Chapter17 予知警戒
| 耕下と馬子が現場へ着いたとき、もちろんガイシャはとっくに救急車で病院へ送られていたが、路肩に残ったおびただしい血の跡が、ガイシャの傷の深さを知らせてくれた。 あたりは、同じ刃物事件でも、これまで耕下と馬子が出向いた川原とは、だいぶ違って、一種活況を呈していた。街中の、しかも昼日中とあって、テレビカメラだけでなく、見物人が押しかけ、遠巻きにして現場検証をながめていたのだ。 現場捜査にあたっていたのは、市籠署の、耕下より小柄で、耕下より小太りの、頭も丸々とはげた谷という刑事だった。あと一息で定年というところで、やっかいそうな事件がふってわいたものだとぶつぶつ言いながら、鑑識の様子を見守っていた。 耕下は簡単に自己紹介すると、同じ署の長年の同僚のように、気安く声をかけた。 警察の機構の屋台骨は、目だたない職人の日々の仕事でささえられている。いたるとろに耕下の同類はいる。 「目撃者はどうですか?」 「いないね。ここの通りはひととおり聞き込みは終わった。朝早くのことだったようだし、ことはごく短時間で起こったらしい。あっというまに切り伏せられ、犯人はあというまに逃げたってわけだ。遺留品もない。やってきた清掃車がはじめて見つけて、大騒ぎになった。」 「ガイシャの様子はどうですか?」 「かなり深手だったが、俺が見たときはまだ息があった。だが、あの傷と出血では難しいかもしれないな」 「傷はどんなぐあいなんです?」 「なかなかすごい。左の肩から腰のあたりまで、鋭い刃物らしいもので、いっきに切り下がられている。犯人はかなり力のある奴だ。」 「別な言い方をすれば、かなり腕が立つ、かな。凶器は日本刀でしょうか?」 「かもしれない」 「我々がいま捜査している天誅団と名乗る犯人と同一の可能性はありそうですか?」 「いまのところはインターネットに犯行声明などは出てないし、特定できるような遺留品も、目撃者もなし。そいつらをまねた模倣犯の可能性も捨てきれないよ。ガイシャの家族の話によると、昨夜一晩帰ってこなかったそうなんで〜残業と称して、よく家をあけるそうなんだが〜一晩監禁されていたふしもうかがえるんだが、きみたちのヤマの天誅団と違って、こっちは被害にあったのが犯罪者でないから、むしろやっかいなんだ…」 谷はここで言葉を切って、さらにうんざりしたように続けた。 「本庁も動き出している。我々の捜査に加わりたいそうだ」 「誰なんです、ガイシャは?」 「大物さ、大蔵省の主計局長だよ。だから捜査内容は秘密に、マスコミには細心の注意を払えってことだ。」 「そのわけは?」 「なにしろ超高級官僚だからね、国家の機密にもかかわってくる。」 と言ってから、少し声をひそめて続けた。 「じつは怨恨説がある。局長の行状はじつは局内では知る人ぞ知るといったものだったんだ。…コレさ。」 谷は小指を立てながら、アゴをしゃくってむこうを指した。 「愛人があのマンションにいる。よくかよってたんだそうだ。その愛人というのが曲者で、何人もの掛け持ちをしていてね。ガイシャが受けた傷からは、深い恨みめいた陰湿さが感じられる…スキャンダルになりそうなんだよ、これは。ガイシャは足にも傷を負っていた…痛めつけられていた可能性もあるんだ……」 谷の説明にさして注意をはらう様子もなく、無言のままひたすらアスファルトにしみ込んだ血のあとを見つめていた馬子はぼそっと耕下に言った。 「私はやはり同一犯の可能性が大きいと思います。 今の世の中にけさがけで、生きている人間を一刀のもとに斬れる者なぞ、そんなにいるわけがない。しかも、どの仕事〜あえて仕事と言いますが〜どの仕事も冷静で確実です。気まぐれで雑なところなどカケラもない。ヤクザのヒットマンでもこれほどの手際はムリでしょう。 警部補、じつは私なりに、パソコンとインターネットで犯人像を推理してみたんですが…」 耕下に向き直って言った。あいかわらず無表情だが,目は真剣だ。 「まず、剣の達人…剣道と居合道にわたっているかもしれません。そして、冷静に殺しという仕事をこなす技術を持っている人物、すなわち戦いのプロ…つまり軍人です。警察官やヤクザはこれにあたりません。 私はねらいを軍人にしぼってみました。つまり剣道の達人である、優秀な自衛隊員、そしてもと隊員を中心にあたってみたんですが…」 このとき、話の腰を折るいつものテーマ曲ともいうべき音楽が高らかに鳴り響いた。 いまやおなじみとなった馬子の携帯の音だ。 今度ばかりは、さすがの馬子も自分の携帯にむっとして、無造作にジャケットの内側から携帯を取り出すと、ぶっきらぼうに応対に出た。ちょっと気のない返事をしたのち、むっとしたまま、お決まりの儀式でもあるかのように耕下に携帯を差し出した。 「警部補にです、あの方です。」 耕下も馬子の話に興味をひかれはじめていただけに、いささか鼻白んで携帯を耳にあてる。 「どうだい、警部補、今回は前の二件と同一犯だと思うかい?」 朗々と響き渡る声。今回は特にエコーがかかっている。もう事件の概要を知っているらしい。 「似てはいますね、でも何とも言えません。犯行声明がないし、ターゲットが犯罪者ではないという点が大きく違う…」 「だとすれば、私の当初の予想どおり、これは要人へのテロだ。前の件は前座で、ついに本性を現わしたと言えるのかもしれん。私の予想より展開が早い。こちらも何らかの手をうたなくては」 辺田捜査官は耕下の言うことなど聞いてはいない。なんだか得意そうでもある。 「今回は声が遠いですね、今度は湾内の海上からですか。ホバークラフトででもパトロールしてるんでしょう。」 「それは来週の予定だ。じつは今から楽しみにしている。君も一緒に来ないかね、海はいい、一番得意な分野だからな。」 「捜査官は保安庁の出身ですか?」 「そう。しかし今回は格納庫の中だ。この前言ったように、ヘリに機銃を取り付ける作業中だ。」 「オモチャ好きですね」 「たいしたオモチャさ、これがあれば装甲車にもたちうちできるし、普通の車なぞ真っ二つだ。映画で見たことがあるだろう、ミニガンってやつさ。六本の銃身を回転させて一分間で六千発撃てる。こいつで撃たれても痛みを感じない。脳が痛みを感知する前に死んでいるからな。撃たれる側への気配りも行き届いた殺しのブランド品ってわけだ。 バルカン砲の小型版なんだが、この小さなヘリではこれぐらいのものしか積めない。しかし刃物を振り回すだけのテロリストなら、この程度で足りるだろう。」 「捜査官は、事件をどうしてもテロリストの仕業にしたいようですが、テロだとすれば、誰の、何のためのテロなんです?」 「テロに目的などないさ。いつでも、どこにでもいる反社会的な思想の持ち主が、やみくもに一般人を恐怖に陥れようと企てるのがテロだ。」 (あんたも、やみくもにテロ事件にしたがってるじゃないか。しかも無理にでも戦いたがっている。要するに、捜査官は、なんらかの根拠があってテロだと決めてかかっているわけではないのだ。なんでもいいから仕事をでっちあげて、できたばかりの自分の部署の活動を誇示したいだけなのだ) 「前の二件もそうでしたが、この件に関しても怨恨のセンがありそうですよ。」 「どういうことだね?」 「かの局長さんには、足しげくかよっていた愛人がいたそうで、そのマンションがこの近くなんです。この愛人がまたかなりのやり手だという話で…」 辺田の落胆のため息がかすかに聞こえてきた。 「主義も思想も宗教も関係ない、いちばん素朴な事件だったってわけか、単なる模倣犯による。しかし、凶器は日本刀であることはまちがいないんだろう、前の事件と同じに。」 「そのような傷だったということです。しかし、傷つけ方が尋常でないので、こもった恨みのようなものを感じると、担当の刑事が話してました。」 あえて馬子の見解にはふれない。 「そうか…」 辺田捜査官は、気のない返答になってきた。捜査官の期待を裏切ってやるのははなはだ愉快だった。毎回俺に電話をかけてくるあんたは、あきらかに張り切り過ぎだよ。もうすこし頭を冷やすべきだ。 「局長は、刃物で切りつけられる前にも、痛めつけられていた可能性もあるとのことです。右足の甲にキリで刺されたような、故意によるらしい、かなり深い傷があったそうなんですよ。これは一応応急手当がしてあったそうなんですが、このあたりも不可解な…」 辺田は完全に沈黙した。辺田にとっては何の収穫もない捜査状況の報告にあきて、電話を放り出して、機関砲のほうに関心を向けたのかもしれない。 「もしもし?」 応答なし。 「じゃ、失礼しますよ。何か進展があったら、今度はこちらからかけるようにしますんで…」 耕下が通話終了のボタンを押そうとしたとき、 「ちょっと待て警部補」 と、辺田がいきなりうなるように言った。 「それはちがう、それはちがうぞ」 「何が違うんですか?」 「その足の傷、と言ったな…… それは拷問だ、拷問による傷だ。局長は何者かに拷問されていたんだ。足へ五寸釘を打つのは拷問の手だ。犯人は拷問で目的を達成したので、傷の手当てをしてやったんだ。拷問の目的は何だ?奴らは局長を痛めつけて何かを聞き出したんだ。何だ?いったい何を?」 辺田は耕下が思いもかけないことを話し出していた。 「そんな…拷問だなんて…江戸時代じゃあるまいし」 と言って、耕下はハッとした。 「そうさ、これはやはり奴だろう。この、時代がかったやり方は首切り魔と同一犯だ。局長の容態は?」 「かなり危ないそうです。」 「となると、局長本人から聞くのは無理だな。聞けたとしても、機密にかかわることでは話しそうもないしな。拷問で吐かせるくらいだから、かなり重要なはなしだ。愛人の感度を良くするツボの場所のことなどではあるまい。高度な機密がらみ…不祥事か、陰謀か…経済面だとすれば、あるいは政策がらみ…だとすると上につながっていく…やはりこれは発展するぞ…」 辺田の声はしだいに緊張を帯び、こもったような言い方になってきた。 「ともかく、たった今からでも用心だけはしておかないと…まず、局長の上というと…長官か!ちょっと待て!そこにいてくれ、タガシタくん!」 辺田が耕下のことを名前で呼んだのは、これがはじめてだった。辺田はにわかにあわてている。ガタガタ、ガシャガシャと耳ざわりな雑音が聞こえ、続いてタッタッタと走る足音、車らしいドアの開く音、またしてもゴソゴソと聞き苦しい雑音ののち、カタカタと小さな軽快な音がそれにおおいかぶさる。パソコンのキーを叩いているのだ。 「…長官…長官…経企庁長官、と…今、ホテルにいる、今日の午前中は財界人と経済諮問会議なのか……ここからだと…遠いな。警部補、君のほうが近い。君が今からすぐ行ってくれ。君が長官にじかに会って、局長の件を話し、ご自身が身辺に気をつけるように言うんだ。もちろん、今すぐ私から長官には電話を入れて、君が行くことを告げておく」 耕下はあきれていた。捜査官はなんとも突発的に自分自身を緊急事態モードにしてしまった。しかもほとんど根拠のない思い込みで、自分本位の行動をとろうとしているのだ。この、あまりに本能的なダッシュは、耕下をはるかに凌駕する。平気で周囲を自分のペースに巻き込んでしまって、省みることがない。 耕下は、「勝手に暴走すると、大恥をかくだけじゃすまないぞ」とたしなめようとしたが、辺田のほうはすでに全く聞く耳を持っていない。大声で誰かにわめきはじめていた。 「まだ時間がかかるのか!…なんてことだ。…見ろ!弾がないぞ。弾がなきゃ機関砲も文鎮とかわりない。どでかい文鎮をぶら下げて飛ぶヘリがどこにある!もちろんすぐ撃てるようにしたほうがいいさ…ベルトは八本だ、四千発セットだろう… 警部補、こっちはもうちょっと時間がかかる。できしだい、私もこれでホテルへむかう。君は一刻も早く行って、長官についていてくれ。奴の、日本刀つかいの犯人のことを、まがりなりにも一番良く知っているのは君だけなんだ。よけいな心配かもしれん、しかし、あらゆるまさかの時に備えて用意だけはしておく」 耕下に言い返す間を与えず、電話は切れた。 ひとりよがりかもしれないが、辺田は確かに決断と行動は素早い。 テロという、常人の感覚の及ばない敵と戦う新しい機関のリーダーに抜擢されたのは、ここを買われたからなのかもしれない。 耕下はちょっとの間迷ったが、結局辺田に言われたようにしようと決めた。自分の、経験からつちかわれた猟犬的なカンではなく、他人の本能に動かされる〜それも上役でもない男に使い走りの役をさせられる〜のは、しゃくなところもあったが、電話から辺田の危機感と不安感が伝染したためでもある。 捜査官の妄想に近い思い込みには抵抗があるが、何者かによる局長襲撃が現実のもである今、長官襲撃も考えられないことではない。相手がもし天誅団を名乗る者であればなおのことだ。杞憂であれば、それでよし。辺田と俺が恥をかいて、始末書でも書けばいいことだ。 珍しく憂い顔で、辛抱強く辺田とのやりとりを聞いていた馬子に、 「ここはとりあえず君にまかせる。急な用事ができたんだ。辺田捜査官の聖なるカンに従って、経企庁長官に忠告しに行ってくる」 と言い残して車に乗った。 |
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