Chapter37 市街の戦
| (三日前) 都心のこのあたりは官庁街の民間版といったビル地帯だ。 積み木のような大小さまざまな四角いビルがぎっしりより集まって、灰色の石の街を形づくり、それらが碁盤の目のようにきっちり区画されているので、いよいよ模型のような無機的な空間と化している。見渡す限りビルの山脈と谷が折り重なっている。 かつて牢屋敷が立ち並んでいたといわれるこのあたりだが、その面影も情緒もまるで残っていないかわりに、陰気で沈んだ雰囲気だけはしっかり受け継いだ。勤勉なサラリーマンたちが、牢獄のような会社で日々同じ単調な仕事をしているというわけだ。 通りをはさんでビルが建ち、そのビルの後ろの通りもビルにはさまれている。 夜ともなれば、サラリーマンたちは潮が引くように帰途につき、たちまちあたりから人影が途絶え、ビル街は巨大な墓石が林立する墓場のように静まりかえる。 まだ車の往来の激しい大通りからひとつはずれた、それほど広くない通り。静かなビルの谷間を、忘れ物でもしたらしいひとりのサラリーマンが面白くもなさそうに歩いてきて、あるビルの前にさしかかった。 大型車が快走するのに何の不自由もないくらいの通りなのだが、夜のこの時間ともなると、車は一台も通らない。深夜のビジネス街はうち捨てられた客船のように、人の気配がない…と、関心を払わないむきには思わせておき、じつは…いた。 通りの両側にある細い並木の、サラリーマンがいる側の一本の樹の根元に、街灯の影になっているビルの隙間に、駐車違反の標識の前に堂々と一列に乗り捨てられた三台の大型ワゴン車の陰や下に。目をこらせばそれとわかる黒い影が、飛びかかる前のネコよろしく息をひそめていた。 それらを確認してから、サラリーマンは、心得たそぶりでだっと身をひるがえし、前のビルの入り口とおぼしき影の中に滑り込んだ。すでに営業を終えてすべての明かりが消え、無人のはずのビルだが、シャッターは下りていず、入り口は開いていた。 サラリーマンは夜行性の動物のように、闇の中をするする進み、ロビーを横切って、通りに面した窓の下に身をひそめた。 そこにはすでに何人か先客がいて、ときおりそれぞれが暗視双眼鏡をかざして、窓から通りの向かい側のビルを見やっていた。 「遅かったな、会議かね?」 辺田特別捜査官が双眼鏡から目を離してサラリーマンに語りかけた。 「まだ続いてますよ。抜け出してきました。私が抜け出したところで誰も気にとめやしない。こうなりゃ、いよいよ一介の所轄署の刑事は出る幕じゃない。」 耕下が不服そうな様子もなく答えた。 「そんなところだろうと思ったよ。君を捜査主任に抜擢するべきなのに、偉ぶる連中のやることはいつもそんなもんだ。」 「捜査本部は長官が総括を務めるそうです。総監が自ら本部長、一課から三課、刑事課からも動員させて、警察庁の大半も動員して前代未聞の大捜査陣です。国家の危機だそうで。」 「で、一番よく事情を知る君はどんな役回りなんだい?」 「末席で、人目はあまりとどきませんが、居心地悪いです。でも、一言意見をのべる機会は与えられましたよ。 私としては、連中の…天誅団を名乗る、例の半次と以蔵の仕業に間違いないと思うんですが、総監はじめお偉方は、テロリストの背後にいるのは国際組織という、外国からの脅威説をとりたいようで。 国外のテロ対策機構とも共同し、国際警察にも協力を依頼、国内では反体制組織の捜索を一斉に…と、マスコミにあおられるみたいに、手当たりしだいにって感じになってきてますよ。なんだかパニックめいてます。」 「捜査する側が率先して集団ヒステリーか。」 「官邸も議事堂あたりも見渡す限り警官で埋め尽くされ、テレビも朝から夜中までわめき続ける。まさに国じゅう騒然としていると思ったら、このあたりは妙に静かですね。」 「一般人の生活はそんなもんさ。国のお飾りみたいなのがいきなりなくなったところで、庶民の生活はたいして変わらん。税金が上がるのに比べりゃ他人事だ。冷静なもんだよ。見習いたいね。」 「浮き足立って騒いでいては捕まるものも捕まらないってことですか。」 「おなじみの無数の捜査員と無限の会議時間では、何もわからないし、何も決まるまい。」 「それで会議にも出席しなかったんですか?」 「会議どころじゃない。むしろ会議なんぞに出るわけにはいかないんだ。捜査本部とやらの連中を出し抜いて、ここ一両日中にも目覚しい成果を見せなければ、こんどは私の首が確実に飛ぶ。ふぬけの仲良しクラブに情報を提供している暇に、手柄をひとり占めにせんことにはね。」 「ずいぶんはっきり言いますね。」 辺田の言い方には効果≠とられてしまった者の焦りといらだちがある。いつもの辺田より精彩がなかった。 「内外へのポーズとしてとってつけたようにでっちあげられた部署とはいえ、いみじくもテロ対策室の看板をしょったところが、成果をあげる前に、なすすべもなく足もとをすくわれてしまった。予想外のダメージだよ。面目丸つぶれは私だけじゃなく官房長官もだ。会議以前に何かで動かなきゃならん。」 「それでこの連中≠ナすか。ガサ入れして何か出てくるあてはあるんですか?」 「ガサ入れじゃない、突入だ。全員ひっくくる。」 「証拠は?令状は?」 「ない。」 「あきれたな。捜査官がそんなに利己的で無茶だとは思いませんでしたよ。」 「どうしようもなく面目をつぶされて、私もアタマにきてしまったんだ。どうせここの奴らもまともじゃない。叩けば何かゴソゴソ出てくるさ。武器の不法所持はまちがいない。 ここの屋上に据えられた二台のカメラが、我々の華々しい討ち入りをニュース番組用に録画している。空振りだとしても目先だけのデモンストレーションにはなる。」 「へえー。でも月盟社を張っていたとは知りませんでしたねえ。」 「当初から一番怪しいとにらんでいた。井上月昭の著書は真っ向から現政権を否定している。天誅団の考え方に近い。」 「我々は…俺と相棒の馬子ちゃんも、はじめ月盟社に疑いの目を向けました。あの以蔵と半次は月盟社のメンバーじゃないかと。」 「知っている。だがあの二人がここに出入りした形跡はない。こことの接点も今のところ見つかってはいない。」 「ではなぜ?」 「おとといあたりから月盟社の動きが活発になってきている。今日にも大きな動きがありそうなんだ。反社会的な何事かをしでかそうとしていることはまちがいない。」 「捜査官、いつでも突入できます。」 暗視双眼鏡で外をうかがっていた部下らしい一人が辺田に向かって低い声でうめいた。首にシルエットになったインカムが見える。影という影にとけこんで、息を殺している突入班を掌握しているらしい。 「奴らが動き出すまでもう少し待て。」 「ものものしいですね。全員がテロ対策室のメンバーなんですか?」 「30名。実行部隊だ。装備は最先端。レーザー照準のMP5が標準装備だ。働き足りないと思っている機動隊の退職者や、腕はいいが官僚組織にはなじめない、はみ出した連中だ。その意味で、急ごしらえではあるが、命知らずの精鋭さ。いわば国内外人部隊だな。」 辺田の声が朗々と活気を帯びてきた。 「不審船を一撃で沈めたときを思い出すよ。」 「外人部隊といえば捜査官…」 耕下はコートの下から、小さめのノートパソコンを取り出して開き、ディスプレイを稼動させながら言った。 「俺は、この天誅団を名乗る犯人の事件が起こった当初、舞網署で、部下というよりは同僚の馬子ちゃんとコンビで捜査に当たっていました。もちろんご存知の緑馬子巡査長です。」 「まだ入院中だそうだが、どうだね、その後容態は?」 「歩けるまでにはまだしばらくかかるでしょう…。 いかにも才媛の見かけどおり、彼女なかなか優秀でしてね。試験だけでなら総監にもなれると公言していたほど、頭のきれる娘でした。その彼女は捜査の初期段階から、レンジャーに見当をつけていたんです。」 「レンジャー…。自衛隊の…?」 「そうです。奴ら犯人どもの、犯罪を超えるような鮮やかな手口と、その度胸、完璧な仕事ぶり。ただならぬプロの仕業と見た。殺しと戦いのプロ…最強のプロです。身一つでことを成し遂げる最強人間とは、現在この国ではレンジャーをおいてほかにはない。 馬子ちゃんは全国の現役のレンジャーをすべて当たった。電話とインターネットを通した捜査ですが、主に犯行当日のアリバイや、日ごろの行動について目だった変化はないかどうか、ざっとね。顔写真もすべて照合しながらです。が、怪しい人物は浮かんではこなかった。 そこで、範囲を近年の退職者まで広げ、同じ調査をしたところ、二年前に退官した二人に行き当たった。その二人は年格好が以蔵と半次にかなり似ていた…。 ま、見てください。」 耕下がキーを叩くと、二人の制服を着た男の写真が現れた。 「ほう…!」 辺田は思わずのぞきこむ。 「若く見えるほうは、髪を染めるとかなり半次に似てそうだな。」 「もう一人もですよ。髪を長くして、サングラスをかければ、確かに俺に刀を向けた、あの以蔵によく似ている。」 辺田に問いかけようとするひまをあたえず、耕下は明かした。 「こっちの半次に似ているほうは中口公一三尉、この年上のほうは十万上二郎一尉。二人とも第82普通科連隊の遊撃レンジャー隊員でした。」 「なかなか興味深いな。で…」 聞かなくとも問いかけの意味はわかるとばかり、耕下が答えた。 「ビンゴ!二人とも居合道と剣道の有段者です。つまり剣術使いです。二人は直属の上司と部下にあたります。チームで任務にあたることも多かったらしい。二人とも、レンジャーとしても隊員としてもトップクラスの腕利きで、人望もかなりのものだったとのことです。」 「有能で人望もありながら退職したわけだ。なぜだろう?」 「当時の同僚が本人たちからそれとなく聞いていた話を総合すると…もちろんこれもすべて馬子ちゃんの捜査データですが…国を守る仕事をしていて、あることに行き当たったと言っていたといいます。」 「どんなことに?」 「国を良くしなければ、守る価値のない国になるということに」 「で、良くしようとしたのかね?」 「十万一尉のほうは、世直しを訴えて参院選に出馬した。中口三尉は選挙スタッフです。彼らをしたって、辞めて行動を共にした隊員が他に三名。そののち彼らの仲間になったかどうかは不明ですが、数名が同じレンジャー部隊から退官しています。 残念ながら十万は落選しました。人々から見ると、彼らの主張は青臭いばかりではなく、明治か昭和初期のもののように時代錯誤的に見えたらしい。 落選したのち、しばらくは行方知れずになっていましたが、近頃、所属していた第82普通科連隊に、十万と中口の二人から連絡があった。働き場所を見つけて元気で働いているとね。」 「ほう、自分から教えてくるとはね。で、どこにいるんだろう?」 「なんと国内じゃありません。ここから見ると地の果てです、アルジェリアですよ。外人部隊にいるんだそうです。」 「こりゃまた、いかにも、どうにでも工作できそうなところにいたもんだな。」 「現地に進出している企業をテロ攻撃から守るという任務だそうです。で、その外人部隊にアクセスしたところ、二人が任務についている場所の写真と、現地の二人の写真を公開してくれたんです。これですよ。」 耕下がまたしても慣れた手つきでパソコンに指を這わせると、ディスプレイに一枚のカラー静止画が現れた。 砂漠らしい見るからにほこりっぽい所を、大型4WD車が手前に向かってくるところだ。前部シートに見える二人の男は、二人とも黒いサングラスをかけている。運転席の男は湾岸をドライブでもするように、緊迫感なくハンドルを握り、助手席の男は、人差し指と中指を額にあて、カメラに向かって軽く敬礼している。油断できないような景観の中で、妙に余裕のある不敵な態度だ。二人の車の後方に、さらに続く、傭兵を乗せたらしい大型4WD車の列が見える。 耕下がさらに指でクリックすると、静止画は別なものへ変わった。 今度は、後方に高いヤシの樹が何本か見える市街地のようなところで、男たちが展開している。画面に見えるのは五人だが、実際にはもっといるのだろう。全員平服なので、ゴルフ場へ向かうようにも見えるのだが、そのスキのない身のこなしは、状況が深刻であることをうかがわせ、さらに全員が胸につけた黒い防弾着と構えたM16ライフルが、傭兵であるその存在を誇示している。見るからに要人警護の図だった。さっきの二人は真ん中へんにいた。前の写真と同じように、緊迫の場面なのに緊迫していない。慣れた、いささか状況をなめた様子にも見える。 「どう思います?」 「何とも言えん。本人たちともとれるし、ダミーの扮装ともとれる。急に自分たちの現況を知らせてきたほうが気になる。」 「手が回ってくるのを警戒してのアリバイ工作?」 「だとすると手が込んでいる。支援する連中がいる。」 「それは捜査官が前から言っていたし、私もじつは当初から感じていた。一連の事件すべてが彼らの仕業だとすると、あまりにも手口が鮮やかすぎ、迷いがなさすぎる。何かに向かってシナリオどおり進ませているような印象がある。」 「進出企業を守るという目的の任務だといっていたが、どんな企業なんだね?」 「世界の一流企業ですよ。わが国のものではジェット石油、帝国鉄鋼…それに近頃注目の総合会社ニューロンの名前もある。」 「ニューロン…あの新興の…」 「近年ヨーロッパやアジアにいろいろな工場を展開して話題になりましたね。」 「そうだ、たしかあそこの系列のヨーロッパの工場じゃなかったかな、戦術的に有用な特殊な繊維の開発を行っているというニュースも聞いたと思ったが…彼らの雇い主の中にニューロンもいるわけだ。 いずれにしろ、シロとはいえないな。もっと探ってみる必要がある。しかも早急に。犯人どもを早く捕らえないことには、さらに大事になる恐れも出てきた。国家機密を盗み出した疑いもあるんだ。」 「何ですか?初めて聞きますが」 「今のところ官邸や官房長官はひた隠しにしようとしているし、マスコミにも感づかれていないが…第一、外聞が悪いしね…じつは総理は首をはねられていたらしい。発見されたとき、総理の頭は切断されているようには見えなかった。しかし見事に断ち切られていたんだ。あの、さらし首にされた犯人どもと同じようにすっぱりとね。そして廊下に少しだけ血のあとがあったそうだ。つまり奴らはあとが残らないように注意しながら、総理の首を持って廊下を歩いたんだ…」 「どういうことです?」 「犯行後、奴らは首を持って総理執務室へと向かった。そしてその部屋の壁か額の裏のスイッチを探り当て、金庫の扉を出現させた。そこにあるセンサーに総理の首を、つまり両目の虹彩をかざすと、扉が開く…中にあるのは飲み屋の請求書じゃない…」 「もしかして、奴らは、主計局長、経企庁長官とたどって総理まで行き着いた。そしてついに目的のものを手に入れた…?」 辺田が答えようとしたちょうどそのとき、じゃまするように、くぐもった声が聞こえた。 「捜査官、裏口です。」 辺田が手に持っていた細いインカムのイヤーのレシーバー部分からだった。押し殺した声が緊迫し、状況が急なことを告げている。話しているのは裏口に待機していた特殊部隊隊員のようだった。 「たった今、いきなり三台の黒いRV車が裏口へ止まりました。ライトを消しています。途中からエンジンを切って惰性で走ってきたようです。エンジン音が全くしませんでした。」 「奴らの応援部隊か!くそっ!予想していなかったな…」 暗がりでも辺田の眉間にしわがよっていくのがわかる。 裏口からは一本の直線道路が、はるか彼方の通りまでまっすぐに伸びている。月盟社の事務所が一階にあるこのビルは、積み木のブロックをそのまま大きくしたようなビル街の一角で、ビルの前と後ろが通りになっているが、後ろの通りはT字路になっていて、一本道がビルの後ろの通りに向かってきているのだ。 当初より、一瞬のうちにかたずくと、正面からの奇襲を意図していたために、裏口には一人の見張りしか置いていなかった。突入のさいの同士討ちを避けるためにも、片側にしか人員を配置していなかったのだ。 インカムからの声がさらに緊張してくる。 「RV車から人が降りました…男です…15名…全員がライフルのような武器を携帯のもよう…全員早足でビルの裏口へ向かいます…」 「くそっ!月昭め!突入を予期して応援を頼んでいやがったか!」 辺田がインカムを握りしめる。細い金属が辺田の手の中でくしゃくしゃになる。 「…斧だ、斧らしいものを出した…裏口の戸をを壊す気だ…建物の中へ入ります…」 インカムはつぶされながらも危機を告げる。 辺田はすぐさま決断を下した。 「突入だ!正面の全員、突入せよ!」 ビルの正面の通りの、陰という陰から切り絵のような黒い影が躍り出て、正面入り口に殺到した。MP5をしっかり構え、無駄のない鮮やかな動きで、いくつかのグループに分かれ、各個の塊となって突入していく。入り口には油断なのか、中の連中が出動直前のせいなのか鍵はかかっていなかった。たちまち吸い込まれるように全員が中に収まった。 と、一呼吸置いて、入り口から叫び声らしきものが響いてくる。 「…いたぞう!…やれ!やっちまえ!」 続いてわれるような轟音が続けざまに響く。 正面入り口やビルの窓々から火花が続々と連続花火のようにきらめく。それと重なるように、何かが倒れる音、ぶつかる音などのにぶい音が繰り返される。 目を見開き、息を殺してビルを見守る辺田の、握りしめたインカムから、苦しげな声が聞こえてきた。 「…捜査官…敵が、発砲してきました…ショットガンです…正面の敵多数…」 突入していった特殊部隊のリーダーらしかった。 「…第一波突入のA班は…半数が倒されました…負傷者多数…」 かなりうろたえている。 その報告を裏付けるように、押しもどされるように何人かの特殊部隊員が入り口から転げ出てきた。負傷したらしい隊員を引きずったり、背負ったりして避難してくる者もいる。ここだけ見れば、防弾着をつけていなければ全滅していたかもしれない惨状だ。不意打ちしたはずの精鋭が不意打ちされ、大慌てのこのありさまなのだ。なおも中からの銃声は止まない。銃声とともに、さきほどの突撃隊長らしい声がくぐもってインカムから聞こえてくる。 「…発砲の…発砲の許可を下さい…」 物陰に隠れて銃弾をさけているようだ。 辺田はインカムを耳に押し当て、マイクを噛み切らんばかりに叫んだ。 「バカッ!何を勘違いしている!自衛隊じゃあるまいし、許可なんかいるか!何のためのマシンガンだ!さっさと撃て!撃ちまくれ!敵は大罪人だぞ、皆殺しにしてもかまわん、一人残らず撃ち倒せ!煙幕を焚け!」 辺田の声はビルの中にいる特殊部隊隊員たちのインカムに、空の高みからの天啓のように聞こえたにちがいない。MP5の引き金がほぼ一斉に引かれた。サイレンサー付きとはいえ、20丁を超えるとショットガンの音を圧する轟音だ。銃口からの閃光も、ビルの中で稲妻のような光の塊となって炸裂する。 いくつものガラスが割れる音、物が吹っ飛ぶ音、煙幕弾の破裂音、窓が砕ける音、壁が崩れる音が、叫びや悲鳴を押しつぶす。 MP5の一斉射撃は鎌の刃のように、立ちはだかる敵の群れをなぎ倒したらしい。 形勢逆転したらしい内部の様子に、入り口のわきにいた負傷特殊部隊員たちも勇気を得て、再突入していく。そしてさらに銃声と叫び声。いくつもの窓から煙が火事のようにわきあがり、どこか遠くからサイレンの音が聞こえてくる。 ビルは静かになっていた。 と、とどめをさすようなサイレンサー音がひとしきり聞こえ、再び静まり返った。 疲れきって息を切らしてはいるが、落ち着いた声が辺田のインカムから聞こえてきた。 「制圧しました。動くものはありません。敵は全員倒しました。我が部隊は負傷者6名、最初に突入したA班のメンバーのみです。」 「よし、行こう!」 辺田はインカムを投げ捨てると、耕下はじめ周りの同意を待つことなく、ひとり待機していたビルを飛び出して、向かい側のビルへと向かった。耕下もあわてて後を追う。 早足で道を横切って、煙が立ち昇るビルへと向かう辺田に、耕下は小走りに走ってようやく追いついた。 二人が道の真ん中へんにきたとき、遠くに聞こえるのだが、耳ざわりなサイレン音が気になった。 サイレンではない。それはたちまちエンジン音になった。さらに轟音になる。 いまや遠くにではない。ずんずん近づいてくる重い音だ。 耕下が振り向いたとき、街路灯のほのかな光に照らされ、金属でできた谷間の底のように見える通りの中央を、まっしぐらにこちらに向かってくる黒いものを見た。 ライトを消した黒い大型のRV車が、全速力で滑るように自分たちに向かってくる。 さすがに音に気づき、立ち止まって振り向いた辺田は、黒い巨大な鉄の猪がまっしぐらに自分に向かってくるのを見て、呆然となった。 「危ないッ!」 耕下は辺田を突き飛ばしざまに、腰からピースメーカーを抜く、と同時に撃鉄を起こし、右手を真っ直ぐに伸ばして、RV車の正面へ向けて引き金を絞った。はじける銃声に重なるように、さらに撃鉄を起こし、引き金を絞る。 耕下はとっさの場合でもそうでなくても、ときおり配慮に欠けた行動をとることがあるが、このとき意識的に欠いたのは、迷いと、相手に対する警告だった。 二発の銃弾は二発ともRV車のフロントガラスにめり込み、巨大なクモの巣のような大きなヒビを走らせた。 すぐに運転者がどこかにダメージを受けたことがわかった。 RV車はにわかにぐらつくと、大きく左へハンドルが切られ、叫びのような轟音とともに、黒い巨獣は、つんのめるように横転した。 すさまじいスピードだったので、ただの横転ではすまず、運転席側の側面を下に、リュージュもかくやの速さで、路上を斜めに滑り、摩擦で盛大な火花をまき散らしながら、歩道に滑り込み、その先のひとつのビルの外壁に激突して、ビルが揺らぐほどの衝撃を与えながら、フロント部分を、紙細工ででもあったかのようにくしゃりとつぶして止まった。 突き飛ばされて路上に伏せていた辺田は、襲ってきた機械獣の息の根が止まったらしいとみると、立ち上がって、耕下の後ろからRV車をのぞき込むように言った。 「何だったんだ!?」 「まだだ!まだ終わってない!」 耕下が制した。RV車を運転していた者は、まだ参っていないと、左手で辺田に合図をした。 辺田もさっと身構える。 ラジエーターから白煙をもうもうとまき散らし、さらに、傷ついた車体のあちこちから黒煙や火花をあげている断末魔のRV車の、天に向けられていた助手席のドアが、きしみながらもハッチのように開け放たれ、中から獣じみた巨大な黒い影がはいずり出た。 それは咆哮のような唸り声をあげながら、よろよろと、横たわった車から降り出す。 この巨大な人間はやはり手傷を負っているらしかった。 暗がりの中に、血でぬれた顔や肩が光る。 それでも耕下と辺田のほうへ、ふらつきながら向かってこようとする。 「ぐおーッ!」 錯乱した獣のような叫びをあげながら、右手を上げた。 油断なく右手を構えていた耕下は、シルエットになったその男の手に、銃身を短く切りつめたショットガンが握られているのを見のがさなかった。 ワイン樽のような巨大な男が引き金を引く前に、耕下のピースメーカー4.75インチが火を吹いた。 男は45口径の銃弾で胸を突かれ、突き飛ばされたように後ろによろける。 さらに一発、ピースメーカーが火花を散らした。 さすがに男は吹っ飛んで、RV車に叩きつけられ、のち路面にごろりと転がった。 しかしこの年ふれた灰色熊のような男はまだ参らない。ふぐふぐうなりながら、最後の力をふりしぼって、ショットガンを耕下へ向ける。 ピースメーカーのさらなる一弾が男ののどを貫き、ついにとどめを刺した。ピースメーカー(調停役)という名の銃の、調停の意味するところは、むろん持ち主以外をすべて黙らせるということだ。 男が動かなくなっても、耕下は銃を向けたまま、用心しながら近づき、ころがっていたショットガンを足で蹴って、男から遠ざけた。 「月盟社にもどえらい加勢がいたもんだな。何者なんだ、こいつは?」 辺田は耕下の後ろから、猛獣狩りで狩られた獲物をのぞきこむように言った。 まだ油断なく、倒れている男にコルトを向けていた耕下はこのとき、ハッと気がついた。 「こいつは九頭竜太…九頭竜太だ!」 「九頭竜太?!九頭竜会のか?あの首を斬られた九頭真吾の…。 九頭竜会が月盟社の舎弟だったってのか…?」 「いや、おそらく…」 「捜査官、捜査官のほうも大変だったようですね。でもご無事で何より。そちらの刑事さん、いい腕してる。」 ふりかえると、黒い戦闘スーツの突撃隊長がいた。もうマスクもゴーグルもはずしていたが、顔じゅうに硝煙や煙幕のなごりがある。 「まったくだ、警部補に助けられた。危ないところだったよ。そちらもご苦労。カタがついたらしいな。」 「敵側に負傷者や、ことによると死者も、多数います。」 「いま救急車がくる。」 「被疑者も多数拘束しました。中に月盟社代表の井上月昭も含まれていると思われます。」 まだ煙のあがるビルの入り口から、頭に両手をあてさせられた連中が、咳き込んだり涙を流したりしながら、よろよろゾロゾロと、特殊部隊隊員に銃でこづかれて出てきた。 「そうか、それはよかった。これで一応目的は達したな。」 「奴ら、我々の突入の直前に地下に避難したようです。証拠もおさえました。」 「そうか!そりゃいい、やったな!で、どんな証拠が出てきたね?」 「麻薬ですよ。新型のスゴいやつです。近々大きな取引をひかえていたようですね。」 「何だと!?それは我々が狙っていたものとは違うぞ!けちな麻薬の取引なんかどうでもいい、問題は奴らが天誅団だったという証拠だ。 …考えてもみろ、おかしいだろう。麻薬の取引ごときで、奴らがあれほど重武装して、激しく抵抗してきたってのか?!」 「我々が倒した多くは、月盟社とは違う、別のグループだったようです。我々の突入と同時に、別な集団が裏口から月盟社を襲撃してきた…」 「そう、九頭竜会がね。」 突撃隊長にかわって耕下が答えた。 「じゃあ、わが特殊部隊は九頭竜会と戦闘をしていたってのか。なぜ九頭竜会が月盟社を襲う?」 「おそらく我々と同じ、カン違いですよ。あるいは我々の動きを張っていて、天誅団の正体は月盟社だと早合点して、息子の敵討ちに乗り込んできた。幸か不幸か我々と同時に突入したってわけだ。 …井上月昭が以前言ったとおりだった。まるで見当違いでした、俺も捜査官も。 井上は右翼を装った麻薬の売人だった。井上とその部下のひとりの外見が、あの、半次郎や以蔵と名乗った奴らと似ていたので、あるいはと思っていたが、やはり違った。 そういえば、井上にあったのは虚勢だが、奴らにあったのは殺気だった…」 「大山鳴動してヤクザと麻薬か…。 まあ、天誅団のような手ごわい連中を簡単にひっとらえられるとは思ってはいなかったが…。 くそッ!やはり空振りだったか…」 |
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