ご案内

天福寺沿革

天福寺は臨済宗妙心寺派に属する古刹。
四条天皇の天福元年(1233年)に、高陽和尚により創建され、時の年号をそのまま寺号としました。
博多においては、達磨の禅法を初めて我が国に伝えた栄西禅師を開山とする、
聖福寺の塔頭(たっちゅう・山内寺院)として、博多区冷泉町に位置し、
臨済の法灯を守り続けてまいりました。
昭和58年(1983年)に、同地を離れ油山に移転。
境内には、黒田節「すめらみくにのもののふは…」の作者として知られる、
悲運の勤皇党首、加藤司書の歌碑もあり、
その佇いのひとつひとつに歴史の重みが感じられる禅寺として今日に至っております。

どなたさまもお気軽にお参りください

 地図

アクセス

自然とであう、心とであう。

みどりに囲まれた美しい自然がひろがります。
禅をおさめて、釈尊の悟りに近づく
という教えが守られています。

天福寺は禅宗、なかでも臨済宗・妙心寺派に属します。
迷いをたち切ってさとりの境地に入るもの、それが臨済宗における禅。
江戸中期、この臨済禅を一般にひろめた白隠禅師の
「衆生本来仏なり」(人はだれも仏となるべき心を持っている)という言葉に見られるように、
臨済宗における禅とは、人が本来の仏心に目覚めることにほかならないのです。