Chapter18 鉄人護衛

 
  このホテルの特徴はやはり重厚さだろう。
都下の最一等地に、セントラルパークともいうべき、都を代表する公園を付属品のようにたずさえてそびえる威容は、王の宮殿を思わせる。事実、宮城もすぐ近くにあった。建物自体は渋い灰色のビルなのだが、そのそびえ方に、さりげなく創業百年の伝統から醸し出される威厳が感じられ、どこか山脈のように一種神々しい。長方体が交差して、上から見ると十字型の建物なのだが、直角に交わる壁面は、そそり立つ巨大な断崖を思わせた。
 外と同じように、内部もまた徹底した重厚さでつらぬかれている。外資系のホテルの、きらびやかな光に満ちた派手さはないが、光をおさえた薄暗さで、陰の持つ高級感を演出していた。
 回転ドアを抜けると、秋の草原のような絨毯に続いて、フロントの巨大大理石風呂を思わせるカウンター。向かい側には革張りの椅子が無数に並ぶロビーが広がる。ロビーを行きかう人々も、建物にふさわしく、重厚な雰囲気の連中ばかりだ。恰幅のいいヨーロッパ人、身なりのいい、やたら大柄なアメリカ人。どいつもこいつも大企業の重役に見える、落ちつきはらった、貧乏人から見れば優雅に見える動きをしている。
 こんなに高級感があふれるところで、とにかく高い地位にある人種が出入りしそうなところなのに、格別のチェックもなしで、誰でも入ってこられるというのが、このホテルの最大の欠点だな、と耕下は思った。ホテルジャックなどをしても何の意味もないが、犯罪の意味などはいつも、いかれた犯罪者が勝手にでっちあげるものだ。なにごともより高いセキュリティを心がけるに越したことはない。金属探知機が回転ドアのどこかに仕込まれていて、腕っぷしの強い警備員が柱の陰にひそんでいるのかもしれないが、その程度ではプロにとっては障害にならないだろう。
 
 カウンターの前にたむろす、全員が耕下より大柄でその上耕下より金を持っていそうな連中の中から、ひときわ大柄で胸板の厚い男が、悠然と滑るように歩いてきて、カウンター嬢に何事か聞いた。カウンター嬢が、柱によりかかっている耕下のほうを片手で示したので、この男が長官づきのSPのひとりだとわかった。
 SPは急ぐでもなく、耕下の前にやってくると、馬子以上に表情のない顔で耕下を見下ろして、
 「SPの西島です」
 と言った。
 自己紹介しなくても、SPの看板をつけて歩いているような男だった。
鍛え抜かれたレスラーのような体型、長い間要人のSPをしていることから身につく尊大な態度。耕下はちょっと気おくれした。
 「舞網署の耕下といいます。テロ対策室の辺田捜査官の伝言を、長官に伝えにおうかがいしたのですが」
 「さきほど長官が、辺田捜査官から電話を受けられまして、趣旨はわかっています。」
 「局長のことがあるので、長官にはくれぐれもお気をつけるようにと」
 「長官にお伝えしておきます。わざわざご苦労様でした。」
 SPは軽く頭を下げると、くるりと背を向けた。
 耕下はあっけにとられた。自分は電話で済む用事を繰り返しに来たわけではない。
 「あの、私からじかに長官にご説明したほうがいいとのことなんですが…」
 SPは耕下に向きなおったが、耕下の言い分は完全に無視し去っている。
 「本庁の捜査一課はどうしているんです、矢立警視は?なぜ…そのう、舞網署の警部補が…?」
 そういうことか、『地方』の警部補程度では役不足というわけだ。SPと話ができるのは『中央』の課長級以上らしい。
 「私は、天誅団を名乗る犯人の捜査を最初から担当していました。事件が起こったのがうちの署の管轄だったからです。今回の、局長を襲った犯人も、手口から同一犯と思われるふしがありますので、辺田捜査官は、要人を狙ったテロの疑いもあると、犯行に詳しい私から、長官に注意を呼びかけるようにとのことで…」
 「犯人のほうの捜査は進展しているんですか?」
 「現在、あらゆる方面から捜査を続けています。」
 「犯人のめぼしなどは?」
 「まだ絞りこみには至っていません。抜け目のない奴です」
 「ただの変質者かもしれない」
 「まあ、それもありえます」
 「テロの疑いというのも、辺田捜査官ひとりの個人的な見解のようですね。個人の思い込みでまわりを振り回しているというわけだ。はっきり言って、私はあの部署そのものがよくわからない。突然誰かが、お茶をにごすためだけにでっちあげたようなところだ。実態は何もない名前だけの部署でしょう。単なる就任先(天下り先)かもしれない。それが、我々に直接、しかも舞網署の警部補を通して指図してくるのは、どういうわけなのかな」
 「辺田捜査官の部署については私からは何とも申し上げようがない。しかし、何につけ用心に越したことはないでしょう。」
 「我々は常に用心していますよ、これ以上ないというくらいにね。それが我々の仕事なんですから。警部補が寝ているときも、デスクで空き巣被害の報告書を書いているときも、長官から目を離さない。」
 「空き巣被害は俺の担当じゃない」
 「自転車盗難ですかな?とにかく我々は現場で臨戦態勢で対応している。遠くにいて、長官に会ったこともないないような捜査官とはわけがちがう。我々がガードするかぎり…」
 心なしか胸を張った。左の脇の下には、マガジンを満杯にして薬室にまで一発入っているごついワルサーP99オートマチックがぶら下がっているのだろう。
 「…あやしい者は、長官に触れるどころか近づくことさえできない。」
 耕下はイライラしてきた。この野郎はどうにかして俺をないがしろにしようとしている。SPってのはそんなに偉いのかい、そもそもこいつはどんな階級なんだ、警部補より上なのか、どう見たって俺より若いじゃないか、若くても試験勉強が得意で、階級が上のやつらはゴマンといるが、経験を積んで重ねた年齢というものを軽んじていいはずがない。本庁では、『中央』の威厳を保つために、常に『地方』のお巡りを見下すよう指令でも出しているのだろうか。
 てこでも動かない、小山のようにそびえる体躯を、ぐっとそり返って見上げ、さらに言い返してくい下がろうとしたとき、
 「どうしました?」
 と、細い声がして、半白の髪を見事にセットした、小柄な初老の男が大柄な男と連れ立って歩いてきた。テレビで見たのとそっくりの顔というよりも、仕立てのいい高級スーツを自然に着こなし、大物らしい余裕のある動きをするというところで長官とわかった。
もうひとりは、目の前の尊大なSP・西島と双子かと見まちがえるほど、そっくりな外見をしている。色も同じ濃い紺色のスーツに、同じ色のネクタイ。胸のやたらと厚い、逆三角型の小山のような体型。そり返って人を見下すところも同じだ。いわずと知れた西島の同僚ってわけだ。確かにこの二人がいたのでは、気弱なテロリストは、近づくことさえためらうだろう。機関銃を持って突撃してきても、たちまちひねり伏せられ、全身の骨を砕かれるかもしれない。SPというより用心棒だ。
 「舞網署の耕下警部補です。電話で辺田捜査官が伝えたことを繰り返すために、来たそうです。」
 西島が無礼な紹介をした。しかし耕下は、生まれて初めて政府の要人と間近に会ったため、西島をにらむ余裕はなく、ちょっと緊張して長官に頭を下げた。
 「これはこれは、わざわざご苦労様です。」
 長官は気さくに頭を下げた。
 「長官、会議のほうは…」
 西島が、長官が耕下ふぜいと気安く口をきくのはけしからんとばかりにさえぎった。
 「今、終わったところです。」
 長官は、何があっても動じない穏やかさと、親しみやすさをたたえているが、目には油断のならない知性がある。
 「それで、どうなんですか、局長の容態は?」
 耕下にきいた。
 「きわめて重篤な状態が続いています。」
 「そうですか、どうにも心配ですね…どうしてこんなことに?」
 「怨恨のセンが濃厚だと、捜査にあたっている市籠署の担当が言ってました。」
 「なんと、怨恨とは……あの局長にかぎってね……ほかには?」
 「ほか、といいますと?」
 「ほかに何か、襲われるような、原因になるようなことはなかったんでしょうかな」
 長官の目が一瞬光ったが、あわてて
 「いや、私は、あの局長が人から恨みを買うなどとは考えにくかったものですから」
 とつけ加えた。
 局長にはなにかとあったそうで…と、言いかけて、耕下はふと、(辺田の、局長は拷問されていたんだ、と言ったことに)思い当たり、思わず聞いた。
 「長官は何か心当たりがおありですか、局長が襲われたことについて?」
 長官のかわりに答えたのは西島だった。
 「長官に心当たりがおありなわけないでしょう、失礼なことを言うもんじゃない」
 これまで黙っていた西島の相棒がじれたように言った。
 「なぜ舞網署の警部補がここに?」
 「例のテロ対策室の捜査官の伝言を伝えるんだそうだ。」
 「あれか。いったいあの御仁は何なんだね、警察の人間でもないのに、ひとりで騒いでいるようだが」
 二人の大男は公然のないしょ話をするように、顔を見合わせて苦笑いをした。
 「失礼ですが、長官はいらっしゃいますか?」
 一同の目がついと後方へいく。
 背の高い、といっても長官のSPと比べるときゃしゃに見えるボーイが立っていた。ボーイは長官が自分をみとめたのを悟ると、目でうやうやしく会釈した。さすがにこれほどの格式のホテルともなると、ボーイでさえ重厚なものだった。一ヶ所のシワもないジャケットがぴったりと長身になじみ、ズボンの折り目も、髪のウエーブも重厚だった。さらにふちなし眼鏡のレンズまで、重そうで厚かった。
 「長官にお電話が入っております。」
 と、いんぎんに言ってから、見覚えがあると感じさせるほどの親しげな動作で、長官に歩みより、耳もとで何かささやいた。VIPへの伝言専門のボーイ長といったところだ。こんなホテルにはVIP専用の重厚な茶坊主までいるのだ。
 「私にですか?」
 と言っていた長官は、やがて
 「え」
 と小さくうめいた。
 「総理から?」
 「はい、急いでお話ししたいことがおありだそうで、ただいま510号室に部屋をおとりしました。そちらのほうに電話を回します。」
 長官は思い当たることがあるらしく、
 「わかりました、すぐまいりましょう。」
 と、急に気もそぞろに言って、
 「それではこれで失礼します。局長の回復を祈ってますよ」
 と、耕下の前から離れ、SPを引き連れて、あわただしくロビーを横切ってエレベーターへとむかった。耕下もあわててあとを追う。
 「あの、私もお供します」
 これを聞いて、二人のSPはがっしりと踏みとどまり、二人そろって振り返って、耕下を左右から囲んだ。
 「なぜですか、どうして警部補が我々といっしょに」
 西島が鉄仮面をつけたままのような表情で言った。
 「それは、私も辺田捜査官に、長官をお守りするように言われているからです。」
 「それはすこし筋が違うんじゃないですか。だいいち辺田捜査官に采配の権限があるとは聞いていないし、あなたの任務は捜査のはずだ。警護の任務は我々ですよ、お互いの任務に努めるのが分相応というものでしょう。」
 「しかし、私は刀を使った犯人の手口を見ていて、知っているつもりです。」
 「でも、手がかりさえつかんでいなけりゃ同じですよ。」
 「それにテロだと騒いでいるのは辺田捜査官ひとりなんでしょう」
 西島の相棒が援護するように言った。
 「根拠もなしに勝手なことをしないでほしいな。それに、よしんばテロ行為だったとしても、我々は警護のプロです。いつもそれなりの準備をしている」
 と、防弾チョッキをジャケットの上からなでてから、
 「銃の腕もあなたよりだいぶ上ですよ。」
 と、左の脇の下の、どっしりしたワルサーP99のふくらみをおさえた。
 「とにかくプロにまかせてもらいたいな。素人に首をつっこまれると、素人さんにまで警護の幅を広げなきゃならなくなる。そこまでめんどうみきれない、迷惑なんですよ。」
 西島がダメを押すように言った。
 その態度が耕下の神経を大いに逆立たせた。
 「つまらん縄張り意識に固まっているとだな…」
 「まあ、まあ…」
 見かねていた長官がとうとう割って入ってきた。
 「警部補さん、お気持ちはほんとうにありがたい。でも、私はこのとおり大丈夫です。この二人はかつて、鉄パイプで襲ってきた右翼の男を、二年も警察病院で療養させたほどのつわものなんです。ご心配には及びません。今日のところはお引き取りください、辺田捜査官にもよろしく。それでは私は急ぎますので」
 と、あっさり言い残すと、そそくさとエレベーターに乗り込んでしまった。二人のSPもたちまち耕下をうっちゃり、長官の左右半歩前というエレベーター内警護バージョンの定位置におさまる。エレベーターのドアが閉まる前に、二人のSPが目配せしてにやりと笑っているのが見えた。

 所詮はこんなもんさ。
 回転ドアをくぐって外へ出ながら、耕下は思った。
はりきってやって来て、見事に肩すかしをくらわされた。ひとりよがりの突出した行動というものはけして共感は呼ばないものだ。耕下は、目ざすものがなくてお使いに失敗した子供のような気分だった。これからやってくる辺田も、おそらく同じことを言われて、スゴスゴ帰るのだろう。辺田も自分も、葬式で漫才をやってるくらいに間抜けに思えてきた。まったく俺は何をしていたんだ。
 ホテルの前の通りを行きかう車の列、そのむこうの公園を歩く人々の姿は、いつもとなんら変わらない日常の風景だ。一見してこの平和な景観のどこにも犯罪が隠れている形跡はない。しかし、犯罪というものは常に、全く思いもかけないところで起こり、ゆえに未然に防ぐことは難しいものなのだ。この自覚がないと、つい虚をつかれる。

 
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