Chapter7 ガイシャの怨
捜査をはじめてまもなく、耕下は事件が辺田捜査官のねらいどおりに進行していくかもしれないと不安になりはじめた。耕下がいちばん可能性があると目標に定めていた変質者の犯行のセンが薄れはじめたのだ。刃物を使った事件であげられた変質者は舞網署の管内ではこの十年でひとりだけ。この男は保釈中で、現在も署がマークしていて、あやしい動きは見受けられないという。 都内に範囲を広げてみても、疑われるのは五人の男程度。しかも一人は服役中で、一人はすでに死亡、二人はいずれも精神病棟に収監され、治療中、残る一人も通院治療中でおとなしいという。そのうえ、全員がナイフやカッターの事犯で、日本刀のような大きなものを扱った経験はない。都内には未解決の、刃物を使った通り魔的な事件があり、二件とも現在捜査中だが、いずれも街中でカッターを使って女性ばかりを狙ったものであり、日本刀には結びつけにくい。 舞網署の鑑識は、あの川原の斬首事件は日本刀によるものと断定していた。切り口から見て、日本刀にまちがいない。しかし、裁断機で切ったと見まがうほどの鮮やかな切り方は、よほど日本刀の扱いに慣れたものの仕業だろう… 日本刀を所持して犯行に使う可能性があるものとすれば、やはり暴力団。舞網署管内をふくめ、都内で銃刀法違反であげられた暴力団はこの十年で、小さな組ばかり十五件。そのうち十件がピストルで、二件がピストルとドスなどの短刀。日本刀をふくんでいるものは三件だった。 辺田捜査官の言った右翼団体を加えると、その数はいくらか増える。右翼団体で日本刀の所持で逮捕されたものは三団体。 犯行声明らしいものの中にあった『天誅団』という、名前からしていかにも右翼的な表現であり、団体であれば辺田の言った組織だった犯行も可能だろうし、自分たちの行動をPRしたがるのもうなずけるので、いちばんあやしいとはいえる。彼らの武器はいずれも警視庁に押収されてしまっているが、ピストルが無数に出回っているのは国民公認の事実だから、日本刀もそれなりに出回っているはず、と刑事課はひとごとのように言っている。これらの組や団体は再武装している可能性もある。 そこでこれら前科のある組や団体に絞って、その構成メンバーについて、本庁や各所轄署のデータにアクセスしてみたが、人の首を一刀で斬れるほどたくみに日本刀を使いこなせる剣道、居合道の巧者となると皆無だった。彼らは日本刀を脅しや護身用や見せびらかしの道具としてだけ持っているのであり、それを、それがつくられた本来の目的のために使おうなどとはほとんど思っていなかった。刀剣の収集家となると本庁にすべて登録されており、即座にアリバイが出てきた。 それでも馬子と二人、リストアップされた二、三の組にあたってみたが、やはり結果ははかばかしくなかった。 いまどき日本刀を抜くような目立つまねをして、しかもサツに捕まった奴の首を斬るなどという意味のないことをしでかすイカれた組員なんぞいねえ、ヤク中なら刀を振り回すくらいはするかもしれないが、そんな奴は組も会も即破門だ。組は仕事をしなきゃならないんだぜ、変態のつどいじゃないっての。 日本刀のセンでいくと手詰まりになりがちだったが、日本刀は別にして、もうひとつ耕下がにらんでいたのは、殺された子供たちの親というセンだった。 首を切ってさらし、それをインターンネットにのせるなどというのは、なまなかなことのなせる業ではない。しかし、凄まじいばかりの憎しみがあればそれほど難しくはないだろう。わが子を無残に殺害された親であれば、その容疑者に対する怒り、憎しみはどんなことも可能にするはずだ。だが、悲しみの中で、ある程度の冷静さを持って、それを実際に行動に移せるものだろうか。 子供の親のセンを洗うのはさらに容易だった。まだ榊と寺内のチームの捜査線上にあったし、榊と寺内も何度もこれらの遺族を訪問し、すべての遺族をすっかり知り尽くしていたからだ。今回の、容疑者殺害の詳細を報告にいったとき、どの遺族も一様に驚きと虚しさをもって迎えたという。これで自分の子供が巻き込まれた事件の全貌を解明するのは不可能になった、とつぶやく親もいた。いま犯人に死なれたところで、子供は帰ってはこないのだ、と多くの親がうなだれた。 しかし、当然のことながら、犯人に対する同情などは一片もなかった。むしろどの親にもある種の安堵感があったのだ。のうのうと生きていられて、罪の償いをするなどとふざけたことをうそぶかれるよりは、死んでくれたほうがはるかにいい。死んで当然の奴なのだ。殺した奴は誰だっていい。 榊・寺内両刑事が声をそろえて言うには、「復讐のために大胆なことをしでかそうなんて人は一人もいないよ」ということだった。 みんなごくふつうの、法律にそって生きているまっとうな人ばかりだ。むしろ子供を失った悲しみにすっかり打ちのめされ、立ち上がれないほどうちひしがれ続けている人がほとんどだという。しかし、悲しみの中で怒りの牙を研ぐ人がいないとは言い切れまい。悲しみを憎しみに昇華させたり、報復の義務感にさいなまれ、悲しみを忘れるために行動を起こそうと考える人だっているだろう。 耕下は実際に彼らに会って、耕下の角度から聞いて見ることにした。 それならまず岡崎さんに会ってみるといい、と榊がアドバイスした。岡崎さんは容疑者が逮捕されたとき、舞網署に押しかけ、取調室の外で、犯人に会わせろと怒鳴り散らした。取調室に入ろうとして、署員に取り押さえられたが、そのとき取調室の中に向かって、必ず殺してやると叫んだ。激しいところのある人だ。でもいまは遺族の会をつくろうと、同じ被害者の家族を慰める役を買って出ている。 岡崎に会ってすぐに耕下は、自分の初動捜査は壁にぶつかっていると感じた。 がらんとしたマンションの一室の遺影の前に、岡崎はぽつんといた。 「最近みんな(被害者の親たち)のところを回ってるんで、会社を休みがちなんですよ。家内は実家に帰ってまして、お茶も出さないですみません。あれ(妻)もちょっと参ってまして…」 耕下は会ったとたん、この人は容疑者斬殺には何の関係もないと直感した。榊の言ったとおりだった。大切な人を失ったものは、誰でもこのような顔になるものなのだろう、顔には何かが欠けていた。どこかうつろでしっかりと焦点が合っていなかった。この空虚さはこれから何年にもわたってこの人の表情になるのだろう。 この人はかかわりないとわかっていても、聞き込みにやってきた以上、刑事の本能として聞かないわけにはいかない。しばらく近況などあたりさわりない話をしてから、 「容疑者の首を切断した人物に心当たりはありませんか?」と切り出してみた。 岡崎は黙って首を振ったが、ふと思いついたように 「私をお疑いですか」と問いかけてきた。 「いや、単なる聞き取りです。思い当たることはないかと思いまして」 「お疑いならお調べ下さい。調べればすぐわかります、私にはそんな、人を殺したりする能力は全くないことが。人と対決する度胸すらもない。 刑事さん、子供を失った悲しみのほかに、それと一緒に今私をさいなんでいるものは何だかわかりますか。それは自分の弱さです。自分の弱さに対する自分の怒りです。私は自分の弱さを思い知ったんです。情けないほど弱い、勇気がない、子供が殺されて犯人が捕まったというのに、何もできない、何もしなかった、ただめそめそ嘆き悲しんでいるだけでした。あのとき、刑事さんたちを押しのけ、取調室の中に入って犯人の首をしめてやるべきだった。それが子供を無慈悲に殺されたものの義務だったはずだ。ところが私はしなかった。 どんなときでも誰に対してでも法律は守らなければならないという正義の自制心からではなかった。臆病なだけだったんだ。私には勇気がなかっただけなんだ。 だから…今となってしまっては…見当違いかもしれないが、私は子供に対するほんのすこしのつぐないとして、同じ被害に遭った人たちを回って励ましているんです。」 「いや、自制なさったことは正しい。怒りにまかせて我を忘れては犯人と同じ畜生になってしまいます。犯人の追及は法律と我々の役目です。ご自身で復讐をしてもお子さんは喜ばないでしょう」「実を言いますとね、刑事さん、私はあいつが首を切られて死んだと聞いたとき、手を打って喜んだんです。仕返しをすることができた、子供の仇討ちをすることができたとね。 誰かが自分のかわりに、勇気のない自分のかわりに、私のしたいことをやってくれた、世の中に神らしいものはいるんだと感謝しました。刑事さん、あいつは、あの人殺しのくそ野郎は死ぬときに苦しんだんでしょうか。」 耕下はいささか閉口してきた。 「両脚にたくさんの擦り傷がありました。首を切られまいと逃げようとして、かなり暴れたようです。」 「めいっぱい苦しんだわけですね、それはよかった、ざまあみろだ、私の子供の何倍も苦しんでくたばってもらいたい。 刑事さん、今の世の中には、私たちのように一方的に被害に遭って苦しんでいるものがまだまだ大勢いる。あいつを殺した連中にもっとやってもらいたい、勇気のない私たちのかわりに、もっともっと悪党をたたっ殺してもらいたい」 |
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