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天の森夢幻録  木花開耶姫 1
このはなさくや姫 と 七夕










タイトル画像は [ このはなやさくや姫 ] (堂本印象作)

さくらの語源が、
古事記の「木花開耶姫」(このはなさくや姫)の
「さくや」から来てることを、
この時期になれば思い出す。

絶世の美女・さくや姫の初恋が、今の世まで咲いている。
淡いさくら色で・・・・


もちろん、当時の桜は桜の原種に近いヤマザクラ。今日、よく見られる桜は江戸時代以後に全国に普及したソメイヨシノ。
タイトル画像は [ このはなやさくや姫 ] (堂本印象作)

   

日本神話に登場する絶世の美女 木花開耶姫 (このはなさくや姫)

●ににぎの尊(瓊々杵尊)との純愛物語
 日向の国(宮崎県)は、天孫降臨の物語など日本神話のふるさと。西都市には、次の詩が伝えられている。
天孫の尊 道すがら ふと見初めたる乙女子の かがやくばかりの美しさ
我をわすれて手をとれば 逢初川の水よどみ
木々もみどりに うるほへり

 この詩は、木花開耶姫と天孫ににぎの尊(瓊瓊杵尊)との純愛物語の一説。

 木花開耶姫は、古事記に描かれた日本神話に登場する絶世の美女。ににぎの尊は、この木花開耶姫に一目惚れ。二人は恋に落ち、深く愛し合う。木花開耶姫は、燃えるような一夜の契りで三人の皇子を身ごもる。だが、ににぎの尊は、即座の妊娠に「他の神の子ではないか?」と疑う。

 これを聞いた木花開耶姫は「疑うのなら、火の中で出産しましょう。もし無事に御子が生まれたら、あなたの子である証拠です。」といい残し、産屋に火を放ち、言葉とおり炎の中で出産する。木花開耶姫への疑いは晴れて、二人は一筋に愛を育む。
●木花開耶姫は 富士山などの御神体
 日本神話では、木花開耶姫は、しとやかで謙虚、しかも強い意志と信念をもった気高い女性として描かれた。このイメージからか、木花開耶姫は、富士山をはじめ尾張富士など気高き山の御神体として祀られている。

 なお、「いなばの白うさぎ」の物語で、うさぎを助けたのは、ににぎの尊。また、二人の間に生まれた三人の皇子のうち二人は、海幸彦(うみひこ)と山幸彦(やまひこ)。では、後の一人は誰なのか? 疑問は残る・・・。


 
▼泳いでくるのは カイツブリ(前) オオバン(後)
 
日本の七夕は 古来からの水辺の禊と収穫祭だった!?

 

 民俗学の世界では、日本の七夕は、盆行事にかかわる行事の一つで、祖先の霊を祭る盆の前の禊(みそぎ)だったとする説が有力だ。

 民俗学者は「日本の七夕は、水辺の禊や棚機女、畑作農業での収穫祭など、古来からの固有の風俗・風習・文化の上に、中国の星の伝説や乞巧奠の風俗が融合して成立したと考えられる。」という。



  

七夕は 女が水辺で神を待つ神事

   
●七夕は 水辺の禊
 七夕は、七月七日に、神の嫁となるべき処女が人里離れた水辺の機屋に神を祭って一夜を過ごし、翌日、七夕送りをして穢れ(けがれ)を神に持ち去ってもらうという、盆に先立つお祓い(おはらい)の行事だった。

 古事記によると、ににぎの尊が吾田(あだ)の笠狭崎に天降りたとき、波打ち際に建てた八尋殿の中で機(はた)を織る美しい棚機女(たなばた娘)を見つける。
 この女は、後に、ににぎの尊と結婚した女神で、大山祇(愛媛県大三島)の神の娘・木花開耶姫と、その姉の磐長(いわなが)姫である。木花開耶姫は、降天の神の衣を水辺で織っていたのだ。
 衣は魂を包む神聖なもので、霊魂のシンボルだった。

 古くから日本に残る、この「タナバタ」の話から、民俗学者・折口信夫氏は「日本の七夕は、必ずしも中国から来たものでない。」という。
●七夕は 水辺の棚機(たなばた)
 稲穂の豊饒の神・ににぎの尊は国土の奉献を受けて、稲の神を迎え祀る木花開耶姫を妻問いする(上述)。

 この物語は、稲作農業以前の畑作農業中心の時代の神話だが、この神話を稲作農耕民は伝承した。伝承した物語では、神々の世界から訪れる神を迎えるのは「水辺で機織る乙女(水辺の棚機つ女)」となる。

 各地に「水辺の棚機つ女」の伝説が残っている。
 柳田国男氏は、「日本の伝説」の機織り御前の章で、新潟県大木六村で世にも美しい姫君が機を巻いていた話や、諸国での山姥の機織伝説が山姥と水の底で機を織る神と一つだとする機織淵伝説を紹介している。
 「機織池」や「機織淵」などの伝説は、この他にも岐阜県遠山や島根県口羽などにも残る。

 このように、七夕は、水辺で禊をしながら訪れる神を待った「水の女」と深くかかわっている。
●七夕は 女が水辺で神を待つ神事
 遠くから訪れてくる神を水のほとりで女が待っているという形式の物語は、いろいろな伝説や昔話にも、年中行事のいわれとしても残っている。

 例えば、川口湖畔には、今もタナバタの日に湖水で洗い物をし、髪を洗うという風習が残っている。
 また、昔話の桃太郎も、川で洗濯をしていた婆さんに迎えられる。さらに、桃太郎と同様、川を流れてきて育てられた瓜子姫の物語もある。(折口信夫氏の「水の女」説)。

   天上の世界には「天つ水」と呼ばれる、地上の人々を支配する水があるという。とりわけ、月の神は、人々を若返らせる「変若水(おちみず)」を持っているという。

 女が、水のほとりで遠くから訪れてくる神を待つ。女が待つ、その水辺の水の源は、天の川。天の川への幻想は、この世の人々の天上界に対する憧憬の表れなのだろう。


      

七夕は 盆を迎える前のお祓いの行事

●七夕飾りは 後の「盆飾り」に
 七夕は、畑作農業の収穫祭という意味合いをもち、麦を中心として粟・稗・芋・豆を主食としていた時代に、麦の実りを祝い、キュウリやナス、ミョウガの成熟を神に感謝した行事だ。これは、米が中心の稲作農業の時代よりも古くからある日本固有の信仰にもとづく行事だった。

 この七夕祭のとき、人々は、神の乗り物としてキュウリの馬や、ナスの牛を七夕に供えた。これが後に、盆行事と融合して「盆飾り」となり、神の乗り物だったキュウリの馬やナスの牛が「祖先の乗り物」となった。
●七夕は 後に中国の「星の伝説」と融合
 このように、民俗学者は「七夕は、畑作農業での収穫祭という日本固有の行事であり、盆を迎えるための行事だった。
 その後、日本の七夕は、古来からの風俗・風習・文化(水辺の禊と棚機女や、畑作農業での収穫祭などの盆迎え)の上に、中国の星の伝説や乞巧奠の風俗が混ざり合って成立したと考えられる。」という。
Update: 2004.08.10

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