Chapter40 最後の告
大会議室まえに待機していた40人に満たない数のSPは、イヤホンから聞えた一報にいちようにびくんとなった。 「賊だー…」 の声とともにぷっつりと切れてしまったのだ。あとはいくらトーキーで呼びかけてもまったく反応はない。あれは一階に待機しているチームからだ。 「下で何かが起こったぞ。」 「俺が見てこよう。」 「いや、待て。しばらくはここで守りを固めろ。みんなここを動かないで用心するんだ。君、窓から下のようすを見てきてくれないか。」 この中ではリーダー格のSPが近くにいたひとりに命じた。 そのSPはすぐさま会議室へ入る。会議室の窓からは前庭が見える。 「誰かもう一度本部と連絡をとってみてくれ。」 リーダー格のSPはさらに仲間に命ずる。 「さっきからずっと呼びかけているんですが、通じません。」 ひとりが困惑しながら答え、何人かがそれに同調する。 「国会もどうなっているのか、はっきりした情報がまったく入りませんね。みんな出て行ったきりだ。」 このとき会議室の窓から外をうかがいにいったひとりが戻ってきた。 「暗くて見えにくいのですが、窓からの視認では、玄関前広場に人影はあまり見えないようです。動きはありません。見張りらしい隊員がひとり立っているのが見えるくらいです。」 「どういうことだ?!正面を守っている機動隊はどうした?ひとりだけってことはあるまい!」 「何か起こったな…」 「あの…」 会議室から戻ってきたSPが言った。 「大臣をはじめとする皆さん方が、ようすを知りたがっています。議事堂はどうなっているのかと…」 「皆さんに答えてくれ、静かに待機を願いたい。会議室から一歩も出てはならないと。」 そのSPが再び会議室に入ると同時に、リーダー格のSPは全員に向き直り、きっとなって言った。 「みんな、戦闘準備だ。すでにここの会館でも容易ならざることが進行しているぞ。トーキーを持っているものはもう一度だ。本部、本庁、どこでもいい、通じるまで呼びかけてくれ。」 議事堂方面から聞えてくる音は、いよいよ物々しく、大きな破裂音らしいのが、折り重なって海鳴りのように響いてくる。廊下のはずれの壁にある窓に、爆発によるものらしい空の雲への反射が明るく映る。それがいやがうえにもSPたちの不安をかきたて、緊張がいや増した。全員スコーピオンを抜き放ち、めいめいにスタンバイの体勢に入った。 「まだ出ないか?」 リーダーはいらいらと聞いた。 「まだですね。どこも雑音だらけなんです。通じないということはどういうことなんだろう?」 「まさか妨害電波ということは…」 「だとすると明らかにここを狙って発進されてますね…」 「やはり下に偵察にいってみますか…」 口々に言い出したSPたちは、たちまち言葉を呑みこんで前方を見た。 大会議室は党本部ビルの6階の一番奥にあり、ほぼその一区画を占拠したかたちになっている。三つある出入り口は廊下に面していて、いちばん大きな観音開きのドアが中央にあり、SPたちはほとんどこの前に集結していた。その廊下とT字型に交差して、中央ドアから広い廊下が真っ直ぐにビルの反対側に伸びている。その廊下のまわりは小会議室群だ。その6階中央通路のはずれは壁にぶつかり、そこに階段とエレベーターがある。 階段はもうひとつ、大会議室前の廊下の端にもせまいものがあるが、ここは一階部分において、そこに待機していたSPたちが簡単なバリケードで封鎖してあった。したがっていま6階までこれる階段は、大会議室の向かい側のはずれの広い階段だけだ。ここを上ってきた者は、大会議室へ行くには、長い中央通路を歩いていかなければならない。 いまSPたちの視線の先、中央通路のはずれに、階段を上ってきたらしい影が、斜め下から現れたのだ。 それは、いかにもよじ登ってきたらしいようすで、よろよろと現れた。かなり疲れているといったようすで、ふらふらと足もとがおぼつかなく、中央通路の果てから歩いてくる。 SPたちは身構えて、引き金に指をかけてはいるが、誰ひとり撃とうという気配を見せないのは、現れた相手が味方の〜機動隊員のなりをしていたためだ。さらにこの機動隊員にはまったく殺気が感じられない。それどころか、どうにかこうにか歩いてでもいるように、いまにも倒れそうになりながら近づいてくる。 「どうしたんだ?!君は下の隊員か?何があった?!」 機動隊員が中央通路の真ん中へんを過ぎたころ、たまらずリーダー格のSPが、油断なく銃を構えながら聞いた。 機動隊員は、うつろな、焦点の定まらない目をしたまま、何かにすがるように両手を上げると、なおも近づいてきたあげく、そのままどうっとマシンガンを構えるSPたちへ倒れこんできた。 SPたちはあわてて銃を下げて、機動隊員をささえる。 「どうしたんだ?!しっかりしろ!」 何人かが助け起こし、機動隊員をのぞきこむ。 隊員は血の気の失せた顔に、酸素を求める魚のように口をぱくぱくさせ、 「賊です…」 と消え入るような言葉を残して、意識を失った。 このとき何人ものSPが、出動着とともに裁断され、パックリ割れて一部の骨がのぞいている隊員の背中を見た。いまそこからは盛んに血があふれはじめている。肩口から背中にかけて、鋭利な刃物〜日本刀で一閃されたのだ。 「き、きみ!しっかりしたまえ!」 とリーダー格のSPが助け起こそうとしたとき、彼の横にいたSPが、 「あれを!」 と言ってうながした。 中央通路のはずれにもうひとり機動隊員が現れていた。 その機動隊員は中央通路の床の真ん中に仁王立ちに立っていた。 50メートルくらい離れていては、表情は定かには読みとれないが、らんらんと目を光らせてSPたちをにらんでいることはまちがいない。全身から発せられるその男の殺気が、これほど離れていても、SPの誰もが、うなじの毛が逆立つほど感じることができた。この機動隊員は味方ではない… 両手を下げてはいるが、その両手は何かを決意したようにしっかりと握りしめられ、そしてその右の拳の先には、日本刀の刃がはっきりと見えた。刃は拳からやや離れたところに、切先を下にして浮いている。事件を追っていたという所轄の警部補が、ブリーフィングしていたとおりの柄の見えない日本刀だ。だとすると、こいつは天誅団と名のる輩らしい。 下の連中、機動隊員やSPを倒して、ついにここまでやって来たというのか。下の連中は、機動隊員の扮装にあざむかれて、まんまと不意をつかれてしまったのかもしれない。 最初、異様な迫力にけおされていたSPのリーダーも、このテロリストとおぼしき男が、見たところ日本刀しか武器らしい武器を持っていないということにあらためて気づいて、自信がよみがえってくるのを感じた。 相手はひとり、しかも奴が持っているのは一個の刃物だけ、こちらにあるのは40丁近いサブマシンガン。白刃の戦いなら、日本刀は、手練が有利だろうが、銃と刀では勝負にならない。幕軍と薩長軍のようなものだ。銃に日本刀で立ち向かおうとするとはなんとも時代錯誤な連中だ。自分たちは完全に有利な立場にあるとリーダーは確信した。 しかし、相手の男のただならぬ殺気には油断がならない。目の前に血を流して倒れている機動隊員を斬ったのもこいつだろうし、下の連中がなぜこいつを止められなかったのかも気になる。 この上は敵に猶予を与えず勝負を急ぐ手だ。 「あの男に向かって10人づつ二列、横隊!前列の10人は折敷!」 猛者のSPたちはたちまち反応し、いちいち呼応することもなく、10人が会議室前廊下から中央通路へ飛び出し、ずらり横にバリケードのように並ぶと、右ひざを折って折敷の姿勢をとり、肩の位置でスコーピオンを構える。続いて次の10人が揃ってだっと中央通路に入り、折敷の10人の後ろにずらりと並んで、腰のあたりでサブマシンガンを構えた。上下二段のバリケードだった。 「射撃用意!」 20人が全員揃って、左手を、フォアグリップがわりに持っていたマガジンからはなしてメインフレーム横のボルトを引き、流れるような一連の動作でセイフティをはずす。このとき全員申し合わせもしないのに、フルオートにセットした。リーダーのSPは敵にいっさいの警告を与えるつもりはなく、すぐさま引き金を引こうと決めていた。この緊迫した場面で、リーダーの意図は確実に全員に以心伝心していた。 ところがこのとき、ひとり立っていた賊の機動隊員の後方に動きがあった。 その機動隊員の背後にある階段から、噴水が湧き上がるように、新たな機動隊員が何人も躍り出てきたのだ。 数秒のうちに、その数は、手前のひとりの機動隊員の背後を埋めつくすほどの数になり、つきあたりの壁は見えなくなった。バリケードをつくっているSPたちと同じくらいの人数、20人くらいはいるだろう。 黒っぽい機動隊員の出動服の群れのあちこちに、波頭のように光っているのは、まぎれもなく長い抜き身。全員が手に手に日本刀を持っていたのだ。 これほど大勢いたとは、しかも全員が日本刀を帯びていたとは。 銃を構えるSPたちは、その殺気立つ集団の登場にいささか気おくれした。 しかし、いくら不気味な集団とはいえ、見たところ、彼らが帯びているのは、最初のひとり同様に刀だけだ。刀の数が増えただけのことだ。依然としてこちらが圧倒的に有利であることにかわりはない。 リーダーはあわてて気を取り直し、叫んだ。 「か、構え!」 バリケードのSPたちも我に返り、サブマシンガンを構えなおす。 この距離でマシンガンでは、まずはずすことはない。全弾命中であっという間に勝負はつくだろう。バリケードの後方にいるリーダーも、大会議室前廊下にいるSPたちも、もちろんスコーピオンを構える。これで会議室までは三段構えになる。 と、偽機動隊員集団の先頭にいた、最初に現れた男は、やにわに右手を後ろにまわし、日本刀の抜き身を背後に隠すようにした。 これはまたいったい何のつもりなのだ。 すると、その後方にいる機動隊員のなりをした賊たちも、いっせいに同じ行動をとった。武器を背後に、見えないように隠してしまったのだ。 奇怪な儀式に、SPたちの困惑は深まる。 続いて、ついにその先頭の機動隊員が積極的な行動を起こした。 SPたちに向かって中央通路を一歩、歩みだしたのだ。 さらに一歩、二歩。 刀を背においているためか、いささか前のめりかげんに、バリケードに向かってしっかり着実に歩いてくる。 この、機動隊員の衣装を着ている男は、自分が何を向けられているのか、わかっているのだろうか。動じない、銃など意に介さないような、冷静な歩みはいったいなんだ?なぜこうも覚悟がすわっていられるのだ?!… 後方の機動隊員たちは、先頭についてこようとはせず、そこに立ち止まったまま、ことの成り行きを見守っているようにも見える。 男はなおもすたすたと近づき、バリケードから30メートルほどの距離、そのバイザーの下の、色白の少年のような顔と、決したまなじりが視認できるようになったところで、ついにリーダーは号令した。 「撃てーっ!」 ズドドドドドドドドド… 雷が横に幾筋も走るように、すさまじい轟音と火花、閃光が中央通路を嵐となって駆け抜けた。 火と煙の奔流だった。銃声は廊下に反響し、耳をろうするほどに響き渡る。 銃弾の曳光はあやまたず次々と、進んでくる機動隊員の身体に吸い込まれる。 銃弾は一マガジンに20発。20丁全弾が撃ちつくされれば400発。 9ミリ弾400発をまともに受けては、もはや人体は原型をとどめてはいない。大鎌で刈られるか、巨大なハンマーで打ち据えられるようなものだ。衝撃で吹っ飛ばされ、ずたずたになって、廊下の汚れた敷き物然と横たわるはずだ。0.5秒でターゲットの機動隊員は倒れ、後方の仲間たちも甚大な被害をこうむってしまうことだろう。 ところが… 機動隊員は倒れなかった。 100発程度身体の正面に受けた時点で、その衝撃で後ろに飛ばされそうになったが、脚を踏ん張ってもちこたえ、なおも進もうとする。 バイザーにも次々と9ミリ弾が命中し、たちまちクモの巣のようなヒビが全面に走り、ほとんど顔は見えなくなる。ヘルメットも弾を受け、カンカンと音をたててあちこちへこみながら変形していく。出動着も靴も籠手も火花と煙でおおわれ、煮えたぎる火山のような状態になる。 が、その機動隊員は倒れなかった。 着弾の衝撃を必死でこらえながらも、さらに一歩一歩よろよろと近づいてくる。全身に矢を受けた弁慶か、殺しても殺しても死なないゾンビのようでもある。 SPたちは、撃ちながらも戦慄した。 手前の機動隊員の後方にももちろん流れ弾が飛んで、当然後ろに控える機動隊員の何人かに当たっているはずなのに、これまた誰ひとり倒れたりしない。 と、たちまちマシンガンは全弾撃ちつくし、40丁のスコーピオンはどれもホールドオープンの状態になった。 轟音の途絶えた中央通路を、その機動隊員は、いよいよ足取りを確かにして近づいてくる。 このとき、ふいにひとりのSPが叫んだ。 「防弾着だ!奴ら防弾着を着ている!」 そうか!そうだったんだ!SPのリーダーは思い当たった。 あのブリーフィングした警部補は、こうも言っていた… 奴らは想像もつかない武器を使う。日本刀をつかうテロリストたちの刀の柄や鞘が見えないのは、それらが光を曲げる、透明にする素材でおおわれているからだろうと思われます。どこの国でも研究していて完成していない高度な技術です…そのほかにもただならぬ技術を備えているかもしれません… 奴らの最強の武器は防弾ジャケットだったのだ。出動着、ヘルメット、バイザー、籠手、靴…すべてに、かつてないほどのすぐれた防弾措置が施されていたのだ。 ただ刀は、日本刀はそのままだった。すべてが昔どおりの、あるいは昔作られたそのものの日本刀だったのだ。新種の工夫が施されていない刀は、9ミリ弾の直撃で折れることもある。そこで奴らは刀身を背後に隠したのだ。 「マガジンを替える!再装てん!」 バリケードのSPのひとりが叫んで、全員マガジンを銃から振り落とし、ポケットからいっぱいの弾がつまった新しいマガジンを取り出そうとする。 このときを、進んできた機動隊員は見逃さなかった。 中央通路をだっと6メートル以上飛んで、SPのバリケードに飛び込みざま、右端に折敷していたSPを下段から斬り上げ、返す刀でその背後に立っていたSPを右肩からけさがけ。そのまま刀を返し、となりに折敷していたSPをふたり、次々に、突きで胸を刺した。 さらに、引き抜いた刀で、その後方に立っていたSPに上段から斬りかかり、これも右肩からけさがけ。そして、返す刀で、そのとなりに立って、新しいマガジンを装てんし終えたばかりのSPを左肩からけさがけ。一瞬のうちに6人を、倒れかかるまでの状態にした。この間約3秒。 この時点で、残った左側の4人のSPは、マガジンを装てんし終え、スコーピオンを襲いかかる刺客に向けた。 が、前に刺客の姿はない。 この剣の達人は、だっと横に飛んで、こんどは左端から攻撃をはじめたのだ。 左側にいたSPは、予想とは反対の方角からいきなり襲ってきた刃をかわすことはできなかった。つまり折敷のSPは左背後から左肩を斬られ、その後ろに立っていたSPは、返す刀で前方から左腕と左胸を斬られた。 このときまでに、残ったふたりのSPは、さすがに目標をしっかり捕らえ、刃をふるう機動隊員に銃口を向けていた。 が、引き金を引く直前に、折敷のSPは、その機動隊員にいきなり左足でしたたか蹴られ、後方に転がされて、後ろに立っていたSPにぶつかってもつれてしまった。 ほとんど同時に、剣客の機動隊員は、もつれてよろけだしたSPの胸に飛び込むように体当たりする。そのSPのマシンガンは目標を捕らえることができなくなって、虚しく壁を撃った。 剣客はそのままさっと飛びのいて、離れざま、刃を振り下ろし、マシンガンを撃ったSPの胸を縦にはらった。 続いて、切先を下に向けたかと思うと、転がされていたが、今や腹ばいになって起き上がろうとしている最後のひとり、折敷していて転がされたSPの背中を、右肩から突き刺した。 刺されたSPは、うっと悲鳴をあげる。 こうしてバリケードとなっていた20人はあっという間に倒された。 狭いところで、ごく短時間に刀を振るうのは、一太刀一太刀全力でいくことはできない。流れるような動作を次々に繰り出すことになる。したがって相手に深手を負わせるまでにはいかないが、行動の自由を奪うには十分だった。20人はうめいたり、なかば気を失ったりしながら転がっていた。 剣の達人の偽機動隊員が、SPのバリケードに攻撃をしかけるのと同時に、その後方に控えていた、賊の仲間の機動隊員たちは、全員素早くすすすっと前方に移動した。 達人とバリケードのSPたちとの立ち回りに隠れて見えにくかったこともあり、また、そちらのほうにすっかり気をとられていたこともあり、大会議室前のSPたちは、ほかの機動隊員たちまでもが、近くに迫っていた、つまりバリケードのSPの間近にきていたことに気がつかなかった。 達人がバリケードのSPの最後のひとり、床に転がったSPを突き刺したとき、それを合図に、残りの機動隊員たちは一斉にわっとばかりに押し寄せ、たちまち会議室前の20人のSPたちの眼前に白刃を突きつけた。 ほとんどのSPたちはスコーピオンの引き金を引くひまもなかった。引いたところで、もちろん防弾ジャケットや防弾バイザーの前ではなんの効果もない。 しかし、リーダーのSPは部下たちほどあきらめはよくなかった。 「くそっ!」 と言いながら、ひとりスコーピオンを乱射し、無謀にも血路を開こうとしたのだ。 9ミリ弾が取り囲む偽機動隊員たちを直撃し、着弾した隊員たちは衝撃で揺さぶられる。 この往生際の悪いリーダーをたちまち黙らせたのは、やはりあの達人だった。 ひょいと刀をふるうと、日本刀の峰でリーダーのSPの手首を叩き、サブマシンガンをはたき落とした。 「聞き分けのない刑事さんだ。」 達人は、ヒビだらけで見えにくくなったバイザーを上げ、色白の少年のような顔をのぞかせると、にやりと笑った。ヘルメットからブロンズ色の縮れた髪がこぼれ出る。他の機動隊員たちも、SPたちに刃を突きつけながら、この達人の言動に、同調するようにふっと笑いのようなものを浮かべた。勝利チームの笑みだった。 しかしこのとき、聞き分けのない刑事さんが、じつはもうひとりいたのだ。 最後に倒され、床にうつぶせになっているところを刺されたSPは、痛みで気を失いそうになりながらも、どうにかもちこたえ、賊どもからは死角になっている床の上を、手をそろそろ動かして、スコーピオンを持った手を上げていた。 彼の銃はすでにマガジンが装てんされ、ボルトも引いてあった。 意識を失う前に、あるいは死ぬ前に、自分ひとりだけでも、なんとかこの賊どもに一矢報いなければならない。彼らに銃弾はきかないことはわかっている。しかし、今、あの、自分を倒した男はバイザーを上げ、顔を出した。 今だ!今なら顔を吹っ飛ばせる。 この位置からだと、あの達人の、斜め下からの横顔が照準に入る。奴の右の耳の下へ全弾をぶちこんでやる、あの金色に光るピアスがある耳たぶを目標にして。 最後の力をふりしぼり、スコーピオンをさっと上げた。 バァーン! という轟音がよどんだ空気を切り裂いた。 9ミリ弾が首に着弾した衝撃で、SPは床に叩きつけられた。 機動隊長の持っていたスコーピオンの銃口から煙が立ち昇っていた。階下でSPから奪っておいた銃だった。 「油断するなよ、半次!」 長身の機動隊長は低い声で言った。 「斬ったら息の根を止めろ、とどめを刺せ、手加減するな。」 助けられた若い剣の達人は、大勢の仲間の前だけに、ばつの悪そうな顔をしながらも、反射的に反発するのを忘れなかった。 「しかしゾウさん、この人たちは剣については素人ですよ。弾のない銃を持ってるだけじゃ据えもの切りと変わらない。抵抗できないものの命まで奪うことはないでしょう。」 「何を言ってやがる。俺たちがこれから何をしようとしているのか、わきまえているのか!それに、弾のある銃を持ったら、この連中はエキスパートだ。俺たちだってかなわん。お人よしもほどほどに…」 さらに言いかけたとき、機動隊長のとなりにいたもうひとりの隊員が、 「ゾウさん、急いだほうがいい。」 とうながした。 「そうだな。」 隊長はさっと切り替えるように全隊員に向かって言った。 「会議室の扉を開けろ、全員入る。SPたちも入れろ。」 散発的な銃声を聞き流しながら、それに心を残しつつも、耕下は議事堂の裏側に沿って走り、議員会館前の道路と、党本部方面へカーブしていく道との交差点のT字路へさしかかったとき、後ろから大音響が響き、思わず振り返った。 自分がさっき後にしてきた方面、議事堂衆議院側が明るく、何かが燃えるようにゆらめいている。議事堂の中央塔とピラミッド型の屋根がシルエットになってうきあがる。 あれは誰に問うまでもなく爆発音だ。ついに何かが起こった。低く聞える、明らかな銃声とおぼしき濁音も、たて続けに聞えるところを見ると、襲撃とみてまちがいない。やはり議事堂は襲撃されたのだ。 ここはすぐさまとってかえして、辺田たちに助力すべきか、ひとまずトーキーでむこうのようすを聞こうかと、ひととき逡巡したが、風雲急を告げはじめたこんなときは、辺田のカンに従って、辺田の気がかりを取り除くよう腐心したほうがいいと腹を決め、再び党本部方面へ走り出した。議事堂襲撃は事実、陽動作戦ということも考えられるからだ。 人通りも車通りも途絶え、死の街のようになっている交差点を渡り、党本部ビルがある区画へ向かおうとしたとき、その党本部方面から、無数の馬のひづめのような足音とともに、人影が波のように迫ってきた。 それはたちまち耕下を取り囲む。一瞬、耕下は、自分が首都マラソンの幾万のランナーの群れの中に放り込まれたのかととまどった。このランナーたちは、同じユニホーム〜黒っぽい出動着にヘルメット、楯まで持って血相変えて走ってくる。 機動隊員の群れだった。彼らは党本部を守っていた機動隊員なのだと、すぐに理解した。 さっきの爆発で、議事堂襲撃を知り、敵は本能寺だと悟って、議事堂へ助太刀に向かっているのだ。 耕下などには目もくれず、怒とうのように党本部前の道路を走り抜け、交差点を曲がって、議員会館前の道をひた走る。耕下は牛の暴走のただ中にいるように身動きもできず、立ち尽くすだけだ。走る機動隊員たちをかき分けるように輸送車や遊撃車も二台、三台と議事堂裏の通りや参議院門側の通りを走り、火の手のあがった衆院門方面を目ざしてゆく。 と、たちまち機動隊員の群れは途切れ、耕下はひとり道の真ん中に取り残された。 主力はすべて議事堂。これはやはり議事堂へ引き返すべきかと、耕下は再び考えあぐねたが、このぶんでは党本部は手薄になっているのはまちがいないと、予定の行動をとることにし、杉の並木に沿って歩道を走り、党本部へのゆるいカーブを曲がりはじめた。 生垣のむこうに見えてきた党本部ビルは、やはり廃船のようにガランとしていて、正面に二台の輸送車がいるだけ。機動隊員の数も見えない。 正面から入ろうと門に近づいたとき、どこからともなく現れた機動隊員二人が立ちふさがった。 ヘルメットに出動服、籠手…正規の機動隊員だ。銃も警棒も下げてはいるが、楯は持っていず、手ぶらだ。だが、妙に、心憎いほど落ち着き払って、仲間たちの大半がいなくなった心細さなど、そぶりも見せず、議事堂側から聞えてくる戦闘音にも動じたようすはない。 二人は、見るからに機動隊員然とした偉丈夫で、耕下を見下ろして見下したように言ってきた。 「どちらへおいでですか?」 耕下の正面に立ったひとりだった。 「党本部の警備の応援を言われてきました。」 「失礼ですが?」 「私は舞網署の警部補で耕下といいます。THADと協力して議事堂近辺の警備に当たっています。」 と身分証を機動隊員の前にかざした。 「議事堂のほうからこちらへまわってきました。」 耕下の名前を聞いたとき、ふたりが目くばせをしたように見えたのは、気のせいだろうか。しかも議事堂側のようすを聞いてこようともしない。 「なるほど、それはご苦労さまです。」 と言いながら、敬礼もしない。 「ですが、ここは我々がしっかり警備しております。何事も起こってはいません。どうぞご安心ください。」 「しかし、主力は議事堂のほうへ向かったのでしょう。こちらは手薄になっているはずだ。」 「中にはSPの皆さんもいます。我々も万全の体勢をとっておりますので、ご心配には及びません。」 耕下は押し問答にじれてきた。このままではらちがあきそうにない。 「その…通していただけませんか。党本部のようすを、いちおう議事堂にいるTHADのメンバーに報告しなければいけませんので。」 「申し訳ないが、お通しするわけにはいかない。我々は誰も通すなと命令されているんです。」 「しかし、とりあえず議員の皆さんの無事を確認したい。」 「我々がここにいるのが、何よりの中の皆さんの無事の証拠です。党本部では何事も起こってはいません。どうぞおひきとり下さい。」 あからさまに耕下を追い返そうとしているのだ。 「しかし…」 と言いかけた耕下は、自分の正面にいる隊員が、 「党本部はここからもおわかりのとおり、静かなもんです。」 と言って、本部ビルを顔で指したとき、そのえりもとの首の後ろに目がいって、ハッとした。 後ろのえりがわずかだが不自然に広がっていたのだ。そこに何かがあるように。見えない棒でも首の後ろから突き出ているように。首とえりの間に見えない何かがはさまってでもいるように。背中に見えない長い棒でもしょっているように。 なにげなくとなりのもうひとりを見る。 その隊員も同じようにえりくびがあいていた。 「なるほどよくわかった。」 耕下は押し問答をあきらめた。 「では、ちょっと聞きたいんだが…」 耕下は急にくだけた調子になる。 「ん?」 と正面の機動隊員は耕下を見なおした。 「あの坊や…半次は元気かい?」 言うなり、耕下は、その隊員の首の後ろに、さっと返した右手を伸ばし、そこにあるはずのものをつかんだ。 思ったとおり見えない柄があった。 そのまま一気に引っ張る。 シュルンという音とともに、機動隊員のえりくびから、手品のように日本刀の抜き身が現れた。 ずしりと重い日本刀の手ごたえ。 はじめて手にした天誅団の武器に感動するひまもなく、そのまま右手を振り下ろし、背中の剣を失った機動隊員の胸を、左肩口から斬り下げる。 バスッ!と肉を裂く音。 隊員はわっとうめいて前のめりに倒れる。 そのまま右手を上げて刀を水平にし、左手を右手にそえるように、右手の下に連なる虚空をつかむ。そこに柄の先端部分があった。 しっかりと両手で日本刀をささえた耕下は、そのまま水平にないで、もうひとりの機動隊員の腹を狙った。隊員は、自分も刀を抜いて応戦しようと、あわてて右手を首の後ろへもっていく。 耕下の剣が、がらあきになった敵の腹をザッ!となぜた。 隊員はぎゃっと一声発し、はじき飛ばされるように仰向けに倒れた。 耕下は刀を持ち直し、ほうっと息をつく。 問答無用でやってしまったが、手加減はした。深手にはいたらないはずだ。 「ここにお前たちがいるということは、党本部ビルはお前たちに占拠されたと思ったほうがいいんだな…」 耕下はおもわずひとりごちた。辺田の心配はとっくの昔に現実になっていたのだ。 耕下の誰にともない問いかけに、剣を奪われてうつ伏せに倒れていた機動隊員は、 「うーん…」 と言いながら、両手で上体を起こし、ゆっくり起き上がりはじめた。 もうひとり、仰向けに倒れていた隊員も、横に払われた腹をおさえながら、のそのそ起き上がる。 「…なるほど、聞いたとおりだ。油断がならない。不意打ちとはフェアじゃないんじゃないのか、警部補?」 言いながら二人は完全に立ち上がった。足もとはふらついてなどいない。 耕下は目を疑った。 これはいったいどういうことだ?!たった今、この二人を斬り伏せたばかりなのに!? 手加減したとはいえ、すぐに何事もなかったように起き上がれるほどの傷ではないはずだ。 こいつ(刀)はナマクラか、竹光か?! 思わず刀と機動隊員を見比べる。機動隊員の出動着には傷さえない。刀で切られた痕がまったく見えない。 耕下はようやく思い当たった。 「そうか!新兵器なんだな…防弾着だ!かなり強力な、完全なくらいの防弾だ。くそっ!透明の次は防弾ってわけか…その二つだけでもかなりの戦力になる。無敵を支えるのは最新のハイテクだったってわけだ。」 「お察しのとおりだ。ふたつともかなり高額なものらしいぜ。一切れだけでもひと財産だとさ。これがあるかぎり俺たちに敵はない。おまえは手も足も出ないダルマと同じだ。」 「参考までに聞くが、ヘルメットもバイザーもか?」 「試してみろよ。」 にやりとしたまま、不敵に言いながら、刀を奪われた機動隊員は、腰のホルスターから銃身の長いチーフスペシャルを抜き放った。 「さっきは油断したが、今はちがうぞ!今度はこっちの番だ!」 ぴたりと耕下に狙いを定める。 耕下は、このまま刀で斬りかかろうか、刀を捨てて腰のピースメーカーを抜こうか一瞬迷う。相手が完全防弾着である以上、どちらで立ち向かっても不利になるのはまちがいない。 「まて、銃は使うな!万一議事堂側から、議事堂に行った奴らに火花を見られると気取られるかもしれない!」 もうひとりが素早く制しながら言い、さらに、 「ここは俺にまかせろ。」 と右手を首の後ろにまわし、シュルンと刀を抜いた。 そのまますっと上段に構え、ずいと耕下と向かい合う。 こいつは達人というほどではないが、そこそこ使えるし、倒すにはそれなりの時間がかかる、と踏んだ耕下は、ざっと正眼に構え、真正面から立ち向かう… ふりを見せておいて、いきなりくるりと振り返ると、刀を持ったまま敵に背を向け、一目散に逃げ出した。 「こ、こいつ、ま、待て!」 またも不意をつかれた機動隊員は逆上し、逃げる者にかさにかかって追いすがる。 耕下はさきほど走ってきた道を、またもたったっと引き返す。党本部前の通りを、議事堂裏の通り とぶつかるT字路めがけ、ゆるいカーブの杉並木の歩道をひた走る。 議事堂の参院側が視界に入ってきたとき、またも議事堂の衆院側あたりがパッと明るくなり、爆発音が起こった。 追いかけてきた機動隊員二人は、思わずそちらへ気をとられる。 耕下はこの機をのがさなかった。 いきなり脚を踏ん張って自身にブレーキをかけ、勢いで靴がスケートにでもなったように路面をズルズル滑る。 どうにか止まったところで逆方向へダッシュした。 追いかけてきた機動隊員、先頭をきた銃を持った男は、耕下と正面衝突して、仰向けにひっくり返った。すかさず耕下は、馬乗りになり、左手で機動隊員の、これも防弾作用があると思われるバイザーをはねあげると、右手に持った刀の透明の柄の部分で、その隊員の目のあたりをめがけ、強烈な一撃をお見舞いした。隊員はたまらず昏倒する。 と、後ろに風を感じ、本能的に右手を上げる。 振り下ろされた刀が耕下の刀にぶつかり、ギャリーン!と鋭い音とともに、小さく火花が散った。刀を抜いていたもうひとりが後方から襲いかかってきたのだ。危ういところで防いだが、敵は上からなおも刀を押しつけてくる。 不自然な体勢で受ける耕下はまことに不利で、たちまち押しつぶされるように、敵の刃が肩口に迫ってくる。 脚を踏ん張り、刀ごとひっくり返って一回転し、どうにか難をのがれた。 刀を持ち直し、立ち上がると、敵はすでに刀を上段に構え、立会いのポーズをとっている。 耕下もあわてて正眼にもっていく。 ふたりの使い手、機動隊員とスーツの男が、暗い街路で光る刃物を手にして向かい合う。ふたりともその持つ刀の柄は見えない。宙に浮いたように見える刃が向かい合っている。 「でーい!」 機動隊員が、上段から振り下ろしざま、間合いに踏み込んできた。 正攻法だ。 読んでいた耕下は、これも踏み込みざまにひらりと刃先をかわし、正眼のまま相手の胴を払った。 バスッ! 機動隊員は一瞬顔をしかめたが、 「やるねえ」 と言いつつ、落ち着き払って向き直った。 さらに上段に構えなおし、またしても踏み込んでくる。 思ったとおりパターンは同じで、工夫がない。耕下のほうが、明らかに数段上の腕前だった。 耕下は正眼で受け、刀を返して、相手の刀に自分の刀をからませた。この時点で耕下の切先が相手の手の甲から手首を切っていたが、相手はまるでダメージを受けたようすはない。やはり相手がつけている籠手と手袋も、防弾が施された素材なのだ。 敵はまたまた上段から遠慮なく踏み込んでくる。 耕下は正眼から刀を返し、物打ちで受けて防いで相手の刀をはねあげ、返す刀で相手の脚を払う。 普通なら切断された足を残して、胴体が転がるはずなのだが、相手は一瞬よろめいただけで持ち直し、またしても上段に構えなおす。 斬っても斬っても参らない。 耕下の額に脂汗が噴き出してきた。 「聞いていたとおり、あんたはかなりできるようだが、俺はごらんのとおり、完全なよろいを身につけている。これはハンディってやつかな。へへへへ… これがありゃあ、剣術使いも拳銃使いもかたなしさ。さあ、次はどうするね。」 敵は、いまやおなじみになった上段の構えで、なんのためらいもなく間合いに踏み込んでくる。 耕下はあきらかに手詰まりとなり、あとじさりしていくしかなかった。 機動隊員はかさにかかって刀を振り上げ、次の一刀で勝負を決めようとばかりに迫ってくる。 なおも打つ手もなくあとじさりする耕下の背中に、何かがぶつかって行き止まりになった。 杉並木の一本に追いつめられてしまったのだ。 もう下がれない。 木からずれて、なおも下がろうとしてよろめいたところを狙われた。下がることに注意がいっていた。 上段から振り下ろされた刀が、中段に構えた耕下の刀に当たり、刀ははたき落とされ、歩道にころがった。 「さて、これで勝負あったらしいな。あんたは危険だから、生かしておかないほうがいいようだ。」 機動隊員に似せた衣装を着た男は冷静に言い、斧で薪を割るときのように刀を上段に振り上げた。もはや手を後ろにまわして腰のピースメーカーを抜くひまさえなさそうだ。 「とーッ!」 気合いとともに上段が振り下ろされた。 ガッ! という音がして、刀は杉の幹にめり込む。 機動隊員は一瞬相手が杉の木に変身でもしたのかと思った。 相手の警部補は煙のように消え、目の前には杉の木だけがあった。 機動隊員は目をしばたいた。 警部補の姿はどこにも見えない… と、思ったら、すぐ横にいた。 横に、親しげな友人と思えそうなくらい近くにいて、機動隊員をにらみつけていた。素早く横に飛んで刃をよけただけだったのだ。 あわてた機動隊員は、再び刃を向けようとしたが、動かない。 刃が杉の幹にくい込んでしまったのだ。引き抜こうとしても、よほど深くくい込んだのか、びくともしない。 「おまえはさっき、完全なよろいさえありゃ、剣術なんて意味がない、なんてことをぬかしたな。だが武道ってやつは技だけじゃない。心技体そろってはじめて完成し、上達していくんだ。刀だけじゃなく、身体全体で修練するのが剣術なのさ。その差は動きに現れる。おまえと俺みたいにな。 おまえの動きは、剣の腕同様俺よりはるかに劣っているのさ、わかったか!」 言いながら、耕下は機動隊員のバイザーをはねあげると、あらわになったそのアゴに、一撃でのびるくらいの必殺のパンチをくらわせた。 機動隊員たちは、楯も警棒も持っていなかった。かわりに彼らが持っていたのは、似つかわしくない小型軽機関銃スコーピオンだった。 20人近い、機動隊員のなりをした賊たちは、手に手に、小さいが見るからに凶暴そうな銃を腰だめに構え、ぐるりを取り囲んでいた。 床に座らされたり、転がされたりして、うつろな表情になっているのは、傷ついたSPたちだ。他の武装解除されたSPたちは、重なり合うように立たされ、一団の端のほうによせられていた。 包囲された一団の主役はなんといっても280人の議員たちだった。 彼らは男も女も立たされている。大会議室の片側〜演壇側に追いやられ、一角にぎゅうづめに押し込められたかたちになっていた。 スコーピオンを構える無表情な機動隊員たちのほぼ中央に、いかにもリーダー然と、部下をおさえるように一歩前に出ていたのは、背の高い機動隊員だった。 興奮も優越もいらだちも見えないひときわ無表情な顔立ち。透明バイザーの下の線のようなサングラスが無機的な印象を際立たせる。透明バイザーとはいえ、中の顔はゆがんで見えるため、顔立ちはわかりにくい。この男は変装に念を入れるためか、凄みをだすためかあるいは単なる趣味でか、そのうえさらにサングラスまでかけていたのだ。サングラスをかけているのはほかにもうひとり、機動隊員たち一団のいちばん端に、サングラスの黒さのおかげで顔の白さがやたらと目だつという男がいた。しかし、この連中は、サングラスの奥に、闇の中から獲物を見つめる豹のような目をもっているのは疑いのないところだ。議員たちには、背の高い機動隊員のサングラスごしの、射るようなその鋭いまなざしがうっすらと見えた。この男は手に何も持っていない。 と、ひとりの機動隊員が、目は議員たちに向けたまま、すっとその男のわきによった。 「シンくん、どうだ?」 リーダー然とした背の高い機動隊員は、口だけ動かして問いかける。 きかれた横の機動隊員もスコーピオンは持っていず、かわりに両手で携えているのは、小型の開かれたノートパソコンだった。この男はパソコンと議員たちに目を走らせながら、囲いの中の家畜を値踏みするように言った。 「ざっとチェックしたところ、全員揃っています。テレビでおなじみの顔はすべていますよ。」 どうやらパソコンに議員たちの顔写真が映し出され、それと目の前の議員たちとを見比べて、所在を確認していたらしい。 それを知った議員たちはいよいよ不安になった。総理の事件があった後でも、まさか自分にまで災厄がふりかかってこようなどとは、誰ひとり思ってもいない。まさかのときの覚悟などできているわけもなかった。 全員が、押し込められた羊の群れのように、災厄を少しでも遠ざけようとして、知らず知らずわずかづつあとじさりをし、誰かの影に隠れようとした結果、幹事長がいちばん前面に、偽機動隊員のリーダーらしい背の高い男〜偽機動隊長と向かい合わされるように、押し出されたかたちとなった。 これまで予想だにしなかった事態、国会の答弁とはまったく違う、直面したことのない事態の展開に、名だたる議員たちも誰もが声を失っていた。野党議員たちは銃を向けたりしないし、テレビカメラは9ミリ弾を撃とうとしたりしない。思えば自分たちは、安全で平和な機構の中でのみ、権力やそれに類するものに親しんできたのだ。しかし自分たちが不変だと思いこんでいたこの構図は不滅ではなかった。自分たちの油断を大きく凌駕するほどもろいものであったのか… 「……きっ、君たちは何者なんだ!……」 サングラスごしに真正面から、加えてそのまわりから射抜いてくる、本物の刺客の眼光に射すくめられながら、幹事長はようやく、なかばあえぐように言った。 幹事長を見下ろす、賊のリーダーらしい機動隊長は、口だけゆがめてにやりとすると、鼻で笑うように言った。 「向けられた銃を前にして、しかも引き金に指をかけている者たちを前にしたにしては、ずいぶんとにぶい問いかけだな。すくなくともおまえたちの後援会のメンバーじゃないことぐらいはわかるだろう。」 冷酷なジョークに幹事長はつばをのみこんだ。 「……な、何をするつもりなんだ……?!」 「これまた察しの悪いことだ。これだけの人数で、この寒空の中を、わざわざここまでやって来たのは、おまえたちを胴上げしてやるためじゃないことは確かだろうが。」 幹事長は、恐れていたことをあっさり宣告されてしまったような衝撃を受け、二の句がつげなかった。 幹事長の背後にいるかたちになった、ほとんどの議員たちは、短い会話のふたりのやりとりをかたずをのんで見守っていたが、一群の後方にいる何人かの議員、そして農林大臣も、機動隊員たちのうちの4人くらいが、そのリーダーの話などとは関係ないようすで、着々と勝手な仕事をしているのに気づいていた。 彼らは背伸びをしつつ、大会議室の四方の壁の天井に近いところに、緑色の四角いバッグを何個も取りつけていたのだ。そのバッグは裏に両面テープか吸盤でもセットされているかのように、次々とぴたりと違和感なく吸いついていった。そして壁につくと同時に、緑色のランプがともっていった。目を凝らしてすこし近くで見れば、ランプのとなりにデジタル表示の窓があり、そこに赤い数字が浮き上がっていることに気づいたことだろう。そしてその数字は秒を刻んで少なくなっていっていることにも。 このとき幹事長は突然思い当たり、思わず叫ぶように口に出して言ってしまった。 「……この日だ、この日だ!……この日を選んだんだな!……そして、ことを起こしたんだ……」 言いつつ呆然と言葉をのみこんでしまう。 幹事長の陰に隠れるように、斜め後ろにいた若い防衛政務官は、小声で聞かずにはいられなかった。 「……幹事長、この日って何です?……この日がどうかしたんですか……?!」 幹事長は立ったまま硬直してしまい、声を震わせて言った。 「今日だよ……今日が何の日か忘れたのか……」 「……そう言われても……」 「今日は何日だ?!」 「…26日ですが……」 「何月の?!」 「……2月……」 これを聞いて、包囲された議員の群れが、いちどきにどよめいた。誰もが忘れていたことに思い当たったのだ。 そしてさらなる恐怖が全員を襲う。パニックになりかけていた。 若い防衛政務官は、ほぼ全員の恐慌に釈然としないおももちで、 「……あの……つまり、2・26事件のことですか……?!」 とつぶやいた。 「そうだ、かつて軍部の将校によって行われたクーデターだ。この連中はクーデターを起こしているつもりなんだ!」 「つもりじゃないよ、本物さ。」 背の高い機動隊長は、いよいよ口をゆがめて、ことさら笑いをうかべながら、おそらくはサングラスの奥の目は笑わないままで言った。 「先人の無念を晴らしてやりたいと思ってこの日を選んだ。先人は失敗して非業の最期をとげたが、今度はしくじらない。それに、これは腐敗した政権を倒すクーデターだということを満天下に知らしめるためにも、この日がいちばん適当だと思ったからな。」 さすがの若い政務官もうろたえ、おろおろと聞かずにはいられなかった。 「…幹事長、私は歴史が苦手で不勉強でした、すみません…で、その2・26事件では、政府の人間はどうなったんですか?」 「3人の大臣が殺された。」 これを聞いて、女性議員の何人かが悲鳴をあげ、一群は、さし迫った危機を感じとった羊の群れのようなパニック状態となった。 長身のリーダーがさっと右手を上げる。 後方にいた機動隊員のひとりが、つかつかと前に進み出、スコーピオンを天井に向けると、 ズババババッ! と発射した。同時に 「静かにしろ!」 とリーダーが一喝する。 羊の群れはぎょっとなる。 いかなる状況のもとでも魔王の声に従わぬ者はない。議員たちはたちまち静まり返って、魔王を注視した。 機動隊長は無表情に幹事長の後ろの一群をねめまわしながら言った。 「女性議員の方々は一歩前に出てもらいたい。」 一群の中でそれほど多くはない女性議員たちは、お互いに顔を見合わせながら、ごくりとつばをのみこむ。テロリストもレディファースト主義なのか。 誰ひとり動こうとしない。 「すみやかに!」 機動隊長はさらに声を荒らげた。 女性議員たちは観念したようにそろそろ動き出し、のろのろと機動隊員たちの前へ出てきた。 「こちらへ。」 リーダーは、女性たちに出口のほうへ向かえとうながす。 シックだが見るからに高級そうなスーツ、巧みに流行を取り入れながら下品でない程度に誇示したスーツ、どうにも似合わない派手なだけのスーツ、などに身を包み、髪はもちろんしっかりセットして、いかなるときでもテレビカメラ対応ができているはずの婦人議員たちはしかし、いまやひとりを除いて誰もが、枯れ落ちる寸前の花のようにしおれ、脅え、疲れていた。 その彼女らに向かい、偽機動隊長である長身の賊のリーダーは意外なことを言った。 「我々は女は斬らん。奥さん方はただちにここを退去してもらいたい。」 これを聞いて女性たちはいちように驚きの色をうかべた。 「あまり時間はない。急いでもらいたい。」 念を押すようにうながす長身の男の言葉に、女性議員たちは半信半疑ながらも、安堵の表情になり、残されて呆然としている多数の男性議員のことも忘れて、手を取り合う者もいた。 自分たちは解放されるのかもしれない。 「待ちなさい!なんですって!女は斬らないですって!それはどういうことよ!?」 かん高い威厳のある声が響き、しおれた花束のように立っている女性たちの群れの中から、一本だけ枯れていない花さながらに、ひときわ目立つ姿が進み出た。 歳に似合わぬ明るいピンク色のスーツ、太ったお地蔵さんのような体型だが、しゃんと背筋を伸ばした姿は勇ましい。 党内随一の女傑、衆議院議長だった。 いまやスーツはしわになり、髪も乱れてはいるが、表情は議長席にいるとき同様に引き締まっている。彼女は、ついに堪忍袋の緒が切れたといった調子で続けた。 「女を逃がして、それでカッコつけた思ってるの!何を偉そうに!何様のつもり! あなたたちなんかただの犯罪者じゃないの!徒党を組んで押しかけてきて、武器を持たない私たちに危害を加える。テロリストでもなんでもない、ただの卑劣な犯人よ!しかも捕まれば、全員しばり首にまちがいない国家的犯罪者だわね。 私たちは国を動かしてきた人間なのよ。国民に選ばれて、法律も経済も政治もとりしきってきた。普通の人間とは違う、並みはずれた能力を持った人間なの。この国を導くべく生まれてきた人間なの。それが、おまえたちのような、どこの者とも知れない、ネズミとも害虫ともつかないろうぜき者に、指図なんかされてたまるもんですか!」 議長は長身の男をきっと見上げ、のどに噛みつこうとでもするように、ひと息に言い放つ。 男は表情を変えずに見下ろす。 「ぎ、議長、やめてください…」 たまらず、議長のわきにいた、環境庁長官も務めたこともある二期目の女性議員が割って入り、議長にささやいた。 「議長のお気持ちはわかりますが、いまはこの人たちの言うとおりにしましょう…」 さらにもうひとり、TVキャスター出身の一年生議員がすがるように言う。 「お願いです、議長。ここはみんなのために従ってください…この人たちの気が変わらないうちに…」 しかし一度火がついてしまった議長はもはや止まらなかった。 「いいえ、私は黙りません。私たちが行ってしまったら、男の人たちはどうなるの?!あの人たちを見殺しにして逃げろっての、それじゃこいつらと同じ卑劣漢じゃないの!」 「で、でも……」 「なにが女は助ける≠諱Iおまえたちみたいな卑怯な犯罪者のお情けにすがるもんですか !殺したらいいでしょう!か弱い女を全員殺して、おまえたちの卑劣さこそ世に知らしめなさい、世界一凶悪で下劣な悪党だと天下に宣言しなさい。そうしたら地球のどこにもおまえたちの居場所はなくなるから!」 「議長、お願いです…」 「たのみます…」 なだめる二人の議員も、ほかの女性議員たちも泣き出しそうだ。 「今は男女共同参画社会なのよ、女だけ差別しないで、撃つなり斬るなりすればいい! さあ、まずこの私を殺しなさい!さっさとやれ!やれるものならやってみろ!」 長身の男の顔が険しくなり、同時にぐっと身構えた。 「ああ…」 一年生議員は絶望的に顔をおおった。 長身の男が右手を首の後ろへ持っていくのと、シュルンと音がするのと、何かがきらめくのが同時だった。 議員の誰もが、細身の長い刀が、銀色にきらめきながら、はるかな高みから下方へ、議長の上へと、まっさかさまに落ちていくのを見た。 日本刀の刃は裁断機の刃のように、議長の右肩へ振り下ろされたのだった。 議長は、ハエたたきで叩かれた小さなハエがぺしゃんこになるように、たちまち床に落ちて、小さな肉のかたまりとなった。 女性議員たちのかん高い悲鳴が、ほかの悲鳴を押しのける。思わず何人かが顔をおおい、目をつぶる。 リーダーは左手を伸ばして、右の肩ごしに見えない鞘をつかみ、柄の見えない日本刀の刃をその中に入れながら言った。 「なんてうるさいおばさんなんだ。おい、奥さん方、このおばさんが目を覚まさないうちに、さっさとかついで行ってくれ。峰打ちというやつだ。しばらくはのびているはずだから。」 「はっ、はい!」 言われた一年生議員と二期目の議員、ほかの女性議員たちも、わっと駈け寄り、たちまち議長を抱え上げると、そそくさと出入り口の扉へ向かった。 「待てっ!」 長身の男が、押し殺した声で再び一喝する。 女性たちは全員呪文の言葉をかけられたように、その場に凍りつく。 「そのまま通りを行くのはまずい、目だちすぎる。議事堂方面の連中に感づかれるかもしれん。地下を行け。この党本部ビルには、議事堂や議員会館を結ぶ大地下連絡通路へ通じる地下道があるはずだ。この中に、地下道への入口を知っている者は?」 「……は、はい、私は知っています……」 か細い声で言いながら手を上げたのは、一団の女性議員の中の最年長、文部大臣を務めたこともある銀髪の女性だった。 「よし、じゃあ、あんたがみんなを連れていってくれ。」 リーダーはたちまち反応し、さらに、背後に頭をめぐらして、 「ゲンちゃん、おまえはご婦人方を地下道の入口まで送ってさしあげろ、全員地下道に入ったところを見届けてこい!」 と、ひとりの機動隊員に命じた。 言われた偽機動隊員は、いかにもきびきびした動きで、 「ハッ!」 と進み出ると、女性議員の一団のしんがりに立ち、 「では、みなさん、行くぞ!」 と号令した。 女性議員全員がわき目もふらず大会議室を出て行くのに、5秒もかからなかった。 女性議員たちが出て行ってしまうと、残された男性議員たちの恐怖はいや増した。 これでテロリストどもの条件は整った。あとは決行するだけ… 議員たちはいよいよ脅えた目で、間近で銃を構える機動隊員たちを見つめる。誰ひとりとしてまさかのときの覚悟ができている者などいない。全員がおさえきれないパニック寸前のところにいた。いかなる場合でも見苦しいまねはしたくないという、美意識を重んじる少数派もいたが、ほとんどの議員は、もしパニックになってとりかえしがつかなく騒ぎ出せば、この連中はそれを合図のように一斉に引き金を引いて、大屠殺を行うだろうと本能で感じていたために、どうにか全員乱れずに武装集団と対峙していられたのだ。 なんとか時間をかせげば、あるいは外からの助けが……議事堂に集中している本物の機動隊員たちが気づいて…… そう願う幹事長の足をすくうように、後ろから幹事長を押しのけて前に出てきて、敵の、まったくあてにできない慈悲に、必死ですがりつくように話しかけてきた者がいた。 「わ、わしも、出してくれないか…わしは病気なんだ、心臓が悪いんだ。年寄りは関係ないだろう、お願いだ…」 建設大臣だった。総裁選のときに総理に恩を売って、執ように猟官運動を展開し、大臣の座につくや、官僚参りを励行して、永久に高速道路を造り続けると密約してしまった老人だ。 「ひとりくらい見逃してくれないか、君たち言うとおりにする。わしはいつだってこんな党を離れてもいいと思ってるんだ。君たちのことは誰にも言わない、約束するから、頼んだよ…」 「大臣、やめてください…」 幹事長はたまらず大臣の肩をつかんで引き戻そうとする。 「はっ、離せ、わしは離党する、たった今この党をやめる、どうだ、これでいいだろう、もうわしは関係ない…」 「きたないぞ!」 「自分だけ逃げる気か!」 「見苦しい!」 さすがに幹事長以外の何人かからののしりの声があがった。 老人は身内の罵倒にもひるまない。 「たのむ、わしは命がおしい、死にたくない!」 ついにリーダーの機動隊長にすがりつこうとする。 「やめろ!」 リーダーのとなりに護衛のように控えていたひとりが、スコーピオンを楯のように突き出して、両手で押しもどす。老人は今度はその機動隊員にすがりついてくる。 「言うことは何でもきく、何でもするから…」 「さがれ!」 機動隊員は両手を振り回し、老人を振り払った。引き金は引かれなかったが、老人は吹っ飛び、幹事長の足もとに転がった。 「大臣!」 それでも幹事長は、自分たちを裏切ろうとした、錯乱した哀れな老人を助け起こさずにはいられなかった。振り払ったひょうしに機関銃の銃身でも当たったのか、老人の額から血が流れ出ている。大臣は放心の体だった。 「大臣、しっかりしてください!」 もうひとり、幹事長より若い議員が、一方から老人をささえ、その場に座らせる。老人は彼の派閥の長老だった。 「この連中には何を言ってもムダです。こいつらは卑劣なテロリストでしかないんです!」 と言ってから、その議員はハッと思いついたように顔を上げ、機動隊員の最前列に仁王のように立っている賊のリーダーをきっと見つめ、わかったぞ、といった調子で言った。 「…同盟だな。…おまえたちの後ろ盾は同盟なんだ。これは同盟の国盗りの陰謀なんだ…」 「それはどうかな、官房長官。」 賊のリーダー、機動隊長は平然と、やり手の広報部長がプレゼンを展開するように、怒りに燃える官房長官に言い返した。 「国を盗んだのは貴様らだろう。60年以上の長きに渡って国を私物化し続けてきた。 貴様らは当初から政財官のゆるぎない完全な体制をつくった。自分たちが権力と富を一手に掌握できる、支配階級一族のみの保身存続を優先した、新江戸幕府だ。 この国の歴史の大いなる逆説は江戸時代だ。そうじゃないかね。国じゅうを戦乱に巻き込んで散々人々を苦しめた戦国時代が終わって、どんな素晴らしい時代が来るかと思えば、もたらされたのは、奈良時代に逆もどりし、しかもより強力に、身動きできないほどに支配された、牢獄のような世界で、なんとそれは三百年近く続いた。 そして現代も、同じだ。三百万人も死んだ大戦のあげく、それから何年もしないで出来上がっていたのは、またしても、実体は支配者が国民から搾取するだけの江戸時代だ。外国人が教えてくれた民主主義は、見せかけの、うわべだけのものでしかなかった。 世界に類を見ないばかげた法律が生類憐みの令。それに勝るとも劣らぬばかげた制度は大奥だ。自分たちの権力の持続のみを目的とし、巨額の国家予算を投入した、恥ずべき、制度化されたハーレムである大奥。これだよ。なんと大奥は今もある。おまえたちのほとんどを占める二世、三世議員とは、大奥の現代版じゃないのかね。これこそかたちを変えた私物化の象徴だ。 そしてもうひとつ、参勤交代のかわりにあるのが、交付金というやつじゃないかね。貧しい田舎は施しを受ければなんでもする。交付金というやつは評を買うワイロでもあるんだな。こいつは合衆国のお巡りの汚職システムにも似ている。ワイロが大がかりな体制≠ノなってるってわけだ。本当にご利益にあずかれるのは国民の十分の一にも満たない一部だ。 この少数の特権者どもが利益を独占するにはピラミッド型の階級制度が必要だった。そこでおまえたちは階級社会を創り上げた。役人と政権による国民の階級化だ。階級化は無気力と惰性につながる。おまえたちにとっては大衆は無気力で考えない家畜であるほうが、支配するのにつごうがいい…」 「何を言うか!我々は諸処の政策を断行して国を発展させてきた。救国の士と敬われこそすれ、国を私物にしたなどど非難されるいわれはない…」 たまらず幹事長が反論した。 「あの名高い所得倍増計画で、国民はすべて豊かになったではないか!…」 「何をしてきただと、笑わせるな。」 偽機動隊長は冷笑で答えた。 「国が上り坂のときは、指導者は何をしなくても、発展するものだ。中国やインドを見ればわかる。おまえたちは何もしなかった。ただ居ただけだ。そして権力にしがみつき、末代までの自分たちの権力基盤をつくりあげたにすぎない。江戸幕府のようにな。中央集権の世襲王国だ。自覚のない国民は知らず知らず隷属の道を歩んでいたのさ。 国民には、江戸時代より続く、自我のない従順な被支配者の性格がある。確固たる宗教も哲学も持ち得ない、経済的動物とさえ言われたことのある国民は、世の中が安定すればするほど、恒常的に保身に走りがち、現状肯定に逃避しがちだ。江戸時代より老若男女を問わず培われた現状肯定の統一認識。この究極の象徴がニートというクズだろうな。こんなものは世界に存在しない。ニートこそ現状肯定の権化だ。自分の意思と自我があればこんなものにはなりえない。 家畜化の現れだな。おまえたちは国民の家畜化を読みきって、つけこんできた…」 「違うっ!国民のために我々は、国の根幹を築いてきた…」 こんどはたまらなくなった官房長官が言い返した。 「安全保障条約を締結し、この国を外敵から守ったのも我々だ!…」 「何を言ってやがる、守ったのはおまえたち自身だけだろう。合衆国がついていては誰も手が出せん。合衆国を用心棒にして、自分たちの権力を磐石にした。おまえたちがやったことは植民地の傀儡政権となんら変わらん。おかげで国民には植民地人根性が染みついた。何も考えずにただ働く。働くことにすべてを昇華させた。ご主人さまが国じゅうに基地を置いて支配していることを忘れようとした。独立した国家なんだと思いこもうとした。事実から目をそらすゆがんだ教育までされてな。 この首都は、いろんな意味でのおまえたちの思惑の結晶だな。消費するだけの都だ。思想も思索もない盛大な消費を果てしなく繰り返す。江戸も昔から、この首都に住むほとんどの人間は、消費することと空騒ぎすること以外何もしなかった。権力者のカゴの中、権力者のペットとしてのみ存在した。それは今でも変わっていない。古来より続く、思想や主張から逃げ続ける烏合の衆が集うソドムの都さ。 それにしても、安全保障条約とはお笑いじゃないか。何ひとつ保障せず、みかじめ料ばかり請求するイカサマ条約だ。国民は思い込みの幻想にしがみついていたにすぎん。おまえたちの保身に基づくプロパガンダは大いに成功していた。 国が成長しているうちはおまえたちの企みはごまかされていた。だが、やがて成長は止まる。高度成長が終わったとき、おまえたちのシステムも破綻した。にもかかわらず、維持しようとすると、莫大な金ばかりがシステムのために消費される。官僚の権力機構に国民の稼ぎの大半が消費される。そして国の借金になる。 国民の階級化がさらに進めば、格差は広がり、国民の生活はますます苦しくなる。心ある有力企業はこの国を見限り、生産性も資産も海外へ移しはじめて久しい。国そのものに愛想をつかしたのさ。(そしてもう一種の心ある企業は、ついに自らの力で、自前の予算で、強引に国を変えることにしたわけだ) さあ、これからが問題だ。生活がもっともっと苦しくなれば、国民はどうする?そう、さしもの家畜国民も、ぎりぎりのところまで追いつめられれば、政権に見切りをつける可能性がついに出てくる。政権にしがみつきたい権力者が最も怖れる事態だ。赤穂浪人や貧乏士族になるのだけはなんとしても避けたい。そこで、権力延命のために、国民の目をそらす必要が生じる。 我々は情報を得て、局長、長官、総理とたどって、総理執務室の金庫に行き着いた。」 賊のリーダーは、ジャケットの内側からなんのへんてつもないディスクを取り出して、議員たちの前にかかげた。 「このディスクがペテンの証拠だ。見れば驚くぞ。国の粉飾決算だ。国の借金は、国民が思い込んでいる額の五倍ある。」 リーダーの一方的な長舌に、苦々しく聞き入っていた議員たちは、さすがに口々に異議をとなえた。 「バカな!」 「でたらめだ!」 「いいかげんなことを言うな!」 議員たちのどたん場での反発を、予想された野次でも聞き流すように、やすやすと受け流した偽機動隊長は、まったくおかまいなしに続けた。 「目をそらすために総理一派がもくろんだのは、戦争だ。 このディスクにはさるロシア人の名前が出てくる。元KGBの幹部、今ではフリーで、スペツナズ出身者で構成された、個人的な傭兵部隊まで所有している陰謀の専門家だ。マスコミにその名が登場することはなく、もっぱら水面下でのみ暗躍する。彼らへのギャラもおそらく機密費とやらから出るのだろう。 ディスクにあるもうひとつの注目すべきデータは、アジアの某国に展開する我が国の平和維持部隊のものだ。この二つから明らかな事実が浮かび上がってくる。 この部隊がゲリラの攻撃か何かで、何人か犠牲になる。惨殺されたりすれば、世論が沸きかえるのはまちがいのないところだ。我々は、このロシア人が、アフリカで似たような事例を二つ手がけたという事実をつかんでいる。 同胞の安全を確保するために自衛隊が投入され、さらなる悲劇が起こったりしようものなら、憲法もヘチマもなく、なし崩しで紛争に巻き込まれていくだろう。平和憲法とやらはこれまでに何度もないがしろにされているし、国民はこだわりなく物分りがいいときてるしな。そして国民の目は一時的に外へ向く。しかし、これは、企む者が予想もしなかった、大戦のような惨禍へ拡大していく恐れが多分にあるのだ。 総理は、自らの権力維持のために、国民を犠牲にしようと企んでいたといえるだろう。国民を食い物にする独裁者の常套手段だ。」 「でたらめだ!」 「でっちあげだ!」 こんどは幹事長と官房長官の後方にいる、政務官をはじめとする若い議員たちが即座に反応した。 「いいかげんにしろ!」 「どれも根拠のない推測でしかないじゃないか!」 「何の狙いでそんなぬれ衣を着せようとする?!」 「銃で脅しながら、我々にでたらめな罪をきせようというんだな!卑怯者め!」 衝撃と恐怖からわずかながら抜け出した何人かが、銃を持つ大勢の敵に向かって次々に異議を唱え始めた。 しかし、これまたまるで意に介さず、賊のリーダーは落ち着いた口調で言う。 「そうかな?この中に…」 サングラスの奥の目はまともに幹事長と官房長官に向けられている。 「何人か、知っている者がいるはずだ…」 幹事長は聞えないほど低くうなりながら、賊のリーダーをにらみ返す。官房長官はほんの一瞬目が泳いだ。二人とも無言のままだ。 後ろにいた政務官が、このありさまにうろたえた。 「幹事長!」 幹事長は賊のリーダーの偽機動隊長から目をそらし、視線を下へ向けた。 「幹事長!どうなんです、まさか、こいつの言ったことが本当だなんて…?!」 「そ、それは…」 「官房長官、明確に否定してください!」 官房長官も視線を下げたまま、無言だ。 「幹事長、そんなバカなことはありませんよね!」 後方から一年生議員もつめよる。 幹事長は苦しそうだった。前には銃を持った敵、後ろには裏切れない味方。 「……うーむ、…こんな状況だから…その…あえて知らせておくが……」 しかたなく、のろのろ言い出した。 「……噂では…その…聞いていたし…におわされてもいた… …国の借金は、公表している以上に…多いと……。 …しかし…国民に公表してしまったら、パニックになり、金融恐慌に発展する恐れがあった……」 「なんてことだ…国民を騙し続けてきたのか…」 一年生議員があきれた。 「…私は詳しくは知らん…知らんが…そんなところらしい…」 「…党の幹部はおおむね感ずいていた。だが、誰も詳しく知りたがらなかった。あまりにも問題が大きすぎて…」 官房長官がぼそりと言った。 「……では…では、ロシア人を使った陰謀というのも本当なのですか?!」 「知らない、…そのことは断じて知らない。私はまったくの初耳だ。」 「信じていいんですね!」 「……しかし……」 言いにくそうに言いよどむ。 「…総理が、一部の者たちと何かをしようとしていた形跡は、確かに……あった…」 「……なんということだ…ありえないことだ……総理の陰謀なんて…」 「そういうことだ。わかったかな。我々は陰謀団ではない。総理こそ国民を危機に陥れる陰謀の張本人だったのさ。」 長身のリーダーはついに断じた。 「帰するところ、問題は、現在のこの国の体制だ。これを跡形もなく粉砕し、地上から消し去らないかぎり、第二、第三の総理が出てくる。我々は今の体制を葬り去るためにやって来た。そういう意味では、まあ、クーデターと言えるかもしれんな。」 「…と、まあ、表向きの理由は、そうです。 ゾウさん、ゾウさんと呼んでいいですよね。あなたのコードネームは岡田以蔵。しゃれたネーミングでしょう。もちろん誰だかご存知ですよね。あなたのイメージにもぴったりだ。以蔵だから、ゾウさんと呼びやすくしましょう。 そちらは中村半次郎にしましょう、これまたピッタリじゃありませんか。半次というのも呼びやすいですしね。 で、ゾウさんも、そう信じるようにしてください、公式≠ノは。」 近藤は気楽な調子で続けたものだ。 「以上はあくまで表向きの理由です。条件づけとしてこれ以上のものはない。ここからは表ざたにできない本当の理由です。この機密保持とあなたがたの未来永劫にわたる隠匿に、この計画の予算の大半が使われます。 我がグループのことは、あらかたご存知でしょう。世界に展開する総合企業です。世界的にみても国内でも、まずまずの位置にいます。巨大企業である我がグループの中には、いくつかの、その活動や生産性を世間から秘密にしている部署があります。 中でも、いちばん大きく、常にグループの予算の30パーセントをつぎ込んでいるところが、いちばん重要です。 一見つかまえどころがなく、たいした価値もなさそうにみえる、一般常識からはムダにしか見えないかもしれない現実的でない部署、研究機関。我々はF課と名づけています。フューチャー、つまり未来予測課です。北欧の山中に本部があります。表向きは気象研究所としてね。 メガスーパーコンピューターを駆使し、刻々変わる世界情勢から50年先の未来を予測します。世界各国すべての情勢、気象、宇宙そして過去の出来事を加味し、予測不可能な未来を予測していくのです。リタイヤした世界の指導者へのインタビューもかかせません。彼らの経験や発想ほど示唆に富むものはありませんからね。そして占い師の予言もあなどれない。ある種の占い師は予知能力を持った超能力者ですからね。世界の主要な占い師のデータはすべて入力されています。 これまでにこのF課は、70パーセントの確立で10年先の未来を当ててきました。未来がわかることほど企業にとってプラスなことはない。我がグループが急成長した主な理由はここにあります。世界の企業は未来予測を軽んじ過ぎてますよ。F課は、今世紀初頭の合衆国への大規模なテロ攻撃と、アジアの大水害、大地震をほぼ正確に予知しました。 そのF課が昨年、我々に、手をこまねいていることのできない、ひとつの予測を提示した。来年の世界恐慌です。1929年ほど大規模ではない、しかし世界と我々を震撼させるには十分なものです。 このままいくと、我が国はどんどん景気を下落させ、来年には救いようがないほど落ち込んでしまう。そこへ大陸のバブルの連鎖的崩壊が重なり、さらに合衆国の株価の低迷が追い討ちをかけ、世界的恐慌になる。この影響で、世界的にも国内でも倒産企業が続出し、大企業もあおりをくらう。そう、我がグループも避けようがなくその波にのまれてしまう。タイタニックと同じように、ゆっくり溶解するように、倒産への道をたどるわけです。その可能性は95パーセントにものぼるとの報告です。 これをくい止めるにはどうすればいいか。来年のこの国の景気の下落がギリギリのところで止まればいい。破滅的なレッドゾーンに入る直前で踏みとどまれば、どうにか恐慌の荒波をかいくぐれる。破局の可能性は40パーセントに減り、我がグループが生き残る可能性は70パーセントに上がる。 では、景気の下落をくいとめるには?改革などはまったく期待できない。官僚と現政権の平成江戸幕府のシステムでいくかぎり、明確な、効果を期待できる手だてなどうてるわけがない。何よりもシステムの存続が優先されるわけですから、それが前提になるわけですから、思い切った革新的な手法は不可能なわけです。金融界を動かすのも、産業構造を変化させるのも、一企業の予算のレベルではないし、まして短期間にできるものでもない。それに、それらもまた平成江戸幕府のシステムの一翼を担っているわけですから、たとえ危機的な状況が迫ってきても、容易に腰を上げるほどフットワークがよくはない。何よりも時間がありませんしね。政権交代がいちばん望ましいのだが、この国の国民は変化を恐れ、決断を嫌う。政権交代にはあと10年以上かかるのは確実という予測が出ている。 我々の目的を短時間で達成できる、いったんは株価が下落してもすぐに復活できる、そして国を一時的に活気づかせることができる方策として、選択肢の中から選ばれたのが、意外にも、わりと安易な方法、明治維新と2・26事件を合体させた暴力的な倒幕法だった。しかもこれがいちばん安上がりときていたんです。 計画の立案から、ことの決行、実行部隊の、つまり皆さんのギャラの分、そして皆さんの正体とこのプロジェクトそのものを50年以上隠し通し、すべての秘密を守り通す極秘システムの構築と稼動。総額で400億円もあれば足りる。なんとハリウッドの大作二本分ぐらいですむんです。 無慈悲な殺戮を行うという道徳的に抵抗がある面は、ターゲットを犯罪者と同一化するということで相殺する。それに、クーデターというものは、成功すればたいてい何でも正当化されるものですからね。 この国の国民は、確固たる哲学や宗教を持ってはいない。すがるものといえば、せいぜい金くらいです。そこそこの金と仕事さえ与えておけば、文句は言わない、ものわかりのいい、まことにつごうのいい家畜のような国民ときている。先進国の中でもこの資質≠ヘ群を抜いている。それはこの60年間で実証済みでしょう。そんなにつごうのいい国民なら、支配者にならない手はないじゃありませんか。 今までの政権党や官僚に、我々がとって変わる、財界の中でも新参者だった我々が主役に躍り出る。平成江戸幕府の次は平成明治政府になるわけですよ。」 聞きながら、ゾウさんと半次と名づけられたふたりは顔を見合わせたものだった。 「ここにいるシンくんは…」 と、長髪の偽機動隊長は、すぐとなりに参謀のように控えるひとりの機動隊員のなりをした男をアゴで指して言った。 「その名を田中新兵衛という。そしてそこにいる…」 と、さっき女性議員を地下道に送って戻ってきた、小柄な、若そうに見える仲間を指して続ける。 「ゲンちゃんは、河上彦斉という。あそこの…」 と、さらに離れたところに立っている、これも若そうに見えるサングラスの隊員を見て言った。 「頼りなさそうに見えるやつの名が中村半次郎。で、俺は岡田以蔵という。わかるだろうが、みんな幕末の人斬りといわれた男の名だ。 幕末には人斬りが現れ、奸物どもを始末した。だから平成幕末の今にも俺たちがやってきた。 日本刀を武器にしたのは、我々が手にかけたものの死に意味をもたせるためだ。ただの殺しではない、粛清だ。日本の規範、武士道にのっとった侍のやり方だ。これを天下にしろしめす目的があった。銃で撃つのでは暴力団のケンカと間違われかねんからな。 我々は新撰組にならった、ひとつ士道に背くまじきこと。奸物とその手先は粛清する。 あるいは過去から現代を粛清するためにやってきたのかもしれない。膨れ上がり、脂ぎって、よけいなものがつき過ぎた平成という時代、金儲けやおのれの欲以外に存在意義さえわからなくなってしまった現代を粛清するためにやってきた。」 「…わ、わ、私らは国民に選ばれてここにある。私らに危害を加えたら、国民が黙っていないぞ。クーデター政権なぞ、国民が認めるものか…」 幹事長がしぼり出すような声で言った。断末魔のあがきのような悲痛さがにじみ出る。 「国民に選ばれた…か。全国的におまえたちが自動的に選ばれるような、そうしなければ中央のしめつけがきつくなるようなシステムが組まれているからな。国民は目の前の小金欲しさにおまえたちを当選させる。 しかし、国民も、じつはおまえたちに飽き飽きしてるんじゃないかね。長く支配者としてのさばってきたおまえたちに引導を渡す勇気がないだけだ。決断を恐れて目や耳をふさいでいるだけだ。おまえたちの搾取を許してはいない。めんどうなので気づかないふりをしているだけだ。誰かが何かをしてくれるのを待っているのさ、江戸の町民のようにな。実際はおまえたちがいなくなるのを今か今かと待っている。 新しい空気がなければ物は腐る。閉塞階級社会は、社会そのものを腐らせ、人の心を腐らせ、世紀末のような人心の荒廃を蔓延させるものだ。 明治維新の後で、江戸の町民が反政府ゲリラになったか?新しい時代がきたと喜んで、江戸のことなどすぐ忘れた。大戦後も同じだ。占領軍の合衆国に対して、レジスタンス運動なぞ何ひとつ起こらなかった。民主主義の世がきたと、犠牲になった人々のことも忘れて、むしろハシャイだ。」 言いながら、岡田以蔵と名のった賊のリーダーはスコーピオンを持ち直し、こころもち手前へ上げた。 これを見た幹事長は、いよいようろたえ、声もあからさまに震えだした。 「…ま、ま待ってくれ!官僚だろう、おまえたちの目標は中央官僚のはずだ。中央官僚こそ、この国の支配者だ。私らは官僚にあやつられていたにすぎない…」 「中央官僚の一掃は次の政権がやるさ。大連立などという、公武合体案までひねり出して、いつまでも延命を謀る、権力にしがみつこうとするおまえたちを、玉座からひきずりおろすのが、何よりも先に我々がやらなければならないことだ。それがいちばんわかりやすいしな。」 岡田以蔵と名のった偽機動隊長はいささかもとりあおうとしない。 「さらに国民にわかりやすくするために、このディスクを今日中に、主だった新聞社やテレビ局に送る。そこでは専門家とやらを動員して、我々よりももっと詳しく分析するだろうからな。」 幹事長はじめ、偽機動隊員に取り囲まれている全員が、今まで以上に身を固くした。 そのときが目前に迫ってきたのを本能で感じたのだ。 「おまえたちはこれから先のことを心配する必要はない。どうあれ、おまえたちが結果を知ることはない。 よけいなおしゃべりをしてきたが、そろそろ時間だ。 我々が構えているこいつは、SPが持っていた銃だ。ということは税金を使って用意されたものだ。中につまっている弾も税金で買われたものだろう。おまえたち、税金を自分の金のように動かしたり、ネコババするのが好きじゃなかったか。最後にたらふく食らわしてやる。腹いっぱい食えよ。 弱い者をいたぶる犯罪者も、国を私物化する支配者も、同じく国民を食い物にする奸物だ。斬首とさらし首に値する。 我らは天誅団、平成幕末を騒がす不らち物どもに天誅を加える。 国を私物にした政権党、只今より貴様ら全員に天誅を加える!」 議員たちの注意が岡田以蔵に集まっているすきに、偽機動隊員たちは、すこしづつ散開の形態を整え、自分たちのつくる人垣が二重にならないように、びっしりすき間なく並んで、半円形に議員たちとSPたちを取り囲んでいた。 捕らわれ人たちの背後は、大会議室の演壇側の壁。 もはやひとりも逃げられない、完全な詰み≠フ状態だった。 岡田以蔵の最後の一言に、議員たちは口々にわけのわからない悲鳴をあげ、少しでも取り囲む銃口から離れようと、おしくらまんじゅうのように中央へぎゅうぎゅうと寄り集まった。誰もが人の陰に隠れようとし、またしても幹事長が、しぼり出されるようにいちばん前に押し出される。SPたちはさすがにあきらめ、絶望と怒りをこめた目で銃口を見返す。 岡田以蔵がボルトを引くのを合図に、偽機動隊員全員が一斉に、構えたスコーピオンのボルトを引き、岡田以蔵が一歩前進したのを合図に、全員が一歩前進して、数秒後の犠牲者たちにさらに近づく。かなりの至近距離だった。 おりしも時は二月。いままさに、聖バレンタインデーの虐殺をはるかにしのぐ、未曽有の大虐殺が行われようとしていた。 「ちょっと待った!」 まさに凶行寸前、極限まで張りつめ、とぎすまされた空気の中に、それにまことに似つかわしくない、落ち着き払ったはっきりとした声が響いた。教室で、先生に向かって手を上げて質問するような調子だった。 そして、脅える人間たちを取り囲む武装機動隊員の半円の人垣の中から、すたすたとひとりが円内に進み出て、ほぼ中央、幹事長の前まで来てから、くるりと向き直った。ちょうど幹事長を背にし、幹事長はじめ議員たち全員とSPたちを背負ったかたちになり、長身長髪の偽機動隊員のリーダー、岡田以蔵と真正面から向かい合った。 その機動隊員は、自分の親玉に向かってスコーピオンを構えながら、なにくわぬ調子で平然と言い放ったのだ。 「岡田以蔵とやら、あんたも半次に似て演説好きだな。しかし一方的なへりくつでしかないし、長舌すぎる。いささか退屈したね。」 その目は、透明バイザーごしにひたと岡田以蔵と名のったリーダーにすえられ、口調には脅えもためらいもない。 あっけにとられ、ものも言えない体だった岡田以蔵は、ようやくうめくように言った。 「これはこれは、警部補か…。あんたってひとは、よくよくいいところにしゃしゃり出てくるんだな…」 これを聞き、リーダーと同じく虚を突かれていた偽機動隊員たちは、憎悪と怒りをこめたうめき声をあげると、その全銃口を、目の前の、仲間になりすましていた、ひとりの機動隊員に向けた。 「我々にまぎれこんでいたとは、俺もぬかったぜ。」 「誰でも同じに見えるというところが出動服のいいところさ。これを着ていたあんたの部下は外でのびてるよ。」 「毎度俺を楽しませてくれるな、警部補。今日は特にお笑いじゃないか。黙っていれば我々も気づかず、無事にすんだかもしれないものを。なぜわざわざ正体を明かした。何しにのこのこ出てきたんだ。」 「知れたことだ、おまえたちの企みを阻止するためだ。」 「こいつはとんだヒーローごっこだな。」 賊のリーダー、岡田以蔵はこらえきれずに、思わず苦笑いをもらし、仲間たちを振り返る。機動隊員たちも、スコーピオンを構えながら、ふっとわいた。 事態の展開についていけず、あっけにとられていた議員たちやSPたちも、ようやく事態がのみこめた。敵ばかりだと思っていた偽機動隊員の中に、ひとりだけ味方がいて、それが果敢にも自分たちを守ろうとしてくれているらしいのだ。 しかし、そうとはわかってきても、心強い思えるような状況ではなかった。せいぜい何分かの時間稼ぎにしかならないだろう。この人は奇特で勇敢なひとではあろうが… 「意味がわかっているのかね、警部補。たったひとりで何をしようてんだ。」 どうやら耕下ただ一人で乗り込んできたらしいとわかってきて、すっかり平静さを取り戻した岡田以蔵はあざ笑うような調子で言った。 「もちろん勝負だ!以蔵とやら、おまえとはまだ勝負がついていない!今度こそ決着をつける!」 「ゾウさん、時間がない。こんな奴にかっまっている暇はない。」 田中新兵衛と呼ばれ、リーダーの岡田以蔵のとなりに参謀然と控えていた機動隊員が、リーダーの耳もとで聞えよがしに言った。 「おいおい、こんな奴とはなんだ。俺はおまえたちを買ってはいるんだぞ。ま、捕まえがいのある大悪党としてだが。」 すかさず耕下は言い、 「さあこい、今度こそ決着だ!おい、こいつを持っててくれ!」 と、スコーピオンをひとりの機動隊員、岡田以蔵がゲンちゃんと呼んでいた男へ放る。 その機動隊員は左手で軽機関銃を受け止めた。 耕下が銃を敵に渡したのは、一即触発の場で、議員やらSPに渡して、下手な撃ち合いになるのを避けるため、機動隊員たちに一斉射撃の口実を与えないためだ。 そして顔は前に向けたまま、さりげなく後方に語りかける。 「官房長官、遅くなりました。まもなく辺田捜査官も駆けつけます。」 「おお!…」 官房長官は、辺田という名前を聞いて、少しだけ希望と元気が頭をもたげた。 と、耕下はいきなり飛び退って移動し、取り囲む機動隊員の半円の端、もう一方の壁を背景に岡田以蔵のほうへ向き直ると、足場を固め、右手を高く上げて後頭部へまわす。 シュルンと音がすると同時に、銀色に光る日本刀の刀身が現れ、ひるがえったと見る間、それは耕下の正面に、ぴたりと岡田以蔵のほうをさして据えられた。 両手で握る正眼の構えだが、柄は見えず、刃が、握った右手の1センチくらい前に浮いている。 「さあ、かかってこい、以蔵!一対一だ!」 「ちっ!」 岡田以蔵と名のったリーダーは顔をしかめ、あからさまに舌打ちをした。 「俺がやりましょう。」 取り囲む機動隊員の輪の中から声がして、ひとりがつと円陣の中に進み出た。 「俺が相手になりますよ、警部補。」 言いながら同じようにマシンガンを仲間に譲り、ぴたりと耕下に向き合った。透明バイザーの下のサングラスが、その機動隊員の顔の白さをきわだたせている。 「その声は半次だな、いいだろう、こいっ!」 耕下は足を踏ん張り、刀を構えなおす。 「時間がないと言っているだろう、半次!おまえまで何だ、いいかげんにしろ!」 たまりかねたように、岡田以蔵のわきの田中新兵衛と呼ばれた男が、いら立った声で叫んだ。 半次は、格上らしい新兵衛のいらだちも軽く受け流す。 「まあまあシンさん、まかせてください、すぐ終わりますって。10秒もいらない。警部補はもう仏も同じですよ。」 言いながら右手を首の後ろにまわし、耕下よりも素早い、居合いのような速さで、日本刀の刀身を抜き放つと思う間もなく、切先を右下地表すれすれのところまで下ろした下段の構えに入った。 まさにプロの剣客の所作だった。真剣なぞ今日本日に至るまで持ったことがなかった耕下とは天と地以上の差がある。それを少しでも悟られまいと、かなり無理のある強がりを叫んだ。 「大きく出たな、半次!俺はそう簡単にやられはしないぞ!おまえたちの太刀筋はすっかりお見通しだ!」 もちろんそんなわけはない。屋上庭園で以蔵の剣をかわしたのだって奇跡に近かった。この若者は明らかに以蔵より使い手だ。党本部の前でどうにか倒したザコ二人とはレベルが違いすぎる。気合いだけで呑まれてしまう。太刀筋らしきものは確かに市籠署で見てはいる。しかし傘と真剣とでは印象がまるで違い、市籠署のときとは別人のような迫力だ。真剣を持った半次の全身から妖気が立ち昇っている。この迫力には口先の援護もムダな努力に終わりそうだ。 「今までさんざん振り回されてきたが、今度はこっちの番だ!」 言う声が心なしか震える。今度こそこっちがやられる番か… ともあれ、機動隊員と議員、SPが取り囲む円陣の中、ふたりの、白刃を構えた機動隊員が向かい合うというのは、なんとも不可思議な光景だった。 議員やSPたちはかたずをのんで、機動隊員たちは、リーダーの以蔵も新兵衛も、ひととき息を殺して成り行きを見守る。 「その足配りでは、万に一つの勝ち目もないね。」 言いながら、半次は耕下のほうへ一歩二歩踏み出してきた。 半次の刀の切先が地表を滑って向かってくる。 サングラスには何の表情も読みとれない。 耕下は思わず一歩二歩と後退し、半円陣の端、壁際へと追いつめられていく。半円陣はいびつにふくれて広がる。 「…そっ、そうかな。お、俺が勝ったら、おまえのピアスをもらうぞ!…」 言いながら、耕下は考えていた。どう立ち向かえばいい?どうすれば奴になにがしかのダメージを与えられる? 実際のところ、正体を現して、一味の前に立ちふさがったときも、何も先のことを考えていなかった。虐殺を黙って見過ごすわけにいかず、やむにやまれず飛び出さざるをえなかっただけのことだった。なんとか時間を稼げば、あるいは… しかし時間稼ぎはもはや限界だった。なけなしの打つ手はすべて打ち尽くした。 このまま、あたりまえに立ち会えば、おそらくは半次の言ったとおり、一太刀で勝負は決まるだろう。 あの、鋭い一閃を防ぐ、あるいは逃れる手だては、耕下の腕前からすれば………ない。 見る見る切先は地表を滑ってくる。 正眼で受けようとすれば、はねあげられ、二の太刀で仕留められる。そもそも受けることさえ難しそうだ。 奴の剣は視界を左下から右上に、対角線に沿って斬ってくる。一太刀で上下左右をカバーしてしまう。 後ろに飛んで逃げるしかないが、後方にほれほどの余裕のスペースがあるだろうか。 ムリだろう。 いっそ前に飛び込むか。そのほうがまだ可能性はありそうだ。対角線の上と下、左上と右下の三角のスペースのどちらかに飛び込めば…。 そうだ、残された手段は、さがると見せかけて、前に飛び込むことだ。相手の意表を突けるかもしれない。 数秒の間に耕下の頭は光速で回転した。 左上に飛び込むのは危険が大きいだろう。刃を避けて瞬時に飛び込める自信はないし、両脚がえじきになりそうだ。右下に飛び込むほうが、むしろいい。姿勢を低くして、水に飛び込むように飛び込む。そして床の上で一回転する。そしてそこで起き上がりざまに刀をふるう。勢いをつけて起き上がりながら、奴の腹を薙ぐ… これだ! 一刀流にも理心流にもない邪道の太刀。野良犬剣法、回転レシーブ斬りだ。転がるときに自分の太刀で自分を傷つけないようにしさえすればいい。 半次が今まさに刀を振り上げようとした一瞬先に、耕下は刀を正眼から横水平に倒しながら、ざんごうに飛び込むレンジャー隊員のように、刀と一体となって床へ向けて飛び込んだ。 しかし、やはり甘かったし、半次は予想をはるかに上回る達人だった。相手のいかなる攻撃法も想定に入れていた。 耕下が飛び込んだ瞬間、半次は刀身をひるがえし、切先を左下からくるりと右下へもっていき、そのままさっと斬り上げた。耕下の想定と逆方向から刃の対角線が引かれたのだ。 刃は、刀を水平にして胸にもっていってしまったために、がらあきになってしまった耕下の胴をまともに捕らえた。切断のための直線となった刀身は、耕下のへその上の部分をほぼ水平に見事に薙いだのだった。 刃がジャケットにめり込むと同時に、耕下は何丁ものショットガンで同時に撃たれたような衝撃を受け、飛び込んでいったのと逆方向に吹っ飛ばされた。 議員やSPたちから悲鳴があがる。 飛んだ耕下は、壁に激突したのち、砂袋のように床に転がった。 たちまち意識が遠のく。 やられた… …やはり斬られてしまった…ムダな抵抗だった… 胴体は真っ二つに切り離されたにちがいない。下半身はありえない方向に向いて転がっているのだろう。脊柱も腸も肝臓も切断され、下半身からも上半身からも内臓が床にこぼれ出てきて、ひどい状態なのだろう。全身がしびれて感覚がなくなっているのがせめてもの救いだ。早く意識がなくなればいい…。 この期にいたって脳裏をよぎるのは、別れた女房のことでもなく、馬子ちゃんのことでもなく、退職金のことでもなく、自分を斬った半次のことだけだった。 あの野郎の冷徹なサングラス顔。 あれがこの世で見た最後の光景だったとは… 「よし、いいぞ、半次。すこし時間をくったが、まだ十分間に合う。さっさと仕事をかたずけよう。」 声が聞えて、大勢が動く気配がした。 あの声は、シンさん…田中新兵衛と奴らが呼び合っていた参謀格の男だ。 耕下はまだ100パーセント死んではいなかった。 のびたまま、うつろに薄目をあける。 白い天井が見える。 耕下は仰向けに倒れていた。 視線をずらす。 機動隊員たちが一斉に銃を構えなおすところだった。その向かい側には、刑の執行をのばされただけの、議員たちやSPたちが、再び恐怖を新たにしていた。 耕下は大きく目を開けた。まだ死んでいない。 そろそろと上体を起こしてみた。 動ける! 両手で支えて上半身をすっかり起こす。 腹を見てみた。 一見したところ、切断されてはいない。思わず腹へ手をやると、恐ろしい痛みが襲い、思わず顔をしかめた。切られてはいないが、痛い。思いきり叩かれた打撲の痛さだった。 斬り捨てられた耕下のことなどたちまち忘れ、議員たちへの一斉射撃へと気持ちを集中させていた機動隊員たちは、ようやく何人かが、むくりと起き上がった耕下に気づき、ぎょっとすると同時に、あっと声をあげた。これに全員が気づき、その驚愕のもとを見やって、全員が目を見張った。耕下も驚きは同じだった。 「…これは?…これは…そうか!こいつは防弾着だった!…俺は防弾着を着ていたんだ!…」 耕下は思わずつぶやく。 「防弾着だから、刀も通さない…」 耕下と同時に、機動隊員全員も思い当たっていた。 そろいもそろってなんといううかつさだ。対決に気をとられて、かんじんなことを忘れていたのだ。 「…アハ…アハハハ…見ろ、平気だぞ…」 耕下はうつろな笑い声をあげ、立ち上がった。 「…お、おまえたちの防弾着はなかなか優秀じゃないか、ハハ…俺が保障するぜ…」 両手をあげてバンザイをするようにおどけてみせる。 「こ、こ、こ、この野郎!」 新兵衛は思わずうめく。 半次は逆上した。再び斬りつけようと、機銃を左手に持ち替え、右手を首の後ろへやる。 それより新兵衛の号令のほうが早かった。 「みんな、こいつを撃て!蜂の巣にしろ!」 議員とSPたちに向けられていた銃口が、一斉に耕下に向けられる。そして即座に引き金が引かれた。 滝つぼのような轟音があたりに満ち、無数の9ミリ弾が滝のように耕下にむけて注がれる。 まともに着弾させられた耕下は、たちまち煙と火花に包まれる。透明フェイスバイザーは瞬時に無数のクモの巣がへばりついたようになり、耕下の顔はほとんど見えなくなる。さしもの防弾着も引き裂かれ、あちこちが切れ端となって舞い上がる。 耕下の背後の壁も、一瞬で別な素材にリフォームでもされたかのように、でこぼこの穴だらけのものになり、破片が飛び交う。硝煙と破片の粉塵で、あたりはもやが立ち込めたようになる。 ものすごい9ミリ弾の圧力にさらされていながらも、耕下は倒れなかった。よろよろ、ふらふらし、顔を嵐からそむけるように、両手で無意識に顔をガードし、風圧で押されるように後退しながらも、倒れない。壁をうがった流れ弾が、兆弾となってあらぬ方向へ飛んでいき、議員やSPたちは思わず首をすくめた。 ふいに銃声が止んだ。 新兵衛が撃ちかたやめといったわけでもないのに、一斉にすべての銃撃が止まった。あたりはこだまして消えていく銃声の反響だけとなった。全員が一マガジンを撃ちつくしただけのことだった。同時に引き金を引いたので同時に弾切れになったのだ。ともあれ400発に及ぶ弾丸が耕下に吸い込まれたのはまちがいない。 いっとき空白が支配した。誰も次の行動を起こさなかった。誰もが息をひそめ前方を見つめる。 つりこまれるように耕下から目が離せなくなっているといったほうが近い。 耕下はまだ立っていた。こきざみに震え、全身をゆすりながら、流れる硝煙の中に幽鬼のように立っていた。立ち往生か…?!このうえさらにとどめがいるのか… 「……おお、…おおおおお……」 突然いななきのような音が聞え、全員がはっとなった。 ほかならぬ耕下のほうからだった。 見ると、耕下は、顔をおおいがちにしていた両手(黒い機動隊用手袋はすでにズタズタのボロ布状態だった)をそろそろとおろしかけていた。 クモの巣のような傷のために透明でなくなってしまったバイザーが現れた。耕下の顔はほとんど見えず、今どんな表情をしているかもわからない。しかし音はあきらかにここから聞えていた。 「……お、おおおお……おお、おお、おお……」 耕下はまたしてもバンザイをするように両手をあげながら、うめき続けていたのだ。 「……お、お、お、お……」 うめく声がようやく言葉として聞き取れるようになる。 「……お、お、お、おまえ……おまえたちの……おまえ…たち…の…防弾着は、ほんとに優秀だ……お、お、俺の、保障ポイントがもうひとつ増えた。は、刃物だけじゃなくて、た、弾にも断然強い……な、何発撃たれてもこのとおり、だ……俺が、たった今、体験して実証してやったぞ…」 「くっ、くそっ!」 半次は完全に逆上した。怒りのあまり顔を真っ赤に紅潮させ、たちまち剣を抜き放ち、片手持ちで水平にして、突きの構えでだっと乗り出す。甲冑のすき間から剣を刺し入れるように、防弾着をこじ開けて、すき間から耕下の首を串刺しにするつもりなのだ。 「もういい、半次!」 すかさず新兵衛は制しながら、 「ゾウさん、あれを!」 と顔を大会議室の上方へ向けた。 岡田もそれにならう。 そこには、壁に据え付けられた緑色の箱のひとつがあった。 その中ほどに窓のようにある部分の赤いデジタル表示が、60から、59、58へと変わっていく。 岡田以蔵は見るなり決断した。 「総員退避!」 部下の偽機動隊員たちは何の疑いもなく、瞬時にこの言葉に従った。彼らは女性議員たちの何倍も早かった。1秒程度で、一人残らず大会議室の正面出入口から出ていってしまったのだ。 大会議室は潮が引いた砂浜のように、空虚に静まり返った。 取り残された議員たち、SPたちはただただ呆然としていた。誰も彼も、何が起こったのか、にわかには理解しかねた。今まであれほど彼らを脅かし、命を奪う直前まできていた強大で凶悪な敵が、チャンネルを変えでもしたかのように、ふいにかき消えてしまったのだ。 何だったのだ?!……夢でも見ていたのか?!……何かの罠か……?! キツネにつままれたようなとは、このことだった。 危険が去ったのかもしれないということさえ判断しかねて、へたり込むのも忘れて立ちつくしていた。ただ一人、耕下をのぞいては。 耕下は、この呆けた人々の群れの中でいち早く行動を起こした。呆けている場合ではない。 ひびだらけのバイザーを震える手で上げて顔を現すと、以蔵たちが見ていた方向、壁にセットされた緑色の箱を見やって、目を見張った。 デジタル数字は30を下回っていく。29、28…… 「に、逃げるんだ!」 震えがちな声で言う。 「早く、早くこの部屋を出るんだ!ここには爆弾が仕掛けられている!」 耕下の声を聞いたか聞かずか誰も反応しない。 「逃げろ!爆弾だ!爆弾だぞ!」 何人かが夢うつつのように耕下のほうを見る。 「爆発する!逃げろ!出ろ!」 ようやくこの言葉を理解したひとりが悲鳴をあげ、それが引き金となってパニックになり、おろおろ右往左往しはじめる。 「でろ!出ろ!早くここから出ろ!」 耕下は叫びながら正面出入口を指す。 今度は全員が正面出入口に殺到し、押し合いへしあいの大混乱となった。 「あわてるな!SPは傷ついた仲間をかつげ!全員つれだせ!」 SPたちはさすがにこのひとことに我に返り、すわりこんだり倒れたりしている同僚を助け起こしつつ廊下へ走り出す。 パニックを起こしたネズミの群れのような議員たちだが、意外に早く、会議室から廊下、階段へと走りぬける。保身に生きてきた議員たちは、さすがに本能的に逃げる術にはたけているものだと、妙に感心しながら、耕下はしんがりをつとめた。 耕下は議員たちほど素早くは動けなかった。弾を通さない防弾着とはいえ、命中したおびただしい数の弾丸は、全身にジャブをおみまいされたような効果をもたらし、足もとがもつれるようにふらついた。 議員たちの背中を見ながら階段をよたよた走り下り、四階、三階、二階と下って、ようやく一階までたどりついて、正面玄関が見えようとしたとき、けつまづいて転がりそうになった。 見るとそこにボロきれのように横たわるものがある。 ぐったりとうずくまった人間だった。大勢の議員たちに、足拭きマットよろしく踏みしだかれたらしい。 「おい、しっかりしろ!」 助け起こすと、その人物はうなった。死んではいないらしい。服はドロドロで、顔も蹴られたらしく、目のふちが切れて、鼻血も出ている。 「幹事長じゃないですか!しっかりしてください!」 幹事長は薄目を開けてうめいた。 「…なんてやつらだ…誰かに押されて転んだら、みんな俺を踏みつけていきやがった…」 「さ、肩を!」 耕下は抱き上げようとして、自分もふらついていることに思い当たり、逃げ去ろうとしている最後尾の議員の背中へ呼びかけた。 「おい!そこの人!手を貸してくれ!幹事長が大変だ!」 最後尾のひとりは一瞬足を止めたが、振り切るように無視して、たちまち見えなくなってしまった。 耕下はひとりで幹事長に肩を貸して起き上がらせ、歩き出す。 「…誰か知らんが、礼を言うよ。君は議員じゃなさそうだな……見ろ、あれが我が党員だ。情けないよ、仲間を見捨てるようなやつらが、国民は見捨てないとでもいうつもりか……」 幹事長は耕下によりかかり、うめきながらも怒りをたぎらせる。 耕下は、幹事長をかかえていては、一歩一歩とのろのろ歩くことしかできない。 もうこれはだめかもしれない思った。 そろそろ時間切れだ。0秒になってしまう。 と、顔を上げたとき、正面玄関からこちらのほうへ走ってくる影をみとめた。影はたちまち二人に走りよると、 「幹事長、大丈夫ですか?」 と、もう片方の幹事長の肩をかついで歩き出す。さきほど耕下が呼び止めた議員だった。思い直して引き返してきたのだ。 「…こりゃ、政務官か!世話になるな…」 「とにかく急ぎましょう。警部補、走れますか?!二人三脚のように調子を合わせましょう!」 これに耕下も元気を得て、よいしょ、よいしょと幹事長をかつぎつつ、正面玄関を走り抜けようとしたところで、地鳴りのような音とともに、あたりが揺れ、地響きとともに、猛烈な火炎が三人の背後から襲いかかった。 各階にいくつも仕掛けられた、高熱を発する高性能爆薬が、一斉に爆発し、党本部ビルを半壊させたのだ。各フロアを火砕流がすさまじい勢いで席巻し、壁を、窓を、ドアを吹き飛ばした。 どうにか建物を脱出することができた議員たち、SPたち、危機を悟っていち早く避難していたビル関係者たちは無事だったが、最後に取り残された三人、耕下と幹事長と政務官は、ちょうど正面出口にさしかかったところで、火砕流にのみこまれ、吹き飛ばされた。 両側にブティックや飲食店街、ブックストアなどの連なりがあればそのまま地下街だった。それもなく、人っ子ひとりいないため、なおさら広く見える。巨大な地下の空間だった。地下鉄が平行して走れるほどの楕円形のトンネルが、果てしなく見えるほど続いている。 大きめのタイルで丁寧に装飾された側面の壁や天井は、こうこうと輝く蛍光灯に照らされ、昼間のような明るさの中で冷たく光っている。 トンネルはいくつかの大きなものが本流のように何本か交差し、それより小さめのものが支流のように枝分かれしていた。 その中央通りのようなひとつには、霞のように、煙が一筋たなびいていた。いくらかこげくさいのは、議事堂方面から流れ込んできた煙のためだ。 誰もいなかったそのトンネルに、煙をゆるがせて、にわかに人影が現れた。 かなりの人数が一団となって、相当なスピードでやってくる。全員走っているのだ。 奇妙な一団ではあった。全員が男で、走り方から、全員がかなりの運動神経の持ち主であることがわかる。若者から中年まで、年のころはさまざまだが、スポーツマンのように引き締まった体つきだ。かなりの速さで走っているのに、誰もが息を切らせてはいない。 わざとらしすぎて奇異に映るのは、服装が、申し合わせでもしたかのように見事にまちまちなことだった。会社帰りのビジネスマンのように、スーツにネクタイ姿の者もいれば、グリーンに乗り出す寸前といったゴルファー姿の者もいる。豪勢なディナーつきのデートに出かけるような、アスコットタイでしゃれのめした者もいれば、大学生のようにセーターにマフラーだけの者もいる。コートをひらめかせる者、レザージャケットをひるがえす者。全員が妙に金のかかった服装に見えるのも確かだ。 さらに異様なのは、全員が、色も形もまちまちだが、サングラスをつけていること。そしてこれまたさまざまだが、大き目のバッグを抱えていることだった。 じつは、このバッグの中には、特殊加工を施された、機動隊員の出動服そっくりな服の上下と、バイザーつきの、これまた機動隊員のものそっくりのヘルメットがおさまっているのだ。 一団の先頭を行く三人、黒い上下のスーツに白いシャツの長身長髪の男、トレーナーにジーンズという大学生のような、縮れたブロンズ色の髪の若い男、それと同じくらいの年格好の、しゃれたブルゾンとマフラーを嫌味にならないくらいにコーディネイトしたした男が、走る速度を緩めたかと思うと、長い通路の中ほどかと思われるところまで来て、立ち止まった。 続く全員もそれに従う。 「ゲンちゃん、奥さん方はどっちへ逃げたのかな?」 長身の男は低い声でつぶやいた。声はその低さにもかかわらずトンネル内にこだました。 「議事堂方面は…」 ブルゾンの男は行先表示板を見ながら言った。 「あんなぐあいに騒動が起きていることが推測できる騒音が聞えてきますし、おそらく、官邸方面でしょう。」 「よし、我々もならおう!奥さん方のおかげで、党本部ビルの、この地下通路への入口がわかったんだからな。奥さん方に逃げ道へ連れてきてもらったようなもんだ。」 リーダーの軽口に、全員がかすかにふっと笑みをもらした。 「しばらくは官邸方面へ進む。それから先は、できるだけ行けるところまで行って、地上へ出る。」 さいぜん岡田以蔵と自ら名のった一味のリーダーは振り返り、全員に目をやりながら言った。 「それから先は、決めたとおり、しばらく海外暮らしだ。むろん我々の安全のために、全員に監視がついている。空から陸から見張られてはいる。どうしても連絡が必要なときは、シンくんの携帯へしろ。メールでもいい。では、行くぞ!」 まさに全員が再び走り出そうとしたとき、 「ゾウさん、あれを!」 と、ブロンズ色の髪の、トレーナーの若者が、通路の前方を見たまま言った。 「ん、何だ?」 長身の岡田以蔵は勢いをそがれた思いで、けげんそうに、若者のサングラスの視線の先へ目をやる。 彼らの進行方向の通路50メートル以上先に、何かが見えた。がらんと広く続く楕円形のパイプのような通路の真ん中に、たなびく一条の煙ごしに、ひとつの影が見える。 人がひとり立っている。 こっちを向いているようだ。 遠くからでも、ずいぶん大柄な、背の高い人物だと見てとれる。通路の中央に番人のように立っている。 煙がゆらめいてうすれ、少しその実体が明らかになった。 人物は何かの上に立っているのだ。 乗り物だった。オートバイのような… 太い毬のようなタイヤが両側に二つ見える。どうやら四輪のサンドバギーのようなものらしい。人物はそのバギーの座席にまたがって座るのではなく、身を起こし、両脚を馬のあぶみに踏ん張って突っ立つ曲芸馬術士のように立っていた。 ステップに足を踏ん張り、大きく股を広げて、嵐の中で船のへさきに立つ紀伊国屋文左衛門のように、腕組みをし、こちらをにらみつけているようだ。長いトレンチコートがなにやら経かたびらめいているが、その姿には、たったひとりなのに自信がうかがえ、、なんびとをも一歩たりとも通さないという気迫さえ伝わってくる。 果たせるかな、その男が言い放った。離れていてもはっきりと聞こえ、トンネル通路によく響く朗々とした声だった。一団は全員がぐっと身構えた。 「やはりここを通ってきたか。今度は全員ブルースブラザーズに化けたってわけだ。 党本部へ行った警部補に何度も連絡したが通じなかった。そのうち、警部補が、おまえたちは妨害電波をつかうらしいと言ってたことを思い出した。だとすれば、党本部はとっくに襲われていると読んだ。周到なおまえたちのことだ、逃走経路もしっかり考えてのことだろう。関西の暴走族を襲ったときの規模だとすると、大勢が怪しまれずに現場から離れるには、この地下通路を利用するのではないかとふんだのさ。ここの警備に当たっていた者も、議事堂の騒ぎに駆けつけているときている。いちばん手薄になるってわけだ。」 「これは気の回ることだな、辺田捜査官。」 岡田以蔵もまた、うわべは想定外の邪魔者に対する焦りも見せずに、彼方に向かって声を張り上げた。 「確かあんた、クビになったと噂で聞いたが。」 「そうさ、だからこいつは一種のサービス残業ってやつだな。」 「捜査官、俺たちは急いでいるんだ。あいかわらずオモチャ好きらしいが、そのオモチャにはバルカン砲はついていないようだな。」 岡田は、辺田が乗っているのは、電動のバギーだとみた。小回りがきき、馬力もあり、スピードも出そうだが、武装は見えない。左側の車輪の外側に、流線型らしい物入れのようなものがついているだけだ。 指図を待つまでもなく、ブロンズ色の髪の若者は、ずいと岡田以蔵の前、一団の先頭に出てくると、右手を首の後ろへやり、シュルンという音とともに、日本刀の刃を出現させた。 若者の両手の前に浮く、生々しい長大な刃が地下道の蛍光灯に照らされ、鏡のように光る。 と、若者は刀を水平にして横に構え、切先をやや後方へ向けた。 辺田に向かってまっしぐらに走っていこうという意図だ。 「さっそく抜いたな、半次。いつでもどこでも愛刀を背中ってわけだ。そいつは菊一文字かそれとも備前長船かね。名刀だろうと使い手だろうと、どのみちその距離じゃ、私のほうが分が良いかもな。」 辺田は組んでいた腕をほどき、さっと左手を水平にし、手のひらを下に向けた。その下にはバギーの左側の前後の車輪に乗っかるように、例のケースらしいものがある。 対峙するサングラスの一団には、遠くからでも、そのケースらしいものがパカンとフタを開けたのがわかった。捜査官がその上に手をかざしただけで、パカンとはじけるように開いたのだ。 赤外線スイッチか。らちもない仕掛けを… 岡田以蔵はサングラスの奥から、にわかに警戒の視線を送る。 果たせるかな、その開いたケースから、ポンと、トースターから飛び出すパンのように棒が飛び出、孫悟空の如意棒さながらに、辺田のひろげた左手の手のひらにぴたりとおさまった。すかさず辺田は右手をそえて、その棒を正面に構える。 銃口はぴたりと一団に向けられた。 ショットガン。銃身の長い、ポンプ式のライアットショットガンだった。 「大勢を制するにはこいつがいちばんさ。この距離だとかなり広がる。半次がここまで走ってくる間に、あんたも、前のほうにいる何人かも、野鴨状態になるぞ!」 辺田は冷静であり、勝ち誇ってはいないが、優位に立ったもの特有の余裕を漂わせて言った。 「さあ、その刀を捨てろ!」 辺田は、本人はまったく意識せずに、完勝といえるほど優位に立っていたのだ。 一団は全員が、党本部のときのように、機動隊の出動着を着てはいない。つまり誰ひとりあの強力な防弾着を着てはいなかった。それはていねいに折りたたまれて各自のバッグにしまい込まれていたのだ。今や私服の彼らは、ショットガンの前では丸腰も同然だった。 半次はちっと舌打ちをすると、半歩下がり、岡田に目くばせをした。 ふたりとも眉間に深い縦じわが刻まれている。サングラスの奥の目が燃えているのが見えるようだ。 長髪のリーダー、岡田以蔵はかすかに二、三度うなづき、半次にうながした。 仕方がない、言うとおりにしろ。 半次は一瞬怒りのやり場に困ったそぶりを見せたが、ふんとため息をついて、全身の力を抜くと、刀を前方に放って、下がった。 刀はカランと音をたて、岡田の足もとにころがってきた。 トンネルの床面に、日本刀の刃だけが横たわったかたちになった。柄やつばはちゃんとついており、それがおそらくは光を屈折させる素材でおおわれているだけなのだが、床に浮き上がった長い刃は、ことさら危険で恐ろしいものに見えた。骨と肉を切り、命を絶つという殺気がむき出しになっていたのだ。 しかし、辺田はそれを感じとってはいなかった。まんまと、奸知にたけたテロリストどもの裏をかいて、奴らを一網打尽にできる、いましも大金星をつかみとることができるという万感の思いは、ごくわずかな気のゆるみへとつながっていた。 「さあ、半次だけじゃない、全員だ!全員が見えない刀を背中にしょっているんだろう、全員さっさと刀を下へおくんだ!」 この一言に全員がむっと身構えた。 「やめろ!さっさと言われたとおりにしろ!」 言いながら辺田はポンプアクションを引き、初弾を薬室へ送り込んだ。 岡田は辺田から目をそらすように視線を下へやりながら、後方を見やり、かすかにうなづいた。 辺田の言葉に従えという合図だった。 全員がいまいましそうに背中や首の後方に手をやる。 そのときだった。 ズズズズズーン! という、くぐもった遠雷のような音がして、トンネル内がかすかに震えた。 党本部方面からの音だった。何かが爆発したのだ。 辺田はハッとして音のした方向を見やった。 岡田はこの一瞬を逃さなかった。 「半!」 と言いながら、右足を大きく上へ蹴り上げた。 横たわっていた刀身が高く宙に浮く。岡田以蔵のつま先は、転がっていた刀の、見えないつばをしっかり引っ掛けていたのだ。 同時に半次が、得たりとばかりだっと岡田の前へ飛び出る。 岡田の横を過ぎるときはすでに右手に、落ちてくる刀の見えない柄をしっかり受け止め、そのまま飛び跳ねるように辺田へ走っていった。 突発的な前方の動きに、しまったと思った辺田は、反射的に引き金を引いた。 ドーン! というにぶい音がトンネル内に響き渡り、ショットガンの銃口が、噴火したように盛大な火花と煙をまき散らした。 散弾は虚しくトンネル内の空気を切り裂いただけだった。 リーダー、岡田以蔵の合図で全員が床に伏せていた。その瞬間、半次も床に飛び込むように伏せたのだ。 はずれたと思った辺田は、あわててポンプアクションを動かし、迫ってくる半次に狙いを定めた。 しかし目の前に半次はいない。 消えた! 消えてしまった! 目標を再度定めようとしたとき、視界の右隅に何かを見た。 半次は辺田に向かって大きく飛んだ。刀を水平に持ち、薙ぎながら宙を舞った。 「どえーい!」 という気合いとともに、切先は辺田の右胸の下から胴へもぐりこんだ。 感情のない金属は、辺田の肋骨と肺を上下に切断し、さらに肋骨を切断して背中へ抜けた。 辺田は声も出なかった。 目を大きく見開き、そのままバギーの前方に大きく倒れこんだ。ハンドルに上体がぶつかり、ショットガンを落とすと、胸から血を噴き出しながら、崩れるように床に転がり落ちた。 党本部ビルから逃げ出した議員の何人かは、自分たちの城の爆発を見た。 脱出直後の爆発が起こったために、振り返らずにはいられなかったのだ。 雷鳴より凄まじい轟音と、稲妻より凄まじい閃光だった。 ビルの各フロアに仕掛けられた爆薬が、いちどきに爆発したのだ。 爆風がかなりの壁や窓を吹き飛ばした。ビルは倒壊はしなかったが、よろめく巨人のように大きくかしいで、煙を吐き続けた。 見守った何人かの議員は、火の粉や熱い有毒な煙が降り注いでくるのも忘れ、呆然と見続けた。 信じがたい、受け入れがたいことだった。この国の主であったはずの我々の玉座が、こうも簡単に打ち壊されてしまったのだ。我々は、迷える民をモーゼのように率いてきた、文字通りの指導者ではないか。これは未来永劫に続くと、我々自身も子々孫々も支持者たちも、信じて疑わなかったことだ。反旗をひるがえしていた者も、結局のところ我々に寝返る。我々はゆるぎない体制≠セからだ…(我々こそ、現代のこの国の成り立ち≠セ…) あのままビルの中にいたら…あの、ひとりの、警部補と呼ばれていた機動隊員の素早い指図がなかったら…ひとりも生きてはいなかった… 議員たちの胸にさらなる暗たんたる思いがわきあがった。 これほどまでに我々を憎悪する人間がこの国の中にいた。ためらいもなくことを起こす人間もいた。このことは恐怖以外の何ものでもない。 国民は、口先ではどう文句を言おうと、現実には結局すわりのいいところに落ちつく。すわりのいいところとは、我々が営々と築いてきた体制≠ネのだ……という自信は、爆風で吹き飛ばされ、ゴミのように、ガレキのようになって、党本部ビルの前に積み上げられてしまいそうだった。 その、かしいだ残がいのようになっている党本部ビルの入口だったあたりに、吹き飛ばされて積み上げられていたガレキの山が、ふいにむくむくと動いた。 見ていた議員たちは、また爆発かと我に返ったが、爆風の動きではない。のろのろしたネズミかモグラが動かしているような動き。 と、板のようなコンクリート片が押しのけられて、黒い球体が現れた。 見ると人間のようだが、頭らしい部分はススやチリで、発掘された化石のように見えている。 ふーっ、と口から煙のような息を吐き、目をパチパチさせたことで、そこが顔であることがわかった。ヘルメットの中の顔。 さながら冬眠から覚めたカメだった。 さらに、腹の下に卵を抱くカメのようなしぐさで、頭を胴の下のほうへ向けると、 「…大丈夫ですか?…無事ですか?」 と声をかけた。 それに答え、 「……ああ……なんとかな……」 というしわがれた、弱々しい声が聞える。 「…政務官は、どうです?」 さらなる問い。 「……どうにか…大丈夫です……あなたがおおいかぶさってくれたおかげですよ……あなたは…大丈夫なんですか……?」 「…ええ、体じゅうが痛みますが、たぶん大丈夫…」 と言いながら、親ガメは両手を踏ん張って起き上がり、下にいた二人の人間ももぞもぞ動き出した。 「…まったく…あいつらの防弾着はじつに優秀だ。保障ポイントがさらにひとつ追加だ。刃物や弾丸だけじゃない、爆風にも火にも強い。これも俺が実証してやった。まったく、俺は、奴らのための通販セールスマンになれるな。」 耕下は言った。 |
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