Chapter14 民衆変質

 
 「天誅団を名乗る人物によるものと思われる最初の犯行は、こちらの舞網署の管轄内で行われました。
 舞網署が逮捕した連続幼児誘拐殺害犯が、現場検証中に連れ去られ、頭部を切断された遺体となって発見されたのです…では、ここでお知らせをご覧ください…」
 舞網署の正面の入り口は、いくつかのテレビ局のカメラマンやレポーターでそれなりの賑わいをみせていた。捜査がたいした進展を見せないので、番組の項目には入れてみたものの、絵柄に困ったワイドショー制作班やニュース班が、署の建物を背景にレポートしてお茶をにごそうとしているためだ。
 しかし、どのレポーターもアナウンサーも、メモを見たり、ディレクターの言いつけを聞いたり、自分の話すコメントや髪型のカメラうつりをチェックするのに夢中で、彼らのわきをすり抜けて、正面入り口から出てきた、下っ端警官だか、交通違反の調書をとられにきたそこつ者コンビか、取材を断られて追い出された新聞記者だかわからない一組の男女に注意をはらうものはいなかった。
 「世間一般の高い関心にもかかわらず、捜査のほうは現在目立った進展を見せていないもようです。捜査本部の置かれています、ここ舞網署では…」
 「捜査本部ねえ」
 レポーターのわざとらしいしゃべりを横目にして歩きながら、耕下が言った。
 「俺たち二人のことを言うんだろうな」
 「まもなく捜査一課と刑事課が私たちに合流するらしいという話ですよ。」
 馬子がめずらしく気負って言った。
 「私たちのこれまでの捜査が基本になるわけでしょうし、そうなると、私たちが捜査本部の中心になるかもしれませんね。」
 「おいしいところだけさらわれるってことになるかもしれないぜ」
 「そうならないように、できるだけ私たちが主導権を握るように、すこしでもめぼしをつけておきましょう。」
 何事につけ無機的で無感動な馬子にしては、かつてないほどのやる気だ。
むろん自己顕示欲が、仕事そのものへの熱意をはるかに凌駕しているのはまちがいない。
 「馬子ちゃんは向上心が旺盛なんだね。いいことだよ、向上心はすべての進歩の源だ。この調子だと、俺を追い越すのは意外に早いかもしれない。」
 「私もそう思います」
 馬子は周知の事実でも告げるように悪びれずに言う。もとより耕下など問題にもしていないといった口ぶりだ。いかにも若者らしく人様への気配りは微塵もない。大柄な馬子が、明るいパンツスーツを着ているだけのアンドロイドに見えてくる。しかし、このスタイルの良さならそれもまあいいだろう。
 「ですから、昇進試験の成績だけじゃなく、実績も欲しいんです。お年寄りの先輩たちにしめしがつきませんからね。この事件は関心が高まってきているからうってつけです。いま一番の注目株かもしれない」
 「どうしてそう言い切れるんだい?」
 「この事件が社会に与えている影響の大きさですよ。スポーツ新聞を隅々まで読んで、ワイドショーをじっくり見て下さい。あきらかに影響を受けていると思われる事件が、このところ頻発してますよ。」
 「たとえば?」
 「先日都内で起こった一件で、子供をひき逃げされた父親が、捕まったひき逃げ犯が尋問を受けている取調室に、出前を装って忍び込んで、天誅!と叫んでひき逃げ犯の若者の首の後ろから果物ナイフで斬りつけた」
 「そういえばそんな話を聞いたな、果物ナイフというところがご愛嬌だが。」
 「でも、ひき逃げ犯の若者は脊髄を傷つけられて、半身不随になるほどの重症を負いました。そしてもうひとつ、この前、関西の病院で起こったのが、医療事故で身内が死亡した遺族集団に、病院長が釈明中に、院長の態度に怒った遺族数人が、天罰を受けろと院長の首をつかんで壁に押し付けた事件。」
 「ホントのつるし上げだな。」
 「院長は衝撃で首の骨が折れて死亡しました。現在、過失致死で取調べ中です。さらにけさのニュースとして、ボーイフレンドとのつきあいを父親にたしなめられた高校生が、ボーフレンドをそそのかして、カミソリで父親を襲わせて殺そうとした東北の事件も聞きました。しかし父親に逆襲されて、お前たちのような悪い子供は天誅を受ける必要があると、二人とも父親にハサミで両耳を切り落とされたそうです。」
 「察するに、その父親の職業は床屋だな」
 「あたりです。これらは影響されて一般人が引き起こしたと思われる事件ですが、天誅団の名をかたったり、類似の、犯人を装った、あきらかにイタズラとわかる事件は数えきれないほど起こっています。あの、『仏の判官』で有名な判事も…」
 「無罪常習の無責任判事か」
 「あの判事にも、腰抜けのお前の首を飛ばしてやるというイタズラ電話や手紙があいついでよせられて、判事は公判中だというのに、身の危険を感じるのでしばらく姿を隠すとして、裁判をほったらかして行方不明になってしまったそうです。また、あのドリームチームといわれる弁護士グループにも、同じようないやがらせの電話やメールが送りつけられて、全員警察に保護を求めているそうです。」
 「なるほどちょっとしたブームかもしれんな」
 「笑い事じゃありません。天誅団を名乗る犯人のおかげで、ただでさえよくない世の中が、混乱に拍車がかかっています。新世紀になってだいぶたつというのに、いまだに世紀末の様相ですよ、これは。」
 「まあ、そうとばかりも言えんさ。見方を変えれば、少しはいい面もあるんじゃないか。君の話した前の二つの事件は、どれも被害に遭ったものが自分でカタをつけようとしている。悪党にやられて泣いてばかりいる普通の人たちが、自分のことは自分で始末をつけようと、考え直しはじめてきているんじゃないかな。人に頼ってばかりいられないとね。自分の責任を自覚するのはいいことさ。」
 「おかげで事件が倍に増えるんじゃ、私たちはたまったもんじゃありません。このままほうっておくと、仇打ちの江戸時代に逆戻りですよ。つまるところは、警察は何をしているんだと非難が集中する。いずれにせよ、早くあの犯人を検挙しないと、社会の混乱の責任をすべて警察が負わされます。」
 意気ごみが現れているのか、耕下の気のない態度にいらだっているのか、めずらしく馬子は多弁だった。
 「江戸時代ねえ、平成幕末ってわけか」
 「犯人が二度にわたって使っている、その独特な用語から、何か手がかりがつかめないものでしょうか」
 「パフォーマンス好きな時代劇マニアだってこと以外にかい?」
 「日本史は弱いんですが、幕末や天誅という言葉とリンクするものはありませんか?」
 「俺だってそんなに歴史には詳しくはないが、天誅という言葉が流行したのは幕末だということぐらいは知ってるよ。当時は天誅の名のもとに暗殺が横行した。侍の時代だから、もちろん剣〜日本刀による暗殺だ。プロの域に達した人斬りまでが登場し、要人に対するテロを行う。テロをテロで弾圧する公認のテロ部隊、新撰組や見廻組まで登場した時代だ。
 だがこのとき、人斬りたちが天誅をとなえて行ったことと、俺たちが相手にしている犯人の天誅団とは、やっていることが本質的に違う。
 幕末の人斬りたちが行ったのは、ほとんどが、政敵とみなした者に対するテロ行為〜つまり政局がらみの話だ。だが、天誅団を名乗る犯人が今やっていることは、市井の犯罪者に対するリンチでしかない。」
 「なぜ、天誅団という名前を使うんでしょう?」
 「神様になったつもりで、悪人に天罰を与えているつもりなのか、だとすると、いよいよ狂信者か変質者のセンが濃くなるよね」
 「では、幕末との関連性でいくと?」
 「幕末とは、後になって、時代が変わってしまってから、使われるようになった言葉だ。当時を生きていた人々は、時代の末という自覚はなかったろうと思うよ。しかし、一種の世紀末感は抱いていたんじゃないかなと思う。制度が長く続きすぎ、腐って立ち行かなくなってしまっているのに、どうすることもできない、というところは一面現代と似ていなくもない。階級化や強力な中央集権体制もしかりだ。
 そして、世の中を変える原動力となるべき庶民は、努力を怠って、ええじゃないかと、安易に無気力や自嘲に逃げ込み続けるところも、そうだ。ま、しかし、どれも皮相的な一面でしかないけどね。」
 「現代を幕末に見立て、犯罪者を政敵に見立てて、犯人はテロを行っているつもりなんでしょうかね。となると、辺田捜査官の言っていることにつながっていきそうな…」
 「辺田捜査官は反社会的な行動が拡大していくのを警戒しているんだろう。天誅団のやることに、心の中で喝采を送る人もいるだろうからね。しかし、捜査官の推理は飛躍しすぎているよ。俺はやはり、自己顕示欲過多の変質者のセンで押したいところなんだが、それで、こうも手がかりがないとなあ…」
 「八方ふさがりですものね。唯一の手がかりかもしれない犯人の似顔絵も、通報の数のわりにさっぱりとは…」
 「サングラスにピアスで茶髪の若者といえば、世の若者全員だからな。甘く考えていたかもな…」
 「犯人が剣の達人というだけで、万事抜け目なさそうに思えてきますよね。河北さんたちはどうしているのかしら…」
 「彼もたいへんだ、九頭竜会の動きも警戒しなきゃならないからな」
 「で、これからどこへ?」
 「今度こそ本命さ。一番あやしい連中だ。」


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