷めつつあった。耕下の間のびした言い方に気勢をそがれたたこともある。ここはお巡りに先手を打たれて一本とられてしまった。どうあがいてもムダだった。
ここは引き下がるしか手はない。ここでお巡りとことを起こしても真吾の敵討ちにはつながらない。「引き揚げだ、今日のところは引き揚げる」
 ついに竜太はライトを見据えたまま誰にともなく言った。
 気勢をそがれ、強力なライトに釘付けにされて、なすすべもなく立ちすくんでいた、九頭竜会の組員、武闘メンバーたちはいささかほっとして、しかし威厳を保とうと肩をいからせたまま、黙々と撤退の準備にかかった。
 子分たちがおとなしくRV車に分乗したあとでも、九頭竜太はひとり白色光の中に、ソロ歌手のように突っ立っていたが、やがてライトの後方の河北や耕下のいる方をきっと見すえ、まぶしさに顔をしかめることもなく、かっと目を見開き、きっぱりと宣言した。
 「真吾を殺した奴は必ず俺が見つける。そいつもそいつの仲間もみんな見つけ出して、しっかりしめしをつける。九頭竜会が総力をあげる。全員でいく。たとえ一人になっても、全滅しても、やりとげる」
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