| ●七夕は 水辺の禊 |
七夕は、七月七日に、神の嫁となるべき処女が人里離れた水辺の機屋に神を祭って一夜を過ごし、翌日、七夕送りをして穢れ(けがれ)を神に持ち去ってもらうという、盆に先立つお祓い(おはらい)の行事だった。
古事記によると、ににぎの尊が吾田(あだ)の笠狭崎に天降りたとき、波打ち際に建てた八尋殿の中で機(はた)を織る美しい棚機女(たなばた娘)を見つける。
この女は、後に、ににぎの尊と結婚した女神で、大山祇(愛媛県大三島)の神の娘・木花開耶姫と、その姉の磐長(いわなが)姫である。木花開耶姫は、降天の神の衣を水辺で織っていたのだ。
衣は魂を包む神聖なもので、霊魂のシンボルだった。
古くから日本に残る、この「タナバタ」の話から、民俗学者・折口信夫氏は「日本の七夕は、必ずしも中国から来たものでない。」という。 |
| ●七夕は 水辺の棚機(たなばた) |
稲穂の豊饒の神・ににぎの尊は国土の奉献を受けて、稲の神を迎え祀る木花開耶姫を妻問いする(上述)。
この物語は、稲作農業以前の畑作農業中心の時代の神話だが、この神話を稲作農耕民は伝承した。伝承した物語では、神々の世界から訪れる神を迎えるのは「水辺で機織る乙女(水辺の棚機つ女)」となる。
各地に「水辺の棚機つ女」の伝説が残っている。
柳田国男氏は、「日本の伝説」の機織り御前の章で、新潟県大木六村で世にも美しい姫君が機を巻いていた話や、諸国での山姥の機織伝説が山姥と水の底で機を織る神と一つだとする機織淵伝説を紹介している。
「機織池」や「機織淵」などの伝説は、この他にも岐阜県遠山や島根県口羽などにも残る。
このように、七夕は、水辺で禊をしながら訪れる神を待った「水の女」と深くかかわっている。 |
| ●七夕は 女が水辺で神を待つ神事 |
遠くから訪れてくる神を水のほとりで女が待っているという形式の物語は、いろいろな伝説や昔話にも、年中行事のいわれとしても残っている。
例えば、川口湖畔には、今もタナバタの日に湖水で洗い物をし、髪を洗うという風習が残っている。
また、昔話の桃太郎も、川で洗濯をしていた婆さんに迎えられる。さらに、桃太郎と同様、川を流れてきて育てられた瓜子姫の物語もある。(折口信夫氏の「水の女」説)。
天上の世界には「天つ水」と呼ばれる、地上の人々を支配する水があるという。とりわけ、月の神は、人々を若返らせる「変若水(おちみず)」を持っているという。
女が、水のほとりで遠くから訪れてくる神を待つ。女が待つ、その水辺の水の源は、天の川。天の川への幻想は、この世の人々の天上界に対する憧憬の表れなのだろう。 |