Chapter38 族の敵

 
 (前日)
 
 このビルは別世界だ。入った瞬間それを感じたし、部屋に通されてからはなおさら、それを強く感じる。第何応接室だかなんだか知らないが、30何階にある豪華な応接室。部屋が地上と切り離されて、宙に浮いているような感じがするのだ。飛行船にでも乗って地上を眺めているような。
 ここは最上階ではない。最上階のおそらく社長室か会長室では、天上界にいるような気分が味わえるのだろう。ここは閉鎖空間のはずなのに、閉鎖的でない。入った瞬間、大草原の広がりを感じる。空気が高原のものなのだ。おそらくは自前の最新ハイテク装備が施されたビルなのだ。
 優雅に見えるだけのこの部屋にも、あちこちにハイテクな仕掛けがありそうで、辺田は落ち着かなかった。
 「では、現地での御社の護衛については…」
 「すべて外部の管理会社に任せています。護衛そのものについては我々はあまり関心がない。うちの社員が安全であればそれでいいわけですから。
 事実安全です。護衛についてのお問い合わせなら、現地の警備会社のワールドガードサービスにお問い合わせいただきたいと思います。ま、職務が職務ですから、それほど詳しくは公開してくれないでしょうが…」
 応接に出た人事部の次長、会津という男は、どこか貴族的な、中堅俳優を思わせる二枚目だった。どんな問いかけにも明確に、うわべだけの親しみと温かみをもって答えてくれそうだ。
 「その警備会社のスタッフ、現地の外人部隊で構成されているようなんですが、その中に日本人らしい人物が二人いたんです。ともに陸上自衛隊の出身で、十万及び中口という名前の男なんですが、それについての心当たりなども…」
 「全く。初めて聞きました。日本人がいたとは。外人部隊でしょうから、多国籍はあたりまえでしょうが。
 私どものグループは全世界に展開していますが、ヨーロッパと中東の現地の部署の警備は、ワールドガードサービスに一任しています。実績があるし、信頼できる会社だ。それだけです。」
 辺田の、ほとんどやけっぱちの、闇雲のゆさぶりにも、予期したとおり、木で鼻をくくった以下の返答しか返ってこなかった。
 辺田がここにきたのは、耕下がパソコンで見せてくれたものを一るの望みに、九割がたカンの、ワラにもすがる思いの、ほぼ当てずっぽうでしかなかった。
 やはり虚しい肩すかしに終わりそうではあったが、ごくわずかながらカンどおりにおうものもある。この会社にはどこかしらうさんくさいところがあった。待ち構えてでもいたような、この会津という男のスキのない態度。そしてこの部屋にみなぎる妙なハイテクのムードだ。
 豪華な応接室というだけではない、ここには隠れた仕掛けがある。たとえば、壁にも天井にも、まったくそれらしいものは見えないが、こちらを見ているいくつものカメラの目を本能で感じた。そして録画され、たちまち身分も照会されているかもしれない。言い渡されたのは今朝だから、願わくば、サイトのデータが更新されず、あと何分か以前のままであることを祈った。
 「全世界に展開するグループですか…現在も繊維産業がベースなんですか?」
 「いや、繊維はごく一部です。総合生産取引業…とでもいいますか。石油、鉄鋼も扱ってますよ。金融部門もあります。国内では大きくPRしていないので、知名度は意外に低いかもしれませんが、手広くやっています。」
 「ところで、話は変わりますが、だいぶ前、御社の繊維部門で、見えない繊維を開発中との記事を見た記憶がありますが、その後聞いていませんね…」
 「ヨーロッパ工場が手がけていた課題ですね。ニュースにならないとおり、今もって研究中のようです。製品化や公表の段階まではきていませんね。
 どうしてそんなことに関心がおありか…」
 「いや、前から気になっていたもんですから、その後どうなったかと思いましてね。見えない繊維というものが実用化されたら、その軍事面での価値ははかり知れません。全世界が開発を狙っています。」
 「発明や発見というものは、ほんの偶然から世の中を一変させるようなものがいきなり登場することもあるが、大半のそれらにむけての取り組みは、膨大な費用と時間を費やしたあげく徒労に終わることがままある。我々のグループの、数ある研究部門のひとつの課題でしかありません。もしかしたらもう廃止検討対象課題に入れられているかもしれない。実現しない夢がほとんどだが、それに向けての努力を怠るわけにはいかない。試みないかぎり実現しないわけだし、その過程でいろいろな示唆を与えてくれる。」
 「思い出しました、たしか、防弾繊維の開発も手がけていらしたでしょう。」
 「オフレコに願いますが、宣伝部が株価を狙って先走ったアドバルーンです。ささやかな研究を誇大にPRしてしまった。ご存知のとおり尻切れトンボで、株価にはなんの影響もなかった。」
 会津は辺田の質問をすべて、予期していたようによどみなく答える。むろん辺田にはこのほうが気になった。
 さらにひとこと食い下がろうとしたとき、そろそろうるさくなったとでも言いたげに、会津は軽く右手を上げて、辺田を制すると、
 「今までお話してきたわけですが、じつは私どもはTHADという組織について詳しく存じ上げない。ここで内閣官房に照会して確認してもよろしいですか?」
 「もちろんです。」
 言いながら辺田は、首筋に汗が流れはじめるのをどうにか悟られまいとした。
 会津は豪華なソファからすっと立ち上がると、窓側に歩き、気どったようすで振り返ると、首をかしげて、空中に視線を向けて言った。
 「近藤くん、内閣官房へつないでくれ。誰でもいい。」
 「かしこまりました。」
 まるでこの部屋にもうひとり、見えない人間がいるように、空中からはっきりした声がやや高めに聞こえてきた。
 万事窮す。辺田の額にも汗が流れはじめてきた。
 うかつなことに、こんな状況は想定していなかった。もうすこし立場を深刻に受け止め、慎重にふるまうべきだった。ごまかす手立てはあるか…
 見えないスピーカーのむこうの近藤という人物が、官房に電話を入れはじめたらしい。
 気まずい沈黙がおりてきたそのとき、恐ろしいほどタイミングよく、辺田の胸から、珍妙にパロディ化された映画のテーマ音楽がなんとも間抜けに響き渡った。
 助かった!
 かけてくれたのは別居している女房でも、家業を継げと迫る母親でもよかった。めんどうなクモの巣にからめとられる寸前で逃がしてくれた天使だ。携帯をマナーモードにしておかなかった自分の横着さにも感謝した。
 「おっと失礼!」
 芝居がかった大げさな態度で、ふところに手を入れて携帯を取り出すと、わざとらしく会津に背を向けて、携帯に頬をすりよせた。
 救い主はまことにこの場にふさわしい、警部補だった。程度の差はあれ、警部補に救われるのは二度目だ。
 しかし、辺田の本意ではなかったが、警部補の話を聞くうち、意図せず、返事は会津に聞こえよがしに大きくなっていった。
 「…関西で…暴走族同士が…それが何の…ほう、鉄パイプを…
 …日本刀!確かにそうか?!…模倣犯ということは…」
 逃げ出す口実の演技ではなく、耕下の話にひきこまれていた。
 「わかった、とにかく行こう!」
 と、その気になって話をしめて、携帯を切ると、最前まで窮した鼠の表情を漂わせていた辺田は、たちまちいつもの尊大な特別捜査官の顔になり、
 「お話の途中で申し訳ない。急なことが起こりまして、そちらへ行かなければならなくなりました。また、あらためておうかがいします。」
 と、会津の返事を待つのももどかしいようすで、身をひるがえすと、逃げるように応接室をあとにした。
 豪華な、だだっ広い応接室にひとりぽつんと取り残されたようすの会津だが、やがて奥の壁の一部が隠し扉のように音もなく動いて、肩幅の広い、いかつい男が姿を現した。
 「どう思うね、近藤くん?」
 視線は辺田が出て行ったドアに向けながら会津がきいた。
 「かぎつけましたかね?いずれ来るとは思っていたが。やつらがどう動こうと、もう手遅れではありますがね。」
 男もドアを見たまま答える。
 「今の電話は?」
 「傍受できました。警部補からです。例の暴走族の件です。」
 「これまた感づいたか。」
 「連中なら、そこにいきつくでしょうね。
 しかし、あらためて言うまでもありませんが、我々としては、もはや何があっても止まりませんよ。最終段階は進行中。第四コーナーはとっくに過ぎました。」
 「もちろんだとも。一分の狂いもなく予定通り進めてくれ。我々はこのプロジェクトはすでに完了したものとして、次の段階へ進んでいる。これから起こることは歴史の教科書に書かれていることのように変更不可能なことなのだ。事実いずれ歴史の教科書に載るかもしれんが。」


 「クビになったって!?」
 大阪の南端の海沿い、工場群の錆びた屋根の波間に埋もれるように建っている、町工場のような所轄署、有備署の暗い廊下を歩きながら、耕下がうめくように言った。
 「ああ、今朝官房長官から直々に言い渡された。むろん予想はしていたさ。ことごとく失敗に終わったんだからな。総理襲撃を未然に防ぐこともできず、狙いをつけたホシも別物だった。責任をとらされて当然さ。対テロ高度対策室が機能しなかったとみなされた。この部署を新設した意味がない。」
 「仕方ないじゃないですか。部署はできたばかり、人員もほとんどいないとあっては。
 何らかのサポート役として残るってのもなしですか?これまでの情報を生かすための?」
 「ないね。完全な解雇だ。官房長官は私の顔も見たくなさそうだった。お払い箱だ。私としても申し訳ない気持ちでいっぱいだったしな。ま、井伊大老を守りきれなくて、警護していた彦根藩士の多くが斬首や切腹になったのよりはましなのかもしれんさ。」
 さすがに辺田は、これまでとは見る影もなく精彩がない。
 「しかし、まだ事件はなにも解決していない。むしろさらに続くかもしれないのに。」
 「後進に期待するさ。」
 「後進って、何ですか、それは?」
 「THADがなくなるということまではないんだ。より強化して存続させるそうだ。じつはもう私の後釜が決まっている。それどころか活動してさえいる。本庁でならした優秀な捜査官だそうだ。
なんと天誅団とやりあった経験もある。自ら売り込んで、すぐに抜擢された。新しい部署を傘下に入れたいとねらう本庁も強力に推したそうだ。」
 「もしかして、そいつは…」
 「そう、君とも旧知の仲だな、我らが桐生警部さ。」
 「やれやれ、そりゃまた…」
 「かねての構想を実行にうつし、就任と同時に結果を出したと評価され始めているらしい。テロリストから政府要人を守るためにSPを大幅増員し、なんと大臣ひとりに20人のSPをつけたんだそうだ。人間の盾で二重に囲むんだとさ。しかしさすがに、歩きにくいとか、SPが大臣と間違われるとか言われて、10人に減らしたそうだがね。」
 「あいかわらずのようですね。」
 「しかし、さっきは君が電話をしてくれたおかげで助かった。ちょうど、君が教えてくれたニューロンって会社のでかいビルにいてね。私なりにゆさぶりをかけてみようと思ったのさ。あやうく彼らの前で、もう捜査官じゃないってことがバレるところだった。バレたらこっちが容疑者になるところだったな。もうバレているかもしれん。まるでシッポらしいものもつかめなかったが、油断のならない会社であることは確かだ。」
 「捜査官でもないのに、単独で乗り込むなんて、まだまだやる気十分じゃないですか。」
 「このままだと腹の虫がおさまらんからな。それに君の言うとおり、まだ続くような気がしてならん。だからこうして君についてやって来た。」

 有備署の捜査一課長室は、ごたごたした薄暗い一階のフロアの奥に、ガラスの壁で動物園のオリのように仕切られた一角としてあった。声は聞こえないが、外からも中のようすがよく見える。
 外側に背を向けて、課長らしい恰幅のいい男がデスクに腰をかけ、その部下らしい刑事は突っ立って、イスに座らされた容疑者らしい若い男を囲むように見下ろしていた。
 ノックしながらガラスの戸を開け、耕下が自己紹介をする。辺田は耕下よりは格下だとでもいいそうに、一歩下がって、同僚の緑です、と自己紹介した。めんどうがないように馬子の名を借りて同僚になりすましておく手だ。別の土地の所轄署の刑事など別な惑星の住人も同然だから、さして気にとめられることもない。
 頭が丸々とはげあがった巨漢の有備署捜査一課長は、
 「舞網署の耕下警部補…君はたしか天誅団事件を担当していた警部補だな。」
 「はい。」
 「この、ここの暴走族の抗争事件と、それが何かかかわりがあると…?」
 「なんともいえませんが、いささか確認したいことがありまして。」
 「日本刀が使われていたらしいからか?」
 「それもあります。」
 「総理をやったのはやはり天誅団なのか?」
 「それもなんとも言えませんが、本庁の捜査本部が全力で捜査中です。で、彼ですか?」
 イスに座らされている、童顔に似合わないモヒカン刈りの、額や頬に生々しいすり傷がある若者を見てきいた。
 いかにもそれらしい黒いレザーのジャケットとパンツ姿なのだが、それがあちこちすり切れてズタズタになっているのが、異様だった。顔色は疲れきったように青ざめているが、目にはいくらか不敵な光を残している。
 課長の部下の刑事は、こいつですと言うかわりに、
 「こちらははるばる東京から来られた警部補だ。ゆうべのことが聞きたいそうだ。もう一度お前の話をしてさしあげろ。」
 とうながした。
 若者は不快そうに目をむき、
 「またかよ、何度話しゃいいんだ、なんでテープにとっておかねえんだよ。」
 と吐き捨てるように言った。
 耕下はおやと思った。関西なまりではない。これがゆうべの暴走族同士の抗争の原因なのだそうだ。
 南関東地方に根をはり、そこのナンバーワンを自認する『族』の坂東赤報隊は、勢力拡大をはかって関西進出をもくろみ、幹部はほとんど本隊出身者で構成された大阪見廻組を結成。地元の小族の堂島天狗党をとりこんで、坂東連合をつくりあげ、地元の最大規模の暴走族集団、浪速浪士組に対抗しようとした。
 この若者は、混乱の中、逃げそこなって警官に捕まった大阪見廻組のメンバーで、下っぱ幹部のひとりだという。
 大阪見廻組と堂島天狗党のメンバーあわせて百人あまりは、深夜さる郊外の駅前の無人大型地下駐車場に全員集合。バイクは駐車場内に適当に置いて、空きスペースに集まって集会を行っていた。両組のメンバーが勢ぞろいして手打ちを行うための集会だった。
 手打ちという平和的?な儀式だけのつもりだったから、武器らしい武器は持たず、バイクにもまたがっていず、人数だけそこそこごついが、いたって緊迫感のない気楽なものだった。簡単な手打ちをやって、坂東連合の旗を披露して、今後の行動予定を話し合って気勢を上げるはずだった。
 もちろん見張りは置いていた。この駐車場には入り口が前後にひとつづつあったので、そこに三、四人を配置して、警官が入ってこないよう見張らせていた。これは極秘の手打ちということで、あらかじめメンバー全員に固く口止めしておいた。知られると、手ごわいライバルたちが妨害にくるのはあきらかだったからだ。
 なぜ?どこから?もれやがったのか?とにかくもれていた。
 てっきり浪速浪士組か天王寺奇兵隊かと思った。
 奴ら、いきなり襲ってきやがったんだ。奇襲ってやつだな。汚ねえ奴らさ。
 前後の入り口の両方からいきなり同時に入ってきやがったんだ。それぞれ10人くらいづつの集団だったと思う。どどどどどっと、風みたいに、影みたいに入ってきた。俺たちははじめ何が起こったのかわからなかった。
 入り口の見張りたちがいきなりぶっ倒されちまった。奴ら、走ってきながら、俺たちの仲間をはたきやがったんだ。みんな一発でノビちまったらしい。
 「何で殴ったんだ?君たちを殴った武器は何だね?」
 鉄パイプだ。奴ら皆同じものを持っていた。たぶん襲撃用に用意した特注のものだぜ。
 「長さは?どれくらい長いものだった?」
 これくらいかな…
 「1メートルくらいか。太さは?」
 そんなに太くない、水道管ぐらいか。ありゃ持ちやすそうだった。
 正直言っちまうと、おっかなかったぜ。おっかなくて、あれは刀に見えた。ふいをつかれて何もできるもんじゃねえ。俺たちは、もうパニックさ。すげえ情けねえが、ワーワーキャーキャーいうしかねえ。ものごっつい地元の親分が本気出して攻めてきたと思ってな。
 必死で逃げようとして鉄パイプでやたらブン殴られた。どいつもこいつも手当たりしだいだ。次々のされていった。マジでみんな殺されると思ったよ。さっきも言ったが、こっちは手打ちだと思っていたんで、ろくに武器なんか持っちゃいなかったんだ。逃げのびるのでせいいっぱいさ。立ち向かおうとしても、たちまち返り討ちだ。奴ら容赦しなかった。
 どうにかバイクにたどり着いた何人かが、バイクに乗って奴らをひき殺してやろうとダッシュした。
バイクさえありゃあ負けるもんじゃねえとな。だが奴らときたら、バイクが跳ね飛ばそうとする寸前でひらっとかわしやがった。さして苦労もしないでだ。かわしながらパイプの水平打ちさ。運転してた仲間はブッ飛んで、バイクは駐車場の壁にぶつかってメチャメチャだ。奴ら武術かなんかの心得がある。慣れたもんだし、落ち着いたもんだった。
 そうこうするうちに決着がついちまった。あっというまだった。
 コンクリートの床にのびていない仲間は全員、坂東も堂島もいっしょくたになって、駐車場のすみに追い立てられた。みんなこわがるドブネズミの集団みたいだった。震えながら一ヵ所で押しくらまんじゅうさせられたんだ。三方を奴らに囲まれてな。チビってたやつもいた。
 「どんな奴らだった?君たちと同じような感じの『族』だったか?」
 いや、そうじゃなかった、全然そうじゃなかった。
 奴ら年くっていた。みんな俺たちより年上に見えた。中年か、それより下か…
 「見知ったやつはいなかったか?」
 いない、よくわからないが、いないと思う。見たこともない奴らだった。ヒットマンかもしんねえ。やることがプロみたいだったからな。そうだ、浪速浪士のやつらが雇ったヒットマンとも考えられるぜ!
 「どんな服装だったね?」
 …それが…まちまちで…普通なんだ。
 「普通とは?」
 そこらへんにいるオヤジの格好さ。ネクタイしめてる奴もいた。サラリーマンみたいにな。ジャンパー着てる奴、セーター着てる奴、コート着てる奴、みんな駅ビルか通りにいそうな格好だった。
 「顔を見ればわかるか?」
 わからねえな。みんなユニホームみたいにサングラスをかけていたからな。高そうなサングラスを。
グラサンだけじゃねえ、奴ら身なりはよかった。金のかかってそうな服ばかりだった。
 「髪を見たか?髪はどうだった?」
 そうだな、長い奴もいたが、ほとんどは普通の長さだったな。だが美容院にいってそうだった。
 「それからどうなったんだ?」
 奴らはじりじり迫ってきた。死ぬと思った。あれを殺気っていうのか、奴らの殺気はすごかった。全員殴り殺されると思ったよ。
 しかし、ウチの、大阪見廻組のヘッドはリッパだった。俺たちの中から奴らにむかって一歩進んで出て、お前らどこのもんだ、何がのぞみだって堂々ときいた。
 奴らは何も答えねえ。ヘッドがあんまり堂々としていたもんで、きっとちょっと引いたにちげえねえと思ったね。受け答えもろくにできねえ兵隊ばっかしだったのかもしれねえしな。
 ヘッドはもっと調子が出てきて言ったもんだ。こんな奴らは勢いだけだから、丸め込めるかもしれねえと思ったらしい。そうあっさりとお前らなんぞにやられはしねえ、お前らの何人かを道連れにしてやる!ってな。で、ふところからチャカを出した。
 やったぜ!と思った。俺たちみんな元気づいた。震えてた俺たちがな。一発逆転ってやつだ。ざまあみろ!ヘッドはいつだって万一のときのためにチャカを持ち歩いてるんだ。さすがはヘッドだ、油断してねえ。
 すると奴らの中からカシラらしいのが進んで出てきた。デカい奴だった。
 「長髪だったか?」
 忍者みたいな目だけ出るマスクをかぶっていた。やはり鉄パイプを持っていた。
 ヘッドは素早い。その上迷ったりなんかしねえ。気持ちがいいくらいいきなりだ。そいつが鉄パイプを構えるひまもなかったぜ。そいつを撃った。バン!バン!バン!三発もな。
 胸に当たった。そいつは後ろへ吹っ飛んだ。
 みんな息をのんだもんだ。たぶんそいつの仲間たち全員はもっと驚いたろう。そいつは仰向けにのびたまま動かなくなった。そいつの仲間たちはショックでボー然さ。誰ひとり身動きできないくらいにな。俺たちはちょっとだけウォーッって叫んだぜ。敵のカシラらしいのを倒したんだからな。これは俺たちの勝ちになるかもしれねえと思って。
 だがな、びっくり仰天すってんてんになったのが次さ。
 その倒れてたデカい野郎、死んでたと思ってた奴が、いきなりむっくり起き上がりやがった。
 ゾンビだ!俺たちは悲鳴をあげたよ。ヘッドも驚いて固まっちまった。
 すると野郎、立ち上がって鉄パイプを振り上げた。いや、鉄パイプじゃなかった。ギラギラ銀色に光ってる、そいつは日本刀になっていた!ポントーだよ!本物の刀だ!
 どこから刀を?ヘッドもさすがに焦ったみたいだった。とにかくチャカを構え直した。鉄パイプと刀じゃわけがちがうからな。
 野郎が刀を振り上げようとしたとき、俺がやる!ってどこらへんからか声がして、もうひとりの奴らの仲間が進んで出てきた。
 「茶髪じゃなかったか?」
 わからねえ。そいつは俺たちみたいな皮ジャンを着て、フルフェイスのメットをかぶっていた。
 デカい野郎がそのフルフェイスに刀を放ったときだ。フルフェイスはヘッドに向かって飛び出して、さっと刀を受け取ってそのまま斬りつけた。ヘッドはデカい奴かフルフェイスか混乱しちまったんだ。一秒間ぐらいな。これが命取りさ。
 ヘッドの右腕は、チャカを持ったままきれいにぶっ飛んで、床に落ちたはずみで、引き金が引かれて、弾が駐車場のどこかの壁に当たった。
 このときだ、おまわりが両方の入り口からなだれこんできたのは。
 これだけ騒いでりゃ、おまわりがくるのも時間の問題だと思っていたが、正直、おまわりを見てホッとした。地獄で仏さ。おまわりを見てそんな気持ちになったのははじめてだ。
 だが、奴らの逃げ足は速かったねえ。おまわりがくるのも予想してたし、逃げる出口もはじめから決めてたみたいだ。俺たちなんかほったらかして、全員あっというまに一方の出口へ走って、そこへ止めようとやってきたおまわりたちを、鉄パイプでバシバシバシ!目にもとまらぬ速さってのはあれだな。全員がきれいに消えてなくなるのに五秒もかからなかったんじゃねえかな。
 「その日本刀に柄はあったか?」
  つか?
 「柄(え)だよ、刀をつかむところだ。柄は見えていたか?」
 なんのことだかわかんねえな、柄なんか見ちゃいねえ、とにかく刀だった。

 「どう思う?」
 有備署の暗い廊下を帰る途中で、辺田がきいた。
 有備署の捜査一課長には丁重に礼を言い、我々の追っている犯人とはいくらか違うかもしれません、とごまかしておいたが(犯人たちは逃げのびてしまった。有備署を巻き込んでも意味はない)、辺田も耕下もさらなる不安がふくれあがっていた。
 「やはり奴らでしょう、以蔵と半次ですよ。」
 「数が増えているな。あいつの話だと20人以上はいるぞ。」
 「何のために暴走族を?しかもこんな離れたところで…」
 「離れた土地を選んだのは、自分たちの犯行に見せないため、族同士の抗争に見せかけるためだろう。」
 「総理の次はいきなり街のダニ退治ですか。ずいぶんランクを下げたもんだ。結びつきませんねえ、一貫性がない。」
 「いや、あるさ。これを予行演習だと考えればな。これまでの一連の事件はすべて天誅団の仕業と断定してもいいだろう、今回のこれも含めてな。証拠はまるでないし、奴らも声明なぞ出してはいないが、この種の犯行は奴ら以外考えられない。君もそう思うだろう。」
 耕下もなるほどと思い当たった。
 「もちろんです。川原の殺しから、総理まで、すべて奴らのやったことにまちがいない。証拠を残さないのが何よりの証拠だ。すべてあの、以蔵と半次という人斬りがやったことです。」
 「奴らはすべての件で、リハーサルと本番を繰り返しているとは思わないか。川原で試し斬りをしてから主計局長を斬った。SPが守る経企庁長官を襲撃したあと、さらに警護の固い総理を襲った。繰り返しだ。」
 「今回、奴らの人数が増えているということは…」
 「今までより大人数を襲う気だ。そのさい仲間との連携も確かめなきゃならん。新しいメンバーを襲撃という一発勝負に慣れさせるためには、演習を行わなくてはならない。そのためにこの土地で暴走族を相手にリハーサルを行った。」
 「ということは、次に奴らのターゲットになる人間も百人以上の人数が…」
 「どう考えてもさらに大掛かりなことをやる気だぞ。」
 「奴らは、次から次へとやつぎばやに、まるできっちりしたスケジュールにのっとってでもいるかのようにことをしでかしてきた。我々はつねに後手後手に回った。奴らの凶行にこっちが追いつかなかった。」
 「次にことを起こすのも、きっと近々に違いない。ここ二、三日うちだ。」
 「首相官邸の次に狙うとすれば…ターゲットの人数からみても…まさか、国会か?!急いで戻ったほうがいいな…」
 「今は臨時国会の開催中だ…」
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