Chapter9 組員の怖


 ママはこのところ密かにパソコンにはまっていた。
パパがみんな寝静まった夜中にけしからぬ画面を見ているのは、かなり前から知っていた。しかし、パパがキーやマウスに触るのはそれだけで、あとはラップトップだというのに、家のデスクの上に置きっぱなしだった。これがなければ仕事ができないという会社員がほとんどのご時世に、こうして無為に遊ばせておくのはいかにももったいないような気がして、とりあえず起動させてみたのがきっかけだった。
 はじめにはまったのがトランプゲームだった。相手に気をつかわなくてもいい気安さとひとおおりでない「手」が面白く、気がつけば昼の間じゅうディスプレイに向かっていて、すべての「手」が読めるほど精通してしまった。
 次にはまったのが掲示板のページだった。ネットは不特定多数を相手にできて、編集者の関門を通過する必要がないため、責任感に欠けた連中が姑息な自己表現の場としてごたくを並べ立てる単なる電力の無駄遣いにも思えた。掲示板など、顔を出さないことをいいことに、よくも勝手なことをほざけたものだとあきれることもある。どうでもいい駄菓子評さえ、いくつものカテゴリーがあるではないか。
 しかしこんなガラクタのような駄文の中にも、ささやかに生きる庶民の本音やつぶやきが垣間見える。それが時としてママも共感するところがあり、いったんページを開くと見入ってしまい、子供が塾から帰ったことも気づかないことがあるのだ。
 今しも小学生の長男が帰ってきて、おやつをねだりにママを探しはじめていた。
台所にも居間にもママの姿を見つけられなかった長男は、こんなときはパパの部屋のパソコンの前だと合点し、パパの部屋の戸を開けた。
そこで、ディスプレイに見入って青ざめているママを見つけたのだ。
 ディスプレイに映っていた顔は見るからに気持ちが悪かった。
 
 九頭竜会は中堅クラスの暴力団だった。
世の不況風にも大手の組の脅威にもめげることなく、その体面を保っていられたのは、ひとえに組長・九頭竜太の冷酷さのおかげだった。
 組長は、はむかうものは、外からのものでも、内部に対しても、徹底して妥協することない冷酷さで臨んだ。やられたら倍にしてやり返す、シマは1センチも縮小させない。組の経営も経営者のように冷酷だった。年寄りと役立たずはことごとく追い出すというリストラをすすめ、構成員は、今はやりすぎで拘置されている息子の真吾をはじめ、ドーベルマンなみの突撃精神をもつ若者ばかりをそろえた。
 竜太は組員にも冷酷非情を強いるカリスマ指導者だった。
組の間での戦争となったら九頭会組員は狂犬なみに手がつけられない、軍隊でもなければ互角に戦えないと、一目置かれるほどになっていたのだ。
 しかし、そんな凶悪エリート集団の中にもわずかにそうでないものもいた。この組員は映画の中のエキストラのようにただいるだけの、子分Aのような存在だが、パソコンで簿記ができたため、組の経理を担当することになった男だ。
組員も寺の住職なみにパソコンを持つ時代だが、簿記となると誰でもできるというわけではない。だが、組の経理は(組外秘ではあるが)意外と単純だったため、この子分Aの仕事は働いているふりをしてパソコンにむかっているだけということが多かった。これを真吾に見つかり、無駄めしを食ってパソコンで遊んでいるだけだといじめられたことがある。 竜太・真吾というマムシの親子は、ネズミのような顔をした息子のほうがよりマムシらしくて恐ろしかった。あの子マムシは、高校生殺しの罪で拘置所の中だから、今はひと息つけるが、未成年であり、高い報酬の弁護士をつけたこともあって、まもなくのうのうと出てきてまたいじめだすかもしれないが、とりあえず今のところは気楽にやっていようと、今日も掲示板を見て遊んでいた子分Aは、ディスプレイに現れた写真を見て、おやと目をしばたかせた。
 ディスプレイの中から生気のない顔が子分Aを見つめている。
なんだか坊っちゃんに似た顔だな、首をかしげて凝視する。
どう見ても、子分Aの知った顔によく似ていた。
 これは坊っちゃんだ、坊っちゃんじゃないか、しかし、ディスプレイの中の坊っちゃんの顔は子分Aがよく見知っていたものとは様子が違っていた。
 目はうつろに半開きで、さらに口もしまりなく半開きだ。
あの傲岸不遜で冷酷な強靭さはみじんもない。狡猾なネズミのようだった九頭真吾の顔は、そのまま死んだネズミのような顔になっていた。
 これは頭だ、坊っちゃんの頭だ…
坊っちゃんの首のまわりは赤黒い細い線で取り巻かれ、その下は赤黒いしみがにじんだ白木の板になっていた。
 坊っちゃん、胴体はどうしました?胴体をさがさないと…きっと組長は怒るぞ、どえらく怒る…どこのどいつがこんなことを…桑名小金か周防連合か…これは戦争になる、全面戦争だ…
子分Aは最悪のニュースを伝える伝令にはなりたくなかった。頭にきた親分にかかっては、悪いニュースをこしらえた張本人の一味とみなされかねない危険がある。しかし彼は自他共に認めるパソコン番なのだ、どんなニュースでもパソコンがらみのものは真っ先に伝えなければならない。
 気もそぞろのまま立ち上がると、泣きそうな声で組長の名を呼んで、パソコンの前を離れた。あわてていたために、真吾の生首写真のあとに書き込まれていたメッセージには気がつかなかった。 「我らは天誅団、平成幕末を騒がす不埒物どもに天誅を加える。高校生殺しの悪党をここに誅す」


                                         
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