Chapter6 警部補推参


 ヘリコプターは市街地の上空をぬけ、かなりの速さで進んでいった。
住宅の屋根が飛びしさると、田園地帯が通り過ぎ、たちまち畑作地帯も飛びのく。
ローターの音に驚いて小鳥の群れがちりぢりに散っていく。
ヘリコプターは一心に地上のあるものを追っていた。それはキラキラと光りながらくねくねと曲がり始め、やがて山並みの尾根に隠れたり出たりする。山は迫り、光る流れは細くなる。
川幅が狭くなってきたのだ。川原には石ころが増えてくる。
 「そろそろじゃないか。スイッチを入れてくれ。現場が見えると同時にレポートしよう、そのほうが緊迫感が出る。」
 レポーターはカメラマンにうながした。
 「もう着きましたよ。」
 パイロットがちらりと後ろを見ながら言った。
 「さすがパイロット、目がいいねえ。こんなに高いところからでも現場が見える。」
 レポーターはおせじのように言う。
 「前を見てください。」
 パイロットはこともなげに言った。
 前方を何機かのヘリコプターが行きかっていた。先客がいたのだ。
現場上空はすでに他社のヘリコプターが我が物顔に飛び回っている。
 「よし、じゃあいくぞ、カメラいいかな。」
 レポーターはライバルに臆することなく、マイクを持ち、二、三度せきばらいをすると、ヘリに乗る前に用意したメモにちらりと目を走らせながら、勢い込んでカメラをのぞきこんだ。
 「私は今、凶行があった現場上空に来ています。こちらがその現場です。
(カメラ、ズームイン)あの幼児殺害の容疑者が、現場検証中の場所から何者かに連れ去られ、二日後頭部を切断された無残な遺体となって発見された現場です。
 犯人は切断した頭部の写真を、メッセージとともにインターネットで全国の家庭に流すという、前代未聞の猟奇的かつ挑戦的な行為を行い、全国に衝撃を与えました。
そのメッセージとは『我らは天誅団、平成幕末を騒がす不埒物に天誅を加える』というものです。
これまた挑戦的で不敵なメッセージです。
 検索サイト会社では、このようなサイトの掲載を許可した事実はなく、なんらかの方法でもぐり込んだものと断言しており、ここからは手がかりになるものはつかめていないというのが、舞網署の発表です。
 犯人は天誅団と名乗る人物あるいは集団なのか、何のためにこのようなことをするのか…
 今、下の現場では、大勢の捜査官や警察官が現場検証とともに手がかりを探しています。」

 薄手の皮のジャケットを羽織った背の高い女が、長靴に釣り用のベストを着て釣竿を持った小太りの男を離れて、丸石の上を歩いてきた。細いジーンズがいかにもきゃしゃだが、歩き方はガンマンのようにしっかりしていて、化粧っ気のない顔は角ばっていかつく見える。
 「第一発見者のあの人、この下流の市街地に住むサラリーマンだといってますが、その発見者によると、渓流釣りをしに来て、この上空にカラスがたくさんいるのを不審に思ったんだそうです。発見者とガイシャやホシとの関連は薄そうです。」
 背の高い若い女は、大学生がレポートでも読むように警部補に報告した。
 目を見張るほどの好男子ではないが無視されるほど影が薄くもない、新人ほどのはつらつさはないが管理職ほど無気力にも見えない、スキだらけの服装はあまり気にかけてくれる人がいないのを物語る警部補は、吟味するように聞いていたが、つぶやくように口を開いた。
 「うまこちゃん、現場にむやみにすてきなヘソ出しファッションで来るのは感心しないな。そりゃ死体を見てるより君のヘソを見ているほうが気分がいいが、ここにいる男どもの捜査員全員の目が君の露出オーバーのウエストにはりついたままだったら困るし、だいいちカゼをひくぞ。」
 「何度も言うようですが、うまこではありません、マコ(馬子)です。ゆうべ遅くまで飲んでて急に呼び出されたんで、そのままの私服なんです。それに私はカゼをひくほどバカではありません。」
 バカこそカゼをひかないんじゃないか、と言おうとして耕下は思い直した。馬子は新人のくせに決してあやまったり反省したりしない。配属されたときから、試験で昇進できるのなら、二、三年で署長になってみせると言い切るほどの剛の者でもある。
 「若い女が遅くまで飲んでいてか、現代だねえ、榊さん」
 と相手を変えた。榊刑事ととなりの寺内刑事はおもしろくもなさそうに仏頂面を返し、うなづきもしない。
警部補は二人の先輩の無聊にも臆せず、茶飲み話でもするように気楽に話しかける。
 「どうですか、まちがいありませんか。」
 「ああ、間違いなく奴だ。」
 「俺たちが知ってるのは首と胴がつながってる奴だがな。」
 「それに目も二つとも入ってましたからね。」
 二人より一歩下がっていた鑑識の林田が答えた。
 殺害がここで行われたのはまちがいなかった。
幼児殺害犯は車でここに連れてこられて斬殺されたのだ。
川原の丸石の間に、平らな四角い台が打ち付けられた白木の杭が差し込まれていた。
台の上に赤黒いしみがあるところから、首はこの上にのせられて写真を撮られたことがわかる。
首はいませせらぎの近くに転がっていた。
鑑識班がさかんに写真を撮ったり距離を測ったりしている。
山のカラスたちが盛大な晩餐会を催したらしかった。首の目玉は二つともくりぬかれ、鼻の先も皮も肉も食い破られて白い骨が出ている。
唇も上の肉がなく、黄色い歯がむき出しだった。
胴体はそこから離れた繁みの近くに仰向けに寝かせらて、祈るように両手を組まされていたが、首の切り口は、これまたカラスがさんざんほじくったらしく、肉も皮膚もずたずたになっていた。
死んでからもカラスにいたぶられたというわけで、幼児を殺した殺人犯の最後は、本人も想像だにしなかったほどみじめなものだった。
 「まさかこんなことになるとはな。俺はてっきりこいつには我々の知らなかった仲間がいて、助けていってしまったのだろうと思っていた。」
 榊が下を向きながら苦々しげに言う。
 「おとといから係長とマスコミにどやされっぱなしだ。前代未聞の大失態だといってな。係長はいつだって前代未聞だ。しかしな、耕下、殺人犯を誘拐して首を切るなんてやつがこの世にいるなんて信じられるか。しかも大勢警官がいる前からだ。」
 「今なら信じられますね。」
 「何のためにそんなことをする。」
 「まあ、犯人の言うとおりだとすると、天罰を下すってことですか。神様きどりの変質者ってとこかな。自分たちで検察官も裁判官も執行官も、ロープの役までやる。しかし、舞網署で捕まえた犯人ですから、我々としてはトンビにあぶらげさわわれたって感じですね。」
 「いちばん頭にくるのはそこだよ。まだまだ野郎には聞きたいことがあった。あの事件は終わっちゃいないんだ。」
 「やはりこれはあいつの仕業だと思いますか?鑑識係に化けていた…」
 「もちろんかんでいることは間違いない。まったく俺も寺さんもまんまとだまされていた。それが一番の失敗だ…」
 責任と罰則に思い当たってたちまち榊の声が暗くなる。
 「しかし、なあ、寺さん…」
 と助けを求めるように寺内に言う。
 「あいつには、どうも、その、悪党らしいところはなかったよな…」
 「確かに…」
 寺内も思い当たったように言った。
 「長いことこの仕事をしていると、
悪いことをするやつは態度や顔つきですぐピンとくるものなんだが、あの若いのにはそれがまるでなかった。妙になじんだ感じで自然だった。
ピアスや茶髪はおかしいとは思ったが…モンタージュはもうできたろう。」
 「私ももう見ました。」
 「あそこにいた全員が目撃者だったからな。これ以上精度のいいモンタージュ写真はない。その目撃者が警官だったというのが情けないが。」
 「サングラスがとりわけハッキリ記憶されてたみたいですね。」
 モンタージュは、細面で精悍なスポーツ選手のような若者に仕上がっていた。
しっかり結ばれた唇が、一筋縄ではいかないような印象を与える。
しかし肝心の目が、黒いサングラスの下のため、全体の印象がはっきりしない。
 「心当たりはありませんか。」
 耕下はそれとなく言うように言う。
 「俺が、あの若造にか。」
 榊がきっと向き直る。
 「あるわけないだろう、見たのも初めてだ。」
 「寺内さんは?」
 寺内も耕下をにらみつける。
 「おい、耕下、お前、俺たちを疑ってるんじゃあるまいな。」
 「もちろん疑ってなんかいません。確認ですよ。念のため、うまこちゃんに榊さんと寺内さんの、一両日とここ一ヶ月くらいの動きをチェックしてもらいました。」
 軽く右手を振って馬子にうながす。
 「『マコ』です。お二人の立ち回り先とご家庭での様子を電話で確認しました。お二人とも普段と変わりありません。おとといから大きく落ち込んでいたことをのぞいては。」
 あっけにとられていた二人はたちまち怒り出した。
 「なんて野郎だ、自分の同僚、いや先輩を調べやがったのか!見当違いもはなはだしいぞ!こんなことをするなら署員全員を調べあげろ!」
 耕下はこともなげな態度を崩さない。
 「単なる確認ですよ。内部に手引きしたものがいると言われないための予防線です。もちろん署員の中にいつもと違った動きをしているものがいないかも調査中です。」
 「頭にくる奴だ。なんで俺たちがお前の取調べを受けにゃならんのだ。」
 榊は不満が大きな怒りと不安に変わりつつある。
 「取調べじゃありません。聞き取りですよ。なにしろ容疑者をいちばん近くで長く見ていたのはお二人なんですから。」
 「俺たちは被害者なんだぞ!」
 寺内もくってかかる。
 「重要な事件の容疑者をさらわれて殺害されてしまった警官は被害者ってことですね。被害届けはどうします?」
 「その態度が頭にくるというんだ。だいいち何でお前が担当なんだ?」
 「知りませんよ。係長に言われたんだから仕方がないでしょう。私とうまこちゃんは生活保安課なんですよ。たった二人の生活保安課がなぜこんな猟奇事件の担当にならなくちゃいけないのかこっちが聞きたい。幼児殺しの容疑者が殺されたんだから、同じ幼児殺し事件担当の一課の仕事じゃないかって言ったんですが、一課と刑事課は幼児殺し事件の立証に当たるから、人手がないって言われました。二つの事件は別だ、別個に捜査する必要があるとか言ってね。
キャリアには独自の価値基準があるんでしょうよ。」
 「それで、舞網署きっての名警部補どのは、もうとっくにホシのめぼしはついたってわけだな。」
 「ぜんぜん。まあ、おおまかなところ、神様気取りの変質者か、被害幼児の関係者の報復か、日本刀マニアの愉快犯か…」
 「日本刀?」
 「まだはっきりはしませんが、鑑識の話だと、傷口から、犯行には日本刀がつかわれたらしいって
ことです。もちろん榊さんも寺内さんも暴力団の取り締まり何度も経験しておいでだが、日本刀がらみの事件はない。さっきうまこちゃんにメールで署に確認してもらいました。」
 「おまえ、そこもチェックしてたのか!イヤミな奴だな。」
 先輩と渡り合って立場がよくなさそうに見える耕下のようすは、馬子のなけなしの義侠心をいささか刺激した。ここは割って入って話をそらして、助け舟を出してやろう。
舞網署に配属されて以来、榊はハゲという印象しかないし、寺内はヒゲという印象しかない。
耕下もうだつのあがらない万年ヒラ社員といった程度の印象なのだが、ハゲやヒゲよりはいくらか好感が持てる。
 「あ、あのう、例のメッセージにあった天誅団や平成幕末ってどういう意味なんでしょう。」
 誰にともなく言いかける。
 榊も寺内もちょっと馬子に顔を向け、寺内は馬子のヘソに目をやったが、二人ともすぐ横をむいてしまい、関係ないとばかり答えようとしない。
 「幕末はもちろん江戸時代の終わりのことだろうさ。尊王攘夷派や佐幕派が入り乱れた動乱の時代だ。お互い敵対する派の要人を暗殺し、その首を鴨川べりあたりにさらすことが流行した。
たぶんここで行われたようにね。しかもたいてい『天誅』などという張り紙をしてだ。
この事件はもちろんそのマネだ。」
 耕下が面白くもなさそうに解説した。
 「じゃあ犯人は時代劇マニア?」
 「さあね、なんで平成が幕末になるのかも意味不明だ。幕末を現代になぞらえたつもりなんだろうが…天誅団というのも、そのころいろいろあった武装集団のひとつの名前かもしれない。
よくはわからないが、これはきっと…」
 「ルールルル…」
 重苦しく緊迫しなおかつ騒然としている山あいの川原の空気を見事に能天気に切り裂いて、明るくさわやかな電子音のメロディーが響き渡った。
 「おっと」
 馬子はジーンズのポケットから小さい折りたたみ携帯を取り出すと、話し続ける耕下の前からさっと飛びのき、さっさと一行に背を向けると携帯に顔をぴったりと押し付け、小声で一心に話し始めた。
モデルのような着こなしのモデルのように背の高い女が、長い髪をなびせて、モデルのように堂々と携帯で話すさまは、凄惨な殺人現場の只中にはどうにも似合わない。
 と、馬子はいきなり携帯を顔から離し、右手でささげ持つようにして耕下に近づいた。
 「警部補に電話です。」
 「俺に?誰から?」
 と聞く間もなく、馬子は耕下の手に携帯を押し込んだ。
 「はい…もしもし?…」
 とまどいがちにまだ馬子の腰と手のぬくもりが残っているプラスチック片を耳に当てる。
たちまち絹のようななめらかな声が朗々と響き渡った。
 「君が自分のものを持たないで、いつも碧馬子巡査長の携帯を借りるのは、馬子女史の携帯の着信とメールをひそかにチェックするためじゃないのか?」
 何でも知っているものわかりのいい上司のような言い方だ。耕下も反射的に反応する。
 「大物は携帯なんてチマチマしたものを持たないのさ。総理や大臣は携帯で話したりしないだろう。」
 相手も場慣れした応答を続ける。
 「君は大物とはいえないだろう。たしかに舞網署ではこまごました事件をよく解決している腕利きかもしれないが、このところ昇進試験も受けていない。大物になる足がかりもできていないよ。」
 「この前行った風俗店の女の子はすっごい大物って言ってくれたぜ。ところで、あんたは何者だ?」
 ヘリコプターの音ごしにまたしても朗々たる声が耕下の耳に満ちてくる。
 「辺田和門というものだ。現在サッドの特別捜査官をしている。」
 「サッドって何だい、新しいサラ金か?」
 特別捜査官と名乗った男は耕下のわざとらしいおちゃらけをやすやすと聞き流して、ドキュメンタリーのナレーターのように話し続ける。
 「『T・H・A・D』…Terrorist High Against Division、対テロ高度対策室だ。
内閣官房に属する特別特命部局でね、アメリカのテロ以後設置が検討されてきたが、今年やっと立ち上げた。今は私ひとりしかいないが、まもなく実行部隊もそろう。
君のデスクの上のパソコンにも、かなり前から連絡事項として、本庁から流されているはずだ。」
 そういえばそんな一行を前に見たような気がしたが、耕下には興味がない。
 「あれはTRTというんじゃなかったっけ?」
 「それはテロの被害者を救済する機構のことだ。私の、いや我々のはテロを未然に防ぐのが目的だ。」
 ヘリコプターの音がいちだんと激しくなり、捜査官の声が聞き取りにくくなった。
ローターの巻き起こす風を感じ始める。耕下は馬子に手を振りながら大声で言った。
 「ちょっと離れたところからブン屋たちのヘリコプターに合図して、ここからどくように言ってくれないか。うるさくて話が聞こえないんだ。」
 馬子が身振り手振り豊かに上に向かって合図しようとしたとき、例のなめらかな声がそれに答えるように言った。
 「その必要はない。上にいるのは私だ。わかった、ちょっと離れることにしよう。君、上昇してくれ。」
 耕下の真上にいたヘリコプターはすこし上昇し、機影が小さくなった。
なるほど、新聞社やテレビ局のヘリとは少し違っていた。
白・黒・灰色のまだらの都市部用パターンのカモフラージュ塗装がほどこされ、いくぶん小さい。ガラスの風防は金魚鉢のようにまん丸で、全体としてトンボのような印象なのだが、見るからに小回りがききそうで、素早そうだ。
 「あきれたな、そんなところにいたのか。ずっと俺たちを見ていたってわけだ。」
 声から感じたとおり油断のならない相手のようだった。ヘリコプターの中の影が手を振る。
 「都市部の見回りや現場に急行するのにはこいつが一番いい。わが部局最初の大きな備品だよ。こいつに機関砲を取り付ければ鬼に金棒だ。」
 「警察のヘリは武装は禁止されてるぜ。」
 「我々は警察ではない。警察よりも権限も行動範囲も態度も大きい。」
 辺田捜査官は堂々と言い放った。耕下も目を細めて上を見上げながら軽く手を振る。
 「見損なって失礼した。で、その捜査官どのは、本日は特殊ヘリの性能を自慢にこられたわけですか?」
 「もちろん君の担当の事件に興味があるのさ。」
 「変質者の首切り事件がなぜテロ対策室とつながるんです?」
 辺田捜査官の声はヘリコプターのローターの音とまじり、こだまするように聞こえてくる。
 「君は、この事件はありきたりの猟奇事件と決めたいようだが、どうもこの一件にはテロのにおいがする。」
 「幼児殺害犯に対して誰がテロを?やはり恨みを持つものと考えるのが自然でしょう。」
 「まず、容疑者側は複数で、組織だっていることをうかがわせるいくつかの注目すべき点がある。犯行声明で『我ら』と名乗っている点も注目されるが、まず、鑑識係に化けていた人物の着ていたジャケットだ。ここ何年も本庁からジャケットが盗まれたという事例はない。つまりそれは手製ということだ。現在のジャケットは複製を防ぐため複雑な仕上げとなっているはずなのに、現職の捜査員でさえ本物と見分けがつかないほどよくできているということは、かなりの縫製技術だ。」
 「裁縫好きの犯人というのがいてもおかしくない。」
 「もうひとつ。犯行はきわめて計画的だった。現場にはおそらく妨害電波が流れていたものと思われる。」
 そのとおりだった。あのとき、警視庁の鑑識係のジャケットを着た茶髪の男に違和感を覚えた、舞網署の榊刑事と、鑑識の林田主任はその場で一応本庁に確認の一報を入れたのだが、電話も無線もつながらなかった。
ビルがまわりに建て混んだ都会の空き地ではときたまこんなこともあるので、二人ともそれ以上は確認しなかったのだ。
 耕下は初めてちょっと感心した。この男は自分よりいくらか上手かもしれないと思った。
きっとこいつは俺よりかなり年長だ。額が広くひいでて、背が高く、やせぎすで、ヘビースモーカーで、地味だがトラディショナルな格好をしているに違いない。
 「ずいぶん詳しいですね。うちの署に来て、係長や榊さんに会ったんですか?」
 「ヘリに積んであるコンピューターのおかげさ。詳しくは話せないが、こいつの性能もヘリ同様群を抜いている。どこにでもアクセスが可能だ。近頃の住基ネットのおかげで、ここから全国民の情報もわかる。別れた君の奥さんの近況を知ることだってできる。なんならその携帯に送ろうか?」
 「ご好意ありがたいが、そこまでしてもらういわれはないね。」
 耕下ははるか上空で気持ちよさそうに浮かんでいるヘリコプターをにらみつけた。
ようするにこの捜査官はコンピューターをいじるだけで、偉そうに断言しているにすぎないのだ。現場主義の自分のほうがまだ理にかなっているし現実的だ。
 耕下の反発を小指で軽く押しのけるように捜査官は続ける。
 「犯人をバックアップするものがいると推察できる以上、現場には何も証拠は残していないはずだ。誘拐現場の空き地にも、今君が立っているまわりにも」
 辺田の言うことはいちいち当たっていた。
かれこれ3時間以上捜査員たちが川原の石の上を這いずり回っているのに、手がかりらしいものは何一つ出てきていない。首を置いていた台はどこにでもある木材で、誰にでも作れる程度のしろものということだった。
 いまいましく眉をひそめる耕下を、さらにいらだたせるように携帯の声がうながす。
 「で、耕下警部補はどのように捜査を進めるつもりですか?」
 耕下はひらきなおりかげんに答える。
 「インターネットにも手がかりがないとすると、定石どおり管内の変質者の前歴を洗うのと、殺された子供の親族の関係、そして日本刀の不法所持の前科のある暴力団関係を地道に洗っていくのが筋じゃないかな。」
 「暴力団関係というのはいい線だ。私ならもちろん右翼団体も忘れないね。これはほんの憶測の域にすぎないが、外国の工作員ということも考えられる。あちこちで刺激的な騒ぎを起こし、わが国の世情を不安にするためだ。」
 「あんたはどうも変質者の変態的な犯罪を無理やりテロに結び付けようとしているように思えてしかたがないんだが。新設された部署ではりきっているのはわかるが、それだけあんたの部署がヒマで仕事を探してるってことですか?」
 耕下の問いかけに捜査官は、ローターの音とともに低く遠ざかっていく声で答えた。
 「じつは私が一番注目したのは、メッセージにあった、犯人の自己紹介ともいうべき名前だ。天誅団というものは実在しなかったが、天誅組という集団は実在した。江戸幕末に脱藩士が結成した倒幕尊攘の過激派だ。一年足らずで壊滅させられたが、武力倒幕の先駆だった最も過激な集団だ。」
NEXT


トップページへ