Chapter39 門内事変
(当日) 議事堂は、その存在自体に立法府の威容を誇っていた。人々の声が聞こえそうなところにいながらけしてうちとけないよそよそしさがあった。御影石で囲まれた巨大な外観はいかにも超然としており、中央玄関の広大な車寄せを支える円柱は、古代ギリシア時代のもののようで、何百年も前からこの国ににらみをきかせてきたようにも見えるが、じつは全体が鉄筋コンクリート製で、70年程度の歴史があるにすぎない。 しかしその70年にわたる生涯の中で、軍の反乱を見、大戦中は戦火も間近に見た。空襲を避けるために全体を真っ黒に塗られ、まわりが、庶民の生活の場がほとんど焼け落ちた荒野の中にぽつんと取り残されていたものである。さらに戦後は、その周囲に、憎しみの目を向けるウンカのようなデモ隊も見た。 それら外界の騒音を尻目に、めまぐるしい時の流れも超越して、議事堂はゆるぎなくそこに在り続けた。立法府はゆるがないものだし、国家が続くかぎりそうだろう。 ところが今、建物ごとゆるがすような事態が、たいした前ぶれもなく、あっさりと目の前に迫ってきていたのだ。 「官房長官からの取次ぎでなけりゃ、追い出しているところだがね。」 「事実、追い出されかけたじゃないか。三時間も立ったまま待たされて、何回も確認させられた。もうお楽しみは十分だろう。」 「あなたはもう捜査官じゃないはずだ。何の権限でこんなことをするんです?」 「権限も何もない、頼み込んだのさ。ボランティアの応援部隊として特別に加えてもらった。辞めていくものの最後の頼みだといってな。長官もさすがに、THADのパイオニアに敬意を払ってくれたし、熱意をかってくれた。応援は多いほどいいしな。不都合はなかろうと言って、認めてくれたよ。」 「私にとっては不都合だね。彼らは私の護衛構想にはない。警察官、機動隊、そしてTHADの隊員で十分だ。」 予想したとおり桐生は以前と少しも変わらず、傲慢だった。地位が上がったことで、さらに傲慢さに拍車がかかっていた。たかだか所轄の警部補の耕下と失業者の辺田が相手だからというばかりではない。ここにいるといやがうえにも傲慢な気分が助長されるらしい。 彼らは議事堂の衆議院側の屋上にいた。ちょうど国旗がたなびく真下あたりで、ピラミッド型の屋根をいただく中央塔が間近に見える。 石造りの建物は古代遺跡のように頑丈で、直接的な威厳があり、その上にのっていると自然に高揚してくる。ここに上って首都の中心部をはるかに見下ろし、国権の最高機関を足げにして、それを守ってやっていると自覚する気分は最高のものなのだろう。桐生は王城の護衛官になった気でいるにちがいない。 耕下はすきをみてなんとか辺田をとりなしてやろうとしているのだが、将軍気どりの桐生にはどうにもとりつくしまがない。 「あの自衛隊員の素性はほんとうに確かなのか?」 「長官の了解もとってある。私の古くからの友人だ。全員、隊での評価も申し分ない。」 「15人程度で何ができるというんだね。」 「小人数のほうが動きやすい。一部隊を動かすとなると、手続きに時間がかかる。小人数で、非公式で、ということで長官もOKした…三尉!」 辺田が呼ぶと、立てひざで待機していた、迷彩ヘルメットに迷彩服の一隊の中から、ひとり走り出てきて桐生と向き合った。三尉は小柄でヒゲ面の男で、さきほどから桐生の聞こえよがしな不興を聞いていたはずなのに、 「第35空挺隊の小隊長、千葉であります!自分らは辺田と桐生捜査官どのに全力でお力添えしたいと思っております!」 と屈託なく言い、強引に桐生の右手をつかまえると、振り回すようにむりやり握手した。 「捜査官じゃない、私は室長だ!対テロ高度対策室長。THADは組織を拡大し、正式に室長をおくことになった。私が初代室長だ。」 「はっ!」 と千葉三尉は無表情に乾いた調子で答える。 「昇進おめでとうございます。」 という耕下の皮肉めいた口調を鼻で無視しながら、桐生は 「枯れ木も山のにぎわいというが、君たちは何をする気なんだ?」 とあてこすりぎみに聞いたが、千葉三尉はまったく動じない。 「裏方として皆さんをサポートします。皆さんの持たない、自衛隊の武器をいくつか持参いたしました。」 14人の隊員は全員ライフルを構え、緑色の、小型のカラオケでも入っていそうな箱も持ち込んでいた。 「そいつで味方を撃つんじゃないぞ!」 意図的に無表情を装う、いけすかない辺田の仲間の千葉三尉を無視ぎみに、桐生はあてつけがましく、千葉の部下たちを大声でどやしつけた。 ライフルのことを指摘された千葉の部下たちは、いっとき桐生のほうを見たものの、反応を示さず平然としている。 「確かに同士討ちしそうなくらいの人数ですね。」 耕下があきれぎみに言った。 議事堂玄関前広場は、衆院、参院の玄関前庭の植え込みまで、ぎっしりと機動隊員でうめつくされていた。 議事堂の正式な警備員、衛視たちは、すみへ蹴散らされでもしたようにほとんど姿は見えず、機動隊員ばかりが二千人近くはいた。それらが肩をよせ合うように整列し、全員正面を向いている。確かに襲撃者が恐れをなす人数ではあるが、おかしくもあった。整列したオモチャの兵隊のようにも見えたし、わざとらしい映画のエキストラのようにも見えたからだ。ひとり倒れると全員将棋倒しになりそうだった。 正面広場にばかり人数が集中しているのは、大向こうをはったデモンストレーションに見えなくもない。全員短銃を帯びてはいるものの、盾と警棒がやたらと目だち、古代の兵士のようでもあった。桐生はトロイア戦争でもはじめる気なのだろうか。 もちろん議事堂の屋上一帯、衆院側も参院側も、耕下たちのまわりにも、あわせて百人以上が勢ぞろいしている。桐生ならではの人海作戦なのだろう。短期間に国じゅうの機動隊員をかき集めたようなところは、桐生の政治力なのかもしれない。 「人だけではない。このまわりも装甲車ですき間なく囲んでいる。」 桐生は指揮棒でも振りそうに解説した。 まさしく、装甲車が二列になって、それぞれのフロントとリアのバンパーがくっつくぐらい接近して、議事堂のぐるりの塀のまわりを二重に囲んでいた。 確かに、アリのはい入るスキもなさそうだ。暮れかかる首都の薄もやの中に議事堂は鉄壁の守りの城のように浮かんでいた。 「衆議院門と参議院門のところだけ装甲車がいませんが。」 耕下が目ざとく指摘した。 「議員連中から苦情があってね、入りにくいと。あそこには車止めもあるから心配ない。」 桐生はうるさそうに答えた。 確かに各門に二つ並んで隣り合っている自動車用入り口は、両方に、自動で上下する太い杭のような、ピカピカの鉄製の円柱の車止めが何本も地表に突き出ていた。 さらに決めつけるように言う。 「まもなく日が暮れる。半日の仕事は終わった。今日はテロリストは来るまい。たぶん明日も。」 王のような自信に満ちている。 「この機動隊員を見ろ、この数を。THADが主導した。私の指揮だ。これを見ればどんなテロリストでもビビる。大軍勢だ。ペルシアの軍団だよ。」 「べつにスパルタ軍と戦うわけじゃないだろう。」 辺田にはどこかこっけいな見当違いに思えてしかたがない。 「スパルタ軍も同じさ。刀を持って突撃してくる時代錯誤のバカ者なぞたちまち全滅だ。」 「私の知る天誅団とおぼしき奴らは、刀だけじゃない、意外な新兵器もどきを使う。どんな手でくるかわからないぞ。」 「二千人が、その身で、身を挺して議事堂を守る。人間の盾だな。」 桐生は陶酔したように言う。 「議事堂ごと吹っ飛ばされりゃ、盾もヘチマもない。」 こう言われて、さすがに桐生はいくらか鼻白んだ。かすかではあるが心中に立ったさざ波をごまかすように、フォローするように言う。 「ふん、来るなら来てみろだ。それこそこちらの腕の見せどころさ。ま、どうせ今日は無駄だがね、議事堂に主役はいない。」 「どういうことだね?」 「だから、大半はここにいないのさ。総裁選をやるか臨時代理をおくかで全員協議だそうだ。昼からほとんどが党本部にいる。いま議事堂にいるのは、同盟をはじめとする野党議員ばかりだ。」 「なんだって!?……うーむ、そいつは知らなかったな、党本部とは…」 「気になりますか?」 耕下が、辺田の心ににわかにわきあがった不安を察して言った。 「心配ないね。もちろん党本部も二百人で厳重に警戒している。部外者の出る幕じゃないよ。」 桐生はしたり顔だ。 「そのうえSPが80人近くいる。全員スコーピオンを携帯してな。」 「スコーピオン?」 「小型サブマシンガンさ。一丁で30人倒せるというしろものだ。」 「一丁でも奪われたら大変だぞ。」 官邸のときの襲撃者の手口が辺田の脳裏をよぎる。 「残り79丁で応戦するから大丈夫さ。」 桐生はあくまで強気だった。つと考えたすえ、辺田は素早く決断を下した。 「警部補、念のため党本部まで行ってくれないか。今すぐだ。ここからだと走れば五分かからない。」 「ひとり行って何になるというんだね。むこうの警護は十分だ、もうまにあってるんだよ。そんなことをしているヒマがあったら、盗まれた遊覧バスでも捜してやっちゃどうだい?そのほうが君たちにふさわしいし、世の中のためになるんじゃないかね。」 という桐生のあからさまないやみを背中に受け流し、耕下は階下へ向かうドアへ走り出した。 空気の密度がいきなり濃くなって、黒い粒子が数を増したように、あたりには急速に闇が降りてきていた。 議事堂前広場の機動隊員たちは、いかなる情況の変化にも一瞬たりとも惑わされたりしないようすで、身じろぎもしない。ひとり一人が直立した不動明王のようで、あたりを威圧し、外からはどうやっても議事堂の平穏を乱すことはできそうにないようではあるが、平穏で静かであればあるほだ、不安な思いが、耕下を見送る辺田の心にわきあがりはじめていた。 その辺田の気持ちに呼応するように、空から音が響いてきた。 見上げると、地上を照らす探照灯をつけたヘリが一機、外観はほとんど見えないが音と光でそれとわかるヘリコプター一機が、宮城のほうからこちらへ向かってくる。 「ヘリは…上空は、大丈夫なのか?」 「心配ない。許可したのはTV局の一機だけだ。」 桐生はこともなげに言って、 「大蟻、テレビをつけろ!」 と隣りに向かって鋭く言った。 なんと大蟻刑事が桐生のわきに控えていたのだ。桐生が個人的な使用人としてテロ対策室につれてきたにちがいない。黄金コンビよ永遠にってわけか。 大蟻はいかにも忠実そうに執事のような素早さで、ポケットから携帯電話を取り出すと、液晶をテレビ画面に変えた。たちまちニュース画面になる。一日じゅう同じニュースをやっていたのだろう。 「…総理の事件を受け、今日も国会周辺は厳重な警戒がしかれています…周辺道路では検問が行われ…道路をはさんだ議事堂前庭園周辺には、機動隊装甲車の群れが待機し… …こちらは議事堂上空のヘリコプターです…いま画面には正面門の道路付近が映っています…ご覧下さい、議事堂を囲む塀の周りに、ぐるりと二重に装甲車の列が取り囲んでいます。かつてない厳重な警備です…」 ヘリの探照灯が地上を這って警備ぶりを映し出していく。 「…そしてこちらが議事堂正面広場です…ご覧下さい、大変な数の機動隊員です…議事堂正面すべてをうめつくして機動隊員がいます…」 ヘリのライトに機動隊員のヘルメットが光る。 「警備情況をあからさまにしていいのか?」 辺田はにがにがしげに言った。 「テロリストどもを震え上がらせるためさ。戦意を喪失させるためだ。これこそこの警備の本質だ。戦う前に勝つ。誰かさんのようにムダなドンパチはしない。進んだ警備とは政治的な思考を要する。君には思いもよらないかね、大胆すぎて?」 桐生は悟りきったように答えた。 「ふん、同時に自分の仕事ぶりを誇示できるってわけだ。」 「…これほど厳重な警戒はいまだかつてなかったのではないでしょうか…まさに史上最大の…」 テレビレポーターの声は桐生を必要以上にほめたたえるように聞こえる。暗がりの中でも桐生がしたり顔をしているのがわかる。 ライトがさらに地表を這い、議事堂の建物をとらえ、衆議院側の屋上も照らし出す。 「やあ、我々も映りますよ!」 大蟻が喚声をあげた。大蟻、桐生、辺田に光のシャワーが浴びせられ、誰もが思わず目を細める。自衛隊員たちはわきまえて光の外にいた。これが桐生の目的なのだろう。自分の存在を誇示し、やがてはこの議事堂の中に議員として入場するつもりなのかもしれない。 まぶしい光の中で、桐生は得意そうな笑みを浮かべ、誰が見てもこの場のリーダーに見えるように、守り神然と立ちつくしてしていたが、テレビ画面は意に反していきなり変わった。 「…ここで国会関連のニュースをひとまずおいて、そのほかのニュースをお伝えします…今朝、格納庫から盗まれたと思われる三台の大型バスはまだ見つかっていません。この事件は本日未明、都内の遊覧バス格納庫で、三台の観光遊覧バスがなくなっているのを、整備点検に来た係員が見つけ…三台も同時に盗むのは、組織だった犯行かとも…」 「バス三台とは大物狙いだな。」 「観光バスなんか盗んで、どうする気かな?」 「そのまま外国へ売るか、解体して部品を売るか…」 「でなきゃ、乗り回して都内観光をするか。盗っ人の団体を乗せてな。」 三人目の発言に、ほかの自衛隊員はどっと笑った。離れたところにいる桐生にも、この場の空気にふさわしくないジョークは聞こえた。 この連中は何のためにここに来ているのか。ピクニックにでも来ているようで、機動隊員のような緊迫感がまるでない。辺田に、お茶にごしのために無理に連れてこられたのだから、そうなのかもしれないが、リーダーの千葉三尉同様、その部下たちも警察機構を一段低く見て、なめているような世慣れた態度がどこかに見え隠れし、それが桐生の気にさわった。栄光ある護衛団にお情けで加えてやっているのに、なんという不遜だ。 注意するかいやみでも言ってやろうと、彼らのほうへ向かうが、隊員たちは能天気な雑談をやめようとしない。 「…たとえば、夜の国会を見学しにか?あんなふうに。」 ひとりが笑い顔でアゴをしゃくった。 議事堂の屋上から見える衆議院入口門に面した道路、首相官邸から官庁街へ下る坂の中ほど、衆議院入口門の上のほうの、議事堂よりの車線に、フロントを坂の下り方向へ向けて、三台の大型バスが停車していた。三台ともハザードランプが点滅し、一時停車していると知らせている。いかにも観光客を満載して国会見学に来ましたといったようすだ。しかし、ふつう見学者はバスを議事堂正面へつけたりすることはしないし、しかも夜の、国会開催中の団体見学などありえない。 「ほんとだ、バスが見える。マジで見学かな?」 「回送だろう。」 「あんなデカいものが、検問を抜けてよくここまで来られたな。」 「だから停止させられてるんじゃないか?」 「暗いからはっきりは見えないが、あのバスって、盗まれたのに似てないか?」 「そういえば黄色くて二階建てだな…」 「見ろよ、ほんとによく似てるぜ…」 ひとりが自分の携帯に映っているニュース画像をかざした。ちょうどバス盗難のニュースで、盗まれたバスの写真がでていた。 「…被害にあったのは…型の…という車両で…」 「中東にバスを狙った爆弾テロなんてのがあったよな…」 のんきな自衛隊員たちも、思わず顔を見合わせた。 「いや、バスを狙ったんであって、バスが狙ったんでは…」 と、三台並んでいたバスのうちの先頭の車がいきなりスタートし、うなりをあげて急ハンドルを切って、衆院入口門に突っ込んでこようとした。が、バスだけにダッシュとはいかず、巨体を揺すりながら巨象のように進んでくる。 衆院入口門は、議員たちの車が出入りするために、ちょうど装甲車による二重のバリケードが途切れているところで、そこには太い円柱〜地上に突き出ている車止めと、衛視と機動隊員しかいない。バリケードが途切れているだけに、機動隊員は集中していて30人ほどいた。 そこにいた機動隊員と衛視たちは、少し前にここにやって来て、止まってしまった三台のバスを不審に思い、警戒していた。何人かの隊員が職務質問に向かったが、車の内部は暗くて見えず、誰も反応してこない。いよいよ不審に思った機動隊員たちが、本部やバス会社に問い合わせはじめた矢先だった。先頭のバスが突然動きはじめたのだ。 巨大なバスは、地上を進む客船のように重々しい。それがハンドルを切りつつ、あっというまに門に迫ってくる。 機動隊員や衛視たちはあわてて、止まれ!とバスの運転席に合図し、静止を求め、バスの前に立ちふさがった。 バスは前方の人間どもには目もくれず、まっしぐらに滑ってくる。重量あるタイヤは、人間など何人でも踏みつぶしそうだ。機動隊員や衛視たちは、バンパーに跳ね飛ばされたり車輪に巻き込まれたりする寸前であやうく体をかわした。 バスは容赦なく突き進み、地上から50センチくらい、切り株のように突き出ている鋼鉄の車止めのうちの4本に激突した。 グワンという音とともに、バンパーと車止めに火花が散り、双方ぐにゃりとひしゃげる。 4本のうち3本は折れ曲がってしまってはいるが、車止めの機能を失ってはいず、バスは門内に侵入することはできなかった。 これに気づいたバスは、6本の車輪をスポーツカーもどきに鳴かせ、煙りをあげてバックし、門から離れた。 門を守っていた機動隊の隊長が、いち早くバスの動きを察知して、巻き込まれまいと叫んだ。 「危ない!みんな離れろ!さがれ!離れるんだ!生身でバスは止められん!」 荒れ狂うバスを遠巻きにしていた機動隊員、衛視たちはいっせいにバスから遠ざかる。バスのまわりでおろおろとバスの動きを見守っていたら、かなりの数の犠牲者が出るところだったのだ。 その隊長が、門のわきにバリケードとして控えていた装甲車の一台に、動いてバスの進路をふさげ!と命令する前に、 「射撃用意!目標、衆議院入口門の外のバス!」 という、緊迫してはいるが落ち着いた声が聞こえた。 議事堂屋上から、このバスの行動をあっけにとられて見ていた桐生は、すぐ近くで聞こえたこの号令にぎくりとした。 なんと10名の自衛隊員がライフルを構え、衆院門の外に銃口を向けている。後ろで控えているのは千葉三尉だ。千葉は隣りを向いて鋭く言った。 「いいか、辺田!射撃許可しろ!」 辺田もうなづきながら言った。 「きたぞ!奴らだ!」 バックしたバスは、反動でさらなる勢いをつけるように、またしても6本タイヤを鳴かせ、ごう然と前へダッシュした。 二度目の突撃。これでさしもの車止めもひきちぎられ、ねじれ、はじけ飛ばされた。 バスはそのまま勢いよく議事堂構内へ突入する。 「射撃開始!撃て!運転席を狙え!」 千葉三尉の声が響く。 無数の9ミリ弾が、白い直線の尾を引きながら、バスのフロントに吸い込まれた。 フロントガラスは一瞬で、ガラスでできたおろしがねのように穴だらけになる。と、次の瞬間、こなごなに砕け落ち、フロントガラスは消え去って、暗い運転席が見えた。 そのとき、あたりが、誰の目も見えなくなるほどの白い光で輝いたかと思うと、ドーン!という大地を揺らすような音とともに、凝縮された台風のような猛烈な爆風が熱く吹き荒れた。 党本部は議事堂の裏手、参議院別館の並びのカーブを曲がったところにある。つまり目と鼻の先だ。ほとんど国会の敷地のような一等地に、官庁舎と見まがうほどのビルをかまえられるところが、長期政権のなせるわざであるし、ここの最上階から議事堂のとんがり屋根を見下ろせば、それが自分の持ち物と思い込む効果もあるのかもしれない。 その党本部ビルの6階、大会議室前の広い直線廊下には、会議室の扉を背に、80人以上のSPと、10人以上の機動隊員が締め出されてひしめいていた。扉の外の彼らにも、内部の白熱したやりとりが聞えてくる。 「なぜそんなに選挙を急ぐのかと聞いているんです。こんなに急では馴れ合いにならざるをえないでしょう。」 「国会会期中だからにきまっているだろう。我が党の、いわば我が党だけの理由で国会の遅延を招くのは許されない。国民はどう見るね。」 「国民は国会なんか気にもとめてませんよ。総理の事件で上を下への大騒ぎだ。この大事件はどう収拾されるのか、次の総理は誰なのかに関心が向いてしまっている。国家的な一大事が起こったんだから当然でしょう。今や政治より政局です。」 党の両院議員総会は荒れていた。非業の死をとげた総理のあとを受けて、一枚岩でまとまるなどという気配はまるでない。むしろタガがはずれたように本音がむき出しになっていた。 衆参あわせて280人の議員全員がこの大会議室に集まり、すべての大臣、長官も勢ぞろいしていたが、彼らも、他のほとんども一様に押し黙り、壇上の幹事長と、議員の中からひとり立ち上がった防衛政務官のやりとりに聞き入っていた。 「風雲急を告げるこんなときこそ、国家はゆるぎないということを内外に示さなければならないだろう。すぐに総理の臨時代理を選出して、国会運営を進めることこそが、テロなどに屈しない、強力な国家としての存在を世界に示すことができる。政治の空白をつくってはならんと私は思う。」 幹事長はにがりきった表情で筋論を説いた。通常であれば誰もが納得する、冷静な正論だった。ところが、総理の死という現実の衝撃は、欲望や焦燥、恐怖までもその中にはらんだ一種の狂騒状態を引き起こし、誰もが冷静さを失ったヒステリー状態に感染していた。そんな中で、次期総理と自他共に認めていた幹事長への嫉妬が、とどめようもなくあふれ出てきていたのだ。 「わかっていますよ、幹事長が臨時代理になりたいんでしょう。」 幹事長の思惑どおりにことが運ぼうとした寸前で、真っ向からこれに楯突いたのが、幹事長より二回りも三回りも若い防衛政務官だった。たたき上げの彼は、野党も一目おく口うるさい論客で、近い将来の総理候補である自分が、政務官などという意味のないポストに陥れられたのは、ひとえに幹事長ら、党の大多数を占める二世貴族どもの策謀によるものと、報復を誓っていたのだ。 幹事長はあきらかに手こずっていた。 「なりたいというのとは意味あいがまったくちがう。正直に言ってしまえば、当座は私が代理としてことの処理に当たりたいということだ。総理の近くにいた私が、もっともよく総理の意をくむことができるんじゃないかと思っただけだ。 いいかね、これはあくまで緊急時の応急処置だ。ことがことだけに、長引くとどんな外国からの介入を受けないともかぎらない。混乱を収拾できないと、足もとを見られる。こんなときだけでも内輪もめはやめて、私に一任して、この難局を乗り越えさせてくれないか。どうだね、政務官?皆さん?あまり時間はないはずだ。この時点では私が一番の適任だと思うんだ、あくまで暫定で。」 「暫定でもついに総理の座をつかむってことですね、三度目の正直ってわけだ。」 「なりたくてなろうとしてるんじゃない。今の、急を要する国の状況をかえりみればこそだ。」 「ひらたく言えば火事場泥棒みたいなもんですね。」 「何を言うか、バカ者!」 「代理になって、その勢いを次の総裁選まで維持したいってわけだ。」 「君はなんという無礼者だ!」 「みんなの考えを代弁しているだけですよ。」 「みんなだと!?みんな総理があんな目にあったのに、自分のポストのことしか、派閥の勢力を伸ばすことしか考えていないというのか!?」 「そうじゃないわよ、幹事長。」 かん高い、しかし落ち着いた声が割って入った。前列の端にいた、歳に似合わぬ明るいピンクのスーツの女性、衆議院議長の声だった。太ったお地蔵さんのような体型だが、その派手さはどこにいても耳目を集める。大臣も歴任している党内随一の女傑だけに、この場も議長裁定でおさめてしまいそうな威厳があった。 「政務官も言いすぎだけど、みんなあなたがあまりにことを急ぐんで不満なのよ。あなたのいいようにやりそうだってね。とらえようによっては、総理でもないのに、もう総理風を吹かせているようじゃない。もっとみんなの気持ちを考えないと。各グループのリーダーの皆さんの意見もよく聞いて、気配りしないと。葬儀のことも考えなきゃだめだし…」 幹事長はむっと横を向いた。 「で、捜査のほうは進んでいるの?」 「なにぶんにも国家的な一大事ですので…慎重の上にも慎重を期してと…」 幹事長は口ごもった。 「慎重にって、そればっかりじゃないの。犯人はほんとうに国外のテロリストなの?もっと何かが起こるってイヤな予想をしている人もあるというのに…」 「あれはテロに見せかけた私怨だという説も出てきています。」 政務官がすかさず告げ口をするように言った。 「どういうこと?」 「誰かが仕組んだクーデターだと。総理の座を狙って。」 わざとらしく幹事長をちらっと見る。幹事長は色を失った。 「そんなバカな!どこから出た情報だ!」 「うわさとしてですよ。どうしてうわさにそんなにムキになるんですか?」 「君の態度だ!私が犯人だとでも言いそうなその態度はなんだ!」 「思い当たることでも、心当たりでもあるんですか?」 「何を言う!そんなくだらんウソで、謀略情報で私をハメる気か!」 このとき、どこかでドーン!とにぶい音がした。 遠くのようでもあり、近くのようでもある。 窓の外で何かが小さく輝くのを見たと思った窓際にいた議員は、緊迫した会議室の雰囲気にきまずくなったこともあって、すこし窓を開けて外を見た。 議事堂のほうの空が明るい。衆議院側のほうで、たれこめた雲にオレンジ色の光が反射していた。パチパチとはじけるような音も聞える。 耕下が不案内な議事堂で不覚にも迷い、正面側へ向かったり、参院側へ行こうとしたりして、いらだって悪態をつきながら、ようやく裏口から議員会館側の道へ出たころ、党本部の正面入口を警備している機動隊員の前に、別な機動隊の一行が現れた。 党本部もまた、桐生のいうとおり、これ以上ないというこらいの厳重さで、一個大隊の機動隊員と、大型輸送車、装甲車で囲まれていた。 新たにやってきた隊員たちは、この状況を予想して、どこかに輸送車を止め、高速道路側から全員徒歩でやってきたらしい。 正面を守る隊員に 「ご苦労さまです。」 といささか緊張して敬礼した。門番の隊員たちも敬礼して出迎える。 「ご苦労さまです。あなたがたは?」 「はっ、神奈川県警からの応援であります。要請により参りました!私は隊長の岡田警部補で…」 「応援?」 新参の隊長と向かい合った機動隊員は、さえぎるように聞き返した。 「今、応援と聞いたが…」 正面の奥で、別な隊員何人かと打ち合わせをしていたらしいひとりが進み出てきた。新参の隊長はこの隊員の階級章に思わず威儀を正す。 「私は党本部警備の第11機動隊の隊長です。」 「はっ、応援であります。」 向かい合った県警機動隊の隊長は、警視を前にいよいよ緊張し、大柄な体躯を硬直させてかしこまった。 「県警といっていたようだが、なぜ県警が…」 「はっ、我々は増援部隊であります。ここの守りは我々にまかせて、全員ただちに議事堂へ向かってもらいたいとのことです。」 「全員だと?ここを県警にまかせて、全員?そんな命令聞いてないぞ。どこからそんな?」 「はっ、本庁の警備本部からであります。議事堂襲撃の情報があったそうで。我々は本日午後言い渡されまして、急遽こちらへ。」 「妙だな…まあ、今回警備の指揮をとっているのはテロ対策室だそうだから、いくらか混乱しているのかもしれないが…今、確認します。君、本庁の警備本部を出してくれ!」 近くのトランシーバーを持った隊員に鋭く素早く言う。 「は、あのう…」 「どうした?」 「さきほどから急に電波状態が悪くなりまして…どうも低く聞えがちで…この敷地内同士はいいんですが…」 「なぜだ、天候かね?」 「はあ、何とも…まさか妨害電波のようなものではないと思いますが…」 そのときだった。 パチパチとはじけるような音が低く聞え、続いてドーン!という花火のような音が、かすかにあたりの空気を震わせ、大地までわずかに揺らしたように誰もが感じた。 「いま、むこうで光が…」 ひとりの隊員が南側の空を見上げて言う。 「あれは?」 もうひとりが息をのむように言った。隊長も思わず振り返る。 議事堂のほうの空がオレンジ色に染まっていた。議事堂のピラミッド型の頂上が黒いシルエットになって浮かぶ。さらにパチパチという音が小さく続く。 「あ、あ、あれはもしや襲撃では…」 新参の県警機動隊の隊長は、うろたえぎみにあえぐように言った。地方の隊員だけに災害派遣でも主な仕事だったのか、応援とは名ばかりのなんとも頼りなさそうな連中ではある。 「ちっ、まさか…?!なんということだ!議事堂とは!本当にくるとは…!」 第11機動隊長は舌打ちをしたのち、 「しかし、ここの守りは…」 と党本部ビルを見上げ、一瞬逡巡したが、 「うむ、やむをえん、全員に告げろ!全員党本部正面に集合したのち、そのまま議事堂へ向かう!君、すぐに全中隊長に言え!第11機動隊はこれより全員議事堂へ向かう!議事堂がテロリストによる襲撃を受けているもよう!急げ!第7中隊のみ残って党本部を警護せよ!車両も正面の二台をここに残し、すべて議事堂正面へ向かえ! SPの諸君にはそのまま党本部の警護をお願いする。我々はここから走る!」 かくて党本部前周辺に陣取っていた機動隊一個大隊四百人は、ほとんどが動乱の議事堂へ向けて官邸前通りを走りはじめた。 6階の大会議室から締め出されたSPの半数以上の約40人は、しかたなく早々に一階のロビーに集まってきていて、怪しい者は階段一段たりとも上がらせないと、本部正面を守っていたが、議事堂襲撃の報にさすがに動揺し、機動隊員を通じてもたらされた機動隊長の出がけの言葉(全員議事堂へ向かう)に騒然となった。 「我々も応援に向かったほうが…」 「いや機動隊員が減った分、ここが手薄になる。敵の陽動作戦という可能性もないわけではなかろう。我々はここをしっかり守るべきだ。」 「正面は残存の機動隊にまかせ、我々は二次防衛線として、もうすこし奥へさがろう。階段とエレベーターの前に陣取ろう。」 ホールにあるエレベーターは、賊が上がるのを防ぐため運行不能にしたうえ、ホールから後退し、隣り合っている奥のエレベーターと階段という拠点をおさえ、ここを橋頭堡とすることにした。 賊が侵入してきた場合、上階へいくにはどうしてもここを通らなければならないし、ここであれば防衛がしやすい。一本道の廊下の奥なので、敵が多数いても散開できない。ボウリングのピンを倒すように敵をやっつけられるはずだ。しかし、ここは奥まりすぎていて、正面玄関が見えなかった。これが失敗だった。 バスは大気を引き裂いて大音響とともに盛大に爆発し、あたりは雷がいっぺんに何個か落ちでもしたように、一時的に昼のように明るくなった。 バスのトップや側面の金属板は紙切れのようにはじけ飛び、破片が爆風に乗ってあたりに飛び散った。 議事堂正面広場にひしめいていた機動隊員たちは、衆議院門付近の第四大隊の隊員がとくに、バスがぶつかりはじめた当初から、誰に命令されるともなく(機動隊長も中隊長も何の命令も下していなかった)、楯を構えて後退し、衆院門を遠巻きにして、楯の陰に隠れる防衛体制をとっていたために、門付近にいた隊員さえ軽症ですんだが、全員が大きな衝撃を受け、うろたえていた。 自爆テロだ…自爆テロが起こってしまった…この国でもついにパンドラの箱が開いたのだ。次は賊はどんな手でくるか想像もつかない。こうなると、楯と警棒と短銃くらいが武器の自分たちはいかにも無防備にみえた。 音や光のわりに爆風はそれほどでもなかったのだが、爆発したバスは門内で真っ二つに裂け、必要以上に激しい火花と、入道雲ののような黒い煙をあげて、ごうごうと燃えさかる。遠くから見ると国会炎上に見える華々しさだ。煙幕のような煙が揺れ動き、あたりをおおい隠して、視界がきかなくなる。 と、その煙が勢いを増すように、さらに動きがあった。煙の中からさらなるバスが一台突進してきたのだ。車止めや鉄柵のゲートはとっくに吹っ飛んで、石の門以外はコンクリートの更地になっていた。門の周辺で守っていた機動隊員たちも、爆発の衝撃で呆然とさせられてしまい、なすすべを奪われたばかりか、煙で視界まで奪われ、身動きできないでいた。 二台目のバスは、燃えさかる一台目のバスの残骸を押しのけ、悠々と門内に侵入してきた。 さらに衆議院側に近づいてくる。 「射撃用意!」 千葉三尉の冷静な号令で、空挺隊員たちは全員銃を構え直した。 「目標、衆院門より侵入してくるバス!」 銃口がまたしてもぴたりとバスの正面に向けられる。 「運転手を狙え!」 三尉が野太い声で言う。辺田も身じろぎもせずバスを見守る。桐生は呆然としたままバスから目をはなせないでいる。 「撃て!」 再び10丁のM16が咆哮をあげ、ドドドドドドッ!という雪崩のようなフルオートの音響とともに、9ミリ弾が、集中豪雨のようにバスに襲いかかった。 たちまちフロント面とフロントガラスは別な材質に変化でもしたように、無数の穴があく。タイヤも穴だらけの新パターンに入れ替わったようになる。運転手はじめフロント側にいた全員は、プラネタリウムの星の数ほどの穴をあけられてしまったことだろう。 無数のメタルの雨の乱打に、ついにフロントガラスは裂け、外側へ折れ曲がった。 ここで誰ともなく、申し合わせたように銃声がやんだ。 「運転手がいない!」 M16を持ったひとりの隊員が叫んだ。 「運転手は乗っていないぞ!」 「ふん、ラジコンか。」 辺田がうめいた。 「こんなデカいラジコンとは、ずいぶん豪勢なオモチャじゃないか。奴ら貧乏人でも狂信者でもない。自爆テロなどという田舎じみたマネはしないんだ。奴ら、かなりのしゃれ者だぞ、千葉!かなりの技術力まで持っている。わかってはいたがな。」 千葉三尉は返事もせず、別な行動の指示を出した。 バスはフロントを破壊されながらも、平然と近づいてくる。しかしタイヤがバースト寸前であるため、さすがに速度は落ち、のろのろと議事堂建物に迫ってきた。 議事堂前広場にあふれていた機動隊員たちは、楯でバスの進撃を止めようとでもするかのように構え、バスを遠巻きにしたまま、ひしめき合いながら後退した。 このありさまに、ようやく我に返った桐生が、かすれぎみな震える声で、手に持ったトーキーに叫んだ。 「機動隊長、前進させろ!全員もっと進め!バスを防ぐんだ、人間の楯になれ!」 桐生の声をか細く聞いた機動隊長たちも、しかし、なすすべもなく、隊員とおなじようにおろおろ後退するばかりだ。 「全機動隊員!もっと下がって、参院側へ退避せよ!」 桐生とは正反対の命令が、ひときわ高く構内に響きわたった。 まことに用意周到なことに、千葉三尉はスピーカーまで持ち込んでいた。いまマイクをつかみ、その声をあまねく眼下に響かせていたのだ。 「我々は自衛隊101空挺団の中央即応団のものである。議事堂警護に特別参加している。これよりバスを再度攻撃する。全機動隊員はさらに下がって待機せよ。我々のじゃまをするな!」 議事堂前広場の機動隊員たちは、半信半疑みぎながらも、説得力のあるスピーカーの大声に従い、監督の声に従う群衆のエキストラのように、参院側へ波のように移動しはじめる。 「小隊長、準備ができました!」 千葉の部下のひとりが威勢よく叫んだ。 見ると、彼らからすこし離れたところに、肩に煙突をかついだ自衛隊員と、それを補佐するようにひかえた隊員が立っている。煙突は地上のバスの方向に向けられている。 「何をする気だ?!」 なじみのない武器の登場に、桐生は問いたださずにはいられなかった。 しかし千葉は桐生の問いなどまったく無視して、辺田をにらむように見る。 辺田はそれに答えてうなずいた。 「てーっ!」 千葉の声が響き、煙突の前後が火を噴いて、白煙とともに、太い光の帯が一直線に、黒煙をくぐり抜けて、進んでくるバスに向かう。 ドーン! まともに命中した。 バスは巨人のパンチを正面にくらったように、その場に止まった。 張り裂ける光とともに、その中にバスの破片をふくんだ白い煙が四方へ飛び散る。 「なんてことをするんだ!議事堂の中でバズーカ砲を撃つなんて!」 熱い爆風にさらされながら桐生は思わず叫んだ。 桐生の言うことは正確ではなかったが、千葉はもちろん、いちいち訂正してやったりはしない。バズーカよりはるかに強力な、小型ミサイルだったのだ。 上半分をほとんど吹き飛ばされ、もはや台車だけのように見えたバスはしかし、次の瞬間さらなる大爆発を起こした。 オレンジ色の火炎のキノコ雲が高々と空をおおっていく。 「なんてこった…これは、もう戦争じゃないか!…」 桐生は呆然と叫ばずにはいられなかった。 しかし、辺田は、猛烈な火炎の陰に、新たな黄色い影をかいま見た。さらなるバスが一台侵入してこようとしていたのだ。 機動隊の主力が嵐のように去った党本部前は、しばし船客のいなくなった豪華客船のようにガランとして、遠くに議事堂方面の喧騒を聞きながら、居残り部隊の隊員たちもいささか心細げに見えた。 第11機動隊員たちが潮が引くように議事堂方面へ向かうのを見送ったのち、新参の県警機動隊員たちは、入れ違いにようやく正門から党本部の敷地へと入ることができた。 本部を守る機動隊員たちと同じ仲間の機動隊員であるだけに、金属探知機でさぐられることはなかったし、混乱の中で身分証の提示も省略されていた。 「整列!」 新参の県警隊員たちは、隊長の号令で、全員党本部ビルを背に並ぶ。ちょうど、正門付近に集まって主力を見送った、居残りの第7中隊と見合うかたちになった。 列の端にいた新参部隊の隊長は、かかとを合わせて威儀を正すと、第7中隊側に呼びかけた。 「中隊長はどちらにおいででしょうか?」 機動隊員は意識してほとんど同じ格好〜紺色の上下の出動服に半長靴、黒い防護ベストに、バイザーつきの黒ヘルメット〜であるために、ヘルメットの後ろの階級線を見ないと、容易には見分けがつかない。 呼びかけに答え、正門側を背にした隊員の仲から、楯を持っていない大柄な隊員が進み出た。 「私です、第7中隊の小林警部です。」 新参の隊長はさっと敬礼し、 「神奈川県警機動隊の岡田警部補であります。応援部隊として参りました。なにぶんにも急でありまして、機動隊長のほうからは正式な申し渡しがいただけなかったようですが、先ほどこちらへ到着しました。」 と、さいぜんの機動隊長の前のときとはうってかわって、余裕のあるようすで言った。この隊長もまた背が高く、よく見れば、金属的な、意志の強そうな顔つきに、引き結ばれた唇が、いかにもプロの雰囲気を漂わせ、味方にすれば頼もしそうではある。 「応援ですか!県警の皆さんとは意外ですが、大変ありがたい。よろしくお願いします。」 と、確認しようなどとするそぶりは露ほども見せず、手ばなしで安堵の色をうかべた。 「人員はひとりでも多いほうがいい。我が大隊はほとんど議事堂のほうへ出向いてしまって、こんな手薄なありさまですから。なにしろ議事堂のほうは大変らしいから…」 騒然と発砲音やら爆発音やらがいりまじって聞こえてくる議事堂方向に目をやりながら、 「こちらも警戒だけは厳重にしないと…」 とややうわずった声で言った。 「さっそくですが、我々の配置について打ち合わせしたいのですが。」 県警隊長がきく。 「党本部ビルへの侵入経路として一番警戒しなければならないのは、やはりこの正面口です。我々は全員でこの正面を固めようと思う。」 「ビルの内部は大丈夫ですか?」 「ビルの中そのものにはかなりの数のSP、つまり大臣の警護にあたっていたSPがいる。さっきの時点では、上のほうと下にたぶんそれぞれ40人程度。我々より火器の装備はいい。全員が小型軽機関銃を携帯しているので、彼らにまかせてもいいと思う。」 「機動隊員はここにいる皆さんで全員ですか?」 「そうです。」 「中隊にしては数が少ないようですが。」 「第7中隊はハンパでね、でも君たちを入れるとちょうど70人近くにはなるだろう。君たちは何人ですか?」 「25人です。」 「5人足りないようだが。」 「門の外を見張ってますよ、逃げられたり連絡されたりしないようにね。」 言いながら隊長は右手を首の後ろへもっていき、頭をかくしぐさをした。 「え?」 中隊長は相手の言ったことがにわかにのみこめず、県警機動隊長の顔をあらためて見直すのと 、シュルンと音が聞えたのとが同時だった。 次の瞬間、第7中隊長は左肩を激しく叩かれた。 あっ!と反射的な悲鳴をあげたのち、中隊長が、自分の胸から出ている金属が、日本刀の刀身であることに気づくまで、2秒の間があった。 中隊長はけさがけに斬られてしまったのだ。ステンレスプレートが入っているはずの防護ベストを抜き身の刀は楽々と切り裂いていた。 これが合図だった。 ずらり並んだ県警の機動隊員は、いっせいに右手あるいは左手を首の後ろへもっていくと、一瞬で日本刀を抜き放った。と同時に全員がものも言わずにだっと踏み出し、目の前の第7中隊の機動隊員たちに斬りかかる。 真っ先にダッシュした日本刀の隊員は、相手に驚くひまをあたえず、正面にいた隊員の胸を払い、そのまま隣りにいた隊員をけさがけに一閃。ステンレスプレート入りの防護ベストはどれも紙のごとく切り裂かれ、さらに返す刀でその隣りの隊員の脚を払い、その近くの隊員の腕を叩く。ポリカーボネート製の脛当てや籠手も、日本刀を自在にふるうこの使い手の前では、防護の役を果たせなかった。この使い手の刀はレーザー剣のように鋭利だった。そして、気づいて銃に手を伸ばしかけた隊員の胸へは鋭い突きの一撃。切先は防護ベストを貫いて、その隊員の背中へ出た。 あっという間の五人斬りだった。 さらに、刀を引き抜き、だっと風のように動いて、二人の隊員の肩と脚へ、すえもの斬りでもするように軽々と刀をふるう。 これほどではないにしろ、ほかの日本刀を持った隊員も、ひとりで二人、三人を斬りふせ、15秒もしないうちに、正門の前は、うめいたり、ひとことも発せられなくなったりした、倒れた第7機動中隊の隊員でうめつくされた。彼らは銃を抜くひまも楯を構えるひまもなかった。 日本刀を抜いた隊員のうち、10名は正面の相手へ向かったが、残りの10名は散開して、まわりから第7中隊へ襲いかかった。 運転手として、門前の輸送車に乗っていて、このありさまを見ていたひとりの隊員は、とっさに輸送車についている無線で、党本部館内のSPに連絡しようとしたが、散開してきたひとりに、マイクを持った腕を刺されて、悲鳴以外は何も言えなくなった。 このとき、この隊員は、自分の右腕を刺している日本刀には柄が見えないことに気がついた。日本刀を持った隊員は空を握り、その先に刃が浮いているのだ。自分たちとそっくり同じなりをしているが、こいつらはあの天誅団という日本刀使いなのか…?! 一瞬のうちに20名以上の第7中隊の隊員が斬りふせられてしまった。まさか自分たちの仲間がいきなり日本刀を抜いてくるとは夢にも思っていなかったのだ。日本刀なぞどこにも見えなかったはずだ。マジックのように全員がどこからか取り出したのだ。 しかし、最初に斬りふせられた隊員の後方にいた隊員たちは、まだ反撃する猶予はあった。彼らの何人かはとにかく銃を抜いて、日本刀を持つ賊に向けようとした。 が、しかし、賊のほうが早かった。散開した敵は背後にまわり、倒れていない隊員のほとんどの首筋に、いつのまにか刃を突きつけていたのだ。 「勝負あった!抵抗はやめるんだ!手向かいしない者は攻撃しない。」 賊の頭目らしい、県警隊長と名乗った男の声が低く響いた。 誰も彼もが静止画のように動きを止めた。 しかし、このとき、倒された隊員のひとりが、 「くそっ!」 と言って起き上がった。 彼は腕に手傷を負っただけだった。ポリカーボネートの籠手が少しは威力を発揮して、この隊員を深手から守っていたのだ。 「お前らなんかにやられるもんか!」 圧倒的に優勢な賊に対し、ただひとり、機動隊員の気概を示すべく、勇気を奮い起こし、転がっていたポリカーボネートの楯を拾い上げると、日本刀を持った賊たちに向けた。 しかし、日本刀を持った、機動隊員のなりをした賊たちは、誰ひとり動じない。バイザーの奥からこの勇敢な機動隊員を冷ややかに見つめるだけだ。 やがて近くにいたひとりが、俺の獲物だとばかりに左手をあげて合図をすると、右手をすっとあげて、日本刀の刀身を勇敢な隊員にぴたりと向けた。 隊員は膝をガクガク震えさせ、額から脂汗をしたたらせながらも、楯の端を両手で持ち直し、水平にして前に突き出して、 「…やっ、やあっ!…」 と日本刀へ向けた。 日本刀の賊は、刀身をまっすぐに突き出して進んでくる。 隊員は楯を両手で振り上げ、その平らな面で賊を打とうとする。下手な構え方からは、楯をウチワのように動かして、あおいでいるようにしか見えない。 賊は容赦なく日本刀を振り、刀身は楯に激突して、勇敢な隊員は楯ごと吹っ飛ばされる。 しかし、必死の隊員はよろけながらも体勢を立て直し、日本刀に向かおうと試みる。 いささかうるさいと感じはじめた日本刀の賊は、ひと息に勝負をつけようと、鋭い突きを入れた。 隊員はあわてて楯を持ち直し、胸の前に構えたが、そこを刀身が襲った。 衝撃とともに、抜き身の刀は、ポリカーボネートの楯を突き抜けた。 が、隊員の胸まではとどかない。 隊員はすかさず楯をひねり、力いっぱい放った。 刀身は楯に突き刺さったまま、広場のコンクリート面にガランところがる。 賊は相手の思いがけない行動と、刀を失ったことで、一瞬虚をつかれた体になった。 この機を見逃さず、隊員はだっと駆け出し、転がるように党本部ビル正面の玄関へ走る。 賊の頭目の、県警機動隊長がチッと舌打ちをする。と、同時に、ひとりの日本刀を持った隊員、さきほど七人斬りをやってのけた男が、逃げた隊員の後を追って走り出した。 逃げる隊員も全力で党本部ビルの廊下を走るが、追う日本刀の達人も早い。右手を後ろにまわし、正面から刀を隠すようにして、素早く走る。たちまち逃げる隊員の4メートル近くの後ろに迫った。 党本部ビル一階奥の、階段と第二エレベーターの前に拠点をつくり、侵入者に備えて待機していた40人近い人数のSPたちは、何人かが、外部と連絡をとろうとして、通じないことに違和感を覚え、お互いに話し合いながら、さらに連絡をとろうとしていた。 玄関方向に向いている10人あまりは、大きめのホルスターからスコーピオンを抜き去り、構えるとはいかないまでも、前に向けぎみにして、油断なく前方を見ていた。ここから正面入口は見えないが、怪しい物音はせず、不穏な動きも感じられない。まだ銃のボルトは引いていず、安全装置もかけたままだ。 このとき、悲鳴ともとれる奇声とともに、ひとりの機動隊員が、廊下の角を曲がって現れ、彼らのほうに全力で突進してきた。 全員ハッと向き直り、正面にいた何人かは銃を構えた。 しかし走ってきたのは味方の機動隊員。 外から何の連絡もなく、突然のSP陣地への来訪ではあるが、向かってきたというだけで、味方を撃つわけにはいかない。何かの伝令かとでも思い、正面にいたSPは、何人かがとっさに、走る機動隊員のために、体をかわして通路をあけた。 隊員は走るのにせいいっぱいのようすで、SPたちに話しかけることもなく、一顧だにせずSPの間を走り抜け、階段を駆け上がる。 二、三段をいっきに飛び越えながらようやく叫びに近い声で、 「敵だーッ!」 とわめいた。 SPたちがあっけにとられる間に、たちまちもうひとりの機動隊員が走って現れ、SPたちの間をすり抜けて、先に行った隊員の後を追い、階段を駆け上がる。 このとき、SPの何人かが、その隊員が背後に隠すように構えた日本刀の抜き身を見た。 ここでようやくSPたちは気がついた。日本刀を持ったテロリストが現れたのだ。 誰からともなく叫び声があがる。 「あ、あいつだ!侵入者だ!」 誰も彼もがあわてふためき、銃を構えなおし、ボルトを引き、セイフティをはずす。そして二人目の機動隊員の背へスコーピオンを向けようとする。 しかし二人目はもう階段のはるか上へ消えていた。 全員の目が、機動隊員たちが走り去った、階段の上方へくぎづけになったのも大きな失敗だった。 何人かが、追って階段を上ろうとしたとき、それぞれ、自分たちの首筋に日本刀の刃がくっついているのを気づかされた。いつのまにか彼らの背後にはびっしりと機動隊員がいて、しかも全員が日本刀を持ち、SPたちの顔の前や首筋にかざしていたのだ。 ひとりのSPが反射的に引き金を引こうとして、大男の機動隊員にがっきと右腕をつかまれた。 「やめろ、抵抗するな!」 その長身の男は、低い声で言うと、SPからあっさりとマシンガンを取り上げながら、さらに続けた。 「よし、全員を他の奴らと同じように輸送車に押し込めろ!」 |
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